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愛知電線(株)による審決取消請求事件

独禁法7条の2

平成25(行ケ)第54号

判決

名古屋市熱田区八番2丁目17番9号
原告 愛知電線株式会社
同代表者代表取締役 前田将行
同訴訟代理人弁護士 那須宏
同 岩崎友就
同 安田昂央
同 神田輝生
東京都千代田区霞が関1丁目1番1号
被告 公正取引委員会
同代表者委員長 杉本和行
同指定代理人 中里浩
同 北脇俊之
同 瀨島由紀子
同 堤勝利
同 杉浦賢司

主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 被告が平成23年(判)第87号について平成25年2月4日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第2 事案の概要
1 原告は,被告から別紙製品目録第1記載の製品(以下「特定VVFケーブル」という。)につき私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「法」という。)2条6項に規定する不当な取引制限に該当する行為(以下「本件違反行為」という。)を行い,法3条の規定に違反すると認定されて排除措置命令(平成23年(措)第7号。以下「本件排除措置命令」という。)を受け,さらに法7条の2第1項1号の規定に基づき3億2696万円の課徴金の納付を命じる課徴金納付命令(平成23年(納)第96号。以下「本件課徴金納付命令」という。)を受けた。
原告は,被告に対し,特定VVFケーブルに関する立入検査を受けた当日に法7条の2第12項の課徴金減免制度に係る事前相談をしたところ,被告が既に当該違反行為に係る事実の報告及び資料の提出をすべき期限(以下「報告等の期限」という。)を経過しているとしてこれを不可と回答したことにつき,実際には報告等の期限は経過していなかったのに誤った回答をして課徴金減免制度の適用を受ける機会を失わせたものであり,このような被告の対応は違法,不当なものであるなどと主張して,主位的に本件課徴金納付命令の全部の取消しを,予備的に本件課徴金納付命令のうち法7条の2第12項に基づく課徴金減額の効果が認められるとの前提で再計算した2億2887万円を超えて納付を命じた部分の取消しを求める審判請求をした。被告は原告の主張を退けて審判請求を棄却するとの審決(以下「本件審決」という。)をした。
本件は,原告が,被告に対し,本件審決に実質的証拠の欠缺若しくは経験則違反(法82条1項1号)又は憲法その他の法令違反(同項2号)があると主張し,本件審決の取消しを求める事案である。
2 関係法令等の定め
⑴ 法7条の2
第1項 事業者が,不当な取引制限(中略)で次の各号のいずれかに該当するものをしたときは,公正取引委員会は,第8章第2節に規定する手続に従い,当該事業者に対し,当該行為の実行としての事業活動を行った日から当該行為の実行としての事業活動がなくなる日までの期間(当該期間が3年を超えるときは,当該行為の実行としての事業活動がなくなる日からさかのぼって3年間とする。以下「実行期間」という。)における当該商品又は役務の政令で定める方法により算定した売上額(括弧内略)に100分の10(括弧内略)を乗じて得た額に相当する額の課徴金を国庫に納付することを命じなければならない。ただし,その額が100万円未満であるときは,その納付を命ずることができない。
1 商品又は役務の対価に係るもの
2 商品又は役務について次のいずれかを実質的に制限することによりその対価に影響することとなるもの
イ 供給量又は購入量
ロ 市場占有率
ハ 取引の相手方
(第2項から第4項まで省略)
第5項 第1項の場合において,当該事業者が次のいずれかに該当する者であるときは,同項中「100分の10」とあるのは「100分の4」と,(中略)する。
1 資本金の額又は出資の総額が3億円以下の会社並びに常時使用する従業員の数が300人以下の会社及び個人であって,製造業,建設業,運輸業その他の業種(括弧内略)に属する事業を主たる事業として営むもの
