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独禁法3条後段
東京高等裁判所
平成6年(行ケ)第144号
言渡平成7年9月25日交付平成7年9月25日裁判所書記官
東京都港区新橋3丁目3番9号
原告 東芝ケミカル株式会社
右代表者代表取締役 箭吹 一誠
右訴訟代理人 弁護士 西 迪雄
同 向井 千杉
同 富田 美栄子
東京都千代田区霞が関1丁目1番1号
被告 公正取引委員会
右代表者委員長 小粥 正巳
右指定代理人 中原 亮一
同 山上 秀明
同 宮崎 紀男
同 橋本 寿恵光
同 伊藤 敏治
同 山木 康孝
東京高等裁判所平成6年(行ケ)第144号 審決取消請求事件
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 (主位的請求)
被告が、原告に対する公正取引委員会平成元年(判)第1号私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反事件につき、平成6年5月26日付けでした審決(以下「本件審決」という。)を取り消す。
2 (予備的請求)
本件を公正取引委員会に差し戻す。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨。
第二 事案の概要
一 原告の主位的請求は、本件審決につき、原告に直接陳述の機会を与えなかった点及び同一事案について平成4年9月16日にされた審決(以下「旧審決」という。)に関与した委員が本件審決にも関与した点において私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「本法」又は「法」という。)82条2号に該当する事由があり、実質的証拠を欠くにもかかわらず、原告が同業他社との間で意思の連絡をとり、共同して商品の価格の引上げを決定したとの事実を認定した点において同条1号に該当する事由があるとして、本件審決の取消しを求めるものであり、予備的請求は、本訴訟において原告のした文書提出命令の申立て及び証人尋問の申請につき法81条1項1、2号に該当する事由があるとして、同条3項に基づき事件の差戻しを求めるものである。
二 争いのない事実、被告が本件審決で証拠により認めた事実で、かつ、原告も実質的な証拠の欠缺を主張していない事実及び本件審判事件記録上明らかである事実によると、本件審決に至る経緯は次のとおりである。
1 原告は、紙基材フェノール樹脂銅張積層板の製造販売業を営むものであり、右製品又はこれと同等の製品である紙基材ポリエステル樹脂銅張積層板(以下、両製品を合わせて「本件商品」という。)の製造販売業者を営む日立化成工業株式会社、松下電工株式会社、住友べークライト株式会社、利昌工業株式会社、鐘淵化学工業株式会社、新神戸電機株式会社、三菱瓦斯化学株式会社(以下、各会社を株式会社を省略して表示し、以上の7社を「同業7社」といい、原告を含めて「8社」という。)と共に、熱硬化性樹脂製造業者によって組織されている合成樹脂工業協会に加入しており、その品目別部会の1つであり、各社の担当役員級の者で構成されている積層板部会(以下「部会」という。)に所属している。
2 被告は、8社が昭和62年6月ないし7月に行った本件商品の価格引上げにつき本法に違反する疑いがあるとして、昭和63年5月、審査を開始し、同年6月に立入り検査を行って審査を続け、平成元年6月6日、8社に対し、昭和62年6月10日の臨時部会で本件商品の販売価格の引上げに関する決定を行ったとして、その破棄等の措置勧告を行った。同業7社はこれを応諾したが、原告はこれを応諾しなかった。
そこで、被告は、平成元年8月8日、原告を被審人として本法違反の疑いがあるという理由で審判開始決定(公正取引委員会平成元年(判)第1号本法違反事件。以下、同事件の審判対象となった事案を「本件事案」という。)をし、審判官による審判手続を経て、平成4年5月11日付けの審決案(以下「本件審決案」という。)が作成され、翌日、原告に対し、その謄本が送達された。原告は、同月26日、被告に対し、本件審決案に対する異議申立てをした。被告は、同年7月15日に直接陳述聴取のための期日を開いて、被審人代理人らから陳述を聴取し、同年9月16日、原告に対し、本件商品につき不当な取引制限をした本法違反があるとしてその排除措置を命ずる旨の審決(旧審決)をし、翌日、原告に対し、その審決書謄本を送達した。
3 原告は、平成4年10月16日、東京高等裁判所に対し、旧審決の取消し等を求める行政訴訟(平成4年(行ケ)第208号)を提起したところ、同裁判所は、平成6年2月25日、被告の事務局審査部長として本件事件の審査段階において事件に深く関与した植木邦之が、被告の委員に任命され(以下、同人を「委員植木」という。)、審決に関与したことは、準司法手続としての審判手続において必要不可欠な前提である審判者の公平を確保するという法の基本原則に違反し、旧審決には、法82条2号所定の法令違反があるものと判断し、旧審決を取り消し、事件を被告に差し戻す旨の判決を言い渡した。右判決は、同年3月11日の経過により確定したので、被告は、委員植木が関与しない構成の新規の合議体により改めて本件を審判すべきこととなった。
4 被告は、差戻しにかかる本件について、改めて被審人から直接陳述を聴取する審判期日を開くことをせず、また、旧審決に関与した委員である股野景親(以下同人を「委員股野」という。)を合議体の構成員に加えたままで、平成6年5月26日、別紙審決書(写)のとおり、本件審決案の理由をほぼ全面的に引用する本件審決をし、翌日、原告に対し、その審決書謄本を送達した。
5 本件事案の背景的事実の概要は、次のとおりである。
(一) 部会の下部機関として、各社の部課長級の者で構成されている業務委員会及び海外委員会並びに各社の部課長、支店長、営業所長級の者で構成されている大阪委員会及び名古屋委員会が設置されている。
(二) 本件商品は、主としてテレビジョン、ビデオテープレコーダー等の民生用機器のプリント配線板の基材として使用されており、その販売数量は、右プリント配線板に用いられる銅張積層板の総販売数量の大部分を占めている。昭和62年当時、8社の本件商品の国内向け供給量の合計は、日本における本件商品の総供給量のほとんどすべてを占めており、そのうち、日立化成工業、松下電工、住友べークライト(以下「大手3社」という。)が、約70パーセントのシェアを占め、大手3社の動向がプリント配線板用銅張積層板業界に大きく影響を与える状況にあった。
(三) 昭和60年以降の日本における本件商品の取引価格についての市場動向ないし状況は、次のとおりであった。
(1) 本件商品は、他のプリント配線板用銅張積層板に比べ、量産品で製品差別化の程度が小さいため、製造販売業者間の価格競争が激しく、また、最終需要者である家電製品等のセットメーカーの力が強かった。
(2) 本件商品の販売価格は、輸出価格については、アメリカ合衆国ドル建てであったために昭和60年以降の円高の影響により採算が悪化し、国内需要者向け価格についても、円高により輸出不振に陥っていた家電製品等のセットメーカーがコストダウンを図り、本件商品の加工ユーザーであるエッチングメーカー等に再三値引きの要求を行ったので、昭和61年初めころから下落傾向を続けていた。また、同年秋ころからは、フェノール、銅箔等の積層板の原材料の価格も上昇傾向を示していた。そのため、8社とも本件商品の販売価格の下落防止のみならず引上げを強く必要とする状況にあった。
(四) 原告は、昭和62年当時、東京証券取引所第二部へ株式の上場を申請する予定であったため、経営予算を計画どおり達成し、継続的に収益の確保を図れるようにする必要があった。
