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損害賠償等請求事件

国家賠償法1条1項,行政事件訴訟法37条の2

平成20年(行ウ)第612号

判決

東京都港区東新橋1丁目5番2号
原告 三井化学株式会社
代表者代表取締役 藤吉建二
訴訟代理人弁護士 神田遵
同 柳澤宏輝
同 田村吉央

被告 国
代表者法務大臣 千葉景子
行政処分庁 公正取引委員会
代表者委員長 竹島一彦
指定代理人 竹田真ほか7名

平成20年(行ウ)第612号 損害賠償等請求事件

主文
1 原告の主位的請求を棄却する。
2 原告の予備的請求に係る訴えを却下する。
3 訴訟費用は,原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 主位的請求
被告は,原告に対し,5億7140万円及びうち5億6340万円に対する平成19年6月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求
処分行政庁は,原告に対し,平成15年3月31日付けでした課徴金の納付を命ずる処分のうち1億9668万円を超える部分を取り消せ。
第2 事案の概要
本件は,処分行政庁が,原告への吸収合併前の株式会社グランドポリマー(当時の原告の子会社。以下「グランドポリマー」という。)及び他の6社が共同して各社の製造に係るポリプロピレンの販売価格の引上げをしたこと(以下「本件カルテル」という。)が,それぞれ私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号。以下「独占禁止法」という。)2条6項に規定する不当な取引制限の違反行為に当たることを理由に,平成13年5月30日,グランドポリマー及び他の6社(以下,合併によって同法の規定により課徴金に係る後記各処分との関係で当該違反行為の主体とみなされた会社を含め,「本件6社」という。)に対し,適当な措置をとるべき旨の勧告をし,グランドポリマー及び本件6社のうちを社が当該勧告に応諾したため(以下,伺昇社を「本件2社」という。),平成15年3月31日,上記合併によって同法の規定によりグランドポリマーの当該違反行為の主体とみなされた原告に対し,その実行期間の終期を平成12年9月21日として,本件2社に対し,同2社の実行期間の終期をそれぞれ同月4日及び同月6日として,それぞれ算定した各課徴金め納付を命ずる各処分(以下当該各摯分彰「平成15年納付傘令」といい,そのうち原告に対する処分を「本件納付命令」という。)をし,原告が当該処分につき審判手続の開始を請求しないで課徴金を納付したところ,その後,処分行政庁が,当該各処分につき審判手続の開始を請求した本件2社に対し平成19年6月19日に課徴金の納付を命ずる審決(以下「平成19年納付審決」という。)をし,上記勧告に応諾しなかった4社(以下「本件4社」という。)に対し,同年8月8日に排除措置等を命ずる審決(以下「平成19年排除審決」という。)をした後,平成20年6月20日に課徴金の納付を命ずる処分(以下「平成20年納付命令」という。)をし,同納付審決及び同納付命令において,各社の実行期商の終期をいずれも平成12年5月29日として課徴金の額を算定したことから,原告が,原告に対してのみ,本件カルテルの実行期間の終期が遅い時期と認定され,課徴金の額が高額に算定されている等として,被告に対し,①主位的に,国家賠償法に基づく損害賠償請求又は不当利得返還請求として,当該課徴金の差額相当額及び弁護士費用並びに遅延損害金の支払を求め,②予備的に,行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)3条6項の義務付けの訴えに係る請求として,処分行政庁による本件納付命令の一部(当該差額に係る部分)の取消し(撤回)の義務付けを求めている事案である。
1 関係法令の定め等
(1) 独占禁止法の平成17年の改正等
ア 独占禁止法の改正及び関係法令の改廃
独占禁止法は,平成17年法律第35号(以下「平成17年改正法」という,)により,課徴金制度の見直し(いわゆる課徴金減免制度(以下単に「課徴金減免制度」という。)の導入を含む。)等を内容とする改正(以下「平成17年改正」という。)がされ,平成17年改正法は,平成18年1月4日から施行されており(同法附則1条,平成17年教令第317号),同改正に伴い,関係法令の改廃による整備もされた。
以下,①平成17年改正法による改正前の独占禁止法を「旧独占禁止法」といい(同改正の前後の区別をせず,単に「独占禁止法」ということもある。),②上記改廃前の関係法令のうち,平成17年公正取引委員会規則第8号による廃止前の公正取引委員会の審査及び審判に関する規則(平成13~年公正取引委員会規則第8号)を「旧審査審判規則」,平成17年政令第319号による改正前の公正取引委員会事務総局組織令(昭和27年政令第373号)を「旧組織令」,平成17年内閣府令第108号による改正前の公正取引委員会事務総局組織規則(昭和53年総理府令第10号)を「旧組織規則」,平成17年公正取引委員会規則第16号による改正前の公正取引委員会事務総局組織規程(昭和40年公正取引委員会規則第1号)を「旧組織規程」,平成17年政令第320号による改正前の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第四十七条第二項の審査官の指定に関する政令(昭和28年政令第264号)を「旧審査官令」とそれぞれいい,これらの関係法令を併せて「旧関係法令」という。
イ 経過措置(旧法主義)
平成17年改正法の施行の日前(平成18年1月3日以前)に,一の違反行為について,当該違反行為をした事業者の全部又は一部に対し旧独占禁止法48条1項又は2項の規定による勧告があった場合における当該違反行為を排除するために必要な措置を命ずる手続,課徴金の額の計算並びにその納付を命ずる要件及び手続,審判手続,当該審判手続による審決の取消しの訴えに係る手続その他これらに類するものとして公正取引委員会規則で定めるものについては,なお従前の例によるものとされ,旧独占禁止法及び旧関係法令が適用される(平成17年改正法附則2条)。
(2) 違反行為に係る措置の勧告
ア 公正取引委員会は,事業者による不当な取引制限の違反行為があると認めるとき(旧独占禁止法48条1項),又は当該違反行為が既になくなっていると認める場合において特に必要があると認めるとき(同条2項)は,当該違反行為をしているもの又は行ったものに対し,当該違反行為を排除し,又は当該違反行為が排除されたことを確保するため(旧審査審判規則21条1項2号参照),適当な措置をとるべきことを勧告することができる(旧独占禁止法48条1項,2項)。
イ 上記アの勧告を受けたものは,遅滞なく,公正取引委員会に対し,当該
勧告を応諾するかしないかを通知しなければならない(同条3項)。
(3) 勧告に応諾した場合の手続
ア 上記(2)アの勧告を受けたものが,当該勧告を応諾したときは,公正取引委員会は,審判手続を経ないで,当該勧告と同趣旨の審決(以下「勧告審決」という。)をすることができる(旧独占禁止法48条4項)。
イ 公正取引委員会は,事業者が不当な取引制限で商品の対価に係るものをした事実があると認める場合には,当該事業者に対し,当該行為の実行としての事業活動を行った日から当該行為の実行としての事業活動がなくなる日(以下「カルテル実行終了日」という。)までの期間(カルテル実行終了日からさかのぼって3年間を上限とする。以下「カルテル実行期間」という。)における当該商品の政令で定める方法により算定した売上額に100分の6を乗じて得た額に相当する額の課徴金を国庫に納付することを命じなければならない(同法7条の2第1項本文,48条の2第1項本文。以下,その納付を命ずる命令を「納付命令」という。)。ただし,その額が50万円未満であるときは,その納付を命ずることができず(同法7条の2第1項ただし書),上記100分の6の割合は,一定の業種・規模の事業者について,100分の3,2又は1とされる(同項本文,同条2項)。
ウ 上記イの違反行為をした事業者が参社である場合において,当該会社が合併により消滅したときは,当該会社がした違反行為は,合併後存続し,又は合併により設立された会社がした違反行為とみなして,同イの規定を適用する(同法7条の2第5項)。
(4) 勧告に応諾しなかった場合の手続
ア 公正取引委員会は,前記(2)アの違反行為があると認める場合において,事件を審判手続きに付することが公共の利益に適合すると認めるときは,当該事件について審判手続を開始することができる(旧独占禁止法49条1項)。
イ 公正取引委員会は,審判手続を経た後,①前記(2)アの違反行為があると認める場合には,審決をもって,被審人に対し,当該行為の差止め,営業の一部の譲渡その他当該違反行為を排除するために必要な措置(同法7条1項)を命じ姦ければならず(同法54条1項),②当該違反行為が既になくなっていると認める場合において特に必要があると認めるときは,審決をもって,被審人に対し,当該行為が既になくなっている旨の周知措置その他当該行為が排除されたことを確保するために必要な措置(同法7条2項)を命じなければならず(同法54条2項),③審判開始決定の時までに当該違反行為があり,かつ,既に当該違反行為がなくなっていると認められる場合において,上記②の審決をしないときは,審決をもって,その旨を明らかにしなければならない(同条2項。以下,上記①ないし③の審決を「排除審決」という。)。
ウ 納付命令は,当該違反行為について審判手続が開始された場合には,審判手続が終了した後でなげれば命ずることができない(同法48条の2第1項ただし書)。
(5) 納付命令に対する不服申立手続
ア 納付命令に不服があるものは,公正取引委員会規則で定めるところにより,納付命令書の謄本の送達.(旧独占禁止法48条の2第2項,旧審査審判規則25条)があった日から30日以内に,公正取引委員会に対し,当該事件について,審判手続の開始を請求することができる(旧独占禁止法48条の2第5項)。
イ 上記アの請求があった場合においては,公正取引委員会は,当該請求を不適法として審決をもって却下する場合を除き,遅滞なく,当該請求に係る事件について審判手続を開始しなければならず,これにより審判手続が開始された場合においては,当該納付命令は,その効力を失う(同法49条2項,3項)。
ウ 公正取引委員会は,審判手続を経た後,前記(3)イの事実があると認めるときは審決をもって,被審人に対し,当該違反行為に係る課徴金を国庫に納付することを命じなければならない(同法54条の2第1項。以下,この納付を命ずる審決を「納付審決」という。)。
2 前提事実(争いのない事実,顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実等)
(1) 公正取引委員会による立入検査
ア 公正取引委員会は,平成12年5月30日,ポリプロピレンの販売価格に関し,価格の引上げの共同による不当な取引制限(いわゆる価格カルテル)の嫌疑があるとして,旧独占禁止法46条1項4号に基づき,ポリプロピレンの製造販売業者であるグランドポリマー及び本件6社に対し,立入検査を実施した。
イ グランドポリマーは,自社が本件カルテルから離脱することを確認する旨の平成12年9月22日付け確認書(甲4。以下「本件確認書」という。)を本件6社に送付し,これに相前後して,本件2社(日本ポリケム株式会社(以下「日本ポリケム」という。)及びチッソ株式会社(以下「チッソ」という。))も,同旨の確認書(甲3の1・2)をそれぞれ自社以外の6社に送付するなどしたが,本件4社は,ポリプロピレンの販売価格を自主的に決定する旨のみを記載した確認書・通知書(甲3の3ないし7)をそれぞれ自社以外の6社に送付するなどした。
(2) 違反行為に係る措置の勧告
ア 公正取引委員会は,平成13年5月30日,グランドポリマー及び本件6社に対し,旧独占禁止法48条2項に基づき,それぞれ本件カルテルに係る一定の措置をとるべきことを勧告した。同勧告書において,グランドポリマー及び本件2杜は,上記(1)イの確認書を送付したことによって,本件カルテルから離脱したものと認定されていた(乙5)。
イ グランドポリマ一は,平成13年6月1日,公正取引委員会に対し,上記アの勧告を応諾する旨の通知をした。本件2社も,上記アの勧告を応諾する旨の通知をしたが,本件4社は,これを応諾しなかった。
(3) 勧告を応諾した者に係る手続
ア 公正取引委員会は,平成13年6月27日,旧独占禁止法48条4項に基づき,グランドポリマー及び本件2社に対し,審判手続を経ないで,前記(2)アの勧告と同旨の審決をした(乙7)。
イ 原告は,平成14年4月1日,原告の子会社であっにグランドポリマ一を吸収合併し,旧独占禁止法7条の2第5項に基づき,本件カルテルに係る課徴金の納付義務及びその額の算定等について,グランドポリマーがした違反行為は,原告がした違反行為とみなされることとなった。
ウ 公正取引委員会は,平成15年3月31日,原告及び本件2社に対し,旧独占禁止法48条の2第1項に基づき,それぞれ本件カルテルに係る納付命令(平成15年納付命令)をした。当該納付命令においては,当該各社のカルテル実行終了日につき,それぞれ前記(1)イの各確認書(甲3の1・2,同4)の日付の前日(原告については平成12年9月21日)と認定され,その認定に基づいて課徴金の額が算定されており,原告の納付すべき課徴金の額は7億6008万円とされた(乙1の1ないし3)。
(4) 納付命令に対する不服申立手続
ア 原告は,本件納付命令に対し審判手続の開始を請求することなく,平成15年6月2日,本件納付命令に従い,上記(3)ウの課徴金を納付したが・本件2社は,本件2社に係る平成15年納付命令に対し,それぞれカルテル実行終了日の認定に誤りがあるなどとして,旧独占禁止法48条の2第5項に基づき,公正取引委員会に対し,審判手続の開始を請求した(乙9,同10の1・2)。
イ 公正取引委員会は,本件2社の上記各請求に係る事件にづいて審判手続を行い,平成19年6月19日,カルテル実行終了日に係る本件2社それぞれの主張を容れ,本件カルテルに係る合意の実効性は,本件2社を含む違反行為者全員との関係で,前記(1)アの立入検査の日において確定的に失われたとして,本件2社のカルテル実行終了日をその前日(平成12年5月29日)と認定して課徴金の額を算定する審決案を理由として引用し,本件2社に対し,旧独占禁止法54条の2第1項に基づき,その納付を命ずる審決(平成19年納付審決)をした(甲10)。
(5) 勧告を応諾しなかった者に係る手続
ア 公正取引委員会は,平成13午6月27日,旧独占禁止法49条1項に基づき,前記(2)アの勧告を応諾しなかった本件4社に対し,本件カルテルに係る審判手続を開始した(乙8)。
イ 公正取引委員会は,平成19年8月8日,本件4社に対し,旧独占禁止法54条2項及び3項に基づき,本件カルテルの違反行為があったことを認定し,所要の排除措置を命ずるなどする審決(平成19年排除審決)をした。同審決が引用する審決案の理由には,本件4社のカルテル実行終了日について,平成12年5月30日以降(前記(1)アの立入検査の日),遅くとも同年10月25日(業界の中心的企業であうグランドポリマー及び日本ポリケムのうち後者が取引先販売業者及び需要者に対し本件カルテルから離脱する旨の文書による通知をした日ころ)までの間と認定する旨の説示が記載されていた(乙11)。
ウ 公正取引委員会は,平成20年6月20日,本件4社に対し,旧独占禁止法48条の2第1項に基づき,それぞれ本件カルテルに係る各納付命令(平成20年納付命令)をした。当該各納付命令は,本件4社のカルテル実行終了日を,平成19年納付審決において本件2社のカルテル実行終了日と認定された日である平成12年5月29日と認定して課徴金の額を算定するものであった(乙6の1ないし4)。
エ なお,本件4社はi上記イの平成19年排除審決に対し,その取消しを求める訴訟を東京高等裁判所に提起し,また,上記ウの平成20年納付命令に対しても,違反行為の不存在等を主張して,審判手続の開始を請求した(乙12の1ないし4)。
(6) 本件訴訟の提起
原告は,平成20年10月17日,本件納付命令におけるカルテル実行終了日に係る事実認定と平成19年納付審決及び平成20年納付命令におけるカルテル実行終了日に係る事実認定が大きく異なっている結果,原告の課徴金のみが本件6社に比較して著しく不利に算定されていること(原告のカルテル実行終了日を平成13年5月29日として課御金の額を算定すると,1億9668万円となり,本件納付命令に基づき原告が納付した7億6008万円との差額5億6340万円相当の損害・損失が発生したこと)などを主張して,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
3 争点
(1) 国家賠償法上の違法の有無
(2) 不当利得返還請求権の有無
(3) 義務付けの訴えの訴訟要件の有無
(4) 義務付けの訴えの実体要件の有無
4 争点に関する当事者の主張の要旨
(1) 争点(1)(国家賠償法上の違法の有無)について
(原告の主張の要旨)
ア カルテル実行終了日に関する解釈の変更について
(ア) 公正取引委員会は,従前,カルテル実行終了日の認定に関し,カルテルから離脱する意思が外部的徴表を伴って表示されなければならないとする解釈(以下「旧解釈」という。)を採用しており,このことは,実務上も,よく知られていた。本件納付命令当時の公正取引委員会の担当官らも,旧解釈を前提に原告を指導し,実際,本件納付命令も,旧解釈に基づき,原告の確認書の日付の前日をカルテル実行終了日と認定したものであった。そのため,原告は,同担当官らの指導を信頼し,本件納付命令を争わなかった。
(イ) ところが,平成17年改正法が課御金減免制度を導入したため,旧解釈を維持することは困難になった。というのも,課徴金減免制度の下で課徴金の減免を受けるには,公正取引委員会の調査開始日までに違反行為を終了させなければならないところ,違反行為を終了させるために外部的徴表を伴う意思表示が必要であるとすると,他の違反行為者が,当該意思表示をした者が減免申請をしたことを察知し,違反行為の証拠の隠滅等をしてしまう可能性が考えられたからである。
(ウ) そこで,公正取引委員会は,平成17年改正を契機に,旧解釈を変更し,立入検査など審査開始日を基準として,カルテル実行終了日の認定をすべきであるとする解釈(以下「新解釈」という。)を採るようになった。このような解釈変更が行われたことは,平成17年前後における公正取引委員会の職員等の著書の記載,平成19年納付審決における審査官の主張等からも裏付けられるところである。その結果,平成19年納付審決や平成20年納付命令においては,上記変更後の新解釈に基づき,立入検査日の前日がカルテル実行終了日であると認定され,旧解釈に基づく本件納付命令におけるカルテル実行終了日の評定との間に,大幅な不一致が生じた。
(エ) 被告は,以上のような解釈基準の存在及び変更の事実を否認し,公正取引委員会は事案ごとに個別具体的な事実認定をしていたなどと主張する。しかし,被告は,平成19年納付審決が,どのような証拠に基づき,平成15年納付命令の段階と事実認定を異にすることになったのか明らかにすることができていない。本件納付命令についてみても,公正取引委員会が,グランドポリマーのカルテル実行終了日の認定をするために証拠の収集等をしたような事実はない。
(オ) 平成19年納付審決について,被告は,平成17年改正法の施行前に言い渡された裁判例(東京高裁平成14年(行ケ)第433号同15年3月7日第三特別部判決・公正取引委員会審決集49巻624頁6いわゆる岡崎管工事件判決。以下「平成15年東京高裁判決」という。)の基準に沿うものであり,新たな基準によるものではないと主張するが,同判決の説示と平成19年納付審決における審査官の主張及び審決の説示とを照らし合わせてみても,そのように理解することはできない。