(同項2号以下第9項まで省略)
第10項 公正取引委員会は,第1項の規定により課徴金を納付すべき事業者が次の各号のいずれにも該当する場合には,同項の規定にかかわらず,当該事業者に対し,課徴金の納付を命じないものとする。
1 公正取引委員会規則で定めるところにより,単独で,当該違反行為をした事業者のうち最初に公正取引委員会に当該違反行為に係る事実の報告及び資料の提出を行った者(当該報告及び資料の提出が当該違反行為に係る事件についての調査開始日(第47条第1項第4号に掲げる処分又は第102条第1項に規定する処分が行われなかったときは,当該事業者が当該違反行為について事前通知を受けた日。次号,次項及び第25項において同じ。)以後に行われた場合を除く。)であること。
2 当該違反行為に係る事件についての調査開始日以後において,当該違反行為をしていた者でないこと。
第11項 第1項の場合において,公正取引委員会は,当該事業者が第1号及び第4号に該当するときは同項又は第5項から第9項までの規定により計算した課徴金の額に100分の50を乗じて得た額を,第2号及び第4号又は第3号及び第4号に該当するときは第1項又は第5項から第9項までの規定により計算した課徴金の額に100分の30を乗じて得た額を,それぞれ当該課徴金の額から減額するものとする。
1 公正取引委員会規則で定めるところにより,単独で,当該違反行為をした事業者のうち2番目に公正取引委員会に当該違反行為に係る事実の報告及び資料の提出を行った者(当該報告及び資料の提出が当該違反行為に係る事件についての調査開始日以後に行われた場合を除く。)であること。
2 公正取引委員会規則で定めるところにより,単独で,当該違反行為をした事業者のうち3番目に公正取引委員会に当該違反行為に係る事実の報告及び資料の提出を行った者(当該報告及び資料の提出が当該違反行為に係る事件についての調査開始日以後に行われた場合を除く。)であること。
3 公正取引委員会規則で定めるところにより,単独で,当該違反行為をした事業者のうち4番目又は5番目に公正取引委員会に当該違反行為に係る事実の報告及び資料の提出(第45条第1項に規定する報告又は同条第4項の措置その他により既に公正取引委員会によつて把握されている事実に係るものを除く。)を行った者(当該報告及び資料の提出が当該違反行為に係る事件についての調査開始日以後に行われた場合を除く。)であること。
4 当該違反行為に係る事件についての調査開始日以後において,当該違反行為をしていた者でないこと。
第12項 第1項の場合において,公正取引委員会は,当該違反行為について第10項第1号又は前項第1号から第3号までの規定による報告及び資料の提出を行った者の数が5に満たないときは,当該違反行為をした事業者のうち次の各号のいずれにも該当する者(第10項第1号又は前項第1号から第3号までの規定による報告及び資料の提出を行った者の数と第1号の規定による報告及び資料の提出を行った者の数を合計した数が5以下であり,かつ,同号の規定による報告及び資料の提出を行った者の数を合計した数が3以下である場合に限る。)については,第1項又は第5項から第9項までの規定により計算した課徴金の額に100分の30を乗じて得た額を,当該課徴金の額から減額するものとする。
1 当該違反行為に係る事件についての調査開始日以後公正取引委員会規則で定める期日までに,公正取引委員会規則で定めるところにより,単独で,公正取引委員会に当該違反行為に係る事実の報告及び資料の提出(第47条第1項各号に掲げる処分又は第102条第1項に規定する処分その他により既に公正取引委員会によつて把握されている事実に係るものを除く。)を行った者
2 前号の報告及び資料の提出を行った日以後において当該違反行為をしていた者以外の者
(以下省略)
なお,第12項にいう「調査開始日」は,法7条の2第6項によって,当該事業者の当該違反行為に係る事件について第47条第1項第4号に掲げる処分(立入検査)等が最初に行われた日をいうものと定義されている。
