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独禁法8条1項4号
平成7年(判)第4号
東京都中央区銀座2丁目10番18号
被審人 社団法人日本冷蔵倉庫協会
右代表者 理事(会長) 金田 幸三
右代理人 弁護士 宮代 力
同 河上 和雄
公正取引委員会は、右被審人に対する私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)違反事件について、公正取引委員会の審査及び審判に関する規則(以下「規則」という。)第66条の規定により審判官芝田俊文、同栗田誠及び同中出孝典から提出された事件記録に基づいて、同審判官らから提出された別紙審決案を調査し、次のとおり審決する。
主文
一 被審人は、次の事項を賛助会員である冷蔵倉庫業者及びその取引先荷主並びに正会員である地区冷蔵倉庫協会に周知徹底させなければならない。この周知徹底の方法については、あらかじめ、公正取引委員会の承認を受けなければならない。
1 被審人が平成4年6月18日及び同年7月15日に前記冷蔵倉庫業者が運輸大臣に届け出る冷蔵倉庫保管料及び届出方法を決定し、これに基づいて前記冷蔵倉庫業者に運輸大臣に対し届け出させた行為は、独占禁止法に違反するものであった旨
2 被審人は、今後、前記冷蔵倉庫業者の前記保管料を決定せず、前記冷蔵倉庫業者がそれぞれ自主的に前記保管料を決定し、届け出る旨
二 被審人は、今後、前記冷蔵倉庫業者の前記保管料を決定しこれを前記冷蔵倉庫業者に運輸大臣に対し届け出させる行為その他前記冷蔵倉庫業者が行う前記保管料の運輸大臣に対する届出を制限する行為をしてはならない。
三 被審人は、前二項に基づいて採った措置を速やかに公正取引委員会に報告しなければならない。
理由
一 当委員会の認定した事実、証拠、判断及び法令の適用は、いずれも別紙審決案理由第一ないし第六と同一であるから、これを引用する。
二 よって、被審人に対し、独占禁止法第54条第2項及び規則第69条第1項の規定により、主文のとおり審決する。
平成12年4月19日
公正取引委員会
委員長 根來 泰周
委員 柴田 章平
委員 糸田 省吾
委員 黒河内 久美
委員 本間 忠良
別紙
平成7年(判)第4号
審決案
東京都中央区銀座2丁目10番18号
被審人 社団法人日本冷蔵倉庫協会
右代表者 理事(会長) 金田 幸三
右代理人 弁護士 宮代 力
同 河上 和雄
右被審人に対する私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)違反事件について、公正取引委員会から独占禁止法第51条の2及び公正取引委員会の審査及び審判に関する規則(以下「規則」という。)第26条の規定により担当審判官に指定された本職らは、審判の結果、次のとおり審決することが適当であると考え、規則第66条及び第67条の規定により本審決案を作成する。
主文
一 被審人は、次の事項を賛助会員である冷蔵倉庫業者及びその取引先荷主並びに正会員である地区冷蔵倉庫協会に周知徹底させなければならない。この周知徹底の方法については、あらかじめ、公正取引委員会の承認を受けなければならない。
1 被審人が平成4年6月18日及び同年7月15日に前記冷蔵倉庫業者が運輸大臣に届け出る冷蔵倉庫保管料及び届出方法を決定し、これに基づいて前記冷蔵倉庫業者に運輸大臣に対し届け出させた行為は、独占禁止法に違反するものであった旨
2 被審人は、今後、前記冷蔵倉庫業者の前記保管料を決定せず、前記冷蔵倉庫業者がそれぞれ自主的に前記保管料を決定し、届け出る旨
二 被審人は、今後、前記冷蔵倉庫業者の前記保管料を決定しこれを前記冷蔵倉庫業者に運輸大臣に対し届け出させる行為その他前記冷蔵倉庫業者が行う前記保管料の運輸大臣に対する届出を制限する行為をしてはならない。
三 被審人は、前二項に基づいて採った措置を速やかに公正取引委員会に報告しなければならない。
理由
第一 事実及び証拠
一 被審人及び業界の概要等
1(一) 被審人は、肩書地に事務所を置き、おおむね都道府県(東北地方及び四国地方にあってはそれぞれの地域)を単位として全国38の地区ごとに所在する地区冷蔵倉庫協会を正会員、これらを構成する冷蔵倉庫業者(以下「会員事業者」という。)を賛助会員とし、冷蔵倉庫業の健全な発達を図り、もって公共の福祉に寄与することを目的として、昭和48年10月4日に設立された社団法人であり、会員数は、平成7年1月1日現在、正会員38名及び賛助会員1212名である。
(争いがない。)
(二) 関東、東海、北陸、近畿、中国及び九州の地域には、それぞれの地域に所在する地区冷蔵倉庫協会又は会員事業者を会員とする冷蔵倉庫協議会と称する団体が設置されており、被審人は、これらの団体並びに北海道、東北地方及び四国地方を地区とする地区冷蔵倉庫協会を併せて、ブロック団体と称している。
(査第4、第5、第44号証)
(三)会員事業者の営業用冷蔵倉庫(以下「冷蔵倉庫」という。)の設備能力の合計は、我が国の冷蔵倉庫の設備能力のほとんどすべてを占めている。
(争いがない。)
2(一) 被審人は、定款上の意思決定機関として総会及び理事会を置いているほか、必要に応じ、会長(1名)、副会長(5名以内)及び専務理事(1名)で構成される幹部会を開催し、被審人の事業活動について審議・決定している。
(査第2、第5、第6、第8ないし第12、第84、第88号証)
(二) 被審人は、必要に応じ、15名の経営委員で構成される経営委員会を開催し、冷蔵倉庫料金のほか種々の経営に関する事項について、個々の会員事業者の要望を吸い上げ、検討を行っている。
(査第6、第7、第10、第13、第14、第33号証)
(三) 被審人には3つの部からなる事務局が置かれ、専務理事が各部長を統括している。
(査第2号証)
3 冷蔵倉庫料金については、倉庫業法第6条第1項の規定により、いわゆる事前届出制が採られており、冷蔵倉庫業者は、冷蔵倉庫保管料、冷蔵倉庫荷役料その他の営業に関する料金を定め、又は変更しようとするときは、その実施前に、運輸大臣に届け出なければならないこととされている。また、運輸大臣は、同条第2項の規定により、前記料金が能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えるものであるとき等に該当すると認める場合は、当該冷蔵倉庫業者に対し、期限を定めてその料金を変更すべきことを命ずること(以下「変更命令」という。)ができるとされている。
(争いがない。)
4 冷蔵倉庫業者は、冷蔵倉庫保管料の届出においては、次の方法により保管料の算出を行っている。
冷蔵倉庫保管料の算出方法には、一般の基本料率を基礎とするものと容積建の基本料率を基礎とするものとがあり、冷蔵倉庫業者は、右基本料率として、冷蔵倉庫の保管温度が摂氏零下20度以下のF級室及び摂氏10度以下摂氏零下20度未満のC級室の別に、一般の基本料率による場合の重量及び容積別の料率並びに容積建の基本料率による場合の料率を定めており、F級室の重量に係る料率が定まれば、これを基準としてその他の料率も定まる関係にある。
そして、いずれの算出方法においても、冷蔵倉庫保管料は、基本料率に数量及び期間を乗じ、これに、小口物品、かさ高物品等を保管する場合にあっては一定の率による割増料を加え、寄託物品の名義変更等を行う場合にあってはその手数料を加えることが定められている。
(査第21、第70号証)
二 平成4年度の冷蔵倉庫保管料引上げに至る経緯
1 冷蔵倉庫業者にとっては、冷蔵倉庫の部門(保管部門、荷役部門等)別にみると、保管部門が重要な収益源となっているところ、運輸大臣に対して届け出た冷蔵倉庫保管料(以下「届出保管料」という。なお、「届出料金」ということもある。)は、全国の冷蔵倉庫業者について昭和55年に一律に引上げが行われて以来、単一の基本料率体系のまま据え置かれていた。
昭和63年以降冷蔵倉庫の庫腹量が増加したこと等もあって、平成2年度には総体的にみて在庫率が低下し、保管部門の収支率が低下する傾向がみられるようになった。
そして、平成2年度後半ころには、被審人の会員事業者から保管料の引上げを行ってほしいとの要望が出されるようになっていたことを受けて、被審人は、各種会合(平成3年3月4日に開催された経営委員会及び同月14日に開催された理事会)において、会員事業者の収支の改善を図るため、会員事業者の届出保管料の引上げの可能性について検討してきた。
(査第12、第15、第17、第34、第35号証)
2 このような状況の下、被審人は、平成3年4月18日、静岡県伊東市所在のホテル・サンハトヤで開催した総会において、同年夏ころにまとまる平成2年度の主要な会員事業者103社の収支状況調査の結果から届出保管料の引上げが必要かつ可能であると判断されれば届出保管料の基本料率の引上げ幅を検討する、という方針を含む平成3年度の事業計画を決定した。
そして、同年9月19日に開催した常任理事会及び同年10月17日に開催した理事会において、前記収支状況調査の結果を勘案して、届出保管料の改定に必要な作業を開始する旨を決定した。