(カ) 実際,これまでにされた納付命令や納付審決を時系列で一覧すれば(原告準備書面(1)の添付資料),前記の解釈変更があったことは明らかである。すなわち,平成17年改正前は,審査開始日を基準としてカルテル実行終了日を認定することが稀であったのに対し,平成17年改正後は,審査開始日をカルテル実行終了日と認定する傾向が顕著になり,審査開始前に離脱の意思表示がされた3件を除き,外部的徴表をもってカルテル実行終了日とした事例は1件しかない。被告も,この点について,当を得た反論をすることができないでいる。
イ 国家賠償法上の違法性について
(ア) 信義則違反について
前記ア(ア)のとおり,公正取引委員会は,原告に対し,カルテル実行終了日の認定について,旧解釈に基づく指導をし,その再検討を求める原告の要請を退けて本件納付命令を発したにもかかわらず,その指導を信頼した原告が本件納付命令を争わなかったところ,同(イ)のとおり,その後,解釈基準を変更し,同(ウ)のとおり,平成19年納付審決及び平成20年納付命令において,本件6社について,カルテル実行終了日の認定を争ったか否かにかかわらず,新解釈に基づきカルテル実行終了日を認定し,原告のみが著しく不利な認定を受けるという状態をもたらした。当時の公正取引委員会の実務の状況及び本件納付命令に至る経緯等に照らせば,原告が,公正取引委員会の指導を信頼したことは合理的な経営判断であった一方,公正取引委員会が突然の解釈変更により原告の信頼を侵害したことは,信義則に反するというべきであるから,公正取引委員会又はその職員による一連の行為は違法である。判例も,行政に対する私人の信頼は保護されるべきこと,後発的な事情変更により行政上の行為を変更する場合には,私人に補償等がされるべぎことを判示するところであり(最高裁昭和51年(オ)第1338号同56年1月27日第三小法廷判決・民集35巻1号35頁),いち早く遵法的な行動に出た原告が,公正取引委員会の判断を争った他社に比し,著しく不利益な立場に置かれることが許されるとすれば,行政に対する国民の信頼は無に帰することになる。そして,以上の経緯にかんがみれば,公正取引委員会は,遅くとも平成19年納付審決をした段階において,本件納付命令のうち同審決と矛盾する部分を取り消す義務を負い,それを怠った不作為も,国家賠償法上の違法を構成するというべきさある。
これに対し,被告は,公正取引委員会又はその職員の言辞・判断に矛盾はなかったとか,原告のいう指導は一担当官の意見を述べたものにすぎないと主張するが,その指導は,「職務を行うについて」された「公権力の行使」であり,結果として,公正取引委員会の最終判断が当該指導の内容に反することとなったのは上記のとおりであるから,国家賠償法上の責任は免れない。また,被告は,原告が,平成15年東京高裁判決を検討し,本件納付命令を争う余地があることを認識し,弁護士の助言も受けていたとして,原告は,原告自身の利害得失を踏まえた判断をしたにすぎないと主張するが,同判決を踏まえても,立入検査の日の前日をもってカルテル実行終了日と認定され得るなどとは予見しようがなく,また,弁護士の助言を信頼するということは,その助言の基礎となる公正取引委員会の解釈を信頼することにほかならない。さらに,被告は,平成19年納付審決及び平成20年納付命令について,原告を名あて人とする処分ではなく,しかも,法定の手続に従って適正にされたものであるから,この点について,原告に対する職務上の義務違反はないと主張するが,原告は,公正取引委員会又はその職員の事前指導から平成20年納付命令までに至る一連の行為の違法性を問うているところ,被告の主張は形式論に拘泥するものであって失当である。
(イ) 平等原則違反について
不当な取引制限としてのカルテルとは,実体法上,「共同して」,「相互に」されるものと定義されるところ(旧独占禁止法2条6項),本件納付命令と平成19年納付審決及び平成20年納付審決との両方を維持することは,本件6社がカルテルを離脱しながら,原告のみがカルテルを続けるという認定の矛盾を放置することである。このように,同一の行政庁が,同一の事件について,明白に矛盾した処分を維持することは,明らかに不当・違法というべく,その結果,課徴金の額について,本件のように極めて甚大な不平等を生じさせること,また,本件納付命令を取り消さず,その状態を放置することは,平等原則に反して違法というべきである。また,仮に,カルテル実行終了日の認定について,公正取引委員会に裁量の余地があるとしても,本件のような著しい不均衡を生じさせ,そのような事態を放置することは,その裁量権を逸脱・濫用したものとして,いずれにせよ,平等原則に違反するというべきである。
これに対し,被告は,それぞれの処分の間に事実認定の不一致が生ずることは,法が予定していると主張する。しかし,原告は,一般論として,同一のカルテルを行った者の間に,事実認定の差が生ずることが許されないと主張しているのではない。本件は,法改正に伴って公正取引委員会による法解釈の変更が行われ,その前後にわたって違反行為の審査・審判手続が進行したという極めて特殊な状況の下において,課徴金の額に4倍に近い差を生み出すような事実認定の不一致が生じた事案であり,旧独占禁止法の審判手続は,当事者主義を採用する訴訟手続とは.異なり,糾問手続を基調とする行政処分のための手続にすぎないところ,独占禁止法に係る事件は,公益に関係し,多数の関係者にも影響を与えるものであり,その認定判断には,統一性・公平性が特に要請されやこと,審判手続には,手続の併合の制度が用意されており,事案の統一的判断が求められていること,同一人に対する排除審決と納付審決との間では,事実認定の統一性が必要であると解されていること,カルテル実行終了日の認定には公正取引委員会の裁量基準が確立しており,統一性を欠く事実認定は,事業者に対する不意打ちとなることなどの事情に照らして,本件におけるような大幅な事実認定の不一致を法が許容しているとは考え難い。被告は,手続上の機会は平等であったとも主張するが,原告は,後発的に生じた不平等を問題としているのであり,事前の手続保障の問題は関係がない。また,被告は,事実認定の不一致は,証拠関係の相違によるものであるとも主張するが,前記ア(エ)のとおり,前提を欠く主張であり,その点を措くとしても,上記のとおり,審判手続は訴訟手続とは異なるのであるから,証拠関係の相違を理由に,平等原則違反の問題を免れることはできない。そもそも,本件納付命令と平成19年納付審決とで証拠関係に相違があったということは,本件納付命令の際における公正取引委員会の証担収集がずさんであったということを意味するにほかならない。
(ウ) 比例原則違反について
平成19年納付審決は,本件カルテルの参加者全員のカルテル実行終了日を平成12年5月29日であると認定した。同審決が,本件納付命令より後に,審判という慎重な手続を経てされたことからすると,公正取引委員会は,平成19年納付審決の段階で,原告のカルテル実行終了日は平成12年5月29日であると認識したと考えるべきである。そうすると,原告に対しても,同日をカルテル実行終了日として課徴金を課せば,カルテルによって得た経済的利得の剥奪又はカルテル禁止の抑止力の強化という課徴金制度の趣旨・目的を達成するためには十分なはずであり,それを超えた課徴金の徴収は,必要最小限度を超えた不利益を課すものとして,比例原則に違反する。まして,原告は,違反行為を素直に認め,速やかに課徴金を納付したのであって,そのような原告が不利益を受けるとしたら,その意味でも,課徴金制度の趣旨を害することになる。
これに対し,被告は,平成19年納付審決と本件納付命令は,別個の相手方に対する別個の処分であるとして,前者の認定が後者に影響を及ぼすことはないと主張する。しかし,被告の主張は形式論に拘泥して失当であり,平成20年納付命令の内容に照らしても,公正取引委員会が,現時点において,原告のカルテル実行終了日を平成12年5月29日であると認識していることは明らかであるところ,原告は,平成20年納付命令に至るまでの公正取引委員会の一連の行為の比例原則違反,公正取引委員会が現時点において本件納付命令を維持し続けることの比例原則違反を問題としているものである。
(エ) 法治主義違反について
以上の平等原則違反及び比例原則違反は,法治主義違反としても評価することができる。また,法治主義の要請は,行政庁に対し,自らがした違法又は不当な行政行為を取り消す義務を課すところ,本件納付命令と平成19年納付審決は矛盾した事実認定を含むのであるから,いずれかを違法な行政処分として取り消されなければならないはずである。そして,平成19年納付審決が,相対的に慎重な手続である審判手続によってされたもので実質的確定力を有すること,平成19年納付審決が,旧解釈を新解釈に変更するとの判断を示したものと解されること,現に平成20年納付命令には新解釈が適用されていることなどの事情に照らせば,本件納付命令の方を取り消すのが相当であるというべきところであり,公正取引委員会には,それを取り消す義務がある。なお,国税の分野では,法令解釈の変更があった場合に,遡及的に従前の処分を更正する制度が法定されており(国税通則法23条2項,同法施行令6条1項5号),しかも,国税庁は,当該制度の法定前に,同様の運用をしたことがある。
これに対し,被告は,平浅19年納付審決は,原告を名あて人とするものではなく,しかも,法定の手続に従って適正にされたものであるとか,審判手続等において,事実認定の不一致は法の予定するところであるなどと主張する。しかし,被告の主張は形式論に拘泥したものであるところ,本件では,矛盾した認定があり,その認定の差異が極めて大きいこと,その差異を合理的に基礎付ける事情がないこと,それにより原告が被る不利益が甚大であることなどの事情があるのであって,法がこのような事態までを予定しているとは考え難い。被告は,本件のような場合に,従前の処分の取消義務が課されるとすると,公正取引委員会の事務が混乱するとも主張するが,その前提事実自体が疑わしく,また,仮にそうであるとしても,その負担増は,公正取引委員会が負担してしかるべきである。
(オ) 本件納付命令自体の違法性について
公正取引委員会の一連の行為の違法性及び本件納付命令を取り消さないことの違法性は,以上に示したとおりであるが,これらの違法に照らせば,本件納付命令自体,後発的に,国家賠償法上の違法性を帯びるに至ったというべきである。
これに対し,被告は,後発的事由によって国家賠償法上の違法が生ずる余地はないと主張する,しかし公正取引委員会は,本件納付命令時においても,証拠に基づかず,機械的な解釈基準に基づいてカルテル実行終了日を認定していたのであり,それ自体,違法なものであったというべきころ,以上に示した事後の事情を考慮すれば,本件納付命令は,後発的事由によって国家賠償法上の違法性を帯びることになるというべきである。
ウ 原告の損害について
(ア) 以上によれば,被告は,国家賠償法上の損害賠償義務を負うが,原告が納付した課徴金の額(原告のカルテル実行終了日を平成12年9月21日として計算された算定額である7億6008万円)と本来納付すべき課徴金の額(原告のカルテル実行終了日を平成12年5月29日として計算した場合の算定額である1億9668万円)との差額5億6340万円は,上記イの違法行為によって生じた損害である。
(イ) そして,上記損害の賠償義務は,発生と同時に遅滞に陥るから,その起算日は遅くとも平成19年納付審決の日である。
(ウ) また,原告は,本件訴訟の提起及び追行を弁護士に委任したが,その費用は,800万円を下らない。
(エ) よって,原告は,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づく国寒賠償請求として,5億7140万円及びうち5億6340万円に対する平成19年6月19日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張の要旨)
ア カルテル実行終了日の認定について
(ア) 公正取引委員会は,従前から,カルテル実行終了日の認定内容について,事案ごとに個別具体的な事情を総合的に検討していたものであり,確立・固定化された解釈に基づいて運用していたことはない。本件2社のカルテル実行終了日の認定が,平成15年納付命令の段階と平成19年納付審決との段階で異なることになったのは,審判手続における審査官並びに本件2社の主張・立証を通じて,認定の基礎資料が変わったからにすぎない。
(イ) 原告は,公正取引委員会によるカルテル実行終了日の認定内容を時系列で一覧すれば,平成17年に解釈の変更があったことは明らかであると主張する。しかし,平成17年以降の事案であっても,「他社による離脱の通知」等の事実に基づいてカルテル実行終了日が認定されている事案が複数あり,また,個別具体的な事情を検討した上でカルテル実行終了日を認定したことが明示されている事案もあるのであるから,原告の当該主張は根拠がない。
(ウ) 本件で問題となる平成19年納付審決の説示をみても,平成17年改正法についての言及はない一方,その改正前にされた平成15年東京高裁判決に沿った判断基準に基づき,本件カルテルの個創事情が検討されている。同審決は,原告主張のように,従前の判断基準を変更したものではなく,当該事案の事実関係を総合的に評価し,カルテル実行終了日の認定をしたにすぎない。同審決における審査官の主張内容も,この理解を裏付けるものである。
イ 国家賠償法上の違法性について
(ア) 信義則違反について
公正取引委員会又はその職員が,原告に対し,矛盾した言辞・判断を示したことはなく,この点につき信義則違反を問う余地はない。原告のいう「指導」は,その時点での一担当官の意見を述べたものにすぎず,カルテル実行終了日の最終的な認定が,当該指導の内容と異なることになる可能性を完全に排除したものではなかった。実際,原告と同様の「指導」を受けたはずの本件2社は,審判手続の開始を請求し,平成15年納付命令の段階より有利な認定を受けている。
仮に,公正取引委員会の「指導」が,原告の行動に何らかの影響を与えたとしても,それによって法的保護に値する信頼が生じたとはいえない。というのも,本件納付命令に先立つ平成15年東京高裁判決において,カルテル実行終了日について,離脱の意思の明示までは要件としないとの判示がされており,原告は,同判決を踏まえ,本件納付命令を争う余地があることを認識し,それによる利害得失を勘案し,弁護士の助言も得た上で,自らの判断に基づき,本件納付命令を争う機会を放棄したにすぎないからであり,このような場合について特段の法的保護をすべき理由はない。
しかも,平成19年納付審決や平成20年納付命令は,原告を名あて人にしたものではなく,法定の手続に従って適正にされたものであるから,それらの前提とされた認定が本件納付命令の認定と相違するとしても,原告に対する信義則違反を問題とする余地はない。
(イ) 平等原則違反について
課徴金納付手続等において,同一のカルテルに加わった違反行為者間に事実認定の不一致が生ずることは,制度上,当然に予定されているところであり,そのこと自体,何ら不当ではない。納付命令と納付審決とでは,判断の基礎となる証拠関係等が変わる上,後者の審判手続は,個々の違反行為者からの請求があった場合に,個々の違反行為者ごとに行われるからである。まして,本件6社は,カルテル実行終了日の認定の点を争ったのであるから,そのことは当然である(なお,本件4社は,違反行為の有無を争ったのであるから,当然,そめ終期も争ったということができる。)。そして,原告には,他の事業者同様,本件納付命令を争う機会が与えられ,公正取引委員会及びその職員が,その手続を妨害したこともないのだから,この点につき平等原則違反を問う余地はない。したがって,本件納付命令と平成19年納付審決との間に事実認定の不一致があるとしても,公正取引員会において,その一方を取り消す義務があるということはできず,また,そのような義務を課した明文の規定もないのであるから,この点に何ら違法はない。
原告は,審判手続の併合制度が用意されていることを根拠に,公正取引委員会には,事実の統一的な判断をすることが求められていると主張する。しかし,審判の併合は,審判手続の開始が請求された場合において,「適当と認めるとき」に行われるにすぎない。また,原告は,同一事業者に対する排除審決と納付命令との間では,事実認定の統一性が必要であると解されていることを指摘するが,本件は,同一当事者間の事実認定の統一性が問題となっている事案ではないから,主張の前提を欠く。
また,原告は,証拠関係の相違が事実認定め不一致を導いたというのであれば,本件納付命令の段階における公正取引委員会の証拠収集がずさんなものであったということになると主張する。しかし,本件納付命令の段階においては,原告及び本件2社のいずれも,立入検査の前日をカルテル実行終了日とすべきとの主張をしていなかったのであるから,公正耶引委員会が,本件納付命令の段階の証拠に基づき,立入検査後も本件カルテルが継続していたと判断した点に,何ら不合理はないというべきである。
(ウ) 比例原則違反について
原告は,比例原則違反も主張するが,平成19年納付審決と本件納付命令とは,別個の相手方に対する別個の処分であり,前記のとおり,その基礎となる事実認定に不一致があることに問題がない以上,原告の主張は失当である。また,そのように解しても,課徴金制度は,カルテル禁止の実効性を確保するための行政上の機動的措置であって,カルテルによって得られた不当利得の剥奪のみを目的とするものではない複合的性格を有するから,その制度趣旨が損なわれるものではない。
なお,原告は,原告が違反事実を素直に認めたことを指摘するが,そのような事情は,課徴金額の算定の上で考慮される事情ではないのであり,その点も問題とならない。
(エ) 法治主義違反について
本件納付命令,平成19年納付審決及び平成20年納付命令は,それぞれ適法な手続を経て確定したものであり,何ら法治主義に反しない。既に述べたとおり,それぞれの処分の前提となる事実認定が異なることは,制度上,予定されたことであり,そのことについて,法治主義違反の問題が生ずる余地はない。
原告は,平成20年納付命令に対するのと同様,平成19年納付審決の基準を本件納付命令にも「適用」すべきであると主張するようであるが,平成19年納付審決と本件納付命令は別個の手続であるから,平成19年納付審決の基準を本件納付命令に対して「適用」しなければならない理由はなく,また,本件納付命令は,平成20年納付命令とは異なり,平成19年納付審決の際には既に確定していたのであるから,平成20年納付命令と同列に論じることもできない。原告主張のように,後行の納付審決の結果に基づき,先行する納付命令の課徴金の額を調整しなければならないとすると,公正取引委員会の事務に多大な混乱をもたらすことになる。
(オ) 本件納付命令自体の違法性について
原告は,公正取引委員会及びその職員の一連の違法行為により,本件納付命令が,後発的に違法性を帯びるとも主張する。しかし,本件における公正取引委員会及びその同職員の一連の行為等について,何ら違法性がないことは,既に述べたとおりである。
この点を措くとしても,本件納付命令は,法定の手続に従って発せられ,適法に確定したものであるところ,国家賠償法上の違法は,公務員の行為規範違反があった場合に生ずるものなのであるから,行為時において違法と評価されない行為が,後発的な事由により,国家賠償法上の違法の瑕疵を帯びるということもあり得ない。
(カ) なお,仮に,平成17年改正の前後で,カルテル実行終了日の認定について,同改正による何らかの影響が生じたとしても,従前の解釈に基づく本件納付命令を取り消さないこと等について,国家賠償法上の違法の問題は生じない。なぜなら,既に述べたように,旧独占禁止法上,課徴金算定の前提となる事実認定が事業者ごとに異なり得ることは,制度上,当然に予定されているところ,本件納付命令,平成19年納付審決及び平成20年納付命令は,それぞれは独立の行政処分であって,その効力は名あて人に対してのみ及ぶところ,いずれも法定の手続に従って適正にされたものであるからである。