⑵ 課徴金の減免に係る報告及び資料の提出に関する規則(平成17年公正取引委員会規則第7号。以下「課徴金減免規則」という。)5条
法7条の2第12項第1号に規定する公正取引委員会規則で定める期日は,当該違反行為に係る事件について法第47条第1項第4号に掲げる処分又は法102条第1項に規定する処分が最初に行われた日から起算して20日(行政機関の休日に関する法律(昭和63年法律第91号)第1条第1項各号に掲げる日の日数は,算入しない。)を経過した日とする。
3 前提事実(当事者間に争いがないか,又は弁論の全趣旨ないし括弧内掲記の審判手続提出証拠により容易に認められる。)
⑴ 原告の地位
原告は,特定VVFケーブルの製造業等を営み,特定VVFケーブルを販売業者に対して直接販売し,本件違反行為の実行期間を通じて,資本金の額が3億円以下の会社で電線の製造業を主たる事業として営んでいた者で,法7条の2第5項1号に該当する事業者である。
⑵ 本件排除措置命令
ア 原告,矢崎総業株式会社(以下「矢崎総業」という。)及び弥栄電線株式会社ほか5社(以下「弥栄電線ほか5社」という。)は,住電日立ケーブル株式会社ほか2社(以下「住電日立ケーブルほか2社」という。)と共同して,特定VVFケーブルの販売価格を決定していく旨の合意(以下「本件合意」という。)をすることにより,公共の利益に反して,我が国における特定VVFケーブルの販売分野における競争を実質的に制限していたものと認定され,被告から,平成23年7月22日付けで,本件排除措置命令を受けた。
イ VVFケーブルとは,銅の導体を塩化ビニルで絶縁被覆し,被覆したものを複数本まとめてその上から保護被覆で再度被覆した,形状が平形のケーブルであり,一般住宅,商業施設,公共施設など様々な建物の屋内配線に使用されるものである。(査5,6)
ウ 特定VVFケーブルは,その製造原価の大部分を電気銅(電解精製等により銅成分99.99%以上に精製した銅製品)の購入費用が占めているため,その販売価格は,銅建値(日鉱金属株式会社(平成22年7月1日以降はJX日鉱日石金属株式会社)が公表している電気銅1t当たりの価格)の変動に大きく左右され,上記アの各社は,銅建値等を踏まえて特定VVFケーブルの販売価格を決定していた。
⑶ 本件排除措置命令に先行する立入検査
ア 被告は,平成21年12月17日,法47条2項の規定に基づいて同条1項4号の規定により,矢崎総業及び住電日立ケーブルほか2社の合計4社の営業所等に立入検査(以下「1次立入検査」という。)を行った。
イ 被告は,平成22年4月13日,法47条2項の規定に基づいて同条1項4号の規定により,原告及び弥栄電線ほか5社の合計7社の営業所等に立入検査(以下「2次立入検査」という。)を行った。
ウ 1次立入検査及び2次立入検査の際に被告の審査官が原告その他の事業者に対して交付した被疑事実の告知書(以下「本件告知書」という。)には,いずれも,「事件名」として「平成21年(査)第11号建設・電販向け電線・ケーブルの製造販売業者らに対する件」と,「法の規定に違反する被疑事実の要旨」(以下「被疑事実の要旨」という。)として「建設・電販向け電線・ケーブルの製造販売業者らは,共同して,電線・ケーブルの販売価格の引上げ又は維持を行っている疑いがある。」と,「関係法条」として「独占禁止法3条(不当な取引制限の禁止)」と記載されていた。(査97ないし100,109ないし115)
⑷ 原告の課徴金減免制度に係る相談と被告の対応
原告代表者は,2次立入検査当日の平成22年4月13日,課徴金減免制度に基づく事実の報告及び資料の提出(以下「報告等」という。)を行うために被告事務総局審査課の課徴金減免管理官に対して電話で事前相談を行った。これに対し,被告の担当職員は,法7条の2第12項第1号及び課徴金減免規則5条に規定する報告等の期限を既に経過しているとして,報告等は受け付けられない旨の回答(以下「本件回答」という。)をした。原告代表者は,本件回答に疑問を抱いたものの,被告がそのような回答をする以上はやむを得ないと考え,課徴金減免のための報告等を行わなかった。
