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独禁法3条
最高裁判所
平成16年(行ヒ)第208号
平成19年4月19日
東京都千代田区霞が関1丁目1番1号
上告人公正取引委員会
同代表者委員長 竹島一彦
同指定代理人 大胡勝
同 冨本美知子
同 萩原浩太
同 高原慎一
同 菅野光
同 杉浦總一郎
東京都港区芝浦1丁目1番1号
被上告人株式会社東芝
同代表者代表執行役 西田厚聰
東京都港区芝5丁目7番1号
被上告人日本電気株式会社
同代表者代表取締役 矢野薫
上記両名訴訟代理人弁護士 西迪雄
同 柴田保幸
同 向井千杉
同 富田美栄子
平成16年(行ヒ)第208号審決取消請求事件
判決
上記当事者間の東京高等裁判所平成15年(行ケ)第335号審決取消請求事件について,同裁判所が平成16年4月23日に言い渡した判決に対し,上告人から上告があった。よって,当裁判所は,次のとおり判決する。
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人坂本佳胤ほかの上告受理申立て理由第3の1について
1 本件は,上告人が,公正取引委員会平成10年(判)第28号私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反事件において,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(平成17年法律第35号による改正前のもの。以下「独禁法」という。)の不当な取引制限の禁止の規定に違反する行為が既になくなっているものの,特に必要があると認めて,同法54条2項の規定により,被上告人らに対してした排除確保措置を命ずる審決(以下「本件審決」という。)について,被上告人らが,上告人に対し,その取消しを求めた事案である。
2 原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 独禁法7条2項,54条2項によれば,公正取引委員会は,審判手続を経た後,同法3条の不当な取引制限の禁止の規定に違反する行為が既になくなっていると認める場合において,特に必要があると認めるときは,審決をもって,被審人に対し,当該行為が既になくなっている旨の周知措置その他当該行為が排除されたことを確保するために必要な措置を命じなければならないとされている。そして,同法57条1項は,審決書には,公正取引委員会の認定した事実及びこれに対する法令の適用を示さなければならない旨定めている。
(2) 被上告人らは,平成7年から同9年までの間,我が国において,郵便物自動選別取りそろえ押印機,郵便物あて名自動読取区分機等の郵便番号自動読取区分機類(以下「区分機類」という。)のほとんどすべてを製造販売していた。
上告人は,被上告人らは,郵政省が平成7年4月1目から同9年12月10目までの間に一般競争入札の方法により発注する区分機類について,おおむね半分ずつを安定的に受注するため,入札執行前に郵政省の調達事務担当官等(以下「担当官等」という。)から情報の提示を受けた者を受注予定者とし,受注予定者のみが入札に参加することにより,受注予定者が受注することができるようにする旨の意思の連絡の下に,受注予定者を決定し,受注予定者が受注することができるようにすることにより,公共の利益に反して,上記区分機類の取引分野における競争を実質的に制限していたものであって,これは独禁法2条6項所定の不当な取引制限に該当し,同法3条の規定に違反するとして,審判手続を開始した。
被上告人らは,上記審判手続において,郵政省が一般競争入札の方法により発注する区分機類については,一般競争入札の形式が採られていたとはいえ,郵政省が事前に受注者を決めて内示し,被上告人らはその内示に従って受注していたにすぎないのであって,被上告人らの間には,競争関係が存在せず,受注調整と目されるような意思の連絡もなかったから,違反行為は成立しないと主張した。
(3) 上告人は,被上告人らは,遅くとも平成7年7月3目以降,担当官等からの情報の提示を前提に,共同して,郵攻省が一般競争入札の方法により発注する区分機類について,受注予定者を決定し,受注予定者が受注することができるようにすることにより,公共の利益に反して,上記区分機類の取引分野における競争を実質的に制限していたが,同9年12月10目以降,上記行為を取りやめていることが認められるとして,独禁法54条2項の規定により,被上告人らに対し,同15年6月27日付けで,上記区分機類について受注予定者を決定し受注予定者が受注することができるようにしていた行為を取りやめていることを確認すること及びそのために採った措置を速やかに上告人に報告することを命ずる本件審決をした。
本件審決の審決書(以下「本件審決書」という。)の記載の要旨は,次のとおりである。
ア 区分機類の取引に係る競争について
