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防衛庁石油製品入札談合に係る独占禁止法違反被告事件

独禁法89条1項1号,独禁法95条1項1号,独禁法3条後段
東京高等裁判所

平成11年(の)第2号

判決

本店所在地 東京都港区芝浦1丁目1番1号
コスモ石油株式会社
同代表者代表取締役
岡部 敬一郎
〈本籍略〉
〈住居略〉
会社員
A1
昭和21年8月3日生
本店所在地 東京都港区西新橋1丁目3番12号
新日本石油株式会社
(旧商号 日石三菱株式会社)
同代表者代表取締役
渡 文明
〈本籍略〉
〈住居略〉
会社員
B1
昭和37年2月22日生
〈本籍略〉
〈住居略〉
会社員
B2
昭和44年11月16日生
本店所在地 東京都港区台場2丁目3番2号
昭和シェル石油株式会社
同代表者代表取締役
新美 春之
〈本籍略〉
〈住居略〉
会社員
C1
昭和28年11月29日生
〈本籍略〉
〈住居略〉
会社員
C2
昭和44年1月11日生
本店所在地 東京都千代田区丸の内3丁目1番1号
出光興産株式会社
同代表者代表取締役
天坊 昭彦
〈本籍略〉
〈住居略〉
会社員
D1
昭和43年5月7日生
本店所在地 東京都中央区日本橋箱崎町30番1号
扶桑石油株式会社
同代表者代表取締役
元村 祥二
〈本籍略〉
〈住居略〉
会社員
E1
昭和22年7月11日生
本店所在地 東京都港区海岸1丁目16番1号
東燃ゼネラル石油株式会社
(旧商号 ゼネラル石油株式会社)
同代表者代表取締役
ジー・ダブリュー・プルーシング
〈本籍略〉
〈住居略〉
無職
F2
昭和27年1月10日生
〈本籍略〉
〈住居略〉
無職
F2
昭和36年4月8日生
本店所在地 東京都中央区八重洲2丁目8番1号
キグナス石油株式会社
同代表者代表取締役
鷦鷯 守
本店所在地 東京都千代田区内幸町2丁目1番1号
九州右油株式会社
同代表者代表取締役
浅村 峻
本店所在地 東京都千代田区内幸町2丁目2番3号
太陽石油株式会社
同代表者代表取締役
河井 囲士
本店所在地 東京都港区三田3丁目11番26号
タイホー工業株式会社
『同代表者代表取締役
小坂田 弘三

上記の者らに対する各私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反被告事件について,当裁判所は,検察官中野寛司及び同中屋利洋出席の上審理し,次のとおり判決する。
主文
1 被告会社コスモ石油株式会社を罰金8000万円に,同新日本石油株式会社を罰金7000万円に,同昭和シェル石油株式会社を罰金3500万円に,同出光興産株式会社を罰金3000万円に,同東燃ゼネラル石油株式会社を罰金2500万円に,同扶桑石油株式会社を罰金1500万円に,同キグナス石油株式会社を罰金800万円に,同九州石油株式会社を罰金700万円に,同太陽石油株式会社及び同タイホー工業株式会社をいずれも罰金300万円に,それぞれ処する。
2 被告人A1を懲役1年6月に,同B1及びC1をいずれも懲役1年に,同B2,同C2,同D1,及び同E1をいずれも懲役8月に,同F1及び同F2をいずれも懲役6月に,それぞれ処する。
3 この裁判が確定した日から,被告人A1に対し3年間,同B1,同C1,同B2,同C2,同D1,同E1,同F1及び同F2に対しいずれも2年間,それぞれの刑の執行を猶予する。
4 訴訟費用は,別紙記載のとおり,同記載の被告会社及び被告人の連帯負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告会社コスモ石油株式会社,同新日本石油株式会社(本件当時の商号は,日本石油株式会社であり,平成11年4月1日,日石三菱株式会社に商号変更し,平成14年6月27日,新日本石油株式会社に商号変更した。),同昭和シェル石油株式会社,同出光興産株式会社,同扶桑石油株式会社,同東燃ゼネラル石油株式会社(本件当時の商号は,ゼネラル石油株式会社であり,平成12年7月1日,東燃ゼネラル石油株式会社に商号変更した。),同キグナス石油株式会社,同九州石油株式会社,同太陽石油株式会社,同タイホー工業株式会社,三菱石油株式会社(平成11年4月1日,日本石油株式会社に合併して解散した。),分離前相被告会社ジャパンエナジー電子材料株式会社(本件当時の商号は,株式会社ジャパンエナジーであり,平成15年4月1日,ジャパンエナジー電子材料株式会社に商号変更し,同年10月1日,新日鉱ホールディングス株式会社に合併して解散した。)は,いずれも防衛庁調達実施本部発注に係る石油製品である自動車ガソリン,灯油,軽油,A重油及び航空タービン燃料(以下,この5油種の石油製品を「本件各石油製品」という。)の納入等の事業を営んでいた事業者であり(以下,各会社名は「株式会社」を略した社名のみで記し,被告会社10社,三菱石油及びジャパンエナジーを合わせて「被告会社等」という。),被告人A1は,平成10年6月まで,被告会社コスモ石油の直売部2グループ長,それ以降同社産業燃料部2グループ長,同B1は,被告会社新日本石油(当時の商号日本石油)の産業燃料部直売グループ担当,同B2は,同年6月まで,三菱石油の産業エネルギー部ジェット燃料グループ担当,同年7月以降同部販売第2グループ担当,同C1は,被告会社昭和シェル石油の産業エネルギー部直売2課課長補佐,同C2は,ジャパンエナジー電子材料(当時の商号ジャパンエナジー)の産業エネルギー部産業販売グループ担当,同D1は,被告会社出光興産の販売部営業1課担当,同E1は,被告会社扶桑石油の公用部門課長,同F1は,被告会社東燃ゼネラル石油(当時の商号ゼネラル石油)の営業本部工業燃料潤滑油販売部直売部燃料課課長,同F2は,同部燃料課担当,G1は,被告会社キグナス石油の直売部担当,H1は,被告会社九州石油の販売本部直売部直売1グループ担当I1は,被告会社太陽石油の東京支店担当,J1は,被告会社タイホー工業の営業本部第2事業部営業第2部営業第1課担当の地位にあって,それぞれその所属する被告会社等の従業者として本件各石油製品(ただし,被告会社太陽石油については航空タービン燃料を除き,被告会社タイホー工業については軽油に限る。)の受注等に関する業務に従事していたものであるが
1 被告人A1,同B1,同B2,同C1,同C2,同D1,同E1,同F2,上記G1,上記H1及び上記I1の11名は,各自の被告会社等に所属するその他の従業者と共謀の上,それぞれその所属する被告会社等の業務に関し
(1) 平成10年4月7日ころ,東京都新宿区坂町所在の弘済企業株式会社会議室において会合を開催するなどして,防衛庁調達実施本部が平成10年度第1期暫定分として指名競争入札の方法により発注する本件各石油製品につき,平成9年度における各被告会社等の油種ごとの受注実績を勘案して受注予定会社を決定するとともに,当該受注予定会社が受注できるような価格で入札を行う旨合意し,さらに,同期暫定分の防衛庁調達実施本部発注に係る本件各石油製品の納入先基地名及び発注数量等を基に上記合意に従ってそれぞれ各被告会社等に配分して受注予定会社を決定し,もって,各被告会社等が共同して、防衛庁調達実施本部が同期暫定分として指名競争入札の方法により発注する本件各石油製品の受注に関し,各被告会社等の事業活動を相互に拘束し,遂行することにより,公共の利益に反して,本件各石油製品の油種ごとの上記受注に係る取引分野における競争を実質的に制限し
(2) 同年5月12日ごろ,上記弘済企業株式会社会議室において会合を開催するなどして,防衛庁調達実施本部が平成10年度第1期補正分として指名競争入札の方法により発注する本件各石油製品につき,平成9年度における各被告会社等の油種ごとの受注実績を勘案して受注予定会社を決定するとともに,当該受注予定会社が受注できるような価格で入札を行う旨合意し,さらに,同期補正分の防衛庁調達実施本部発注に係る本件各石油製品の納入先基地名及び発注数量等を基に上記合意に従ってそれぞれ各被告会社等に配分して受注予定会社を決定し,もって,各被告会社等が共同して,防衛庁調達実施本部が同期補正分として指名競争入札の方法により発注する本件各石油製品の受注に関し,各被告会社等の事業活動を相互に拘束し,遂行することにより,公共の利益に反して,本件各石油製品の油種ごとの上記受注に係る取引分野における競争を実質的に制限し
(3) 同年6月16日ころ,上記弘済企業株式会社会議室において会合を開催するなどして,防衛庁調達実施本部が平成10年度第2期分として指名競争入札の方法により発注する本件各石油製品につき,平成9年度における各被告会社等の油種ごとの受注実績を勘案して受注予定会社を決定するとともに,当該受注予定会社が受注できるような価格で入札を行う旨合意し,さらに,同期の防衛庁調達実施本部発注に係る本件各石油製品の納入先基地名及び発注数量等を基に上記合意に従ってそれぞれ各被告会社等に配分して受注予定会社を決定し,もって,各被告会社等が共同して,防衛庁調達実施本部が同期分として指名競争入札の方法により発注する本件各石油製品の受注に関し,各被告会社等の事業活動を相互に拘束し,遂行することにより,公共の利益に反して,本件各石油製品の油種ごとの上記受注に係る取引分野における競争を実質的に制限し
2 被告人A1,同B1,同B2,同C1,同C2,同D1,同E1,同F1,上記G1,上記H1,上記I1及びJ1の12名は,各自の被告会社等に所属するその他の従業者と共謀の上,それぞれその所属する被告会社等の業務に関し,同年9月8日ごろ,上記弘済企業株式会社会議室において会合を開催するなどして,防衛庁調達実施本部が平成10年度第3期分として指名競争入札の方法により発注する本件各石油製品につき,平成9年度における各被告会社等の油種ごとの受注実績を勘案して受注予定会社を決定するとともに,当該受注予定会社が受注できるような価格で入札を行う旨合意し,さらに,同期の防衛庁調達実施本部発注に係る本件各石油製品の納入先基地名及び発注数量等を基に上記合意に従ってそれぞれ各被告会社等に配分して受注予定会社を決定し,もって,各被告会社等が共同して,防衛庁調達実施本部が同期分として指名競争入札の方法により発注する本件各石油製品の受注に関し,各被告会社等の事業活動を相互に拘束し,遂行することにより,公共の利益に反して,本件各石油製品の油種ごとの上記受注に係る取引分野における競争を実質的に制限したものである。
(証拠の標目)
〈略〉
(争点についての判断)
第1 各被告会社,各被告人の主張
被告会社コスモ石油,同新日本石油,同昭和シェル石油,同太陽石油,被告人A1,同B1,同B2及び同C1の各弁護人は,概略,i.判示各指名競争入札において,落札価格は防衛庁調達実施本部(以下「調達実施本部」という。)によって定められ,指名業者間の価格競争は調達実施本部によって排除されており,調達実施本部が指名競争入札の方法により発注する本件各石油製品の取引分野(以下「本件取引分野」という。)において,被告会社らが競争を実質的に制限する余地はなかった,ii.被告会社らは,防衛庁に対する石油製品の迅速確実な納入を図るために,受注調整会議を開いて納入責任会社を決めていたものにすぎないなどとして,上記被告人らの行為は,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)3条(2条6項)の不当な取引制限の罪(以下「不当な取引制限罪」という。)を構成しないから,上記被告人はいずれも無罪であり,上記被告会社もいずれも無罪であると主張している。被告会社扶桑石油,同東燃ゼネラル石油,同キグナス石油,被告人E1,同F2及び同F1の各弁護人も,同様の観点等から,同罪は成立しない,あるいは同罪の成立に疑問があると主張している。被告会社出光興産,同九州石油,同タイホー工業,被告人C2及び同D1の各弁護人は,同罪の成立は争わないが,本件は競争阻害性は極めて低い事案であるなどと,情状としての主張をしている。
第2 本件各石油製品調達の概要,本件受注調整の状況及び判示各期における指名競争入札の状況
関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
1 調達実施本部における石油製品調達の概要
(1) 調達実施本部は,全国の自衛隊の基地等で消費する石油製品を一元的に調達しており,調達する石油製品は,ガソリン(自動車用及び航空用),灯油,軽油(一般用及び艦船用),A重油及び航空タ一軸ビン燃料(JP−4,JP−5,JP−4Aの3種)の5種類である。調達実施本部は,本件当時まで,その調達する石油製品のほとんどを指名競争入札の方法により発注しており(会計法29条の3第3項,29条の5),一会計年度をおおむね5期に分け,被告会社等のうち被告会社扶桑石油及び同タイホー工業を除く10社並びにモービル石油株式会社,富士興産株式会社及びエッソ石油株式会社(以下,これらについても社名のみで記す。〉の合計13の石油元売り業者を指名業者として,競争入札を実施していた。なお,被告会社扶桑石油はモービル石油から,同タイホー工業は富士興産から,それぞれ委任を受けて,それぞれの代理人として受注業務を担当していた。判示各期における本件各石油製品の指名状況は別表1「指名状況一覧表」記載のとおりである。
この指名競争入札による平成7年度から平成10年度までの各年度の石油製品の調達量は,おおむね,契約件数2000件前後,契約数量140万KL前後,契約金額430億円前後であり,1つの期に入札に付される物件は400件から500件に上ることがあった。
(2) 平成10年度第3期(以下,「平成10年3期」というように表記する。)までの調達手順及び実情は,おおむね次のとおりであった。
i. 契約締結等の事務を所掌する調達実施本部契約第2課(以下「契約2課」という。〉は,自衛隊等からの調達要求に係る燃料油等で指名競争入札に付するものにつき,各物件の調達要求番号,品名,数量,納入先の基地等,納期その他の細入条件等を記載した入札説明会資料を指名業者に交付した上,指名業者又はその代理人を集めて入札説明会を行い,入札期日等を告知していた。原価計算及び予定価格調書の作成等の事務を所掌する原価計算第2課(以下「原計2課」という。)は,物件ごとに予定価格を算定し,予定価格調書を作成して調達実施本部契約原価計算第2担当副本部長(以下「担当副本部長」という。〉の決裁を受け,これを契約2課に送付していた。そして,契約2課は,通常,入札説明会の翌週に2日続けて指名競争入札を実施していた(以下,この入札を.「当初入札」という。)。本件当時の契約2課担当官は,K1課長補佐(平成9年4月以降),K2係長(同年7月以降)ほかであり,原計2課担当官はK3課長補佐(同年4月以降)ほかであった。
ii. 原計2課による予定価格の算定は,市場価格方式により,各石油製品本体の1KL当たり単価(以下「基準価格」という。)と,輸送費及び税金等からなる固定経費を算出した上,基準価格に数量を乗じた金額に固定経費を加算した総価を定める方法によって行われていた(調達物品等の予定価格の算定基準に関する訓令〔防衛庁訓令第35号〕4条,11条,予算決算及び会計令(以下「予決令」という。)80条1項参照。)このうち固定経費は変動が少なく,その金額・算定方法は,後記第5の3のとおり各業者に教示されていた。基準価格については,毎期,燃料油の5つの市況資料(日本経済新聞,日刊工業新聞,財団法人経済調査会発行の「物価版〔積算資料〕」,財団法人建設物価調査会発行の「建設物価〔物価資料〕」,財団法人経済調査会発行の「価格調査報告書」。以下,「5市況」という。なお,価格調査報告書は平成10年2期まで。)を利用して検討され,当初入札予定価格においては,それらの中の最低値(以下「市況最低値」という。)が採用されていた(かつては示達予算単価の方が低い場合があり,それに従ったこともあった。)。
iii. ところが,平成10年3期まで長年にわたり,当初入札は,毎期,全件が不調となっていた(後記2グループ制のもとでは,第1グループについて)。すなわち,当初入札の1回目では,全物件について全業者が予定価格を上回る金額で入札を行い,引き続き,予決令98条,82条による再度の入札として,2回目,3回目の入札を実施しても,2回目には,二,三社を残してそれ以外の業者が,3回目には1社以外すべての業者が入札を辞退し(入札書用紙に「辞退」と記載して提出する。以下「辞退札」という。),入札した1社の金額も予定価格を上回るため,全件が不調となっていたものである。