さらに、被審人は、平成3年11月26日に開催した経営委員会において、届出保管料の基本料率の具体的な引上げ幅について検討した。その際、飯淵専務理事が、前記収支状況調査に基づいて推計した平成3年度及び平成4年度の保管料収支率を基に、必要引上げ率を算出すると、平成3年度は9.8パーセント、平成4年度は7.6パーセントとなり、これを基に運輸省運輸政策局の貨物流通施設課(以下「運輸省担当課」という。)と折衝を行う旨説明し、同委員会はこれを了承した。
(査第15、第17、第21、第36号証)
3 そして、飯淵専務理事は、平成3年12月末から平成4年1月初めにかけて、運輸省担当課の課長を訪ね、届出保管料の基本料率を引き上げたい旨申し入れるとともに、検討方を依頼した。その後、被審人事務局の職員は、運輸省担当課に対して、収支状況調査結果、これに基づき算出された平成3年度及び平成4年度の必要引上げ率に関する資料等の提供を行った。
(査第13、第14、第17、第18、第21、第36、第38号証)
三 本件違反行為
1 決定に至る直前の経緯
(一) 被審人は、前記のとおり、会員事業者の冷蔵倉庫業の保管部門の経営収支の改善を図るため、冷蔵倉庫の届出保管料の引上げについて検討してきたところ、平成4年4月23日、静岡県熱海市所在のホテル大野屋で開催した幹部会において、F級室の重量に係る基本料率について、会員事業者が運輸大臣に届け出ていた料率の24円45銭からその8パーセント台(約8.8パーセントを含む。)、最低でも2円以上引き上げることで運輸省担当課と折衝することを決定し、同年5月19日、飯淵専務理事を通じてその旨の要望を運輸省担当課の課長に伝えた。
(査第10、第34、第39、第41号証、参考人飯淵)
(二) 被審人は、平成4年6月8日、運輸省担当課の課長から、同年3月27日の運輸大臣及び運輸省総務審議官の国会答弁(倉庫料金が全国一律料金となっているのは好ましいことではないから、多様化を図る旨の答弁)を踏まえ、届出保管料について多様化を図ること(具体的には、被審人の要望中にある前記約8.8パーセントの引上げをする場合には、その上下各10パーセントの範囲内、すなわち、引上げ率約9.6パーセントないし約8.0パーセントの範囲内でばらつかせること)が望ましい旨の意向が示されたことから、同年6月9日、被審人の肩書地所在の会議室で開催した幹部会において、この運輸省の意向に沿って改定作業を進めることを了承した。なお、その際、飯淵専務理事から、上下各10パーセントの範囲の中間値である上下各5パーセントの場合の数値を含む5種類の料率も試案として示された。
(査第18、第19、第34、第39、第41号証、参考人飯淵)
2 届出保管料の引上げ決定
(一) 平成4年6月18日、運輸省担当課の課長は、被審人の事務所を訪ね、飯淵専務理事らに対し、被審人の要望する引上げ幅のうち約8.8パーセントであれば届け出てよい旨、また、前記国会答弁に沿って届出保管料の多様化を図る必要がある旨の意向を重ねて示した。
これを受けて、被審人は、同日、東京都中央区所在の東京冷蔵倉庫協会会議室で開催した幹部会において、会員事業者の届け出る保管料の基本料率について、前記試案に基づき、会員事業者が運輸大臣に届け出ていた料率から約8.8パーセント引き上げることを基準とした別紙一記載の5種類の料率とする(F級室及びC級室の料率の引上げ率をそれぞれ約9.6、9.2、8.8、8.4、8.0パーセントとする)ことを決定した。また、会員事業者に対して前記5種類の料率を示しただけでは、ほとんどの業者が最高の料率で保管料の届出を行うこととなって、前記国会答弁を踏まえた運輸省の意向に沿わないものとなり、ひいては届出保管料の円滑な引上げの妨げとなると考えられたことから、被審人は、個々の会員事業者に対し、基本的に、設備能力に応じてどの料率で届出保管料を引き上げさせるかをあらかじめ定めることとし、具体的に届け出させる時期、方法等の検討を進めることとした。
(査第18、第39号証、参考人飯淵)
(二) 被審人は、平成4年7月15日、前記被審人の会議室で開催した幹部会において、届出保管料について、
(1) 別紙二記載のとおり、会員事業者に、設備能力による区分に応じ、原則として当該区分に対応する引上げ率を基に算出した別紙一記載の料率(F級室及びC級室ごとに5種類に分けて定められた料率)により保管料を引き上げる届出を行わせること、ただし、会員事業者が各自の設備能力を基準にして届け出る基本料率を決定する場合に、当該会員事業者の保管部門の収支率を勘案し、平成3年度における収支率が110パーセント以上の場合には1ランク下げた料率で、また、同収支率が100パーセント未満の場合には1ランク上げた料率で、届出を行ってもよいこととし、設備能力が全国上位20社までに入る会員事業者については、設備能力のみを基準とすると、すべてが8.0パーセントの引上げ率となってしまうので、各自の収支率等を勘案して、引上げ率をばらつかせるよう被審人の事務局が調整すること
(2)最初に変更の届出を行わせるべき会員事業者として特定の会員事業者を指名し、その届け出るべき基本料率を当該事業者が運輸大臣に届け出ていた料率から約8.8パーセント引き上げた料率とすること、その届け出るべき期日を同月31日とすること及び最初に届け出るべき会員事業者は株式会社新東西とすること
(3) 右(2)以外の会員事業者の届け出るべき期日を、右(2)の期日から1週間を経過した日以降とすること
を決定した。
(査第27、第34、第44、第46、第47号証)
3 決定内容の会員事業者に対する周知
(一) 被審人は、平成4年7月1日、全国にある9つのブロック団体の事務局長を招集して、第8回ブロック事務局長会議と称する会合を開催し、保管料引上げに関する運輸省との折衝が順調に推移していること等を説明するとともに、会員事業者の料金変更届出書等の必要書類の作成方法等を説明した。
(査第20、第50ないし第60号証)
(二) 被審人は、平成4年7月21日、前記被審人の会議室で開催した幹部会において、同日に各ブロック団体の会長等を招集して開催する予定の第1回記念行事実行委員会と称する会合で、前記2(二)の幹部会の決定内容を説明することとした。
そして、被審人は、同日、前記東京冷蔵倉庫協会会議室で開催した第1回記念行事実行委員会と称する会合において、出席した各ブロック団体の会長等に対して、同月15日に開催された幹部会における前記2(二)の決定内容を説明するとともに、各ブロック団体傘下の各地区冷蔵倉庫協会に対する説明を同月27日以降に行うこと、届出に関する事務的な事項については、同日以降、被審人事務局から各ブロック団体の事務局に連絡することを伝えた。
(査第16、第27、第34、第47、第48号証)
(三) 被審人は、平成4年7月27日、各ブロック団体の事務局長に対し、保管料の新旧対照表、前記5種類の料率が記載された表、設備能力別届出の幅を記載した表及び冷蔵倉庫保管料率表を送付した。
各ブロック団体は、同月末以降、被審人の前記2の決定についての各地区冷蔵倉庫協会事務局に対する説明会を開催し、届出保管料の引上げ方法について周知するとともに、その際に右のとおり被審人から受け取った保管料の新旧対照表、前記5種類の料率が記載された表、設備能力別届出の幅を記載した表及び冷蔵倉庫保管料率表の各文書を配布した。
これを受けて、各地区冷蔵倉庫協会は、それぞれ、傘下の会員事業者に対する説明会を開催し、あるいは右の各文書を送付するなどの方法により、保管料の基本料率の引上げについての前記被審人の決定を傘下の会員事業者に対して周知した。
(査第5、第20、第49ないし第60、第62ないし第68号証)
四 決定の実施状況
会員事業者は、前記三2の被審人の決定に基づき、平成4年7月31日以降、おおむね、届出保管料を引き上げることとし、その旨を運輸大臣に届け出ている。
(査第21、第69、第81号証、審第52、第62、第68、第70、第76、第81、第87号証)
五 本件違反行為の事実上の消滅
1 会員事業者は、本件に関する公正取引委員会の審査開始後、平成6年7月ころまでに、ほとんどの都道府県又は支部単位ごとに、会員同士の連名で、今後、届出の要否、届出の時期、届出の内容などについて、各社がそれぞれ自主的に判断する旨の確認書を作成している。
(審第90号証、第91号証の1ないし97)
2 平成7年10月以降、運輸省の倉庫料金の届出の受理に関する方針が変更され、それ以後は、運輸省が公示した一定の幅の範囲内ならば、倉庫業法施行規則に基づき料金変更届出書に添付すべき書類がなくても届出が受理される(したがって、変更命令の対象とされない)こと、また、その場合、届出の翌日から実施できることとなった。
(審第96号証の1ないし3)
3 以上の1及び2の事実があいまって、会員事業者の届出保管料の引上げに関する被審人の決定は会員事業者に対する拘束・制限性が失われ、本件違反行為は事実上消滅した。
(この点は、後記「審判官の判断」において理由を述べる。)
第二 本件の主要な争点
一 独占禁止法第8条第1項第1号違反が認められるか。