郵政省が一般競争入札の方法により発注する区分機類については,被上告人らを供給者とする一定の取引分野を構成する競争関係を認めることができる。担当官等からの情報の提示等の一連の行為は,区分機類の発注を特定の者に約束するものではないし,担当官等が情報の提示を受けない者は入札に参加しないよう指示したことはない。また,これらの一連の行為は,被上告人らにとっても区分機類の受注を確保し生産の平準化に役立つという利点があり,被上告人らは,これらの一連の行為を主体的に受け入れてきた面がある。上記区分機類について,被上告人らの間には競争が行われる余地があったものというべきである。
イ 被上告人らの間の意思の連絡について
区分機類の市場は,被上告人らの複占市場であり,参入障壁が高く,また,担当官等から被上告人らに対する情報の提示が行われていたのであって,被上告人らの意思の連絡が比較的容易な市場環境にあった。被上告人らは,区分機類が指名競争入札の方法により発注されていた当時,担当官等から情報の提示を受けた者のみが入札に参加し,情報の提示を受けなかった者は入札を辞退するという行為を長年行っており,郵政省が指名競争入札の方法により発注する区分機類の総発注額のおおむね半分ずつを安定的に受注していた。被上告人らは,平成6年4月15日の会合で担当官等から平成7年度以降は区分機類を一般競争入札の方法により発注する見通しであるという説明を受けたため,一般競争入札の導入に反対し,情報の提示の継続を要請するなどし,同7年1月26目の会合で担当官等が入札実施前に情報の提示を行う旨の発言をしたことにより,情報の提示が継続されることをそれぞれ認識していた。そして,被上告人らは,同年7月3目の一般競争入札以降,自社に情報の提示のあった物件の入札には参加し,情報の提示のなかった物件の入札には参加しないという,不自然に一致した行動を採り,その結果,郵政省が一般競争入札の方法により発注する区分機類の総発注額のおおむね半分ずつを受注した。同9年12月10日に上告人が立入検査を行い,その後,郵政省が情報の提示を行わなくなるなど発注手順を変更し,また,同10年2月27目の入札から株式会社日立製作所(以下「日立製作所」という。)が新規参入するなどして,競争状態が回復した。
以上の事実によれば,被上告人らの間においては,郵政省が一般競争入札の方法により発注する区分機類について,担当官等から情報の提示のあった者のみが入札に参加し受注することができるようにする旨の意思の連絡が形成されていたものと推認することができる。
ウ 違反行為の終了等
上告人が平成9年12月10目に審査を開始したところ,担当官等が情報の提示を行わなくなったこと等により,被上告人らは,同日以降,前記意思の連絡に基づいて受注予定者を決定し受注予定者が受注することができるようにする行為を取りやめている。そして,同11年3月19目の一般競争入札からは,被上告人ら及び日立製作所の3社あるいは被上告人ら2社の競札となった。
工 法令の適用
以上の事実によれば,被上告人らは,共同して,郵政省が一般競争入札の方法により発注する区分機類について,受注予定者を決定し,受注予定者が受注することができるようにすることにより,公共の利益に反して,上記区分機類の取引分野における競争を実質的に制限していたものであって,この行為は独禁法2条6項所定の不当な取引制限に該当し,同法3条の規定に違反するものである(以下,上記行為を「本件違反行為」という。)。
よって,被上告人らに対し,独禁法54条2項の規定により,本件審決をするのが相当である。
3 原審は,前記事実関係等の下において,次のとおり判断して,本件審決を取り消した。
本件審決書において独禁法54条2項所定の「特に必要があると認めるとき」の要件に関し同法57条1項の規定の要求する記載がされているかどうかについて検討するに,同法54条2項にいう「特に必要があると認めるとき」とは,審決の時点では既に違反行為がなくなっているが,当該違反行為が将来繰り返されるおそれがある場合や,当該違反行為の結果が残存しており競争秩序の回復が不十分である場合などをいうものと解されるところ,本件審決書は,法令の適用として排除措置の根拠規定である上記規定を記載するのみで,その適用の基礎となった事実,すなわち「特に必要があると認めるとき」の要件の認定判断については,何ら明示的に記載するところがない。
もっとも,審決書の記載全体から判断して独禁法54条2項の適用の基礎となった事実を当然に知り得るような場合には,同法57条1項の規定が要求する審決書の記載要件を具備しているものということができるのであるが,本件違反行為は,担当官等からの情報の提示を前提とするものであり,それがなければ成立し得ないものであるところ,本件審決書においては,担当官等は情報の提示を行わなくなったと認定されているのであるから,なお情報の提示が行われるおそれがあるというのであればともかく,そうでない以上,本件違反行為と同様の行為が将来繰り返されるおそれはないといわざるを得ない。そして,担当官等から本件違反行為におけるような情報の提示が今後も行われるおそれがあることについては,何ら認定されていない。また,本件審決書においては,平成10年2月27目の入札から日立製作所が新規参入し競争環境が相当変化したことなどが認定されているのであって,上告人の認定事実から本件違反行為の結果が残存し競争秩序の回復が十分でないという点が当然に認められるということはできない。