被告の本件回答は,1次立入検査の時点で既に特定VVFケーブルの取引制限が違反行為として対象となっており,1次立入検査の日から起算して20日が経過している以上,課徴金減免のための報告等は受け付けられないとの前提に基づくものであった。
⑸ 矢崎総業及び住電日立ケーブルほか2社に対する排除措置命令
ア 被告は,平成22年11月18日,矢崎総業及び住電日立ケーブルほか2社につき,別紙製品目録第2の各製品(以下,一括して「3品種」という。)につき,販売価格を決定していく旨を合意することにより,公共の利益に反して,我が国における3品種の販売分野における競争を実質的に制限していたものと認定して,排除措置命令(平成22年(措)第19号。以下「別件排除措置命令」という。)を行った。
イ 3品種のうち,CV(架橋ポリエチレン絶縁ビニルシースケーブル)は,銅の導体を架橋ポリエチレンの絶縁体で被覆したものをビニルで被覆したもので,低圧の一般電力用電線に広く使用され,CVV(制御用ビニル絶縁ビニルシースケーブル)は,銅の導体をビニルの絶縁体で被覆し,これを複数本まとめてさらにビニルで被覆したもので,電気機器の制御用ケーブルとして最も一般的なものであり,また,IV(ビニル絶縁電線)は,軟銅の導体をビニルの絶縁体で被覆したもので,屋内配線,盤内配線として一般に広く使用されるものである。(査118ないし120)
ウ 3品種は,その製造原価の大部分を電気銅の購入費用が占めているため,その販売価格は銅建値に大きく左右され,上記アの各社は,銅建値等を踏まえて3品種の販売価格を決定していた。
⑹ 本件課徴金納付命令及び本件審決
ア 被告は,平成23年7月22日付けで原告に対し課徴金として3億2696万円の納付を命ずる本件課徴金納付命令を発し,同命令の謄本は,同日付けの本件排除措置命令の謄本と共に同月25日に原告に送達された。
イ 原告は,平成23年9月15日,被告に対し,本件課徴金納付命令の取消しを求める審判請求をし,審判手続が開始された。この審判手続において,原告は,要旨,①本件告知書の事件名や被疑事実の記載は抽象的であり,特定VVFケーブルの取引を対象としたか否かが明確でなく,1次立入検査も2次立入検査も報告等の期限の起算日としての立入検査とはなり得ない,②1次立入検査で違反行為とされていたのは3品種の取引制限行為であり,特定VVFの取引制限行為は違反行為とはされていなかった,③したがって,本件回答は違法,不当であり,適正手続の保障を定めた憲法31条に違反するから,本件排除措置命令は取り消すべきであり,少なくとも課徴金減免制度の適用を前提とする金額を超えて課徴金の支払を命ずる部分は取り消すべきである,と主張した。
ウ 被告は,原告の主張をいずれも退けて,平成25年2月4日,原告の審判請求を棄却する本件審決をし,本件審決の謄本は同月5日,原告に送達された。
エ なお,原告は,上記イと同日,本件排除措置命令に対しても,本件違反行為の事実を否認して取消しを求める審判請求をしたが,審判手続係属中の平成24年2月28日,これを取り下げ,本件排除措置命令は確定した(法52条5項)。
⑺ 本件訴訟の提起
原告は,平成25年3月6日,本件訴訟を提起した。
第3 争点及び争点に関する当事者の主張
1 1次立入検査における違反行為の認定に係る実質的証拠の欠缺又は経験則違反の有無(争点1)
(原告の主張)
1次立入検査において違反行為とされていたのは3品種の取引制限行為のみであり,特定VVFケーブルの取引制限行為(本件違反行為)は対象とされていなかった。しかるに,本件審決は,専ら1次立入検査の際に矢崎総業及び住電日立ケーブルほか2社から留置された留置物と2次立入検査の際に原告らから留置された留置物の両方に本件合意に関する文書が含まれていたことをもって,1次立入検査と2次立入検査はいずれも本件違反行為について実施されたと認められると認定した。しかし,この認定は,立入検査によって留置した留置物の内容によって立入検査の対象となった違反行為を決定するに等しい不合理なものである。実際にも,被告が,1次立入検査開始後にたまたま実際には違反行為として想定していなかった本件合意に関する文書を発見し,これを奇貨として留置した可能性も十分にある。しかも,1次立入検査は3品種の製造・販売業者のみを対象としており,1次立入検査と2次立入検査との間には約4か月の間隔があって,1次立入検査が本件違反行為を対象としていなかった疑いが強いのに,被告は,1次立入検査前から被告が特定VVFケーブルの取引制限について疑いを有していたことを示す証拠を何ら提出していない。
