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(株)トクヤマほか3名による審決取消請求事件

独禁法3条後段
東京高等裁判所

平成19年(行ケ)第35号,第36号,第37号及び第38号

判決

山口県周南市御影町1番1号
原告(第35号事件)株式会社トクヤマ
同代表者代表取締役 幸後和壽
同訴訟代理人弁護士 井上展成

東京都千代田区丸の内3丁目1番1号
原告(第36号事件)出光興産株式会社
同代表者代表取締役 大宮秀一
同訴訟代理人弁護士 瀬尾信雄
同         橋本副孝
同         吾妻 望
同         日野義英
同         笠 浩久
 
東京都中央区新川2丁目27番1号
原告(第37号事件)住友化学株式会社
同代表者代表取締役 廣瀬 博
同訴訟代理人弁護士 厚谷襄児
同         川崎隆司
同         加瀬洋一
同         松尾 眞
同         内藤順也
同         佐賀義史

東京都品川区東品川2丁目2番24号
原告(第38号事件)サンアロマー株式会社
同代表者代表取締役 ゴダード・フォン・イルゼマン
同訴訟代理人弁護士 川合弘造
同         住田邦生
同         平野双葉



東京都千代田区霞が関1丁目1番1号
被告(第35号・第36号・第37号・第38号事件)
同代表者委員長 竹島一彦
同指定代理人  南 雅晴
同       高原慎一
同       秋沢陽子
同       佐藤真紀子
同       大谷美穂
同       岡田哲也
同       大胡 勝

平成19年(行ケ)第35号,同第36号,同第37号,同第38号 各審決取消請求事件


山口県周南市御影町1番1号
原告(第35号事件)株式会社トクヤマ
同代表者代表取締役 幸後和壽
同訴訟代理人弁護士 井上展成

東京都千代田区丸の内3丁目1番1号
原告(第36号事件)出光興産株式会社
同代表者代表取締役 大宮秀一
同訴訟代理人弁護士 瀬尾信雄
同         橋本副孝
同         吾妻 望
同         日野義英
同         笠 浩久
 
東京都中央区新川2丁目27番1号
原告(第37号事件)住友化学株式会社
同代表者代表取締役 廣瀨 博
同訴訟代理人弁護士 厚谷襄児
同         川崎隆司
同         加瀬洋一
同         松尾 眞
同         内藤順也
同         佐賀義史

東京都品川区東品川2丁目2番24号
原告(第38号事件)サンアロマー株式会社
同代表者代表取締役 ゴダード・フォン・イルゼマン
同訴訟代理人弁護士 川合弘造
同         住田邦生
同         平野双葉

東京都千代田区霞が関1丁目1番1号
被告(第35号・第36号・第37号・第38号事件)
        公正取引委員会
同代表者委員長 竹島一彦
同指定代理人  南 雅晴
同       高原慎一
同       秋沢陽子
同       佐藤真紀子
同       大谷美穂
同       岡田哲也
同       大胡 勝

