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技研システム(株)による国家賠償請求事件

国賠法1条
東京地方裁判所

東京地方裁判所平成13年(ワ)第13381号

判決

東京都渋谷区幡ケ谷二丁目16番1号三和ビル
原告 技研システム株式会社
同代表者代表取締役 脇坂 嘉紀
上記訴訟代理人弁護士 栃木 義宏
同 柳沢 憲
東京都千代田区霞が関一丁目1番1号
被告 国
同代表者法務大臣 森山 真弓
上記指定代理人 澁谷 勝海
同 諏訪 正敏
同 杉山 幸成
同 西岡 繁靖
同 亀井 愛子
同 五十嵐 秀雄
同 真渕 博

主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,金2000万円及びこれに対する平成11年8月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,測量業者である原告が,国の公権力の行使に当たる公務員である公正取引委員会の委員長及び委員(以下,これらの者の行った行為の主体について単に公正取引委員会という。)から私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)3条所定の不当な取引制限を行ったとして,同法48条2項に基づき,いわゆる排除措置を執るべき旨の勧告をされたことから,国や自治体等から指名停止処分を受けたために売上げが大幅に減少し,民事再生手続開始の申立てのやむなきに至るとともに,名誉及び信用を毀損され,その結果,合計2億2600万円に相当する損害を被ったと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,被告に対し,前記損害の一部である金2000万円及びこれに対する不法行為の日である平成11年8月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 争いのない事実
(1)当事者
ア 原告は,航空写真撮影,測量,設計等を目的とする株式会社である。
イ 被告は,国家行政組織法3条2項の規定に基づいて独占禁止法27条1項により同法1条所定の目的を達成することを任務とする公正取引委員会を置き,国家公務員である委員長及び委員4名をして同委員会の所掌事務を行わせている。
(2)事実経過
ア 原告は,平成7年8月14日,千葉市の発注に係る下田最終処分場境界確定測量業務委託の案件(以下「下田案件jという。)の指名競争入札において指名業者として選定され,同物件を落札した。
イ 公正取引委員会は,平成11年8月3日,原告を含む測量業者91名(以下「本件91社」という。)に対し,おおむね別紙1「勧告書(抄)」記載のとおりの勧告(平成11年(勧)第17号。以下「本件勧告」という。)を行った。
ウ 原告は,同月5日,公正取引委員会に対し,勧告の主文に記載された事実がないことを理由に本件勧告の応諾を拒否した。なお,本件91社のうち,原告を除くその余の90名の業者らは,本件勧告を応諾した。
エ 原告は,同月24日,東京都から2か月間の指名停止処分を受けた。
これと前後して,原告は,同月3日から平成12年1月18日までの間,国,公団,公社,事業団,全国の各自治体等約200程の公共団体からおおむね1ないし4か月の指名停止処分を受けた。
オ 公正取引委員会は,平成11年9月30日,独占禁止法49条1項に基づき,審判開始の決定をした。
力 公正取引委員会は,平成12年8月8日,合計5回に及ぶ審理を経て,独占禁止法54条3項の規定に基づき,原告の行為について同法3条違反の事実を認めることができない旨の審決(以下「本件審決」という。)をした。
キ 東京地方裁判所は,同年9月13日,原告に対し,民事再生手続開始の決定をした。
ク 東京地方裁判所は,平成13年1月10日,原告について,債権者集会において再生計画案が可決されたことから,民事再生計画を認可した。
ケ 同年2月14日,上記民事再生計画認可の決定が確定した。
2 争点
(1)本件勧告について公正取引委員会の違法性の存否
(2)原告の損害の有無
(3)公正取引委員会の行為と原告の損害との因果関係の有無
3 当事者の主張
(1)争点(1)(違法性の存否)について
ア 原告