(五) 同業7社は、昭和62年初めころから同年6月10日までの間に、定例ないし臨時の部会や業務委員会を開催し、本件商品を含むプリント配線板用銅張積層板の販売価格の下落防止、その引上げ等について情報交換や意見交換を行ってきた。原告の担当者も、そのうちの一部について争いがあるものの、右会合に出席していた。
右の各会合における同業7社の出席者等の言動や取決め等の内容は、本件審決書の引用にかかる本件審決案(右引用に際し一部訂正したものをいう。以下において同じ。)の理由第1項の5(1)ないし(9)及び6に記載されているとおりである。
(六) 8社は、昭和62年6月10日の臨時部会の後に、本件商品の価格引上げの実施のためそれぞれの社内で指示等を行い、需要者らに対しても右価格引上げを通知して、その了承方を要請した。その経緯は本件審決案の理由第1項の7に記載されているとおりである。
6 原告は、本件の審判手続中に、高木幹夫(昭和62年当時の原告の常務取締役営業本部長)及び斎藤征二(昭和62年当時の日立化成工業の電子基材事業部企画管理部長)の本件審査段階における供述調書(以下、高木の供述調書を「本件供述調書」といい、両方を併せて「本件供述調書等」という。)について、次のとおりの申立てをしたが、いずれも審判官によって却下され、右却下決定に対する異議申立ても、被告によって却下された。
(一) 原告は、平成2年4月27日、原告が同業7社との間における価格協定等協調行動を取り得ない旨を言明していたこと及び同業7社が原告の右の意向を了知していたことを明らかにする文書として、原告が価格引上げに関する意思の連絡をとる余地がなかったことを立証するのに必要であり、最良証拠であるとの理由で、本件供述調書等につき文書提出命令の申立てをした(法52条1項、公正取引委員会の審査及び審判に関する規則〔以下「審査・審判規則」という。〕47条1項)。審判官は、同日の第6回審判期日において、対象となっている供述人を参考人として審訊することが可能であり、それによって原告の防御権を行使できるから、現段階では提出命令の必要性がないという理由で、右申立てを却下する旨の決定をした。
原告は、同年5月21日、被告に対し、右文書提出命令の申立て却下決定につき異議の申立てをした(審査・審判規則62条、46条1項)。その理由は、原告には、東京証券取引所二部上場の実現のため、その妨げとなる虞れのある本件商品の価格協定等への関与を疑われないように特に注意し、関係の会合等において機会あるごとにその旨を言明していたという特殊事情があったところ、右の特殊事情の立証は本件供述調書等をもってするのが効果的であるにもかかわらず、審判官は、本件供述調書等が原告の立証活動にとって重要な意味を有することを立証しようとして申請した参考人富田美栄子(被審人代理人弁護土)の尋問も採用せず、対審構造を前提とする審判手続の証拠法則を無視して、右文書提出命令の申立てを違法に却下したというのである。
被告は、同年5月28日、右異議の申立てを却下する旨の決定をした。その理由は、原告の主張する立証趣旨は、本件供述調書等の供述者らが、原告の主張する特殊事情等を知悉しあるいは知悉している可能性があるということであるから、右特殊事情等の存否を立証する効果的な方法は、まず、供述者らを審訊し、その存否、内容等、必要があれば本件審査当時の供述内容を明らかにすることであり、本件供述調書等の提出を審査官に命ずる必要性は認められないというのである。
(二) 原告は、参考人高木幹夫の審訊完了後の平成3年4月30日、本件供述調書につき、再度、文書提出命令の申立てをした。その理由は、原告は、本件の審査段階において、原告の主張する特殊事情の存在につき申述していたが、審査官が、右の特殊事情の審査をことさら回避し、一方的に枝葉末節の事実の審査に終始して、原告にとって重要な事実について弁明の機会を与えないまま審査を終了したことを立証するために本件供述調書が必要であるというのである。
審判官は、同年5月8日の第15回審判期日において、必要性がないとの理由のみで右申立てを却下する旨の決定をした。
3 原告は、本訴訟において、高木幹夫の本件審査段階における供述調書全通につき、本件審判において正当な理由なく採用されなかった証拠であり法81条1項1号に該当することを理由として文書提出命令を申し立て、さらに、右申立てが採用された場合にはその作成状況を明らかにするために必要であり、同条同項2号に該当することを理由として証人(参考人)高木幹夫の尋問を求めた。
第三 争点
一 被告が本件審決をするに当たって、審判期日を開かず、原告に対して、直接陳述の機会を与えなかったことが、法53条の2の2、審査・審判規則72条1項、68条の2、69条に違反し、法82条2号に該当するか。
1 原告の主張
(一) 旧審決が、委員植木の関与により違法とされて取り消され、本件事件が被告に差し戻されたのであるから、旧審決の手続のうち、委員植木が関与した部分は、すべて違法なものとして取り扱うべきであり(行政事件訴訟法33条)、その結果、委員植木の関与した直接陳述の聴取による審理手続や審決は、当然にその効力を失った。したがって、本件にかかる被告の審理手続は、原告が被告に対する直接陳述の申出をした手続段階に戻り、適法な構成による新委員会の主宰の下に改めてその後の法定の手続が取られるべきであった。
(二) 審判官による審判手続が行われた場合に、被審人又はその代理人に対し、委員会の面前での直接陳述の機会を与えるのは、可能な限り間接審理による弊害を除去し、処分権者である委員会が、事件記録等のほか、被審人の行った直接陳述に基づき、審判官の作成した審決案を調査して審決するものとし、被審人の防御権を確保するためであるから、右直接陳述の聴取は、自ら審決をなし得る適法な構成による委員会が行うべきであり、違法な構成の旧委員会により実施された直接陳述によって、被審人の直接陳述にかかる手続上の権利が消滅するものではない。また、審査・審判規則72条2項は、本件事件のように審決手続の違法により事件の差戻しがされた場合についてまで、被告に直接陳述を聴取するか否かの裁量権を認めるものではない。
2 被告の主張
(一) 法53条の2の2の規定による被審人又はその代理人に対する直接陳述の機会の付与は、事件の差戻しがなされた場合であっても、被審人等の申出があったときのみ、これを行えば足りるものであるところ、原告はその申出をしなかった。また、原告の被審人として直接陳述をするという手続上の権利は、平成4年7月15日に実施された直接陳述により満たされたというべきであって、これにより消滅している。
(二) 委員会は、事件の差戻しがあった場合において審判を開く必要がないと認めるときは、直ちに審決をすることができるから(審査・審判規則72条2項)、原告に対して改めて直接陳述の機会を与えず、審決をしても違法とはいえない。
二 本件審決に委員股野が関与したことが、審判者の公平を確保するという準司法手続に関する法の基本原則に違反し、法82条2号に該当するか。
1 原告の主張
本件審決に関与した委員股野は、違法とされた旧審決をした旧委員会の合議体の構成に参加し、既に原告に対し本件被疑事実を肯定した審決をなすべきであるとの立場を明確にしていたのであるから、審決をするに際して排斥すべき予断、偏見を有していた。したがって、委員股野が、新委員会の構成員として、本件審決の合議及び審決の成立に関与したことは、証拠に基づかず、かつ、予断、偏見による事実認定を招く虞れがあるから、法54条の3に違反し、ひいては公正な判断が害される危険を包蔵するものというべきである。また、被告は、本件審決をするに当たって、委員股野を除外しても委員会を構成し得た。委員股野の関与は、刑事訴訟法20条7号により除斥原因とされる前審関与にも比すべき事柄である。
2 被告の主張