iv. 続いて,契約2課担当官は,予決令99条の2に基づく各物件の随意契約締結のための交渉として,各物件について当初入札3回目に残った1社を相手に,商議を行った(以下「商議権者」という。)。このとき,各業者ともいずれかの物件につき商議権者となっており,結局,同課担当官は全業者と商議を行っていた。商議は,原則として2回,業者ごとに行われ,個別の物件についてではなく,油種ごとの単価について交渉がなされた。しかし,業者が当初入札予定価格中の基準価格以下の価格を申し出ることはなく,2回の商議に対応する見積書を2枚(「商1札」「商2札」と呼ばれていた。)提出させたが,いずれも当初入札予定価格を上回っていた。予決令99条の2は予定価格を超える金額での随意契約を禁じているため,随意契約の成立に至ることはなかった。
v. そこで,契約2課担当官は,商議経緯を勘案し,原計2課から示されていた,5市況の平均値や平均変動額等に基づいて算出された「計算価格」(又は「上限価格」)の範囲内で,油種ごとの基準価格につき,当初入札予定価格中のそれを上回り,業者が納入に応じてくれるであろう金額を定め,これを「最低商議価格(最終商議価格ともいう。)」として,原計2課に伝え,担当副本部長の内諾を得て,この最低商議価格を,その後の商議の期日に全業者担当者らに提示した。各業者担当者はこれを「指値」と呼び,契約2課担当官も業者との間では「指値」と呼んでいた。
これに対して,各業者は,各自の全商議物件について,最低商議価格に数量を乗じ,教示されていた額,算定方法による固定経費を加えた金額を見積額とする商3札を提出し,その金額も当初入札予定価格を超えているため,同時に,辞退する旨の商4札を提出し,結局,商議も全件不調に終わっていた。
vi. 調達実施本部は,全物件について,同じ指名業者を対象に新たに入札を実施することとし,原計2課では,基準価格を最低商議価格に引き上げ,固定経費は従前どおりとして,新たに予定価格を算定し,必要な場合には増加額の予算増加措置を受けた。そして,緊急を要する物件については当初入札の日から1週間程度後に,その他の物件についてはさらに1週間程度後に入札が行われ,全物件について,1回目の入札で商議権者が予定価格と同額で入札し,それ以外の業者は予定価格を上回る金額で入札し,商議権者が落札した。新たに行われるこの入札は,契約2課担当官及び業者問では「再入札」と呼ばれていた(以下「再入札」という。)。
そして,その後の契約締結の事務や納入事務は滞ることなく行われ,本件各石油製品の調達もおおむね滞ることなく行われていた。
vii. なお,調達実施本部は,昭和50年代後半から平成7年2期までは,全調達物件を2グループに分けて指名競争入札を実施していた(以下「2グループ制」という。)。つまり,調達に緊急を要する,全体の2割程度の第1グループの物件について上記とほぼ同様の過程で落札に至った後,第2グループについて,第1グループの落札価格と同額の予定価格を設定して入札を実施し,全件ともその予定価格と同額で1回の入札で落札されていた。
2 業者の受注調整の状況
被告人A1は,昭和61年ごろから,被告会社等の受注調整の中心として行動していたが,そのころ以降の受注調整の状況は,おおむね次のようなものであった(以下においては,これを判示各期のそれを含め「本件受注調整」という。)。
(1) 概要
本件受注調整は,指名業者又はその代理人のうちエッソ石油を除く被告会社等によって行われていた。被告会社等は,本件各石油製品である5油種について,各社の油種ごとの受注割合が,年間を通じて各社の前年度の受注実績の割合に見合うものとなるように,被告会社等のいずれかを各物件(エッソ石油が受注を希望すると予測した物件を除く。)の受注予定会社として決定し,他の会社は,当該物件を落札せずに,受注予定会社が受注できるような価格で入札を行うことを合意しており,これを長年にわたって維持,継続してきた。
被告人A1は,受注調整会議を入札説明会の日から当初入札の日までの間に設定し,各期の入札説明会が終わると,その場で被告会社東燃ゼネラル石油を除く被告会社等11社の担当者に対し,会議の日時場所を伝えて出席を呼びかけた。各担当者は,指定された日時に弘済企業の会議室などに集まって受注調整会議を開き,被告人A1が議事を進行し,主要な会社の間で持ち回りと決められていた幹事会社の担当者が被告人A1を補佐し,上記合意を確認の上,当該期の発注物件について受注予定会社を決定するなどしていた。被告会社東燃ゼネラル石油も,受注調整会議に出席しないものの,被告人A1を介して本件受注調整に参加していたものであり,同社担当者は事前に被告人A1らに受注希望物件を伝えて,受注調整会議ではこれに配慮した配分がなされ,その後,被告人A1らが会議の結果を同社担当者に伝達し,同社はそれに従っていた。三菱石油も,平成10年3期以降は,受注調整会議への出席を差し控えることとし,被告会社東燃ゼネラル石油と同様の方法で本件受注調整に加わることになった。
被告会社等の担当者は,受注調整会議のことを「配分会議」「ドラフト会議」「会議」などと呼び,受注予定会社のことを「チャンピオン」と表現する者もいた。
(2) 受注調整会議の状況
i. 受注調整会議では,まず被告人A1が,自動車ガソリン,灯油,軽油及びA重油について,シェア持分がないとされていた被告会社九州石油,同太陽石油及び同タイホー工業以外の各社に対し,前年度受注実績を勘案して定めた配分数量の目安を提示した。そして,エッソ石油の受注傾向から予測される同社の受注希望物件及び被告会社車燃ゼネラル石油(平成10年3期には三菱石油も)が受注を希望する物件を一覧表に記入して示した。被告会社九州石油等上記3社以外の各社の担当者は,順番に受注希望物件を表明し,1社だけが希望した物件はその会社が受注予定会社になり,希望が競合した物件については,当事者の協議などによって受注予定会社を決定した。被告会社九州石油等上記3社に対しては,被告人A1が,各社の希望と受注実績を勘案して適宜物件を割り当てた。受注希望が全くなかった物件(落ち穂拾い物件といわれていた。)については,被告人A1が,大手の被告会社コスモ石油及び日本石油を中心に割り当てた。
航空タービン燃料については,被告人A1が,前年度受注実績を勘案した配分案を提示し,異議のあるときには,上記同様の協議などにより受注予定会社を決定した。このほか,被告人A1は,前年度シェアより多めの希望を出した会社の希望を抑えたり,事情により前年度シェアより少な目になった会社には次期以降に配分を多くするなどして,各社のシェアに変動のないようにしていた。
以上を通じて,エッソ石油の受注希望物件は,最初から被告会社等の受注希望の対象から除かれていた。
ii. 当初入札の入札書及び商議札の記載に当たっては,全物件につき,次のように行うべきことが合意されていた。すなわち,
ア 当初入札では,受注予定会社を含め,いずれの会社も予測した当初入札予定価格を超える金額で入札する。
イ 当初入札の2回目では,受注予定会社以外にも指定された1社以上の会社は辞退せずに入札をし(そうした会社は「追っかけ」などと呼ばれていた。),それ以外の会社は辞退する。3回目の入札では「追っかけ」も辞退し,受注予定会社だけが入札する。
ウ 商議では,商1札,商2札は予測した当初入札予定価格を超える金額を記載し,商3札は,調達実施本部が提示した最低商議価格に基づく金額を記載し,商4札は辞退札とする。
被告人A1は,当初入札予定価格を推測して,入札書及び商議札に記入すべき金額を算定するための油種ごとの基準価格を,前の期の最低商議価格との差額の形で,若干の幅をもった金額にして,ホワイトボード等に記載して参加業者に示した。それは,例えば,当初入札1回目から「入+3000〜+5000円/KL,入+1500〜+2000,入+600〜+800,商0〜▲100,商▲200〜▲400,商?,商辞」というように順次減額していくものであり,被告人らはこれを「価格レンジ」と呼んでいた。被告人A1は,当該期の当初入札予定価格及び最低商議価格をおおむね予想しており,同被告人が価格レンジで示す金額は,当該期の当初入札価格中の基準価格はもとより,その後提示される最低商議価格をも上回るものであった。そして,被告人A1は,価格レンジを示すときに,「業界としては……ぐらいで落札したいね。」「我々としては,これくらいは欲しいですね。」などと言ったこともあった。
iii. 最後に,被告人A1は,エッソ石油の受注希望予測物件を含む全物件につき,指名業者の中から適宜の会社を各物件の「追っかけ」として指名し,承諾を得た。
iv. 再入札については,受注予定会社が最低商議価格に基づく金額で入札し,それ以外の会社はそれを上回る金額で入札することが,合意されており,被告人A1から,再入札の際に受注予定会社以外の会社がどの程度の金額で入札すべきかについて指示がなされたことがあった。
なお,前記2グループ制がとられていた間は,価格レンジや追っかけは第1グループだけについて取り決められていた。
(3) 実際の入札においては,被告会社等はいずれも受注調整会議でなされた合意の結果に従って行動した。エッソ石油も,自社の実績のある物件を中心にシェアを確保すればよいとの姿勢であり,再入札まで他社の上記1i.ないしvi.のパターンに合わせて行動し,本件受注調整を妨害する行為に出たことはなかった。こうして,受注予定会社(エッソ石油の受注希望物件については同社)だけが当初入札3回目でも辞退せず,かつ,その入札金額が当初入札予定価格を超えていたために,当初入札は全件不調となり,受注予定会社(又はエッソ石油)が商議権者となっていた。商議においても,各商議権者が当初入札予定価格の基準価格以下の金額を提示することはなく,価格レンジに沿った交渉をしていたので,全件不調となって,調達実施本部により,最低商議価格の提示がなされ,再入札において,受注予定会社(又はエッソ石油)が同価格に基づく価格で落札し,契約締結に至っていた。
3 判示各期における受注調整(本件犯行状況)と入札結果
(1) 判示各期においても,各入札説明会閉会直後に,被告人A1が被告会社等担当者に受注調整会議の日時場所を告げ,平成10年1期暫定分は平成10年4月7日に,同年1期補正分は同年5月12日に,同年2期は同年6月16日に,同年3期は同年9月8日に,いずれも弘済企業会議室において受注調整会議が開催された。
同会議には,被告人F2及び同F1以外の各被告人(平成10年3期は被告人B2も除く。),G1,H1,I1(ただし,同年1期補正分にはI2)及びJ1(同年3期のみ),その他同人らを補助する従業員が出席していた。各会議では,被告人A1が「それで始めましょうか。」などと言い,出席者の間で,対象期の本件各石油製品について前年度の油種ごとの受注実績を勘案して受注予定会社を決定し,同社が受注できるような価格で入札を行うように受注調整を行う従来の合意が確認・合意され,引き続き,受注予定会社の決定,「追っかけ」の指定,価格レンジの指示がなされた(ただし,硫黄島納入物件については,「追っかけ」の指定はなかった。)。
(2) 被告会社東燃ゼネラル石油については,平成10年1期暫定分,同補正分及び同年2期においては被告人E2が,同年3期においては被告人F1及び部下のF3が,それぞれ,同社の受注希望物件を記載した物件リストを作成して,あらかじめこれを被告人A1に渡し,受注調整会議において同社の希望を勘案して受注予定会社を決定してくれるように依頼し,その結果に従って入札等を行うことを約束した。そして,各受注調整会議の後に,被告人A1から,同社が受注予定会社に決定した物件,価格レンジ等について伝達を受けた。三菱石油の平成10年3期も同様で,被告人B2が同A1との連絡事務を行った。
(3) 入札手続きも従来と同様に行われ,再入札の1回目で,受注予定会社が,それぞれ受注調整会議で決定した物件を(エッソ石油は,その受注希望物件を),最低商議価格に基づく予定価格と同額で落札した。各油種における当初入札予定価格中の基準価格と再入札予定価格中の基準価格の差額,判示各期における各社の落札金額の合計は別表2,3のとおりである。
(4) なお,その後の平成10年11月,本件指名競争入札について,大手業者の希望に沿うように割高な価格で落札が決まる不透明な入札が繰り返されていたという報道がなされた。そのため,被告人A1は,その2日後の入札説明会の際に,被告会社等の担当者に対し,本件受注調整をやめることを告げ,全員の了解を得た。こうして,平成10年4期から本件受注調整は行われなくなった。
第3 検察官及び弁護人の各主張
1 検察官は,i.被告人A1らは,被告会社等が受注割合を確保するとともに,価格競争による落札価格の下落を防止し,さらには,予定価格再算定による落札価格のつり上げを目的に本件受注調整をしていたものである,ii.当初入札が全件不調になり,商議を経て,新たな入札で落札するのが常態となっていたが,当初入札予定価格はほとんどの物件について採算性のある価格であり,調達実施本部があえて当初入札を不調に終わらせる意図をもって,不当に低額な予定価格を算定していたわけでなく,上記のような結果になっていたすべての原因は,被告会社等が本件受注調整によって,当初入札でも落札が可能であるのに,あえて高額の入札をしていたことにある,iii.したがって,本件受注調整がなければ業者間の価格競争は十分に期待することができ,本件取引分野において,自由競争性が存在したことは明らかであり,本件受注調整が不当な取引制限罪に該当することも明らかである,と主張する。
一方,同罪の成立を争う被告会社及び被告人の弁護人ら(以下,単に「弁護人」という。)は,以下のとおり主張している。すなわち,
i. 本件各石油製品には,防衛庁独自の製品仕様による物件,航空タービン燃料のように業者所有の専用タンクを必要とする物件,僻地・離島の基地に対するものやドラム缶納入のように輸送等に特殊な手段や多額の費用・負担を要する物件などが少なくなく,これらについて価格競争が行われれば,落札価格が高騰し,あるいは調達不能・遅延を来たすおそれがあった。調達実施本部は,これらの物件について,特定の業者の協力を得て,実質的には随意契約により納入責任会社を確保する必要があった。
ii. しかし,調達実施本部としては,競争入札を原則とする会計法上の建前は維持する必要があり,現実にも,毎期多数の物件につき,物件の個別事情を考慮して予定価格を算定したり,商議を行うことは不可能であった。また,歴代の調達実施本部担当官は,会計検査院から落札価格の価格水準が一律でないことを問題視されることをおそれていた。契約2課の少ない担当者によって,多数の物件の調達事務を短期間で完了しなければならない事情もあった。
iii. そこで,調達実施本部は,同一油種の基準価格を同一とする「一物一価」の方針をとり,輸送費等についても「固定経費」として指名業者に教示して遵守させることとし,当初入札においては,予定価格以下の入札書があっても訂正させるなどしてあえてこれを不調とし,商議においては,自ら定めた油種ごとに一律の基準価格を指値として提示して各業者に承諾させ,再入札においても,指値に従った価格でのみ落札させていた。こうして,各物件の落札価格は「一物一価」となっており,実施調達本部は,調達物件総体としては,国に有利な価格水準で調達できていたものであり,本件取引分野においては調達実施本部によって自由競争が排除されていた。
iv. その一方で,調達実施本部は,被告会社等に対し,受注調整によって納入貢任会社を決定することを要請し,あるいは,少なくとも被告会社等が本件受注調整をしていたことを熟知しながら,本件各石油製品の調達確保のためにこれを利用していたものであり,本件受注調整について,不当な取引制限罪は成立しない,というのである。
第4 本件受注調整が行われるようになった経緯について
1 ここで,本件受注調整が行われるようになった経緯についてみてみる。
A2(元被告会社コスモ石油関係者〈証拠略〉)、B3,(元日本石油関係者〈証拠略〉),L1(元ジャパンエナジー関係者〈証拠略〉)は,各検察官調書において,遅くとも昭和30年代後半から,被告会社等(その前身を含む。)のうち当時から指名業者になっていた各社の担当者は,入札前に会議を開いて受注配分をしていたこと,そこでは,前年度受注実績をおおむね限度とし,各社の希望を調整して,物件ごとに受注予定会社を決定した上,受注予定会社が入札する価格を決め,他の各社はそれを上回る価格で入札することを合意していたこと,各社はその合意に従って入札等を行い,受注予定会社が受注予定物件を当初入札で落札し(A2によれば4割程度),あるいは商議による価格交渉により,おおむね随意契約が成立していたこと,受注調整会議では,希望者が重なった物件の配分や,新規に指名業者になった会社に与えるシェアなど,各社の利害が対立する場面では,激しい議論になったこともあったことなどを供述している。