ウ 原告の損害について,
以上のとおり,公正取引委員会又その職員が原告に対して負担する職務上の法的義務に違反したということはできず,この点について,国家賠償法上の違法はないから,原告に生じたという原告主張の損害について,原告の国家賠償請求は理由がない。
(2) 争点(2)(不当利得返還請求権の有無)について
(原告の主張の要旨)
ア 争点(1)で述べたとおり,本件納付命令は,平成19年納付審決と矛盾する限度において,国家賠償法上,違法と評価されるものであり,その違法性は,被告が原告から徴収した課徴金を保持する法律上の原因の欠缺を基礎付けるに足りる。
イ また,一般に,事業者が,違法行為の有無を審判手続で争い,その存在を認定した排除審決に続く納付命令を争わなかった場合において,当該審決が取消訴訟で取り消されたときは,既に確定した納付命令を取り消し,納付済みの課徴金は不当利得として返還すべきものとされている。そうすると,本件納付命令と平成19年納付審決とで事実認定が大幅に異なることになったため,課徴金の額に著しい不均衡が生じている本件でも,同様に不当利得返還請求が認められるべきである。
ウ(ア) さらに,判例は,事済変更によって課税の前提が失われたが,その事情変更があった時点においては救済手段が存在しなかったという事案について,正義公平の原則に照らし,課税処分が有効であっても,不当利得返還請求の対象となるとしている(最高裁昭和43年(オ)第314号同49年3月8日第二小法廷判決・民集28巻2号186頁参照)。本件も,その趣旨が妥当し,しかも,行政指導に対する信頼が裏切られ,正義公平の原則を適用する必要性が高い事案で論るから,同判例の法理に照らし,不当利得返還請求が認められるべきである。
(イ) 被告は,上記判例は,現実の所得に課税すべき所得税に係る事案であって,本件のように,現実の不当利得の額と一致する必要がない課徴金に係る事案とは状況が異なると主張する。しかし,課徴金は,煩雑な計算を避けるために画一的な計算方法を採用しているだけであって,その基本的な性格は不当利得の剥奪にあるというべきである。また,仮に,そうでないとしても,正義公平の原則という観点からは,両者に異なるところはない。
(ウ) また,被告は,上記判例は,訴訟当事者自身に係る事実に変動があった事案であって,本件とは事案が異なるともいう。しかし,カルテル実行終了日の認定には,事実の評価の問題が絡むところ,本件では,その評価基準が変更されたのであるから,事実の変動もあったといえ,他方,上記判例の事案も,単純な事実変動の事案ではなく,評価が絡むものであったのであるから,被告の指摘は失当である。そもそも,問題は,正義公平の原則の観点から,不当利得の返還を認めるのが妥当か否かという点にあるところ,本件において,その観点から同原則を適用すべきことは,既に主張したとおりである。
エ よって,原告は,被告に対し,国家賠償請求と選択的に,不当利得返還請求として,5億7140万円及びうち5億6340万円に対する平成19年6月19日から民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張の要旨)
ア 本件納付命令は,法定の手続に従って発せられ,適法に確定したものであるから,それに基づく課徴金の徴収には法律上の原因がある。本件納付命令と平成19年納付審決とで,課徴金の算定根拠となる事実認定に矛盾があっても,それは法の予定することであり,それを争う機会は原告を含む各事業者に等しく与えられていたのであるから,そのような事情は,本件納付命令に基づく課徴金の納付について,何ら不当利得を基礎付けるものではない。
イ 原告は,一般に,排除審決が取消訴訟で取り消されたとき,納付済みの課徴金を不当利得として返還すべきとされていると指摘する。しかし,そうであるとしても,原告の指摘は,同一事業者の各手続間の問題であって,本件のように,別個の事業者の手続間の問題ではないのであるから,原告の請求を基礎付けるものではない。
ウ 原告は,前掲最高裁昭和49年3月8日第二小法廷判決を援用するが,①同判決は,現実の所得に課税すべき所得税に関する判断であるのに対し,本件は,現実の不当利得の額と一致する必要はない課徴金に関する問題であること,②同判決は,客観的な事実関係の後発的な変動があった事案であるのに対し,本件は,そのような事情を問題とするものではないこと,③同判決は,他に救済措置がないという事情があったの対し,本件は,審判手続や行政訴訟手続による救済手段が用意されていたことなどからすれば,本件とは事案を異にするというべきである。なお,原告は,同判決が,正義公平の原則によることを強調するが,既に述べたとおり,原告は,本件納付命令を争った場合に,それが取り消される可能性があることを具体的に認識しつつ,自らの判断に基づき,本件納付命令を争う機会を放棄したのであるから,正義公平の原則に照らしても,このような場合について特段の法的保護を受ける歳き理由はない。
(3) 争点(3)(義務付けの訴えの訴訟要件の有無)について
(原告の主張の要旨)
ア 「重大な損害を生ずるおそれ」の要件について
(ア) 原告は,公正取引委員会が,本件納付命令を取り消す義務を履行しないため,5億6340万円という高額の金員について未救済の状態にあるのであるから,原告には,「重大な損害を生ずるおそれ」があるというべきである。
(イ) 被告は,当該損害が財産的損害にすぎないというが,行訴法改主の経緯にかんがみれば,「重大な損害」は緩やかに解釈すべきであるところ,かかる高額の金員の損失が,「重大な損害」に当たらないはずがない。まして,本件の義務付け請求は,義務付けの内容は明確であるし,第三者に影響を与えるものでもないのであるから,この要件を過度に厳格に考えるべきではない。
イ 「他に適当な方法がない」ことの要件について
(ア) 原告は,本件納付命令について,審判手続開始請求により争うことができたが,現時点では,その請求期限は経過している。訴訟要件は,事実審の口頭弁論終結時までに備わっていれば足りるのであるから,このことは,本件の義務付け請求の適法性を失わしめない。
(イ) 本件は,後発的な取消事由が生じた事案であり,漫然と不服申立期間を徒過した事案ではない。原告が,本件納付命令の違法性に気付くことができたときには,既に旧独占禁止法上の不服申立期間は経過していた。
(ウ) 被告は,旧独占禁止法が,不服申立期間を限定し,法的安定を図っている趣旨からすれば,当該期間の経過後に義務付け訴訟を提起することはできないと主張する。しかし,旧独占禁止法における不服申立期間の限定が,法的安定を図る趣旨に出たものであると解することはできず,また,行政庁は,違法な行政処分の取消義務を負うところ,その義務付け訴訟を提起することができないとすれば,義務付け訴訟制度は画餅に帰する。
(エ) 被告は,そもそも,原告のように法令上の申請権を与えられていた者が,行訴法37条の2のいわゆる非申請型の義務付けの訴え(以下「非申請型の義務付けの訴え」という。)によって救済を求めることは許されないとも主張する。しかし,原告は,本件納付命令について,審判手続をする請求権を有していたにすぎず,その取消しを求める申請権を有していたわけではない。
(オ) 被告は,本件納付命令による損害について,国家賠償請求や不当利得返還請求によって回復することが可能であるから,「他に適当な方法がない」の要件に該当しないと主張する。しかし,義務付け訴訟のみを提起したというのであれば格別,原告は,国家賠償請求及び不当利得返還請求の予備的請求として,義務付け請求をしているのであって,被告の主張は失当である。また,国家賠償又は不当利得返還請求は,金銭上の損害の回復のためのものであり,当該訴訟によって,本件納付命令の取消しの効果が得られるわけでもない。
(被告の主張の要旨)
ア 「重大な損害を生ずるおそれ」の要件について
原告主張の損害は,代替性のある財産的損害にすぎず,損害の回復が困難ということはできない。また,原告の現在の財産状態に照らせば,原告の主張する損害は,原告の事業継続を困難にするなど,甚大な影響を与えるものではない。したがって,本件の義務付け請求は,「重大な損害を生ずるおそれ」の要件を満たさない。
イ 「他に適当な方法がない」ことの要件について
(ア) 旧独占禁止法が,納付命令に対する不服申立ての手続を法定し,不服申立を限定することにより法的安定を図っている趣旨からすれば,その期間を経過した後に,納付命令を争うことは,法の趣旨を没却して不適法であり,あるいは,「他に適当な方法がないとき」に該当せず不適法であるというべきである。不服申立期間の経過後において,行政庁は,行政処分を職権で取り消すことができるが,行政処分を職権で取り消すことができる場合であるからといって,その義務付けの訴えが適法になるとは限らない。
(イ) 原告は,本件は,後発的に取消事由が生じた事案であるとも主張するが,納付命令を争った事業者と争わなかった事業者との間で事実認定に相違が生ずることは,制度上,当然に予定されていることであるから,これを後発的な事由であるということはできない。しかも,前述のとおり,原告は,そのことを具体的に認識していたのであるからなおさらである。
(ウ) そもそも,非申請型の義務付けの訴えが,法令上の申請権を有しない者に対し,法令上の申請権を有しているのと同様の救済方法を与えるものであることからすると,旧独占禁止法上,不服申立ての権利を有し,行訴法37条の3のいわゆる申請型の義務付けの訴えを提起することができた原告が,申請期間(不服申立期間)を徒過したからといって,非申請型の義務付けの訴えに基づき救済を求めることは,不適法というべきである。
(エ) 原告主張の損害は,代替性のある財産的損害にすぎず,国家賠償請求や不当利得返還請求によって填補され得るのであるから,「他に適当な方法がないとき」の要件を満たさない。これに対し,原告は,本件訴訟における義務付け請求は,国家賠償請求及び不当利得返還請求の予備的請求であるから,「他に適当な方法がないとき」に該当すると主張する。しかし,それらの各請求は,法律上,両立しない関係にないところ,本件訴訟において,義務付け請求が国家賠償請求等の予備的請求とされているのは,原告が,任意に順位付けをしたからにすぎないのであって,原告の主張は失当である。
(4) 争点(4)(義務付けの訴えの実体要件の有無)について
(原告の主張の要旨)
ア 既に述べたとおり,公正取引委員会は,本件納付命令の一部を取り消す義務を負っているところ,その義務の範囲は明白であり,その義務の履行に裁量の余地はないから,原告は,予備的請求として,公正取引委員会に本件納付命令のうち平成19年納付審決との矛盾部分の取消しを義務付けることを請求する。
イ 仮に,本件納付命令を取り消すことについて,公正取引委員会が裁量権を有しているとしても,本件は,公正取引委員会の原告に対する信義則違反により,原告に著しい損害が生じた事案であり,公正取引委員会が,それを取り消さないことは,社会通念上著しく妥当を欠き,裁量権の逸脱・濫用に当たるというべきである。
(被告の主張の要旨)
ア 仮に,原告の義務付け請求が,その訴訟要件を満たすとしても,本件納付命令は,法定の手続を経た上で,適法に確定したものであり,他仕に対する処分との間で事実認定に不一致が生じたとしても,違法の問題を生じないことは,既に主張したとおりであるから,公耳取引委員会は,同命令の一部を取り消す義務を負うものではない。
イ また,原告は,利害得失を考慮し,自らの判断で本件納付命令を争わなかったにすぎないこと,旧独占禁止法上,課徴金算定の前提となる事実の合一的確定は要請されておらず,事実認定の不一致は法が予定していること,本件納付命令,平成19年納付審決及び平成20年納付命令は,いずれも法定の手続きに従って適正に行われたこと,これらの納付命令及び納付審決は,それぞれ独立の行政処分であって,その効力は名あて人に対してのみ及ぶことなどの事情からすれば,公正取引委員会が,本件納付命令の一部を取り消さないことに,少なくとも裁量権の逸脱・濫用はないというべきである。
第3 当裁判所の判断
1 課徴金に係る行政処分の手続構造等
争点に関する判断の前提となる事項として,まず課徴金に係る行政処分の手続構造等について検討する。
(1) 納付命令の手続構造等 
ア 排除審決との関係
納付命令は,旧独占禁止法7条の2第1項に規定する違反行為(同法3条又は6条に違反する行為)の存在を前提とし(同法48条の2第1項),当該違反行為について審判手続が開始された場合には,当該審判手続の終了後まで発することができないが(同項ただし書),当該違反行為の存在を認定する排除審決の存在は,同命令を発するための要件でなく,納付命令自体は,排除審決とは別個独立の行政処分である。
イ 納付命令の手続
(ア) 納付命令の要件の審査等の事務は.公正取引委員会事務総局審査局等がつかさどり(旧組織令4条1項1号,3号等),その審査手続は,排除審決がされた場合には,それを前提とし,また,必要に応じ,公正取引委員会又は上記審査局等の職員の中から同委員会が指定する審査官(旧独占禁止法46条2項,旧審査審判規則7条3項,旧審査官令)による報告命令等の強制処分がされるところ(旧独占禁止法46条1項,2項,旧審査審判規則9条),公正取引委員会は,これらの審査の結果について,審査局長から報告を受け(同規則20条1項),その報告を踏まえ,公正取引委員会の委員(委員長を含む。以下同じ。)の議決により(旧独占禁止法34条2項),公正取引委員会による行政処分としての納付命令をする。
(イ) 納付命令について,行政手続法第2章及び第3章の規定は適用されないが(旧独占禁止法70条の2),旧独占禁止法及び旧関係法令自体が,公正取引委員会が,納付命令をしようとするときは,その名あて人となる事業者等に対し,あらかじめ,納付を命じようとする課徴金の額,その計算の基礎及びその課徴金に係る違反行為等を記載した文書を送達し(旧審査審判規則23条),これらの事項について意見陳述及び証拠提出の機会を与えなければならないとして(同法48条の2第4項,同規則24条),一定の事前手続を定める。
ウ 不服申立制度
納付命令に対し,行政不服審査法に基づく不服申立てをすることはできないが(旧独占禁止法70条の3),当該命令を受けた事業者等が同命令に不服があれば,公正取引委員会に対し,納付命令書の謄本の送達があった日から30日以内に審判手続の開始の請求をすることができ(同法48条の2第5項,旧審査審判規則26条),公正取引委員会は,当該請求を不適法として却下する場合を除き,遅滞なく,当該請求に係る審判手続(後記(2))を開始しなければならない(同法49条の2第5項)として,旧独占禁止法及び旧関係法令自体が,特別の不服申立制度を設けている。
(2) 納付審決の手続構造等
ア 審判手続の対審構造
公正取引委員会は,審決を除く審判手続を審判官に行わせることができるが(旧独占禁止法51条の2本文,旧審査審判規則31条),その場合には,①審判の指揮及び審判廷の秩序維持は,審判官にゆだねられるところ(同規則42条),(a)審判官は,公正取引委員会の事務総局に置かれ,公正取引委員会が,審判手続について必要な法律及び経済に関する知識経験を有し,かつ,公正な判断をすることができると認められた者が任じられ(同法35条7項,8項),(b)個々の審判手続を担当する審判官は,公正取引委員会が,当該事件の審査等に関与したことのない者の中から指定し(同法51条の2ただし書),(c)当該審判官は,当該事件の審判の事務について,事務総局の統理を受けず(同法35条3項,旧組織令2条21号参照),公正に,かつ,独立して職務を行うものとされるのに対し(同規則32条2項),②審判手続において,その開始を請求した被審人の相手方として主張立証活動を行う審査官(同法51条の3,同規則34条)は,(a)事務総局審査局に置かれて事件の審査や納付命令等に関する事務を担当する審査専門官等の中から(旧組織令4条,旧組織規程2条の8),(b)個々の事件について,必要な調査及び審査を行わせ,また,審判に立ち会わせるため,公正取引委員会が指定した者であり(同法46条2項,同規則7条3項,旧審査官令),(c)審判手続においては,審判官の指揮に服するなど(同規則43条等),審判機関と訴追機関とでは,組織上も,手続上も,いわゆる職能分離が図られ,他方で,③当該審判手続の開始を請求した被審人は,弁護士等を代理人として選任し(同法52条2項,同規則35条),原則として公開される審判廷(同法53条,同規則38条)における審判期日に出頭し(同規則39条3項),後記イのとおり,審査官の主張立証を争うなど防御権が保障されており(同法52条1項),審判手続においては,訴訟手続に類似した対審構造が予定されている。
イ 被審人の防御権
被審人は,審判手続において,その防御のため,①処分が不当である理由を述べ,書証(旧審査審判規則67条)等を提出するとともに,参考人の審訊(同規則66条),鑑定(同規則69条),文書等の提出命令(同規則53条),立入検査(同規則54条)又は検証(同規則68条)の申出をし(旧独占禁止法52条1項),また,②審査官の陳述の趣旨について求釈明又は発問をすることができ(同規則44条3項),審査官の申し出た証拠の採否について意見を述べ(同規則61条1項),審査官の参考人等への質問の制限の申立てをすることができる(同規則77条3項)など,訴訟手続と類似した防御権が保障され,さらに,審判官が審判手続を行う場合には,③審判官の被審人に対する弁論の制限(同規則43条),証拠の申出の却下(同規則61条2項),参考人等への質問の制限(同規則77条3項)等の審判手続に関する処分が,法令に違反し又は著しく不当と認めるときは,公正取引委員会に異議の申立てをすることもできる(同規則52条1項)などの手続上の権利も保障されている。
ウ 公正取引委員会の審決
審決は,審判官が審判手続を行った場合でも,公正取引委員会の委員の合議によるが(旧独占禁止法55条),①公正取引委員会は,被審人が争わない事実及び公知の事実を除き,審判手続において取り調べた証拠によって事実を認定しなければならず(同法54条の3),また,②審判手続を担当した審判官が提出する審決案(旧審査審判規則82条)を適当と認めるときは,直ちに審決案と同じ内容の審決をすることができる一方(同規則87条1項),更に審理すべき点があれば,審判手続の再開を命ずることもできるなど(同条2項),審判手続における審理の結果を前提として判断がされることになる。
エ 不服申立制度
後記(3)イのとおり,上記ウの審決は,行訴法3条2項の「処分」に当たると解されるが,その取消しの訴えは,同法の特例として,①審決書の謄本の送達があった日(旧独占禁止法58条1項,旧審査審判規則89条5項)から.30日以内に(同法77条)②東京高等裁判所を第1審の管轄裁判所(専属管轄)として提起しなければならず(同法85条1号),③その審理は,5人の裁判官で構成される特別の合議体によって行うものとされるなど(同法87条),特別の手続に服し,また,④新しい証拠の提出が制限され(同法81条),⑤当該訴訟については,公正取引委員会の認定した事実は,これを立証する実質的な証拠があるときは,裁判所を拘束し,裁判所は,事実問題に関しては,当該審決の基礎となった事実を立証する実質的な証拠がない場合に限り,当該審決を取り消すことができるとされ(いわゆる実質的証拠法則。同法80条,82条1号),⑥裁判所は,当該審決を取り消す場合において,さらに審判をさせる必要があると認めるときは,公正取引委員会に事件を差し戻すことができるとされる(同法83条)など,審判手続の事実認定を尊重する制度設計が採られている。
(3) 救済手続の特殊性・排他性.