(ア)公正取引委員会は,本件勧告をするに当たっては,勧告の有する社会的影響力の重大さや被勧告人の経済活動に対して与える影響の大きさ等にかんがみ,勧告の基礎となる事実関係の存否につき十分な証拠資料に基づき,真に独占禁止法違反を行った者のみを勧告の対象とすべき高度の注意義務を負っていたにもかかわらず,この義務を怠り,その結果,勧告に先立って公正取引委員会が現に入手し又は入手し得た証拠を前提に判断すれば,原告について独占禁止法違反の事実がないことを認定し,勧告の対象から除外し得たにもかかわらず,漫然,原告に対しても勧告をしたものであって,違法である。
(イ)公正取引委員会が違反行為をした者に対してその執るべき排除措置を勧告するに当たっては,調査の結果に基づいて違反行為があると認定することが必要であり,そのような違反行為がないのに勧告をすれば,違法と評価されることになる。
本件において勧告が違法となるか否かの判断は,検察官の公訴提起について,その収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得たであろう証拠資料を総合勘案して合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば,その公訴の提起は違法性を欠くとされていること(いわゆる職務行為基準説中の合理的理由欠如説)に準じるべきである。
なお,公正取引委員会から勧告を受ければ,指名停止処分を通じて競争入札の場から排除されてしまうという強い効果が行政指導を通じて確立されている現状において,勧告が誤って行われた場合には,その対象とされた業者が絶大な不利益を被ることは明らかであるばかりでなく,勧告の基礎となった違反行為をしていない事業者にとっては勧告に応諾することはできず,応諾するか否かを自由に選択できるわけではないから,証拠の優越に基づく合理的な判断を基礎として行われたというのみでは,国民に多大な不利益を及ぼしても何ら違法とされないとすることはできない。また,国が一般国民を自らが予定する審判制度の場に強制的に引き出すという点で,公正取引委員会の審判は刑事手続と類似性を有するから,勧告時にその対象とされる事業者が違法行為を行ったことを裏付ける十分な嫌疑(相当程度の蓋然性)が必要と解すべきである。
したがって,勧告の基礎となる事実関係が存在せず,そのことについて公正取引委員会が認識し又は認識し得たような場合には,当該勧告が違法となる。
なお,被告の主張するような判断基準をもってしても,本件勧告当時に収集していた資料に照らすと,公正取引委員会は証拠の優越すら存しない状況の下で明らかに不合理な判断過程を通じて原告に勧告を行った違法があるということができる。
(ウ)入札談合事案において不当な取引制限があったと認めるために被告主張のような経験則が確立されているといえるか疑問である上,その判断基準それ自体が曖昧かつ妥当性に乏しいものである。
すなわち,被告は勧告について簡易性及び迅速性が重視されると指摘するけれども,勧告の有する事実上ないし制度上の影響力及び効果の重大性にかんがみれば,相応の慎重さをもって行われるべきであるばかりでなく,主として土木・建築業の分野で確立されたという経験則が下田案件のような測量業界の事例にそのまま妥当するものではないし,応諾しなければその後長期にわたり入札に参加し得なくなるなどの不利益を被ることを避けるため,意に反してやむなく応諾した事業者が多数存在することは想像に難くないところである。
なお,被告の主張するi.の受注調整ルールの存在についてはともかくとして,ii.の受注調整ルールの認識については,原告の営業課長であった杉山到(以下「杉山」という。)の調書に現れている認識とは,測量業界において営業活動に従事する担当者であれば一般に談合に際して行われるものとして知っているルールであるにすぎず,杉山が下田案件のような地上測量業務における具体的ルールまで認識していたことまでは窺われず,さらに,iii.の事業者の行動については,公正取引委員会が本件勧告当時に入手し又は入手し得た証拠に基づく限り,原告が受注調整ルールに副った行動をしていたと認めることはできず,花田章の供述程度の証拠をもって原告が談合に加わったと認定し,他の証拠を一切無視して勧告に及んだとすれば,それ自体認定の杜撰さを示すものである。加えて,本件では,審判段階における新証拠の提出等によって勧告当時の証拠に基づく認定が大幅に崩れたという事情もなく,勧告当時に存した証拠のみからでも十分に原告が調整ルールに副った行動をしていない事実が認定し得るのである。