さらに,A2は,上記検察官調書において,その後,昭和49年ないし50年ころ,防衛庁担当の部下A3から,『防衛庁がなかなか価格を上げてくれないので,各社が一緒に,要望価格を下げないよう頑張ることになった』との報告を受け,その方針で行くことを了承したと供述している。B3も,上記検察官調書において,「オイルショック時に,調達実施本部が業者に早期に安定して調達することを要求したので,業者は話し合って,責任を持って集める製品の種類,量を割り当てた上,受注配分をした。価格については,入札前から大手5社と調達実施本部との間で種々話し合う中で腹を探り合い,当初入札,商議後の随意契約又は商議によって妥協した価格に基づく再入札によって受注した。オイルショックの後,調達実施本部からの上記のような要請がなくなってからも,各社の実情を踏まえた配分ができること,シェアや受注場所等が一定し無用の競争を避けられること,価格についても結束行動が取れることから,受注調整を続けていた。」と供述している。
昭和47,8年以降に調達実施本部の担当者になったE2(元被告会社扶桑石油関係者〈証拠略〉)及びG2(元被告会社キグナス石油関係者〈証拠略〉)も,担当者になったときから上記の受注調整に参加していたと供述している。
2 上記各供述は,基本的に合致しており,信用することができる。A2は,その証言において,昭和30年代から40年代にかけて,受注調整を行うような会議は全く存在しなかったと証言し,当時の受注調整に係る事実をいずれも否定しているが,上記B3,L1らの検察官調書にも照らし,到底信用できない。したがって,A2の上記検察官調書のいわゆる特信性は肯定されるし,その信用性も高いもの.と認められる。そして,被告人A1の検察官調書(〈証拠略〉)及び公判供述等によれば,同被告人が担当するようになった昭和52年ころには,すでに当初入札は全件不調になっており,そのころから,本件当時と基本的に同じ形で受注調整及び入札手続が行われていたことが認められる。
以上を総合すると,被告会社等は,昭和30年代から配分会議を開いて入札物件の受注予定会社を決め,その会社が落札できるように他社が入札することなどを合意し,実施してきたが,当初入札で落札する物件が相当割合あり,当初入札が不調でも,随意契約が成立していたこと,昭和48年の第1次オイルショック以後,調達実施本部と被告会社等のそれぞれが求める価格の開きが大きくなり,被告会社等は要望価格の最低限を調達実施本部に提示するようになったこと,昭和49年ないし50年ごろから,当初入札は全件不調となり,その後の受注調整及び入札手続の原形が形作られたことが認められる。
第5 当初入札について
調達実施本部及び業者双方の関係者の供述によれば,調達実施本部担当官が業者に対し,明示的に,当初入札での落札を禁じたり,全件不調にすることを指示・要請したことのなかったことは明らかであるが,弁護人は,種々の点を指摘して,調達実施本部は当初入札を全件不調にさせていたと主張している。
1 入札対象物件の選定について
(1) 弁護人は,調達実施本部は,本来,競争の可能性がなく,随意契約によるべき物件を本件指名競争入札の対象としており,そのことは,調達実施本部が形式的に競争入札を行っていたに過ぎなかったことを示していると主張する。その具体例として,i.八戸地区の航空タービン燃料,ii.年度末の5期(保管分)の航空タービン燃料及び艦船用軽油,iii.硫黄島,南鳥島及び見島各基地への納入物件,iv.春日基地への納入物件を挙げており,その理由は,i.につき,調達数量が指名業者2社の供給可能量と同程度であったこと,ii.につき,受注できるのは当該基地周辺にタンクを保有する業者に限られていたこと,iii.iv.につき,特定の会社だけが使用可能な特殊なタンカーやタンクがなければ納入できないことなどである。
(2) 関係証拠によれば,上記各物件については,弁護人が主張する事情の存在がうかがわれる。しかし,調達実施本部による指名業者の選定は,油種,地域,納入方法において納入可能であると回答した業者を指名業者に選定するなど,基本的には実情を踏まえたものであり,硫黄島物件については,平成10年3期から指名業者を被告会社昭和シェル石油1社に変更している。いずれにしても,随意契約によるべきかどうかは,調達機関として会計法29条の3第4項等の法令に則り決すべき裁量の問題であり,全案件中に上記のようないくつかの問題となる物件があるからといって,直ちに,調達実施本部が当初入札を全件不調にする意図を有していたということにはならない。
2 当初入札価格中の基準価格を市況最低値に基づいて誰定していたことについて
(1) 予定価格の計算項目は基準価格と固定経費からなっていた(第2の1(2)ii.)。基準価格は,油種ごとに全国一律に定めており,自動車ガソリン,灯油,軽油及びA重油については,京浜地区にタンクローリーで納入する場合の輸送費相当額を含んでいた。航空タービン燃料(JP−4,JP−5)については,市況価格が存在しないため,灯油マイナス2100円/KLを基準価格としていた。
「固定経費」の計算項目は,「グレード差」(自動車ガソリン1号は1KL当たり同2号の基準価格プラス1万2000円,航空タービン燃料のJP−4AがJP−4及びJP−5の基準価格プラス100円。ただし平成10年度。過去にはA重油にも3段階あった。),「地域差」(輸送費。航空タービン燃料では全額。その他の油種では京浜地区納入との差額),「荷姿経費」(ドラム缶納入の場合の梱包費等),「税金」(一部の製品につき揮発油税,軽油取引税等)及び「その他の経費」(春日基地航空タービン燃料のタンク使用料のみ)とされており,年度によって改訂されたこともあった。
(2) 調達実施本部では,長年にわたり,当初入札予定価格中の基準価格として,5市況中の市況最低値(通常は日本経済新聞の市況値)を採用していた。その理由につき,K3課長補佐,元担当副本部長であったK4,同K5らは「予定価格は,……取引の実例価格……等を考慮して適正に定めなければならない。」との予決令80条2項の規定に従い,市況最低値も実際に市場で契約が成立した取引の実例価格であるから採用したもので,落札の可能性はあると考えていた,最も安い価格で調達しなければならない責務があり,石油製品に限らず,一番最初は考え得る最低値から始めるのが,調達実施本部の慣例であるなどと証言している。
実際にも,国立病院等で競争入札によって調達された重油及び灯油については,輸送費等を含めて対比しても,調達実施本部が利用していた資料による市況最低値以下の価格で落札した事例が少なからず存在している(平成10年度については資料作成報告書〈証拠略〉,資料入手報告書〈証拠略〉。なお,検察官作成の平成13年12月7日付証拠説明書〔甲第209号証関係〕参照。それ以前については証人K3の証言等。)。したがって,本件の調達物件の中にも,当初入札予定価格であっても,品質,受注量,納入場所,納入方法等を総合した場合,販売による利益の面で上記国立、病院等の事例に劣らない物件も少なからず存在していたものと推認される。
本件後の指名競争入札においても,平成11年1期及び2期には,航空タービン燃料以外の物件で,落札価格全体(固定経費を含む。)の単価が当該油種の当時の市況最低値を下回ったものが,多数ではないが59件存在しており(資料入手報告書〈証拠略〉。なお,検察官作成の平成13年12月7日付証拠説明書〔甲第211号証関係〕参照〉,基準価格相当分だけを比較した場合には,さらに多数の物件において,その落札価格が市況最低値を下回ったものと推認できる。
また,できる限り安い価格で調達しようとすること,会計検査院からそうした努力を怠っているという指摘を受けないようにすることは,調達機関として当然のことであろう。したがって,調達実施本部担当官が当初入札予定価格中の基準価格に市況最低値を採用していたことには,相応の理由があったものと考えられる。
(3) 予定価格のその他の構成要素のうち,固定経費中の地域差(輸送費),荷姿経費については,地域,僻地・離島,輸送・納入方法などに応じ,関係価格資料を参考に,標準的な金額と各条件に応じた差額を設定しており,不当に低額な算定方法を採用していたとは認められない。
また,航空タービン燃料の基準価格については,「調達物品等の予定価格の算定基準に関する訓令」14条により,類似計算として,灯油の基準価格から京浜地区タンクローリー納入の輸送費相当分として1500円を控除し(航空タービン燃料については別途加算されるため。),さらに,製造・納入に手間がかかる半面,発注量が多いことを考慮して差引き600円を控除し,灯油の基準価格マイナス2100円と定めていた(〈証拠略〉〈略〉)。これに関連して,日本石油のB4作成にかかる後記「支店別限界利益」と題する一覧表では,平成10年度分において,航空タービン燃料の限界コストは,灯油のそれより100円ないし200円割安とされていること(〈証拠略〉),D2(被告会社出光興産関係者)が平成7年に同被告会社の調達実施本部納入の航空タービン燃料と民間納入の航空タービン燃料の価格を比較したところ,販売価格から運賃等の蒙動費を差し引いた蔵出し価格では,調達実施本部納入分が民間納入分を約6000円/KL上回っており,契約価格ではあるが相当に高い水準にあったこと(〈証拠略〉)も認められる。航空タービン燃料についてかねがね業者から基準価格引上げの要望が出ていたことは認められるが,不当に低額な価格設定をしていたとはいえない。
(4) 被告会社等の内部資料に基づいて,当初入札予定価格の水準について検討する。
i. 日本石油
日本石油で被告人B1の前任者であったB4及び被告人B1は,それぞれ,油種・時期・支店・取引先別に「支店別限界利益」と題する一覧表を作成していた。B4らは,この限界利益がプラスであれば,販売した方が販売したいよりも利益が増えて得であり,マイナスであれば販売しない方が得なので,限界利益の有無が取引をするかどうかを判断する目安となるとして,上記一覧表において限界利益を算出していたものである。その算式は,限界利益=売上高−限界コスト(原料費及び精製変動費)−販売変動費(運賃及び油槽所経費)である。
そして,B4が平成9年,10年の取引について作成した一覧表(〈証拠略〉)によれば,調達実施本部との判示各期の取引における油種ごとの限界利益は,約6000円ないし約9100円/KLであった(論告55頁において検察官が主張する数値から,B4が供述するドラム缶詰納入の場合の加算費用を控除するなどしたもの。)。他方,各期各油種の落札価格は,別表1のとおり,市況最低値を基準とした当初入札予定価格よりも1600円ないし5600円/KL高くなっており(論告51頁にいう「増差額」に当たる。),この増差額を上記限界利益から控除した残額,すなわち当初入札予定価格で落札した場合の限界利益は約2200円ないし約6600円/KLである。日本石油における平成10年度,商社取引以外の全取引の油種ごとの限界利益平均は,約3700円ないし約5800円であり,上記の数値はこれらと比べても特に低いレベルにあるとはいえない(以上,〈証拠略〉)。
上記の結果に照らすと,日本石油の販売担当者の立場からしても,本件各石油製品の相当数の物件について,当初入札予定価格以下で販売することが許されると判断できるものであったといえる。弁護人(被告会社新日本石油,被告人B1,B2)は,石油製品の原価を算定することは一般に不可能であり,変動費についても,本件各石油製品は納入条件等が特殊であるために,上記一覧表よりも高額であると主張する。しかし,上記限界利益が取引販売活動上の指針としての意義を有していたこと,さらに,当初入札予定価格であっても,他の取引先との取引と比べて,遜色のない利益が見込まれる物件も少なくなかったことは,十分に認められる。
ii. ジャパンエナジー
ジャパンエナジーでは,製造原価を算出することなく,各油種のある時期の平均売上単価や原油代等をもとに,仕入れ価格に相当するものとして「管理原価」を算出していた。そして,この数値を用いて,直接利益(=販売単価−管理原価−販売変動費)を算出し,ある販売単価で売る場合の収益性の高低を判断する目安にしていた。ちなみに,平成10年度における直接利益の目標金額は,第一次的な目標が全油種平均で3292円/KL,より現実的な目標が同じく2275円/KLであった。これと同じ数式に,調達実施本部との本件取引の実績を当てはめると,平成10年度全体の直接利益は全油種平均6692円/KLであり,油種ごとに約5900円ないし約1万0100円/KLであった。
そこで,日本石油と同様に,各油種につき,判示各期の当初入札予定価格から落札価格への「増差額」を上記直接利益から控除すると,その残額すなわち当初入札予定価格で落札した場合の直接利益(ただし,この直接利益は,平成10年度全体の数値であるが)は,約2000円ないし約5000円/KLであると認められる。この数字は,同社の上記直接利益の目標金額や,同社の平成9年,10年の販売実績における直接利益の平均値1790円/KL(平成9年),1140円/KL(平成10年。いずれも業者間融通受け払いを除く。)と比べても低い数値とはいえない(以上,〈証拠略〉)。
iii. 被告会社出光興産
同被告会社の社内資料をもとに,同社の計算方法により,対大口需要家取引における限界利益(限界収入〔販売価格から変動費等を控除〕−本社仕切〔原料費及び精製費〕)を算出することができ,これによると調達実施本部との判示各期の取引による油種ごとの限界利益は,約3000円ないし約9000円/KLである。これらの限界利益は釜池種,全期において上記「増差額」を上回っており,その差額(当初入札予定価格で落札した場合の限界利益)は大半が1000円/KL以上である。
また,他の大口需要家2社の限界利益は,マイナスであったり,1000円/KL以下である時期も少なくない(以上,〈証拠略〉)。
iv. モービル石油
同被告会社の社内資料をもとに,同社の計算方法により,調達実施本部との判示各期の取引における油種ごとの粗利(Variable Margin,甲85中の資料iii.では「売上利益」とされている。)を,粗利=(落札価格−被告会社扶桑石油に対する販売手数料)−製品コスト−(転配送費+油槽所経費等)によって,算出すると,その金額は約2900円ないし約8900円/KLである。そして,これらの大半が上記「増差額」を上回っており,その差額(当初入札予定価格で落札した場合の粗利)はほとんどが1000円/KL以上となる。なお,モービル石油が代理人を使わなければ,上記粗利は被告会社扶桑石油に対する1000円ないし2500円/KLの販売手数料を加算したものとなるから,その場合には,全油種,全期について「増差額」を上回ることになる(以上,〈証拠略〉)。
v. 被告会社東燃ゼネラル石油
同被告会社において使用されていた販売による利益の計算方法に従い,調達実施本部との判示各期の取引による直接利益を算出すると(直接利益=販売価格−製造原価−標準的転配送経費)を算出すると,全油種平均で7000円/KL程度であり,これは同様の方法で算出した全取引平均を大きく上回っている。そして,この金額は,いずれも上記の「増差額」を数千円上回っている(これが,当初入札予定価格で落札した場合の直接利益となる。以上,〈証拠略〉)。
vi. 被告会社キグナス石油
同被告会社では,毎年度末に,個別取引を取引先ごとに集計した「燃料油販売実態表」を作成していた。そのうちの「商利」の金額は,「売上価格−対内指示価格−転送費−出荷運賃等」によって算出されており,「対内指示価格」とは,同被告会社に石油製品を販売していたキグナス石油精製株式会社の同被告会社に対する販売価格である。平成10年夏ころ,当時,同被告会社直売部長であったG3は,平成9年度分の上記「燃料油販売実態表」をもとに,取引先ごとの年間取引量や商利を比較して営業戦略を検討したことがあり,同表は同被告会社の営業方針を定める上で信頼できる資料であったと認められる。
そして,平成10年度分の調達実施本部との取引についての「燃料油販売実態表」によれば,同年度の取引全体における油種ごとの商利は約3800円ないし約10000円/KLである。これを上記「増差額」と比較すると,判示各期に含まれない平成10年4,5期を含んだ数字であるが,上記の商利が全油種において「増差額」を上回っており,その差額(当初予定価格で落札した場合の商利)は航空タービン燃料以外は4000円以上/KLとなっている。また,これは,同被告会社の他の取引先の商利と比較しても低いとはいえない金額である(以上,〈証拠略〉)。