主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告らの負担とする。

事実及び理由
第1 請求
第35号・第36号・第37号・第38号事件各被告(以下,単に「被告」という。)が第35号事件原告株式会社トクヤマ(以下「原告トクヤマ」又は「トクヤマ」という。),第36号事件原告出光興産株式会社(以下「原告出光興産」という。),第37号事件原告住友化学株式会社(以下「原告住友化学」という。)及び第38号事件原告サンアロマー株式会社(以下,「原告サンアロマー」といい,第35号ないし第38号事件の各原告を併せて,単に「原告ら」という。)に対する私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律(平成17年法律第35号。以下「改正法」という。)附則2条(以下「改正附則2条」という。)の規定によりなお従前の例によることとされる同法による改正前の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」という。)に基づく公正取引委員会平成13年(判)第15号独占禁止法違反審判事件(以下「本件審判事件」という。)について平成19年8月8日付けでした審決(以下「本件審決」という。)を取り消す。
第2 事案の概要
1 被告は,平成19年8月8日,原告らを被審人とする本件審判事件について,ポリプロピレン(以下「PP」という。)製造販売業者7社が,平成12年3月6日の会合において,同年4月以降PPの需要者向け販売価格を1kg当たり10円をめどに引き上げるという合意(以下「本件合意」という。)をし,我が国におけるPPの販売分野における競争を実質的に制限していたものであり,これは独占禁止法2条6項の不当な取引制限に該当するとして,本件合意が消滅していることの確認等の措置等を命じる本件審決をした。
本件は,原告らが,本件合意の存在について実質的証拠はないなどとし,本件審決は違法であると主張して,その取消しを求めた事案である。
なお,本件審決は,一部付加訂正をするほか,平成19年5月15日付け審決案(以下「本件審決案」という。)を引用している。
2 原告ら及びその他のPP製造販売業者
(1) 原告ら
ア 原告出光興産
原告出光興産は,肩書地に本店を置き,平成16年8月1日,本件当時(平成12年1月から同年5月までをいう。以下同じ。)にPPの製造販売業を営んでいた出光石油化学株式会社(以下「出光石化」又は「出光」という。)を吸収合併した。その後,原告出光興産は,平成17年4月1日,三井化学株式会社(以下「三井化学」という。)と共同新設分割により株式会社プライムポリマー(以下「プライムポリマー」という。)を設立して,両社のPPの製造販売業を包括承継させ,以後,自らはPPの製造販売業を営んでいない。プライムポリマーに対して,原告出光興産は,35%出資して取締役6名中2名を派遣し,三井化学は,65%出資して取締役6名中4名を派遣している。
イ 原告住友化学
原告住友化学(平成16年10月1日に住友化学工業株式会社から現商号に変更した。以下,同日以前については「住友化学工業」又は「住友」という。)は,PPの製造販売業を営んでいた。住友化学工業は,平成14年4月1日,三井化学と共同出資していた三井住友ポリオレフィン株式会社(以下「三井住友ポリオレフィン」という。)に対して,PPの販売業を譲り渡したが,平成15年10月1日,PPの販売業を三井住友ポリオレフィンから譲り受けた。住友化学工業は,平成16年10月1日,上記の商号変更とともに,本店所在地を肩書地に変更した。
ウ 原告サンアロマー
原告サンアロマー(平成13年1月1日にモンテル・エスディーケイ・サンライズ株式会社から現商号に変更した。以下,同日以前については「MSS」という。)は,肩書地に本店を置き,PPの製造販売業を営む者である。
エ 原告トクヤマ
原告トクヤマは,肩書地に本店を置き,PPの製造販売業を営んでいた
が,平成13年7月1日,PPの販売業を出光石化に譲り渡し,同日以降,PPの製造販売業を営んでいない。
(2) 原告ら以外のPP製造販売業者
本件当時,原告ら以外のPP製造販売業者として,日本ポリプロ株式会社(平成15年10月1日に日本ポリケム株式会社から現商号に変更した。以下,同日以前については「JPC」といい,同日以後については「日本ポリプロ」という。),株式会社グランドポリマー(以下「GRP」という。)及びチッソ株式会社(以下「チッソ」という。)の3社(以下「3社」という。)が存在したが,次の経過により,現在,原告住友化学及び原告サンアロマー以外のPP製造販売業者は日本ポリプロ及びプライムポリマーの2社である。
ア 日本ポリプロ
チッソは,審判開始決定(平成13年6月27日)以降,PPの製造業を営んでいたチッソ石油化学株式会社(以下「チッソ石化」という。)にPPの販売業を譲り渡した。
そして,チッソ石化は,平成15年10月1日,吸収分割によりPPの製造販売業をJPCに承継させ,同時に,JPCは商号を変更して日本ポリプロとなった。チッソ石化は,日本ポリプロに対して35%出資した。
イ プライムポリマー
GRPは,平成14年4月1日,同社を消滅会社として三井化学と合併し,同日,三井化学は,三井住友ポリオレフィンにPPの販売業を譲り渡して承継させた。さらに,三井住友ポリオレフィンは,平成15年10月1日,PPの販売業を三井化学に譲り渡した。その後のプライムポリマーの設立等に至る経過は,前記(1)アのとおりである。
(3) 平成12年当時のPP製造販売業者各社のシェア
平成12年当時の国内におけるPP製造販売業者は,JPC,GRP,チッソ,出光石化,住友化学工業,MSS及び原告トクヤマの7社(以下「7社」という。)のみであり,平成12年の7社のシェアの合計は,販売数量ベースで約91%であった(その他は輸入)。そして,順位が第1位及び第2位であったJPC及びGRPの2社の国内販売におけるシェアの合計は,販売数量ベースで約45%であった。(査第81号証)
3 本件審決に至る経過
(1) 被告は,平成12年5月30日,独占禁止法の規定に基づき,本件合意について,審査を開始した。チッソは同年9月5日ころ,JPCは同月7日ころ,GRPは同月22日ころ,それぞれ本件合意から離脱する旨等を7社の他の各社に文書により通知し,本件合意から離脱した。JPCは,これに加え,同年10月25日ころまでに,自社の取引先販売業者及び需要者に対し,本件合意から離脱した旨通知した。被告はこれらにより,本件合意は事実上消滅したものと認めた。
(2) 被告は,原告ら及び3社は,共同してPPの販売価格の引上げを決定することにより,公共の利益に反して,我が国におけるPPの販売分野における競争を実質的に制限していたものであって,これは独占禁止法2条6項に規定する不当な取引制限に該当し,同法3条に違反するものとして,平成13年5月13日,原告ら(原告出光興産については,吸収合併前の出光石化。以下,同様にいうことがある。)及び3社に対し,同法48条2項に基づき,違反行為の排除措置を求める勧告をした。これに対し,3社はこれを応諾したが,原告らはこれを応諾しなかった。そこで,被告は,同年6月27日,同法49条1項に基づき,原告らに対し,審判開始決定をした。そして,審判手続を経た後,平成19年5月15日,本件審決案が作成され,同年8月8日,被告は本件審決を行った。なお,勧告を応諾した3社に対しては,勧告と同趣旨の勧告審決がされた上,平成15年3月31日,課徴金納付命令が出され,GRPはこれを争わなかったが,JPC及びチッソは,その内容に不服があるとして審判請求をし,平成19年6月19日,課徴金の納付を命ずる審決がされ,これが確定している。
4 本件審決の認定した事実の概要
(1) 前提事実
ア PP
PPは,ナフサを分解・精製することによって生産されるプロピレンを重合して製造される合成樹脂であり,比重が小さく,機械的強度及び流動性に優れ,複雑な形状の成形に適しているため,用途は,電気・電子部品,フィルム,コンテナ,自動車部品,日用品等広範囲に及んでいる。PP,ポリエチレン(以下「PE」という。)等の熱可塑性樹脂を総称して,ポリオレフィンと呼んでいる。PPの市場規模は,平成12年において,国産品約3240億円及び輸入品約186億円の合計約3426億円である。(査第28号証,第81号証,審A第9号証)
イ PPの流通形態及び価格体系
(ア) PPの流通形態
7社は,PPを,それぞれ直接又は販売業者を通じて需要者に販売している。需要者の多くは,7社のうちの2社以上からPPの供給を受けている。
(イ) PPの価格交渉
PPの販売価格について,7社は,販売業者を通じて販売する分も含めて,ほとんどの場合,直接又は販売業者を通じて需要者との間で価格交渉を行い,個別に需要者渡し価格を定めている。
((ア)及び(イ)について,査第97号証ないし第101号証,第103号証,第104号証,第106号証ないし第113号証)
ウ ナフサとPPとの関係
PPは,ナフサを分解して得られるプロピレンを原料としているところ,ナフサのコストがプロピレンのコストに占める割合が高く,かつ,プロピレンのコストがPPのコストに占める割合が高いことから,ナフサの市況における価格(以下「ナフサ価格」という。)の動向がPPのコストに大きな影響を及ぼす関係にある。具体的には,PPの製造販売業者において,ナフサ価格が1kℓ当たり1,000円上昇すれば,PPの価格を1kg当たり2円値上げする必要があるということが,共通した認識となっている。そこで,PPの製造販売業者は,従来,PPの需要者渡し価格を引き上げる際,ナフサ価格の上昇を理由としている。そして,PPの需要者渡し価格引上げの打出しは,従来,需要者がその販売先に転嫁しやすくするため,慣行として,1kg当たり10円ないしそれ以上の値上げ幅で行われていた。なお,7社は,販売するPPの一部について,自動車製造業者,自動車部品製造業者等一部の需要者との間で,あらかじめ,ナフサ価格に連動して一定の算式の下にPPの販売価格を設定する(以下,このような価格決定方式を「ナフサリンク方式」という。)契約を締結している。
(査第4号証,第16号証,第19号証,第20号証,第22号証,第28号証,第29号証,第32号証,第43号証,第50号証,第82号証,第86号証)
エ 石油化学工業協会の会合
平成12年当時,PP等の石油化学製品の製造業者の事業者団体として,東京都千代田区内幸町2丁目1番1号に事務所を置く石油化学工業協会(以下「石化協」という。)があり,7社は石化協の会員であった。
石化協が製品別に設けている委員会の1つに,7社の役員級の者をメンバーとするポリプロピレン委員会(以下「PP委員会」という。)があり,その下部機関として7社の営業部長級の者をメンバーとするポリプロピレン委員会企画調査小委員会(以下「PP小委員会」という。)があった。
なお,PP小委員会の本件当時の出席者は,後記オ(ア)の部長会メンバーと同じである。
(争いがない。)
オ PP製造販売業者の会合
(ア) 部長会
PP製造販売業者は,かねてから,営業部長級の者らによる会合(以下「部長会」という。)を,いずれかの会社の寮等で開催して,PPの販売に関する情報交換を行ってきた(原告トクヤマが参加していたかについては争いがある。)。7社のうちMSSを除く6社は,平成11年6月に日本ポリオレフィン株式会社(以下「日本ポリオレフィン」という。)からPPの製造販売業を譲り受けたMSSが外資系企業であり,独占禁止法違反を疑われる会合への出席をちゅうちょしていたことから,同社を参加させやすくするため,同年11月ころ以降,主として,公式な会合であるPP小委員会が開催される際を利用して石化協会議室で部長会を開催するようになり,以後,MSSは部長会に参加するようになった。
本件当時の部長会メンバーは,別紙1のとおりである(以下,氏名欄括弧書のとおり略称する。また,その他の関係者については,別紙2の1記載の略称を用いることがある。)。
PP小委員会が開催される際を利用して部長会を行うときは,7社の営業部長級の者らは,PP小委員会が終了して石化協事務局職員が退席した後,住友阪本の司会の下に,ナフサ価格の先行き見通し,PPの採算状況,PPの値上げの必要性等について,協議していた。
(査第4号証ないし第10号証,第12号証ないし第14号証,第19号証,第20号証,第28号証,第31号証)
(イ) 地区会
PP製造販売業者は,かねてから,PPの需要者が集中している東京,大阪及び名古屋の各地区において,それぞれの地区における課長級の者による会合(以下「地区会」という。)を開催しており,PPの値上げを打ち出したときは,需要者との価格交渉の状況等について情報交換をしていた。
地区会には,部長会メンバーのうち各地区会の担当とされた2名が,必要に応じて出席していた。
(査第8号証ないし第10号証,第58号証ないし第64号証,第69号証ないし第74号証,第76号証)
(2) 本件違反行為及びそれに至る経緯
ア 平成12年1月21日の部長会
平成12年1月21日,石化協会議室において,JPC宇川を除く部長会メンバーが出席して,PP小委員会が開催された。各社は,石化協事務局職員が退席した後,部長会を開催し(以下,この部長会を「1月21日の部長会」という。),当時,ナフサ価格の上昇が続いていたことから,ナフサ価格の見通し及びPP(ナフサリンク方式により販売価格を設定しているものを除く。以下同じ。)の値上げの必要性について意見交換を行い,PPの値上げについて部長会において検討していくこととし,次回の部長会の日程を決めて散会した(以下,本判決の本文において,平成12年の月日については,年の記載を省略する。)。
また,住友鈴木は,1月21日の部長会を欠席したJPC宇川に対して,会合の内容を連絡した。
(査第5号証,第11号証,第14号証ないし第16号証,第86号証)
イ 2月7日の部長会
2月7日,石化協会議室において,部長会メンバー全員が出席して,PP小委員会が開催された。そして,各社は,石化協事務局職員が退席した後,部長会を開催し(以下,この部長会を「2月7日の部長会」という。),PPの値上げの必要性を検討する際の基準とするとともに需要者に対するPPの値上げの説明の根拠とするために,各社が現状のPPの販売価格で採算が取れるナフサ価格の水準(以下「ナフサコストレベル」という。)について意見を述べ合い,ナフサコストレベルを,1kℓ当たり1万7000円から1万8000円とすることについて共通認識を得,このナフサコストレベルを前提としてPPの値上げの検討を行うこととした。
次に,各社は,4月以降のナフサ価格の見通し及びPPの値上げについて意見を述べ合ったところ,PPの値上げに積極的な意見もあったが,もう少しナフサ価格の動向を見極めた方がよいとしてPPの値上げに消極的な意見を述べる者もあったことから,PPの値上げについて部長会において更に検討していくこととし,次回の部長会の日程を決めて散会した。
(査第4号証,第5号証,第14号証ないし第21号証,第86号証)
ウ 2月21日の部長会
2月21日,石化協会議室において,MSS佐紺を除く部長会メンバーが出席して,PP小委員会が開催された。そして,各社は,石化協事務局職員が退席した後,部長会を開催し(以下,この部長会を「2月21日の部長会」という。),4月以降のナフサ価格の見通しについて情報交換を行い,PPの値上げについて検討を行った。ナフサ価格は前回の部長会当時よりも更に上昇していたが,この部長会においても,PPの値上げに積極的な意見を述べる者と,JPC宇川のように,もう少しナフサ価格の動向を見極めた方がよいとしてPPの値上げに消極的な意見を述べる者があり,PPの値上げについて意見の一致をみなかった。このため,部長会で再度検討することとし,次回の部長会の日程を決めて散会した。
また,住友鈴木は,2月21日の部長会を欠席したMSS佐紺に対して,会合の内容を連絡した。
(査第5号証,第11号証,第13号証,第16号証,第17号証,第22号証ないし第24号証,第83号証の1,第84号証,第86号証)
エ 住友阪本による他社の意思の確認
2月末ころ,JPC宇川は,上司の塩崎昌弘常務取締役ポリオレフィン事業本部長(JPC塩崎)からPPの値上げを行うよう指示を受けたことから,GRP土田及び住友阪本に対し,PPの値上げを行う方針であることを伝えるとともに,十分なPPの値上げができるように,住友阪本に,各社を回って,そのことにつき各社の意思を確認するよう要請した。