結局,公正取引委員会は,十分な証拠に基づき原告が談合に加わらなかったことについて認識し又は認識し得たにもかかわらず,不合理な経験則を再検討することもなく漫然原告に対して本件勧告を行ったのであり,違法性を有するというべきである。
イ 被告
(ア)公正取引委員会は,本件勧告をするに当たって,原告に独占禁止法3条の規定に違反する行為があったと認めたのは,その当時の資料に照らして十分な合理性があり,何ら違法ではない。
なお,独占禁止法48条2項に基づく措置の勧告は,それ自体に強制力がなくこれを応諾するか否かは被勧告人の自由意思に委ねられている上,その後,同法49条に基づく審判が開始される場合には準司法的な手続により違法事実が存しないという審決がされる可能性もあり,あくまでも勧告審決に至るまでの一過程にすぎず,法的拘束力や法的効果を伴うものではないので,公正取引委員会が原告の主張するような注意義務を負うことはない。
(イ)国家賠償法1条1項所定の「違法」とは,公権力の行使に当たる公務員が行為規範としての個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背することをいい,具体的に違法が存在するか否かは,当該公権力の行使たる行為について公権力の主体がその行為に際して遵守すべき行為規範ないし職務義務に違反したか否かという基準によって決せられる。なお,公務員が職務上尽くすべき注意義務の内容及び程度は,その職務行為の性質,内容等によって変わり得るから,この点において検察官の公訴提起と公正取引委員会の勧告を同視することはできない。
そして,前記のとおり勧告を応諾するか否かは被勧告人の自由意思に委ねられていること,審決に至るまでの一過程にすぎず,それ自体に何らの法的な拘束力や効果が存在するわけではなく,違反行為に係る事実を確定するものでもないこと,公正取引委員会が審決をもって行う行政処分は,事業者に対して不当な取引制限の禁止に違反する行為等を排除するために必要な措置を命ずるにすぎず,本件のような談合事案においては談合の中止,その旨の発注者に対する通知,将来における談合行為の不作為命令等に止まることなどの諸点に照らすと,いわゆる証拠の優越に基づく合理的な判断を基礎として行われたものである限り,その判断を違法とすることはできない。
(ウ)公正取引委員会が簡易性及び迅速性を重視して勧告をするに当たり,入札談合事案において不当な取引制限があったと認めるためには,i.入札についての受注予定者に係る調整ルールが実効性をもって存在すること,また,個々の事業者が当該入札談合に参加していたと認めるためには,ii.受注調整ルールを認識していたこと,iii.当該事業者が受注調整のための会合に参加し,受注調整ルールに特段の異を唱えないなど受注調整ルールに副った行動をしていたこと,以上の3点が認定されれば十分であるというのが審査実務において確立された経験則である。
このような経験則は,公正取引委員会が過去10年間に行った4000名を越す事業者に対する勧告について,審判により基礎となる事実が存しないとされたのは本件事案の1件のみであることによって裏付けられており,十分な実績があるばかりでなく,内容的にも合理性を有するものである。
そして,本件勧告の時点で,「調整(話合い)のルール」と題する文書(乙第7号証),鈴木測量株式会社の取締役営業部長である掛川雅信の平成11年3月12日付け供述調書(乙第8号証),京葉測量株式会社の営業部長である近藤幸康の平成10年11月19日付け供述調書(乙第9号証),第一航業株式会社の千葉営業所所長である花田章の平成11年4月28日付け供述調書(乙第4号証,以下「花田調書」という。),株式会社オオバの千葉営業係長である瀬戸幸洋の同年5月6日付け供述調書(乙第10号証),東武計画株式会社営業主任である鶴田和宏の平成11年5月6日付け供述調書(乙第12号証),公正取引委員会審査官である岩渕権作成の報告書(乙第11号証)添付のメモ,「i.発注情報」との書き出しの文書(乙第13号証)等によって,前記i.の本件受注調整ルールが存在することが認められ,また,杉山の平成11年4月26日付けの供述調書(乙第2号証)によって,前記ii.の原告は前記ルールを具体的に認識していたことが認められ,さらに,下田案件における相指名業者であった第一航業株式会社に係る前記花田調書,公正取引委員会の報告命令に対して原告から同年1月22日付けで提出された報告書(乙第3号証)等によって,前記iii.の原告が下田案件について受注調整ルールに副った行動を取ったことが認められるのであるから,本件勧告は,十分な合理性を持っており,国家賠償法上違法となるものではない。