1 冷蔵倉庫保管料についての被審人の決定が存在するか。存在するとすれば、会員事業者が実際の取引において収受する料金(以下「実勢料金」という。)についての決定を含むか。それとも、届出料金についての決定にとどまるか。
2 被審人による冷蔵倉庫保管料の引上げ決定及び会員事業者に対する周知により、一定の取引分野における競争の実質的制限の存在が認められるか。
二 独占禁止法第8条第1項第1号違反が成立しない場合に、同項第4号違反を認定することができるか。
三 会員事業者相互間の確認書の作成により、被審人の違反行為が消滅したと認められるか。
第三 審査官の主張の要旨
一 独占禁止法第8条第1項第1号違反の成立
審判開始決定書は、被審人の行為として、平成4年4月23日の保管料引上げの基本決定、同年6月9日の5種類の保管料への修正決定及び同年7月15日の会員事業者の届出方法の決定の3つの決定を一連のものとしているところ、本件においては、以下の事実が存在する。
前記平成4年4月23日の基本決定及び同年6月9日の修正決定は、外形的・表面的には届出料金の引上げ決定にみえるが、以下に記載の、i.冷蔵倉庫業界における冷蔵倉庫料金の引上げに関する慣行及び実情と、ii.平成4年度における保管料引上げに至る経緯及び目的を併せてみれば、実勢料金の引上げ決定の意味を有するものであり、また、その内容には、従来実勢料金が届出料金より低い取引先については、運輸大臣に届け出た引上げ率又はこれに相当する引上げ額を目途に実勢料金を引き上げることが含まれるものである。そして、この決定が会員事業者に周知されているので、独占禁止法第8条第1項第1号違反が成立する。
i. 冷蔵倉庫業界においては、冷蔵倉庫料金の引上げに当たり、個々の事業者、殊に中小事業者が独自に届出に関する事務作業を行うことは煩雑かつ困難であること、一斉に届出料金を引き上げて荷主と交渉することにより実勢料金の引上げが容易になること等の理由により、会員事業者は、被審人から冷蔵倉庫料金引上げの連絡を受けた場合、その料金で冷蔵倉庫料金改定の届出を行ってきている。また、被審人は、引上げ率の決定に当たって、引上げ・届出の円滑を期するため、あらかじめ、倉庫業法を所管する運輸省担当課に対し、当該引上げ率が一般的に変更命令の対象とならないものであるか否かについて打診を行うことが慣行となっている。その際、被審人は、自ら実施している主要な会員事業者103社を対象とする収支状況調査等に基づいて、冷蔵倉庫料金の引上げが経済情勢に見合うものか否か、荷主に受け入れられる状況にあるか否か等の冷蔵倉庫料金の引上げの必要性を検討するとともに、引上げ率等を決定してきている。
そして、会員事業者は、運輸大臣に届け出た冷蔵倉庫料金等を基に、荷主との交渉によって実勢料金を決定しており、一般に、大口の荷主に対しては届出料金より低い料金で取引されている場合が多く、他方、その他の小口の荷主に対しては、おおむね届出料金どおりで取引されている実情にある。
また、会員事業者は、冷蔵倉庫料金を引き上げる旨を運輸大臣に届け出た場合には、おおむね、荷主から収受する冷蔵倉庫料金を引き上げており、この場合において、従来実勢料金が届出料金より低いときには、運輸大臣に届け出た引上げ率又はこれに相当する引上げ額を目途に、実勢料金の引上げを図ってきており、被審人は、このような実態を認識していた。
ii. 昭和63年以降、冷蔵倉庫の庫腹量が増加したこと等から、平成2年度には在庫率が低下し、保管部門の収支率が低下する傾向がみられるようになった。そして、平成2年度後半ころには、被審人の各種会合において、被審人の会員事業者から保管料の引上げを行ってほしいとの要望が出されるようになっていた。このため、被審人は、会員事業者の実勢料金の引上げについて検討してきた。
二 違反行為の継続
被審人主張の確認書は、被審人自身による決定の破棄には当たらないし、また、確認書の内容をみても、被審人の違反行為を否認するものにすぎず、今後被審人の決定に従わないというものとはなっていないから、被審人の違反行為は消滅していない。
第四 被審人の主張の要旨
一 独占禁止法第8条第1項第1号違反の不成立
1 被審人の決定の不存在
(一) 決定自体の不存在
審判開始決定書によれば、保管料の引上げに関し、平成4年4月23日に基本決定があり、同年6月9日にその修正決定がなされた旨記載されているが、そもそもそのような決定などは存在しない。
すなわち、平成4年4月23日の幹部会で話し合われたのは、会員事業者からの要望を受けて行う届出料金の改定に関する運輸省への陳情ないし意向打診についてであって、保管料引上げの決定などしていない。また、当日の幹部会において、審判開始決定書に記載されているように基本料率を約8.8パーセント引き上げ、26円60銭とするというような具体的な数字が話し合われたこともない。右幹部会においては、届出料金について引上げ額2円以上とする方向で運輸省に説明しようという程度の話がされたにすぎない。
そもそも8.8パーセントという数字は、運輸省から出された数字である。そして、同年6月9日の幹部会で話し合われたのは、引上げ率8.8パーセントの上下各10パーセントの範囲で届出をばらつかせてほしいとの運輸省の要請を受け入れるかどうかという点であり、右幹部会は会員事業者に対して届出をさせるとの決定などしていない。
(二) 幹部会の決定権限の不存在
仮に幹部会で何らかの合意が成立したとしても、審判開始決定書において決定を行ったとされる幹部会は、被審人の正式の意思決定機関ではなく、決定権限がないから、右合意は被審人の意思決定とは認められない。
すなわち、幹部会は、会長の諮問機関であり、会長が自己の判断で決定し得る事項について、自己の判断を行うに当たり参考として意見を聞く機関にすぎない。したがって、その意見が会長を拘束する効果を持たないから、幹部会が被審人の事業活動について審議・決定しているということはない。また、決定が会員を拘束する被審人の意思決定を意味するとすれば、幹部会は、そのような意思決定をする機関ではなく、何らそのような権限を付与されているものでもないから、決定をし得るはずはないし、現にそのような決定をしたことなど全くない。
(三) 実勢料金に関する決定の不存在
仮に幹部会における何らかの合意が被審人の決定となるとしても、それは届出料金に関するものであって、実勢料金に関する合意や決定などは全く存在しない。
なお、平成4年7月15日の幹部会において話し合われたのが届出料金についての具体的な届出方法に関するものであることは、審判開始決定書の記載からも明らかである。
(四) 会員事業者に対する拘束・制限の不存在
独占禁止法第8条第1項第1号の違反行為の成立要件として、被審人の決定が会員事業者の事業活動を拘束・制限するものであることが必要であるところ、本件においては、被審人は、実勢料金については何ら決定したことはなく、単に届出料金に関する運輸省の届出受理方針を会員事業者に周知したにすぎない。したがって、被審人は、会員事業者が遵守すべき被審人の決定として、会員事業者の事業活動を拘束・制限するような決定をしたことはない。
2 一定の取引分野における競争の実質的制限の不存在
独占禁止法第8条第1項第1号の違反行為の成立要件として、一定の取引分野における競争の実質的制限が必要である。しかし、本件においては、以下に述べるとおり、届出料金制の下における実勢料金の実態からみて、全国すべての事業者について一律の方針を決めるようなことは到底不可能であり、審査官が主張する「一定の取引分野」の画定及び「競争の実質的制限」の認定には根拠がない。
(一) 冷蔵倉庫保管料の実勢料金については、基本料率という概念はないし、F級室の料率が決まればC級室の料率も決まるという関係もないから、審判開始決定書記載の事実を変更しない限り、一定の取引分野は、届出料金のF級室の重量に係る基本料率に関するものに限定される。
(二) 届出料金は、本件以前は全国一律の基本料率となっていたから、全国が1つの競争圏のようにみえるが、実際は冷蔵倉庫業者の競争圏には地理的限界があること等から、全国が1つの競争圏ということはあり得ない。したがって、被審人が全国の事業者に対し、実勢料金についての一定の方針を決めることは不可能である。
(三) 保管料の届出においては、保管する物品の形状や種類に関係なく、単位料金(これを基本料率と呼ぶ。一般基本料率と容積建基本料率とがある。)を決め、これにその物品の形状等による割増料金を加えて実際の料金を算出することとされている。この基本料率がすべての物品に共通(同額)であることはいうまでもない。
しかし、現実の料金収受に当たってこの届出において決められているような計算方法が採られるのは、一見の顧客の場合等に限定されているのであって、一般には、そのような方法は採られていない。届出料金における基本料率に相当するものは実勢料金に関してはなく、物品ごとに単位料金を決めるという取引をするのが通常である。また、物品の種類、性質、形状等によって単位料金が異なるのと同様に、同じ物品でも、取引先(荷主)によって単位料金は異なり、同じ取引先、同じ物品でも、取引の時期、場所により、必ずしも同じ単位料金ではない。