vii. 被告会社九州石油
同被告会社では,仕切価格(販売価格)から直接費(運賃等,JP−4については専用タンク費用4000円をも加算)を引いた現実の蔵出し価格につき,その下限として油種ごとに「ボトム価格」を設定し,営業担当者が顧客と交渉する際の指針としていた。調達実施本部との判示各期の取引実績について,油種ごとに,販売価格から直接費を引いた蔵出し価格の平均とボトム価格とを比較すると,ごく一部(平成10年3期の灯油及び航空タービン燃料等)を除いては,蔵出し価格がボトム価格を最高7700円/KL程度上回っている。そして,当初入札予定価格で落札した場合の蔵出し価格(現実り蔵出し価格から上記「増差額」を減じたもの)はボトム価格に比べて,マイナス約4100円ないしプラス約2700円/KLとなる(論告69頁にいう「粗利」に相当する。)なお,H2の検察官調書(〈証拠略〉)添付の一覧表,資料作成報告書(〈証拠略〉)等によれば,判示各期に同被告会社が落札した個別の物件の多くにつき,調達要求番号,数量,直接費,当初入札予定価格等が判明する。それらに基づいて,個別物件の当初入札予定価格で落札した場合の蔵出し価格(当初入札予定価格−直接費)を算出し,これとボトム価格との差額を計算すると(いずれも1KL単価),油種及び期ごとの平均値は上記数値におおむね符合している。
したがって,同被告会社が当初入札予定価格で落札しても,相当程度の物件についてボトム価格を上回る可能性があったといえる。ボトム価格を下回る物件が少なからず生じた可能性もあるが,同価格はいわば目標値であって,同被告会社は他の取引先との取引実績においても,蔵出し価格がボトム価格を1000円ないし3000円/KL程度下回ることが多くなっており,それらと比較すれば,当初入札予定価格が特に低いとはいえない(以上,〈証拠略〉)。
viii. 以上の計算は一般管理費等を含めた採算性を明らかにするものではなく,各社によって計算の目的や用いられている概念も異なっている。しかし,上記各社において,自社で採用している計算方法や概念を用いて計算した結果を総合すると,概して,販売担当者として,当初入札予定価格によって売買をすることも許されると判断できるものであり,また,他の取引先と比べて遜色のない利益が生じ得るものであったといえる。
なお,検察官は,論告において,三菱石油,被告会社昭和シェル石油について,各社内資料から経常利益,限界利益が明らかになるので,これを上記「増差額」と比較すると,当初入札予定価格で落札しても採算性があることが明らかであると主張し,その社内資料を証拠として提出している。しかし,それらの資料の意味内容は必ずしもすべてが明らかとはいえず,検察官の主張が十分に裏付けられているとは即断し得ない。また,検察官は,被告会社コスモ石油,ジャパンエナジー,モービル石油の受注物件について,個別的に当初入札予定価格によって落札した場合の利益の有無について主張し,それに関する証拠も提出しているが,当初入札予定価格の水準の適否に関しては,上記の検討で足りるものと考える。
(5) 弁護人は,市況最低値による当初入札予定価格は,条件によっては落札可能な物件が含まれていたとしても,本件各石油製品の品質,納入条件等の特殊性に照らすと,業者としては受入れ難い価格水準であった,調達実施本部がこのような予定価格を設定しデ全件不調が続くにもかかわらずこれを維持していたのは,調達実施本部が最低商議価格(指値)によって価格を決めて調達する意図であって,当初入札で調達する意思はなかったことを示していると主張するので,検討する。
① なるほど,K2係長,K1課長補佐及びK3課長補佐が,それぞれ,当初入札予定価格が低額で実情に合わなかったと思う旨証言している箇所がある。会計検査院による平成9年度決算検査報告(1〈証拠略〉)において,検査対象となったJP−4につき,予定価格の算定方法を見積資料を徴するなどして実態を反映したものにすることを指示され,これを受けて,調達実施本部は平成10年4期,5期から順次,算定方法を前期契約価格に市況変動値を加減する等の方法に変更している(〈証拠略〉)。したがって,本件当時の当初入札予定価格の算定方針が硬直化していたとの面がないではない。
② しかし,上記(2)ないし(4)によれば,調達実施本部が当初入札予定価格中の基準価格に市況最低値を採用していたことには法令等に準拠した理由があり,しかも,固定経費を加えた当初入札予定価格全体の水準は,およそ落札が期待できないような非現実的な価格ではなかったことはもちろん,各社の営業指針の点からみても,あるいは他の取引先と比べても,概して,低過ぎる水準であったとはいえない。また,調達実施本部担当官らの証言を総合すると,同担当官らが市況最低値による予定価格の設定を継続してきたのは,会計検査院の意向を推し量って,最も安い価格による調達を試みるべきであるという方針に固執していたことによるものであったと認められ,それ以上に,当初入札では調達をしないという方針に基づくものであったとは到底認められない。例えば,K4元担当副本部長(〈証拠略〉)及びK3課長補佐(〈証拠略〉)は,それぞれ,上記平成9年度決算検査報告において市況最低値を採用した予定価格に問題があると指摘され,過去の会計検査院の指導と正反対の指摘だったので驚いた旨供述しているところである。
iii. さらに,平成9年から,10年にかけて,K1課長補佐とK2係長は,当初入札が不調となる原因は予定価格が低過ぎるからであると考えて,2回にわたり,K3原計2課課長補佐に対し,計算価格に近づけた予定価格を作成してくれるように申し入れたことがあるが,K3から,国立病院での落札価格などを例にあげて,物件によっては市況最低値での落札がなされてもおかしくはないから予定価格を見直す考えはないとして,その申し入れを断られている(〈証拠略〉)。
iv. 以上によれば,調達実施本部が当初入札予定価格を市況最低値をもって設定し,これを継続していたことが,調達実施本部が当初入札を全件不調に終わらせようという方針をとっていたことを示すものとはいえず,弁護人の上記主張は採用できない。
3 予定価格の算定方法の教示について
(1) 調達実施本部担当官は,業者に対し,予定価格の算定方法等を教示・開示していた。平成5年春ころ,当時原計2課課長補佐であったK6は,日本石油に赴いて,同社担当者に対し,「燃料油(主燃・営燃)の予定価格算定について」「基準価格の計算方法」等の内部資料(〈証拠略〉)を交付し,基準価格については,5市況の種類,市況値を取る時期,最低商議価格の目安となる「計算価格」を5市況から算定する方法を教示し,固定経費については,グレード差の種類及び価格差,荷姿経費の額等を教示した(〈証拠略〉)。また,契約2課担当官は,入札説明会などの場で,市況値は市況資料の直前の土曜日の値を採用すると告知し,当初入札予定価格中の基準価格は市況最低値をとっている旨をほのめかし,年度当初の入札説明会では,内税となる税金の有無や固定経費の算定方法の変更箇所等を説明し,商議では,5市況の平均値又はそのうち上下。2つを除いた3市況の平均値(3シグマ)等を説明して,市況の動向から調達実施本部として許容できる最低商議価格の限度について意見を述べていた(以上,〈証拠略〉)。
さらに,被告会社等の幹事会社は,受注調整会議の前に入札物件全部のリストに固定経費の各項目を記入した一覧表を作成していたが,平成9年2期までは,原計2課の担当官にその一覧表を見せて,固定経費の内容に誤りがないかを確認してもらっていた。
(2) 以上の結果,被告会社等の担当者は,日本経済新聞等の市況資料から各油種の市況最低値,すなわち基準価格(航空タービン燃料については灯油の基準価格マイナス2100円/KL)を把握し,固定経費を加算して各物件の当初入札予定価格を推定することができ,提示される最低商議価格の幅も推測することができた。実際に,被告人A1はこれらの価格を推測し,これに基づき受注調整会議において価格レンジを指示していた。
そして,調達実施本部担当官らとしても,当初入札予定価格等が指名業者に推定されていることは,認識していたものと認められる。
4 入札書の差し替えについて
(1) 関係証拠によれば,本件指名競争入札においては,入札書の差し替え,訂正が行われていたことが認められる。証人K6は,同人が契約2課係長を勤めた昭和59年から63年の当時から,入札書の差し替え,訂正があったと証言している。その中には品名,納入場所,日付の誤記・欠落(〈証拠略〉)があったにすぎない場合ばかりでなく,入札金額を変更する差し替えも行われていた。すなわち,
i. 当初入札において,契約2課担当官が予定価格以下の入札書の存在に気付いた場合(入札書の整理を手伝っていた業者からその旨の指摘があることもある。)には,いずれも入札した業者に対し,「間違っているよ。」「これ落ちちゃうけどいいの。」などと確認を求め,入札者が誤りに気付き差し替えを希望すればこれを認めていた。その件数は,K2係長証言によれば各期10件位あったことが認められる。単純な誤記ばかりでなく,入札価格の積算に当たり誤りがあった場合があった(以上,〈証拠略〉)。
ii. このほか,当初入札において,2回目に「追っかけ」が辞退してしまい,入札者が受注予定会社だけになった場合,3回目に受注予定会社と「追っかけ」の両方が入札した場合,3回目に全社が辞退してしまった場合に)契約2課担当官は,担当者に確認を求め,前同様に入札書の差し替えを許した。2回目,3回目の入札金額が,それぞれその前の入札の最低額以上の場合には,これを下回るようにする差し替えも行われた(以上,〈証拠略〉)。
(2) これらの差し替えに係る入札については,被告会社等の担当者は本件受注調整の結果に従い,エッソ石油の担当者も本件指名競争入札の従来のパターンに沿って,それぞれ入札する意図であったが,誤記や計算違い等で金額の記載を誤り,あるいは誤って辞退等をしたものであった。このため,各担当者は自ら差し替えを申し出たほか,契約2課担当官から確認を求められると,直ちに差し替え等に応じていた。
こうした入札書の差し替え等は,入札書の引換え,変更又は取消しを禁じた会計法29条の5第2項に違反する疑いの強いものであったが,そうした行為を行った理由について,K2係長,K1課長補佐及びK6元課長補佐は,間違った入札が民法上錯誤として無効になりうること,相当低額で落札した場合に担当者が会社で責任を追及されたり,業者の負担が大きくなること,そのまま契約に応じるか不安があり,納入に支障を来たすおそれがあったこと,差額が小さい場合でも公平の面から差し替えを認めていたことなどを証言している。
(3) 入札書の差し替えの背景として,まず,被告会社等が,長年にわたり,本件受注調整を行ってきて,当初入札が全件不調となり商議権者が1社決まり,再入札の1回目で商議権者が予定価格と同額で落札するというパターンの入札を繰り返し,エッソ石油もこれに同調してきたという経緯がある。さらに,このような入札が繰り返されてきたことから,少なくとも契約2課担当官の中には,指名業者間で何らかの受注調整が行われており,そのために上記のようなパターンになっていると察知している者がいたと認められる。したがって,契約2課担当官において,これまでのパターンと異なる入札は,業者担当者の真意に基づくものではなく,誤記又は計算違いによるものであると考えて,確認を求めたものと理解される。
なお,契約2課担当官の受注調整に対する認識については,K1課長補佐及びK2係長が,後記の複数落札物件の「くじ」の不正を依頼されたときに,業者が受注調整をしていると感じたなどと証言し(〈証拠略〉),元契約2課課長補佐のK7も,業者が話し合っているという感じはしていたと証言し(〈証拠略〉),特に,K2係長は,平成10年1期ころ,被告人A1から,数量調整は業者がやっていますと言われたとも証言しているが(〈証拠略〉),このほか,i.2グループ制(昭和50年代後半から平成7年2期)において,第2グループの物件数百件が,1回の入札で,競合もなく,予定価格(第1グループの最低商議価格に係る各油種の基準価格から算出できる。)と同一金額で落札されていたこと,ii.当初入札では3回の入札が連続して行われていたが,被告会社等の担当者は,あらかじめ受注予定会社が商議権者になるように入札書又は辞退札を準備していたので(エッソ石油担当者もこれに同調する形で準備),2回目,3回目の入札においでも,直ちにこれらを提出することが可能であったことなどの状況も存した。
しかし,契約2課担当官らは,「これ落ちちゃうけどいいの。」などと言って,間違いではないかと確認したにとどまり,金額や辞退の記載が真意に基づく場合であっても差し替えを命じた事例は存しない。
なお,差し替え(上記(1)ii.)の中には,落札希望者が順次減少し,入札金額も順次低下する形を作るためのものがあるが,これは入札の手引きの遵守,会計検査等を意識したものと理解できる。
5 その他の事務処理について
(1) このほか,弁護人は,
i. 原計2課は,予算価格算定時に,市況最低値のほか,これを上回る計算価格及び上限価格(第2の1(2)v.)を算定して,当初入札前に契約2課に書面(「暫定分燃料油の市況及び試算値の概要」,〔資料作成報告書〈証拠略〉資4〕等)で伝達し,契約2課が計算価格及び上限価格を目安として担当副本部長に最低商議価格を上申していたこと,
ii. 調達実施本部においては,当初入札の日程のほか商議及び再入札の日程も事前に定めた上,契約2課担当官が入札説明会の際に,その日程を業者担当者に告知していたこと,
iii. 物件ごとの入札書を置く場所を示す調達要求番号を記載した用紙の取扱いは再入札を予定したものであったこと,
iv. 調達実施本部が3回の入札を連続して行っていたこと(上記4(3)),
v. 2グループ制を改めて,全物件について同じ入札手順を踏むようになってからも,2日間の入札期日を調達要求元によって分けていたため,同一油種に係る入札が1日目と2日目に分かれてしまい,1日目の結果から2日目の入札状況が容易に推測できる結果になっていたこと,
vi. 業者担当者(エッソ石油,被告会社東燃ゼネラル石油等を除く。)に入札書の整理等を手伝ってもらっていたこと,
vii. 「追っかけ」を付けるように示唆したこと,
などを指摘し,これらは,調達実施本部が当初入札を形骸化させ,全件が不調になることを前提とした手続をとっていたことを示していると主張する。
関係証拠によれば,おおむね上記i.ないしvi.の事実を認めることができる。vii.の「追っかけ」については,関係証拠によれば,「サクラ」として受注予定会社以外の会社が入札することは以前から被告会社等によって行われていたが,その後,契約2課担当官の側で,会計検査等を意識して,当初入札を3回行うことを決めて業者側に告げ,被告人A1らが,調達実施本部の意向に沿うため2回目の入札で「追っかけ」を付けるようになったものと認められる。
(2) しかしながら,以上の事実(前記3,4で述べた事実を含む。)によっても,調達実施本部側が当初入札の不調を意図したものとは認められない。
すなわち,実際には,調達実施本部担当官らは,長年,全件不調となってきたため,当初入札が全件不調になることを見越しており,効率的に事務処理をするためなどに,これらの事務手続きを行ってきたということがうかがわれ,その中には手続の厳格さが失われ,不適切,違法の疑いのあるものもあるが,それ以上に,こうした事務処理が,被告会社等に対し,当初入札で落札することを禁じたり,全件不調にすることを指示・要請したりする趣旨であったとは到底いえない。
そして,各被告人を含む被告会社等の担当者の公判及び捜査段階の各供述をみても,同人らが,これらの事務処理の慣行のために,当初入札で落札することを禁じていると感じていたものではないことも明らかである。
第6 商議から再入札について
1 商議の状況について
(1) 関係証拠によれば,被告人A1が受注調整の中心となった昭和61年ころ以降の商議は,概要次のようなものであった。
商議は,先に大手である被告会社コスモ石油,日本石油及びエッソ石油の3社との間で,通常15分から20分程度行われ,次いで,その他の各社との商議が行われたが,それらは,比較的短時間で終わっていた。面談の中では,油種ごとの基準価格について,前期からの各油種の市況動向等を材料に交渉がなされ,調達実施本部側では,当初の基準価格からの上げ幅をなるべく少なくするように,業者側は,これに抵抗する形で行われていた。交渉では,特定の物件の価格や特定の業者に適用される価格を交渉することはなく,油種ごとの基準価格について交渉がなされた。そして,被告会社等の担当者は,被告人A1が示した価格レンジを下回らないように価格についての意見を述べ,また商1札,商2札を提出した。エッソ石油の提示額は,他社より若干低目であったこともあった。