ア 以上のとおり,旧独占禁止法に基づく課徴金に関しては,①事前の行政手続を経た行政処分としての納付命令が先行し,②これを受けた事業者等でこれに不服があるものに対しては,行政不服審査法に基づく不服申立方法が排除され,訴訟手続に類似した対審構造による審判手続の開始請求という不服申立方法が定められ,その審判手続を経た別個の行政処分としての納付審決がされた場合には,③これに対する抗告訴訟は,東京高等裁判所を第1審の管轄裁判所(専属管轄)とし,上記(2)エ⑤の実質的証拠法則により事実認定に関する司法審査の範囲が制限されるなど,特別の訴訟手続に服するものとされており,不服申立方法について,一般の行政処分とは異なる特別の救済手続が法定されているということができる。
イ また,納付命令は,これを受けた事業者等が適法に審判手続の開始を請求すれば,審判手続の開始により,その効力を当然に失い(旧独占禁止法49条2項,3項),公正取引委員会は,当該審判手続を経た後,所定の要件を満たすと認めるときは,改めて,審決をもって,課徴金の納付を命ずることになるから(同法54条の2第1項),納付審決は,行訴法3条3項にいう「裁決」ではなく,同条2項にいう「処分」に当たるものと解され(甲第18号証の意見書に示されているこれに反する見解は,採用の限りでない。),その意味でも,その不服申立方法及び救済手続は特殊な構造を備えているものということができる。
ウ さらに,簡易な行政手続に基づぐ納付命令は,公正取引委員会の事務総局審査局等が審査手続を担当し(旧組織令4条1項1号,3号等),その審査の結果を踏まえ(旧審査審判規則20条1項),委員の議決により行われる(旧独占禁止法34条2項)一方,慎重な訴訟類似の審判手続に基づく納付審決は,審判官が審判手続を行う場合には,同委員会の事務総局に属する審判官が事務総長統理を受けずに独立して審判手続を担当し(旧審査審判規則32条2項),その作成した審決案(同規則82条)を踏まえ,委員の合議によるものとされ(日独占禁止法55条1項),組織上も各手続の担当官の分離が図られている。
エ そして,納付命令については,これに対する特別の不服申立方法としての審判手続の開始請求を経て,訴訟手続に類似した対審構造の審判手続の開始による同命令の消滅後にされる納付審決という新たな「処分」について,上記(2)エのとおり,東京高等裁判所を第1審の管轄裁判所(専属管轄)とし,事実認定に関する司法審査の範囲が制限されるなど特別の抗告訴訟の手続が法定されていることからすれば,納付命令に対し,旧独占禁止法に基づく審判開始の手続を経ないで行訴法に基づく取消訴訟を提起することは許されないものと解すべきであり,上記アのとおり,旧独占禁止法に基づく課徴金に関しては,①事前の行政手続に基づく納付命令,②訴訟手続に類似した対審構造の審判手続に基づく納付審決,③特別の訴訟手続に服する審決取消訴訟という段階的構造が,排他的な救済手続として予定されているというべきである。
2 争点(1)(国家賠償法上の違法の有無)について
(1) 国家賠償法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであるから,公務員による公権力の行使に係る行為に同項にいう違法があるというためには,公務員が,当該行為によって損害を被ったと主張する者に対して負う職務上の法的義務に違反したと認められることが必要であると解される(最高裁昭和53年(オ)第1240号同60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1512頁,同平成18年(受)第263号同20年4月15目第三小法廷判決・民集62巻5号1005頁参照〉。
以下,この観点から,前記1の課徴金に係る行政処分の手続構造等を踏まえ,同項に基づく被告の賠償責任の有無について検討する。
(2) 前提事実並びに掲記の証拠(枝番号のあるもので,その記載を省略するときは,その全部を含む。)及び弁論の全趣旨によれば,本件の事実経過として,以下の事実を認めることができる。
ア(ア) 公正取引委員会は,平成12年5月30日,不当な取引制限としての価格カルテルの疑いで,グランドポリマー及び本件6社に対し立入検査をしたが,①その当時,不当な取引制限としての価格カルテルに対する課徴金の算定の基礎となるカルテル実行終了日の認定について,公正取引委員会又はその機関が公式にその一般的な基準を示した通達,通知,訓令等の行政解釈は存在せず(弁論の全趣旨),また,②不当な取引制限としての価格カルテルに対する納付審決例又は納付命令例及びこれらと同一の事件に係る排除審決例又は勧告審決例(いずれの審決例も,審決案の引用によるものを含む。以下,これらを「審決例・命令例」と総称する。)のうち,平成5年以降にされたもので(以下,特に明記しない限り同じ。),平成12年5月当時までに公刊されていたもの(甲40ないし61,62の2)においても,カルテル実行終了日の認定について,(a)その一般的な基準を説示したものは存在せず,また,(b)個別的にその時期の先後の認定が争われ,その点に対する公正取引委員会の判断が示されたものも存在しないところ(平成12年5月当時までの審決例で争われたのは,カルテルの違反行為の有無のみである。),③上記②の状況は,平成12年5月当時までにされた課徴金に係る審決例・命令例のうち,その当時は未公刊であったもの(甲62の1,同63,64,65の1)においても同様であった。
(イ) 他方で,①昭和55年6月27日にされた納付命令例において,公正取引委員会が,社内通達による指示の日をカルテル実行終了日と認定してほしいとの事業者の要望を容れなかった事案について,同年9月ころ刊行された雑誌の公正取引委員会の審査部(後の審査局に相当)考査室長(当時)が掲載した記事には,個人的見解として,カルテルの実行としての事業活動がなくなったと認められるためには,その消滅を示す客観的な徴表(カルテルをやめたとの明白な意思表示又はそれと同等の行為)が必要と考えられる旨の記載がされていだこと(甲13),②平成12年5月当時までにされた多数の勧告審決例に,カルテルに係る合意が破棄された事実を具体的に認定し,又は破棄の事実があったことを認定し,その破棄の日をカルテル実行終了日と認定したものと解し得る説示が付されており,同審決例に対応する納付命令例でも,その破棄の日がカルテル実行終了日と認定されていたところ(甲41,42,46ないし49,52,54。なお,甲第62号証の2の勧告審決例に対応する納付命令例は,未公刊であったが,これらと同様であり,甲第58号証の納付命令例は,当該納付命令自体が,カルテルに係る合意が破棄された事実を具体的に認定したものである。),昭和61年3月に刊行された公正取引委員会の首席審判官(当時)の著作には,個人的見解として,カルテルの終了というためには,カルテル参加者が共同意思を破棄した旨を広く関係者等に周知することが必要と考えられる旨の記載がされていたこと(甲12)等を踏まえ,平成12年5月当時,原告の顧問弁護士(当時はグランドポリマーの代理人顧問弁護士を兼務)及び原告の理事法務部長並びに本件6社の代理人顧問弁護士及び法務担当者を始め,独占禁止法に関する問題を扱う弁護士及び企業法務担当者の問では,公正取引委員会においてカルテルからの離脱の認定を受けるには,離脱の意思の外部的徴表を伴う表示を要するとの一般的な認識がされていた(甲2)。
イ(ア) 公正取引委員会は,平成13年5月30日,グランドポリマー及び本件2社のカルテル実行終了日が,それぞれ各社が送付した各確認書(甲3の1・2,同4)の日付のころであり,本件4社のカルテル実行終了日が平成12年10月25日ころであるとの事実認定を前提とする勧告をした(甲2,3の1・2,同4,乙5)。
(イ) 原告の顧問弁護士(当時はグランドポリマーの代理人顧問弁誰士を兼務)は,平成13年6月1日,審査,勧告及び審判開始決定に関する事務を取り扱う公正取引委員会事務総局審査局特別審査部(旧組織令4条2項)の上席審査専門官(旧組織規則10条2項,3項)と面談し,同審査専門官が,グランドポリマー及び本件2社については,それぞれ前記各確認書によってカルテル離脱の意思を表示したとみることができ,その発信時期を基準とするカルテル実行終了日の認定が可能であるが,本件4社については,各社の確認書が,カルテル離脱の意思表示としては不十分であるため,本件カルテルに参加した各社のうち,業界の中心的企業であるグランドポリマー及び日本ポリケムがカルテルから離脱したと認められる平成12年10月25日(日本ポリケムが取引先販売業者及び需要者に対し本件カルテルから離脱する旨の文書による通知をした日ころ)をもってカルテルから離脱したとの認定がされることになるとの見通しを有していること等の情報を得た(甲1,2,弁論の全趣旨)。
(ウ) 公正取引委員会又は同審査官は,平成13年7月25日,課徴金の額を算定するため,グランドポリマーに対し,平成12年4月1日から同年10月31日までの売上高等のデータを提出することを命ずる報告命令(旧独占禁止法46条1項1号又は2項)をした。グランドポリマーは,同年8月8日付けで,公正取引委員会又は同審査官に対し,同社のカルテル実行終了日を確認書(甲4)の日付の日と認定するよう上申書を提出し,公正取引委員会又は同審査官から,改めて,同日までの売上高等のデータを提出することを命ずる報告命令を受けることができた(甲2)。
(エ) 原告の理事法務部長は,平成14年末ころ,本件2社のうちチッソが,公正取引委員会に対し,同社のカルテル実行終了日は,確認書の日付以前の,同社がカルテルからの離脱を決定した取締役会決議の日であると主張しているとの情報を得た上,納付命令等の事務を取り扱う公正取引委員会事務総局審査局管理企画課考査室(旧組織令19条,旧組織規則9条1項,4項1号)の審査専門官に対し,グランドポリマーが本件6社との弁護団会議において他社の代理人に対しカルテル破棄の合意書面を作成するよう呼びかけた日などをもって,カルテル実行終了日と認定するよう要請したが,同審査専門官は,平成15年1月14日,①本件確認書の日付の前日に原告及び本件2社の実行行為が終了したと考えているが,それが公正取引委員会の委員に承認されない場合には,本件確認書の目付をカルテル実行終了日として処理することを考えているところであり,②いずれにしても,本件確認書の日付の前日より前の日がカルテル実行終了日として認定されることは難しいとの見通しを答えた(甲2,弁論の全趣旨)。
ウ(ア) 原告は,平成15年3月31日,公正取引委員会から,カルテル実行終了日を本件確認書の日付の前日,(平成12年9月21日)とする旨の本件納付命令を受けた。その後,原告の理事法務部長は,チッソが,平成15年3月7日に言い渡された平成15年東京高裁判決を根拠に,上記イ(エ)のとおり取締役会決議の日が同社のカルテル実行終了日であるとして争う予定であるとの情報を得た(甲2)。同判決は,いわゆる入札談合の事案におけお旧独占禁止法7条2項ただし書の「当該行為がなくなった日」の解釈について,「受注調整を行う合意から離脱したことが認められるためには,離脱者が離脱の意思を参加者に対し明示的に伝達することまでは要しないが,離脱者が自らの内心において離脱を決意したにとどまるだけでは足りず,少なくとも離脱者の行動等から他の参加者が離脱者の離脱の事実を窺い知るに十分な事情の存在が必要であるというべきである。」と説示したものであった(弁論の全趣旨)。
(イ) 原告は,原告の前記顧問弁護士とも相談した上,同弁護士の助言のとおり,①上記平成15年東京高裁判決によっても,カルテルから離脱したというには,離脱の意思を他の参加者に対し明示的に伝達することまでは要しないが,他の参加者が離脱者の離脱の事実をうかがい知るに十分な事情の存在が必要であるとされており,取締役会決議のような社内手続ではなお不十分と考えられること,②グランドポリマーの取締役会決議の日は,本件納付命令において認定されたカルテル実行終了日の2日前にすぎず,公正取引委員会の心証を損なうおそれに比して,これを争う実益が少ないと考えられること等を考慮し,原告としては,本件納付命令を争わないこととし,審判手続の開始の請求をすることなく,本件納付命令の確定後の平成15年6月2日,これに従って課徴金を納付した(甲2)。
(ウ) なお,前記アの時期(平成12年5月当時)以降,上記(ア)及び(イ)ころ(平成15年3月ないし6月ころ)までにされた審決例・命令例の中には,①カルテルに係る合意の破棄を取引先に周知した日の前日をカルテル実行終了日と認定したもの(甲67。平成14年6月28日納付命令)のほか,前記ア(イ)②の多数の勧告審決例と同様,カルテル実行終了日の認定に当たり,カルテルに係る合意を破棄した会合を具体的に認定し(甲70の2。平成14年9月25目勧告審決),あるいは,これを破棄した事実を認定するもの(甲72の2。平成15年1月8日勧告審決)があった一方で,②価格カルテルに係る合意の破棄が外部に表示されたこと等の事実を特に認定せず,公正取引委員会の調査開始目の前日(甲68。平成14年1月21日勧告審決,平成15年2月10目納付命令)又は当日(甲66。平成12年12月6日勧告審決,平成13年6月26日納付命令)をカルテル実行終了日と認定するものがあり,それらの一部(甲66,68の2)は既に公刊されていた。
エ(ア) 他方,本件2社は,平成15年納付命令に不服があるとして,審判手続の開始を請求し,その審判手続において,本件2社のカルテル実行終了日は,①公正取引委員会による立入検査の日の前日,②本件カルテルから離脱する旨の社内決定をし日の前日,又は③本件カルテルから離脱する旨を本件カルテルを共同した他社の代理人弁護士らに表明した代理人会議の前日である旨の主張及びこれに沿う立証を行い,平成19年6月19日,本件2社のカルテル実行終了日が,上記①の主張のとおり,立入検査の日の前日(平成12年5月29日)であるとする平成19年納付審決を受けた,(甲10)。
(イ) 上記アの審判手続において,①審査官は,平成17年改正前の時点から,その準備書面において,平成15年東京高裁判決の説示を援用し,カルテルから離脱して違反行為を消滅させる行為に必要とされる外部的徴表について,「明示的なものだけではなく黙示的なものも含まれ」(甲92),「離脱者の行動等から他の参加者が離脱者の離脱の事実を窺い知るに足りる十分な事情の存在」(甲93)をもって足りるとした上で,上記(ア)の①ないし③の時点では,そのような外部的徴表は認められず,カルテル実行終了日を確認書の日付の前日とした平成15年納付命令は正当であると主張していたものであり,②公正取引委員会は,この点について,平成17年改正後の時点でされた平成19年納付審決の引用する審決案(甲10)において,「原則として,違反行為者相互間での拘束状態を解消させるためめ外部的徴表が必要となる。しかし,上記のような終期の趣旨にかんがみれば,違反行為者全員の外部的徴表を伴う明示的合意がない場合であっても,違反行為者全員が,不当な取引制限の合意を前提とすることなく,これと離れて事業活動を行う状態が形成されて固定化され,上記合意の実行性が確定的に失われたと認められる状態になった場合には,やはり,当該行為の実行としての事業活動がなくなり,終期が到来したということができる」との説示をした上で,「本件においては,本件含意成立後3ヶ月弱で立入検査が行われ,その間,被審人らを含む本件違反行為の参加者が値上げに成功した取引先はごくわずかであって,合意に基づく値上げの浸透はいまだその実現途上にあったところ,本件立入検査がなされ,その旨が新聞等で報道された結果,本件合意に基づく値上げを実現することが客観的に困難になり,同日以降,被審人らを含む本件違反行為参加者による値上げの実現状況を確認する等のための会合は開かれなくなり,また,本件合意に基づく値上げ交渉を行ったとの事実も具体的に認めることができないのである。このような事情を総合すると,本件においては,立入検査時以降は,違反行為者全員が,本件合意を前提とすることなく,これと離れて事業活動を行う状態が形成されて固定化され,本件合意の実効性は確牢的に失われたと認められる。そうすると,本件においては,平成12年5月30日の立入検査をもって本件違反行為がなくなったと認められる。」と認定したものである。
(ウ) 本件4社は,前記イ(ア)の勧告に応諾しなかったことから,職権で開始された審判手続を経て(乙8),平成19年8月8日,旧独占禁止法54条2項及び3項に基づき,本件カルテルが存在したことを認定して本件4社に所要の排除措置を命ずるなどする審決(平成19年排除審決)を受け(乙11),同審決を踏まえ,平成20年6月20日,平成19年納付審決と同様に,本件4社のカルテル実行終了日を立入検査の日の前日(平成12年5月29日)として課徴金の額を算定する平成20年納付命令(乙6の1ないし4)を受けた。
オ(ア) 独占禁止法の平成17年改正後に至っても,不当な取引制限としての価格カルテルに対する課徴金の算定の基礎となるカルテル実行終了日の認定について,①公年取引委員会又はその機関が公式にその一般的な基準を示した通達,通知,訓令等の行政解釈は存在せず,②その一般的な基準を説示した審決例として,旧独占禁止法が適用される事件については,平成17年改正後にされた平成19年納付審決(甲10)があるのみであったが(弁論の全趣旨),同審決の説示は,前記エ(イ)のとおり,原則として外部的徴表が必要となるとしながら,その内容を緩やかにとらえる趣旨又はその例外を認める趣旨と解し得るものであり,また,同審決において,結論として,立入検査の日の前日をもってカルテル実行終了日と認定されたのも,上記の趣旨を踏まえた当該審判手続における具体的な事実認定の結果と解し得るものであった。