委員股野は、本件事件の審査に深く関与した者でもなく、当事者との一定の身分関係や事件の結果と直接関係のある財産的利害を有していた者でもないし、事件について個人的偏見や予断を示す言動もしていないから、同人につき公平さが疑問とされる客観的事由あるいは公平らしい外観が損なわれる事由があるとはいえない。したがって、委員股野が本件審決に関与したことは、審判者の公平を害するとはいえない。
三 原告が同業7社との間で意思の連絡をとり、共同して本件商品の国内需要者渡し価格の引上げを決定したという事実を認定するに足る実質的な証拠が審決資料になく、法82条1号に該当するか否か。
1 原告の主張
(一) 本件審決案の理由第1項のうち、次の認定事実については実質的証拠が欠缺している。
(1) 同項4(一)のうち、「各社単独で値上げをすることが著しく困難な状況にあった」という認定事実。
(2) 同項4(二)のうち、原告に関して、「国内需要者向け価格引上げのためには、国内向けよりも安くなった輸出価格を引き上げることが先決であった」という認定事実。
(3) 同項5の冒頭部分の事実。
(4) 同項5(四)のうち、「日野は被審人を代表して大手3社が値上げを実行すれば被審人も協調していく趣旨の発言をした」という認定事実。
(5) 同項5(五)のうち、4月20日の定例部会において、「値上げすること自体について積極的に反対する意見はなかった」という認定事実。
(6) 同項5(六)のうち、「4月21日の業務委員会において日野が具体的な値上げ方法等の検討に参画した」という認定事実。
(7) 同項5(七)ないし(九)のうち、各会合に出席した原告の関係者が、本件商品の価格引上げに関与する他社との協議につき、「参加したと見なし得るだけの言動をした」という認定事実。
(8) 同項6のうち、原告の関係者が6月10日の臨時部会において本件商品の価格引上げについて、「意見交換を行った」という認定事実。
(9) 同項7(二)の値上げ通知等の認定事実。
(二) 不当な取引制限にかかる「意思の連絡」の存在を肯定し得るためには、少なくとも、複数事業者相互間において他の事業者の行為を認識、認容することが必要とされる。複数事業者の価格引上げ行為が類似した態様のものとなった場合においても、各事業者が互いに他の事業者の価格引上げ行為の内容を単に認識していたにとどまる限りは、これらは相互に関連なく併存するといいうるに過ぎず(法第4章の2の規定する「価格の同調的引上げ」に該当することがあるのみ)、少なくとも、複数事業者間において、共通の了解、あるいは互いに他の事業者の価格引上げ行為を認容する関係、すなわち、相互に他の事業者が協調的行動をとることを期待し、期待されるという関係が存在して、はじめて相互拘束的な合意の形成を推認でき、価格引上げについての「意思の連絡」があったものといい得るものである。
事業者に「他の事業者の行動を予測し、これと歩調をそろえる意思」があれば、「意思の連絡」が存在するというべきではなく、仮に、右の「歩調をそろえる意思」があれば足りると解しても、右意思は複数事業者間に双方的に存在することが必要である。
(三) 本件事案では、本件審決案の理由第3項に認定判断されているような本件商品の協調的価格引上げにかかる「意思の連絡」をした事実を認定するに足る実質的証拠はない。
本件事案では、8社が互いに本件商品の価格引上げに関する行動について認識していたのみであり、これを認容していたこと、特に、原告が、本件商品の価格引上げにかかる同業7社の行為を認容したり、協調的価格引上げに参画する意思を有していたことを合理的に認めるに足る証拠はない。すなわち、8社が、昭和62年6月10日に不当な取引制限にかかる合意を形成し、競争を実質的に制限したことを証明する直接証拠はなく、また、本件審決案の理由第1項はおいて指摘されている間接事実も、証拠のうち、審決の意図する結果に即応する一部の外形的事実をことさらに抽出したものであって、証拠の取捨選択が合理性を欠き、それらから主要事実を推認することも合理性を欠く。むしろ、右の間接事実に加えて、原告が反証として提示した証拠によって認められる次の(四)の諸事情を総合し、合理的経験則に照らしてみれば、本件審決における主要事実の認定には、実質町証拠が欠缺している。また、本件審決案が、随所において、「審判の全趣旨」をも認定の基礎資料とした点は、法54条の3により証拠原因として許容されていないものを証拠資料としたものであり、その認定部分は実質的証拠に基づくものとはいえない。
そして、本件審決の引用する本件審決案の理由第3項のうち、特に次の点については、実質的証拠がない。
(1) 同項1のうち、「昭和62年6月10日の臨時部会において、まず大手3社が同年6月21日以降、逐次本件商品の国内需要者渡し価格を現行価格より1平方メートル当たり300円又は15パーセントを目途に引き上げる旨を決定し、他5社がこれに黙示的に追随することにより相互に意思を疎通し、もって前記内容の協調値上げをする旨の決定をした」という認定事実。
(2) 同項2(二)のうち、「本件は、8社の関係者が挙手する等して明確な決定がなされたわけではなく、大手3社の合意による協調値上げに対し他の5社が黙示的に賛成し、追随するというかたちでなされたため、中川は、自社が値上げするについて新聞発表したことを各社に報告するとともに、念のため他社に対し、本件協調値上げの実施を促す意味で右の発言をしたとも考えられる」という認定事実。
(3)同項2(二)のうち、「高木の前記発言に対し何ら異論ないし非難の声があがらなかったのは、未だ決定がなされなかったためではなく、同業7社は後記のとおり被審人の後記特殊事情を知っており、高木の立場上前記発言もやむを得ないものと同業者として高木の立場に理解を示すとともに、前記認定第1の4、5、6の積層板業界の実情、市場の状況及び従前の被審人の対応からみて、高木の右発言を額面どおり受け取らず、被審人は本件協調値上げに追随してくると考え、あえて異論ないし非難をしなかったとも考えられる」という認定事実。
(四) 右の点の認定は、i.8社において昭和62年6月10日に右の決定なるものが形成されたとはいえない点、ii.原告は、右価格の引上げに関し同業他社との町に意思の連絡がなく、右の決定なるものに参画していないという点、iii.本件商品の流通経路が多様で、製造メーカーが最終需要者であるセットメーカーに対して直接販売する場合と、中間にエッチャーや取引代理店が介在して順次販売される場合があるのに、本件カルテル合意の対象とされている「国内需要者渡し価格」のいう国内需要者の意味、価格の内容を曖昧にしたまま、取引代理店に対する価格改訂の要請をしただけの原告が、同業7社と共に国内需要者渡し価格の引上げについて拘束力のある決定をしたとはいい難いという点で、不合理な証拠の取捨選択によるものといわざるを得ない。
そして、次のような諸事情を勘案すれば、原告が、本件商品の価格引上げの決定に参加したり、協調的行動をとっていたと推認するのは不合理である。
(1) 原告が株式上場を図る時期にあり、また、東芝グループの東芝機械株式会社がココム規制違反事件で問題とされ、原告としては、企業倫理を重視し、株式上場の妨げとなる本法違反行為等の嫌疑を受けないようにしなければならなかったこと。
(2) 原告が、機会をとらえて同業7社に対して、価格引上げにつき協調行動をとる余地がないことを表明していたこと。
(3) 原告は、本件事案について被告の審査が開始された後、同業7社の対策会議には参加しないことを意思表明するなどの対応をとり、被告の措置勧告が出された後には、8社の対応協議の場に出たが、右勧告を応諾しないことを表明したところ、同業7社もこれを容認していたこと。
(4) 原告の本件商品の価格引上げは、その経営の継続性の保持と営業成績の見直しのために原告が独自の市況分析と製品の収支の試算をした結果によるものであり、違法なカルテル行為に参画する動機はあり得なかったこと。