そうすると,1次立入検査と2次立入検査がいずれも本件違反行為について実施されたとする本件審決の認定は,経験則に違反し,法80条にいう実質的な証拠を欠くものである。
(被告の主張)
本件審決は,本件告知書に記載の被疑事実の要旨が特定VVFケーブルについての本件合意という本件違反行為を含むことを明らかした上で,1次立入検査の際と2次立入検査の際の留置物にいずれも本件合意に関する文書が含まれていたことに加え,1次立入検査を受けた矢崎総業及び住電日立ケーブルほか2社と2次立入検査を受けた原告及び弥栄電線ほか5社(以下「原告ら7社」ともいう。)がいずれも本件排除措置命令において特定VVFケーブルに関する本件合意(本件違反行為)の当事者とされていることから,1次立入検査についても本件違反行為を被疑事実として実施されたと認定したものであって,原告の主張するように専ら立入検査によって留置した留置物の内容によって対象となった違反行為を認定したわけではない。また,被告が今後の審査等への支障を考慮して,事件の端緒や課徴金減免に係る資料の証拠提出に慎重な態度を取ることには合理的な理由がある。さらに,被告は,違反行為の全容が未解明の段階で限られた人的,物的資源を配分して立入検査等を行わねばならず,違反行為の疑いのあるすべての事件関係者に一斉に立入検査をすることが常に効率的,効果的とはいえないから,原告の主張する点は,本件違反行為も1次立入検査の被疑事実とされていたという本件審決の認定を左右するものではない。
そうすると,本件審決の認定に実質的証拠の欠缺や経験則違反はない。
2 本件回答の違法性を認めなかったことについての憲法31条違反の有無
(原告の主張)
立入検査の際に交付される告知書における被疑事実の要旨等の記載は,一義的に明確に特定できねばならないのに,本件告知書は「電線・ケーブル」との抽象的,包括的な記載をするのみで特定性を欠く上,「建設・電販向け」というのも単に需要先を示すだけであり,電線の分類・特定の上では何ら意味をなさない。このように本件告知書は,事件名及び被疑事実の要旨の記載が抽象的で,特定VVFケーブルの取引を対象としたものか否かが明確でないから,本件告知書に基づいて行われた1次立入検査も2次立入検査も,報告等の期限の起算日としての立入検査とはなり得ない。したがって,1次立入検査から20日を経過していることを理由に原告が課徴金減免のための報告等をしても受け付けられないとする本件回答は,違法,不当であり,これを否定した本件審決の判断は適正手続の保障を定めた憲法31条に違反する。
(被告の主張)
一定の取引分野における競争を実質的に制限することが不当な取引制限の要件の一つであり(法2条6項),一定の取引分野は,一定の供給者と需要者から構成されるから,「建設・電販向け」という需用者(原文ママ)を示す記載は意味がある。また,違反行為の全容が解明されているわけではない立入検査の段階において,一つの被疑事実の中に結果的に複数と判明した違反行為が含まれていたとしても,そのような告知書の記載がただちに違法となるものではない。さらに,課徴金減免制度の趣旨からすれば,客観的に違反行為に係る事件の調査が開始された日が調査開始日であり,告知書の被疑事実の要旨等の記載内容はこれを左右するものではないから,本件違反行為に係る事件について客観的に調査が開始された日である1次立入検査の日を調査開始日とし,同日から20日間が既に経過しているので原告から課徴金減免のための報告等があっても受け付けられないとした本件回答に何らの違法はない。