(2) 商議の状況につき,被告人A1は,市況の話をした後,雑談をしていた,契約2課担当官から具体的な増減額を示されて譲歩を求められたことはなかったと供述している(〈証拠略〉)。しかし,契約2課担当者のほか,他の業者担当者ら(N1〔〈証拠略〉,エッソ石油関係者。ただし,被告会社コスモ石油及び被告人A1については抄本によって取り調べた部分のみ〕,A4〔〈証拠略〉,被告会社コスモ石油関係者〕,B5〔〈証拠絡〉,日本石油関係者〕,被告人D2〔〈証拠略〉〕の各検察官調書等)の供述を総合すれば,契約2課担当官は,前期契約価格との具体的な差額を示して譲歩を求めており,市況動向が落ち着いて厳しい交渉がなされなかったときもあったが,大手の上記3社との商議を中心に,価格交渉が行われ,またそれが最低商議価格の決定に反映されていたものと認められる。
ことに,平成10年3期には,日刊工業新聞が自動車ガソリン,灯油及びA重油の市況価格を大幅に下落させ,それに連動して原計2課の計算価格及び上限価格も低下し,商議において,航空タービン燃料に連動する灯油の基準価格を中心に双方の意見が激しく対立した。このため商議は長期化して約2週間を要し,最低商議価格の提示までに2回を超える実質的な商議が行われた。契約2課は,当初,灯油につき前期比マイナス2500円/KLを提案したが,業者側の主張と開きがあったため,次の商議では前期比マイナス1800円/KLを提示した。業者側はこれに応諾する姿勢を見せたが,契約2課と原計2課の協議の結果,前期比マイナス2200円/KLが最低商議価格として提示されることになった。ところが,それを受けざるを得ないとした業者側が見返りに軽油のそれの引き上げを要求し,結局,灯油の最低商議価格は,原計2課が当初設定した上限額プラス300円/KL(ただし計算価格未満)かつ前期比マイナス2200円/KLとなり,軽油のそれは,当初の提示よりも引き上げて上限価格(計算価格もこれと同額)プラス600円/KLかつ前期比プラス400円/KLとなった(〈証拠略〉)。原計2課が契約2課の引き上げ額に賛成しなかったことも平成10年3期の商議期間が長くなった理由の一つではあるが,被告会社等の担当者が消費の場で価格の引き下げに激しく反対し,その結果が最低商議価格に反映されたことは明らかである。そして,各担当者の検察官調書によれば,同期の受注調整会議において,被告人A1は,日刊工業新聞は異常に安値になったので,商議では他の市況を参考にすることを求めるように指示し,受注調整会議に出席していた担当者の多くは実際にその旨発言したことが認められる(〈証拠略〉)。
(3) ところで,平成10年1期暫定分,同補正分,同2期においては,関係証拠に照らし,商議は1回しか行われず,その次の期日には直ちに最低商議価格の提示が行われたものと認められる。ところが,契約2課担当官は,各業者に商1札,商2札の両方を同時に提出させ,担当副本部長に提出した報告書にも,2回の商議を行った結果として最低商議価格を提案する旨記載しているが(〈証拠略〉),同担当官のこうした措置は,会計検査等を意識して,外形を整えたものと認められる。
2 最低商議価格の提示及び再入札について
上記のような交渉が行われた後に最低商議価格が提示され,再入札1回目で商議権者が商議物件を新たに設定された予定価格と同額で落札することが続いていたが,関係証拠によれば,さらに以下の各事実が認められる。
(1) 契約2課は,商議経緯を報告した書面において,「最低商議価格」を原計2課,次いで担当副本部長に提案して,担当副本部長の内諾を得ていた。これらの書面(前記資料作成報告書〈証拠略〉資料5,11,16,同〔〈証拠略〉〕資料5)には,提案に係る最低商議価格をもって,「合意可能である」「決着したい」などと記載されていた。
(2) 最低商議価格は,平成10年3期には個別に提示されたが,同年2期までは,調達実施本部の入札室に全業者の担当者を集めて告知されていた。それは,契約2課撞当官が,「課長の方から指値の発表があります。」などと前置きを言い,通常の入札事務の場には現れない契約2課課長が,「今期の価格を発表します。」「指値を言います。」「みなサン御不満があるでしょうが。」「これでお願いします。」などと言った上で発表するというものであった。
最低商議価格の提示がなされると,契約2課担当官は,業者担当者に対し,同価格に基づく見積額を記載した商3札と,辞退札である商4札を提出するように促した。被告人A1も,受注調整会議において,商3札は最低商議価格(指値)に基づく見積額にするように指示していたので,被告会社等の担当者はそのようにして商3札,商4札を提出し,エッソ石油担当者も同様に提出して,商議が終了していた。
(3) 防衛庁武器需品課担当作成名義の「平成8年度保管分燃料調達予定表」(〈証拠略〉)には,「4期単価決定(商議終了)」,同日欄に「保管分単価指示」,さらに「保管分単価指示は,4期実績単価でお願いしたい。」と記載されている。これによれば,武器需品課が,平成8年4期の商議の終了,すなわち最低商議価格の提示と商3札・商4札の提出によって4期の単価が決定されたとし,これと同日に,最低商議価格と同額で次期保管分の予算単価を指示していたことが認められる。
被告会社等の担当者が作成した各期の入札に関する社内報告書にも,「指値が出され数量,価格が決定致しました。」(〈証拠略〉),「先方最終提示価格は,……高いレベルにある事から承諾することとした。」(〈証拠略〉)などの記載がある。
(4) 調達要領指定書は,納入場所,納入条件等が記載され,各契約書に添付されるものであり,「契約事務に関する達」(調達実施本部達第4号)82条1項,「入札及び契約心得」(調達実施本部公示第2号〔〈証拠略〉〕)その他では,契約相手方が決定した場合に相手方に交付する(又は相手方は受領する)ものと定められている。しかし,実情は,被告人A1らは,商議が終了すると再入札よりも前に,契約2課担当官から全物件の調達要領指定書を受け取り,これを各物件の商議権者に配っていた。しかも,調達実施本部から緊急を要すると指示された物件については,商議権者は再入札前から最低商議価格に基づいて予定価格,従って落札価格を算出し,契約書を作成して調達要領指定書も添付し,再入札の開札直後にこれを調達実施本部担当官に提出したことも少なくなかった。
また,平成10年1期補正分において,日本石油と三菱石油がそれぞれ商議権者であった物件各1件につき,K2係長が,最低商議価格の提示がなされたすぐ後に,被告人B1と同B2に対し,予算措置上の過誤を理由に,最低商議価格に基づく価格よりも,若干値引きすることを依頼したことがあった(〈証拠略〉)。
(5) 再入札においても,商議権者の入札書が最低商議価格に基づく予定価格と一致していなかった場合や,商議権者以外の業者が落札しそうになった場合には,入札書の差し替えが行われていた(〈証拠略〉)。
(6) 各業者は,調達実施本部から固定経費の算定方法等を教示されており(第5の3(1)),最低商議価格が再入札予定価格の基準価格になることも明らかであったので,各自の商議物件の入札金額は,最低商議価格に数量を乗じ,固定経費を加算した金額,すなわち予定価格と同じ金額にすることができた。
また,平成9年1期ないし3期の那覇基地向け航空燃料において,調達実施本部が,すでに廃止されていた沖縄県石油価格調整税(内税,1500円/KL)を誤って固定経費に算入して再入札予定価格を算定し,被告会社出光興産,同東燃ゼネラル石油及びモービル石油(被告会社扶桑石油が代理人)がこれと同額で落札・契約をし,平成10年3月ころになって,上記3社は上記調整税相当分を調達実施本部に返還したことがあった(被告会社出光興産が約4000万円,同東燃ゼネラル石油が約5000万円,モービルが約3万7000円)(〈証拠略〉)。この経緯については,K2係長の証言によれば,K2ら契約2課担当官が,被告会社扶桑石油の被告人E1から,上記調整税を納入しようとしたが,課税されていないことが分かったとして,その処理について問い合わせを受けたことから調査したところ,被告会社出光興産及び同東燃ゼネラル石油にも同様の税金分があることが分かり,大蔵省にも問い合わせた上,その返還を受けることになり,上記2社にも連絡して3社から上記の返還を受けたものと認められる。
(7) 複数落札物件における「くじ」の不正関係証拠によれば,次の事実が認められる。すなわち,調達実施本部は,航空タービン燃料等の油種について,一つの物件を複数の指名業者に分けで落札させる複数落札入札制度を採用していた(以下,その物件を「複数落札物件」という。)。この場合,業者は受注希望数量と単価で入札するが,予定価格以下の複数の入札者の希望数量が発注数量を超え,同一価格・同一数量で入札した者が2名以上いるときには,予決令83条に準じて「くじ」が行われ,受注希望数量から減じられる落札者が決定されていた。本件受注調整において,複数落札物件につき,複数の受注予定会社と各受注予定数量が決定されていたが,被告人A1は,再入札の際に「くじ」が行われるようにするために,同一価格・同一数量で入札する会社を複数選定した上,受注予定会社の総受注希望数量が発注数量を超えるようにしていた。そして,被告人A1は,再入札の前に,K2係長及びその前任者に対し,「くじ」の対象となる物件,会社名及びその受注予定数量等を書いたメモを渡し,K2係長らは,それに従って,数量が減じられることになっていた業者が「はずれ」となるように,くじ引きにおいて不正を行っていた。
第7 競争性についての検討
以上の事実関係を踏まえて,本件各石油製品の取引における自由競争性について検討する。
1 弁護人は,前記のとおり,調達実施本部は,本件各石油製品の調達不能・遅延を回避すること,会計検査との関係で同一油種の基準価格を統一すること,少人数の担当者で短期間のうちに調達を完了することといった必要性から,同一油種について「一物一価」の方針をとり,そのために,自由競争を排除して,被告会社等に納入責任会社を決定させ,同会社に受注させるために,当初入札をあえて不調にした上で,商議以降の手続において納入責任会社との実質上随意契約の方法によって調達していたと主張する。
これに対し,検察官は,「一物一価」は原価計算における理論であって,予定価格中の基準価格の算定に当たって用いていたに過ぎず,再入札において全物件が予定価格と同額で落札され,「一物一価」の外観を呈していたのは,本件受注調整の結果であると反論している。
2 弁護人が主張する調達実施本部側の事情等について検討する。
(1) 調達不能等の回避については,関係証拠によれば,弁護人の主張にもあるように,i.契約2課担当官らは,自衛隊の各部隊における燃料油の重要性から,迅速確実に調達を遂げるべき責務を感じており,常々,業者担当者に対し,入札説明会等において,調達不能・遅延を出さないように協力を要請していたこと,ii.本件受注調整においては,離島,僻地の納入物件や小ロットの物件などを中心に,各社とも受注を希望しない物件が相当数(毎期100件程度)生じ,そうした物件が「落ち穂拾い」と称されて,受注実績割合の高い被告会社コスモ石油,日本石油を中心に配分されていたことなどが認められる。なお,K2係長は,平成10年1期ころ,被告人A1から数量調整をしていると言われた際(第5の4(3)),部隊での燃料枯渇を来たすわけにはいかないので業者も支援していると言われ,調達できないときのことを考えると,実務担当者としては受注調整に対して言葉がなかったと証言し,被告人A1において調達不能を来たさないように支援しているという認識があったかと問われて,確かにその一面は持っていると答えている(〈証拠略〉)。
会計検査との関係については,防衛庁は,会計検査院による昭和33年度及び昭和38年度の各決算検査報告(〈証拠略〉)において,個別に調達した事例につき,調達実施本部で一括調達すればより廉価で購入できたとの指摘を受けたことがあったところ,調達実施本部担当官らは,同一油種の調達価格にばらつきがあると会計検査院から指摘を受けるおそれがあるという意識があったと証言している(〈略〉)。
事務手続きの面からみると,当初入札の各回の入札や再入札で少しずつ落札物件が出たり,入札を繰り返すために何度も予定価格を引き上げることになれば,事務負担の増加が予想された。
(2) 以上によれば,本件指名競争入札において競争が行われずに,再入札の1回目で全物件が落札となり,その落札価格中の基準価格相当額が,油種ごとに調達実施本部が商議で提示した最低商議価格と同じで,「一物一個」となるという結果となっていたことが,落札困難物件を含む調達の確保,会計検査院対策,調達事務負担等の面で,契約2課をはじめとする調達実施本部側に便宜な結果ともなっていたことは否定できない。しかも,本件指名競争入札の手続のうち,当初入札3回不調後の,予定価格中の基準価格を対象とする商議,最低商議価格(指値)の提示,商3札の提出要求(これは,商議権者がその最低商議価格に承諾した意味を有するものと理解されていた。),再入札における最低商議価格に基づく予定価格の設定という段階は,当初入札3回不調という結果を受けた後のこととはいえ,調達実施本部の側で設けてきたものであり,調達実施本部担当官は,再入札で価格競争が行われることは実際上想定せず,商議権者が新たな予定価格と同額で落札することを前提とした事務を行っていたことも明らかである。
3 しかし,上記の点を踏まえても,本件指名競争入札においては,その競争性が調達実施本部担当官によって排除されていたことはなかったと認められる。
(1) まず,調達実施本部担当官が被告会社等の担当者らに対し,本件受注調整を行うことを指示・要請したことはなかった(第5の冒頭)。入札説明会等における調達不能・遅延を出さないようになどの要請も,受注調整などを求めたものではなく,全件につき落札してもらいたいとの希望を表明したにとどまることは明らかである。本件における当初入札は,その対象物件及び予定価格の水準に調いて,調達実施本部側が,初めから,当初入札全物件不調を意図したものであったなどとは到底いえないものである。当初入札手続の面では,当初入札を3回行うように要請したこと,あらかじめ商議等の日程まで告知していたこと,入札書の整理等を業者に手伝わせていたこと,入札書の差し替えを許していたことなど,競争入札の適正・公正さという観点から問題のある取扱いがあり,入札書の差し替えは,違法の疑いの濃いものもあったが,これらの主なものについては,長年,当初入札全件不調等が続いてきたことから,それを前提とした手続が行われてきたものと理解されるところであり,調達実施本部担当官が業者に対し,明示的又は黙示的に,当初入札での落札を禁止し,あるいは全件不調にすることを指示・要請したことのなかったことは明らかである(第5の5等)。
次に,商議,特に,最低商議価格の提示以降の手続についてみると,当初入札及びこれに続く商議の全件不調という事態を受けたものであり,調達実施本部がそのような手続を採用し,かつ,長年にわたりそれが繰り返されていたことをもって,遡って,調達実施本部が業者に対し,黙示的にも,当初入札における落札を禁止し,あるいは受注調整によって全件不調とすることを指示・要請したものとみることは到底できない。本件以前の経緯をみても,本件各石油製品の調達手続においては,前記第4で認定したとおり,すでにオイルショック後ころから,予定価格と業者側の要望価格の開きが大きくなり,当時,受注調整を行っていた業者側が,油種ごとの基準価格について要望価格を統一し,商議その他の交渉の場でその価格を調達実施本部側に提示するようになっていた。そうすると,調達実施本部担当官らは,当初入札が多数又は全件不調となり,商議も難航するという事態にあって,上記のような業者側の動きにも対応して,大量の物件の調達事務を効率的に行うために,基準価格による商議と最低商議価格(指値)による決着という方法をとるようになったものと認められ,結果として,その方法が上記の調達確保その他の点で調達第施本部の側にも好都合な点があったことから,これを継続してきたものと解することができる。このような経緯からみても,調達実施本部の側が,最低商議価格(指値)による「一物一価」の調達を行うために,業者側に受注調整を行わせるなどの手段を用いて当初入札を全件不調にさせたなどとは到底いえない。ただ,長年,このような手続が行われてきて,調達実施本部側にも最低商議価格を提示してこれで決着させる手続(一物一価制)によることのメリットがあり,これを当然視し,これを是認する意識まで生じていたことは否定できない。しかし,そのような調達実施本部側の主導性は,あくまでも,当初入札及び商議全件不調を受けて,最低商議価格の提示以降の段階であり,業者側の受注調整行為が先行していたことにかんがみれば,遡って,調達実施本部側の対応が,当初入札の自由競争性に影響を及ぼしたとみることはできない。