(イ) 他方,平成15年後半以降(前記ウ(ウ)の時期の後),平成19年納付審決及び平成19年排除審決以外の審決例・命令例をみると,平成17年改正の前後を問わず,勧告審決例では,立入検査前に既にカルテルに係る合意が消滅していたことを認定した3例(甲87ないし8.9)を除き,旧独占禁止法又は平成17年改正後の独占禁止法のいずれが適用される事案についても,カルテルに係る合意は,公正取引委員会の当該カルテルに係る調査開始日(例えば立入検査の日)に事実上消滅した等と認定され,それらの審決例に対応する納付命令例でも,当該調査開始日の前日に当たる日付がカルテル実行終了日と認定されていた(甲71,73ないし83,85,86)。
(ウ) もっとも,上記(イ)の時期における審決例にも,当該調査開始日の前日ではなく,当該調査開始後,当該事業者が取引先に対し離脱の意思を表示した日の前日をもってカルテル実行終了日を認定するものがあり(平成15年11月28日排除審決。甲69の2),また,平成17年改正後にされた審決例にも,カルテルに係る合意を破棄した会合を具体的に認定したものがあり(平成18年11月27日卸告審決。甲84の2),これらの審決例に対応する納付命令例も,カルテル実行終了日について,これらの審決例に沿う日付を認定をしていた(甲69の1,同84の1。なお,当該各事案は,それぞれ,前記ウ(ウ)①に掲記した甲第67号証及び第70号証の2の審決例・命令例の事案と同じカルテルに係るものであり,カルテル実行終了日についても,それらの事案と同じ日が認定されている。)。
(エ) この点,①平成17年12月に刊行され,平成17年改正により導入された課徴金減免制度について解説した公正取引委員会の審査局情報管理官(当時)の著作(甲16)には,個人的見解として,同制度による減免を受けるための一要件である「調査開始日以後において,当該違反行為をしていた者でないこと」(平成17年改正後の独占禁止法7条の2第7項2号等)について,違反行為をしていないことを示すために,カルテルに参加している他の各社に違反行為からの離脱の意思を伝える必要はないと考えられる旨の記載がされていた(なお,これに関連して,平成18年2月ころ刊行の法学者の雑誌論稿(甲17)では,上記著作の記載を引用した上で,そのように解する以上,旧独占禁止法上のカルテル実行終了日と同義に解される同条2項の「当該行為がなくなった日」についても,違反行為から離脱する意思を外部に表示する必要はないと解すべきである旨の見解が述べうれていた。)。他方,②平成19年8月に刊行された公正取引委員会の審判官(当時)の著作(甲22)では,カルテル事件について,これまでは破棄決定が行われた日に違反行為が終了すると認定されてきたが,最近は立入検査の日で終了すると認定されているとして,平成17年改年前にされた前記ウ(ウ)及びオ(イ)の勧告審決例3例(甲68の2,同71の2,同73の2)が紹介されており,平成17年改正法及び課徴金減免制度との関係については一切言及されていない。
(3)ア 原告は,カルテル実行終了日の認定について,平成17改正の前後において,公正取引委員会による旧解釈から新解釈への解釈変更がされ,平15年納付命令と平成19年審決・平成20年納付命令との認定の相違は,この解釈変更によるもりである旨主張する。
イ しかしながら,①カルテル実行終了日については,旧独占禁止法7条の2第1項の定める違皮行為の実行としての事業活動がなくなる日という事柄の性質上,個々の事案ごとに諸般の事情からの推認等により客観的な事実として認定されるべきものであり,その認定の作用は本来的に裁量の観念を容れるものではなく,②このような個々の事案ごとの個別的な事例判断(事実認定)において,公正取引委員会の委員及び審判官は,同委員会の準司法機関としての特質等にかんがみ,それぞれ,その職務を独立して公正に行わなければならない(旧独占禁止法28条,旧審査審判規則32条2項)とされ,その地位及び判断の独立性を保障されているので,その所属する組織の特定の見解に拘束されることなく,個々の命令及び審決(審判官にあっては,審決案)において,各自の見解に従って独立して公正な立場で判断をすることができ,かっ,しなければならず,納付命令は委員の議決により,納付審決は委員の合議(審決案は,複数の審判官が審判手続を主宰したときは,審判官の合議)により,それぞれ決せられるところ,③現に,平成17年改正の前後を通じて,不当な取引制限としてのカルテルに対する課徴金の算定の基礎となるカルテル実行終了日の認定について,公正取引委員会又はその機関が公式にその一般的基準を示した通達,通知,訓令等の行政解釈は存在しないのであって,④前記(2)のとおり,(a)平成17年改正前の審決例・命令例にも,カルテルに係る合意の破棄の事実を認定するのではなく,調査開始日(例えば立入検査の日)の前日又は当日をもってカルテル実行終了日と認定するものが存在し,他方,平成17年改正後の審決例・命令例にも,当該調査開始日の前日又は当日をもって認定するのではなく,カルテルに係る合意の破棄の事実を認定して,カルテル実行終了日を認定するものが存在することに加え,(b)平成19年納付審決の審判手続についてみても,平成17年改正前の時点で提出された審査官の準備書面の中で,離脱の意思の外部的徴表は,明示的なものでなくても黙示的なものでもよく,離脱者の行動等から他の参加者が離脱者の離脱の事実を,うかがい知るに足りるものであればよい(平成15年東京高裁判決と同旨)とするなど,外部的徴表の内容を緩やかにとらえる趣旨を示すと解し得る主張がされており,他方,平成17年改正後の時点でされた平成19年納付審決に,その主張の趣旨に沿って,原則として外部的徴表が必要となるとした上で,その内容を緩やかにとらえる趣旨又はその例外を認める趣旨と解し得る説示が付されていることからすると,(c)平成17年改正の前後を通じて,課徴金に係る審決例・命令例におけるカルテル実行終了日の認定について,結論の多寡に係る傾向の変化は看取し得るものの,個々の事案ごとの結論の相違が,外部的徴表の要否に係る見解の相違によるものとはにわかに考え難く,外部的徴表の内容の認識可能性の程度によるものなのか,外部的徴表の要・不要の原則・例外の広狭によるものなのかも,いずれも明らかではなく,むしろ,個々の事案ごとに,一定の時点において,離脱の意思の明証的な外部的徴表を認定し得るか,それを認定し得ない場合に,諸般の事情の総合的な考慮により当該事業者の離脱の事実を客観的に認定し得るかという観点から,平成17年改正前後を通じて一貫して個別具体的な検討がされてきたとの理解もあり得るものということができる(このことは,甲第84号証の審決例・命令例について,32社による価格カルテルの合意が一部の会社が参加した事業者団体の会合において決定されたという原告指摘の事情(原告準備書面(1)(11頁))があるなど,課徴金に係る審決例・命令例の一部について事案の特殊性が結論に影響した可能性を考慮したとしても,別段左右されるものではない。)。以上を踏まえると,本件全証拠によっても,平成17年改正の前後において,公正取引委員会の各委員の合議又は議決によるカルテル実行終了日の認定に係る一般的な基準の存在及びその変更の事実を認めるに足りないといわざるを得ない(なお,平成17年改正法による課徴金減免制度(平成17年改正後の独占禁止法7条の2第7項ないし10項等)の導入に伴い,調査開始日(立入検査日等)前に外部の第三者に告げずに調査に協力してカルテルの報告等をした事業者について,調査開始日 以後の違反行為の欠如の要件(同条7項2号等)との抵触を回避して課徴金の減免を認めるべき政策的な要請が,個々の事案における各委員の合議又は議決における独立した職権の行使としての個別的な事例判断(事実認定)において,離脱の意思の明示的な外部的徴表に至らない調査開始日前の段階でのカルテル実行終了日の認定に背景事情として何らかの影響を及ぼした要素があったか否かについては,これを認めるに足りる的確な証拠は存しない(公正取引委員会の審査局職員及び審判官がその著作の中で個人的見解を記述した甲第16及び22号証の各文献の記載(前記(2)オ(エ)①及び②)によっても,これを認めるに足りず,むしろ,甲第22号証の文献の記載(同②)は,上記傾向の変化が平成17年改正とは無関係に生じたことをうかがわせるものとみることもできる。)といわざるを得ない。)。
上記①ないし④の諸点にかんがみると,平成17年改正の前後を通じてみられる課徴金に係る審決例・命令例のカルテル実行終了日の認定に関する結論の多寡に係る傾向は,事柄の性質上,一般の行政機関が公式見解として示達して所属職員がこれに拘束される行政解釈の性質を有するものではなく,将来の公正取引委員会の審決・命令における認定に対して拘束力を有する確立された先例としての性質を有するものでもなく,そのような行政機関の行政解釈又は拘束力のある先例と同視し得るものではないし,また,平成17年改正の前後における上記傾向の変化についても,事柄の性質上,行政機関の行政解釈又は拘束力のある先例の変更と同視し得るものではないのであり,これらは,個々の事案ごとの諸般の事情を踏まえた各委員の合議又は議決における独立した職権の行使としての個別的な事例判断(事実認定)の結果に係る多寡の傾向及びその推移の範疇を出るものではないというべきである(なお,そのことは,仮に,上記④(c)末尾括弧内の趣旨の限度において平成17年改正法による課徴金減免制度の導入が背景事情として上記傾向の変化に影響を及ぼした要素があり得るとしても,別段左右されるものではないというべきである。)。
(4) 以上を前提として,本件納付命令(平成15年納付命令)の前後から平成19年納付審決及び平成20年納付命令の前後にかけての本件の一連の事実経過における公正取引委員会の関係公務員の行為につき,まず,その根拠法令である旧独占禁止法及び旧関係法令との関係で,国家賠償法上の違法の有無を検討する。
ア そこで検討するに,(ア)①そもそも,行政処分は,その名あて人ごとにそれぞれ各別に行われるものであり,ある者の受けた行政処分の前提とされた事実認定が,当然に他の者に対する行政処分の前提となる事実認定を法的に拘束するものではないところ,②課徴金に係る行政処分についても,各行政処分の前提となる違反行為の実行行為の終期等の事実は,その性質上,各行為者ごとに異なり得るものであり,かつ,上記①のとおり,各行政処分において各名あて人ごとに各別に事実認定がされるものとされている以上,(a)各行政処分ごとに各名あて人の実行行為の終期に係る事実認定が異なり得ることはもちろん,これに伴い,(b)各事前手続における主張立証等の相違を踏まえ,後行処分における手続外の行為者の実行行為の終期に係る事実認定と,当該行為者を名あて人とする先行処分における事実認定との間でも,後行処分の判断に関連する範囲で,上記①の帰結として相違が生じ得る上,③しかも,課徴金に係る行政処分の手続構造の下では,前記1のとおり,事前の行政手続を経た各事業者に対する納付命令が先行し,ある事業者からはこれに対する不服申立てとしての審判手続の開始の請求がされず,他の事業者からはその請求がされた場合に,その請求者である被審人に対してのみ審判手続が開始され,審判手続においては,被審人と審査官の主張立証を踏まえ(旧独占禁止法54条の3参照),訴訟類似の対審構造の手続を経て審決がされるのであるから,同一のカルテルを共同した事業者に対しそれぞれ納付命令がされた場合に,審判手続の開始の請求をしたか否かによって,また,審判手続における主張立証の内容によって,当初の各納付命令(審判手続を経ないで確定したものを含む。)と審判手続を経た後の各納付審決との間で,各事業者のカルテル実行終了日に係る事実認定(これに伴う被審人以外の事業者のカルテル実行終了日に係る事実認定を含む。)に相違が生ずることは制度上当然に予定されているものというべきであり,また,(イ)一般に,ある者に対する行攻処分が不服申立期間の経過により確定して不可争力を生じた後に,他の者に対する行政処分につき不服申立手続を経て不服審査機関による裁決又は処分がされ,前者の事実認定と後者の事実認定との間に相違がある場合でも,既に確定して不可争力を生じている以上,前者の行政処分について当然にその取消し(撤回)をすべき義務が発生するものではなく,このことは,上記(ア)①ないし③(特に同③の制度の構造)に照らし,同③の場合に審判手続の開始の請求がされずに確定した当初の納付命令についても,そのとおり妥当するものと解される(なお,平成17年改正前に確定して既に不可争力の生じている納付命令について,平成17年改正後に,同改正により導入された制度との関係を考慮して殊更に当該処分を見直すべき義務が発生するとも解されない。)。そうである以上,①ある事業者(原告)名あて人とし,審判手続の開始の請求を経ずに確定した納付命令(本件納付命令)と,他の事業者を名あて人(本件2社)とし,審判手続の開始の請求及び審判手続における主張立証を経てされた納付審決(平成19年納付審決)との間に,各事業者のカルテル実行終了日に係る事実認定(これに伴う原告のカルテル実行終了日に係る事実認定を含む。後記②において同じ。)に相違が生じたからといって,また,②当該納付命令(本件納付命令)と,他の事業者(本件4社)を名あて人とし,職権により開始された排除措置に係る審判手続における主張立証及び排除審決(平成19年排除審決)を経て,上記納付審決(平成19年納付審決)後にされた納付命令(平成20年納付命令)との間に,各事業者のカルテル実行終了日に係る事実認定に相違が生じ,その相違が,当該納付命令と両審決(本件では,特に平成19年納付審決)との事実認定の相違に由来するものと解されるからといって,それぞれ,旧独占禁止法及び旧関係法令上,後者の処分(平成19年納付審決又は平成20年納付命令)について別段違法の問題を生ずるものではなく,前者の処分(本件納付命令)について後発的に違法の問題を生ずるものでもないし,前者の処分について当然にその取消し(撤回)をすべき義務が発生するものでもないというべきである。
イ したがって,本件納付命令(平成15年納付命令)の前後から平成19年納付審決及び平成20年納付命令の前後にかけての本件の一連の事実経過における公正取引委員会の関係公務員の行為につき,その根拠法令である旧独占禁止法及び旧関係法令との関係で違法の問題を生ずる点はなく,原告に対する関係で職務上の法的義務に違反する点もないといえるから,公正取引委員会の関係公務員の上記行為につき,以上の観点から,国家賠償法上の違法と評価される点はないものというべきである。
そこで,次に,本件の事実関係の下で,本件の一連の事実経過における公正取引委員会の関係公務員の行為につき,原告の主張に係る信義則,平等原則,比例原則又は法治主義といった一般法理等に基づく違法事由の存否について,順次検討する。
(5) 信義則違反の主張について
ア(ア) 原告は,公正取引委員会は,カルテル実行終了日について,原告に対し,旧解釈以外の解釈ほ認められない旨の指導をしていたにもかかわらず,独占禁止法の平成17年改正後,平成19年納付審決及び平成20年納付命令において,旧解釈を変更して新解釈を採用し,他方で本件納付命令を取り消さなかったものであり,これらの一連の行為が信義則違反の違法を構成する旨主張する。
(イ) しかしながら,原告が信頼したという公正取引委員会の審査局職員らの言辞は,その法的な意義を客観的にみれば,前記(3)に説示したとおり,公正取引委員会の行政機関としての行政解釈ではなく,当該職員個人が委員の議決による認定の見通しを述べたものにすぎず(実際,前記(2)イ(エ)の認定のとおり,原告の理事法務部長に応対した公正取引委員会の職員自身,本件確認書の日付の前日に原告及び本件2社の実行行為が終了したと考えているとする一方,それが公正取引委員会の委員に承認されない場合には,本件確認書の日付をカルテル実行終了日として処理することを考えている等として,その言辞の内容が上記の見通しにすぎないことを自ら明らかにしていた。),ぞれぞれ当時の多数の審決例・命令例の傾向等を踏まえたものであったにせよ,将来の納付命令及び納付審決につき各委員(審決案につき審判官)を何ら拘束するものではない以上,それを原告が信頼したからといって,その信頼が,直ちに特段の法的保護に値するものであるということはできないところ,前記(2)の認定事実によれば,原告は,原告の顧問弁護士の助言の下に,外部的徴表の内容を明示的な意思表示に限定せず,離脱者の行動等から他の参加者が離脱者の離脱の事実をうかがい知るに足りるものであればよい旨を判示した平成15年東京高裁判決をも参照し,本件納付命令を審判手続及び訴訟で争った場合の利害得失を比較衡量して検討した上で,原告自らの判断に基づき,同命令を争わない(審判手続の開始の請求をしないで確定した同命令に従い課徴金を納付する)ことにしたものというべきであるから,当該職員の言辞について,原告に特段の法的保護に値する信頼が生じていたということはできない。原告は,平成15年東京高裁判決によっても,立入検査日の前日がカルテル実行終了日と認定され得るとは予見できなかったものであり,弁護士の助言を信頼するということは,その助言の基礎となった公正取引委員会の解釈を信頼することである等と主張するが,上記裁判例を前提とすれば(しかも,前記(2)ウ(ウ)②のとおり,本件納付命令の不服申立期限以前に,公正取引委員会の調査開始日の前日等をカルテル実行終了日とした勧告審決例が公刊されていた。),公正取引委員会の命令又は審決を経て審決を争い訴訟を提起した場合に,判決で(あるいは,それ以前に審決で)異なる日の認定がされる可能性があることを認識し得たものといえる以上,そのような可能性を踏まえた上でなお本件納付命令を争わないことにしたことについては,公正取引委員会の当該職員の言辞のみならず,従前の多数の審決例・命令例の傾向に加え,平成15年東京高裁判決の判示等を総合的に検討し,公正取引委員会の審決のみならず訴訟の判決の予測まで勘案した上で,これらを踏まえた不服申立て及び訴訟提起による利害得失に関する顧問弁護士の助言に基づき,これを信頼して判断の基礎とするとともに,争訟により同委員会の心証を害するリスク等の副次的な事情をも総合考慮した上で,原告自らの判断により,争訟の手続を執ることなく当該命令に従い課徴金の支払に応ずることとしたものというべきであって,このような経緯に基づく原告自らの判断において,当該職員の言辞は,総合的な考慮の対象とされた諸般の事情の一要素にとどまり,これについて原告に特段の法的保護に値する信頼が生じていたとは認められないといわざるを得ない。