(2)争点(2)(損害の有無)について
ア 原告
本件勧告の結果,原告は当時主要な受注先であった東京都から2か月間の指名停止処分を受けたことを始め,平成11年8月3日から平成12年1月18日までの間,国,公団,公社,事業団,全国の各自治体等200以上の公共団体から1ないし4か月程度の指名停止処分を受け,入札から事実上締め出され,原告の売上高は前年(平成10年)における約8億6000万円から平成11年は約4億円まで大幅に減少し,これに伴い,資金繰りに著しい困難を来し,同年8月には手形不渡を回避し得ず,民事再生手続開始の申立てを余儀なくされた。そして,原告の名誉は大きく損なわれ,社会的信用も失墜した。
以上の結果,原告は,次の(ア)ないし(ウ)の合計2億2600万円に相当する損害を被った。
(ア)売上減少による逸失利益 2億円
指名停止処分を受けなければ,少なくとも年間3億7500万円程度の受注を見込むことができ,利益率を30パーセント程度とすれば1年間の逸失利益は約1億1250万円,2年間で約2億5000万円となり,少なくとも2億円の利益を失ったことになる。
(イ)倒産による損害
a 民事再生手続開始の申立費用 500万円
b 弁護士費用 200万円
c 解雇予告手当・退職金 500万円
d 支店・営業所(5か所)の閉鎖費用 100万円
e その他(リース解約費等)300万円
(ウ)名誉毀損・信用毀損に伴う慰謝料 1000万円
イ 被告
原告の損害の発生は争う。
(ア)売上減少による逸失利益について
原告の主張する受注の見込みを裏付ける証拠はなく,かえって,原告の平成10年度と平成11年度の官公庁からの受注金額にはほとんど変化がない。平成11年度の売上減少は,専ら民間部門からの受注等,官公庁以外の部分において6割もの減少があったためであり,また,平成9年度以降の景気の低迷等の経済状況を踏まえれば,同年度の受注金額を基準とすることは妥当でない。また,東京都からの受注についても,平成11年度と平成12年度の受注金額及び受注総額に占める割合を対比し,景気の低迷という経済状況も考慮すれば,本件により減少したとみることはできない。
なお,仮に3億7500万円が平成11年度の受注見込みであるとしても,逸失利益の計算の基礎としては,現実に受注した1億2473万5861円を控除する必要がある。
原告の主張する利益率30パーセントという数字を根拠付ける証拠もない。
さらに,原告は2年分の逸失利益が発生したと主張するが,自治体による指名停止の期間を考えれば,これによる売上減少は半年間にとどまるのであり,遅くとも,平成12年8月8日の本件審決の時点で本件勧告の影響は完全に除去されたといえる。
(イ)倒産による損害について
原告は,平成10年度から既に経営危機に陥っており,原告の倒産は本件勧告とは関係がない。
(ウ)慰謝料について
法人に精神的苦痛を観念することはできず,慰謝料の主張は失当である。
(3)争点(3)(因果関係の有無)について
ア 原告
公正取引委員会からいわゆる排除措置の勧告を受ければ,指名停止処分を通じて当該業務に関連する指名競争入札から排除されるという事実上の効果が生じることが行政指導を通じて確立している。
地方公共団体等が具体的にどのような場合に指名停止措置を執るかは,一般的には被告の指導による「工事請負契約に係る指名停止等の措置要領中央公共工事契約制度運用連絡協議会モデル」に従っており,本件勧告に伴って行われた各地方公共団体の指名停止処分も前記モデルに準拠したものである。被告が当該基準について積極的な指導を行っている以上,公正取引委員会の勧告と指名停止措置との間の因果関係を否定することはできない。
イ 被告
地方公共団体等が指名停止措置を執る具体的基準は,各地方公共団体等が独自に判断して定めるもので,公正取引委員会が関与するものではないし,そのような行政指導を行ったこともない。また,公正取引委員会は,勧告を受けた業者がどの地方公共団体等の受注を企図しているかを事前に了知し得るものでもない。