したがって、被審人が届出料金の基本料率を決めたからといって、実勢料金に影響を及ぼすものではないから、市場支配力が生ずることなど到底考えられない。
(四) また、冷蔵倉庫には港湾型、内陸型、市場型などのいくつかの形態があり、保管する物品の種類・形態が異なり、料金体系も同一でない。港湾型の冷蔵倉庫が保管する物品は、農産・水産・畜産物を中心とした輸入貨物で、内陸・市場型のものに比較し大ロットである。内陸型の冷蔵倉庫が保管する物品は、地場対応の生産・消費物品で構成されており、物品の種類は区々である。市場型の冷蔵倉庫は、市場内あるいはその周辺に倉庫を持って市場貨物を主体に扱っているものである。この観点から保管料の実勢をみると、市場内部に設置された言わば純粋の市場型の冷蔵倉庫の保管料が高く、内陸型がこれに次ぎ、港湾型が最も低いという料金水準になっているといってよいが、設置場所や物品の種類、性質なども同一でないことから、このような差異が生じている。
そして、いずれの場合も実勢料金が届出料金を相当下回り、両者がかい離していることは明らかであるから、届出料金の基本料率の引上げがなされたからといっても、それは、実勢料金引上げのきっかけとなるにすぎず、実勢料金の競争に影響を及ぼすものではない。
(五) 実勢料金の動向をみても、届出料金の引上げに基づいて、あるいは届出料金の引上げ率又は引上げ額を目途に実勢料金が引き上げられた事実は認められない。
したがって、届出料金の引上げによって競争の実質的制限が生じたとする余地はない。
3 行政指導の存在(違法性の不存在)
(一) 届出制及びその運用実態
保管料については、倉庫業法に基づく事前届出制が採られており、変更届出を行うことなく届出料金と異なる料金を収受することが刑事罰をもって禁止されているから、この意味で、届出料金の収受義務がある。また、運輸省は、倉庫業法施行規則及び同運用指針において、料金変更届出書に記載すべき事項、添付書類等を詳細に定めており、これによって倉庫業者に届出をさせている。
しかも、運輸大臣は一定の要件の下に変更命令ができ、この権限を背景に、届出の内容について行政指導を行っている。すなわち、変更命令の対象にならないような届出が行われるようにするため、運輸省は、冷蔵倉庫業界からの陳情や自らの調査結果を基に、改定率を業界に示しているのであり、業界では、この行政指導に従って届出を行っている。
他方、前記2で述べたとおり、倉庫業者が取引先荷主から実際の取引において収受する実勢料金は、届出料金とはかい離しており、届出料金どおりに収受できる取引先は僅少であり、また、基本料率がほとんど機能しておらず、個々の取引先と物品ごとに単位料金を決めているのが実情である。
(二) 被審人の行為の違法性の不存在
被審人が平成4年の保管料の届出料金の改定に際し行った行為は、会員事業者からの要望を受けて事業者団体として行った、届出料金の改定に向けての資料の収集、運輸省への陳情ないし意向確認であり、また、運輸省の届出受理方針の会員事業者への連絡であるにすぎない。このような事業者団体の関与は、中小企業がほとんどを占める冷蔵倉庫業界では、必要不可欠のものである。
そして、被審人が、会員事業者の意見を汲み上げて運輸省に届出料金の改定についての陳情、要望を行うことは、運輸行政に対する協力行為であって、被審人は、前記のような運輸省の行政指導に従っていたものである。また、運輸省は、行政指導の内容を事業者団体に連絡しているのであって、事業者団体を通じて事業者に連絡がなされることを期待していることは明らかである。前記のとおり、被審人は、一定の幅の中でばらつかせて届け出るようにとの運輸省の新しい受理方針を受け入れ、会員事業者に連絡していたものにすぎない。したがって、被審人は、倉庫業法に規定する変更命令の前段階における運輸省の行政指導に協力したものであり、被審人の本件行為が違法とされる理由はない。
仮に被審人の行為が独占禁止法上問題があるとしても、それは行政指導によってもたらされたものであることは明らかであるから、運輸省に是正を求めるとともに、事業者団体に問題点を指摘する等の措置が採られるべきであって、行政の是正措置を待たずに、行政による届出制本来の運用からのかい離の実態をそのままにしておいて、被審人に対して突如独占禁止法を適用することは許されない。
二 独占禁止法第8条第1項第4号違反の不成立
仮に独占禁止法第8条第1項第1号違反を問われている行為について、予備的に同項第4号違反が考え得るとしても、本件においては同号違反も成立しない。
すなわち、平成4年7月15日の幹部会の合意が被審人の決定内容となり得るとしても、被審人は、会員事業者の事業活動を拘束・制限するような決定はしていない。被審人は、届出保管料についてはばらつかせて届け出るようにとの運輸省担当課の要望を踏まえて、被審人の事務局から各ブロック団体の事務局及び各地区冷蔵倉庫協会の事務局を通じて会員事業者に対し、運輸省の新しい届出受理方針を伝えたにすぎない。
また、会員事業者においても、右伝達は被審人の決定として拘束力があるものであるとの認識はなかった。
三 違反行為の消滅
仮に被審人について違反行為が認められるとしても、被審人は、公正取引委員会の本件審査手続開始後に、会員事業者において自主的な届出をすべきことを決め、これを地区冷蔵倉庫協会等に連絡し、その結果、平成6年7月ころまでに、各地域ごとにほぼ全国の会員事業者の間で自主的な届出を行うことが確認されたので、その時点において違反行為は実質的に消滅している。そして、本件違反行為の終了した平成6年7月から1年を経過した平成7年7月以降は、独占禁止法第8条の2第2項において準用する第7条第2項の規定により排除措置を命ずることはできないことになる(審判開始決定は、排除措置を命ずるためになされるものである。)から、平成7年12月25日になされた本件審判開始決定は違法であって、無効である。
第五 審判官の判断
一 独占禁止法第8条第1項第1号違反とする審判開始決定に対し、同項第4号違反を認定した理由
1 平成4年4月23日の幹部会について
以下に述べるとおり、平成4年4月23日の段階では、審査官主張の保管料引上げの基本決定とされるだけの明確な合意が成立したものと認めるに足りない。
すなわち、平成4年4月23日の幹部会において、運輸省との折衝が進展して、最低でも2円以上引き上げたいという目標の数値が出たことは被審人も認めるところであるが、右幹部会において、それ以上に、8.8パーセント引き上げて26円60銭とするという固定した数値について明確な合意があったと断定するには疑問がある。
例えば、同日の幹部会で配付された「保管料基本料率・検討資料」(査第39号証添付資料)をみると、「Ⅰ.率のアップ率(%)」欄の「アップ率(%)8.5、現行差額2.08(円)」の箇所に囲み線が付されているものの、同表の「Ⅱ.単価のアップ」欄の「26.60(円)、アップ率(%)8.79」の箇所には何のしるしもない。他方、被審人が運輸省に提示した必要引上げ率も、平成3年11月26日の経営委員会で了承された平成3年度9.8パーセント、平成4年度7.6パーセント(平均8.7パーセント)という数値が、収支率の推定方法を一部変更したことに伴い、それぞれ9.7パーセント、8.5パーセント(平均9.1パーセント)に修正される等、時期によって変動しており(査第38号証)、前者の数値のみをもって約8.8パーセントの根拠とすることはできない。
また、確かに、同年4月3日に飯淵専務理事から「切りのいい数字として8.8パーセント、2円15銭引き上げて26円60銭とする」という話が出たとする審査段階における同人の複数の供述調書が存在し、前記第一、三1(一)記載のとおり、基本料率について、現行料率の約8.8パーセントを含めて「8パーセント台」の引上げを図るという点までの認定は可能である。しかし、この段階では、まだ、被審人の要望する引上げ率、引上げ額が運輸大臣の変更命令の対象になるかどうかについて、運輸省担当課において、独自に冷蔵倉庫事業者130社を対象とした収支状況の統計資料を検討中の段階であって、被審人における103社の収支状況調査に基づく数値が決定的な要素とはいえない状況であった(査第15、第18号証)。
さらに、同日の幹部会は、日本冷凍事業協会と被審人との第28回合同幹部会及び被審人の第69回理事会との合間のわずか5分程度の短時間の話合いであり、しかも、当日、被審人の正式の意思決定機関である理事会が幹部会の直後に開催されているが、この理事会においては、前記「保管料基本料率・検討資料」は配布されておらず、また、運輸省との折衝方針についても一切明らかにされなかった(査第39号証)というのである(なお、保管料改定の経緯について理事会に事後的に報告されていることは後述する。)。
したがって、同日の幹部会の場では、飯淵専務理事が、8.8パーセント、2円15銭引上げ、26円60銭という数字も含めて、8パーセント台、2円以上引上げという一定の幅をもたせた形で運輸省との折衝における目標値を示し、幹部会がこれを了承したものと認めることが実態に合うものといえる(なお、運輸省の了解が得られることを条件に、基本料率を8.8パーセント引き上げて26円60銭とするとの条件付き決定がなされたとするのは、技巧的に過ぎ、実態にもそぐわない。)。