(5) 原告ら関係各社の本件商品の平均販売価格並びに各社ごとの販売金額及び販売数量の動きは、無秩序で(一般的な競争制限的傾向が窺えず、現実にも原告を含む数社において昭和62年11月以降に本件商品の納入量やシェアの減少などが見られること。
2 被告の主張
(一) 本件審決案の理由第1項のうち、原告が実質的証拠の欠缺を主張する各認定事実については、次のとおり実質的証拠があり、これらの証拠を総合すれば、それらの証明は十分である。
(1) 同項4(一)の事実については、査第17号証(新神戸電機の藤木洋の供述調書)、査第37号証(原告の日野誠三の供述調書)、査第41号証(住友べークライトの河野明彦の供述調書)、査第42号証(利昌工業の守谷忠司の供述調書)。
(2) 同項4(二)の事実については、査第38号証(日立化成工業の斎藤征二の供述調書)、査第43号証(利昌工業の中村泰三の供述調書)、第9回審判期日における参考人斎藤征二の陳述。
(3) 同項5の冒頭部分の事実については、次の(4)ないし(7)に掲記した証拠のほか、査第41号証(住友べークライトの河野明彦の供述調書)、査第46号証(「s62 1月28日〔水〕積層板部会」と題する文書)、査第48号証(「3月27日〔金〕積層板部会」と題する文書)、査第49号証(「三月部会」と題する文書)、査第53号証(「TOKYO」という書出しで始まる鐘淵化学工業の横田邦勝の手帳〔1987年〕)、査第55号証(鐘淵化学工業の横田邦勝の供述調書)、査第40号証(住友べークライトの倉内英孝の供述調書)。
(4) 同項5(四)の事実については、査第12号証(利昌工業の根岸傳次の供述調書)、査第56号証(「日中プリント板懇談会〈A〉」と題する文書)、査第57号証(原告の日野誠三の供述調書)。
(5) 同項5(五)の事実については、査第22号証(鐘淵化学工業の田中新弥の供述調書)、査第52号証(住友べークライトの倉内英孝の供述調書)、査第60号証(松下電工の江崎四郎の供述調書)、査第61号証(東京商会の細井健郎の供述調書)、査第71号証(利昌工業の阪本恭三の供述調書)。
(6) 同項5(六)の事実については、査第22号証及び査第72号証(いずれも鐘淵化学工業の田中新弥の供述調書)、査第69号証(日立化成工業の斎藤征二の供述調書)、査第73号証(「4月21日〔火〕積層板業務委員会」と題する文書)、査第76号証(鐘淵化学工業の岸岡滋の供述調書)。
(7) 同項5(七)の事実については、査第71号証(利昌工業の阪本恭三の供述調書)、査第85号証(住友べークライトの倉内英孝の供述調書)、同内の事実については、査第43号証(利昌工業の中村泰三の供述調書)、査第89号証(「昭和62年5月21日合協、委員会、小委員会報告」と題する書面)、同(九)の事実については、査第163号証(日立化成工業の斎藤征二の供述調書)、第14回審判期日における参考人高木幹夫の陳述。
(8) 同項6の事実については、査第22号証(鐘淵化学工業の田中新弥の供述調書)、査第37号証及び査第57号証(いずれも原告の日野誠三の供述調書)、査第38号証、査第39号証及び査第91号証(いずれも日立化成工業の斎藤征二の供述調書)、査第90号証(「Pアップ方針決定の件」と題する文書)、査第94号証(松下電工の江崎四郎の供述調書)、査第96号証(新神戸電機の藤木洋の供述調書)。
(9) 同項7(二)の事実については、査第3号証(原告の久保田進の供述調書)、査第57号証(原告の日野誠三の供述調書)、査第99号証(「営業週報〔紙基材・硝子基材・FPC・マルチ〕s62年6月22日〜s62年6月27日」と題する書面)、査第102号証(「62年1月9日東ケミ石橋氏吉田氏」という書出しで始まる原告の野原規義の手帳)、査第103号証(原告の野原規義の供述調書)、査第105号証(原告の安田敏夫の供述調書)、査第111号証(「価格改訂のお願い」と題する文書)。
(二) 複数事業者が共同して対価を引き上げたと認められるためには、「意思の連絡」が必要であるが、黙示のもので足り、事業者間に相互に拘束しあうことの合意の成立は必要でなく、相互に同内容又は同種の行為をするであろうことの認識があれば足り、他の事業者の行為を利用する意思までは必要ない。事業者が他の事業者の行動を予測し、これと歩調をそろえる意思で同一行動に出たような場合には、これらの事業者の間に意思の連絡があるものと認めるべきである。
(三) 本件事案においては、原告は、本件商品につき、同業7社の価格引上げの合意やそれに基づく価格引上げ行動を知っており、これに歩調をそろえて追随する意思で価格引上げ行為をしたものであり、同業7社も原告の追随を予想していたものであるから、意思の連絡があったと認定するに十分である。また、本件事案のような協調的価格引上げの場合、価格引上げが実施できるかどうかは取引先との力関係次第で決まるから、必ずしも決定どおりの価格引上げが行われるとは限らないが、決定の実現に向けた事後の行動の一致があれば、共同行為があったと認めるべきである。
(四) 本件審決案の理由第3項のうち、原告が実質的証拠の欠缺を主張する認定事実については、右(一)や本件審決案の理由第3項中に掲げたような実質的証拠があり、右の証拠をはじめとする本件全証拠及び審判の全趣旨(本法の審判手続においては、刑事訴訟手続とは異なり、証拠能力の限定や補強証拠法則による証明上の制約がなく、法54条の3が、民事訴訟法185条と同じ思想に基づいて、審判の全趣旨を証拠原因として許容していることは明らかである。)に基づいて合理的に判断すれば、i.8社が事前の連絡交渉を行っていたこと、ii.その連絡交渉の内容が本件商品の価格引上げについての意見交換、情報交換であったこと、iii.その結果としての需要者に対する販売価格引上げに向けての行動という行為の一致が認められる。右のような基本的要素が認定できれば、本件の本件商品価格の協調的価格引上げにつき「意思の連絡」による共同行為の存在したことの立証ができたものというべきである。したがって、8社が本件商品の価格引上げについて情報や意見の交換をして、同業7社が協調的価格引上げ決定をし、原告も同業7社と意思の連絡をとって、各流通経路に従い、最終需要者であるセットメーカーを含めた直接の取引相手である国内需要者に対する販売価格の引上げの決定に参画していたものと認定することができ、その証拠の取捨や推論に経験則に反するところはない。
四 原告が平成3年4月30日付けでした本件供述調書の文書提出命令申立てを被告の審判官が正当な理由がないのに却下したか否か。
1 原告の主張
審判手続においては、当事者が取調べを請求した証拠は、当該事件に関連しており、かつ、明白な違法ないし不当性が認められない限り、原則として採用されるべきである。原告は、原告には同業7社とは異なる特殊事情があり、したがって、本件の協調的価格引上げ決定に参画しなかった事実を立証するために、前記第二項の「事案の概要」二の6に記載されたとおりの経緯で、平成3年4月30日本件供述調書につき再度の文書提出命令の申立てをした。本件供述調書は、本件審査手続開始時に最も近接した時期に審査官による入念な取調べの下に作成された証拠として、参考人高木幹夫の審判期日における陳述の信用性を補強するために重要な証拠価値を有する。審判官が右申立てを、単に「必要性がない」という理由で却下したのは、正当な理由がなく、かつ、理由を付さずに却下した違法がある。
2 被告の主張