原告の主張する「工事請負契約に係る指名停止等の措置要領中央公共工事契約制度運用連絡協議会モデル」は,公正取引委員会が構成員として関与したものではないし,内容的にも,公正取引委員会が勧告を行ったことを指名停止の要件とするものではなく,協議会の構成員たる地方公共団体等が独自に違反行為を確認した上で発注の相手方としての適格性について認定判断を行うこととされている。
また,一口に国といっても,その職務行為を行う主体ごとに注意義務違反と損害との因果関係を個別に検討するべきであり,抽象的に国として一まとめにすることはできない。
したがって,公正取引委員会の行った本件勧告と地方自治体等が行った指名停止処分との間に因果関係はない。
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1)国家賠償法1条1項所定の適法性は,公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反することを意味するから,この違法性の存否は,一般的に定まるものではなく,公務員が職務を行う上で服すべき具体的な行為規範との関係で判断すべきものであり,当該職務行為の根拠法規に照らし,かつ,これが定められた制度趣旨やこれに基づく職務の性質にかんがみ,その職務遂行上履践することを求められる法的義務を論定した上で,具体的事実関係の下で,法的に保護された利益を有する個別の国民に対する関係において前記義務に違背した場合に違法との評価を受けるものというべきである。
そこで,まず公正取引委員会の不当な取引制限に対する職務権限の行使に関する法的規制についてみるに,公正取引委員会は,一般人からの違反事実の報告又は職権により適当な措置を執ることができ(同法45条),また,当該違反行為をしている者又はこれをした者に対して適当な措置を執るべきことを勧告することができ(同法48条1項,2項),この勧告を受けた者は一定期間内にこれを応諾するかしないかを同委員会に通知しなければならず(同条3項),この応諾をした場合は審判手続を経ないで当該勧告と同趣旨の審決をすることができるが(同条4項),勧告に応じなかった場合で,事件を審判に付することが公共の利益に適合すると認めるときは,審判手続を開始し,違反行為があると認める場合はこれに対する排除措置等の審決をし,あるいは違反行為がなかったと認める場合には審決をもってその旨を明らかにすることになる(同法54条)。このような公正取引委員会の手続は,違反行為に対する審査(調査)活動が勧告を経て審決に至る点で訴訟手続と類似した構造を有するものであり,公正取引委員会が他の行政機関から指揮監督を受けることなく独立してその職権を行使することから(同法28条),準司法手続であるといわれることがあるものの,基本的には独占禁止法1条所定の目的を達成するための合目的的な行政手続に基づく公権力的な行政活動である。したがって,裁判所が厳格な審理手続を経て事実認定をした上で法律を適用して紛争を解決し,あるいは(特に刑事手続において)検察官が強制処分権限を行使して証拠収集等をした上で有罪とする嫌疑があると思料したときに公訴の提起をするのとは自ずから性質を異にすること自体は否定できず,勧告及び審決の前提として事実認定ないし判断作用が伴うとはいっても,これを司法作用と同一視することはできない。
ところで,公正取引委員会が違反行為を行った者に対して適当な措置を執るべきことを勧告する場合において(以下,この勧告を「措置勧告」という。),被勧告人が勧告どおりの排除措置を実行することを応諾したときには,審判手続による事実認定をすることなく,簡易・迅速に措置内容が実現されること,他方,被勧告人が応諾せずに審判手続が開始されたときには,その手続内において審理した上で事実認定が行われ,その際,新たな証拠等の状況によっては違反事実が認められないという審決がされることも制度上当然に予定されていること,応諾するか否かは被勧告人の任意とされていること,勧告それ自体には直接的な拘束力や法的効果はないことなどの諸点に徴すれば,後の審判手続において措置勧告により存在するとされた独占禁止法違反の事実を認めることはできない旨の審決がされたとしても,それだけで直ちに当該勧告を行ったことが職務上の義務に違反したものとなるものではない。そして,措置勧告においては,前判示の勧告制度の趣旨,目的及び他の制度との関係からすれば,法の目的に副って不当な取引制限を禁止すべく,この段階における簡易・迅速な処理が望まれるというべきであり,原告の主張するように公正取引委員会の行う勧告を検察官による公訴提起と同一視すべきであるとすることはできない。