よって、同日の幹部会において、審査官が主張するような内容の決定が成立したとまでは認めるに足りない。
2 平成4年6月9日の幹部会について
平成4年6月9日の段階では、それまでの被審人と運輸省担当課との折衝(前記同年5月19日のものを含む。)の中で、被審人が要望として8.8パーセント引き上げて26円60銭とする案を運輸省に出していたこと、また、運輸省はそれまでの検討作業の結果、料金の多様化を前提に8.8パーセント引き上げる案を了承する方針を固めていたことが認められる(査第18、第19号証)。
そして、同年6月8日に引上げ率8.8パーセントを基準とし上下各10パーセントの範囲でばらつかせることを条件に届出料金の改定を認めるとの運輸省の方針が被審人に対して示され、同月9日の幹部会がこれを受け入れることとしたこと、また、その幹部会の席上で上下各5パーセント刻みの中間値を参考として加えた5種類の料金表(査第39号証添付の「料金改定1992.6.9」と記載された料金表)が配布されたことは認められる(査第39号証)。
しかし、この段階では、倉庫業法制定以来、被審人と運輸省との折衝を通じて行われてきた届出料金の一本化とは異なり、上下各10パーセントの範囲で届出料金をばらつかせるという新たな要請に対処することが当面の課題であったということができ、6月9日の幹部会において、会員事業者に8.8パーセントを中心として5種類の料率で届け出させるとの明確な決定が行われたとまで認めるには足りない。
もっとも、同年6月18日に開かれた幹部会において、会員事業者が届け出る保管料の基本料率を、会員事業者が運輸大臣に届け出ていた料率から約8.8パーセント引き上げることを基準とした5種類の料率とすることが決定され、会員事業者に具体的に届け出させる時期、方法等の検討に入ったことは、前記第一、三2(一)のとおりであって、この決定は、前記6月9日の幹部会における検討を踏まえて、そこで示された試案を正式に了承したものであり、実質的に審判開始決定書記載の違反事実と同一性があるものといえる。
3 独占禁止法第8条第1項第1号違反の成否
本件において、独占禁止法第8条第1項第1号違反の成立のためには、被審人の決定及びその会員事業者への周知による一定の取引分野における競争の実質的制限が必要である。そして、本件においては、右競争の実質的制限は実勢料金に関して生じることが必要であるから、倉庫業法による規制を踏まえて、届出料金の引上げが実勢料金にどのような影響を及ぼす市場となっているかを検討する必要がある。
(一) 倉庫業法による規制の概要
冷蔵倉庫料金については、前記第一、一3のとおり、倉庫業法第6条第1項の規定により、いわゆる事前届出制が採られており、冷蔵倉庫業者は、冷蔵倉庫保管料、冷蔵倉庫荷役料その他の営業に関する料金を定め、又は変更しようとするときは、その実施前に、運輸大臣に届け出なければならないとされている。そして、届出書は、その期日の30日前までに提出すべきことが義務付けられている(倉庫業法施行規則第4条)。また、運輸大臣は、同法第6条第2項の規定により、前記料金が、能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えるものであるとき等に該当すると認める場合には、当該倉庫業者に対し、期限を定めてその料金を変更すべきことを命ずることができるとされている(変更命令権付き事前届出制といえる。)。
しかし、本件以前は、冷蔵倉庫業界においては、料金の改定に当たり、個々の事業者、殊に中小事業者が独自に事務作業を行うことは煩雑かつ困難であること等を理由として、会員事業者は被審人からの料金改定についての連絡を受けた後、その連絡内容どおりに届出を行っており(この点は争いがない。)、実際には、会員事業者が自由に届出を行うという実態にはなかった。
また、運輸省としても、古くから、倉庫料金については公共料金に準ずる扱いをして、経済企画庁等の関係官庁への事前の連絡を行っていること、また、倉庫業法上運輸大臣の変更命令権が認められていること等から、倉庫料金の事前届出制は、単なる自由な届出制というよりも、認可制に準じたものとの認識があった。そして、同省は、料金の改定に当たって事業者団体としての被審人から要請ないし意向打診を受けたときには、右の観点から事前に被審人から打診のあった保管料の引上げ率が変更命令権の対象となるか否かを検討していた。
(査第30号証、審第94号証の1、2)
他方、冷蔵倉庫業者が事前に届出をしないで料金を収受した場合は、届出義務違反となり、罰金が科せられることになっている(倉庫業法第6条第1項、第30条第1号)が、本件当時、全国一律の保管料の基本料率の届出しかなされていないにもかかわらず、同省は、その料率の上下各10パーセントの範囲内で実勢料金を収受すること(上下各10パーセントのアロウワンス)を認める運用をしていた。
(査第21号証添付の「冷蔵倉庫保管料率表」、審第54号証)
なお、この幅の下限を下回る場合について、取締りが行われていることは全くうかがえない。
(二) 届出料金と実勢料金のかい離の実態
冷蔵倉庫保管料の料率には、F級室とC級室を区分した上で、すべての物品に共通な基本料率として、一般基本料率と容積建基本料率とがあるが、この基本料率により定まる基本料金に、保管の態様、貨物の種類等に応じた割増料金を加えて実際の料金を算出することとされている(前掲「冷蔵倉庫保管料率表」)。
しかし、現実の料金収受に当たって、この届出において定められているような計算方法が採られ、届出料金どおりに実際の取引において収受する実勢料金が決められるのは、一見の顧客(取引先荷主)の場合等に限定され、一般には、そのような方法は採られておらず、物品ごとに単位料金を決めるという取引をするのが通常である。また、冷蔵倉庫の立地条件は様々であり、保管する物品の種類・形態も異なること、実勢料金の変動をみても、例えば、水産物、農産物、畜産物、輸入物等によって、料金水準に相当の開きがあることが認められる。
(審第45、第63、第69、第82、第86号証、参考人中部、同添田、同石黒)。
さらに、届出保管料については、昭和55年に基本料率の変更届が行われて以来本件違反行為が行われた平成4年7月末まで12年間も全く改定が行われないままであったが、昭和56、7年ころは不況のため、昭和55年の基本料率の引上げは実勢料金の引上げに結びつくものではなかったことが認められ、全体的にみても、実勢料金は届出料金から相当下方にかい離し、届出料金の9割以下となっているものが相当多く(したがって、前記運輸省が運用として認める届出料金の上下各10パーセントの幅料金の下限をも下回る状態であった。)、また、そのような状態が通常みられる状況であった。
(査第11、第15号証、第23号証添付の「冷蔵倉庫料金推移」)
(三) 冷蔵倉庫料金の引上げに関する実情とその認識等について
(1) 審査官の主張によっても、審判開始決定に係る前記基本決定及び修正決定は、外形的・表面的には届出料金の引上げ決定であるが、前記第三「審査官の主張の要旨」一記載のi.、ii.という他の事実を併せてみれば、実勢料金の引上げ決定の意味を有するというにすぎず、間接的な関係を示すにとどまるものであって、決定の内容自体は、直接的かつ具体的な形で会員事業者の実勢料金の引上げを内容とするものではない(なお、平成4年4月23日の基本決定が認められないことは、前述のとおりである。)。
(2) 審査官は、届出料金の引上げ決定が実勢料金の引上げ決定の意味を有することを主張し、そのために冷蔵倉庫業界における冷蔵倉庫料金の引上げに関する慣行及び実情の存在とそれについての被審人の認識(前記i.)を主張し、この主張に沿う被審人の役員の複数の供述(例えば、査第11、第24、第26号証)がある。
しかし、そこには役員の認識の一端が示されてはいるものの、本件届出料金に関しては前記のとおり十数年来改定がなされていない上、前述の、届出料金と実勢料金の決まり方が異なっており、実際にも届出料金と実勢料金のかい離という実態があることに照らすと、右証拠から直ちに審査官の主張のi.の事実のうち、会員事業者は冷蔵倉庫料金を引き上げる旨を運輸大臣に届け出た場合にはおおむね荷主から収受する冷蔵倉庫料金を引き上げている、あるいは運輸大臣に届け出た引上げ率又はこれに相当する引上げ額を目途に実勢料金を引き上げているとの実情の存在を認めるには足りない(なお、荷役料に関する改定が隔年のように行われているとしても、荷役料についての料金の決まり方や実勢料金の動向等が明らかではないし、また、荷役料の引上げの要因が主として人件費の上昇にあることは容易に推認することができ、保管料と直ちに同列には論じられない。)。
(3) 被審人が、平成3年の総会以降、会員事業者の収支の改善を目的として、届出料金の改定に向けての資料収集及び必要引上げ率の算出作業を行い、運輸省と相当長期間にわたり折衝してきたことは、前記第一認定のとおりであって、審査官主張の前記ii.の平成4年度における保管料引上げに至る経緯及び目的は認められる。