3 原告に課徴金減免の効果を認めなかったことについての法7条の2第12項違反の有無
(原告の主張)
本件回答は上記のとおり違法,不当であり,これによって原告は課徴金減免制度の適用を受ける機会を失ったのであるから,実質的に見て法7条の2第12項を適用又は類推適用して課徴金減免の効果を認めるべきである。これを否定した本件審決には同条違反の違法がある。
(被告の主張)
本件回答に違法,不当はなく,原告の主張は前提を欠く。そもそも課徴金減免制度において,審査手続における被告の担当職員の対応の違法,不当を理由に課徴金額を減額することなど予定されておらず,原告の主張は失当である。
第4 当裁判所の判断
1 課徴金減免制度の趣旨と概要について
課徴金減免制度は,平成17年法律第35号による法の改正で初めて導入されたもので,平成21年法律第51号により拡充がされると共に項番号が変更されて現在に至っており,公正取引委員会の調査に全面的に協力して報告等を行った違反事業者に対し,その報告等の順番に応じて機械的に課徴金の減免を認めることにより,密室で行われて発見,解明が困難なカルテル,入札談合等の取引制限行為の摘発や事案の真相究明,違法状態の解消及び違反行為の防止を図るという趣旨に出たものである。その概要は,当該違反行為に係る調査開始日より前に報告等をした事業者のうち,1番目に報告等を行った者については課徴金の納付を免除し(法7条の2第10項),2番目に行った者については50%を,3番目から5番目に行った者(ただし,4番目以下の者については,さらに報告等の内容が既に公正取引委員会によって把握されている事実に係るものでないことも要する。)については30%を減額する(同条第11項)というものである。また,当該違反行為に係る調査開始日より後に報告等を行った者についても,調査開始日から起算して20日を経過した日までの間に報告等を行った場合においては,調査開始日前に行った者との合計が5社に満つるまでに限り,最大で3社を上限として,30%を減額するが,この場合にも,報告等の内容が既に公正取引委員会によって把握されている事実に係るものではないことを要する(同条第12項)。調査開始日より後にされた報告等につき期間を限定して課徴金減免制度の適用の余地を認めた趣旨は,調査開始後であっても,一定期間内に違反事業者が当該違反事実に係る報告を自ら取りまとめて提出し,公正取引委員会の把握していない事実が明らかになれば,事件の全容の解明に資することとなって減額を認めることになお合理性があるものの,公正取引委員会による調査が進んだ後において報告等が行われても事案の解明に資することにはならないというものと解される。
以上のように,課徴金減免制度の適用の有無及び内容は,当該違反行為に係る違反事業者が何番目に報告等を行ったか,当該事業者より前に報告等を行った事業者が何社あったか,さらに調査開始日より後の報告等についてはその内容が既に公正取引委員会が把握している事実に係るものか否かといった,違反事業者自身は事前に知り得ない多分に偶然的ともいえる事情によって左右されるものである。そして,その順番の基準となる違反行為の範囲についても,報告等を行い又は行おうとする事業者の主観的認識とは無関係に,専らその時点で公正取引委員会によって把握されていた範囲によって画されるというべきである。
2 争点1(1次立入検査における違反行為の認定に係る実質的証拠の欠缺又は経験則違反の有無)について
前記1で見たところによれば,本件では,1次立入検査において,対象となる違反行為として,3品種に係る取引制限行為だけでなく特定VVFケーブルに係る取引制限行為も含まれていたといえるか否かが問題となる。そして,この点の認定に当たっては法80条が適用され,裁判所は,独自の立場で認定をやり直すのではなく,本件審決において被告が上記の事実を認定したことにつき,これを立証する実質的な証拠があるか否か,換言すれば,本件審決の審判手続で取り調べられた証拠から上記のような事実を認定することが合理的と認められるか否かという観点から検討すべきこととなる(最高裁昭和46年(行ツ)第82号同50年7月10日第一小法廷判決・民集29巻6号888頁参照)。