もっとも,公正取引委員会により措置勧告がされると,被勧告人が地方自治体等の発注者から指名停止処分を受けることは,世上しばしばみられるところであり,具体的な事例の数,停止の期間や態様等の詳細はともかくとして,このような事実上の制裁が存在すること自体は公知の事実ともいうべきであり,実際に本件においても前判示第2の1(2)エのとおり,原告は,平成11年8月3日から平成12年1月18日までの間,約200に及ぶ公共団体からおおむね1ないし4か月の指名停止処分を受けて,事実上競争入札に参加する機会を相当程度奪われている。このような措置勧告の実際上の効果は,被勧告人の営業実績や信用に重大な影響を及ぼすことはいうまでもなく,たとえ公正取引委員会が各公共団体等の指名停止処分に直接関与するものではなく,措置勧告自体は基本的に行政手続の一部に位置付けられるとしても,その権限を行使するに当たっては,前記の実際上の効果にも十分に配慮し,誤った判断により被勧告人に不測の損害を招くことがないようにすべきであり,本件勧告の違法性を判断する上においてもこの点は当然に斟酌されるべき要因であるということができる。
なお,この点に関し,公正取引委員会の審査専門官である証人横田直和及び本件の担当者であった証人神田高年(以下「神田」という。)は,措置勧告の対象事業者に対して自治体等から指名停止が行われることすら認識していないかのように証言しているが,公正取引委員会において長年審査部門に従事してきた同人らが措置勧告を参考にして自治体等がどのような対応を執るかについて全く認識していないなどということは到底考え難いことであり,これらの供述を採用することはできない。
また,措置勧告に対して,応諾するか拒否するかは被勧告人の任意であるといっても,違反行為をしていないと主張する対象事業者にとっては,応諾を拒否して公正取引委員会による審判開始の決定を待つほかないのが実情であるとみられるから,措置勧告と応諾拒否による審判開始決定は一連の関係にあるということができ,応諾の拒否をいわば自己責任による判断の結果として甘受すべきとすることには賛同できない。
以上の諸点にかんがみれば,本件勧告の国家賠償法上の違法性を判断するには,前判示のような措置勧告制度の趣旨及び目的並びに当該手続の性質と措置勧告によって被勧告人が被る実際上の経済的影響や手続上の負担等を比較考量した上で,これに公正取引委員会の運用実態や,本件勧告がされた時点における審査(調査)の内容,原告の対応,その他の客観的状況等の具体的事情を総合的に考慮し,公正取引委員会がその当時入手し又は合理的な審査(調査)活動を行うことによって入手可能であったと考えられる資料に基づき,原告について不当な取引制限の事実,具体的には下田案件に関する入札談合に加功したと認定するに足る相当の根拠があったか否かを検討すべきである。なお,この点については,行政手続としての制約があるとしても,実際上の効果の重大性を軽視できないから,被告の主張するような単なる証拠の優越性では足りず,関係各証拠を総合しての判断の相当性を問題とすべきである。
(2)そこで,まず公正取引委員会における判断の前提として被告が実務上の運用に用いているという不当な取引制限の認定に関する「経験則」について検討する。
証拠(甲第32号証,乙第18,第19号証,証人横田直和,証人神田高年)及び弁論の全趣旨によれば,公正取引委員会は,i.入札についての受注予定者に係る調整ルールが実効性をもって存在すること,ii.当該事業者が受注調整ルールを認識していたこと,iii.当該事業者が受注調整のための会合に参加し,受注調整ルールに特段の異を唱えないなど受注調整ルールに副った行動をしていたこと,以上の3点が認定されれば入札談合事案において不当な取引制限があり,かつ,これに当該事業者が参加したと認めるに十分であるとの判断基準(以下「三要件基準」という。)