しかし、前記のとおり、届出料金と実勢料金のかい離が通常の状態となっているような状況の下では、届出料金の引上げ決定が実勢料金引上げの契機となるとの認識はあっても、実勢料金の引上げを目的として届出料金の引上げを図ったということのみから、当然に、届出料金の引上げ決定は即実勢料金の引上げ決定の意味を有するとの被審人の認識があったというにはやや飛躍がある。
また、本件における決定の周知は、外形的には届出料金に関するものであるところ、会員事業者の認識についても、審査官主張に沿う個別の供述が複数あるものの、全国の会員事業者全体をみた場合、設備能力を基準に定められた料率で届出保管料を引き上げる旨の周知を受けた会員事業者が、この周知の内容を実勢料金を引き上げる決定であると認識したとの点は、それほど証拠があるわけではない。
(4) 審査官主張の、本件違反行為は届出料金の引上げ率又は引上げ額を目途に実勢料金を引き上げる決定であったとの点についても、これに沿う個別の供述が複数あるものの、前記届出料金と実勢料金のかい離という経済実態に照らして、会員事業者は、届出料金を引き上げたからといって、引き上げた届出料金どおり実勢料金を収受できるわけではなく、また、前記慣行及び実情の存在とその認識についての立証も十分でないことから、本件においては、届出料金の引上げを契機に少しでも実勢料金を引き上げるよう努力するという程度の認識による決定であったとの認定にとどまらざるを得ない。
なお、被審人による会員事業者の実施状況の把握については、平成4年9月1日及び平成5年1月28日の経営委員会において、届出状況及び実勢料金の引上げ状況が報告・確認されている。しかし、このことから直ちに、被審人が実勢料金に関する決定をしたものと推定するには根拠が十分とはいえない。
(四) 実施状況からの推定等
前記冷蔵倉庫料金の引上げに関する従来からの実情の存在及び被審人又は会員事業者の認識が定かではないとしても、平成4年の本件当時において、届出料金の引上げ決定の実施状況及びその後の実勢料金の変動状況からみて、届出料金の引上げ決定と実勢料金の上昇との間に連動性があり、競争の実質的制限が生じていると評価し得るか否かについて検討する。
(1) まず、届出状況をみると、被審人からの周知に基づき、株式会社新東西は平成4年7月31日に、また、他の会員事業者は、おおむね、同年8月以降保管料の引上げを運輸大臣に届け出ており、実質の届出率は、設備能力比で算出すると、約97パーセントである(査第81号証)。
他方、実勢料金の引上げ状況をみると、実勢料金の引上げを実施した会員事業者の割合を設備能力比でみると約87パーセントが引上げを実施しているとする審査官主張のデータ(査第81号証)がある。しかし、これが届出後1年間にわずかでも実勢料金の引上げが実現した取引先がある場合に(審第52、第62号証等の報告書における設問)これを実勢料金の引上げの実施とみて算出していることには疑問が残る。また、一見の取引先(荷主)に対しては届出料金どおり実勢料金を引き上げて収受することは可能であるが、そうした荷主の取引先全体に占める割合はごくわずか(例えば数パーセント程度)であり、その他の取引先については届出料金どおりに実勢料金を引き上げて収受することができない状況にある(参考人添田、同横打、同山田、同石黒、同井田、同瀧沢)。なお、築地市場における冷蔵倉庫については届出料金どおり収受できている(査第79号証)が、これはその立地上の特性による面がある(参考人木谷)。
また、例えば、近畿ブロックの複数の地区冷蔵倉庫協会の指導による取引先への届出内容の周知(統一ひな型による「お願い文書」の送付)、料金引上げ交渉(査第74号証)、東京冷蔵倉庫協会における大手水産会社に対する引上げ交渉窓口(幹事会社)の設定(査第13、第80号証)等が行われており、このように一部の地区冷蔵倉庫協会における実勢料金の引上げに向けた積極的、組織的な取組が認められる。しかし、このことは、逆からみれば、このような地区冷蔵倉庫協会の行為がなければ実勢料金の引上げが困難であることを示しているともいうことができ、これらを、それぞれの地区冷蔵倉庫協会レベルでの行為としてとらえるのは別として、実勢料金引上げの契機となる被審人の行為と結び付けて、届出料金の引上げ決定と全国市場における実勢料金の上昇との連動性を認定することまではできない。
(2) また、個別の引上げの実施状況としてではなく、全国の会員事業者の総体的な傾向として分析する手法が考えられるところ、会員事業者の月ごとの実勢料金の単価を平均し、その変動をみると、季節変動の要素を除いた前年同月比の実勢料金についての上昇傾向は、平成5年4月以降には明らかになるものの、届出料金の引上げが実施された平成4年9月から同年12月ころまでの間には現れておらず(査第81号証、審第98号証)、他方、冷蔵倉庫の在庫率の変動と保管料の実勢料金の変動とに関連性があるとする被審人の主張については、需給のバランスによる価格決定という市場原理や過去の価格の推移から考えてあながち否定もできないこと(審第98号証、査第15号証)に照らすと、行為と結果との因果関係という観点からは、届出料金の引上げ決定との結び付きはやや薄いものとなっており、実施状況から実勢料金についての競争の実質的制限の存在を推定することも容易ではない。
このような事情を具体的にみてくると、本件の場合においては、被審人の本件届出料金の引上げ決定に連動して会員事業者の実勢料金の引上げが行われ得るような状況が的確に立証できているとはいえない。
(3) なお、倉庫業法第6条第1項の規定があるからといっても、前記のとおり、届出料金と実勢料金がかい離している状態が通常であり、この規定(及び罰則規定)のみを根拠に、冷蔵倉庫業においては届出料金の引上げがなされれば、これに基づき当然実勢料金の上昇が生ずる市場の状況であるとまではいえない。
(五) まとめ
以上の事実を総合的に判断すると、例えば東京地区のように、被審人の正会員である地区冷蔵倉庫協会が実勢料金の引上げに関する活動を行っていた疑いがある地区があるものの、被審人の行為としては、全国の会員事業者の実勢料金との関係で、届出料金の引上げを契機に少しでも実勢料金を引き上げるよう努力するという程度の認識による届出料金に関する決定であったとの認定にとどまらざるを得ず、また、本件の場合においては、届出料金の引上げ決定の内容及びその周知並びにその後の実施状況をもって、実勢料金についての競争の実質的制限が生じたものと認めるに足りないものである。
したがって、本件行為が独占禁止法第8条第1項第1号の要件に該当すると認めることはできない。
4 独占禁止法第8条第1項第4号違反の成否
しかし、以上のことから、本件において直ちに違反行為がなかったと結論付けることは相当ではない。
なぜなら、前記第一認定のとおり、被審人による会員事業者の届出料金の引上げに関する決定は認められるのであって、本件のような事業者団体の価格に関する制限行為は、同一の行為態様であっても、市場における競争を実質的に制限するものであれば、独占禁止法第8条第1項第1号の規定に違反し、市場における競争を実質的に制限するまでには至らない場合であっても、構成事業者の機能又は活動を不当に制限するものであれば、同項第4号の規定に違反するものである。また、本件審判手続においては、第4号該当性についても議論され、被審人の防御が行われているとみられるので、第4号に該当する事実があれば、これを認定しても差し支えないものと考えられる。
そして、本件の場合、前記第一認定のとおり、被審人の平成4年6月18日及び同年7月15日の届出保管料の決定及び周知は、本来会員事業者が自由になし得る届出を拘束・制限するものであって(なお、被審人の主張に対する判断は次項で述べる。)、会員事業者の機能又は活動を不当に制限するものであるから、独占禁止法第8条第1項第4号違反が成立する。
二 被審人の主張について
被審人の主張のうち、決定の成立、内容及び実勢料金に関連する主張については、前記一において既に判断しているものがほとんどであるので、以下においては、必要な限度で、その余の主張について判断する。
1 幹部会の決定権限について
被審人は、本件において決定を行ったとされる幹部会は、被審人の正式の意思決定機関ではなく、決定権限がないのであるから、被審人の意思決定とは認められない旨主張する。しかし、以下に述べるとおり、被審人の主張は理由がない。
(一) 被審人は、定款上の意思決定機関として、総会及び理事会を置いているが、通常、総会にあっては1年に1回、理事会にあっては1年に3ないし4回定例的に開催されるにすぎず、総会及び理事会のみによっては日常の事業活動について機動性をもって決定を行うことが困難な状況にあること等から、必要に応じ、幹部会を開催し、この場で日常の事業活動について審議・決定をしているのである。
以下のとおり、幹部会は、被審人の事業等の執行に関して事務局が報告・説明を行う場であり、事務局から幹部会に対して報告・説明した事項について幹部会で特別の異議が出されなかった場合は、事務局は、その了承に基づき事業の執行を進めることができる。また、幹部会において了承された事項は、事後に、理事会に報告される。