第2の3記載の前提事実によれば,特定VVFケーブルも3品種(CV,CVV,IV)も,いずれも銅を導体として使用する絶縁物で被覆したケーブル又は電線で,絶縁物で被覆した上を保護被覆で保護した電気導体であり(電気設備に関する技術基準を定める省令1条6号参照),一般住宅,商業施設,公共施設等の屋内配線及び電気機器の制御用ケーブル等に使用されるものであって,材質,性能,用途,使用場所等で密接な関係があり,両者とも本件告知書が被疑事実とする「建設・電販向け電線・ケーブル」に含まれることは明らかである。また,その製造原価の大部分を電気銅の購入費用が占めていた点,その販売価格が銅建値に大きく左右され,銅建値等を踏まえて販売価格が決定されていた点においても共通しており,その市場及び販売価格の決定方法においても両者には共通性があるものということができる。
これらの事実によれば,特定VVFケーブルと3品種とは,上記のとおり材質,性能,用途,使用場所等で密接な関係があり,取引通念上一連一体をなす取引を構成するものということができるのであって,法の適用上,特定VVFケーブルと3品種とで別個の取引となるということはできない。したがって,1次立入検査において違反行為とされていたのは3品種の取引制限行為のみでなく,特定VVFケーブルの取引制限行為(本件違反行為)も対象とされていたということができる。
それ故に,1次立入検査を受け,別件排除措置命令で3品種に係る取引制限行為を認定された矢崎総業は,原告ら7社と共に本件排除措置命令の名宛人ともされており,同じく1次立入検査を受け,3品種に係る取引制限行為を認定された住電日立ケーブルほか2社も,本件排除措置命令の理由中で本件合意に加わったことが認定されているのであって,いずれも本件違反行為についても違反行為者とされているのである。
この点につき,原告は,本件審決は専ら1次立入検査の際にも2次立入検査の際にも本件合意に係る文書が留置されたことをもって,1次立入検査は本件違反行為も対象としていたと認定したとした上で,1次立入検査と2次立入検査の間に約4か月の間隔があり,1次立入検査が3品種の製造・販売事業者のみを対象として実施されたことを考慮すると,むしろ1次立入検査は3品種の取引制限行為のみを違反行為として実施された可能性が否定できず,本件審決の上記認定は実質的証拠を欠くか経験則に違反すると主張する。
しかし,特定VVFケーブルと3品種とが材質,性能,用途,使用場所等で密接な関係があり,それぞれを対象とする取引は取引通念上一連一体をなすものということができるのであって,法の適用上,特定VVFケーブルと3品種とで別個の取引となるということができないことは,上記のとおりである。本件審決の上記認定は,このことを踏まえ,両立入検査において留置された文書の共通性だけでなく,1次立入検査の際に交付された本件告知書における被疑事実の要旨の記載内容が特定VVFケーブルに係る取引制限行為を含むことや,1次立入検査を受けた矢崎総業及び住電日立ケーブルほか2社が本件排除措置命令でいずれも特定VVFケーブルに係る本件合意をした違反行為者としても認定されていることを根拠としていると認められ,原告の主張は,本件審決を正解しないものというべきである。
したがって,1次立入検査と2次立入検査との間に約4か月の間隔があることや,最終的には3品種に係る取引制限行為と特定VVFケーブルに係る本件合意による取引制限行為が各別の違反行為として立件されてそれぞれにつき排除措置命令が発せられたことを考慮しても,本件違反行為が1次立入検査の被疑事実に含まれていたとする本件審決の認定は,合理的と認められる。本件審決に実質的証拠の欠缺も経験則違反も認められず,争点1に関する原告の主張は理由がない。
3 争点2(本件回答の違法性を認めなかったことについての憲法31条違反の有無)について
原告は,本件告知書は,事件名及び被疑事実の要旨の記載が抽象的で,特定VVFケーブルの取引制限行為を対象としたものか否かが明確でないから,本件告知書に基づいて行われた1次立入検査も2次立入検査も,報告等の期限の起算日としての立入検査とはなり得ないと主張する。