原告が立証しようとした特殊事情の立証のためには高木幹夫の参考人としての直接陳述が効果的な方法であり、同人の本件審査段階での供述内容は、被審人代理人が自ら高木幹夫に面談して確認し得ることであり、文書提出命令による取調べの必要はなかった。平成3年4月30日の再度の文書提出命令の申立ては、既に参考人高木幹夫が審訊において被審人の主張する特殊事情について詳細に陳述した後であって、その必要性がないことが明らかであり、しかも、被審人の申立ての理由とした立証趣旨は当初の申立てのそれと異なり、審査官の審査の当否となったから、必要性がより乏しかった。右の再度の申立てを却下した理由は、従前の本件供述調書の提出をめぐる経緯から明らかであり、本件の場合は「必要性がない」という説示だけでも違法とまでいえない。
第四 争点に対する判断
一 争点一(本件の差戻し後に原告に対して直接陳述の機会を与えなかったことと本件審決の適否)について
1 東京高等裁判所が先に旧審決を取り消して事件を被告に差し戻した理由は、委員植木が旧審決に関与したことが準司法手続としての公正取引委員会の審判手続における公正確保という法の基本原則に反し、違法であるというにある。したがって、行政事件訴訟法33条、ことに同条3項の規定に照らし、差し戻された行政庁である被告は、判決理由に示されたところに従い、委員植木が関与して行われた手続が違法であることを前提として、原告の直接陳述の聴取のために開かれた平成4年7月15日の審判期日の手続も含めた審判手続をやり直さなければならないこととなる理である。
2 審査・審判規則72条2項は、委員会が法83条による事件の差戻しがあった場合において審判を開く必要がないと認めるときは、直ちに審決をすることができる旨を定めているが、審判手続自体が違法であるという理由によって審決が取り消され、差し戻された場合にまで右規定の適用があるとの解釈は背理というほかない。本件のような差戻しの事案において、右規定の適用の余地がないことは、行政事件訴訟法33条の規定の趣旨に照らしても当然というべきであって、この点に関する被告の主張は採用することができない。原告に対して改めて法53条の2の2、審査・審判規則68条の3による直接陳述の機会を与える審判期日を開かないでなされた本件審決は、その手続の過程に瑕疵があるといわなければならない。しかしながら、このことから直ちに本件審判の手続が違法であるとして本件審決を取り消すべきかどうかは、なお検討を要すると思われる。
被審人又はその代理人の申出がある場合に、それらの者に直接公正取引委員会に対する陳述の機会を与えなければならないものとする法53条の2の2の規定の趣旨を考えてみると、被審人が公正取引委員会を構成する委員長及び各委員に直接その主張したいところを伝える機会を設けることによって、委員長及び各委員の直接の理解を得る機会を保障し、審判官による審判手続の場合においても、公正取引委員会の委員長及び委員の合議体が審判手続を行うことを原則とする法の建前に近づこうとしたもの、すなわち、裁判所による民事訴訟手続でいわれる直接審理主義の原則と同様の原理を取り入れることが、被審人の防御の機会を保障し、その権利の保護に万全を期するために望ましいとの配慮に基づくものと解される。もっとも、公正取引委員会による審判事件の審理手続自体が、裁判所における民事訴訟の手続、つまり、口頭弁論を不可欠の要件とする手続とは基本的に趣を異にしており、もともと間接審理を許していること及び審判手続中に合議体構成員の交替があっても、民事訴訟の場合に不可欠とされる弁論の更新に当たる手続が予定されていないことも考慮に入れる必要があり、法53条の2の2の規定がいわゆる直接審理主義の要請に応えることを目指すものであるとはいえ、これに違反することが常にその審判手続に基づく審決を違法ならしめるほどの強い規範的要請に支えられているものとまでいうのは相当ではない。したがって、この手続を経ていない瑕疵があるからといって直ちに審決が違法であるとすることはできず、その瑕疵が被審人の権利の保護ないし審判における被審人の防御権の行使に実質的な影響があったかどうかについて判断したうえで、これが肯認される場合にはじめて審決が右手続上の瑕疵により違法とされるべきものと解するのが相当である。
右に判示したところに従って本件審決に至る経緯を検討してみるに、本件審判事件記録によれば、差戻し前に行われた被審人の直接陳述のための審判期日において、委員会は、原告から直接陳述を聴取して、その内容を速記録としてとどめていることが認められ(なお、本件審判事件記録上、本件旧審決前の直接陳述の際、公正取引委員会が陳述の規制等を行った形跡はない。)、本件審判に関与した委員も、右直接陳述中の原告の主張があることを前提として審判における判断をしたと推認して差し支えなく(本件審決書の前文にもこの趣旨が表明されている。)、原告の権利の保護ないし審判における原告の防御権の行使に実質的な支障があったとは認め難いところである。本訴訟において原告の主張するところが差戻し前の審判における主張と同旨のものであることも、差戻し後の審判手続において直接陳述の機会がなかったことが原告の権利の保護等に実質的な影響を及ぼすものでなかったことを示すものである。
3 以上に判断したところからすると、被告の審判手続に瑕疵があるとの原告の主張は理由があるといえるものの、その手続の瑕疵が、法82条2号所定の審決を取り消すべき法令違反に当たるということはできず、原告の主張は採用することができない。
二 争点二(本件審決に委員股野が関与したことと本件審決の適否)について
裁判官が上訴審によって差し戻された事件の原判決に関与した場合につき、刑事訴訟法20条7号は、これを除斥事由としており、民事訴訟法も、一般的な除斥事由とはしていないが、同法407条3項で、上告審で破棄差戻しされた控訴審の原判決に関与した裁判官に関する限りは、差戻し後の裁判に関与することができないことを定めている。このような規定を設けた法の趣旨は、差戻し後の事件については、上級審の判断に覊束されるとはいえ、手続上も先入観の全くない裁判官が審理判断することを保障することによって、裁判の公正に万全を期するにあると解されている。
公正取引委員会の審判手続は、準司法手続としての性格を有し、実質的には東京高等裁判所における審決取消しの訴えの前審として機能することに鑑みれば、裁判所の手続と同様に、公正の確保のために、厳格な手続の運用を期すべきであることを指摘する点では、原告の主張にはもっともなところがある。ことに旧審決は審決の主体である合議体の構成の違法を理由として取り消されたものであるところ、これに合議体の一員として関与した委員股野については、右違法な構成による合議体の合議の影響を残している可能性を否定できないから、その公平さの外観を確保するという観点からいって、同委員を除いて合議体を構成する配慮が望ましかったということができ、少なくとも、本件審決の手続が、合議体の構成に当たって配慮に欠ける点があるとの批判を受けるのはやむを得ない。
しかしながら、公正取引委員会の機構上、差戻しを受けた事件の審理をする際に、取り消された審決に関与した委員を常に除外しなければならないものとすると、合議体を構成することができなくなるという事態も生じ得ると考えられるところ、審決ができなくなるような事態を避けることもまた公益を守るうえで極めて重要な要請であることは明らかであって、法がこのような事態を容認しているとは考えられない。このようにみてくると、審決手続においても、できるだけ公正を確保することの重要性には変わりはないとはいえ、法は、公正取引委員会の機構上生ずる審決不可能という事態を避けることも考慮して、あえて差戻し前の審決に関与した委員を差戻し後の審決から排除する規定を設けていないものと解されるのであって、差戻し前の審決に関与した委員が差戻し後の審決に関与したからといって、その審決が違法となるものではないと解するのが相当である。