に基づいて措置勧告を行っていること,三要件基準の運用による措置勧告の実施事案で後に審決によって基礎となる事実が存しないとされた事案はこれまで十数件にすぎず,過去10年間では本件が唯一の例であること,公正取引委員会自体において,いわゆる公共入札ガイドラインを公表し,受注意欲についての情報交換等の行為は受注予定者を決定するための手段となったり,受注予定者に関する暗黙の了解や共通の意思形成につながる蓋然性が強く,独占禁止法違反となるおそれが強い行為であると表明していること,以上の各事実が認められ,これらに加え,一般的にみても,談合に参加しない事業者は,関係当局から疑いを持たれることを避けるため,受注調整のための会合に出席したり,受注調整ルールに副うような行動を取らないと考えられることをも併せかんがみると,三要件基準を用いた運用は,これを訴訟上の事実認定において経験則として用いることができるほど一般化したものとみることはできないものの,実務上の運用としては一応の合理性があるものということができる。
この点に関し,原告は,受注調整ルールの存在は業界の営業担当者であれば一般的な認識として知っているのが通常であること,会合への参加は直ちに談合への参加を意味するものでないこと,談合に参加しなくても会合において受注意欲を表明することはあり得ること等を理由として挙げ,三要件基準では,原告のように談合に参加せずに事業を落札しようとする事業者を措置勧告の対象から除外することはできず,基準としての合理性はない旨主張するが,同業者間における受注調整ルールの存在に関する一般的認識は,むしろ受注調整ルールに副った行動の素地となり得るものであり,また,受注調整のための会合に参加することは,他に特段の事情がない限り,受注予定者を決定するための話合いに加わる意思があるとみて差し支えないというべきであり,要は,この基準を硬直的に運用せず,一般的な見地からの認定に疑念を抱かせるような個別事情が存在するのであれば,当該事業者について可能な範囲において審査(調査)を尽くして,有利・不利を問わず諸般の証拠を収集し,個別事案における具体的な事情を慎重に斟酌すべきであり,そのようにしてこそ前判示の判断の相当性を担保し得るものというべきである。
(3)続いて,本件における具体的事情を検討するに,証拠(甲第9号証の1,2,第22,第23号証,第38号証,乙第2号証,第4号証,第19号証,証人杉山到,証人神田高年)及び弁論の全趣旨によれば,千葉市から下田案件に係る競争入札参加者として指名されたのは原告を含む10業者であったこと,そのうち株式会社富岡測量設計事務所(以下「富岡測量」という。)は強く受注を希望し,平成7年8月9日,千葉市内の料理店において受注調整のための会合(以下「本件会合」という。)を開くことを計画し,他の9業者に対して参加を呼びかけ,その席上,自社において受注したい旨述べたこと,これに対し,原告を除く8業者は受注を希望するとの意向は示さなかったこと,原告において下田案件を担当していた杉山は受注を希望する旨の意見を述べたこと,本件会合においては結局受注予定者を決定することなく,原告と富岡測量の2社のいずれかが受注すべきことを他の8業者が了解したこと,以上の各事実が認められる。
そして,証拠(乙第2号証,第4ないし第6号証,第8ないし第13号証)及び弁論の全趣旨によれば,公正取引委員会が本件勧告を行うに際しては,別紙2の「本件受注調整ルール」記載のような入札についての受注予定者に係る調整ルールが実効性をもって存在することを関係事業者らが供述していたこと,原告の担当である杉山は公正取引委員会の審査段階における事情聴取の際,前記ルールを認識していることを前提としてその内容を供述しており,原告と同時に本件勧告の被勧告人となった第一航業株式会社の千葉営業所長である花田章は,公正取引委員会の審査段階における事情聴取の際,受注調整のための会合に杉山が出席し,受注を希望する旨の発言をしたと供述していたこと,以上の各事実が認められ,公正取引委員会が本件勧告をしたことは,従前からの三要件基準に依拠したものであり,個別的事情を捨象すれば,原告についても不当な取引制限に該当する事実があったと一応はみることができる。