住友阪本は,3月2日にチッソを訪問し,チッソの前田和郎常務取締役(チッソ前田)及びチッソ森本と会談し,同社がPPの値上げを行う意思があるかどうか確認した。これに対し,チッソ前田は,その意思がある旨回答した。同日及び3月3日,住友阪本は,出光石化,MSS及びトクヤマも訪問し,PPの値上げを行う意思があるかどうか確認した。
(査第24号証ないし第26号証,第92号証,第122号証ないし第125号証,参考人阪本良嗣)
オ 3月6日の部長会
3月6日,石化協会議室において,メンバー全員が出席して,部長会が開催された(以下,この部長会を「3月6日の部長会」という。)。住友阪本の司会の下,各社は,4月以降のナフサ価格の見通し及びPPの値上げについて,現在の自社の状況及び考え方を述べ合った。
ナフサ価格は2月21日の部長会の時よりも更に上昇しており,4月以降のナフサ価格の見通しについては,1kℓ当たり2万2000円から2万3000円となるであろうということについて,各社は一致した。
そして,上記見通しの下に,JPC宇川,GRP土田,出光三角,チッソ森本,住友鈴木,MSS佐紺及びトクヤマ横地は,いずれもPPの値上げについて積極的な意見を述べた。その際,出光三角は,「10円以上の値上げが必要である」旨発言した。
このような意見交換を経て,7社は,4月以降,PPの需要者向け販売価格を1kg当たり10円をめどに引き上げることを合意した(以下「本件合意」という。)。
7社は,次回の部長会の日程を決めることなく散会した。
(査第4号証ないし第6号証,第11号証ないし第13号証,第16号証ないし第18号証,第22号証,第23号証,第27号証ないし第32号証,第34号証,第83号証の2,第84号証,第89号証,第93号証,第94号証,第114号証,第120号証)
カ 3月17日の部長会
JPC宇川と住友鈴木は,3月14日又は同月15日ころ打合せを行い,7社におけるPPの値上げのための社内手続の進ちょく状況,PPの値上げの打出しの内容,対外発表時期等を確認するため,同月17日に部長会を開催することとし,各社に連絡した。
チッソ及び原告トクヤマを除く5社は,3月17日にJPC本社会議室において,チッソ森本,住友阪本及びトクヤマ横地を除く部長会メンバーを出席させて部長会を開催した(以下,この部長会を「3月17日の部長会」という。)。各社は,次のとおり,PPの値上げについて表明した。
① JPC
4月21日出荷分から1kg当たり10円の値上げを行う予定であり,そのための社内会議を3月17日に行う。
② GRP
4月15日出荷分から1kg当たり10円から15円の値上げを行う予定であり,社内手続については既に3月15日に予算会議を開いており,同月21日の役員会で決定する。
③ 出光石化
4月21日出荷分から1kg当たり10円から15円の値上げを行う予定であり,3月17日に対外発表する。
④ 住友化学工業
3月末の価格審議委員会で,4月20日出荷分から1kg当たり10円の値上げを決定する予定であるが,対外発表日は未定である。
⑤ MSS
PPの値上げの具体的日程等は,いまだ決まっていない。
さらに,PPの値上げをより確実に行うため,各社がPPの値上げ交渉を分担し,責任を持ってPPの値上げ交渉を行い,実現する大手の需要者(以下「責任分担ユーザー」という。)を取り決めることとし,次回3月27日の部長会に,各社においてそれぞれ選択した自社の責任分担ユーザーの案を持ち寄ることとした。
また,住友鈴木は,3月17日の部長会を欠席したチッソ森本及びトクヤマ横地に対して,会合の内容を連絡した。
(査第5号証,第18号証,第30号証,第34号証ないし第37号証,第40号証,第86号証)
キ 3月27日の部長会
3月27日,東京都中央区所在の飲食店「天山」において,GRP鈴木を除く部長会メンバーが出席して部長会が開催された(以下,この部長会を「3月27日の部長会」という。)。この部長会は,名古屋に異動することとなったJPC宇川の送別会を兼ねていた。
7社は,各社が持ち寄った案に基づき各社の責任分担ユーザーを取り決めるとともに,それぞれが真しに責任を持ってこれらに対するPPの値上げ交渉を行いPPの値上げの実現に努力することとした。
7社が取り決めた各社の責任分担ユーザーは,次のとおりである。
① JPC
二村化学工業株式会社,株式会社アーテックスズキ,中央化学株式会社,岐阜プラスチック工業株式会社
② GRP
東セロ株式会社,共栄産業株式会社,天馬株式会社,三甲株式会社
③ チッソ
大阪樹脂加工株式会社,旭化成株式会社,アキレス株式会社
④ 出光石化
ユアサ化成株式会社,グンゼ株式会社,和泉化成株式会社
⑤ 住友化学工業
東洋紡績株式会社,オカモト株式会社,東レ株式会社
⑥ MSS
積水化学工業株式会社,株式会社リッチェル,王子製紙株式会社
⑦ 原告トクヤマ
東洋ユニコン株式会社,積水樹脂株式会社,三菱樹脂株式会社
(査第5号証,第30号証,第34号証ないし第36号証,第38号証,第40号証ないし第42号証)
(3) PPの値上げの実施状況
ア PPの値上げの打出し
7社は,社内手続を経て,3月17日以降,順次PPの値上げを打ち出した。各社のPPの値上げの打出し日,実施予定日及び打ち出した1kg当たりの値上げ額は,次のとおりである。
打出し日   実施予定日   打出し値上げ額
JPC      3月22日  4月21日     10円
GRP      3月22日  4月15日     10円
チッソ      3月23日  4月21日     10円
出光石化     3月17日  4月21日  10~15円
住友化学工業   3月24日  4月20日     10円
MSS      4月11日  5月1日      10円
トクヤマ     3月30日  4月21日   10円以上
(注)「打出し日」は,JPC,GRP,出光石化,住友化学工業及びトクヤマについては,対外発表日であり,チッソ及びMSSについては,需要者に対するPPの値上げ交渉の開始日である。
(査第5号証,第6号証,第12号証,第13号証,第17号証,第28号証,第43号証,第44号証,第46号証,第47号証,第49号証,第53号証,第54号証,第57号証,第69号証,第74号証,第82号証,第86号証,第95号証,第115号証,第118号証)
イ PPの値上げ交渉
7社は,PPの値上げの打出しと同時に,取引先販売業者及び需要者に対しPPの値上げを行う旨通知し,責任分担ユーザー等の需要者との間で,前記アのとおり打ち出したPPの値上げの実現を目指して直接又は販売業者を通じてPPの値上げ交渉を行い,その結果,PPの値上げを一部実現した。
(査第5号証,第13号証,第30号証,第35号証,第36号証,第38号証,第41号証,第42号証,第45号証,第48号証,第49号証,第55号証ないし第69号証,第71号証ないし第76号証,第86号証,第95号証,第97号証ないし第103号証,第107号証ないし第113号証)
ウ PPの値上げ交渉の進ちょく状況に関する情報交換
(ア) 4月11日の部長会
4月11日,前記「天山」において,メンバー全員が出席して,部長会が開催された(以下,この部長会を「4月11日の部長会」という。)。この部長会において,各社は,責任分担ユーザーに対する交渉状況を報告する等,需要者に対するPPの値上げ交渉の進ちょく状況について情報交換を行った。
当時,OPEC総会における原油増産決定によってナフサ価格が低下傾向にあったこともあり,各社の報告は,責任分担ユーザーを含め需要者に対するPPの値上げ交渉は難航しているというものであった。
また,出光三角は名古屋地区における需要者に対するPPの値上げ交渉の状況について,JPC宇川の後任となったJPC下津は東京地区における同状況について,それぞれ報告を行った。
(査第5号証,第30号証,第35号証,第36号証,第38号証,第41号証,第56号証,第84号証)
(イ) 4月19日の部長会
4月19日,石化協会議室において,全部長会メンバーが出席して,PP小委員会が開催された。そして,各社は,石化協事務局職員が退席した後,部長会を開催し,同月11日の部長会に引き続き,需要者に対するPPの値上げ交渉の進ちょく状況について情報交換を行った。
各社からの報告の中には,中小の需要者に対するPPの値上げ交渉が一部進展しているというものもあったが,ほとんどの責任分担ユーザーを含め多くは,相変わらず難航しているというものであった。そして,ナフサ価格が依然として低下傾向にあったことから,7社は,今後の需要者に対するPPの値上げ交渉について検討し,1kg当たり10円の値上げをめどに同交渉を継続するものの,同交渉の早期決着を図るため,同交渉が難航している需要者に対して,実質1kg当たり5円の値上げで同交渉を決着してもやむを得ないこととした。
また,GRP土田は,大阪地区における需要者に対するPPの値上げ交渉の状況について,報告を行った。
(査第5号証,第11号証,第35号証,第36号証,第38号証,第41号証,第56号証)
(ウ) その後の部長会
7社は,4月28日,5月15日及び同月29日にも,石化協会議室において部長会を開催し,その後の需要者に対するPPの値上げ交渉の進ちょく状況等について情報交換を行った。(査第35号証,第38号証)
(エ) 地区会
7社は,PPの値上げを打ち出した後,4月から5月にかけて,東京,大阪及び名古屋の地区会においても,需要者に対するPPの値上げ交渉の状況等について,度々情報交換を行った。地区会には出光三角ら部長会メンバーが適宜出席し,PPの値上げのため需要者に対する交渉を推進するよう督励した。(査第9号証,第36号証,第56号証ないし第69号証,第71号証ないし第76号証)
(4) 本件合意の消滅
本件について,5月30日,公正取引委員会が立入検査を行ったところ,チッソは9月5日ころ,JPCは同月7日ころ,GRPは同月22日ころ,それぞれ,本件合意から離脱する旨等を本件違反行為に参加した他の各社に文書により通知した。
JPCは,これに加え,10月25日ころまでに,自社の取引先販売業者及び需要者に対し,本件違反行為から離脱した旨通知した。
出光石化,住友化学工業,MSS及び原告トクヤマはいずれも本件違反行為を取りやめる旨の外部的な意思表明を行っていないものの,上記のような状況の下で,本件合意に基づく行為を継続することは著しく困難となった。
このような経緯で,本件違反行為は,5月30日以降遅くとも10月25日までの間違反行為に参加した7社全員についてなくなり,本件合意もそのころ消滅した。
(査第77号証ないし第79号証,第80号証の1,2)
5 本件審決の結論
本件審決は,
(1) 原告らを含む事業者らが,共同して,3月6日の部長会において,PPの需要者向け販売価格を1kg当たりl0円をめどに引き上げるという本件合意を成立させ,我が国におけるPPの販売分野における競争を実質的に制限していたと認め,これが独占禁止法2条6項の不当な取引制限に該当すると判断した。
(2) 次に,措置の必要性について,
ア 原告住友化学及び原告サンアロマーについて
原告住友化学及び原告サンアロマーは,本件違反行為に至る過程において,本来他企業には秘匿すべき各社のナフサ価格とPPの価格との具体的関係について平然と情報交換してきたのであって,本件違反行為終了後,PP小委員会及び部長会は開催されなくなったものの,これは被告の立入検査を契機とするものであること,PP製造販売業者の数は7社から4社に減少したことにより,PP製造販売業者がPPの値上げ合意へ向けて上記の情報交換をすることは本件当時に比べ更に容易になったこと,ナフサ価格とPPの価格との連動性が比較的単純であることに照らすと,PPの値上げについて共通の認識を形成しやすいといえること及びPPを始めとするポリオレフィン業界においては価格の引上げを行う不当な取引制限が繰り返し行われてきて,とりわけ原告住友化学は過去にPPの価格カルテルにつき1回,PEの価格カルテルにつき3回行政処分を受けたこと(争いがない。)からすれば,今後,本件違反行為と同様の違反行為が再び行われるおそれがあると認めることができる。したがって,原告住友化学及び原告サンアロマーについては,独占禁止法54条2項に規定する「特に必要があると認めるとき」に該当するということができるとした。
イ 原告出光興産及び原告トクヤマについて
原告出光興産がPP製造販売業を実質的に営んでいるということはできないし,原告トクヤマは,現在,PPの製造販売業を営んでいないとして,原告出光興産及び原告トクヤマについては,独占禁止法54条2項に規定する「特に必要があると認めるとき」に該当するとはいえないものというべきであるとした。
(3) そして,法令の適用につき,
原告住友化学及び原告サンアロマーについては,独占禁止法54条2項に規定する「特に必要があると認めるとき」に該当するので,原告住友化学及び原告サンアロマーに対し,同項の規定により,次のアないしエのとおり審決することが相当であり,また,原告出光興産及び原告トクヤマについては,同項に規定する「特に必要があると認めるとき」に該当しないので,同条3項の規定により,次のオ及びカのとおり審決することが相当であると判断した。
ア 原告住友化学及び原告サンアロマーの2社は,3月6日にこれら2社並びに日本ポリプロ,GRP,チッソ,出光石化及び原告トクヤマの間で行ったPPの販売価格の引上げに関する合意が消滅していることを確認しなければならない。
イ 原告住友化学及び原告サンアロマーは,それぞれ,次の事項をPPの取引先販売業者及び需要者に周知徹底させなければならない。この周知徹底の方法については,あらかじめ,被告の承認を受けなければならない。
(ア) 前項に基づいて採った措置
(イ) 今後,それぞれ,相互に又は他の事業者と共同してPPの販売価格を決定せず,各社が自主的に決める旨
ウ 原告住友化学及び原告サンアロマーは,今後,それぞれ,相互に又は他の事業者と共同してPPの販売価格を決定せず,各社が自主的に決めなければならない。
エ 原告住友化学及び原告サンアロマーは,前3項に基づいて採った措置を速やかに被告に報告しなければならない。
オ 出光石化及び原告トクヤマが,日本ポリプロ,GRP,チッソ,原告住友化学及び原告サンアロマーと共同して,3月6日に,4月以降,PPの需要者向け販売価格を1kg当たり10円をめどに引き上げることを決定した行為は,独占禁止法3条の規定に違反するものであり,かつ,当該行為は,既になくなっていると認める。
カ 出光石化及び原告トクヤマの前記オの違反行為については,原告出光興産及び原告トクヤマに対し,格別の措置を命じない。
6 本件審決のなお書き
本件審決は,一部付加訂正したほかは,本件審決案の全文を引用の上,3月6日の部長会における本件合意の有無に関し付言するとして,別紙3のとおりの説示(以下「本件なお書き」という。)を付加した。
第3 本件の争点
1 本件合意についての実質的証拠の有無
本件の最大の争点は,本件審決において被告が認定した事実,中でも本件合意の成立の事実に,これを立証する実質的証拠があるかどうかである。被告の認定した事実に,これを立証する実質的証拠があるときは,当裁判所はこれに拘束され,異なる事実を認定して本件審決の適否を判断することは許されないことになる。
本件審決の認定した事実に実質的証拠があるかどうかは,具体的には,①本件合意が成立したことと矛盾する,又は本件合意が成立したとは考え難い事実(間接事実)が存在するか,②本件審決が本件合意を認定するのに用いた証拠の信用性に問題があるか,③本件審決が排斥した証拠に高い信用性があり,これによれば本件合意の成立は否定すべきことになるか,④その他,実質的証拠の存否につき問題はないかなどの点について検討すべきことになる。これらの論点は,相互に関連しており,必ずしも截然と区別し難いが,以下,上記の4点に分けて当事者の主張を整理する。(以下,主張した原告らの名称を,別紙2の2のとおり,T,出,住,Sと略記する。)
なお,原告らは,本件審決は,3月6日の部長会という特定の機会(ピンポイント)における本件合意の成立を根拠としているものであり,同日の部長会における本件合意の成立を立証する実質的証拠がなければ,取り消されるべきところ,本件審決が,本件審決案を引用しつつ,本件なお書きを付加したことは,被告が,本件審決案が掲げる証拠によっては本件合意の成立を必ずしも認定することができないと考えたからこそ,東芝ケミカル事件に関する東京高裁平成7年9月25日判決・判例タイムズ906号136頁まで引用した上で,前後の間接事実による推認という論理を持ち出して,3月17日までに意思の連絡に当たる合意があると認められると説示し,事実認定を補強しようとしたものであり,実質的証拠がないことを自認するものであると主張している。