(2) 契約2課担当官らによる会計検査等を意識したと認められる取扱いとしては,当初入3回を要請したことのほかに,当初入札2回目で1社のみが金額の入った札を入れ,その余の全社が辞退札を出した場合の辞退札の差し替え(第5の4(1)ii.),商議は1回しか行われなくても商1札と商2札を提出させたこと(第6の1(3))などがある。しかし,これらは,本件指名競争入札において競争が行われていないが,これが行われ,商議もきちんと行われている形を作ろうとしたものであり,適正とはいえなかったにしても,本件受注調整行為を暗に指示・要請したものではなく,もちろん,当初入札における落札の可能性を否定するものでもなかった。
(3) 以上見てきた本件指名競争入札につき,まとめると,当初入札及び商議において,調達実施本部側からの自由競争の制約は,なんら認めることができない。業者の受注調整行為の結果としての当初入札及び商議全件不調を受けて,その後,調達実施本部が商議の中で最低商議価格(指値)を提示し,商議権者が商3札を提出することにより,実質的には,調達実施本部と商議権者との間で随意契約が成立したに近いものがあり,予定価格より高い価格では随意契約を締結できない制約から,再入札を行っていたにすぎないと見られ得るところである。もっとも,この再入札も法律上は新たな入札であり,入札の自由は存在しており,業者らも,受注調整に従わない意思さえあれば,自由に落札できたのである。そして,このような状態が長年続けられてきたことから,調達実施本部担当官の側にも,価格は調達実施本部が指値により決定しているとの意識が生じていたものと解される。また,最低商議価格の提示に重みを持たせて,業者がこれに従うよう求め,商3札を提出されることにより,これを最低商議価格に対する承諾を解するようになっていたものと思われる。このような現状が長年行われてきたことにより,入札に関し,不適切ないし違法の疑いのある措置やルーズな措置が,特に,再入札で行われてきたものと理解できる。商議においても,物件ごとの交渉ではなく,基準価格に関して交渉がなされたのも,このような現状からは,当然の成り行きであったと解される。しかし,このような本件指名競争入札の現状であっても,その自由競争が阻害されていたとは到底いえないところである。本件受注調整行為により,当初入札全件不調,商議も全件不調となるため,これを受けて,調達実施本部としては,上記のような対応を取らざるを得なかったもので,この点を無視することは本末転倒というものである。本件当時に行われていた指名競争入札のやり方は,業者の受注調整行為が先行しており,これに応じて,調達実施本部が最低商議価格を提示してこれで決着させるやり方は,調達実施本部側にも,調達遅延をもたらさない,油種ごとの単価を統一価格とすることによる便宜,会計検査院に対する説明もしやすい,事務処理の迅速化などのメリットがあり,このような手続が続けられてきたものと解されるが,だからといって,調達実施本部により当初より自由競争が阻害されていたなどとは,受注調整行為を行っていた者がいえる筋合いではないというべきである。
(4)i. 弁護人は,K1課長補佐が,「我々が希望とする価格を決めて,購入価格を決めて,買っていました。それを上限といたしましてですね。」「価格については調達実施本部が決めているんだという気持ちがありました…」(〈証拠略〉)と証言していることなどを指摘する。しかし,これらは,すでに述べてきたとおり,本件受注調整行為の結果,当初入札が全件不調となり,調達手続が商議の不調を経て最低商議価格(指値)を提示する段階に移って以降についての契約2課担当官の認識と認められ,それとして理解できるところである。
ii. 元原計2課及び契約2課担当官であったK8作成の公正取引委員会宛て書簡(〈証拠略〉立証趣旨は存在及び記載内容)について検討する。同書簡には,「調達実施本部が各社と個別に商議で詰める価格は,同一価格とならざるを得ません。つまり,調達実施本部と石油元売り各社の合同商議によって価格が決まります。この最終商議価格は調達実施本部で指示します。従って,石油元売り各社が自前〔(注)事前〕に談合したとしましても同じ結果となります。」と記載されている。しかし,同書簡は,全体として,自己が担当していた当時の調達実施本部側が行っていた調達手続の正当性を擁護する立場に立つと理解されるが,K1証言と同様,当初入札が全件不調になった後の手続についての認識を述べたものと認められる。同書簡によれば,K8が「談合」が行われているという認識を有していたのかどうかは明らかではないが,「従って,石油元売り各社が自前〔(注)事前〕に談合したとしましても同じ結果となります。」との部分は,これまで述べてきたところから明らかなように,客観的にみると,正当な認識とはいえない。すなわち,本件受注調整行為がなければ,当初入札による落札があり得たところであるからである。
iii. 関係証拠によれば,「『特定石油製品輸入暫定措置法』廃止後の石油製品の調達について(案)」(平成8年1月23日付け〉と題する合計16ページの文書(〈証拠略〉,以下「大西ペーパー」という。)は,平成7年から8年にかけて防衛庁装備局武器需品課に所属していたK9燃料調査専門官が作成し,関係担当官の引継ぎ文書の一部にもなっていたと認められ,上記法律の廃止に伴う防衛庁の石油製品の調達のあり方等について,各幕僚監部及び調達実施本部燃料担当者と共に検討を行ったと記載されている。そして,弁護人は,大西ペーパーの下記アイ記載は,調達実施本部が落札価格について「一物一価」による調達方針をとり,当初入札を全体不調にする方針をとっていたことを示したものであると主張している。
ア 大西ペーパーは,「中央調達のメリットは,一元処理による効率性,大量調達による経済性等となる。……一元処理による効率性については,業務量の軽減,同一仕様による品質確保,同一品同一価格(一物一価)等の細部メリットが考えられる。」と述べている(〈略〉)。この記述は,長年にわたって行われてきた本件当時と同様の調達のやり方の現状についての認識を示したものと解されるところである。
イ 大西ペーパーは,予算示達について,「当初示達は……最低市況価格をベースにして下達している。これは,市況自体が日々変勤することから,あえて不調にして,その後の商議による価格交渉をねらったものである。このことから,当初の予定価格もすべて予算(示達)でカットしており,本来契約担当官等の権限である予決令第80条に規定されているところの適正な予定価格の作成を制限するものにほかならない。」と述べている(〈略〉)。これも前同様に解されるところである。商議を経て,調達実施本部側で価格を決定しているという意識が生じていたため,このような表現がなされたものと理解されるところである。したがって,上記記載も,必ずしも弁護人の主張を支持するものとはいえない。
4 エッソ石油の対応について
弁護人は,本件受注調整に加わっていなかったエッソ石油も,入札書の整理,「追っかけ」等を除き被告会社等とほぼ同様の入札等を行っており,固定経費の教示,入札書の差し替え,指値価格の告知,「くじ」の不正,調達要領指定書の事前交付等において,調達実施本部から被告会社等と同じ取扱いを受けていたと指摘し,この点を理由に,当初入札の不調から始まる本件調達の過程は,調達実施本部が作ったルールであり,調達実施本部が競争性を排除していたものであると主張する。
すでに一部認定・説示したとおり(第2の2(3),同3(3),第5の4(2),第6の1(1),同2(2)),関係証拠によれば,エッソ石油については,おおむね上記弁護人の指摘に係る事実が認められる。しかし,エッソ石油担当者であるN1の検察官調書(〈証拠略〉,被告会社コスモ石油,被告人A1につき前同)によれば,エッソ石油担当者も被告会社等の間で受注調整が行われていることは分かっていたこと,被告会社等がエッソ石油の希望物件を落札しようとしてこないので,同社は,希望物件を増やし競争をして低い価格で落札してシェアを伸ばすよりも,本件受注調整に合わせて競争を避ける方針をとっていたこと,当初入札では,希望しない物件は2回目で辞退し,希望物件は辞退しない方法で,希望していることが被告会社等に分かるようにして諮り,その応札価格は,前期の最低商議価格及び5市況の変動値から当期の最低商議価格を推測して,それを上回るようにしていたこと,さらに,他社と叩き合いになる場合に備えて,入札の際に,下げることのできる限界の価格を決定し,上司の決裁を受けていたこと,商議及び再入札でも被告会社等と同じように入札等を行い,自社の商議物件のみを落札するようにしていたこと,調達実施本部担当官から固定価格の教示は受けたが,上記のような入札等をするように指示されたことはなかったことなどが認められる。
これらの事実によれば,エッソ石油は,本件指名競争入札において,何ら被告会社等と競争することを妨げられておらず,むしろ競争になった場合の準備もしていたが,同社としての自由な判断から,被告会社等の本件受注調整行為及び調達実施本部の最低商議価格の提示などに乗っかって,自己の希望物件については,有利な価格で落札できるように行動していたものと認められる。弁護人の上記主張は採用できない。
5 以上のとおりであるから,調達実施本部が名競争入札の方法により発注する本件各石油製品の取引分野において,指名業者間の競争が調達実施本部によって排除されていたという弁護人の主張は採用できない。
第8 本件受注調整の目的・意義について
1 受注調整の目的全般についての被告会社等担当者らの供述
(1) 本件当時の受注調整に関わった担当者である被告人9名並びにG1,H1,I1及びJ1は,各検察官調書において,本件受注調整の目的は,各社のシェアを確保し,価格競争による落札価格の下落を防ぐことであり,被告人A1が示した価格レンジは,当初入札を不調にして商議に持ち込み,商議においても低い価格を提示しないようにして,予定価格を再算定させて価格砂引き上げを図ろうとしたものであると供述するほか,調達実施本部担当官も本件受注調整を黙認していたと思うが,同担当官から受注調整を指示・要請されたことはなかったことなどを供述している。担当者の中には,引継ぎの際に談合をしていると教えられたことや,受注調整会議に出席するなどして違法な談合であると思い,その仕事をするのが嫌だったことを供述する者も少なくない。このほか,被告人F2(〈証拠略〉)は,平成9年ごろ,被告人A1から,「抜け駆けはだめだよ。」と言われた旨,G1(〈証拠略〉)は,被告人A1から,「ドラフト会議から抜けたらだめだよ。どこまでも追っかけてって,落札させないよ。」と言われた旨供述している。
上記被告人らの補助者,前任者又は上司も,各検察官調書において,受注調整の目的,担当していたときの気持ち,調達実施本部からの指示・要請がなかったことについて,上記被告人9名及びその他の担当者らと同趣旨の供述をしている(〈略〉)。その中には,上司に談合になって捕まるからできないと言ったが,「詮索しないで言われたようにやれ。」と言われた(〈略〉),受注調整会議で使用した物件のリストやメモ等は入札が終了する都度,廃棄していた(〈略〉)などの供述が存する。
(2) 本件受注調整の目的に関する上記関係者の捜査段階の供述は,上記の内容で一致しており,かつ,それは本件受注調整の態様及び本件受注調整が行われるようになった経緯とも符合している。公判においても,被告人らのうち,被告人D2,同D1,同F1,同F2,証人I1及び同H1は,一部,弁護人の主張に沿う供述をしているものの,結論としては捜査段階の上記供述を維持し,又は少なくとも否定していない。したがって,上記関係者の検察官調書における供述はいずれも信用するに値し,これに反する各被告人,担当者らの公判における供述,証言はいずれも到底借信できない。
2 本件受注調整の目的が受注割合の確保と価格の引き上げであったことを示す客観的事実等
(1) 受注調整会議又は本件受注調整からの離脱等について
本件指名競争入札において不透明な入札が繰り返されているという報道を契機に,被告人らは平成10年4期から本件受注調整を行わなくなったことは前期のとおりである(第2の3(4))。さらに,関係証拠によれば,それ以前から一部の被告会社においては,本件受注調整が違法な談合ではないかとの意識から,受注調整会議に出席することを避け,あるいは,本件受注調整からの脱退を検討していたことが認められる。
i. 被告会社東燃ゼネラル石油は,かつて受注調整会議に出席したことがあったが,遅くとも平成6年ころから出席をとりやめて,被告人A1らと連絡を取ることにより受注調整に参加する方法に変更した。そのころの担当者F5は,外形的に明らかな形で談合に参加するのはやめようと思った旨供述している(〈証拠略〉)。また,被告人F2は,エッソ石油との業務提携の準備が進んでいたことから,平成10年1期補正分のときに,被告人A1に対し,以後,エッソ石油と外形的に同じにしたいので「追っかけ」をやめたいと申し出て承諾を得ている(〈証拠略〉)。
ii. 被告会社キグナス石油においても,平成10年1月ころ,当時直売部長であったG3が,G1らと本件受注調整からの脱退について協議し,その方法として,被告会社東燃ゼネラル石油の方式,独立して入札する方式又は代理店を使う方法への変更等を検討したことがあった。その際,G3が作成した「ワークシート」には,「防衛庁の入札談合体制からの離脱を図かる」などの記載がある(〈証拠略〉)。
iii. 三菱石油も,平成10年3期には被告会社東燃ゼネラル石油の方式に切り替えている。その経緯は,同年8月ころ,調達実施本部元副本部長による背任疑惑が報道されたことなどから,被告人B2が,調達実施本部に同事件の捜査が及んで本件受注調整が発覚することを懸念して,上司のB6とともに被告人A1を訪ね,被告会社東燃ゼネラル石油と同じ方式で行うことを申し出て,同被告人の承諾奪得たというものである(〈証拠略〉)。この点につき,被告人B2は,公判において,本件受注調整については,局面局面で調達実施本部の関与が見え隠れし,オーソライズされていると思い,談合ではないと理解していたが,外形的に疑わしいものには参加すべきではないと考えたものであると供述する(〈証拠略〉)。しかし,上記B6は,違法な会議であることを明確に認識した上で,出席をやめるべきだと考えた旨供述していること,被告人B2の業務を補助していたB7は,平成10年3期の入札前に,同被告人から「僕は家族がいるんで捕まりたくないから,そういう会議にはもう出ない。」と言われたこと(〈証拠略〉)などに照らし,被告人B2の上記公判供述をそのまま採用することはできない。
(2) 受注割合の確保の目的について
i. 受注調整会議においては,受注配分を巡って各社の希望が対立することがあり,被告人A1が各社の希望を抑えたり,当事者間で調整するなどしていたことは前記のとおりである(第2の2(2)i.)。
このほか,各社担当者の検察官調書によれば,希望物件について,他社に先に希望を言われたために,自社の希望を差し控えたこと,ガソリンが多めに取れたので灯油は控えめにしておいたこと(〈略〉),関東は横須賀を中心に希望したが競合して取れないことが多かったこと(〈略〉),被告人B2が被告会社キグナス石油の実緯のある物件を多数希望し,被告人A1に別の物件を希望するように促されたが,被告会社キグナス石油としては先に大手に取られたので諦めたものがあったこと(〈略〉),他社が希望しなければよいと思っていたところ,幸い取ることができたので,その他の油種は控えめにしたこと(〈略〉),被告人A1が,受注希望を言った会社に対し,「ちょっと多過ぎるんじゃないですか。」などと抑えたこと(〈略〉),上司から,軽油の受注量を年1万KLくらいに増やせないのかと言われたが,「うちの割当は年3000KLと決まっている。無理です。」と答えたこと(〈略〉)などが認められる。