ところで,証拠(甲第15号証,第25号証,第37,第38号証,証人杉山到,原告代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,その代表者の信念として談合をしないことを社是としており,本件においても,杉山は指名を受けた業者間の大勢として受注の本命とみられていた富岡測量からの協力依頼の働きかけを断っていたこと,下田案件の落札価格は,発注予算の約6割であったこと,以上の各事実が認められ,これらの事情は,原告が最終的に富岡測量との間で受注に関する合意をしたのか否かについて疑念を抱かせるものと考えられ,本件勧告前に公正取引委員会においてさらに補充調査を行っていれば判明し得たことであるから,原告について措置勧告をしないという結論を導く余地は十分にあったものといわざるを得ない。そして,本件の担当者であった神田は,ある業者が会合に出席して,そこで受注意欲があることを述べ,結果としてその案件を受注していても,受注価格が低いというような事情があれば調査すべきであるけれども,対象業者が非常に多く判断を迫られていたので,詳細な調査をしなかったと証言しており,措置勧告が対象業者に与える事実上の効果の大きさに思いを致さず,事務処理を急ぐあまり本来必要とされる調査を省略したかのように述べているのは問題であるといわなければならない。
しかしながら,他方,証拠(甲第22号証,乙第19号証,証人神田高年)によれば,審査段階における事情聴取において,杉山は受注調整のための本件会合へ出席していない旨述べていたことが認められる。この点,原告は,杉山は審査官から現場説明会直後に相指名業者らとともに会合に出席しなかったかと問われたのに対しこれを否定したにすぎない旨主張するが,審判及び当公判廷における同人の供述はこれに副う内容もあれば,事情聴取のときは会合そのものがあったことを忘れていた旨の供述も存するのであって,一貫しないばかりでなく内容的にも曖昧であり,さらに5,6時間にもわたったという談合への参加の有無を判断するための事情聴取の間に,現場説明会直後の会合についてのみ質疑応答が行われるということは通常考えにくく,この点に関する杉山の供述を信用することはできない。そうすると,他方で花田章の供述から杉山が本件会合に出席して受注意欲を表明していたとの情報を得た公正取引委員会が,杉山において談合への加功を隠蔽しようとしており,同人からこれ以上の調査協力は得られないと判断することにも理由があったというべきである。さらに,原告は,本件会合には情報収集のために出席したにすぎないと主張するところ,当初から下田案件の受注を希望し,最終的にもそれを貫いたという態度に照らせばそのような意図を有していたこと自体は否定し難いものの,そもそも受注調整のための会合であることを知りながらそれに参加し,受注の希望を述べていることに照らせば,それ自体により調査段階で談合への関与を疑われてもやむを得ないといわざるを得ない。そして,前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,下田案件の会合において他の指名業者は受注意欲を表明した富岡測量と原告のいわゆる2社預かりとして話合いから離脱したこと,入札価格もこの2社が他の8社とは掛け離れており,しかも,2社の入札価格自体は非常に近似していることが認められるのであって,これらによると,事後的に談合に関与していたと判断される余地も十分にあったと考えられる。
以上の諸事情に照らすと,本件勧告前に公正取引委員会が収集した証拠によれば,原告が受注調整に応じたことを強く推認させる事実関係があったというべきであり,それ以上の補充調査を不要と考えたこともあながち無理のないことともいえる。
(4)以上の諸点を総合的に勘案すると,本件では公正取引委員会がより慎重に審査(調査)して結論を導くことが望ましかったとはいえ,その当時の証拠関係に照らして原告が下田案件に関する入札談合に加功したと認定して本件勧告を行ったことが,その職務上の義務に照らして不相当なものであったとまではいうことができず,国家賠償法上の違法性があると認めることはできない。
2 結論
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法第61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第49部

平成14年12月26日

裁判長裁判官 斎藤 隆
裁判官 小川 直人
裁判官 溝口 理佳

別紙1及び別紙2〈略〉

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