これに対し,被告は,本件なお書きは,本件合意における「合意」が「意思の連絡」を意味し,「意思の連絡」とは,本件においては,「3月6日の会合において,原告らが相互にPPの需用者向け販売価格の引き上げを実施することを認識ないし予測し,これと歩調をそろえる意思を有したこと」をもって足りることを前提に,本件審決案における事実認定の過程を詳細に説明し,本件合意の成立が認められるとしたものにすぎず,実質的証拠の欠如を自認するものではないと主張している。
2 本件合意の成立と相反する事実の存否
(原告らの主張)
本件合意の成立と矛盾する,又は本件合意が成立したとは考え難い事実として,次のようなものがある。
① 3月6日のPP小委員会前の打合せにおいて,GRP土田,JPC宇川,住友阪本,同鈴木が会合し,GRP,JPCの両社とも値上げをしないことを表明したという事実が,GRP土田及び住友阪本の参考人審訊における供述等により認められる。(S,住,出)
② 3月6日の日刊業界紙「化学工業日報」の「制御室」というコラム記事(査第90号証資料1)には,JPC塩崎がPP,PEにつき「値上げをお願いせざるを得ないし,上げなくてはやっていけない」が,原油価格につきOPEC総会や4月以後の特恵関税枠の消化状況など見通しがついていない事情があり,「現在気持ちは揺れているんですよ」と述べている。これは,直前の取材に基づいて書かれた記事と考えるべきである。(S,住,出)
③ 3月6日に開催された低密度PE企画調査小委員会(以下「PE小委員会」という。JPC塩崎が委員長)において,PEの値上げは決定されなかったのであり,PPとPEを分離してPPの値上げ決定を先行させることは,極めて不自然である。(原告ら)
④ 3月6日のPP小委員会において本件合意が成立したとした場合,各社の値上げ手続の進ちょく状況等の情報交換のための会合設定等もしないまま散会したのは,不自然である。(原告ら)
JPC宇川の参考人審訊における供述によれば,3月6日は,値上げの合意をするため切迫した時期であるとされており,そうした時期に,各社の社内手続の進ちょく状況の打合せを実施するのに同月17日までの期間を要したのは,不自然である。(S,住)
⑤ 本件合意が成立したにもかかわらず,3月6日にPP値上げに向けての各社の社内手続が開始されなかったことは,不合理である。特に,同月末にはOPECの総会が予定されており,その場で原油の増産が決定されると,PPの値上げは困難になることが予想されたので,その前にユーザーと交渉しなければならなかったはずであり,直ちに行動を開始するのが,合理的である。早く値上げしたいと考えている会社が,本件合意があったのに直ちに行動を開始しないことは,企業の行動としてあり得ないことである。少なくとも具体的な社内事情について,各社の担当者が審査官の聴取を受けているはずであるが,これが証拠上全くうかがわれないことは,本件合意がなかったことを示すものである。(原告ら)
⑥ 3月6日のGRP土田も参加したGRP常勤役員会において,GRPとしての値上げの決定や報告はなかったのであり,本件合意があったこととは明らかに矛盾する。(原告ら)
⑦ 3月6日,GRP土田が,GRPの猿渡定包材担当部長(GRP猿渡)に対し,「値上げはつぶしたぞ」と発言した事実がある(査第88号証別紙3報告書,参考人土田忠良)。これは,事前に,GRP猿渡からGRP土田に,「今回の値上げはつぶしてほしい」という話があったことから,若干ユーモアを交えて話されたものである。本件合意が成立していれば,GRP土田がこのような発言をすることは,あり得ない。(原告ら)
⑧ 出光三角の手帳(審A第1号証添付資料)の3月6日の欄に,「各店指示:(値上げの件 時期後退 輸入玉分析)」という記載があるが,これは同日には値上げが決まらなかったことを示している。なお,出光石化において,1月ころに4月1日からの値上げの可能性が指示されていたという証拠はなく,その時点で指示があったというのは不合理である。(原告ら)
⑨ チッソ森本がチッソの上司等に本件合意の成立について報告したとの証拠がない。
審査官は,この点について,本件審判事件の第8回準備書面において,「審査官は,標記事実を立証しなければ,本件違反行為が認定できないものではないと考えており,標記事実の存否について審査官が主張することは不要である」として,チッソ森本の報告がないことについての主張,立証を放棄した。それにもかかわらず,本件審決がチッソ森本が3月10日までにPP値上げにつき,チッソ前田及びチッソの田畑暢哉樹脂事業部長(チッソ田畑)の了解を得たと認定したことは,実質的に不意打ちであり,原告らの防御権を侵害するものである。(S,住)
⑩ GRPの営業責任者であるGRP猿渡は,3月8日に許可を得て,4月10日から10日間の休暇を取得した(査第88号証別紙3添付資料①ないし③)。本件合意により4月からの値上げが決定されていれば,まさにユーザーとの値上げ交渉を行い,また,部下を指揮しなければならないこの時期に,10日間もの休みの申請をGRP猿渡がすることや,3月8日において,上司であるGRP土田がこれに許可を与えることは,考えられない。(S,住,T)
また,GRP猿渡は,ユーザーである旭化成株式会社に対して,3月10日,値上げを前提としない営業活動を行っている(査第88号証別紙3添付資料④)。(S,住)
⑪ 3月9日,原告トクヤマの取締役会において,水野義一樹脂事業部長(トクヤマ水野)がPP値上げを否定する旨の発言をしている。(審D第2号証ないし第4号証,査第32号証,査第50号証,参考人水野義一)
本件審決が判示したように,トクヤマ水野が値上げを前提に他社の動向をうかがっていたのであれば,「現在,値上げを検討しているが,他社の動きを踏まえて決定したい。」などと発言するのが自然であり,他の取締役に対して,値上げをしないとうそをついたというのは,不自然な上,本件審決が上記のように推測したことを支える証拠も一切ない。本件審決は,証拠に基づかず,「可能性」を認定したものであって,経験則に反する推測をしたものである。(原告ら)
⑫ 3月14日,原告トクヤマでは,値上げを織り込まない形でPPの予算の見直し会議が行われた(審D第9号証)。これは,原告トクヤマはPPの値上げをする意思がなかったことの端的な表れである。(T,住,S)
⑬ 3月15日,GRPの予算会議において,午前中に,GRP土田が,「国際市況やユーザー業界の景況にかんがみて,値上げは難しいと考えている。」との発言をし,そのことが議事録に残されているし(査第88号証),GRPの予算会議資料に「00年度予算に取り組むべき課題」として「価格維持→値上げの検討」との記載(査第88号証別紙1)があり,副社長の「3月第4週には値上げについての最終的な方針を決定していく」,社長の「産・包材営業部は値上げを頑張ってほしい」との発言(査第88号証別紙2)もある。(原告ら)
同日の昼食時に,三菱倶楽部における会合において,GRP土田は,JPC塩崎と面談し,JPC塩崎からJPCのPP値上げの確認を得て,初めてPP値上げを決意した。(原告ら)
⑭(1) 3月から4月にかけて相次いで行われたPP値上げの真実の理由は,日本ポリオレフィンのPE値上げ発表(3月8日付け日本経済新聞朝刊(査第84号証別紙8)により口火を切られたPE値上げの動きに触発されたことにより,同月15日におけるJPC塩崎とGRP土田との会談のように勧告を応諾した3社の役員レベルでのPP値上げ合意がされたことがうかがわれ,JPC,チッソにおいて,この日本ポリオレフィンのPE値上げ発表により危機管理対策が採られた十分な可能性がある。
このように,日本ポリオレフィンのPE値上げを契機としたPE・PP各社による値上げがその実態であって,そのように評価することにより3月6日以降の値上げに関係する各社の各種行為や経緯を合理的に説明できる。(S,住,出)
(2) 3月6日又はその直後に社内手続に入った事業者はおらず,同月8日の日本ポリオレフィンの値上げ発表があって初めてその後に各社の社内手続が順次動き出した事実(同日より前に社内手続に入った事業者はいない事実)こそ,同月6日の会合という特定の機会(ピンポイント)において本件合意が成立した事実はなかったこと,すなわちその後の同月8日の日本ポリオレフィンのPE値上げ発表を受けて出光,JPC等が値上げを決断していった事実を示すものである。(出)
(被告の主張)(被告の主張は,上記原告らの主張の番号に対応するものである。以下同じ。)
① GRP土田の参考人審訊における供述は,周囲の発言等を受けて,3月6日の合意成立を否定したものであって,その内容においても矛盾を含んでおり,住友阪本の参考人審訊における供述は,責任を回避するために真実に反して行われたものであり,いずれも信用できない。
② 業界紙の当該記事は,2月21日の取材時に得た情報に基づいて作成された可能性がある。
3月6日時点におけるJPC塩崎の真意は,PE,PPとも値上げしたいが,値上げのタイミングを見計らっているというものであり,これは同人の供述調書(査第90号証)からも裏付けられる。
③ PPとPEは異なる商品であって,需要者や市場の状況が異なっているから,PPとPEの値上げについての検討を常に同時に進行させることは不可能であるし,同時に進行させる必要性もない。
結局のところ,3月6日のPPについての本件合意は実行されて,PEとPP両方とも値上げしたのであり,PEの値上げの検討が同月上旬の時点では紆余曲折を経ていたとしても,そのことは,PPについての本件合意の成立に影響を及ぼすものではない。
④ 3月6日の部長会に至るまでの経過にかんがみれば,同日の部長会において,7社間でPPの値上げの合意が成立し,更に情報交換,意見交換を行う必要がなくなったことにより,次回の部長会の日程を決定する必要もなくなったと推認することができる。
⑤⑥ 値上げの社内手続は各社ごとに異なるから,3月6日の部長会後,直ちに社内手続を開始しなかったり,値上げ打出し日が異なったりしたことは,本件合意の成立を否定するものではない。
値上げの決断と社内手続の着手が,常に連動するとは限らない。値上げについて各社の最終的・形式的な意思決定者及び決定手続と実質的・事実上の意思決定のレベルや手続の関係,さらに,値上げを決定してから対外的な値上げの打出しや顧客への伝達・交渉の準備として必要な作業と期間は,事業者によってまちまちである。各社が自社の事情に応じた段取りの下で,社内手続に着手し,実行するのであるから,値上げの合意に参加した事業者が合意成立と同時に一斉に社内手続に着手することが通常であるとは限らない。
⑦ 3月6日の部長会終了後にGRP土田がGRP猿渡に対して「値上げはつぶしたぞ」と発言した事実はない。
「値上げはつぶしたぞ」のと発言は,素直に解すれば,「平成12年春の値上げの話は確定的に消滅した」との意味であると認定した本件審決の判断は,社会通念に合致したものであり,「当面の値上げをしないことになった」と解することはできない。
⑧ 出光三角のメモにある「時期後退」とは,値上げは実施するが,出光が予定していた4月1日出荷分よりは遅れることになったことを意味しており,3月6日に値上げが決まらなかったことを意味しているものではない。
出光三角は,審査段階の供述調書における「値上げに関して認識が一致した」との内容の供述を,何ら合理的な理由なく,参考人審訊において変遷させたものであり,しかも変遷後の供述には多くの矛盾を含んでいるので,信用できない。
⑨ 審査官が負っている主張立証責任は,独占禁止法違反行為の要件に該当する事実であり,独占禁止法違反行為に関与した者の行動の一挙手一投足,発言の一言一句まで主張,立証を要するものではない。よって,原告らの防御権を侵害するというものではない。
⑩ GRP猿渡はGRPにおけるPPの営業担当者の1人にすぎない上,値上げの打出し後,直ちに全ユーザーとの間で交渉を始める必要はなく,順に進めればよいのであるから,GRP猿渡1人がいないからといって,値上げの実施に決定的な支障が生じるというものではない。
⑪ 原告トクヤマは,PPの生産能力が7社中最下位であって,従来,PPの値上げの打出しに当たっては,常に大手2社(JPC及びGRP)等の他社の動向を見極めて追随していたのであり,トクヤマ水野が3月9日の取締役会で値上げについて否定的な発言をしたのは,その時点では,トクヤマ水野が他社の動向をうかがっていたためである可能性も十分にあるから,このことにより本件合意は否定されない。
⑫ トクヤマ横地自身が,その供述調書において,「私も当時の新聞からの情報や当社の購買部情報,ここでのナフサの議論,現在当社が置かれている状況から判断し,当社もこれでは大変なことになる,値上げをしないともたないということを表明しました。」(査第22号証)と述べている。
⑬ 本件合意成立を否定するGRP土田の参考人審訊における供述は,周囲の発言等を受けて3月6日の合意成立を否定したものであり,その内容においても矛盾を含んでおり,信用できない。
3月15日昼の面談によりGRPがPP値上げを決断したとの事実は,10月19日付けの代理人弁護士の作成名義に係るGRPの上申書(査第88号証)の中で初めて出てきた話であって,それ以前に作成されたGRP土田の供述調書にはこれらについては何も触れられていない。
⑭(1) 3月6日の部長会後,原告らは,値上げに向けて一致した行動ないし本件合意の存在を前提とした行動を取っているのであり,これらの行為は,価格カルテルが成立していなければ到底あり得ない行為であるということができる。そして,これらの企業行動については,各社が独自の経営判断で行なっていることが認められる特段の事情は全くない。
(2) 原告らは,本件合意に従った値上げを実施できればよいのであるから,本件合意成立後,直ちに社内手続に着手することが必要になるというものではない。また,そもそも,値上げのための手続は各社によって異なるのであり,各社ごとに本件合意に従った値上げを実施できるような形で社内手続を進めれば足りるのであるから,3月6日の部長会の後直ちに値上げのための手続を開始しなかったからといって,本件合意の成立が否定されることにはならない。
3 本件審決が本件合意を認定するのに用いた証拠の信用性
(原告らの主張)
(1) JPC宇川の供述(供述調書及び参考人審訊における供述)
① JPC宇川の供述には,信用性がない。JPC宇川は,JPCの上層部への責任追及を免れさせ,PEの調査への波及を回避するために,被告の審査官に迎合して,事実に反して,あえて本件合意の成立を認めたものである。(S,住,出)
② JPC宇川は,理詰めの尋問に対して,自己の供述を正当化すべく,自己の記憶とはかかわりなく,又は記憶を変容させて供述する傾向がある。審査官に対する供述調書の作成過程では,より一層,自己の記憶を変容させて,次第に具体化,詳細化し,記憶になかったことも供述するなど,審査官の誘導する内容に従った可能性が高いものである。したがって,客観的な裏付けのないJPC宇川の供述は,具体的なものであっても,信用することはできない。(住)
③ JPC宇川は,2月28日以後にGRP土田及び住友阪本に電話でJPCのPP値上げ方針を伝えた旨の供述(査第24号証)を,参考人審訊の際,電話ではなく,3月2日にGRPの応接室でGRP土田,住友阪本と直接面談して,JPCの値上げ方針を話したと変更し,さらに,従前の供述との矛盾を突かれると,記憶違いとして供述を撤回したものであり,その信用性には重大な疑問がある。(S,住,出)
④ 6月段階のJPC宇川の供述(査第16号証)では,3月当時は,翌月の転勤を告げられ,根回しなどやっている暇もなかったことがうかがわれる。(住)
⑤ 住友阪本の各社訪問について,JPC宇川は,住友阪本に,各社を回って販売価格引上げ実現のため需要者との価格交渉への取組みにつき各社の意思確認をすることを依頼したというが,この訪問は,新年会のお礼ないしアライアンスの話が目的であった。そもそも,JPC宇川よりも住友阪本は格上であるから,JPC宇川がこのような要請をすることは不自然であるし,住友阪本からその結果報告がされた事実がないのも不自然である。しかも,チッソを除いて,この訪問状況に関する証拠はない。(原告ら)
住友阪本への上記依頼について述べているのは,JPC宇川のみであり,その供述は,審査開始後1年近くたった平成13年4月27日に作成された供述調書(査第24号証)において初めて出てきた話であり,審査官のねつ造の疑いがある。(住)