なお,本件納付命令の不服申立期限以前におけるカルテル実行終了日の認定に係る多数の審決例・命令例の傾向に対する原告の信頼どいう観点についてみても,その傾向は,行政機関の行政解釈文は拘束力のある先例と同視し得るものではなく,個々の事案ごとの諸般の事情を踏まえた各委員の合議又は議決における独立した職権の行使としての個別的な事例判断(事実認定)の結果に係る多寡の傾向の範疇を出るものではないことは,前記(3)に説示したとおりであり,しかも,前記(2)ウ(ウ)②のとおり,本件納付命令の不服申立期限以前に,調査開始日の前日等をカルテル実行終了日と認定する審決例・命令例が複数存在し,公刊されていたこと等に照らすと,この点についても,原告に特段の法的保護に値する信頼が生じていたとは認め難いといわざるを得ない。
(ウ) そして,○A上記(イ)のとおり,カルテル実行終了日の認定に係る多数の審決例・命令例の傾向について,原告に法的保護に値する信頼が生じたということはできず,その傾向の変化についても,前記(3)に説示したとおり,事柄の性質上,行政機関の行政解釈又は拘束力のある先例の変更と同視し得るものではなく,個々の事案ごとの諸般の事情を踏まえた各委員の合議又は議決における独立した職権の行使としての個別的な事例判断(事実認定)の結果に係る多寡の傾向の推移の範疇を出るものではなく,まして,原告が平成17年改正をその契機と主張して問題とする変化は,本件納付命令の約2年後(公正取引委員会の職員の上記言辞の約4年後)の平成17年以降のものであるところ,○B前記(4)アのとおり,(a)(ⅰ)名あて人を異にする行政処分相互の間に,その前提となる事実認定についての拘束力はなく,(ⅱ)課徴金に係る行政処分においても,その前提となる違反行為につき,各行政処分の各名あて人り実行行為の終期に係る事実認定の相違に伴い,後行処分における手続外の行為者の実行行為の終期に係る事実認定と,当該行為者を名あて人とする先行処分における事実認定との間にも,上記(ⅰ)の帰結として相違が生じ得る上,(ⅲ)しかも,課徴金に係る行政処分の手続構造の下では,各事業者のカルテル実行終了日について,当初の各納付命令(審判手続を経ないで確定したものを含む。)と審判手続を経た後の各納付審決との間で,各事業者のカルテル実行終了日に係る事実認定(これに伴う被審人以外の事業者のカルテル実行終了日に係る事実認定を含む。)に相違が生ずることは制度上当然に予定されており,(b)不服申立期間の経過により確定して不可争力を生じた行政処分について,他の者に対する行政処分につき不服申立手続を経て不服審査機関がした裁決又は処分との間に事実認定に相違が生じた場合でも,当然に取消し(撤回)をすべき義務が発生するものではなく,このことは,上記(a)(ⅰ)ないし(ⅲ)に照らし,同(ⅲ)の場合に審判手続の開始の請求がされずに確定した当初の納付命令についても同様に解される(なお,平成17年改正前に確定して既に不可争力の生じている納付命令について,平成17年改正後に,同改正により導入された制度との関係を考慮して殊更にこれを見直すべき義務が発生するとも解されない。)。これらのことに加え,○C納付命令に係る審査手続を所掌する審査局職員・審査官と納付審決に係る審判手続を所掌する審判官とは組織上も職制・所掌が明確に分離されモ最終的には委員の議決又は合議により命令又は審決がされる仕組みが採られているところ,○D上記(イ)のとおり,本件納付命令前の審査局職員の言辞につき,原告に特段の法的保護に値する信頼が生じたとも認められず,同言辞は原告からの要請に対する見通しの応答として述べられ,現にその見通しと一致した内容の本件納付命令がされていること等を総合考慮すると,①平成13年6月の時点で,公正取引委員会の審査局職員が,納付命令がされる前の原告からの要請に対し,納付命令町おける原告のカルテル実行終了日の認定につき,当時の多数の審決例・命令初の傾向に沿った見通しを述べ(なお,仮に,前記(3)イ④(C)末尾括弧内の趣冒の限度において平成17年改正法がその将来の傾向の変化に影響を及ぼした要素があり得るとしても,この時点において,それを予見するこどが可能であったとはいえない。),同委員会の委員の議決により,その見通しに合致した認定を内容とする本件納付命令がされ,他方,②その6年後の平成19年6月の時点で,審判手続の開始の請求及び審判手続における本件2社の主張立証(なお,当該審判手続において,審査官は,本件納付命令と同じく確認書の日付の前日をカルテル実行終了日とした本件納付命令以外の平成15年納付命令を維持すべき旨の主張をしていた。)を経て,公正取引委員会の審判官及び委員が,その合議により,本件2社を名あて人とする審決案・納付審決において,当該2社のカルテル実行終了日につき,当時の審決例・命令例の多数の傾向に沿った認定をし,③平成20年6月の時点で,本件4社に対する平成19年排除審決を経て,公正取引委員会の委員が,その議決により,当該4社を名あて人とする平成20年納付命令において,当該4社のカルテル実行終了日につき,当時の審決例・命令例の多数の傾向に沿った認定をしたことについて,上記①の審査局職員及び委員,同②の審判官及び委員並びに同③の委員が各時点の状況の下でそれぞれの立場において採った各行為につき,課徴金に係る行政処分の手続構造の下での信義則の観点からも,原告に対する何らかの職務上の法的義務に違反したということはできず,また,同②又は同③の各行為を経た後に本件納付命令にっき当然にその取消し(撤回)をすべき義務が発生するとも解されないというべきであり,このことは,仮に,上記(3)イ④(c)末尾括弧内の趣旨の限度において平成17年改正による課徴金減免制度の導入が課徴金に係る審決例・命令例におけるカルテル実行終了日の認定の傾向の変化に背景事情として影響を及ぼした要素があり得るとしても,左右されるものではないというべきである。したがって,信義則の観点からも,本件の一連の事実経過における公正取引委員会の関係公務員の行為につき,国家賠償法上の違法があるということはできない。
イ(ア) 原告は,結果として,公正取引委員会の審査局職員の事前指導と公正取引委員会の最終判断とが異なるものになった以上,信義則違反による責任は免れないとも主張するが,前記(4)に説示したとおり,名あて人を異にする限り行政処分相互の間にすら事実認定の拘束力はなく,同一のカルテルでも事業者が異なれば離脱日の認定が異なり得る上,納付処分をするに当たり,事前に意見聴取等の手続があり,事後に不服審査手続としての審判の制度がある以上,その手続を経る間に,当該行政庁の結論が異なるものとなり得ることは制度として当然に予定されていることであるといえ,原告及び本件6社のカルテル実行終了日に係る審査局職員の納付命令の認定の見通しに係る原告に対する言辞と,本件2社のカルテル実行終了日に係る審判手続及び本件2社の主張立証を経た審判官及び委員の審決案・納付審決の事実認定とが,また,当該納付審決の後に本件4社に対してされた納付命令の前提とされたと解し得る事実認定とが,それぞれ異なるものになったことをもって,信義則に違反するということはできないというべきである。そして,上記アで説示したところによれば,この理は,仮に,上記(3)イ④(c)末尾括弧内の趣旨の限度において平成17年改正による課徴金減免制度の導入がその事実認定の相違に背景事情として影響を及ぼした要素があり得るとしても,また,その事実認定の相違に伴い,当該事実認定を前提とする原告のカルテル実行期間の長短に比例して,原告の課徴金の算定額につき結果的に数倍の差異を生じたとしても,別段左右されるものではない。
(イ) 原告は,前掲最高裁昭和56年1月27目第三4・法廷判決を援用し,後発的な事情変更により行政上の行為を変更する以上,私人に対する補償等が必要である旨主張するが,同判決は,工場誘致に関する地方公共団体の施策が変更されたという事案において,①地方公共団体の施策が,単に一定内容の継続的な施策を定めるにとどまらず,特定の者に対して当該施策に適合する特定内容の活動をすることを促す個別的,具体的な勧告ないし勧誘を伴うものであり,かつ,その活動が相当長期にわたる当該施策の継続を前提としてはじめてこれに投入する資金又は労力に相応する効果を生じ得る性質のものである場合に,②当該施策が変更されることにより,前記の勧告等に動機付けられて前記のような活動に入った者がその信頼に反して所期の活動を妨げられ,社会御念上看過することのできない程度の積極的損害を被るときに,一定の補償等を要するとしたものであり,本件とは全く事案を異にするものであって,本件では上記①の前提を欠くことが明らかであるし,前記(3)に説示したところによれば,カルテル実行終了日の認定に係る多数の審決例・命令例の傾向の変化は,事柄の性質上,行政行為の変更と同視し得るものでないことは明らかであるから,同判決の法理を考慮しても,原告の上記主張を採用することはできない。なお,原告の上記主張につき,一般に行政上の行為にも信義則の原則が適用され得ることの根拠として同判例を撰用する趣旨とこれを解するとした場合に,一般論としてはそのようにいうことができるとしても,本件の事案において,信義則違反を理由とする国家賠償法上の違法があるということができないことは,既に上記アにおいて説示したとおりである。
(ウ) 原告は,いち早く遵法的な行動に出た原告が,公正取引委員会の判断を争った他社に比して不利益な立場に置かれるのは不当であるとも主張するが,①本件2社との関係では,カルテル実行終了日の認定に係る多数の審決例・命令例の傾向等の状況において同一の条件の下で,不服申立手続が設けられているにもかかわらず,一方で,前示のとおり,自らの判断により,その機会を利用せず,不服申立手続を執らずに自ら審判手続での主張立証の機会を放棄した者が,他方で,その機会を利用し,不服申立手続を執って自ら審判手続での主張立証を尽くした者との比較において,その帰結として当該不服申立手続による一定の利益を享受し得ない結果となるのは,信義則の観点からも自らの手続上の選択の結果として甘受せざるを得ない事柄であるといわざるを得ず,②本件4社との関係でも,前示の課徴金に係る手続構造に加え,旧独占禁止法上,違反行為を速やかに認めたか否かといった事後的な対応の観点を課徴金の額に導映する規定は存しないこと等にかんがみれば,違反行為を争い,排除審決において違反行為の存在を認定された本件4社について,本件2社に係る上記手続を経た納付審決の後に納付命令がされた結果として,カルテル実行終了日の前提となる事実認定が原告より有利にされているとしても,原告と関係公務員との関係において,信義則違反の問題が生ずるものではないといわざるを得ず,いずれにしても,原告の上記主張を採用することはできない。
ウ そして,以上に加え,原告のその余の主張を勘案しても,上記ア及びイの判断が左右されるものとは認められないから,信義則違反に係る原告の主張は,いずれも国家賠償法上の違法を基礎付けるものとは認められないというべきである。
(6) 平等原則違反の主張について
ア(ア) 原告は,本件納付命令と平成19年納付審決及び平成20年納付審決とは,同一行政庁の同一事件に対する一連の処分であるのに,実体法上,同一であるべきカルテル実行終了日に係る事実認定が一致しておらず,それによって課徴金の額に甚大な不平等を生じさせたことが,平等原則に違反し,また,それにもかかわらず,本件納付命令の取消し(撤回)をしないことも,平等原則に違反し,それぞれ国家賠償法上の違法を構成する旨主張する。
(イ) しかしながら,④前記(3)のとおり,カルテル実行終了日の認定に係る多数の審決例・命令例の傾向の変化は,事柄の性質上,行政機関の行政解釈又は拘束力のある先例の変更と同視し得るものではなく,個々の事案ごとの諸般の事情を踏まえた各委員の合議又は議決における独立した職権の行使としての個別的な事例判断(事実認定)の結果に係る多寡の傾向の推移の範疇を出るものではないところ,③前記(4)アのとおり,(a)(i)名あて人を異にする行政処分相互の間に,その前提となる事実認定についての拘束力はなく,(ⅱ)課徴金に係る行政処分においても,その前提となる違反行為につき,各行政処分め各名あて人の実行行為の終期に係る事実認定の相違に伴い,後行処分における手続外の行為者の実行行為の終期に係る事実認定と,当課行為者を名あて人とする先行処分における事実認定との間にも,上記(ⅰ)の帰結として相違が生じ得る上,(ⅱ)しかも,課徴金に係る行政処分の手続構造の下では,各事業者のカルテル実行終了日について,当初の各納付命令(審判手続を経ないで確定したものを含む。)と審判手続を経た後の各納付審決との間で,各事業者のカルテル実行終了日に係る事実認定(これに伴う被審人以外の事業者のカルテル実行終了日に係る事実認定を含む。)に相違が生ずることは制度上当然に予定されており,(b)不服申立期間の経過により確定して不可争力を生じた行政処分について,他の者に対する行政処分につき不服申立手続を経て不服審査機関がした裁決又は処分との間に事実認定に相違が生じた場合でも,当然に取消し(撤回)をすべき義務が発生するものではなく,このことは,上記(a)(i)ないし(ⅲ)に照らし,同(ⅲ)の場合に審判手続の開始の請求がされずに確定した当初の納付命令についても同様に解される(なお,平成17年改正前に確定して既に不可争力の生じている納付命令について,平成17年改正後に,同改正により導入された制度との関係を考慮して殊更に当該処分を見直すべき義務が発生するとも解されない。)。これらのことに加え,○C原告が不平等と論難する平成19年納付審決との結果の差異は,カルテル実行終了日の認定に係る多数の審決例・命令例の傾向等の状況において同一の条件の下で,不服申立手続が設けられているにもかかわらず,前示のとおり,自らの判断により,不服申立手続を執らずに自ら審判手続での主張立証の機会を放棄した者と,不服申立手続を執って自ら審判手続での主張立証を尽くした者との相違に起因するものであり,○D同じく平成20年納付命令との結果の差異は,処分の名あて人の相違に加え,本件納付命令がされてから平成20年納付命令がされるまでの間に,審判手続の開始の請求をした本件2社による主張立証を経た上,平成19年納付審決がされたという事情の相違があること等を総合考慮すると,①原告を名あて人とし,審判手続の開始の請求を経ずに確定した本件納付命令と,他の事業者である本件2社を名あて人とし,審判手続の開始の請求及び審判手続における主張立証を経てされた平成19年納付審決との聞に,各事業者のカルテル実行終了日に係る事実認定(これに伴う原告のカルテル実行終了日に係る事実認定を含む。後記②において同じ。)に相違が生じたからといって,また,②上記の本件納付命令と,他の事業者である本件4社を名あて人とし,職権により開始された審判手続における主張立証及び平成19年排除審決を経て,平成19年納付審決後にされた平成20年納待命令との間に,各事業者のカルテル実行終了日に係る事実認定に相違が生じ,その相違が,本件納付命令と両審決(特に平成19年納付審決)との事実認定の相違に由来するものと解されるからといって,課徴金に係る行政処分の手続構造の下での平等原則の観点からも,別段その違反の問題が生ずるものではなく,また,本件納付命令につき当然にその取消し(撤回)をすべき義務が発生するとも解されないというべきであり,このことは,仮に,上記(3)イ④(c)末尾括弧内の趣旨の限度において平成17年改正による課徴金減免制度の導入がカルテル実行終了日の認定に係る多数の審決例・命令例の傾向の変化に背景事情として影響を及ぼした要素があり得るとしても,別段左右されるものではないというべきである。したがって,平等原則の観点からも,本件の一連の事実経過における公正取引委員会の関係公務員の行為につき,国家賠償法上の違法があるということはできない.