すなわち、幹部会は、定款に基づき設置されている機関ではないが、設立当時から、会長、5人の副会長及び専務理事で構成され、総会、理事会等の定款上の会議や経営委員会の開催前に、それぞれ審議すべき議題、議事内容等について事務局の案を検討するために開催されるほか、理事会等は適宜開催することが困難なことから、料金問題等の機動的に対応する必要のある事項や、日常の業務のうち事務局のみで判断し難い事項、具体的には会議の日程、税制問題に関する対応、被審人の各種委員会の委員長人事、海外視察団の派遣先等について、審議・決定するために開催されている。
幹部会で了承された事項は、事後に、総会、理事会等で事業報告の一部として承認されることとなるが、幹部会で了承されれば、事務局はこれに従って事業を進めており、実質的には理事会の承認と同様の意味を持つものとして扱われている。
(査第6、第9、第11、第84ないし第94号証)
以上のことからも、幹部会が被審人における事実上の意思決定機関であることは十分認められる。
(二) 以上に付加するに、前記第一記載の届出保管料の引上げ決定に至るまでの経緯及びその後の状況をみると、幹部会の右決定は、総会及び常任理事会の事前の承認を踏まえてのものであり、かつ、平成4年9月29日の第17回常任理事会及び同年11月5日の第71回理事会に、事後的にせよ、事業報告の一環として報告され、承認を受けているものである(査第16、第39号証)。
よって、被審人の主張は理由がない。
2 被審人の決定の構成事業者に対する拘束・制限の有無について
(一) 被審人は、会員事業者が遵守すべき決定として、会員事業者の事業活動を拘束・制限するような決定をしたことはない旨主張するが、以下の点からみて、各会員事業者による届出が、個々の会員事業者の全くの自由意思に委ねられたものとは到底言い難く、周知文書中に「強制するものではない」との文言があったとしても(例えば、関東ブロックないし東京地区)、被審人の決定は各会員事業者に対する拘束性ないし統制力を有するものであることは十分に認められるものである。
まず、前記第一、三3認定のとおり、決定の周知の仕方が徹底しており、各ブロック団体、各地区冷蔵倉庫協会を通じて会員事業者に決定の内容を周知する際の資料として、詳細な届出基準及び届出様式(保管料金の新旧対照表、5種類の料率が記載された表、設備能力別届出の幅を記載した表及び冷蔵倉庫保管料率表)を配布又は送付しているが、このことは、会員事業者に対して、被審人の決定に従って届出を行うようにさせていたと評価することができ、右「強制するものではない」との文言は形式だけにすぎず、実際上意味を有しないものといえる。
また、被審人は、平成4年9月1日に第14回経営委員会を開催し、事務局から届出状況の報告を行わせるとともに、届出率が悪い地区の事情について当該地区の経営委員から聴取している。
具体的には、平成4年8月26日付け各ブロックの事務局長に対する届出状況の調査依頼に基づく「保管料金基本料率届出状況(H4・10・20)」によれば、同年10月20日時点における届出状況は、1176名中824名であって、その割合は全体の約70パーセントであるが、未届出者のほとんどは自家用の比率が高く営業用倉庫のウエイトが低いため、又は届出書類の作成が煩雑で事務作業に手間取るため未届出であるとするものである。また、同月30日付け料金変更届の未提出者の会員事業者名とその理由の調査依頼に基づく「保管料金改定未届理由調査結果(H4.11.20)」によれば、届出予定が大半であるとされている。
(査第69号証)
したがって、届出の実施状況からみても、時期の点でも比率の点でも、会員事業者は、被審人からの決定の周知を受けた後、速やかに一斉に行動を起こしているものと認められるから、被審人の本件決定が会員事業者を拘束・制限するものであることは優に認定できる。
なお、被審人は、被審人の決定として周知されていない以上、会員事業者が被審人の決定として認識することはあり得ず、まして、遵守すべきものと認識することはあり得ない旨主張する。
しかし、前記第一、三3認定のとおり、被審人の会議としてブロック事務局長会議が開催され(平成4年7月1日)、ブロック団体の会長等に説明がなされ(同年7月21日第1回記念行事実行委員会)、さらにその後(同月27日)ブロック団体の事務局長あてに「業務連絡(2)」(査第20号証添付のもの)が送付されていることから、本件決定が被審人の決定として周知されていることは明らかである。
(二) さらに、前記第一、三2認定のとおり、本件においては、被審人の決定によって届出料率が5種類に設定され、しかも、会員事業者の届け出るべき料率については、原則として設備能力に応じた区分によることとされている。この意味でも、本来自由に行うことのできる保管料の届出について、会員事業者の事業活動を制限するものであることは明らかである(会員事業者のほとんどがこれに従って届出をしていることも、前記のとおりである。)。
また、届出時期についても、「各社の届出は、チャンピオン会社の届出の約1週間後とすること」(査第20号証添付の「7月21日の記念行事実行委員会において」と書き出しの文書中の記載)とされ、前記のとおり、その後も届出を実行するよう促すために追跡調査が行われていることからみても、被審人は、保管料の届出について、会員事業者の事業活動を制限していたものである。
よって、被審人の主張は理由がない。
3 行政指導について
被審人は、届出制及びその運用実態を主張の前提とした上、本件において被審人が行ったのは、届出料金の改定に向けての資料の収集、運輸省への陳情ないし意向確認と、運輸省の届出受理方針の会員事業者への連絡にすぎず、このような被審人の行為は倉庫業法に規定する変更命令の前段階における行政指導に対する協力行為として許容されるべきものである等主張するが、以下に述べるとおり、いずれも理由がない。
(一) まず、被審人は、独占禁止法第8条第1項第1号の要件該当性に関しては、届出料金と実勢料金のかい離の実態(すなわち届出制の形骸化)を主張しながら、他方で、倉庫業法上の事前届出制及び運輸大臣の変更命令権を根拠に(届出制の遵守を前提に)行政指導に従っている旨主張しており、論旨が必ずしも一貫しない。
(二) また、被審人は、前記第一のとおり、会員事業者の冷蔵倉庫業に関する経営収支の改善を図る目的で、届出保管料の引上げ決定及び会員事業者への周知を行っており、これは、事業者団体としての、主体的かつ組織的な活動というべきであり、単に行政指導に消極的に従うという性質のものではない。
(三) さらに、前記第一、三2認定のとおり、被審人の違反行為は、本来は会員事業者が自由に届出を行うことができるはずの料金の内容について、届出料率を5種類に限定し、しかも、原則として会員事業者の設備能力に応じた区分によることを決定し、これを行わせた行為である。
なお、届出料金をばらつかせてほしい旨の運輸省担当課の課長の要望があったとはいえ、具体的に5種類にすることを考案し、決定したのは被審人である。また、届出料金について、設備能力に応じた区分を設け、各会員事業者を当該区分に割り当てることについては、これが行政指導によるものと認め得る証拠はない。
(四) したがって、本来自由であるべき会員事業者の保管料の決定及び届出について、事業者団体がこれに関与すること自体、届出制の趣旨に反するものというべきである。そして、行政指導の存在をいう被審人の主張は、右のとおりその前提となる事実を欠くから、その余の点を判断するまでもなく、被審人の主張は理由がない。
4 違反行為の消滅について
(一) 被審人は、公正取引委員会の本件審査手続開始後に、会員事業者において自主的な届出をすべきことを決め、これを地区冷蔵倉庫協会等に連絡し、その結果、平成6年7月ころまでに、各地域ごとにほぼ全国の会員事業者の間で自主的な届出を行うことが確認されたので、その時点において違反行為は実質的に消滅している旨、したがって、本件違反行為の終了した平成6年7月から1年を経過した平成7年7月以降は、独占禁止法第8条の2第2項において準用する第7条第2項の規定により排除措置を命ずることはできない(審判開始決定は、排除措置を命ずるためになされるものである。)から、平成7年12月25日になされた本件審判開始決定は違法であって、無効である旨主張する。
しかし、被審人は、本件決定を明瞭に破棄した事実については主張しておらず、会員事業者間の確認書の作成により、違反行為が実質的に消滅したと主張しているので、この点について検討する。
被審人が主張する確認書は、会員事業者が近隣の会員事業者との間で作成したものであり、その内容をみると、平成4年当時会員事業者がそれぞれ自主的に届出をしたことの確認と今後もそれぞれが自主的に届出を行うことの確認であって、要するに、被審人による届出料金の決定・周知とこれに基づく届出行為は存在しない、あるいは違法ではない、という認識に基づくものである。したがって、被審人の違反行為ないしそれに基づく実施行為を否認するものにすぎず、決定の破棄に準ずるものとはいえないから、これらの確認書の作成をもって、違反行為が実質的に消滅したものと認めることはできない。