しかし,本件告知書は,事件名を「建設・電販向け電線・ケーブルの製造販売業者らに対する件」と,被疑事実の要旨を「建設・電販向け電線・ケーブルの製造販売業者らは,共同して,電線・ケーブルの販売価格の引上げ又は維持を行っている疑いがある。」と記載しており,ここにいう「電線・ケーブル」に特定VVFケーブルが含まれ,原告がその製造販売業者に当たることは明らかである。そして,「建設・電販向け」という需用者(原文ママ)を示す用語によって,被疑事実が法2条6項にいう「一定の取引分野」に関するものであることも明示されている。この種の取引制限行為がしばしば密室で行われ,発見,解明が容易でないことを考慮すると,立入検査の段階でさらに電線・ケーブルの種類や用途まで詳細に告知書に記載するよう求めることはいたずらに困難を強いるものであり,相当とはいい難い。本件告知書の記載が特定性や明確性を欠くものということはできず,原告の憲法31条違反の主張は前提を欠く。
4 争点3(原告に課徴金減免の効果を認めなかったことについての法7条の2第12項違反の有無)について
以上によれば,1次立入検査において特定VVFに関する本件合意についても調査の対象となる違反行為に含まれていたということができるから,法7条の2第12項にいう本件違反行為の「調査開始日」は1次立入検査の日である平成21年12月17日であると認めるのが相当である。そうすると,課徴金減免規則5条が定める法47条1項4号に掲げる処分が最初に行われた日である同日から起算して20日を経過した日より後の平成22年4月13日にされた原告の事前相談に対し,被告が課徴金減免規則による報告等の期限が既に経過していて原告から報告等があっても受け付けられない旨の本件回答をしたことが違法,不当とは認められず,原告の主張はこの点で既に理由がない。
また,前記1で見たとおり,調査開始日より後の課徴金減免制度の適用に当たっては,単に報告等の期限内に報告等を行っただけでは足りず,その内容が既に被告によって把握されている事実に係るものでないことを要するとともに,報告等の順番も問題となるのであり,仮に本件回答が誤っていたとしても,実際に何らの報告等も行っていない違反事業者に法7条の2第12項の定める課徴金の一部減額の効果を認めるのは,課徴金減免制度の趣旨に反するというほかない。したがって,原告の主張はそもそも失当である。
第5 結論
以上によれば,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

平成25年12月20日

裁判長裁判官 髙世三郎
裁判官 瀬戸口壯夫
裁判官 針塚遵
裁判官 廣田泰士
裁判官 小野寺真也

製品目録
第1 特定VVFケーブル
販売業者に対して販売される600ボルトビニル絶縁ビニルシースケーブル平形のうち,次に掲げる品目
1 線心数が2本で導体径が1.6ミリメートルのもの
2 線心数が2本で導体径が2.0ミリメートルのもの
3 線心数が2本で導体径が2.6ミリメートルのもの
4 線心数が3本で導体径が1.6ミリメートルのもの
5 線心数が3本で導体径が2.0ミリメートルのもの
6 線心数が3本で導体径が2.6ミリメートルのもの
7 線心数が4本で導体径が1.6ミリメートルのもの
8 線心数が4本で導体径が2.0ミリメートルのもの
第2 3品種
電気設備に関する技術基準を定める省令(平成9年通商産業省令第52号。以下「省令」という。)第1条第6号に規定する電線(省令第2条第1項第3号に規定する特別高圧の電気の伝送に使用されるものを除く。)のうち,CV(架橋ポリエチレン絶縁ビニルシースケーブル),CVV(制御用ビニル絶縁ビニルシースケーブル)及びIV(ビニル絶縁電線)並びにこれらの派生品(CV,CVV及びIVについて用途・目的等に応じてその素材を変更し,又は加工を施すなどしたものをいう。ただし,分岐付きケーブルを除く。)

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