イ(ア) 原告は,上記平等原則の観点について,独占禁止法の審判手続は訴訟手続のような当事者主義を採っておらず,糾問手続を基調とする行政手続であり,公益に関係して多数の関係者に影響を与えることから,その認定判断には統一性・公平性が特に要請される旨主張する。
(イ) この点,独占禁止法の審判手続は,対審構造を有するとはいっても,民事訴訟手続のような弁論主義を採っていると解することはできず,また,一般論として,審判手続においては公益的な観点からできるだけ事実認定の統一性を図ることが望ましいということはできるものの,本件は,複数の審決間に事実認定の相違が生じたという場合ではなく,事前の行政手続を経たある事業者に対する納付命令の事実認定が,当該命令の後にされた対審構造の審判手続による他の事業者に対する納付審決の事実認定及びその納付審決の後にこれら以外の事業者に対してされた納付命令が前提とすると解し得る事実認定とが一致しなかった場合であり,制度上異なる事実認定がされ得ることが予定されている場合ということができるから,原告の指摘に係る点は,上記ア(イ)の判断を左右するものではない(なお,原告は,審判手続の併合の制度があることを指摘するが,これも複数の審決間の事実認定の統一性に資するものにとどまり,上記のとおり本件納付命令と平成19年納付審決・平成20年納付命令との関係を論ずる上で有意な事柄とは解されない上,旧審査審判規則51条は公正取引委員会又は審判官が適当と認めるときにのみ裁量で審判手続の併合をすることができると定めるにとどまり,かつ,手続の分離についても定めていることからすると,同条の規定が,事実認定の統一性が必ずしも要求されない民事訴訟手続における民訴法152条1項の規定以上の意味を有すると解することはできず,この制度の存在が,原告のいう平等原則違反を基礎付ける事情となるものとは解されない。)。
(ウ) また,原告は,旧独占禁止法上,同一人に対する排除審決と納付審決との間で,事実認定の統一性が必要とされていることを指摘するが,その理は,違反行為の有無について,同一の事業者を名あて人とし,当該事業者の同一の違反行為を理由とする排除審決と納付命令又は納付審決との関係においては妥当するものと考えられ,このことは,同一の事業者を名あて人とする審決相互の間において,当該事業者の同一の違反行為について,当初の審判手続において既に当該違反行為の有無を争う機会が与えられていたことを前提とするものであるのに対し,本件では,同一のカルテルに関するとはいえ,異なる事業者を名あて人とする納付命令と納付審決との間の事実認定に関する事柄であり,違反行為の終了時期であるカルテル実行終了日も各事業者ごとに異なり得るものであるところ,前示のとおり,平成15年納付命令を受けた各事業者のうち,審判手続の開始を請求しないでその認定を争わなかった事業者に係る確定した納付命令と,審判手続の開始を請求してカルテル実行終了日の認定を争った事業者に係る納付審決及びその納付審決の後にこれら以外の事業者に対してされた納付命令との間で,各事業者のカルテル実行終了日に係る事実認定(これに伴う被審人以外の事業者のカルテル実行終了日に係る事実認定を含む。)に相違が生じ得ることも制度の予定するところであって,①原告が,納付命令に係る不服申立て及び宥判手続の機会を利用しなかったことによって当該手続による利益を享受し得なかったことは原告自らの手続上の選択の結果として甘受すべきものというべきであり,また,②勧告を応諾して違反行為の有無を争わなかったことによって,結果として,勧告を応諾しないでこれを争った場合にいわば付随的に得られたかもしれない納付命令を争ったのと同等の利益を享受し得なかったことも,制度上,同様に自らの手続上の選択の結果として甘受すべきものというべきであり,原告の指摘する点も,上記ア(イ)の結論を左右するものではない。
(エ) 加えて,原告は,カルテル実行終了日の認定について,公正取引委員会による裁量基準が確立していたと主張し,その裁量基準に従った統一的な事実認定がされる必要性を指摘するとともに,原告に当該裁量基準を適用しないことが,「不意打ち」であると主張する。
しかしながら,前記(3)に説示したところによれば,カルテル実行終了日の認定について,本来的に裁量の観念を容れる余地はなく,公正取引委員会による確立した裁量基準が存在していたと認めることはできないから,原告の主張はその前提を欠いており,理由がないものといわざるを得ない。なお,原告の主張によれば,本件は,平成15年の時点で,原告に対し,その当時の多数の審決例・命令例の傾向に沿った納付命令がされたところ,その4年以上の後,平成19年になって,原告以外の者に対し,その当時の多数の審決例・命令例の傾向に沿った納付審決がされたという事案であるから,これを「不意打ち」と評する余地はなく,かかる観点からも,原告のこの点の主張は理由がない。
さらに,原告は,そのような場合の事実認定の相違は,納付命令の段階における事実認定がずさんであったことを意味するとも主張するが,一般に,一定の行政処分に事前の行政手続が前置され,その行政処分に対する不服審査手続として,訴訟類似の対審構造の手続が後置されている場合には,後者の手続を経た結果として事実認定に相違が生ずることは制度自体の予定するところというべきところ,これをもって直ちに前者の手続における認定をずさんと論難することは当を得ないものというべきであり,他に平成19年審決について国家暗償法上違法と評価すべき事実認定の過誤を認めるに足りる証拠はない以上,この点の主張も失当である。
ウ(ア) 原告は,本件の特殊事情として,平成17年改正法による法改正を契機として法令解釈の基準が変更され,その結果として,原告に対する課徴金の額が,同一のカルテルを共同した他社に対して適用された基準を適用した場合に比して,4倍に近くなっていることを指摘し,本件が,例外的に平等原則違反の問題を生ずる事案である旨主張する。
(イ) しかしながら,(a)前記(3)のとおり,平成17年改正の前後におけるカルテル実行終了日の認定に係る多数の審決例・命令例の傾向の変化については,事柄の性質上,行政機関の行政解釈又は拘束力のある先例の変更と同視し得るものではなく,個々の事案における諸般の事情を踏まえた各委員の合議又は議決による独立した職権の行使としての個別的な事例判断(事実認定)の結果に係る多寡の傾向の推移の範疇を出るものではないこと,(b)原告は,カルテル実行終了日の認定に係る多数の審決例・命令例の傾向等の状況において他社と同一の条件の下で,本件納付命令に対し審判手続の開始の請求をして不服を申し立てる機会があったにもかかわらず,前示のとおり,自らの判断により,その機会を利用せず,不服申立手続を執らずに自ら審判手続での主張立証の機会を放棄したのであるから,その機会を利用し,不服申立手続を執って自ら審判手続での主張立証を尽くした者との比較において,その帰結として当該不服申立手続による一定の利益を享受し得ない結果となるのは,平等原則の観点からも他社と異なる自らの手続上の選択の結果として甘受すべき事柄といわざるを得ず,また,勧告を応諾して違反行為の有無を争わなかったことによって,結果として,勧告を応諾しないでこれを争った場合にいわば付随的に得られたかもしれない納付命令を争ったのと同等の利益を享受し得なかったことも,制度上,同様に自らの手続上の選択の結果として甘受すべき事柄といわざるを得ない。
エ そして,以上に加え,原告のその余の主張を勘案しても,上記アないしウの判断が左右されるものとは認められないから,平等原則違反に係る原告の主張は,いずれも国家賠償法上の違法を基礎付けるものとは認められないというべきである。
(7) 比例原則違反の主張について
ア(ア) 原告は,平成20年納付命令に至るまでの公正取引委員会の一連の行為が比例原則に反する上,公正取引委員会は,現時点では,原告のカルテル実行終了日を平成12年5月29日と認識しており,そうである以上,原告のカルテル実行終了日を平成12年9月21日と認定して不当に多額の課徴金を課した本件納付命令の取消し(撤回)をしないことが,原告に必要最小限度を超える不利益を課すものとして,比例原則に反する旨主張する。
(イ) しかしながら,○A前記(3)のとおり,カルテル実行終了日の認定に係る多数の審決例・命令例の傾向の変化は,事柄の性質上,行政機関の行政解釈又は拘束力のある先例の変更と同視し得るものではなく,個々の事案における諸般の事情を踏まえた各委員の合議又は議決による独立した職権の行使としての個別的な事例判断(事実認定)の結果に係る多寡の傾向の推移の範疇を出るものではない以上,現時点において,公正取引委員会の各委員が,審判手続を経ないで既に確定した本件納付命令に係る原告のカルテル実行終了日の認定について,改めて個別的な事例判断(事実認定)としての具体的な認識を再形成する手続上の機会は存在せず,これを再形成すべき手続上の法的根拠も存しないところ,○B前記(4)アのとおり,(a)(ⅰ)名あて人を異にする行政処令相互の間に,その前提となる事実認定についての拘束力はなく,(ⅱ)課徴金に係る行政処分においても,その前提となる違反行為につき,各行政処分の各名あて人の実行行為の終期に係る事実認定の相違に伴い,後行処分における手続外の行為者の実行行為の終期に係る事実認定と,当該行為者を名あて人とする先行処分における事実認定との間にも,上記(ⅰ)の帰結として相違が生じ得る上,(ⅲ)しかも,課徴金に係る行政処分の手続構造の下では,各事業者のカルテル実行終了日について,当初の各納付命令(審判手続を経ないで確定したものを含む。)と審判手続を経た後の各納付審決との間で,各事業者のカルテル実行終了日に係る事実認定(これに伴う被審人以外の事業者のカルテル実行終了日に係る事実認定を含む。)に相違が生ずることは制度上当然に予定されており,(b)不服申立期間の経過により確定して不可争力を生じた行政処分について,他の者に対する行政処分につき不服申立手続を経て不服審判機関がした裁決又は処分との間に事実認定に相違が生じた場合でも,当然に取消し(撤回)をすべき義務が発生するものではなく,このことは,上記(a)(ⅰ)ないし(ⅲ)に照らし,同(ⅲ)の場合に審判手続の開始の請求がされずに確定した当初の納付命令についても同様に解される(なお,平成17年改正前に確定して既に不可争力の生じている納付命令について,平成17年改正後に,同改正により導入された制度との関係を考慮して殊更に当該処分を見直すべき義務が発生するとも解されない。)。これらのことに加え,○C本件納付命令の内容は,当時の審決例・命令例の多数の傾向に沿って,離脱の意思を外部的に表宗した時点を基準にカルテル実行終了日を認定し,その時点までの違反行為の存続を前提として課徴金の納付を命じたものと解されるものである以上,本件納付命令に係る課徴金の額が,その処分時及び確定時においてその制度目的との関係で必要な範囲を逸脱するものであったと解すべき事情を認めるに足りる証拠もないこと等を総合考慮すると,①原告を名あて人とし,審判手続の開始の請求を経ずに確定した本件納付命令と,他の事業者である本件2社を名あて人とし,審判手続の開始の請求及び審判手続における主張立証を経てされた平成19年納付審決との間に各事業者のカルテル実行終了日に係る事実認定(これに伴う原告のカルテル実行終了日に係る事実認定を含む。後記②において同じ。)に相違が生じたからといって,また,②上記の本件納付命令と,他の事業者である本件4社を名あて人とし,職権により開始された審判手続における主張立証及び平成19年排除審決を経て,平成19年納付審決後にされた平成20年納付命令との間に,各事業者のカルテル実行終了日に係る事実認定に相違が生じ,その認定の相違が,本件納付命令と両審決(特に平成19年納付審決)との事実認定の相違に由来するものと解されるからといって,課徴金に係る行政処分の手続構造の下での比例原則の観点からも,別段その違反の問題が生ずるものではなく,また,前者の納付命令につき当然にその取消し(撤回)をすべき義務が発生するとも解されないというべきであり,このことは,仮に,上記(3)イ④(c)末尾括弧内の趣旨の限度において平成17年改正による課徴金減免制度の導入が上記○Aの傾向の変化に背景事情として影響を及ぼした要素があり得るとしても,別段左右されるものではないというべきである。したがって,比例原則の観点からも,本件の一連の事実経過における公正取引委員会の関係公務員の行為につき,国家賠償法上の違法があるということはできない。
イ(ア) この点,原告は,当該事実認定の矛盾を放置すれば,カルテルによって得た経済的利得の剥奪又はカルテル禁止の抑止力の強化という課徴金制度の趣旨が没却されると主張するが,本件納付命令は,不服申立期間の経過により既に確定して不可争力を生じているところ,その内容も当時の審決例・命令例の多数の傾向に沿って,離脱の意思を外部的に表示した時点を基準にカルテル実行終了日を認定し,その時点までの違反行為の存続を前提として課徴金の納付を命じたものと解されるものであり,その前提となる事実認定に誤りがあると認めるに足りる証拠もないのであるから,原告指摘の上記制度の趣旨を勘案しても,これをその処分時及び確定時においてその制度目的との関係で必要な範囲を逸脱するものであったと解すべき事情を認めるに足りる証拠はないといわざるを得ず,また,平成17年改正前に確定して既に不可争力の生じている納付命令について,平成17改正後に,同改正により導入された制度との関係を考慮して殊更にこれを見直すべき義務が発生するとも解されない以上,この点について,課徴金制度の趣旨の没却による比例原則違反の問題が生ずるものではなく,公正取引委員会において本件納付命令の職権による取消し(撤回)の義務を基礎付ける事情の存在を認めることもできない。
(イ) 原告は,違反行為を素直に認めた原告が,違反行為を争った事業者に比して不利益に扱われる状態を放置することが,課徴金制度の趣旨を害するとも主張するが,原告を名あて人とする本件納付命令と違反行為を争った本件4社を名あて人とする平成20年納付命令との間における事実認定の相違は,処分の名あて人の相違に加え,本件納付命令がされてから平成20年納付命令がされるまでの間に本件4社について職権により開始された審判手続における主張立証及び平成19年排除審決がされ,かつ,本件2社の請求により開始された審判手続における主張立証及び平成19年納付審決がされ,両審決(本件では1特に平成19年納付審決)において本件納付命令と異なる事実認定がされたことに由来するものと解されるところ,原告は,本件2社のように,カルテル実行終了日の認定のみを争い,その認定の変更による利益を享受する機会が与えられていたにもかかわらず,前示のとおり,自らの判断により,その機会を利用せず,不服申立手続を執らずに自ら審判手続での主張立証の機会を放棄したのであるから,その帰結として,違反行為の有無のみを争った本件4社が,本件2社に係る上記手続を経た納付審決の後に納付命令がされた結果として,その実行行為の終期に関しても有利な事実認定を受けることができたとしても,前示の課徴金に係る手続構造に加え,旧独占禁止法上,違反行為を速やかに認めたか否かといった事後的な対応の観点を課徴金の額に反映する規定は存しないこと等にかんがみれば,そのことによって,課徴金制度の趣旨の没却による比例原則違反の問題が生ずるものではなく,本件納付命令の職権による取消し(撤回)の義務が生ずるということもできない。
ウ(ア) 原告は,本件の特殊事情として,本件では,平成17年改正法による法改正を契機として法令解釈の基準が変更されたことから,行政処分の間に,矛盾した認定があり,その認定の差異が極めて大きく,その差異を合理的に基礎付ける事情がないにもかかわらず,その矛盾した認定により原告の被る不利益が大きいことを主張する。
(イ) しかしながら,(a)前記(3)において説示したとおり,平成17改正の前後におけるカルテル実行終了日の認定に係る多数の審決例・命令例の傾向の変化については,事柄の性質上,行政機関の行政解釈又は拘束力のある先例の変更と同視し得るものではなく,所論はその前提を欠くこと,(b)既に指摘したとおり,原告は,本件納付命令に対し審判手続の開始の請求をして不服を申し立てる機会があったにもかかわらず,前示のとおり,自らの判断により,その不服申立ての機会を利用しなかったのであるから,当該不服申立手続による一定の利益を享受し得ない結果となるのは,比例原則の観点からも自らの手続上の選択の結果として甘受せざるを得ない事柄であること等に照らせば,上記(ア)の主張を勘案しても,比例原則違反の問題が生ずるとは解されず,本件納付命令の職権による取消し(撤回)の義務を基礎付けるに足りるものということはできない(このことは,既に説示したとおり,平成20年納付命令との関係においても同様である。)。
エ そして,以上に加え,原告のその余の主張を勘案しても,上記アないしウの判断が左右されるものとは認められないから,比例原則違反に係る原告の主張は,いずれも国家賠償法上の違法を基礎付けるものとは認められないというべきである。
(8) 法治主義違反の主張について
ア 原告は,①本件納付命令に関する平等原則違反及び比例原則違反は法治主義違反の違法として評価することができ,②また法治主義の要請に照らせば,本件納付命令と平成19年納付審決が矛盾した事無認定を含む以上,いずれかが取り消されなければならないところ,平成19年納付審決が実質的確定力を有しているなどの本件の事情に照らせば,本件納付命令の方が取り消されるべきであり,その取消義務の不履行は,法治主義に違反すると評価することができる旨主張する。
イ(ア) しかしながら,まず,上記ア①の主張については,前記(3)及び(4)に示したとおり,本件納付命令に関し,所論の平等原則違反又は比例原則違反の違法があるということはでさないから,その主張は,前提を欠き,失当であるといわざるを得ない。
(イ)また,前記ア②の主張にづいては,平成19年納付審決は,審判手続を経た上で,取消訴訟の提起を経ることなく確定しているとしても,旧独占禁止法66条2項に基づく公正取引委員会による当該審決の取消し(撤回)又は変更は可能であり,所論が,仮にこれも不可能という趣旨であれば,当該所論の前提は,その点において失当であるところ,他方,本件納付命令は,審判手続の開始の請求による不服申立てを経ることなく既に確定し,不可争力が生じており,本件納付命令について,旧独占禁止法及び旧関係法令並びに信義則,平等原則及び比例原則のいずれの観点からも,その取消し(撤回)をすべき義務を基礎付ける事情の存在を認めることはできないことは,前記(4)ないし(7)に説示したとおりであって,このことは,不服申立期間の経過により不可争力が生じた行政処分について処分行政庁が撤回の義務を負う場合の有無及び要件について定めた法令の規定が存しない以上,法治主義の観点を勘案しても,その結論が左右されるものとは解されないから,いずれにしても,上記主張は採用の限りでないといわざるを得ない。