以上のとおりであるから、本件審決に委員股野が関与したことは、実際にはその必要はなかったのであるから、運用上の配慮に欠けるものと評し得るにしても、これをもって違法な措置であったということはできず、したがって、また法82条2号により本件審決を取り消すべき法令違反があるとすることはできない。
三 争点三(原告が同業7社と共同して本件商品の価格引上げを決定したという事実を認定するに足る実質的証拠があるかどうか)について
1 本件審決案の理由第1項4ないし7の各認定事実の実質的証拠の欠缺について
本件審決案の理由第1項のうち、原告が実質的証拠の欠缺を主張する各認定事実については、次に判示するとおり、いずれもこれを認定するに足る証拠があるといってよく、当裁判所が改めて検討しても、その認定が恣意にわたるとか、経験則に反するとは認められない。したがって、それぞれの点につき実質的証拠があるものということができ、その欠缺をいう原告の主張は採用することができない。
(一) 同項4(一)の事実について
査第17号証(新神戸電機の藤木洋の供述調書)、査第37号証(原告の日野誠三の供述調書)、査第41号証(住友べークライトの河野明彦の供述調書)、査第42号証(利昌工業の守谷忠司の供述調書)によれば、昭和62年当時、本件商品の製造業界では、各事業者の競争が激しく、ユーザーであるセットメーカーの力も強いので、大手3社が先に立って指導的役割を果さないと、その他の製造業者はその販売価格の引上げができない状況にあったことが認められる。
(二) 同項4(二)の事実について
査第38号証(日立化成工業の斎藤征二の供述調書)、査第43号証(利昌工業の中村泰三の供述調書)、第9回審判期日における参考人斎藤征二の陳述によれば、昭和62年当時、国際為替市場での円高が進み、本件商品の輸出価格と国内販売価格との開きが大きくなって、国内のセットメーカー等の不満もあったため、国内販売価格を引き上げるには、まず輸出価格を引き上げなければならない状況であったことが認められる。
(三) 同項5の冒頭部分の事実について
後記(四)ないし(七)に掲記した証拠、査第40号証(住友べークライトの倉内英孝の供述調書)、査第41号証(住友べークライトの河野明彦の供述調書)、査第46号証(「s62 1月28日〔水〕積層板部会」と題する文書)、査第48号証(「3月27日〔金〕積層板部会」と題する文書)、査第49号証(「3月部会」と題する文書)、査第53号証(「TOKYO」という書出しで始まる鐘淵化学工業の横田邦勝の手帳〔1987年〕)、査第55号証(鐘淵化学工業の横田邦勝の供述調書)によれば、8社が本件審決案の第1項5(一)ないし(九)及び6に記載されている会合等の機会に本件商品を含むプリント配線板用銅張積層板の販売価格の下落防止及び引上げ等について情報交換や意見交換を行っていたこと、当時の原告の関係者も、昭和62年3月24日に開催された業務委員会において、原料価格の上昇のため銅張積層板の価格引上げをする趣旨の発言をしていたほか、後記(四)ないし(七)の認定のとおり、会合等において意見を述べたり、原告の意向を明示的ないし黙示的に示すなどして、意見交換や協議に参加していたことが認められる。
(四) 同項5(四)の事実について
査第12号証(利昌工業の根岸傳次の供述調書)、査第56号証(「日中プリント板懇談会〈A〉」と題する文書)、査第57号証(原告の日野誠三の供述調書)によれば、昭和62年4月14日に台北市で8社のうち新神戸電機を除く7社の関係者が懇談した際、住友べークライトの常務取締役倉内英孝が、本件商品の過去の安価販売について非を認めたうえで、その販売価格の引上げに協力して欲しい旨求めたところ、他の各社の関係者が賛同する発言等をし、当時の原告の積層品営業部長日野誠三も、価格引上げには賛成するが3社が約束を守って決めたことは実行して欲しい旨の発言をしたことが認められる。
(五) 同項5(五)の事実について
査第22号証(鐘淵化学工業の田中新弥の供述調書)、査第52号証(住友べークライトの倉内英孝の供述調書)、査第60号証(松下電工の江崎四郎の供述調書)、査第62号証(東京商会の細井健郎の供述調書)、査第71号証(利昌工業の阪本恭三の供述調書)によれば、昭和62年4月20日に開催された定例部会において、住友べークライトの倉内英孝から本件商品のうちの紙基材フェノール樹脂銅張積層板の国内販売価格を1平方メートルあたり300円位引き上げる等の提案がなされ、部会の参加者が順次指名されて意見を述べたところ、価格引上げの可能性を危倶する意見も一部に出たものの、大勢は賛成の意向を示し、積極的に反対する意見は出なかったことが認められる。第14回審判期日における参考人高木幹夫の陳述中、右認定に反する部分は、後記2(三)の(2)で説示するとおり、採用することができない。
(六) 同項5(六)の事実について
査第22号証及び査第72号証(いずれも鐘淵化学工業の田中新弥の供述調書)、査第69号証(日立化成工業の斎藤征二の供述調書)、査第73号証(「4月21日〔火〕積層板業務委員会」と題する文書)、査第76号証(鐘淵化学工業の岸岡滋の供述調書)によれば、昭和62年4月21日に開催された定例業務委員会において、同委員会の委員長である鐘淵化学工業の開発部副開発部長田中新弥は、前日の定例部会で本件商品の価格引上げの具体的方法等について4月中に検討し、その結果を5月7日の臨時部会に報告するようにとの業務委員会への指示があったことを報告していること、同月30日に開催された業務委員会では、定例部会の席上叩き台として提案された素案を基に、同委員会の具体案を検討することになり、各社の価格引上げに関する考えを無記名で提出させ、その集計結果をとりまとめたほか、価格引上げの実施の具体的手順なども協議されたこと、業務委員会には原告の日野誠三と積層品営業部課長久保田進がその構成員として登録されており、右の両期日の業務委員会には日野誠三が参加していたことが認められる。
(七) 同項5(七)ないし(九)の各事実について
(1) 査第57号証(原告の日野誠三の供述調書)、査第71号証(利昌工業の阪本恭三の供述調書)、査第85号証(住友べークライトの倉内英孝の供述調書)によれば、昭和62年5月7日に開催された臨時部会において、4月30日の業務委員会の報告を受けて、本件商品の市況是正のための方策やその実施時期についてより具体的な協議がなされたこと、右会合に当時原告の営業本部長であった高木幹夫が参加したかどうかは不明であるが、少なくとも日野誠三は参加したことが認められる。
(2) 査第43号証(利昌工業の中村泰三の供述調書)、査第88号証(「5月21日〔木〕の積層板業務委員会」と題する出欠表)、査第89号証(「昭和62年5月21日合協、委員会、小委員会報告」と題する書面)によれば、昭和62年5月21日に開催された定例業務委員会において、本件商品の輸出価格の段階的引上げをして、その後に国内販売価格の引上げを展開すること等について意見交換が行われ、その方針で各社の意見が一致したこと、右会合に原告からは日野誠三及び積層品営業部課長相田が参加したことが認められる。
(3) 査第91号証及び査第163号証(いずれも日立化成工業の斎藤征二の供述調書)、第14回審判期日における参考人高木幹夫の陳述によれば、昭和62年5月29日に開催された定例部会において、日本プリント回路工業会主催のJPCAショーに際して部会の構成員が得意先の接待等のために上京することが予定される時期であり、また、業務委員会で決めた本件商品の輸出価格引上げの動向が判明することが予想される時期でもある同年6月10日に臨時部会を開催することを決定したこと、右会合に原告の高木幹夫も参加したことが認められる。
(八) 同項6の事実について