ii. 被告会社東燃ゼネラル石油は,平成9年に同社の都合により百里基地向け航空タービン燃料の受注から撤退することになったが,その前年,同被告会社の被告人F1は,上司から,百里基地撤退によって失う商権の利益分の代替を探すように指示を受けた。被告人F1は,同被告会社と被告会社出光興産の2社が指名業者になっている那覇基地向け航空タービン燃料のシェアを増やそうと考え,被告人A1に相談した。被告人F1は,同A1の助言を受けて各社担当者と交渉し,また同A1も調整をした結果,被告会社東燃ゼネラル石油が那覇基地向けのシェアを増やし,被告会社出光興産のシェアの減少分は被告会社コスモ石油らが別途埋め合わせることとされた(〈証拠略〉)。
この点につき,被告人A1は,当時のK6契約2課会長補佐から,百里基地からの撤退でゼネラルが減る分について,同社に不満が出ないように調整してやってくれと言われたと供述している(〈証拠略〉)。しかし,これを裏付ける証拠は存在せず,にわかには措信できない。
(3) 価格引上げの目的について
i. 被告人A1が受注調整会議において示した価格レンジは,いずれも当初入札予定価格を上回るものであった。被告人A1は,検察官に対し,1物件でも当初入札で落札したり,商議が成立すると,調達実施本部担当官が商議でその物件と同じ油種について譲歩しなくなるおそれがあるので,そのようなことのないように入札等の価格を指示した(〈証拠略〉),落札予定業者だけを決めて,入札等の価格を申し合わせていなければ,当初入札で落札が出た物件も多数あったはずであるが,上記の理由から入札等の価格も決めていた(〈証拠略〉)と供述している。被告人B1も,検察官に対し,当初入札で落札したり,ずっと低い価格で応札あるいは価格提示をすると,調達実施本部は他の業者に対しても,その金額と同様の低い価格での契約を要求してきて,契約金額が低くなってしまうおそれがあったと供述している(〈証拠略〉)。いずれも合理的な説明といえ,信用性が高い供述と認められる。
ii. エッソ石油の受注希望物件は,大都市部の採算性の良い物件が多かったが,被告会社等に配分される物件と競合することはなかった。これは,エッソ石油と受注希望が競合すると,同社が当初入札で低価格の入札をし,その後の最低商議価格を引き下げるおそれがあると考えて,競合を避けたものと認められる。被告人A1も検察官調書(〈証拠略〉)において,ほぼ同様の供述をしている。
iii. 被告人A1は,価格レンジを示す際に,商議における交渉についても指示を与えており,「業界としては……ぐらいで落札したいね。」などと言い,平成10年3期には,異常に安値になった日刊工業新聞以外の市況を参考にすることを求めるように指示し,担当者らもそれに従っている(第6の1(2))。
さらに,I3(被告会社太陽石油)の検察官調書(〈証拠略〉)添付の同人作成のメモには,「5/20(月)防・打ち合わせ」として,価格レンジ等が記載されているほかに,「軽 28.0台+α(5市況ベース+地域差)値上げ交・渉理由(理由付け)・灯軽リンクさせる。(油種の価格差を縮めるため)・納入辞退も辞さない態度を示す。⇒29.0台がBottom(中身)軽見込み価格」という記載がある。I3は,上記メモに基づき,平成8年1期暫定分の受注調整会議において,被告人A1は,価格レンジを示した際に,商議では,軽油の価格は灯油とリンクさせ,納入辞退も辞さない態度で臨むように指示したと供述しており(〈証拠略〉),信用することができる。
iv. 弁護人は,ア)指値価格は,価格レンジすなわち入札書や商議札の金額とは無関係に,前期基準価格に市況変動を加味して算定されていた,イ)価格レンジの目的は,入札手続が円滑に進行し,調達実施本部が会計検査院に正規に入札を行っているという説明をしやすいように協力することであった,ウ)価格を引き上げる目的であれば,価格レンジが毎期同じパターンで,指値価格に向かって順次下降していたのは不自然であるなどと主張する。
しかし,当初入札を全件間違いなく不調するために価格レンジが示されたことは明らかである。最低商議価格についても,入札書及び商1札,商2札の金額や商議における業者側の提示額が低ければ,それが下がることは当然予想されるところであり,現に,K1課長補佐は,エッソ石油の提示する金額が他社よりも若干安いために,それを基準に検討して,他社にも一層下げてもらうようにしたと証言している(〈証拠略〉)。逆に,業者側の提示額が高ければ最低商議価格は高くなり得るのであって,平成10年3期のように,当初原計2課が算定した上限価格を上回る最低商議価格となった場合もあった(第6の1(2))。したがって,上記弁護人の主張も採用できない。
3 納入責任会社を定める目的であったという弁護人の主張について
弁護人は,被告会社等は,調達困難な物件の迅速確実な調達,業者間の複雑な調整を必要とする物件の調達のために,本件受注調整によって,業者間の調整を図りながら,納入責任会社を定めたものであると主張する。しかし,調達実施本部がそのために受注調整を行うよう指示・要請したことがないことはすでに述べたとおりである。
被告会社等の担当者も,検察官調書において,僻地や小口ドラム缶納入等うまみのない物件をも配分していた理由につき,これらの受注を拒否して調達遅延が生じれば,調達実施本部担当官も談合を見過ごせなくなって,談合による利益が得られなくなるので,いずれかの業者が受注して談合システムを維持していた(〈証拠略〉),うまみのある物件だけ談合して,うまみの少ない物件を受注しないことは調達実施本部が許すわけがなく,談合を続けるためのコストであった(〈証拠略〉),1社が断ると収拾がつかなくなり,足並みを乱し,談合システムが壊れると思い引き受けた(〈証拠略〉)などと供述している。被告会社等の担当者において,本件受注調整には本件各石油製品の円滑な調達に役立っている面があると考えていたことはうかがわれるが,それを目的として本件受注調整を行っていたものでないことは明らかである。
弁護人の上記主張は採用できない。
4 以上によれば,被告会社等の担当者は,被告会社等が前年度実績並みの受注割合を確保し,価格競争による落札価格の下落を防止し,さらには,予定価格再算定によって受注価格を引き上げることを目的として,本件受注調整を行っていたものと認められる。
そして,本件取引分野において,本件指名競争入札における競争が調達実施本部によって排除されていたものでないことは前記認定のとおりである。したがって,本件が,発注者に,客観的,実質的に競争秩序による調達をしようとする意思がない場合であることなどを理由に,被告会社等は,一定の取引分野における競争を実質的に制限していない旨の主張(被告会社新日本石油,被告人B1,同B2,被告会社昭和シェル石油,被告人C1等)は,採用の限りでない。
しかるに,本件受注調整は,各社が前年実績に応じて受注割合を確保できるように各調達物件の受注予定会社を定め,当初入札については,受注予定会社以外の被告会社等が落札せず,受注予定会社が商議権者になるように入札(辞退を含む。)すること,再入札についても,他の被告会社等は商議権者である受注予定会社が確実に落札できるように入札することなどを合意・決定して,本件指名競争入札における競争を完全に排除したものであるから,これが独占禁止法2条6項の「不当な取引制限」行為に該当することは明らかである。
第9 被告人A1,同B1,同B2及び同C1の各検察官調書の任意性・信用性等について
1 上記被告人4名は,各検察官調書において,本件受注調整の各社のシェアを確保するとともに,当初入札を不調にするなどして落札価格の引き上げを図ろうとしたものであること,同被告人らは,本件受注調整が独占禁止法に違反する違法な談合行為であると思っていたが,会社のために行っていたこと,本件受注調整を調達実施本部担当官から指示・強制されたことはないこと,その他先に引用した各供述(被告人A1につき,エッソ石油の希望物件と競合しないようにした理由〔第8の2(3)ii.〕,被告人A1及び同B1につき,価格レンジの意義〔同i.〕,被告人B2につき,受注調整会議を欠席するようになった理由,〔第8の2(1)iii.〕)をしている。
これに対し,同被告人4名は,公判において,調達実施本部は指値によって契約価格を決めてり,業者は調達不能を避けるために,調達実施本部の指示により納入責任会社を決めていたものである,価格レンジは調達実施本部が決めた当初入札2回を不調にし,商議,再入札1回というルールに合わせるように定めたもので,契約価格を引き上げるためではない,したがって,本件受注調整は談合ではなく,独占禁止法に反するとは思っていなかったなどと,弁護人の主張に沿う供述をしている。
2 弁護人は,上記各検察官調書の任意性を争い,i.取調検察官は,調達実施本部の関与を希釈化させるという不当な捜査方針のもとに,被告人らが公判供述のような供述をしてもこれを録取せず,検察官側が設定した筋書きに沿った供述をするように,執拗に,取調検察官によっては大声で怒鳴るなどして迫った,ii.被告人らは,初めての逮捕・勾留により衝撃を受け,家族のことなどを思って不安定な精神状態になっており,特に被告人A1は,高血圧,心臓病及び閉所恐怖症を伴う心因反応という持病の症状が逮捕勾留中に現れていた,iii.取調検察官はこのような被告人らの状態に乗じて,保釈等においていかなる不利益を受けかねない旨を示唆したり,会社に見捨てられると告げるなどして,被告人らに対し,真意に基づかない供述調書に署名指印することを嘘要したなど主張する。上記被告人4名も,公判において,これに沿う供述をしている。
(1) しかし,各検察官調書では,本件受注調整の仕組み,受注調整会議や商議における関係者の発言,個別物件に関する事情などについて,具体的な事実が詳細に供述されている。調達実施本部担当官の言動についても,各被告人とも,全業者に対する最低商議価格の提示,入札書の整理等の手伝いの依頼について言及しているほか,被告人A1と同B2は,入札説明会における商議と再入札の日程の告知,入札書の差し替え等,「くじ」の不正について説明している。
(2) 被告人A1は,本件による逮捕の10日前から在宅で取調べを受けていたが,遅くとも逮捕当日の弁解録取において被疑事実は間違いないと供述し(〈証拠略〉),その翌日(〈証拠略〉)には,より具体的に本件受注調整が談合である旨を供述している。翌々日の勾留質問(〈証拠略〉)では,被疑事実を認める一方で,本件の談合は調達不能を避ける意味もあった,価格は防衛庁側が指値価格として提示し,我々はそれに従っていたと供述しているが,それ以降は検察官に対し,一貫して被疑事実を認め,詳細な自白をしている。被告人A1は,逮捕を予期していなかったので,逮捕されたときには動転してパニック状態に陥り,どのような供述をしたか記憶にないと供述しているが(〈証拠略〉),逮捕の数日前から,被告会社コスモ石油に対する告発や同本社の捜査が行われ,在宅取調べも続けられていたのであるから,逮捕を予期していなかったという供述は信用できない。関係証拠によれば,被告人A1は弁護人の主張のとおり閉所恐怖症等の持病を有しており,勾留3日目の取調べ中に倒れたことが認められるが,他方で,その前後を通じて,同被告人は,東京拘置所内で適宜医師の診察を受け,必要な投薬を受けていたこと,逮捕の翌日には持病について概略が聴取され(〈証拠略〉),倒れた翌日には詳細に聴取されていること(〈証拠略〉),その後特段の症状が現れたことはなかったことも認められる。
以上のほか,被告人A1の取調べを行った検察官宮坂誠司の証言等を総合すれば,その他の点に関する弁護人の主張及び同被告人の供述を検討しでも,同被告人検察官調書の任意性を肯定することができる。
(3) 被告人B1,同B2及び同C1も,逮捕の約10日前から数回の在宅取調べを経て,被告人A1と同じ日に逮捕・勾留されている。そして,本件被疑事実について,被告人B1は逮捕後13日目から,同B2は逮捕翌日から,同C1は逮捕直後の弁解録取時から,それぞれ自白し,捜査段階には自白を維持していた。各検察官調書においては,前記の供述のほか,いずれの被告人も,前任者から引き継いで本件受注調整が違法であると感じた状況を具体的に供述している。さらに,i.被告人B1については,供述調書の原稿を閲読し,訂正・削除を求め,そのように訂正・削除された後に署名指印したことがあること(〈証拠略〉),ii.被告人B2については,K1課長補佐の言葉に対する反発や指値に対する考え方については,任意に供述した部分があることを認めていること(〈証拠略〉),iii.被告人C1については,逮捕されることは頭になかったので,逮捕されて頭が真っ白になり,弁解録取や勾留質問で被疑事実を認めたか覚えていないと供述しているが(〈証拠略〉),被告人A1の場合と同様,告発や本社捜索,在宅取調べが行われていたことに照らし,上記供述は信用できないことなども指摘できる。
これらの点を総合すれば,その他の弁護人の主張及び各被告人の供述を検討しても,上記被告人3名の各検察官調書の任意性を肯定することができる。
3 そこで,上記各検察官調書の信用性を検討するに,上記1で引用した本件受注調整の目的やそれが独占禁止法に違反すると思っていたことなどの供述については,第8で説示したように,その他の関係者の供述,本件受注調整の態様・経緯と合致している。
加えて,i.被告人B1は,平成10年の自分の手帳(ダイアリー。〈証拠略〉)に,受注調整会議の日程,被告人A1が示した価格レンジ,指値価格等を記載していたが,公正取引委員会の調査の間に,受注調整会議(配分会議)を意味する「配」の鉛筆書きを抹消し,同委員会に対しては上記手帳の存在を否定し,これを部下に預けて隠匿していたこと(〈証拠略〉なお,上記手帳に抹消された痕跡が認められる。),ii.被告人B2は,被告人A1に依頼して,平成10年3期から受注調整会議に出席せず,同被告人と連絡をとる方法で本件受注調整に参加する,ことに変更したこと,iii.被告人C1も,平成10年の自分の「ダイアリー(1998年)」とある手帳(〈証拠略〉)に,受注調整会議の日程を「配」,「弘済」あるいは「6F弘済企業」と鉛筆で記入してあったが,後日こられを消し,その上に別の予定を書き込んだこと(〈証拠略〉)がそれぞれ認められる。これらの事実は,被告人A1も含め,各被告人が検察官調書で供述する,本件受注調整の目的や違法性の意識の点を裏付ける間接事実といえる。
したがって,被告人A1ら4名の検察官調書中の上記供述には高い信用性が認められる。これに反する同被告人らの公判供述は採用できない。
なお,同被告人らの検察官調書には,最低商議価格は購入上限価格で,再入札ではそれを下回る落札も可能であったという供述がある。第7で検討したところによれば,実情として,本件当時の同被告人らにおいては,実際に最低商議価格に基づく予定価格と異なる入札が行われることは念頭になかったと認められ(調達実施本部担当官側の認識の実情も同様であったと認めることは,すでに述べた。),この点は,法律上の建前を述べたにすぎないから,同被告人らの当時の実感を述べたというより,取調検察官の理詰めの質問に合わせた供述である疑いがある。しかし,この点があるからといって,その余の本件受注調整の目的等についての上記自白の信用性が損なわれるものとはいえない。
4 被告人E1及び証人G1も,公判において,本件受注調整の目的は,同人らの各検察官調書で供述したような,当初入札及び商議を不調にして契約価格を引き上げることではなく,部隊のために納入責任会社を決め,また生産計画を立てて石油製品を安定的に供給するためであったと供述している。しかし,これまでに検討してきたところに照らし,両名の上記公判供述も到底採用することができない(G1は,第8の2(1)ii.のとおり,本件受注調整からの脱退について上司と協議したことを認めている。)。
第10 被告人C1の故意が阻却されるとの主張について
弁護人(被告会社昭和シェル石油及び被告人C1)は,被告人C1について,本件受注調整が長年にわたって是正されなかったこと,同被告人は,部隊への石油製品の安定供給のために,調達実施本部自ら価格を指定するというシステムに本件受注調整が組み込まれていると認識していたこと,調達実施本部担当官が本件受注調整を公認していると思わせるような言動をしていたことなどから,同被告人には,本件受注調整について違法性の意識がなく,かつそのことに過失がなかったとして,同被告人の故意は阻却されると主張する。
しかし,被告人C1の検察官調書のうち,本件受注調整の目的及び同被告人の違法性の意識についての供述によれば,同被告人は,本件当時,本件受注調整が独占禁止法に違反する違法な行為であるという認識を有していたことは明らかである。弁護人が指摘する諸点を検討しても,被告人C1につき,本件受注調整行為について違法性の意識を欠くような事情があったとは到底認められず,その主張は理由がない。