⑥ 3月6日の石化協への到着時刻及びGRP土田とのPP小委員会開会前の事前面談についての供述に変遷がある。JPC宇川の手帳(査第89号証添付資料)には,同日欄に「8:40 MCC 人事山田JM」との記載があり,記憶喚起のための材料はあったから,JPC宇川は,石化協到着時刻について覚えていないというのではなく,明らかに事実と異なる供述(査第89号証)をしており,信用性に乏しい。(S,住,出)
⑦ JPC宇川は,3月6日のPP小委員会の出席者についてはっきり覚えていないと供述している(査第16号証)。当日,7社間で値上げ合意を成立させようとしていたのであれば,全社からの出席を確認したはずであり,この供述は不合理である。(S,住,出)
⑧ JPC宇川は,3月6日のPP小委員会に石化協事務局の<A>が出席し,<A>からPPに関する諸データの発表後,値上げの話をしたとしているが,当日,<A>は出席しておらず,客観的事実との齟齬,他の期日の出来事との混同・取り違えがあり,不合理である。(S,住,出)
⑨ JPC宇川は,PP小委員会前のGRP土田との面談を2月21日と供述するが,3月6日の誤りである。(T)
⑩ JPC宇川の各供述調書を比較すると,各出席者の発言内容に係る供述が次第に具体化し,当初出欠さえ不明であったMSS佐紺の具体的発言内容まで供述されるという,不自然な変遷がある。(S,住,出)
⑪ 本件合意に関し,JPC宇川は,3月6日のPP小委員会で,PPの値上げを宣言したのか(査第120号証,参考人宇川准),ナフサ価格の高騰見通しの話にとどまるものであったのか(査第16号証,第17号証,第27号証)という極めて重要な点において,変遷がある。(住)
⑫ JPC塩崎は,参考人審訊において,3月6日PP小委員会の結果につき,「JPC宇川からは明快に環境が整ったという報告は受けたが,全社が賛成との報告は受けていない」と供述しており,JPC宇川も供述調書(査第17号証)で,「周囲の環境は整ったので,値上げに踏み切れます。」という文言だったとしており,本件合意が成立したとは述べていない。(S)
(2) JPC塩崎の供述(供述調書及び参考人審訊における供述)
① 3月6日におけるJPCのPP小委員会,PE小委員会における表明内容の相違について,同日時点では,JPCは,PPとPEとで市場の状況が異なっているため,PEの値上げの打出しとそろえる必要があることから,PPの値上げの打ち出しのタイミングを見計らっていたことによるのであって,PPとPEに関してJPCの態度が異なることもあり得る旨のJPC塩崎の説明には,信用性がない。
3月6日にPPにおける本件合意が成立していたとすれば,その合意を履行するために,PEの値上げの判断をいつまでも留保しておくわけにはいかないのであり,PEに何らかの具体的な値上げの契機となる事情の発生が予測されるときにしか,PPに関する本件合意にコミットできないはずである。JPC塩崎の一切の供述(査第92号証等)を吟味しても,このような事情は示されていないし,JPC塩崎自身,その供述でこれを自認している。(住,S)
② JPC塩崎は,査第92号証において,2月下旬にPPとPEの双方の値上げをする意思を固めた後,3月になってPEについてだけ,値上げの決定を遅らせることとした理由として,次の3点を挙げているが,いずれも合理性がない。
ア 3月2日に積水化学の購買部長から,今回の値上げについては他社の値上げ受入状況を見てからにしたいと言われたこと
イ 平成11年にPPの値上げに失敗したが,PEの値上げに成功したので,PEのユーザーが値上げ分を価格転嫁できないことにより,財務状況が悪化して,資本関係のあるJPCにも影響が及ぶこと
ウ 平成11年のPE値上げでは,値上げ幅を圧縮してシェア拡大に走るメーカーもあり,他社に追随するのがよいと思っていたこと(住)
③ 3月6日のPE小委員会において,次回期日が設定されなかったが,PE小委員会においてJPC塩崎が一両日ないしはその程度の時間で最終判断ができると述べていたのであれば,それに合わせて次回期日を設定したはずである。また,そのような発言があったのであれば,同月8日に日本ポリオレフィンが,JPCに確認せずに,単独でPE値上げに踏み切ったのは,不合理である。(S,住)
④ 3月6日のPP小委員会の結果報告について,JPC塩崎は,JPC宇川から,全社が賛成したという報告は受けておらず,MSSが合意に参加しないと思っていたというJPC宇川の供述についても,大きな違和感はないと供述していることからすれば,審決は,明白な証拠の誤読をしている。(S,出,T)
GRP土田の発言も,従来と同じ,加工業者の体力が心配だというもので,特に3月6日だけ違った発言があったわけでもない。JPC宇川やJPC塩崎の言でも,それは値上げするという意思の表明とみるのは非常に難しく,JPC宇川が自社に持ち帰って上司のJPC塩崎と分析する必要に迫られたようなものだった(査第4号証)。そして,JPC塩崎は「私は土田常務とは付き合いが古く,やや慎重な発言を行うという彼の性格を知っているので宇川の理解は正しいと思っていました」(同)と言い,GRP土田をよく知っているからJPC塩崎はそう理解できたとしただけで,そうでない者が理解できるような発言があったというものではなかった。(T)
(3) チッソ森本の供述調書
① 3月6日のPP小委員会へのJPC宇川の出欠について,「出席されたと思いますが,今ひとつはっきりしないので本人に確認してください」との供述であり(査第13号証),主要メーカーのJPCの宇川の言動の記憶がないのに,JPCを含めて合意に達したと供述させている点で,信用性に乏しい。(S,住,出)
② チッソ森本の供述は,抽象的で曖味である。
ア 「大変だから値上げしなければならないということでは一致した雰囲気でした。」という「雰囲気」にとどまる供述は,信用性に乏しい。
イ 前回のPP小委員会で値上げ消極であったJPC宇川の具体的発言や,1月21日のPP小委員会の段階ではチッソ森本が「弱気」と評価していたはずのGRP土田が値上げ積極に変化したことに係る具体的発言・判断根拠の記載がなく,信用性に乏しい。
ウ 「足並みを乱すものはいないでしょうな」という発言につき,他社の発言か自分の発言かも分からないという不合理な供述であり,信用性に乏しい。
エ 値上げの時期,値上げ幅についての明示的な発言の有無につき,JPC宇川の最終的な供述と齟齬しており,信用性に乏しい。(原告ら)
③ 明白な誤記があり,査第13号証10頁には,PP「1kg当たり10円」と記載すべきところを「1kℓ当たり10円」と録取されている。(S,出)
④ 仮に本件合意があったとすれば,それに係る上司や社内の関係者への報告,値上げのための社内手続の調整,チッソ森本の3月11日から同月21日までの海外出張中の代理対応の依頼・手当等の当然予想される不可欠の行動が全く供述されていない点で,著しく信用性に乏しい。(S,住,出)
⑤ チッソ森本の供述では,3月6日のPE小委員会で合意ができなかったことについて,チッソ森本やチッソ幹部がいつ知り,どう評価したかが不明であり,化学工業日報のコラム「制御室」のJPC塩崎の値上げ消極発言に係る記事などの当時の客観的事情に照らし,当然の事柄についての供述も欠如している。(S,住,出)
⑥ チッソ田畑の供述調書(査第14号証)添付資料4に「値上げに向け検討(昨日の石化協理事会)」とあり,また,チッソ森本は,海外出張のため,3月8日の日本ポリオレフィンのPE値上げ発表以後の展開には対応できず,上位者が対応せざるを得なかった可能性がある。これらによれば,チッソ森本は,取締役レベルの会合である石化協理事会での値上げ検討等,上層部の動きについての追及を回避するために,審査官に迎合して虚偽供述をしたおそれがある。
それぞれの供述につき,補強証拠の有無,供述内容の合理性,客観的事実との齟齬の有無,供述の変遷の有無・内容,虚偽供述のおそれなどを丁寧に吟味する必要があるが,審決はこうした必要な作業を怠っている。(S,住,出)
(4) 出光三角の供述調書
① 出光三角は,その供述調書(査第5号証)では,3月6日のPP小委員会に石化協事務局の<A>が出席していたと思うと供述し,当日の議事につき,<A>から石油化学業界の一般的概括的な説明があったとしているが,実際は,<A>は欠席している。
出光三角の供述調書は,本件合意に係る会社関係者への報告の時期・内容,合意成立以後の手続,PE小委員会との関係,化学工業日報のJPC塩崎の記事,出光の支店や営業所への指示の時期・内容などの客観的事実との繋がり,裏付け証拠がなく,本件合意成立を認める他の者の供述内容とも整合性を欠いており,信用性はない。(S,住,出)
② 出光三角は,3月6日のPP小委員会において,「業界としての皆さんの流れに同調します。」と発言した旨の供述(査第29号証)を「今後も高値傾向は変わらないと思うので,収支改善のためには1kg当たり10円以上の値上げが必要である」と発言したという供述(査第5号証)に変更しており,変遷がある。
出光三角の「会合出席者たちは,口々に今回の値上げにおいてはl0円くらいは値取りしたい」という意見を述べていたとの供述は,JPC宇川,チッソ森本を含む他の出席者から全く述べられていない不整合な供述である。(S,住)
出光三角の供述調書(査第5号証)では,PP小委員会で明示の合意をすべく三角自身がリードして成功したかのような記載になっているが,本件で明示の合意があったというのは信じ難い。(T)
③ 出光三角の手帳の記載には,3月6日の欄に「各店指示:(値上げの件 時期後退 輸入玉分析)」との記載がある。この記載につき,出光三角の供述調書(査第114号証)では,PP小委員会における値上げ合意の成立が3月6日になり,予定していた4月1日からの値上げが困難となったため,各店・各営業所の担当者に値上げの時期が遅れることを知らせるつもりで書いたと説明しているが,
ア 4月1日出荷分からの値上げ予定を事前に連絡していたという証拠はないし,そのような予定を1月段階でしたということも,不合理である。
イ 上記手帳の記載についての説明が,平成13年4月26日になってようやく査第114号証として作成されているのは,不自然であり,3月6日の合意の成立と整合させるための作り話である。(S,住,T)
④ 出光三角は,以上の供述調書と異なり,参考人審訊においては,本件合意の成立を否定しており,その内容は自然で信用することができる。(S,住,出)
(5) トクヤマ横地の供述調書
① トクヤマ横地の供述調書(査第32号証)は,主観的な判断結果が記載されているだけで,各社の具体的発言は一切記載されていない曖昧・茫漠としたものである。その結論としても,「各社のナフサ価格に対する見通しが一致し,各社値上げに踏み切るとの感触を得ました」というもので,合意の成立とは異なる供述をしている。(S,住,T)
② トクヤマ横地の供述調書(査第32号証)は,「ほとんどの人が,このままでは値上げをしないとやって行けなくなるということを言っていたことを報告しました。」と述べており(査第22号証も同旨),値上げ合意の報告とは認め難く,かえって,「ほとんどの人が」という言葉は,例外もいたことを示すものであって,7社間における値上げ合意と矛盾するものである。(S,住,T)
③ トクヤマ横地は,以上の供述調書と異なり,参考人審訊において,本件合意の成立を否定しており,その内容は,トクヤマの社内手続の経緯に照らし,信用することができる。(S)
(6) GRP鈴木の供述調書
GRP鈴木は,その供述調書(査第28号証)において,3月6日のPP小委員会において,各社が値上げをする方向で一致したと供述しながら,GRP土田の具体的な発言としては「当社も値上げはしたいが環境が厳しい,つまり,ユーザーとの値上げ交渉は難航するのではないか」としている。これはPPの値上げに否定的な発言であるから,同一の調書の中で前後矛盾しており,その信用性は極めて低い。そして,同号証における「しかし,この発言は,当社は値上げしないというものではありませんでした。」との二重否定の供述は,いかにも不自然で,審査官の作文であることを強く推認させるものである。また,仮にこれがGRP鈴木の真意から出た供述であるとしても,全体としては,「当社は(3月6日に限らず)いつか値上げを行う可能性がある」という当然のことを述べたまでのことであり,同日に値上げ合意が成立したことを示すものではないから,GRP土田が同日に値上げを決定する意思があったことを示す実質的証拠になり得ない。さらに,GRP鈴木は,後に提出された陳述書(査第87号証)では,「各社値上げをせざるを得ないことで一致」したのではなく,「各社値上げをせざるを得ない原料環境であるという認識で一致」したと供述を修正し,「全社で値上げを決議したという記憶はありません」と述べているから,値上げの合意があったということはできない。(S,住,出)
(7) 審査段階の供述調書と参考人審訊での供述の評価
偽証をしないという宣誓の上で,反対尋問・補充尋問を経た参考人審訊における供述よりも供述調書に証明力があるとするかのような審判官の態度は,伝聞証拠を直接証拠よりも評価するものであり,審判の対審構造とも相いれない不当なものである。(住)
(被告の主張)
(1) 独占禁止法違反行為の存在が認定されることに伴う法的・社会的責任の負担を課されるリスクがあるにもかかわらず,あえて,自己及び事業者が独占禁止法違反行為に関与したことを認める内容の供述は,独占禁止法違反行為が存在したという事実に裏付けられたものとみられるのであって,その信用性は高いものと評価することができる。JPC宇川の供述は,本件合意の存在を認めるという点では一貫しており,審判廷での供述に際し,ささいな点における若干の変遷,あるいは時間の経過による記憶の消失等による不明確な回答が見受けられるものの,審査当時から大きな変遷はなく,審判手続終結に至るまで維持されており,自らが体験した事実をありのままに表現していることから,信用性の高いものである。
JPC宇川の供述及びチッソ森本の供述はいずれも高い信用性を持つものであり,内容からしてこれらの供述と整合するチッソ前田の供述も同様に高い信用性を持つということができるから,これらの供述調書と,査第92号証,査第122号証ないし第125号証から,本件審決の認定が実質的証拠に基づくものであることは明らかである。
住友阪本は,部長会の司会役を務めていたから,JPC宇川が各社を回って値上げ意思を確認するよう求めたことは,不自然ではない。GRP以外は,値上げに積極的であったから,必ずしも住友阪本から訪問結果の報告を受けなければならなかったものではない。
(2) JPC塩崎の供述についても,時間の経過によって記憶が喪失したり,逆に,数次にわたって聴取を受ける中で記憶が喚起されたりすることもあり得ることや,独占禁止法違反事件の調査における審査官による事情聴取の実態にかんがみれば,時間を経過するごとに供述内容が詳細になること自体,特段不自然なものではない。
(3) チッソ森本については,そもそも,原告らが,参考人審訊を申請をしながら,調書の開示を受けて,これを取り下げたものである。このような経緯に照らせば,原告ら自身が,その供述を覆すことは困難であると判断したことにより反対尋問にさらされていないといえるのであって,信用性に乏しいとの主張が失当であることは,明らかである。
(4) 出光三角は,審査段階における供述調書の「値上げに関して認識が一致した」との内容の供述を,何ら合理的な理由なく参考人審訊において変遷させたものであり,しかも変遷後の供述には多くの矛盾を含んでいるのであって,信用できないものである。
本件合意の成立を認めるJPC宇川の供述は信用性の高いものであるところ,JPC宇川の供述に合致していること,供述の変遷の経緯が極めて不自然であることにかんがみれば,供述調書における出光三角の供述は信用性の高いものであると評価することができる。
(5) トクヤマ横地は,参考人審訊において,自らの記憶に従って供述調書における供述を訂正したものではなく,自己及び原告トクヤマの責任を回避するために,それまでの審判廷における参考人の供述に合わせる形で,本件合意の成立を否認するに至ったにすぎないものであり,このような供述変遷の経緯にかんがみれば,同人の参考人審訊における供述が信用できないものであることは,明白である。
(6) 修正後のGRP鈴木の供述によっても,3月6日の部長会において,値上げに向けた意思統一を図るため,各社で原料環境についての情報交換を行い,各社が値上げせざるを得ない原料環境であるという認識で一致し,これに基づいて各社同様の値上げを行ったことについては,認めているのであるから,意思の連絡という意味における本件合意の成立の立証を妨げるものではない。