ウ(ア) 原告は,①平成19年納付審決が,カルテタ実行終了日の認定基準を変更するとの判断を示したものであり,現に,同基準が,平成20年納付命令に「適用」されているとの事情がある,②本件の特殊事情として,公正取引委員会が,平成17年改正法による法改正を契機として法令解釈の基準を変更し,その結果として,原告に対する課徴金の額が,同じカルテルを共同した他社に対して適用された基準を適用する場合に比して,4倍近くになっている,③国税の分野では,法令解釈の変更があった場合に,遡及的に従前の処分を更正する制度が法定されており(国税通則法23条2項,同法施行令6条1項5号),当該制度の法定前に同様の運用がされたことがある等と主張する。
(イ)しかしながら,前記(3)において説示したとおり,平成17年改正の前後におけるカルテル実行終了日の認定に係る多数の審決例・命令例の傾向の変化については,事柄の性質上,行政機関の行政解釈又は拘束力のある先例の変更と同視し得るものではなく,個々の事案ごとの諸般の事情を踏まえた各委員の合議又は議決による独立した職権の行使としての個別的な事例判断(事実認定)の結果に係る多寡の傾向の推移の範疇を出るものではないところ,④上記(ア)①の所論は,認定基準の変更との前提を欠き,採用することができず,③上記(ア)②の所論も,法令解釈の基準の変更との前提を欠く上,原告は,本件納付命令に対し審判手続の開始の請求をして不服を申し立てる機会があったにもかかわらず,前示のとおり,自らの判断により,その不服申立ての機会を利用しなかったのであるから,当該不服申立手続による一定の利益を享受し得ない結果となるのは自らの手続上の選択の結果として甘受せざるを得ない事柄であることに加え,処分行政庁が不服申立期間の経過により不可争力が生じた行政処分について撤回の義務を負う場合の有無及び要件について定めた法令の規定が存しない以上,法治主義の観点を勘案しても,公正取引委員会が本件納付命令の取消し(撤回)をしないことが国家賠償法上の違法の評価を受けるものとは解されないといわざるを得ず(このことは,既に説示したとおり,平成20年納付命令との関係においても同様である。),○C上記(ア)③の所論も,法令解釈の変更との前提を欠く上,独占禁止法上の課徴金については,税法上の上記規定と同旨の法令の規定は設けられておらず,不服申立期間の経過により不可争力が生じた行政処分について処分行政庁が撤回の義務を負う場合の有無及び要件について定めた法令の規定も存しない以上,法治主義の観点を勘案しても,本件について課税処分の更正と同様の措置を講ずべき法的義務があると解することはできない(原告は,当該制度の法定前に同様の運用がされたことがあるとも主張するが,その点も,本件において同様の措置を講ずべき法的義務の存在を基礎付けるものではない。)から,上記(ア)①ないし③の主張はいずれも理由がない。
エ そして,以上に加え,原告のその余の主張を勘案しても,上記アないしウの判断が左右されるものとは認められないから,法治主義違反に係る原告の主張は,いずれも国家賠償法上の違法を基礎付けるものとは認められないというべきである。
(9) 本件納付命令自体の違法性の主張について
ア 原告は,公正取引委員会の一連の行為及び本件納付命令を取り消さない不作為が違法であるこを前提に,本件納付命令自体も後発的に国家賠償法上の違法性を帯びると主張する。
しかしながら,そもそも,処分時に適法である行政処分が処分後の事情により後発的に違法となる余地はないことに加え,公正取引委員会の関係公務員の一連の行為及び本件納付命令を取り消さない不作為について,原告主張の違法があるということはできないことは,前記(4)ないし(8)に説示したとおりであるから,この点に関する原告の主張は,前提を欠き,失当である。
イ また,原告は,公正取引委員会が,本件納付命令において,証拠に基づかず,機械的な基準に基づいてカルテル実行終了日を認定したとして,本件納付命令が国家賠償法上の違法を帯びるとも主張する。
しかしながら,前記(2)ウの認定事実並びに証拠(甲1,2,4,乙1の2)及び弁論の全趣旨によれば,本件納付命令においては,公正取引委員会の審査局職員らは,本件確認書及び他社の確認書・通知書の記載内容を精査し,これらの作成経緯等も勘案して,本件確認書によってカルテルからの離脱の意思が外部的に表示されたということができるかどうかを具体的に検討していたことがうかがえるのであり,このような事情に照らせば,それ以前の時点における諸般の事情を基礎とする離脱の事実の客観的な認定の可否について,本件2社のように審判手続の開始の請求及び審判手続における被審人の主張立証を経ていない結果,上記の認定を可とするに至らずに当該納付命令の確定に至っていることをもって,本件納付命令において,証拠に基づかず,機械的な基準に基づく認定がされていたと認めることはできず,上記主義は採用の限りでないというべきである。
ウ そして,以上に加え,原告のその余の主張を勘案しても,本件納付命令自体が国家賠償法上の違法性を帯びることを基礎付けるに足りる事実を認めることはできず,本件納付命令自体が違法であるとする原告の主張も理由がないというべきである。
(10)小括
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求のうち,国家賠償法に基づく損害賠償請求は,理由がない。
3 争点(2)(不当利得返還請求権の有無)について
(1)ア 原告は,本件納付命令には争点(1)で指摘した違法性があり,その違法性は,被告が本件納付命令に基づき原告から徴収した課徴金の一部を保持する法律上の原因の欠如を導くに足りるとして,その返還を求めている。
イ しかしながら,原告指摘の諸点を検討しても,本件納付命令に国家賠償法上の違法があるということができないことは,前記2において争点(1)について説示したとおりであり,他に,本件納付命令の一部無効の原因となり得る重大かつ明白な瑕疵(違法事由)の存在を基礎付ける事実を認めるに足りる証拠もないというべきであるから,原告の上記アの主張は失当である。
(2)ア 原告は,事業者が,違法行為の有無を審判手続で争い,排除措置を命ずる審決に続く納付命令を争わなかった場合で,当該審決が取消訴訟で取り消されたときに,公正取引委員会は,確定した納付命令を取り消し,納付済みの課徴金を不当利得として返還すべきものとされているのであるから,本件でも不当利得返還請求が認められるべきである旨主張する。
イ しかしながら,原告指摘の場合は,①当該事業者は,違法行為の有無を審判手続で争い,排除措置を命ずる審決がされた結果,違反行為がないことを理由として納付命令を争うことが許されず(前記2(6)イ(ウ)参照),これを争うには当該審決の取消訴訟を提起する必要があり,現に取消訴訟を提起してこれを争い,取消判決を得た後,②取消判決の拘束力に基づき(行訴法33条1項),③公正取引委員会が,同一事業者に対する当該納付命令を,④現に取り消した場合に,当該納付命令に基づき徴収した課徴金が不当利得としての性質を帯びるというものである。
これに対し,本件の場合は,①原告は,本件納付命令を争う機会があったのに争わず,審判手続及び訴訟手続を経ないで当該命令の確定に至っており,②原告に対する本件納付命令自体を取り消す判決はされておらず,もとより,同命令が審判手続の開始により失効したわけでもなく,③他社に対する納付審決において,当該他社のカルテル実行終了日の認定(これに伴う原告及びその余の各社のカルテル実行終了日の認定)が,本件納付命令における原告のカルテル実行終了日の認定と異なる日の認定とされたものの,当該審決は,原告以外の事業者に対する行政処分にすぎず,④しかも,本件納付命令が現に取り消されたわけでもないのであるから,原告指摘の場合と本件とは全く状況を異にするものであり,原告の当該指摘の内容を考慮しても,本件について不当利得返還請求を認める余地がないことは明らかである。
(3)ア また,原告は,前掲最高裁昭和49年3月8日第二小法廷判決を援用し,事後的な事情変更があり,当該事情変更の時点で,行使可能な救済手段が存在しなかった以上,正義公平の原則に照らし,有効な納付命令が存在しても,当該納付命令に基づく課徴金は,法律上の原因を欠いて不当利得返還請求の対象となると主張する。
イ しかしながら,①同判決は所得税法のいわゆる権利確定主義が,いわば未必所得に対する租税の前納的性格を有するものである以上,その課税対象である債権が事後に回収不能となった場合に,権利確定主義を採ることの反面として,課税庁において,その是正義務があることを前提とするものであるところ,本件は,そのような場合ではなく,②しかも,同判決の事案においては,納税者は,事柄の性質上,当該債権が回収不能となるまでは,当然にその回収不能の事実を主張することができず,回収不能となった時点では,それに対する救済手段が予定されていないため,これを救済する必要性が高いということができるのに対し,本件において,原告は,本件納付命令の段階で,審判手続の開始の請求をしてカルテル実行終了日の認定を争うことができたのであるから,その請求をしてこれを争わなかった原告を殊更に救済する必要性は乏しいというべきであって,同判決の法理を本件に援用することはできない。
ウ この点に関し,原告は,①本件納付命令の段階では,平成19年納付審決がされた事実や公正取引委員会の解釈基準が変更された事実を主張して争うことができなかったのであるから,債権の事後的な回収不能と同様の事後的な事情変更があったということができる,②事実の変動と評価基準の変更は,必ずしも区別することができないと主張する。
しかしながら,前記(3)において説示したとおり,平成17年改正の前後におけるカルテル実行終了日に係る多数の審決例・命令例の傾向の変化については,事柄の性質上,行政機関の行攻解釈又は拘束力のある先例の変更と同視し得るものではないから,上記①及び②の解釈基準ないし評価基準の変更に係る主張はいずれもその前提を欠く上,○A債権を回収することができたか否かは,当該債権者の課税金額を算定する要素となる所得額を直接変動させるのに対し,上記多数の審決例・命令例の傾向の変化は,それ自体が原告の課徴金額を算定する要素となる事実を直接変動させるものではなく,後者を前者と同様の事後的な事情変更として同視することはできないから,上記①の主張は採用の限りでなく,また,○B本件では,現に本件2社がそうであったように,原告は,本件納付命令に対して審判手続の開始の請求をしていれば,その審判手続において,平成15年東京高裁判決の説示を援用し,あるいは,その当時までに現れた審決例・命令例のうち,調査開始日又はその前日をもってカルテル実行終了日としたものの存在を指摘し,また,審決までの期間の長短によっては,原告が変更後の評価基準と称する平成17年改正後の多数の審決例・命令例の傾向を指摘するなどし,それぞれカルテル実行終了日の認定を争うことも可能であったと考えられる以上,原告の主張に係る正義公平の原則を勘案しても,同判決の示す法理を根拠に,原告の不当利得返還請求権を基礎付けることはできないといわざるを得ず,上記②の主張も採用の限りでない。
(4) 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求のうち,不当利得を理由とする不当利得返還請求は,理由がない。
4 争点(3)(義務付けの訴えの訴訟要件の有無)について
(1) 原告は,予備的請求として,本件納付命令の一部の取消し(撤回)の義務付けを求めているところ,原告が処分行政庁に対し課徴金納付命令の取消し(撤回)を求める申請権を有すると解すべき法令上の根拠は存しないから,当該請求に係る訴えは,行訴法37条の2の非申請型の義務付けの訴えとして提起されたものと解される。
そして先非申請型の義務付けの訴えは,「重大な損害を生ずるおそれ」があり,その損害を避けるために「他に適当な方法がないとき」に限り,提起することができるものとされている(行訴法37条め2第1項)。これは,法令上の申請権がない場合に,行政庁に対し一定の処分をすべき旨を義務付けることは訟令上の申請権がない者にあたかも申請権を認めたのと同様の結果となることから,義務付けの訴えによる救済の必要性が高い場合に限り,このような内容の訴訟上の救済を認めるという趣旨で,損害の重大性及び他の適当な救済方法の欠如(補充性)が訴訟要件として規定されたものと解される。
(2)ア そこで,本件の事案に即して,まず,行訴法37条の2第1項の「他に適当な方法がないとき」の要件について検討するに,(ア)前記1(1)のとおり,旧独占禁止法上,①納付命令に対する不服申立方法としては,審判手続の開始の請求によることが予定され,②同審判手続においては,訴訟手続に類似した対審構造の手続が法定され,③同審判手続に基づく納付審決に対する抗告訴訟も,東京高等裁判所の専属管轄に服し,実質的証拠法則が適用されるなど,全体として,特別の救済手続が排他的に法定されており,(イ)原告が問題とする本件納付命令におけるカルテル実行終了日の認定も,自ら不服申立手続を執って上記(ア)の特別の救済手続を利用することにより争うことができたのであるから,本件納付命令については,その根拠法令上,上記(ア)の特別な救済手続が「他に適当な方法」として設けられて存在するものということができ,その救済手続を自ら利用しないで確定した本件納付命令に従い課徴金の納付を履行した原告が,非申請型の義務付けの訴えによって当該手続の枠外での救済を求めることは,上記「他に適当な方法がないとき」の要件を満たさないものといわざるを得ない。
イ 原告は,法律上,別途に固有の不服申立制度が設けられている場合に,あえて当該制度を利用しないで非申請型の義務付けの訴えを提起するときは,上記「他に適当な方法がないとき」の要件を欠くことになることは争わないものの(原告準備書面(3)の81頁),①現時点では,審判手続の開始請求期間を徒過しており,当該救済手続を利用することはできないから,本件は,「他に適当な方法がないとき」の要件に該当する場合であると主張し,また,この点について,②本件は,後発的に取消事由が生じた事案であり,原告が,本件納付命令の違法性に気付くことができたときには,既に当該不服申立期間を徒過していたとの事情を主張する。
しかしながら,行訴法37条の2第1項所定の「他に適当な方法」の有無については,当該処分の根拠法令及び関係法令において,特別の救済手続としての不服申立方法が法定されている以上,当該法制上,「他に適当な方法」があるものとして,義務付けの訴えによるのではなく,当該不服申立方法によるべきであり,当該処分を受けた者が法定の不服申立期間を徒過した場合において,当該法令の下で一定のやむを得ない理由等によりなおその不服申立方法を採ることの可否を論ずる余地があり得るのは格別(なお,旧独占禁止法上,審判手続の開始の請求につき,その余地があるとは解されない(同法48条の2第5項,旧審査審判規則26条参照)。),その不服申立期間の徒過を理由として義務付けの訴えの提起が可能となるものではないと解するのが相当である(仮に原告の所論を採用するとなると,審判手続という特別の救済手続が法定されている場合に,その不服申立期間内に不服申立てをすれば,当該特別の手続規定に服し,義務付けの訴えを提起できないのに対し,その不服申立期間の経過を待って不服申立てをすれば,当該特別の手続規定の適用を免れ,義務付けの訴えを提起できることになってしまうが,そめような事態は,独占禁止法の全く予定しないとこうというべきである。また,原告が,旧独占禁止法の定める不服申立期間内に不服申立て(審判手続の開始の請求)をし,同法所定の特別の救済手続(審判手続及び特別の訴訟手続)を利用して,カルテル実行終了日の認定を争う機会があったにもかかわらず,自らの判断によりこれを利用しなかったことは,既に前記2において説示したとおりである。)。
ウ 原告は,行政庁は違法な行政処分を取り消す義務があるところ,その義務付け訴訟を提起することができないとすれば,義務付け訴訟制度は画餅に帰するとも主張するが,訴訟要件の有無に関する判断において本案要件に係る処分の違法を前提とすることはできないから,所論は失当である。
なお,原告のその余の主張も,上記アの判断を左右すうに足りるものとは認められない。,
(3)ア 次に,行訴法37条の2第1項の「重大な損害を生ずるおそれ」の要件について検討するに,前記(1)の同項の趣旨にかんがみると,この要件に関しては,第三者に重大な損害を生ずるおそれがある場合はこれに含まれず,義務付けの訴えによって救済されることが必要であると主張する原告自身に重大な損害を生ずるおそれがあることが必要であると解され(同条3項,4項参照),また,重大な損害が生ずるか否かの判断は,損害の回復の困難の程度を考慮し,併せて,損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案してするものとされている(同条2項)。
イ しかるところ,本件で問題となる損害は,原告が平成15年に納付した課徴金の一部である5億7140万円の金員が返還されないことによって,現時点で原告に生ずるおそれのある経済的損害として理解せざるを得ないところ,乙第4号証の1及び2に一よって認められる原告の平成15年度以降の営業成績・資産状況及びぞれらの推移等(平成16年3月期から平成20年3月期まで(平成15年度から平成19年度まで)の各事業年度において,原告の経常利益は約476億円ないし約954億円で推移し,当期純利益も約124億円ないし約522億円で推移しており,平成20年3月(平成19年度まで)の純資産も,約564億円にのぼる。)に照らすと,原告の指摘に係る行訴法の改正経緯を踏まえて同法37条の2第2項所定の諸事情を総合勘案しても,当該金員が返還されないことによって,原告の企業としての資金繰りが破綻するなど,原告において,重大な損害が生ずるおそれがあると認めることはできないといわざるを得ず,原告の予備的諸求に係る訴えは,上記「重大な損害を生ずるおそれ」の要件を欠くものというべきである。
(4) 以上によれば,原告の予備的請求に係る訴えは,その余の点(争点(4)(義務付けの訴えの実体要件の有無))について判断するまでもなく,その訴訟要件を欠き,不適法であり,却下を免れない。
5 よって,原告の主位的請求は理由がないからこれを棄却し,予備的請求に係る訴えは不適法である炉らこれを却下することとし,訴訟費用の負担について行訴法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。

平成22年4月28日

裁判長裁判官 岩井伸晃
    裁判官 小梅隆則
    裁判官 吉野俊太郎

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