第11 本件受注調整が公共の利益に反しないとの主張について
弁護人(被告会社昭和シェル石油,被告人C1,被告会社東燃ゼネラル石油)は,仮に本件受注調整が独占禁止法2条6項の「不当な取引制限」行為に該当するとしても,公共の利益に反しないから違法性が阻却されると主張する。その理由とするところは,本件各石油製品が特定顧客向けの限定的な製品であることや国防上の観点から,本件取引は自申競争経済秩序になじまないものである,他方,本件受注調整によって,i.特殊で厳格な納入条件の遵守,ii.納入困難な物件の安定供給の確保,iii.品質の保持,iv.その他のきめ細かく行き届いたサービスの享受,v.これらが継続して実行されていくという信頼感・安心感という,国防にとって極めて重要かつ重大な利益が守られており,かつ,契約に係る価格も総対的に調達実施本部に有利なものであった。したがって,本件受注調整は,それによって守られた利益との比較衡量において,独占禁止法の究極目的に反しない,というものである。
しかし,先に認定したとおり,本件受注調整の目的は,被告会社等がそれぞれ前年度実績並みの受注割合を確保し,価格競争による落札価格の下落を防ぐことにあり,その内容及び方法は,受注調整会議を開くなどして,受注予定会社及び各社の入札等に対する対応等を定め,受注予定会社が受注できるように入札等を行うことなどを合意・決定したものであって,その結果,競争によって受注業者,契約価格を決定するという指名競争入札の機能は全く失われている。本件受注調整が,これに加わった各業者のそれぞれの経済的利益追求のためになされたことももちろんである。したがって,本件受注調整は,「一般消費者の利益を確保するとともに,国民経済の民主的で健全な発展を促進する」という独占禁止法の目的(同法1条参照)に実質的に反しないと認められる例外的なものに当らないことは明らかである。
また,弁護人が,公共の利益に反しない理由として上げる国防上の利益については,自由な競争による指名競争入札によって,それが達成できないとはいえないから,本件取引が自由競争になじまないものであったなどとは到底いえないところである。
したがって,本件受注調整は,独占禁止法2条6項にいう「公共の利益に反して」いることは明らかであり,その違法性が阻却されることはない。上記主張は採用できない。
第12 構成要件該当性に関する主張について
1 「一定の取引分野」について
被告会社扶桑石油及び被告人E1の弁護人は,不当な取引制限罪(以下,「本罪」という。)における「一定の取引分野」は,一定の時間的,地域的広がりを有する市場であり,検察官の主張が,各期の油種ごとの発注を一括したものであるとしても,それは個別物件の入札が多数集積したものに過ぎず,これを捉えて「一定の取引分野」とすることはできないと主張する。
そこで,検討するに,本件公訴事実における「一定の取引分野」は,防衛庁調達実施本部が発注する本件各石油製品の発注期ごと(平成10年1期については暫定分と補正分とに区別される。)に,同一油種に係る発注物件全体を対象とする取引分野であるところ,関係証拠によれば,上記取引分野は,油種ごとに指名された11ないし13の業者が,全国各地を納入先とする数百件という多数の物件を受注するというもので,各期の合計受注金額はそれぞれ約19億円から約110億円であり,各期の油種別の合計受注金額もそれぞれ約2200万円から約68億円に達するという大規模なものであったことが認められる。そこでは,各指名業者が油種ごとに多数の物件のそれぞれについて受注競争を行い,活発な競争市場が形成されることが期待されていたものである。ところが,被告会社等による受注調整が長年にわたって行われて,そのような競争が全く行われなくなっていたことは,先に認定したとおりである。
その他,すでに述べてきたとおり,本件が,その都度基本ルールを確認・合意しつつ行われてきた継続的な入札談合事案であることにもかんがみると,本件各石油製品の各発注期の油種ごとの受注に係る指名競争入札が,独占禁止法2条6項にいう「一定の取引分野」に該当することは明らかである。上記主張は採用できない。
2 本件における実行行為について,
検察官は,本件公訴事実について,「公訴事実の対象には基本ルールの合意行為が含まれる。」と釈明したほか,前年度の油種ごとの受注実績を勘案して受注予定会社を決定するとともに同社が受注できるような価格で入札を行う旨合意することが,独占禁止法2条6項の「相互にその事業活動を拘束」する行為に当たり,上記合意に従って受注予定会社を決定することが,同条項の「遂行」する行為に当ると釈明したところであるが,被告会社扶桑石油及び被告人E1の弁護人は,被告人らが上記合意(基本ルールの合意行為)をした事実は認められない,検察官が主張する合意は一般的抽象的であって,事業活動の相互拘束性に疑問がある,基本ルールの合意に基づく個別調整行為は,不当な取引制限罪の実行行為には当たらないなどと主張している。
そこで,検討するに,被告会社等の担当者の間で,「前年度における油種ごとの受注実績を勘案して受注予定会社を決定するとともに当該受注予定会社が受注できるような価格で入札を行う」旨の基本ルールが合意された始まりが,相当以前に遡ることは,先に認定したとおりである(第2の2,第4)。そして,各期の発注の都度,そのときどきの被告会社等の担当者が受注調整会議に集まるなどして,まず,その基本ルールに従うことが確認・合意され,次いで,その合意に基づいて当該期の個別受注調整が決定されてきたものと認められる。
判示各期においても,被告人A1は,各期の入札説明会直後に,被告会社等の担当者に受注調整会議の日程を告げ,これに従って同担当者らが受注調整会議に出席すると,被告人A1が「それじゃ始めましょうか。」などと言い,出席者から異論が出るごともなく,直ちに議事に入って,順次,受注予定会社の決定等が行われた。したがって,出席者の間では,各受注調整会議の冒頭において,当該期の発注についても,従来と同じ基本ルールを確認・合意し,そして,引き続き,同出席者らは,個別の発注物件について,その基本ルールに従って,すでに述べたとおり,受注予定会社を決定するなどし,もって,各被告会社等が共同して,調達実施本部が指名競争入札の方法により発注する本件各石油製品の受注に関し,各被告会社等の事業活動を相互に拘束し,遂行したのであって,以上はいずれも本罪の実行行為に該省するものである。弁護人の上記主張は採用できない。
被告会社東燃ゼネラル石油及び平成10年3期の三菱石油についても,両会社の担当者が,受注調整会議の前後に被告人A1と連絡をとり,受注希望物件を伝え,受注配分の結果を伝えられたことなどによって,被告人A1を介して前同様の実行行為を行ったものと認められる。
以上の結果,被告会社等が前記一定の取引分野における競争を実質的に制限したことも明らかである。
第13 結論
以上のとおりであるから,判示各期に調達実施本部が指名競争入札の方法によって発注した本件各石油製品の受注に関して,被告人9名をはじめとする被告会社等の担当者が行った本件受注調整は,いずれも不当な取引制限罪に該当するものと認められる。弁護人が指摘するその他の諸点を検討しても,各被告人及び各被告会社について,本罪による刑事責任を否定する事由は存在しないものと認められる。
(法令の適用)
1 被告会社コスモ石油,同新日本石油,同昭和シェル石油,同出光興産,同扶桑石油,同東燃ゼネラル,同キグナス石油,同九州石油及び同太陽石油の判示1(1)ないし(3),2の各所為は,いずれも包括して,平成14年度法律第47号による改正前の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律95条1項1号,89条1項1号,3条にそれぞれ該当し,被告会社タイホー工業の判示2の所為は,上記改正前の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律95条1項1号,89条1項1号,3条に該当するので,その所定金額の範囲内で,被告会社コスモ石油を罰金8000万円に,同新日本石油を罰金7000万円に,同昭和シェル石油を罰金3500万円に,同出光興産を罰金3000万円に、同東燃ゼネラル石油を罰金2500万円に,同扶桑石油を罰金1500万円に,同キグナス石油を罰金800万円に,同九州石油を罰金700万円に,同太陽石油及び同タイホー工業をいずれも罰金300万円に,それぞれ処することにする。
2 被告人A1,同B1,同B2,同C1,同C2,同D1及び同E1の判示1(1)ないし(3),2の各所為は,同F2の判示(1)ないし(3)の所為並びに同F1の判示2の所為は,いずれも包括して,刑法60条,上記改正前の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律95条1項1号,89条1項1号,3条にそれぞれ該当するので,所定刑中いずれも懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で,被告人A1を懲役1年6月に,同B1及び同C1をいずれも懲役1年に,同B2,同C2,同D1及び同E1をいずれも懲役8月に,同F1及び同F2をいずれも懲役6月に,それぞれ処し,情状により,いずれも刑法25条1項を適用して,この裁判が確定した日から,被告人A1に対し3年間,同B1,同C1,同B2,同C2,同D1,同E1,同F1及び同F2に対しいずれも2年間,それぞれの刑の執行を猶予することとする。
3 訴訟費用については,刑法181条1項本文,182条により,別紙記載のとおり,同記載の被告会社及び被告人に連帯して負担させることとする。
(量刑の理由)
1 本件は,被告人9名を含む,石油元売り業者又はその代理人である被告会社等12社の従業者が,その業務に関し,防衛庁調達実施本部が指名競争入札の方法により発注する自衛隊基地等で消費する石油製品について,受注調整を行って不当な取引制限をしたという,独占禁止法違反事件である。
2 調達実施本部発注の本件各石油製品の取引は,10社以上を指名業者とし,防衛庁の全国の基地や施設に納入される大量の石油製品を対象とするものであって,その数量は年間で約2000件,約140万KL,受注金額にして合計約430億円という大規模なものである。本件犯行は,平成10年度中の4期にわたる合計約307億円の受注に係るものであり,自由競争経済秩序に対して重大な影響を与えたものである。しかも,わが国有数の大企業である大手石油元売り会社を含む被告会社等が,このような独占禁止法違反を行っていたことの社会的影響は大きい。
独占禁止法は,事業活動の不当な拘束を排除することにより,公正かつ自由な競争を促進して,一般消費者の利益を確保するとともに,国民経済の民主的で健全な発展を促進ずることを目的としている。しかるに,各被告人を含む被告会社等の従業員は,自社のシェアを従前どおりに確保することはもちろん,価格競争による落札価格の下落を防止し,これを引き上げることを目的、として,長年にわたり,発注の都度,受注調整会議を開催して,そのための基本ルールを確認・合意の上,受注予定会社を決め,互いに自己の受注予定物件を,より高い価格で受注できるように行動することを取り決めていたものである。本件犯行の目的,態様は,独占禁止法の目的とするところを無視した悪質なものである。そして,実際に,被告人らは,本件受注調整で定められたところに従って入札等を行い,受注予定会社がその予定物件を,当初入札予定価格よりも引き上げられた価格で落札し,被告会社等はそれを相応の利益を得ていたものである。
ところで,被告会社コスモ石油(判決当時は,大協石油株式会社),同新日本石油.(同じく,日本石油株式会社),同昭和シェル石油(同じく,シェル石油株式会社),同出光興産,同東燃ゼネラル石油(同じくゼネラル石油株式会社)及び同キグナス石油は,昭和55年に,不当な取引制限罪により,罰金刑に処せられている(昭和59年確定)。
被告会社等の従業員であった各被告人は,本件に関わる任務を命ぜられ,会社の利益のために本件犯行に加担してきたものであるが,本件受注調整の違法性を十分認識しながらの犯行であり,強い非難を免れない。長年にわたり,このような従業員の違法行為を,組織として,容認あるいは黙認等してきた各被告会社もまた厳しい非難に値する。とりわけ,被告人A1及びその所属する被告会社コスモ石油は,同被告人が本件受注調整において果たした役割,同被告会社の受注割合に照らし,各被告人及び各被告会社の中でも最も重い責任を問われるべきである。被告会社新日本石油についても,同社の受注割合,本件受注調整が存続してきた過程で同社の従業員が果たしてきた役割に照らすと,被告会社コスモ石油に次ぐ責任がある。
3 他方,本件指名競争入札においては,長年にわたり,当初入札が全件不調となり,3回目の入札で必ず1社が商議権者として残り,再入札では予定価一格と同じ価格で1回で落札されるという状態が続いていた(かつての2グループ制のもとでは,第2グループでは,全物件が1回目の入札で予定価格と同額で落札されるという状態が続いていた。)。そこでは,業者間の競争が見られず,何らかの受注調整が行われていたことは当然疑われたところである。ところが,契約2課をはじめとする調整実施本部担当官らは,本件各石油製品の調達の確保や効率性を優先させた事務処理を行っており,例えば,当初入札では,入札を形式的に3回連続して行い,会計法に違反する疑いの強い入札書の差し替えを許容し,商議から再入札にかけては,事実上,商議権者と油種ごとの統一価格で契約することを前提にした手続を行っていた。これらの事務処理は,発注者である調達実施本部においても,競争の確保や入札手続の公正を軽視する姿勢を示したものといわざるを得ない。もとより,被告会社等が,その利益のために本件受注調整を行い,自由競争経済秩序を損なってきたことは明らかであり,調達実施本部の上記の姿勢もこれを受けてのものであるものの,長年にわたる経緯及びその結果としての本件当時の実情を視野に入れれば,調達実施本部側の対応にも,問題があったというべきである。
4 このほか,i.被告会社については,被告会社出光興産,同扶桑石油,同東燃ゼネラル石油,同キグナス石油,同九州石油,同太陽石油及び同タイホー旨工業においては,公正取引委員会の本件受注調整に関する排除勧告を応諾して,勧告審決を受け,それぞれ各社内で再発防止のための対策をとったこと,被告会社扶桑石油は課徴金納付命令に応じて課徴金9907万円を支払い,同タイホー工業も同じく249万円を支払ったこと,被告会社扶桑石油は,モービル石油の代理店であり,手数料収入を得ていたものであるが,本件発覚により代理店契約を打ち切られたこと,被告会社タイホー工業が本件受注調整に加わったのは平成10年3期だけであったこと,被告会社扶桑石油,同九州石油,同太陽石油及び同タイホー工業は前科がないこと,ii.被告人9名については,いずれも本件取引を担当するようになったときには,すでに各自の会社が本件受注調整に加わっており,被告人らはこれを引き継いだものであること,被告人F2を除く各被告人に前科前歴がなく,被告人F2も道路交通法違反による罰金前科のみであること,被告人C2,同D1,同F1及びF2は,公判において,反省の弁を陳述していること,被告人F1及びF2は,本件犯行により,その所属する被告会社を退職したこと,被告人E1を除く各被告人は,本件により1か月前後の間,身柄を拘束されたことなどは,それぞれ各被告会社,各被告人のためしん酌すべき事情といえる。
5 そこで,上記のような本件全体の犯情を踏まえた上,各被告会社及び各被告人が本件受注調整において果たした役割及び受注量,会社の事業規模などを勘案し,それぞれの個別事情をも総合考慮して,主文の量刑を定めたものである。よって,主文のとおり判決する。
(求刑被告会社コスモ石油及び同新日本石油につき各罰金8000万円,同昭和シェル石油及び同出光興産につき各罰金4000万円,同扶桑石油及び同東燃ゼネラル石油につき各罰金3000万円,同キグナス石油及び同九州石油につき各罰金1000万円,同太陽石油及び同タイホー工業につき各罰金500万円,被告人A1につき懲役1年6月,同B1及びC1につき各懲役1年,同B2につき懲役10月,同C2,同D1及び同E1につき各懲役8月,同F1及び同F2につき各懲役6月)
東京高等裁判所第3特別部

平成16年3月31日

裁判長裁判官 中川 武隆
裁判官 大島 隆明
裁判官 半田 靖史
裁判官 岡部 豪
裁判官 佐々木 一夫

別紙(略)

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