(7) 被告の審判手続では,刑事訴訟のように伝聞証拠の制限はなく,違法な証拠でなければ採用の上,取り調べられ,採用された証拠の間に齟齬が生じる場合には,審判官ひいては被告の自由な心証により,各証拠の信用性の優劣が判断される。供述調書は,一般的に,違反行為から近い時期に供述人の供述を聴取して作成されるものであって,供述者の記憶の消失,変容が少なく,真実に近い内容が語られる可能性が高い。また,供述調書の作成に当たっては,供述人に対して,内容を読み聞かせ,あるいは閲読させて誤りがないことを確認の上,署名押印させるという形で,供述内容と調書の記載内容との間に齟齬が生じないことを担保する手続が採られているから,その信用性は高い。
4 本件合意の成立を否定する証拠の信用性
(原告らの主張)
(1) GRP代表取締役社長吉浦春樹の平成13年6月13日付け上申書(審D第11号証)は,本件合意が成立した事実はないと認識していると記載されており,GRPが勧告応諾の際,あえて虚偽の事実を主張する理由はない。被告から,これに対する弾劾証拠の提出がない。(原告ら)
GRP代理人の10月19日付け上申書(査第88号証)も,本件合意の成立を否定すべき事実を記載している。(S,住,出)
GRP土田は,上記上申書提出前から,一貫して本件合意は成立していないと述べていたが,審査官はその旨の供述調書を作成しなかった。そのことは,上記10月19日付け上申書に,「当社は常務取締役土田忠良及び取締役鈴木嘉樹を通じ「3月6日には値上げ合意はなかった」旨一貫して申し上げております」と記載されていることから,明らかである。(S,住)
(2) GRP土田の供述
① GRP土田の供述は,客観的事実や他の証拠とよく符合しており,不利益な事実を自発的に供述したものであって,信用性が高い。(S,住,出)
② GRP土田は,参考人審訊において,3月6日のPP小委員会開会前,JPCが急遽値上げに消極に動くという情報を入手し,JPC宇川に連絡を取って,石化協で会い,JPCの値上げへの態度を確認したところ,消極という回答だったと一貫して供述している。
本件審決案は,JPC宇川,チッソ森本,出光三角の各供述の信用性とGRP土田の供述の信用性を,供述内容の具体性,合理性,一貫性(変遷のなさ),審査官による誘導・誤導のおそれ,補強証拠の有無,客観的事実との整合性,虚偽供述をする動機の有無等,各般の観点から吟味検討すべきところ,それを全く怠ったまま判断したものである。(原告ら)
③ GRP土田は,参考人審訊において,3月6日のPP小委員会で,GRP土田,JPC宇川は,それぞれ値上げ消極であると供述しており,値上げの合意は成立しなかった。(S,住,T)
④ GRP土田は,参考人審訊において,3月6日のPP小委員会終了後,GRPに帰社した際に,GRP猿渡に対し,「値上げはつぶしたぞ」と発言したと供述しており,これには,GRP猿渡の報告書による裏付けがある。GRP土田の供述は,発言の具体的状況から,十分な信用性がある。(原告ら)
⑤ GRP土田は,3月6日のPE小委員会の結果について,JPCがPEの値上げに消極であったという情報を入手した際,PP小委員会での結果と対比して違和感を持った記憶はないことを明確に供述している(査第86号証,参考人土田)。(S,住,出)
⑥ GRP土田は,参考人審訊において,3月6日付け化学工業日報のコラム「制御室」の記事(査第90号証資料1)について,当時,読んだ際,PP小委員会におけるJPCの態度に比し違和感はなかったことを明確に供述している。(S,住,出)
⑦ GRP土田は,参考人審訊において,3月9日,JPC宇川が異動挨拶にGRPに来た際,初めてJPCの値上げ方針への転換を聞いたと供述している。(S,住,出)
⑧ GRP土田は,3月15日に開催されたGRP予算会議の午前の部でも,値上げに消極の発言をしており,これについては,GRPの予算会議の議事録という裏付けがある。(原告ら)
⑨ GRP土田は,3月15日,三菱倶楽部でJPC塩崎と面談しており,それまでのJPCの消極方針の理由を質問している。GRP土田の供述は,JPC塩崎との間でJPCの値上げ方針について面談して確認したという独占禁止法違反(不当な取引制限)の事実を認めている点で,高い信用性がある。(原告ら)
⑩ GRP土田は,JPC塩崎との面談後,帰社した際,GRP森本副社長に対し,GRPとしての値上げ方針への転換の方針を表明した。(原告ら)
(3) 住友阪本の供述(原告ら)
① 住友阪本は3月2日,同月3日に各社を訪問しているが,これは役員クラスに対してされており,その目的は新年会のお礼ないしアライアンスの話であって,PP小委員会における合意形成に向けた行動としては,不自然である。
② 3月6日のPP小委員会開会前のJPC宇川,GRP土田らとの面談については,住友阪本もGRP土田の供述と合致する供述をしている。
(4) MSS佐紺の供述(S)
MSS佐紺の供述は,本件合意が成立しておらず,同人は値上げに積極的な発言などしていないとの点で一貫しており,MSS佐紺は,3月6日の会合では終始沈黙している(発言しない場合があることは住友阪本の供述でも裏付けられる。)。
(被告の主張)
(1) 3月15日昼に三菱倶楽部でJPC塩崎と面談した際にGRPにおいてもPPの値上げを決断したとの事実は,本件合意の成立を認めたGRP鈴木の供述調書(査第28号証)が作成された6月1日から4か月以上も経過した10月19日付け代理人弁護士の作成名義に係るGRPの上申書(査第88号証)の中で初めて出てきた話であり,信用し得ない。勧告を応諾しながら合意成立の日のみを否定するGRPの行為は,極めて不自然である。
(2) GRP土田の参考人審訊における,3月6日の部長会直前にJPC宇川に対して値上げをしないことを確認したという供述には混乱があり,直ちに信用することはできない。
「値上げはつぶしたぞ」との発言については,前記(2(被告の主張)⑦)のとおりである。
(3) 住友阪本は,自己及び住友の責任を回避するため,原告らを含む7社間で,1月から3月に開催された部長会でPPの値上げについて話合いを行っていたことや,7社の課長の会合で値上げの進ちょく状況についての情報交換を行っていたことなど価格カルテルに結び付くような事実を真実に反して全面的に否認し,自らの主張に反しない範囲でかいつまんでGRP土田の供述に沿う供述をしているにすぎないのであり,その供述の信用性は皆無である。
(4) MSS佐紺は,部長会の場において値上げについての話合いが行われていたにもかかわらず,退席するなど値上げに関する何らかの意思連絡には一切関与しないという姿勢を示す行動は取っていなかった。住友阪本の供述は,到底信用性があるとはいえないものであって,これに合致するから信用性が高いということはできず,信用するに足りない供述に合致しているというのであるから,MSS佐紺の審判廷での供述も同様に信用するに足りない。
5 実質的証拠の有無に関するその他の争点
(原告らの主張)
(1) JPCと被告の暗黙の了解
JPCと被告との暗黙の了解(JPC宇川らが事実に反して本件合意があったという供述をすることにより,被告が,JPCに対し,①PEへの波及を回避し,②会社上層部への責任追求を回避し,③課徴金の終期設定等の便宜を約束したこと)により,審査官は,JPC宇川及びJPC塩崎の供述の獲得をしたものである。このことは,JPC塩崎及びJPC宇川の供述調書(査第4号証,第16号証)において本件合意に言及されるのが極めて早く(6月8日付け及び同月9日付け),3月6日の本件合意という仮説について,十分な検討を経ずに,早期に予断を持った事実がうかがわれる。(住)
(2) GRP土田,住友阪本及び出光三角に対する審査方法
GRP土田,住友阪本及び出光三角に対して,脅迫的な言辞が用いられ,又は利益誘導に類する審査が行われたことは明らかであり,渡辺静二上席審査官による予断を持った審査の一端がうかがわれる。(住)
(3) 3月17日の会合の趣旨等
3月17日にJPCで開かれた会合は,同月6日の会合でPP値上げに消極的な意見を述べたJPCが,値上げ積極に転じたことを他社に伝え,他社の動向を探るとともに,JPC宇川の後任であるJPC下津を紹介するという趣旨で開かれたものであり,部長会ではない。同月6日の本件合意が存在しなくても,同月17日には既に値上げを決定していた社も多く,その際にその情報を交換することは不自然ではないから,この日に情報交換が行われたことは,本件合意の存在を推認させる事実とはいえない。本件合意の実行状況を確認するための会合であったのなら,チッソ及び原告トクヤマの欠席はあり得ない。(原告ら)
(4) 責任分担ユーザーについて
ア 3月17日の会合で責任分担ユーザーを次回に持ち寄ることにしたという事実については,証拠がない。また,同月27日の会合は,JPC宇川の送別会であり,部長会ではない。そこでユーザーとの交渉の話が出たとしても,責任分担ユーザーの取り決めをすることなどできるはずもなかった。(S,住)
イ 原告トクヤマは,本件合意に参加していないから,責任分担ユーザーを持ち寄ることを決めたとされる3月17日の会合に呼ばれておらず,参加もしていないし,会合が開かれたことすら知らされていなかった。原告トクヤマは,責任分担ユーザー案を持ち寄ることは知らなかったし,その連絡も受けていない。
責任分担ユーザーの取り決めがあった事実の認定に用いられた「(下津部長)」で始まるメモは,どのようにして内容が決まり,いつどこで作成されたのかという作成経過も不明であり,作成者のJPC宇川もその内容を説明し得ないものであり,上記取り決めを認定することはできない。
真しに責任を持ってPP値上げ交渉を行う対象を「責任分担ユーザー」としているのに,そのユーザーについて特に真しに交渉を行った事実がない。(T)
ウ 3月27日の「天山」での会合において,MSS佐紺が責任分担ユーザー案を持ち寄った事実はない。審査官はMSS佐紺による持寄りの態様,持ち寄った案の内容さえ主張,立証しない。MSSの,この責任分担ユーザー案を持ち寄らないという行動から,MSSが合意に加わらないという態度が明白に各社に認識された。また,責任分担ユーザーの決定状況も主張,立証されていない。
そして,MSSに割り振られたとされている責任分担ユーザーへの対応は,次のとおりであり,MSSが責任分担することは考えられない。
① 王子製紙株式会社については,MSS佐紺が,3月28日,滋賀工場に赴き,<B>工場長,<C>工場長代理と面会し,取引量の拡大のため価格引下げを提案している(審C第1号証)。同社では,MSSのほか,出光,GRP,JPC,チッソからPPを購入しており,価格引下げによる取引量拡大の提案は,他社に伝達される可能性が大きかった。
② 株式会社リッチェルについては,当時,長期にわたる値上げ交渉が決着したばかりで,値上げ交渉は全く考え難い状況であった。
③ 積水化学工業株式会社についても,MSSの取引量の2倍以上の取引量の業者が他におり,MSSが責任を持って値上げ交渉を行う対象の需要者となり得ない状況であった。(S)
(5) 2月末にPP値上げに転じたというJPCの決断
2月末,JPCがPPの値上げに転じる決断をした事実はない。このことは,次の事実からも明らかである。(T)
① 2月28日の早朝に行われたJPCのミーティングは,日産問題のミーティングであった。
② 上記ミーティングでは,JPC塩崎がPP,PEの両方について値上げの決断をしたとしているが,そのことは予定されていなかった。
「この2月28日の時点だと,4月からの値上げを決めなければならない差し迫った時期ではな」かった(査第24号証)し,上記の予定があれば,JPCのPE担当部長である<D>や<E>を待機させ,呼んでいたはずであるが,JPC塩崎は<D>や<E>のスケジュールの確認もしていない(参考人塩崎昌弘)。PEの値上げ決断についてJPC塩崎が直接,担当部長に伝えていないことも争いがないが,なぜ直接伝えないのか説明ができないし,JPC宇川が伝えたという事実も存在しない。
③ JPC塩崎がPP及びPEについての値上げの決断をしたというのに,JPC社内の動きは全くなく,社内資料も1つもない。
(6) 原告トクヤマの本件合意参加の有無(T)
ア 部長会について
(ア) 本件審決は,PP製造販売業者は,かねてから,営業部長級の者らによる会合を,いずれかの会社の寮等で開催して,PPの販売に関する情報交換を行ってきたとするが,開始時期ははっきりしない。いずれにしろ,原告トクヤマは,平成11年11月18日から再開されたPP小委員会としての会合に出席するようになったが,「いずれかの会社の寮等で開催」されたという会合には出席したことはない。
また,本件審決は,7社のうちMSSを除く6社は,MSSが外資系企業であり,独占禁止法を疑われる会合への出席をちゅうちょしていたことから,同社を参加させやすくするため,同月ころ以降,主として,公式な会合であるPP小委員会が開催される際を利用して石化協会議室で部長会を開催するようになったとするが,同月前は,そもそもPP小委員会自体が開催されていなかった。
(イ) かねてから寮等で開催されていた会合に原告トクヤマは参加していないので,仮にその当時他社の値上げの腹を探るようなことが行われていたとしても,新たに開催されて参加するようになった原告トクヤマは,PP小委員会がそのような性格を持つとは認識していなかった。
(ウ)部長会出席者は,値上げについての実質的社内権限がない者であるから,これらの者による何らかの合意をもって価格カルテルの合意に当たるとはいえない。原告トクヤマについていえば,トクヤマ横地には値上げの決定を行う権限は一切なく,事実上も付与されていなかったし,PPの値上げは営業部長級の者で話すべきことであったと認識してはいなかった。
(エ) 3月17日の会合はトクヤマを外して行われたものであり,住友鈴木は,そこで決めたことを,トクヤマ横地に連絡してくるはずもない。これは,少なくともトクヤマが本件合意に加わっていない証左である。
イ 地区会について
本件審決は,PP製造販売業者は,かねてから,PPの需要者が集中している東京,大阪及び名古屋の各地区において,それぞれの地区における課長級の者による会合を開催しており,PPの値上げを打ち出したときは,需要者の価格交渉の状況等について情報交換をしていたとしている。
しかし,原告トクヤマは,懇親の会合に参加した程度で,課長級の会合についてほとんど出席しておらず,それでは困るという者もいたくらいであって(査第8号証),かねてから原告トクヤマがずっと出席していたような事実はない。
(7) MSSの本件合意参加の有無(S)
ア 部長会におけるMSSの立場
MSS以外の他社は,MSSが値上げを決定せず,社内手続が進んでいないことを表明しても,何ら非難等をしなかった。これは,MSSのシェアが低く,独占禁止法に対する厳しい対応をしていたことを他社も認識しており,必ずしもMSSの参加を得なければカルテルが成功しないような状況ではなかったからである。
MSSは,他社が3月22日から同月30日までの間に値上げを対外発表した後である4月10日のマネジメント・コミッティにおいて,MSSとしての値上げを決定したものであり,本件合意に係る他社の値上げ意思を考慮する必要は皆無であった。
イ 1月21日,2月7日のPP小委員会において,一部の社がナフサコストレベル,ナフサ価格の見通しに関する情報交換をしようとしている場で,MSS佐紺はMSSに係るナフサコストレベル,ナフサ価格の見通しに関する発言を拒否し,差し控えていた(MSS佐紺がそうした情報を提供したという証拠は一切ない。)。それにより,他社は,MSS佐紺が合意に参加する意思はないことを認識していた。
ウ MSS佐紺は2月21日のPP小委員会に欠席しており,代理人も出席させておらず,同日のPP小委員会の協議内容についてMSS佐紺に伝えられたという証拠は一切提出されていない。
後記オのとおり,3月17日の会合で,「社内fix未」と表明したMSSに対し,他社から何の照会・確認もなかったことからすれば,2月21日のPP小委員会の協議内容が伝達されたという本件審決の認定は,不合理である。
エ 3月6日のPP小委員会におけるMSS佐紺の発言内容
JPC宇川は,参考人審訊における供述では,3月6日のPP小委員会におけるMSS佐紺の出欠さえ不明で(査第16号証),発言内容につき具体的記憶はなく,MSSが値上げするというのを疑っていないというのは推測であると供述している。そして,JPC宇川の供述調書等にあるMSS佐紺の「皆さんの考えは分かった。会社に持ち帰って判断する」という趣旨の発言(査第27号証)は,推測した供述にすぎないものであるから,その信用性は低い。