さらに,本件審決書において認定されている事実関係があるとしても,今後担当官等からの情報の提示が行われなくなった場合に,なお被上告人らが区分機類の一般競争入札について受注調整を行うおそれが存在するものとは認め難いといわなければならない。
そうすると,本件審決書の記載から独禁法54条2項の適用の基礎となった事実を当然に知り得るものということはできないのみならず,上告人の認定事実から同項所定の「特に必要があると認めるとき」の要件を認めることもできないといわざるを得ないから,本件審決は,同法57条1項及び同法54条2項の規定に違反する。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
独禁法57条1項は,審決書には,公正取引委員会の認定した事実及びこれに対する法令の適用を示さなければならない旨定めている。本件審決は,同法3条の不当な取引制限の禁止の規定に違反する行為が既になくなっているものの,特に必要があると認めて,同法54条2項の規定によりされたものであるから,本件審決書には,同項所定の「特に必要があると認めるとき」の要件に該当する旨の判断の基礎となった上告人の認定事実を示さなければならないところ,それが明確に特定しては示されていない。
しかし,本件違反行為は,被上告人らにおいて,共同して,受注予定者を決定し,受注予定者が受注することができるようにしていた行為であって,担当官等からの情報の提示は受注予定者を決定するための手段にすぎない。担当官等からの情報の提示がなくとも,被上告人らにおいて,他の手段をもって,共同して,受注予定者を決定し,受注予定者が受注することができるようにすることにより,郵政省が一般競争入札の方法により発注する区分機類の取引分野における競争を実質的に制限することが可能であることは明らかである。そして,このような見地から本件審決書の記載を全体としてみれば,上告人は,①被上告人らが,担当官等からの情報の提示を主体的に受け入れ,区分機類が指名競争入札の方法により発注されていた当時から本件違反行為と同様の行為を長年にわたり恒常的に行ってきたこと,②被上告人らは,一般競争入札の導入に反対し,情報の提示の継続を要請したこと,③被上告人らは平成9年12月10目以降本件違反行為を取りやめているが,これは被上告人らの自発的な意思に基づくものではなく,上告人が本件について審査を開始し担当官等が情報の提示を行わなくなったという外部的な要因によるものにすぎないこと,④区分機類の市場は被上告人らと日立製作所との3社による寡占状態にあり,一般的にみて違反行為を行いやすい状況にあること,⑤被上告人らは,審判手続において,受注調整はなかったとして違反行為の成立を争っていることという認定事実を基礎として「特に必要があると認めるとき」の要件に該当する旨判断したものであることを知り得るのであって,本件審決書には,独禁法54条2項所定の「特に必要があると認めるとき」の要件に該当する旨の判断の基礎となった上告人の認定事実が示されているということができるのである。本件審決書には,担当官等が情報の提示を行わなくなったこと及び平成10年2月27目の入札から日立製作所が新規参入し競争環境が相当変化したことという上告人の認定事実が示されているが,これらの事実が示されているからといって,「特に必要があると認めるとき」の要件に該当する旨の判断の基礎となった上告人の認定事実が示されているということの妨げとなるものではない。
また,「特に必要があると認めるとき」の要件に該当するか否かの判断については,我が国における独禁法の運用機関として競争政策について専門的な知見を有する上告人の専門的な裁量が認められるものというべきであるが,上記説示したところによれば,「特に必要があると認めるとき」の要件に該当する旨の上告人の判断について,合理性を欠くものであるということはできず,上告人の裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものということはできない。
そうすると,本件審決は,独禁法57条1項の規定に違反するものでないし,同法54条2項の規定に違反するものでもないというべきである。
5 以上によれば,本件審決は独禁法57条1項及び同法54条2項の規定に違反するものであるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,その余の点について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。そして,本件違反行為等の本件審決の基礎となった事実を立証する実質的な証拠の有無の点について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
平成19年4月19日
最高裁判所第一小法廷
裁判長裁判官 甲斐中辰夫
裁判官 横尾和子
裁判官 泉徳治
裁判官 才口千晴
裁判官 涌井紀夫