もっとも、会員事業者間の確認行為ではあっても、確認行為に至る経緯をみると、実質的には被審人の指示によるものであり、また、確認書に署名している会員事業者数等の実施状況をみると、設備能力比で8割以上の会員事業者が署名していること(審第24、第90号証、第91号証の1ないし97)、さらに、前記のとおり、今後それぞれが自主的に届出を行うことという文言があることを考慮すると、右確認行為は、決定の破棄に準ずるものとはいえないが、被審人の決定の拘束・制限性を弱めるものということができる。
(二) 他方、平成7年4月、倉庫業法施行規則が改正された結果、倉庫料金の届出に関して、同年10月から運輸省の届出受理に関する方針が変更され、運輸省が公示した一定の幅の範囲内の届出であれば、届出に当たり原価計算書等の添付資料を要しないという、簡易な届出が可能となり、しかも、従来のように30日後ではなく、届出の翌日から実施できる(すなわち、その幅の範囲内の届出であれば変更命令権の対象としない)ということになり、これを受けて各地方運輸局から一定の幅をもった具体的な料金が公示され、これが新聞報道等を通じて公知の事実となっている(審第20号証、第96号証の2、3)。
この事実に照らすと、会員事業者は、運輸省が公示した一定の幅の範囲内であれば、自由に料率を選択して届出を行うことができるという点で、届出制の運用において従来よりは会員事業者の料金決定の自由度が増加したものということができ、それに伴って、前記一3(一)に述べたような、本件以前において事業者団体である被審人が有していた影響力も弱まったものと推認することができる。
(三) このようにみてくると、以上の(一)の事実に加えて(二)の事実があいまって、被審人による届出料金の引上げ決定は、会員事業者に対する拘束・制限性が失われ、本件違反行為が事実上消滅したものと評価することができる。
なお、被審人は、審判開始決定の違法、無効を主張するが、右のとおり、本件違反行為が事実上消滅したのは、平成7年12月25日になされた本件審判開始決定の数か月前のことである。したがって、違反行為の終了から1年以上を経過しているとの被審人の主張は、その前提を欠くことになるから、理由がない。
(四) 平成6年7月ころの会員事業者の認識は、前記確認書にみられるように、会員事業者がそれぞれ自主的に届出をしたことの確認と今後もそれぞれが自主的に届出を行うことの確認であって、要するに、被審人による届出料金の決定・周知とこれに基づく届出行為は存在しない、あるいは違法ではない、というものであり、被審人及び各会員事業者において、本件行為が独占禁止法に違反するという認識に欠けていることを示している。
また、前記のとおり、運輸省の届出受理方針が変わったことにより、被審人の決定の拘束・制限性が失われ、本件違反行為が審判開始決定前に事実上消滅し、既往の行為となったとはいえ、その後、本件審判中に会員事業者が自主的に決定した保管料を届け出た旨の具体的事実の主張・立証がないことをも併せ考えると、会員事業者に独占禁止法上の違法性に関する認識を自覚させるとともに、被審人による将来の同様の違反行為の再発を防止するために、特に排除措置を命じる必要があるものと認められる。
第六 法令の適用
前記事実によれば、被審人は、独占禁止法第2条第2項に規定する事業者団体に該当するところ、会員事業者が運輸大臣に届け出る保管料を決定し、これに基づいて会員事業者に届出を行わせることにより構成事業者の機能又は活動を不当に制限していたものであって、これは、同法第8条第1項第4号の規定に違反するものである。
よって、被審人に対し、独占禁止法第54条第2項の規定により、主文のとおり審決することが相当であると判断する。
平成12年3月30日
公正取引委員会事務総局
審判官 芝田 俊文
審判官 栗田 誠
審判官 中出 孝典
三(社)日本冷蔵倉庫協会に対する件(関係法案8条1項1号)
平成7年(判)第4号
審判開始決定書
東京都中央区銀座2丁目10番18号
社団法人日本冷蔵倉庫協会
右代表者 会長 金田 幸三
公正取引委員会は、右の者に対する私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)違反被疑事件につき、審判手続を開始する。
第一 事実
一1 社団法人目本冷蔵倉庫協会(以下「冷蔵倉庫協会」という。)は、肩書地に事務所を置き、全国38の地区ごとに所在
する地区冷蔵倉庫協会を正会員、これを構成する冷蔵倉庫業者(以下「会員事業者」という。)を賛助会員とし、冷蔵倉庫業の健全なる発達を図り、もって公共の福祉に寄与することを目的として、昭和48年10月4目に設立された社団法人であり、会員数は、平成7年1月1日現在、正会員38名及び賛助会員1,212名である。
会員事業者の営業用冷蔵倉庫の設備能力の合計は、我が国の営業用冷蔵倉庫の設備能力のほとんどすべてを占めている。
2 冷蔵倉庫協会は、定款上の意思決定機関として総会及び理事会を置いているほか、必要に応じ、会長、副会長及び専
務理事で構成される幹部会を開催し、同協会の事業活動について審議・決定している。
3 冷蔵倉庫業者は、倉庫業法第6条第1項の規定により、冷蔵倉庫保管料(以下「保管料」という。)、冷蔵倉庫荷役料
その他の営業に関する料金を定め、又は変更しようとするときは、その実施前に、運輸大臣に届け出なければならないこととされている。
4 保管料の算出方法には一般の基本料率を基礎とするものと容積建の基本料率を基礎とするものとがあり、いずれの算出方法においても、保管料は、基本料率に数量及び期問を乗じ、これに、小口物品、かさ高物品等を保管する場合にあっては一定の率による割増料を加え、寄託物品の名義変更等を行う場合にあってはその手数料を加えて、定められている。
冷蔵倉庫業者は、右基本料率として、冷蔵倉庫の保管温度が零下20度以下のF級室及び10度以下零下20度未満のC級室の別に、一般の基本料率による場合の重量及び容積別の料率並びに容積建の基本料率による場合の料率を定めており、F級室の重量に係る料率が定まれば、これを基準としてその他の料率も定まる関係にある。
なお、冷蔵倉庫業者は、保管料の前記届出を行うに当たっては、右基本料率によりこれを行っている。
二1 冷蔵倉庫協会は、会員事業者の冷蔵倉庫業に関する経営収支の改善を図るため、かねてから、会員事業者の保管料の引上げについて検討してきたところ、平成4年4月23日、静岡県熱海市所在の「ホテル大野屋」で開催した幹部会において、会員事業者の保管料を引き上げるため、F級室の重量に係る基本料率を、会員事業者が運輸大臣に届け出ていた料率から約8.8パーセント引き上げ、26円60銭とすることを決定した。
2 次いで、冷蔵倉庫協会は、運輸省の担当官から保管料について多様化を図ることが望ましい旨の意向が示されたことから、平成4年6月9日、肩書地所在の同協会会議室で開催した幹部会において、会員事業老の基本料率を、会員事業者が運輸大臣に届け出ていた料率から約8.8パーセント引き上げることを基準とした別紙1記載の五種類の料率とするよう、前記決定内容を修正することを決定した。
3 さらに、冷蔵倉庫協会は、平成4年7月15日、前記同協会会議室で開催した幹部会において
(一)会員事業者に、別紙二記載の設備能力による区分に応じ、原則として当該区分に対応する引上げ率を基に算出した別紙一記載の料率による保管料の変更の届出を行わせること
(二) 最初に変更の届出を行わせるべき会員事業者として特定の会員事業者を指名し、その届け出るべき基本料率を当該事業者が運輸大臣に届け出ていた料率から約8.8パーセント引き上げた料率とすること及びその届け出るべき期日を同月三一日とすること
(三) 右(二)以外の会員事業者の届け出るべき期日を、右(二)の期日から一週間を経過した日以降とすることを決定した。
4 冷蔵倉庫協会は、平成4年8月以降、地区冷蔵倉庫協会に説明会を開催させ、文書を送付させるなどの方法により、前記決定内容を会員事業者に周知した。
三 会員事業者は、前記二の決定に基づき、平成4年7月31日以降、おおむね、保管料を変更することとし、その旨を運輸大臣に届け出て、保管料を引き上げている。この場合において、実際の取引において収受していた保管料が運輸大臣に届け出ていた保管料と異なるときは、当該引上げ率又はこれに相当する引上げ額を目途に実際の取引において収受する保管料を引き上げている。
第二 法令の適用
前記事実によれば、冷蔵倉庫協会は、独占禁止法第2条第2項に規定する事業者団体に該当するところ、同協会は、会員事業者の保管料の引上げを決定することにより、我が国の冷蔵倉庫における保管業務の取引分野における競争を実質的に制限しているものであって、これは、同法第8条第1項第1号の規定に違反するものである。
平成7年12月25日
公正取引委員会
委員長 小粥 正巳
委員 植木 邦之
委員 佐藤勲平
委員 植松 敏
委員 柴田 章平
※別紙1及び2は省略。