オ 3月17日の会合におけるMSSの「社内fix未」との表明
① JPC名古屋支店長下津の作成のメモ(査第33号証資料,第35号証資料4,第18号証資料5)には,「MSS,社内fix未」という記載がある。同メモには,これとは別に,GRPについて「fix.3/15予算会ギ」との記載があるところ,GRPは3月15日に値上げの方針を決定しており,JPC下津は,「fix」という単語を,「値上げを決定する」との意味で用いている。したがって,「fix未」という表現は,値上げそのものが決まっていないという意味ととらえるのが合理的であって,合意どおり値上げを行うという意味であるとする審決の認定は誤りである。
② GRP土田は,3月17日の会合で,MSS佐紺が値上げについては未定という趣旨の発言をしたこと,ナフサ価格の上昇のためMSSが自主的な判断で値上げを打ち出すのだろうと予想していたこと,ただし,その時期はMSSの海外の本社の手続の関係でいつになるか分からず,MSSが値上げしなければ,それは仕方がないと考えていたこと,MSSの値上げにつき確認していないことを供述している。
③ JPC宇川は,3月17日の会合のMSS佐紺の出欠についても,調書段階で記憶はなかったと供述しているから,JPC宇川がMSS佐紺の「社内fix未」という表明につき,合意どおりに値上げすると認識したという認定はできない。
カ MSSでは,3月17日,高橋副社長が,PP事業部の課長職の<F>に対し,収益改善策の立案指示をした。この収益改善策の立案は4月5日過ぎであり,会社としての決定は同月l0日のマネジメント・コミッティで,値上げ実施日は5月1日であった。MSSの値上げ打出し日は,最も早かった出光の25日後,最も遅かった原告トクヤマの12日後であり,各社が値上げ交渉を開始している時期に,打出しさえしていなかった。これは,4月以後,7社が足並みをそろえて10円以上の値上げを行うという本件合意と整合しない。
キ JPC宇川は,参考人審訊において,MSSは合意に極力参加しないように発言していた,MSSが皆と一緒に値上げをする趣旨のコミットメントは受け取っていない,MSSの事情からすると合意には参加いただけないだろうなという認識をしていた旨の供述をしている。JPC塩崎も,参考人審訊において,この点につき大きな違和感はない旨供述している。
また,GRP土田は,参考人審訊において,MSSの値上げについて「余り興味なかった」,「やらなければそれはそれでしょうがない」などと供述している。これは,GRPは,MSSの合意参加を認識,認容しておらず,MSSと歩調を合わせる意思はなかったことを示すものである。
さらに,トクヤマ横地の供述調書(査第32号証)でも,「ほとんどの人が」という表現を用いて,合意に加わらない例外の社があったことを裏付けている。
そして,出光三角は,参考人審訊において,MSS佐紺はあいまいで値上げをするのかしないのか腹が読めなかったと供述している。
ク MSS佐紺は,実施状況の確認等についての会合等に参加していない。4月11日の飲食店「天山」における会合は,JPC宇川の後任者下津の歓迎会であるために参加したものであり,MSSでは,その時点で値上げ交渉を開始しておらず,交渉状況の報告・情報交換などできないことは明白である。
ケ 本件審決は,地区会においてMSSが値上げ交渉の状況等について情報交換を行った証拠はなく,実際,そのような情報交換は,PP小委員会において,MSS佐紺が,ナフサコストレベルなどの情報を提供せず,他社との合意やコミットメントを拒否している態度とも整合しないにもかかわらず,実質的証拠を欠如したまま,7社という主語で杜撰な認定をしている。
(被告の主張)
(1) JPCと被告との間で暗黙の了解があったとの事実は,原告住友の憶測にすぎず,それを前提とする主張は,反論するまでもなく失当である。
(2) 審査方法に関する原告住友の主張は,憶測にすぎず何ら根拠はなく,失当である。
(3) 3月17日の部長会は,同月6日の部長会における本件合意に基づいて,各社の社内手続の進ちょく状況の確認等を行うために開かれたものであり,2社が欠席したことは,本件合意の存在を否定するものではない。JPCが値上げを決めたことを他社に伝えるためであれば,会合を開く必要はない。
(4)ア 3月17日の部長会で責任分担ユーザーを次回の部長会に持ち寄ることを決めたことは,JPC宇川だけでなく,出光三角,GRP土田も供述しており,証拠は存在する。そして,同月27日の部長会において,実際に責任分担ユーザーが決定されたことも,証拠上明らかである。
イ 3月27日の部長会の経過に照らせば,責任分担ユーザーの案を持ち寄り,責任分担ユーザーを決定するという同日の部長会の開催趣旨について,原告トクヤマを含む7社の部長会メンバーに対し,事前に連絡が行われたと容易に推認できる。
トクヤマ横地自身が,参考人審訊において,3月17日に住友鈴木から電話を受け,折り返しの電話をかけた同月21日に,同人から他社の値上げのプレスリリースについての情報提供を受けていたと認めているのであるから,住友鈴木が,トクヤマ横地に同月17日の部長会の会合の連絡をしたことは明らかである。
ウ 3月27日の部長会で決定した責任分担ユーザーの割当てを記載したメモのうち,査第40号証添付の「(下津部長)」で始まるメモ及び査第42号証添付の「販会議4/14」との書き出しのメモには,いずれもMSSの割当分についても記載されているのであるが,他の6社間において,MSSも本件合意の参加者であると認識されているのでなければ,このような記載がされることはあり得ない。
3月17日の部長会において,各社の社内手続等の進ちょく状況の確認等を行い,3月27日の部長会に,各社においてそれぞれ選択した自社の責任分担ユーザーの案を持ち寄ることとした点については,出光三角がその事実を明確に認めているし,JPC宇川だけでなく,3月6日の合意成立を否定しているGRP土田でさえも,これに沿う供述をしている。
3月6日の部長会における本件合意の成立を否定しているGRP土田が所持していた「○今日の値上げの成功果たしてありうるか否か?」との書き出しの文書(査第36号証資料1)には,「当社が役割分担で値上げすべきユーザーor分野はどこか?3社選ぶとすればそれは?」と明記されているのであり,7社間において責任分担ユーザーの決定が行われたことが,否定できない事実であることは明らかである。
(5) 原告トクヤマ指摘の事実から,2月28日にJPC塩崎がJPC宇川に対して値上げの決断を伝えたことが否定されるものではない。値上げの決断を伝えることを予定したミーティングにおいて,担当者全員を集めた上でなければ,値上げの決断を伝えられることがないとはいえない。JPC塩崎としては,懸案であった値上げの決断をしたことを踏まえ,その時点において最も早く関係各所に伝わると判断した方法を採ったにすぎないのであって,特段不自然ではない。
値上げの決断後,直ちに何らかの社内資料が作成されていないからといって,社内における値上げの実質的決定権者たるJPC塩崎が値上げの決断をした事実が当然に否定されるわけではない。
会社内部における情報の伝達経路は1つでなければならないというものではなく,複数の伝達経路が存在したとしても何ら不自然なことではない。
(6)ア(ア)トクヤマ横地は,部長会に出席してPPの値上げについて継続的に話合いを行い,その話合いの中で,PPの値上げについて積極的な意見を述べたりしていた(査第22号証)。
(イ) トクヤマ横地は,供述調書において,部長会においてPPの値上げについて話し合っていた旨明言している(査第22号証)のであって,PPの値上げについて話し合ったり,他者の腹を探る意思は全くなかったし,値上げのためのナフサ論議をしている認識もなかったという主張は,事実に反する。
(ウ) 部長会出席者の権限については,本件審決が認定する事実を総合的にみれば,部長会で値上げについての合意が形成され,各社においてその合意に沿った形で実際の値上げに向けた動きが行われているのであるから,部長会メンバーの行為は,単なる個人的な行為ではなく,実質的に「事業者」の行為と評価できるものである。
私法上の権利義務が会社に帰属するには意思表示者に明確な権限が必要であるが,「不当な取引制限」とされるような合意が形成される会合への出席者が,各事業者において値上げの形式的決定権限を有するかどうかは,問題とされるものではなく,各出席者と他の出席者との行為を通じて,各出席者が帰属する事業者間に「意思の連絡」が認められることで足りる。このような場合には,当該会合への出席者の行為は,実質的に「事業者」の行為と評価でき,当該事業者間に「意思の連絡」があると認定し得ることは当然である。
(エ) 原告トクヤマが3月6日に成立した本件合意の当事者であるか否かは,直接証拠及びこれを推認させる間接事実を総合的に考慮して判断されるのであり,トクヤマ横地が3月17日の部長会に出席しなかったからといって,直ちに原告トクヤマが本件合意の当事者ではないということにはならない。
3月17日の部長会が,7社のうち5社しか集まらず,2社欠席したものであったとしても,7社間の本件合意に基づいて,チッソ及び原告トクヤマを除く5社間で,各社の社内手続等の進ちょく状況の確認等が行われ,さらに,同日の部長会を欠席したチッソ森本及びトクヤマ横地に対しては,住友鈴木から会合の内容が連絡されたのであるから,7社間で「相互に同内容又は同種の対価の引上げを実施することを認識ないし予測し,これと歩調をそろえる意思がある」という事実と何ら矛盾するものではなく,上記の意味の「意思の連絡」の存在が否定されるものではない。
イ 地区会には,部長会メンバーのうち各地区会の担当とされた2名が,必要に応じて出席していた。
(7)ア MSS佐紺は,事業者間の会合の場において,価格に関する事項が話題に上っても,退席するということはなかった。価格に関する合意に参加する意思がなかったというのであれば,このような行動を取ることは想定し難いものといわざるを得ない。
イ 継続的にPPの値上げに向けたナフサ価格についての情報交換が行われていた部長会において,MSS佐紺自身も,そのことを認識しながら出席を続け,場合によっては発言することもあったのであり,発言を控えたり,会社に持ち帰って判断する旨のコミットメントを回避する発言をしたりしていたからといって,直ちに,本件合意への参加が否定されるわけではない。
ウ チッソ森本は,供述調書(査第41号証)において「電話で住友化学の鈴木さんから聞いたか,同人からの電話を受けた女子社員のメモを見たかのどちらかだと思います。」と供述しており,3月17日の会合開催につき,チッソにも連絡があったからこそ,チッソ森本は,同月27日の会合の開催場所を知り得たのである。このように,部長会の欠席者への連絡はされていた。
エ JPC宇川の供述中に,記憶が必ずしも正確でないために,ごく一部に推測を交えたものが含まれることとなったからといって,直ちにその供述が信用性を欠くものであるということにはならない。
オ 「fix未」とのメモの記載は,「値上げ未定」でも「合意不参加」でもなく,その字義どおりに解するならば,「fix(=設定)が社内的に未定である」,すなわち,「打出し日等がいまだ社内で決定していない」と読むのが自然であり,値上げそのものが決まっていないという意味にとらえるのは無理がある。
値上げ手続の進ちょく状況や打出し日について,競争事業者間で情報交換を行うということは,価格カルテルを締結した事業者同士の間においてでなければ考えられないものであるところ,MSS佐紺がこのような内容の情報交換が行われる会合に参加し,しかも,当該メモの基となったような発言をしていたからすると,MSSが本件合意の参加者であったことが認められる。
カ 値上げの社内手続は各社ごとに異なるから,3月6日の部長会後,直ちに社内手続を開始しなかったり,値上げの打出し日が異なったりすることは,合意の成立を否定するものではない。
キ JPC宇川は,MSSが合意に参加しなくても構わないなどとは供述しておらず,むしろMSSが外資系企業であるので,その動きが読めないことから,懐疑的な発言をしているにすぎないものとみるのが自然である。
GRP土田の参考人審訊における供述は,3月6日の部長会における本件合意の成立を否認している点において,信用できないものであって,このような供述との整合性に基づいてMSSの合意不参加を基礎付けることはできない。
出光三角の審判廷での供述は信用できない。
ク 値上げの合意に基づく値上げ交渉状況についての情報交換を行うために,数次にわたって会合が開催される場合において,すべての会合に出席しなければ,値上げ交渉状況についての情報交換を行ったことを値上げの合意成立を推認させる間接事実として用いることができないというものではないのである。
6 経過規定の解釈
(原告サンアロマーの主張)
(1) 不利益処分を規定した条項に関する厳格な文理解釈の必要性
本件審決は,独占禁止法54条2項,7条2項に基づき,本件における既になくなっている違反行為について,排除確保措置を命じている。しかし,改正附則2条により,なお従前の例によるとされているのは,「当該違反行為を排除するために必要な措置を命ずる手続」であって,この規定文言の文理上,当該違反行為の存在を前提とし,それを排除するための措置に限られる。当該違反行為が既になくなっている場合には,改正附則2条に規定された「当該違反行為を排除するために必要な措置を命ずる手続」を観念することはできない。すなわち,独占禁止法54条2項,7条2項の規定を同条1項の規定と対比してみると,同項は違反行為を排除するための必要な措置の規定であって,改正附則2条により,改正法の施行後も独占禁止法7条1項の措置については,なお従前の例によって手続が進められると規定されていることは明らかであるが,同条2項の措置は,同条が1項の措置と2項の措置とを明確に別立てで規定し,かつ,2項は,文理上「違反する行為が既になくなっている場合においても」と規定して当該違反行為の「不存在」を前提とする規定であることから,「当該違反行為を排除するために必要な措置」に同条2項の措置が含まれると解釈することは,不可能である。
改正法では「違反行為を排除するために必要な措置」と「違反行為が排除されたことを確保するために必要な措置」の両方を規定する場合には,改正法本則の規定による改正後の独占禁止法49条1項におけるように「違反行為を排除し,又は違反行為が排除されたことを確保するために必要な措置」との規定文言を用いており,「違反行為を排除するために必要な措置」という文言が「違反行為が排除されたことを確保するために必要な措置」を含むものとする使用例はない。
また,改正附則2条は,排除措置という事業者に対する不利益処分に関する規定であるので,厳格解釈が要請されるというべきである。文理上,「当該違反行為を排除するために必要な措置」という同条の規定文言は,明らかに独占禁止法7条1項の「違反する行為を排除するために必要な措置」と対応する規定振りであることからして,同条2項の「違反する行為が既になくなっている場合」における「当該違反行為が排除されたことを確保するために必要な措置」を含むものと類推又は拡張解釈をすることは許されない。改正附則2条に規定された「当該違反行為を排除するために必要な措置」という規定文言を,文理に反して「当該違反行為を排除するために必要な措置及び当該違反行為が排除されたことを確保するために必要な措置」という規定文言と解釈することは不可能である。
(2) 最高裁平成19年12月18日第三小法廷判決・民集61巻9号3460頁の基準との関係
上記最高裁判決は,著作権法の一部を改正する法律の経過規定の解釈について,経過規定は文言の一般用法によって解釈すべきであり,それとは異なる用い方をするというのが立法者意思であるとすれば,そのような意思が国会審議や付帯決議等によって明らかである必要性がある旨を判示している。この法理は,本件の改正附則2条の解釈においても参考とすべきである。この点につき,被告は,一般用法と異なる解釈をすべき理由を明らかにしていない。
(3) 審判手続と審決の関係
被告は,仮定的主張として,改正附則2条の「審判手続」に「審決」が含まれると主張するが,独占禁止法はそれらを明確に区別して用いているから,改正附則2条の「審判手続」にも「審決」は含まれない。
(被告の主張)