査第22号証(鐘淵化学工業の田中新弥の供述調書)、査第37号証及び査第57号証(いずれも原告の日野誠三の供述調書)、査第38号証、査第39号証及び査第91号証(いずれも日立化成工業の斎藤征二の供述調書)、査第90号証(「Pアップ方針決定の件」と題する文書)、査第94号証(松下電工の江崎四郎の供述調書)、査第96号証(新神戸電機の藤木洋の供述調書)によれば、昭和62年6月10日の午後1時30分ころから開催された臨時部会において、本件商品の輸出価格引上げの動向についての報告を踏まえ、その国内需要者渡し価格の引上げ率や具体的な引上げ価格、その引上げ時期等について、各社が数値、金額及び引上げ実施予定時期を挙げて、情報交換や意見交換等を行ったこと、原告の高木幹夫は、午後3時過ぎに右会合の場から退席するまで、右の意見交換の内容を聞いており、その後は、原告の日野誠三が右会合に参加していたこと、大手3社が価格引上げを実行することを表明し、残る5社に対しても、大手3社に追随して同年7月末までに同様の価格引上げを実行するように要請したが、原告の日野誠三ら5社の関係者は特に反対の意向を述べることはなかったことが認められる。右の認定事実によれば、原告が右の臨時部会において、本件商品の国内需要者渡し価格についての情報交換や意見交換に参加していたと認めるべきである。
(九) 同項7(二)の事実について
査第3号証(原告の久保田進の供述調書)、査第57号証(原告の日野誠三の供述調書)、査第99号証(「営業週報〔紙基材・硝子基材・FPC・マルチ〕s62年6月22日〜s62年6月27日」と題する書面)、査第102号証(「62年1月9日東ケミ石橋氏吉田氏」との書出しで始まる原告の野原規義の手帳)、査第103号証(原告の野原規義の供述調書)、査第105号証(原告の安田敏夫の供述調書)、査第111号証(「価格改訂のお願い」と題する文書)によれば、原告の高木幹夫は、昭和62年7月14日に支店長など出先の営業担当責任者を本社に招集して全国営業担当者会議を開催し、同業他社の価格引上げの動向を説明し、本件商品の国内需要者渡し価格の引上げ率を15パーセントとし、同年8月21日の出荷分から(後に同月22日の出荷分からに改めた。)実施することを指示し、次いで、同月17日に本社管内の特約店の担当者を本社に招集し、右の「価格改訂のお願い」と題する文書を交付して、その了承を求めたこと、また、原告の関西支店でも関西地区の特約店の担当者を招集し、同様の価格改訂の措置を執ったことが認められる。そして、本件商品の価格引上げに至る経緯及び右認定事実によれば、右の価格改訂の通知は、特約店を通してセットメーカー等の需要者にもなされたものと推認される。
2 本件審決案の理由第3項の認定事実の実質的証拠の欠缺について
(一) 原告の本件事案における行為が、法3条において禁止されている「不当な取引制限」すなわち「事業者が、他の事業者と共同して対価を引き上げる等相互に事業活動を拘束し、又は遂行することにより、一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」(法2条6項)にいう「共同して」に該当するというためには、複数事業者が対価を引き上げるに当たって、相互の間に「意思の連絡」があったと認められることが必要であると解される。しかし、ここにいう「意思の連絡」とは、複数事業者間で相互に同内容又は同種の対価の引上げを実施することを認識ないし予測し、これと歩調をそろえる意思があることを意味し、一方の対価引上げを他方が単に認識、認容するのみでは足りないが、事業者間相互で拘束し合うことを明示して合意することまでは必要でなく、相互に他の事業者の対価の引上げ行為を認識して、暗黙のうちに認容することで足りると解するのが相当である(黙示による「意思の連絡」といわれるのがこれに当たる。)。もともと「不当な取引制限」とされるような合意については、これを外部に明らかになるような形で形成することは避けようとの配慮が働くのがむしろ通常であり、外部的にも明らかな形による合意が認められなければならないと解すると、法の規制を容易に潜脱することを許す結果になるのは見易い道理であるから、このような解釈では実情に対応し得ないことは明らかである。したがって、対価引上げがなされるに至った前後の諸事情を勘案して事業者の認識及び意思がどのようなものであったかを検討し、事業者相互間に共同の認識、認容があるかどうかを判断すべきである。そして、右のような観点からすると、特定の事業者が、他の事業者との間で対価引上げ行為に関する情報交換をして、同一又はこれに準ずる行動に出たような場合には、右行動が他の事業者の行動と無関係に、取引市場における対価の競争に耐え得るとの独自の判断によって行われたことを示す特段の事情が認められない限り、これらの事業者の間に、協調的行動をとることを期待し合う関係があり、右の「意思の連絡」があるものと推認されるのもやむを得ないというべきである。
(二) 本件事案においては、すでに判示したように、8社が事前に情報交換、意見交換の会合を行っていたこと、交換された情報、意見の内容が本件商品の価格引上げに関するものであったこと、その結果としての本件商品の国内需要者に対する販売価格引上げに向けて一致した行動がとられたことが認められる。すなわち、原告は、本件商品につき、同業7社の価格引上げの意向や合意を知っていたものであり、それに基づく同業7社の価格引上げ行動を予測したうえで(とりわけ、右会合中に、住友べークライトがした値上げについての協力要請につき、各社が賛同する発言をしている場において、原告の日野誠三は、価格引上げに賛成し、大手3社が約束を守って価格引上げを実行することを積極的に要求さえしていたものである。)、昭和62年6月10日の決定と同一内容の価格引上げをしたものであって、右事実からすると、原告は、同業7社に追随する意思で右価格引上げを行い、同業7社も原告の追随を予想していたものと推認されるから、本件の本件商品価格の協調的価格引上げにつき「意思の連絡」による共同行為が存在したというべきである。
(三) なお、本件審決案の理由第3項の事実認定、事実の総合判断に関して、原告が実質的証拠の欠缺ないし認定判断の不合理、経験則違背があると主張する点については、次に判示するとおり、その認定、判断に不合理な点や経験則に違背する点があるとは認められない。
(1) 第14回審判期日における参考人高木幹夫の陳述並びに審第3号証(日本経済新聞の記事)、審第4号証の1・2(会社四季報・未上場会社版の昭和62年上期及び下期)、審第21号証(「7/27AM10:00〜PM8:30」との書出しで始まるメモ)、審第27号証の1ないし4(日本経済新聞の記事)及び第9回及び第13回審判期日における参考人斎藤征二の陳述によれば、原告は、昭和62年当時、株式の東京証券取引所第二部への上場を図ろうとしていたこと、当時同じ東芝グループの東芝機械株式会社のココム規制違反事件が社会的問題となっており、原告としては株式上場の実現の妨げになるような事態を招かないように企業倫理に特に留意しなければならない特殊事情下にあったこと、同業7社も原告の右特殊事情を了知していたこと、原告の高木幹夫は、昭和62年5月29日の定例部会の終了後、日立化成工業の斎藤征二から、協調的価格引上げに協力することを要請されたが、原告には右の特殊事情があることを理由に断ったことがあることを認めることができる。
また、前記第四項三1(八)に掲記した各証拠、第10回審判期日における参考人倉田昌治の陳述、第14回審判期日における参考人高木幹夫の陳述によれば、昭和62年6月10日の臨時部会においては、大手3社が同年6月21日以降、逐次本件商品の国内需要者渡し価格を現行価格より1平方メートル当たり300円又は15パーセントを目途に引き上げる旨を決定したことを告げ、原告を含む他の5社に対し、価格引上げを同年7月末までに実施して欲しい旨等述べて、これに追随することを要請したこと、右5社の出席者に対して、挙手などの方法による明確な意思確認がなされたわけではなかったが、反対という意見の表明もなされなかったこと、同年7月1日の定例部会においても、日立化成工業の常務取締役中川武寿は、右臨時部会での各社の態度を付度して、自社が値上げについて新聞発表したことを各社に報告したこと、右会合の参加者は、中川武寿の右発言を、他社も追随して価格引上げすることを期待してその実施を促す趣旨と受け取ったが、原告の高木幹夫は、原告には特殊事情があることを理由として協調して価格引上げをすることができない旨発言し、同業7社の関係者から別段の異論や非難は出なかったことを認めることができる。
(2) 原告は、原告に前記の特殊事情があったことに加え、昭和62年4月20日の定例部会において高木幹夫が本件商品の値戻し提案に対し「ナンセンス」と発言したこと、前記のように同年5月29日に開催された定例部会の終了後及び同年7月1日の定例部会において、高木幹夫が価格引上げ協力要請や協調的価格引上げに対する追随の要請を拒否する言明をしたこと、原告の本件商品の価格引上げは、その経営の継続性確保と成績の見直しのためにした独自の市況分析と製品の収支の試算結果によるものであること及び原告ら関係各社の本件商品の平均販売価格、各社ごとの販売金額及び販売数量の動きは、無秩序で、一般的な競争制限的傾向が窺えず、現実にも原告を含む数社につき昭和62年11月以降の本件商品の納入量やシェアの減少などが見られること、原告は、本件事案について被告の審査が開始された後、同業7社の対策会議に参加せず、被告の措置勧告が出された後も同業7社とは異なった対応をしていることをもって、原告が本件協調値上げの決定に参加する意思がなかったことを示す特段の事情があると主張する。
しかしながら、右ナンセンス発言については、当日の他の出席者で右発言を記憶している者はいないので、右発言があったとは認め難いのみならず、仮にそのような発言があったとしても、発言内容自体価格引上げ提案に対する意見表明としては余りに断片的、短絡的な発言であって、原告主張のような合理的な理由に基づく反対意見の表明とは受け取ることができず、むしろ他の何らかの事柄に対する感情的反発を示すにすぎないものとみるのが相当である。
また、先に判示した事実によれば、原告は、株式の上場を図るために、本件商品の製造販売事業を含めて事業の収益性の改善が必要な状況下にあったとみられるところ、本件商品の価格引上げは、約70パーセントのシェアを占める大手3社の価格引上げという環境が整わないと実際にはできないものであったから、原告にとって、同業者と共に価格引上げのできる環境が整うことは、むしろ有用かつ、必要であったという面もあって、原告のいう特殊事情が必ずしも本件協調的価格引上げを回避しなければならない事情とばかりいえないことも考えておく必要がある。原告がもしその主張する特殊事情から協調的価格引上げに加わらない意向を有していたならば、8社間の意見交換や協議に加わらず、本件商品の価格引上げについても、協調的とみられるおそれのある行動は極力避けるはずである、このような観点から、前記第二項一5の(一)ないし(六)に述べた本件の事実経緯、第四項三1に判示した認定事実を判断すると、前記(1)の5月29日及び7月1日にした高木幹夫の協調的行動をとらない旨の言明も、額面どおり受け取ることはできず、原告の真意を示すものとは認め難いうえ、これに対し日立化成工業の斎藤征二や同業7社の出席者が異論を言わず、非難をしなかったというのも、原告の右特殊事情を知っており、高木幹夫の立場上前記発言もやむを得ないものと理解を示したことによるものであって、前記のプリント配線板用銅張積層板業界の実情、市場の状況及び従前の原告の対応からみて、高木幹夫の右言明にかかわらず、いずれ原告は本件協調的価格引上げに追随してくると考え、あえて非難をしなかったにすぎないとみる余地が十分にある。また、本件のような協調的価格引上げの場合、価格引上げが実施できるかどうかは取引先との力関係や取引上の信頼関係、世界的な取引市場の動向等に左右されることもあるので、必ずしも決定どおりに価格引上げが行われ、また、引き上げられた価格が永続的に維持されるものとは限らないから、その後の実情にかかわらず決定の実現に向けた事後の行動の一致があれば、共同して価格の引上げを目的とする行為をしたと推認して差し支えない。
したがって、高木発言や本件商品の価格引上げの実施等の実情をとらえて前示の推認を覆すに足りる特段の事情と認めることはできない。また、被告が本件事案について審査を開始した後及び措置勧告を出した後に、原告が同業7社と異なる対応をした事実があっても、右事実によって右認定が左右されるものではない。
(四) 以上のとおり、原告を含む8社が本件商品について協調的価格引上げ決定をし、これに基づいて、原告が、セットメーカーを含む原告らの直接の取引相手である国内需要者渡し価格を引き上げたと認定するに足る実質的証拠があり、その欠缺をいう原告の主張は理由がない。
四 争点四(本件供述調書の平成3年4月30日付け文書提出命令申立ての却下について、正当な理由がなかったか否か)について
前記第二項一の6に述べた本件審判手続における本件供述調書の文書提出命令申立てに関する経緯によれば、本件供述調書によって被審人である原告が立証しようとした事項は、当初は、原告に同業7社の本件商品の値上げについて協調することができない特殊事情があったことであったが、平成3年4月30日付けの文書提出命令の申立てにおいては、高木幹夫が被告の審査官に対し原告に右の特殊事情のあることを申述しても、審査官が右の特殊事情の審査をことさら回避し、原告にとって重要な事実について弁明の機会を与えないまま審査を終了したことに変わっている。
右の再度の申立ての当時、すでに高木幹夫が審判期日において参考人として審訊を受け、原告の主張する特殊事情について詳細に陳述していたから、本件供述調書による原告の当初の立証目的は達成できたはずであり、また、再度の申立ての立証目的が、審査官が原告側の弁明の聴取に十分配慮しなかったことにあるならば、本件審判手続において、原告は弁明と立証の機会を十分に与えられているのであるから、さらに本件供述調書を反証として取り調べる意味が乏しいことは明らかである。審判官が、右の再度の申立てを単に「必要性がない」との理由を付して却下したのは、法52条の2の要求する証拠申出不採用の理由の開示としては、簡略すぎる嫌いはあるが、本件文書提出命令申立てをめぐる経緯を考慮すれば、証拠申出の却下が、右に述べたところと同趣旨の判断に基づくものであることは、容易に推認することができる。したがって、右の再度の申立てに対する審判官の却下決定は、結論において相当であり、正当な理由がなく当該証拠を採用しなかったものとはいえない。
したがって、原告が本訴訟においてした本件供述調書の文書提出命令の申立ては、法81条1項1号に該当する理由によるものとはいえない。そうすると、右申立てが採用されるべきことを前提とする証人(参考人)高木幹夫の尋問申出についても、その取調べの必要がないことは明らかである。
第五 結論
以上によれば、本件審決には、法82条1号及び2号に該当する事由がないから、本件主位的請求は理由がない。また、原告の証拠申出は理由がないか、これを取り調べる必要がないから、法81条3項に則り本件を被告に差し戻す必要はなく、本件予備的請求も理由がない。
よって、原告の本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用し、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第3特別部
平成7年9月25日
裁判長裁判官 川嵜 義徳
裁判官 上谷 清
裁判官 加茂 紀久男
裁判官 鬼頭 季郎
裁判官 田村 洋三
(別紙 審決略)