(1) 原告サンアロマーの主張する解釈は,一定の手続について新法施行後も独占禁止法の規定によることとして法的安定性を確保しようとした改正附則2条の趣旨を没却する。
独占禁止法48条2項の規定による勧告があった場合,同法50条2項の規定による審判開始決定書の送達があった場合が空振りとなるなど,改正附則2条の趣旨にかんがみれば,「当該違反行為を排除するために必要な措置を命ずる手続」には既往の違反行為に対する排除措置が含まれると解釈すべきであることは明らかである。条文の字句に拘泥した解釈をすべきではない。
(2) 仮に,改正附則2条の「当該違反行為を排除するために必要な措置を命ずる手続」に既往の違反行為に対する措置が含まれないと解釈したとしても,同条は「審判手続」はなお従前の例によると規定しており,これに独占禁止法54条の「審判審決」が含まれるから,原告サンアロマーの主張は,いずれにしても失当である。
7 排除措置の必要性(独占禁止法54条2項,7条2項)
(原告サンアロマーの主張)
(1) 本件審決は,
① 各社はナフサ価格とPP価格の情報交換を平然と実施した。
② 「部長会」等の開催停止は被告の立入りが契機となっている。
③ PP製造販売業者が7社から4社に減少している。
④ ナフサ価格とPP価格との連動性が比較的単純でPPの値上げについて共通の認識を形成しやすい。
⑤ PP業界には,過去にも不当な取引制限の行為があった。
以上を根拠として「特に必要があると認めるとき」に該当と判断したものである。
上記①について,MSSについては,ナフサ価格やPP価格の情報交換をしたという具体的事実も証拠もない。他の会合出席者が情報交換をしている場面において,MSS佐紺がMSSのナフサ価格とPP価格についての情報を提供することをせず,仮に発言するとしても「会社に戻って判断する」といった趣旨の対応をしている場合には,他の会合出席者に対し,そうした会合の過程を通じて,MSSは合意に加わる意思はないという態度が明らかになっていたはずである。
また,上記②については,「部長会」あるいは「PP小委員会」が現在は開催されていないのが被告の立入りによるものであるという理由付けは無意味であり,今後,何らかの形で,値上げのカルテル形成を目的とした会合を開催しようとすれば開催されるおそれがあることが,明らかにされなければならない。今後の会合の開催のおそれは,何ら明らかにされていない。
(2) 排除措置の必要性を否定すべき客観的事実
① マーケットシェアが上位のJPC,GRP及びチッソが勧告を応諾し,排除措置を実施した上,課徴金を課されてこれを納付済みである。
② MSSについては,もともと法令上の根拠のないいわゆる「部長会」のような業者間の会合への出席を拒否していた。
③ 課徴金算定率の100分の6から100分の10への引上げが行われるとともに,調査開始日から10年以内に課徴金納付命令を受けている場合には算定率が100分の15に加算されるという厳罰化がされている。
④ 違反行為の報告及び資料の提出を行った者については課徴金の減免が認められるという課徴金減免制度が新たに導入済みである。
⑤ 会社の取締役ら経営陣も,不当な取引制限を敢行して課徴金を課されれば,株主代表訴訟で取締役個人の責任を追及される。したがって,今後あえて不当な取引制限を行おうとするのであれば,部長会のような会合の形態ではなく,信頼がおける,例えばアライアンスを交渉中の相手方等と1対1での合意を順次積み重ねてゆくのが通常と思われ,事業者の参集する会合の形態による不当な取引制限の事案が引き続き行われるおそれが特に認められるという本件審決の判断は,不合理である。
(3) 東京高裁平成16年4月23日判決・判例時報1879号50頁で示された基準との関係
独占禁止法54条2項の「特に必要があると認めるとき」とは,一般的な違反行為のおそれでは足りず,「同一ないし社会通念上同一性のある違反行為のおそれ」(上記東京高裁判決)があるか否かが判断基準となる。本件では,そのような一般的な違反行為のおそれを超える違反のおそれがあるとは認められない。「特に」という規定からして,単におそれがある,おそれが否定できないというだけでは足りず,排除措置という不利益処分を課すに足りる違法行為の再発のおそれの存在が,合理的な根拠に基づいて認定でき,それを防止するための排除措置が特に必要であると結論付けられる場合でなければならない。本件審決の判示では,このような場合に該当するとは認められない。
(被告の主張)
(1) 「特に必要があると認めるとき」の要件に該当するか否かの判断においては,「同一ないし社会通念上同一性のある違反行為のおそれ」があるか否かという点のみが判断基準になるものではない。
(2) 我が国における独占禁止法の運用機関として競争政策について専門的な知見を有する被告に専門的な裁量が認められているところ,その判断が違法となるのは,本件審決における「特に必要があると認めるとき」の要件に該当する旨の被告の判断が,合理性を欠くものであり,被告の裁量権の範囲を超え又はその濫用があったと認められる場合に限られる(最高裁平成19年4月19日第一小法廷判決・裁判集民事224号123頁)。
独占禁止法57条1項は,「審決書には,公正取引委員会の認定した事実及びこれに対する法令の適用」を示さなければならない旨定めているところ,本件審決には,同項所定の「特に必要があると認めるとき」の要件に該当する旨の判断の基礎となった被告の認定事実が明確に特定して示されているのであるから,本件審決において上記要件を認めるに足りる具体的根拠が示されていないということはできない。
本件審決の認定が,事実に対する誤認により重要な事実の基礎を欠いていること,又は事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと,判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等により,その内容が社会通年に照らし著しく妥当性を欠くものとは認められず,被告の裁量権の範囲を超え又はその濫用があったということはできない。
第4 争点に対する判断
1 実質的証拠の有無についての判断方法
(1) 実質的証拠の意味
被告のした審決の取消訴訟については,被告の認定した事実は,これを立証する実質的な証拠があるときには,裁判所を拘束するものとされている(独占禁止法80条1項)から,裁判所は,審決の認定事実については,独自の立場で新たに認定をやり直すのではなく,審判で取り調べられた証拠から当該認定をすることが合理的であるかどうかの点のみを審査するのである(最高裁昭和50年7月10日第一小法廷判決・民集29巻6号888頁)。本件においても,上記のような観点から,本件審決の事実認定に実質的証拠の裏付けがあるか,すなわち,本件審決の事実認定が,本件審決の挙示した証拠に照らし,経験則,採証法則等に違反するところがなく,合理的であると認められるかどうかを審査することになる。
(2) 本件合意に関する実質的証拠の有無についての判断方法
ア 本件における原告らの行為が,独占禁止法3条において禁止されている「不当な取引制限」すなわち「事業者が,他の事業者と共同して対価を引上げる等相互に事業活動を拘束し,又は遂行することにより,一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」(同法2条6項)にいう「共同して」に該当するというためには,複数事業者が対価を引き上げるに当たって,相互の間に「意思の連絡」があったと認められることが必要であると解される。
この「意思の連絡」とは,複数事業者間で相互に同内容又は同種の対価の引上げを実施することを認識ないし予測し,これと歩調をそろえる意思があることを意味し,一方の対価引上げを他方が単に認識,認容するのみでは足りないが,事業者間相互で拘束し合うことを明示して合意することまでは必要でなく,相互に他の事業者の対価の引上げ行為を認識して,暗黙のうちに認容することで足りると解するのが相当である(黙示による「意思の連絡」といわれるのがこれに当たる。)。もともと「不当な取引制限」とされるような合意については,これを外部に明らかになるような形で形成することは避けようとの配慮が働くのが通常であり,外部的にも明らかな形による合意が認められなければならないと解すると,法の規制を容易に潜脱することを許す結果になるから,このような解釈では実情に対応し得ないことは明らかである。したがって,対価引上げがされるに至った前後の諸事情を勘案して,事業者の認識及び意思がどのようなものであったかを検討し,事業者相互間に共同の認識,認容があるかどうかを判断すべきである。
そして,そのような観点からすると,特定の事業者が,他の事業者との間で対価引上げ行為に関する情報交換をして,同一又はこれに準ずる行動に出たような場合には,その行動が他の事業者の行動と無関係に,取引市場における対価の競争に耐え得るとの独自の判断によって行われたことを示す特段の事情が認められない限り,これらの事業者の間に,協調的行動をとることを期待し合う関係があり,上記の「意思の連絡」があるものと推認されるのもやむを得ないというべきである(以上につき,東芝ケミカル事件に関する前掲東京高裁平成7年9月25日判決参照)。なお,事業者としては,特段の事情の立証により上記の推認を破ることができるほか,対価引上げに関する情報交換という不明朗な行為自体を避けさえすれば,上記の推認を受けないものである。
イ もっとも,本件審決は,3月6日の部長会という特定の機会における本件合意(意思の連絡)の成立という原告らの行為が「不当な取引制限」に当たるとしているものであり,本件訴訟においても,被告は,同日の部長会における本件合意の成立という主張を維持しているから,当裁判所も,被告が上記のように認めたことに実質的証拠があるかどうかにつき審査することとなる。原告らがPPの値上げ行為に関する情報交換をした事実と,その後に同一又はこれに準ずる値上げ行為があった事実とから,特段の事情のない限り,その間のいずれかの時点において,何らかの方法によって,値上げについての意思の連絡があったものという推認を働かせることによって,同法違反があったものという判断をするという手法は,本件においては,証拠によって3月6日の部長会における本件合意の成立が認められることを補強するものとして用いられることになる。本件なお書きは,まさにそのような見地から付言されたものであり,本件訴訟においても,本件合意の成否は,本件審決が本件審決案を引用している説示部分における認定判断に,実質的証拠があると認められるかどうかを中心にして判断すべきである。
以上のように解されることからすると,本件なお書きによる付言が違法,不当であるとか,実質的証拠がないことを自認するものであるという原告らの主張は,失当であり,それ自体について検討する要をみない。
なお,本件のように多数の事業者が会合等を通じて「意思の連絡」を行ったような場合には,意思の連絡の強さには濃淡があり得るのであって,例えば,意見交換の場において,明確に意思を表明した者もあれば,他の者の意思表明に対し特段異論を述べなかったという者もいたとしても,何ら不自然ではない(場合によれば,全員が明確な意思表明を避けることもあり得る。)から,前後の状況も踏まえた上で,沈黙していた者も含めて,暗黙の了解が成立したと認められるならば,「意思の連絡」があったと認めることも,不合理とはいえない。本件においては,そのような意味を含む「意思の連絡」が3月6日の部長会という特定の機会において成立したとされている点に特徴がある。
ウ 被告が本件審決において認定した事実は,前記第2の4のとおりであり,それらの事実は,各事実の末尾に掲記された証拠によって認定されたものであるところ,それらの証拠によって上記事実を認定したことには,本件審決のその余の判断(特に,引用に係る本件審決案の「理由」欄の第4に示された判断)を併せみれば,間然するところがなく,経験則,採証法則等に違反するとはいえず,当該認定をすることには合理性があると認められるから,本件審決の認定した事実を立証する実質的な証拠があるということができる。
そして,それらの認定事実によれば,①原告らを含む7社が,事前に情報交換,意見交換の会合を行った上で,3月6日の部長会を開催したこと,②7社の部長会メンバー全員が出席して開かれた同部長会において,PPの需用者向け販売価格の値上げに関して認識が一致したこと,③その後,7社すべてにおいて,PP販売価格の値上げ行動が実際に行われ,その実施状況の確認も行われたことなどが認められるもので,これらによれば,本件審決が,同部長会において,原告らが相互にPPの需要者向け販売価格の引上げを実施することを認識ないし予測し,これと歩調をそろえる意思を有していたものとみられ,「意思の連絡」が成立したと認めたことは,合理的であるということができる。
2 実質的証拠の有無に関する原告らの主張に対する判断
原告らは,本件合意の成立について実質的証拠がないとして,前記のとおり詳細に主張する(なお,これは主要な主張の要約にすぎない。)。
争点は,①本件審決の認定と相反する事実が認められ,これによれば本件合意が成立したとは認められないというべきか,②本件審決が事実認定に用いた積極証拠であるJPC宇川(参考人審訊における供述を含む。),JPC塩崎(同),出光三角,チッソ森本,トクヤマ横地及びMSS佐紺の審査官に対する供述調書等に信用性があるか,③消極証拠であるGRPの上申書(査第88号証),参考人審訊におけるGRP土田,住友阪本及びMSS佐紺の供述等により,実質的証拠があるとはいえないことになるかどうかなどという点である。これらについては,①本件審決の認定と相反する事実があるとはいえない,②JPC宇川等の供述調書等の積極証拠の信用性を肯定し,それらにより本件合意の成立を認めた本件審決の認定判断は合理的である,③GRP土田等の供述等の消極証拠によっても,本件合意の成立を肯定した本件審決の認定の合理性は左右されないと判断するものである。
原告らの主張は極めて詳細で,その1つ1つが本件審決の事実認定の合理性を左右するとは必ずしもいえず,それらすべてに対する判断を示さなければならないものではないと考えるが,以下,その主要なものにつき判断を示すこととする(なお,原告ら全員が主張しているものも,一部の者が主張しているものもあるが,以下においては,原則として,「原告らは」と記載する。)。
(1) GRP及びGRP土田が本件合意を否定していること
原告らは,本件合意が成立していないことを示す重要な事実ないし証拠として,勧告を応諾したGRPが3月6日の部長会における本件合意の成立を否定しており,GRP土田らもその旨の供述をし,これを裏付ける数々の事情も存在しているのに,本件審決はこれらを不当に軽視したと主張している。この点は,上記の争点の①と③にまたがる問題であるが,原告らの主張の中核を成しているので,始めに,GRP関連の原告らの主張につき,一括して判断する。
ア GRP土田の供述の信用性
GRP土田の供述の信用性については,次のような点を指摘することができる。
(ア) GRP土田は,3月6日の部長会という特定の機会における本件合意の成立については,一貫して否定しているものの,カルテル行為をしたことは認めている(GRPは,排除勧告を応諾し,課徴金も納付しているところ,その作成に係る9月22日付け確認書(査第79号証)において,①1月下旬から3月中旬にかけて7社の部長級の会合においてPPの値上げの必要性等について情報交換を行ったこと,②その結果,4月以降1kg当たり10円程度値上げすることにつき7社間で共通の理解があったとの認識に基づき,PPの販売価格を設定したことを確認すると述べている。なお,GRP土田は,PEについて,JPOが値上げを3月8日に発表したことについても,同月6日に合意ができていないのに発表してしまったのであり,一種のチョンボですと述べている。参考人土田)。また,3月6日を迎えるまでの部長会において,PPの値上げをメーカー7社が一致して行わなければならないという共通の認識の上で意見交換していたと供述している(査第19号証)。
そして,以下の供述は,それが事実と認められるかどうかは別として,GRP土田が,3月6日の部長会はPPの値上げに関して7社が一致した行動を取るために大事な会合であると考えていたことを前提とした供述と理解される。まず,①GRP土田が,JPC宇川に依頼して,同日の部長会前に会い,JPCの値上げに関する姿勢を確認して,2大メーカーであるJPCとGRPの方針の間にばらつきがあると,値上げについての行動が混乱するので,事前に確認しておかなければならないと考えたという供述(参考人土田)は,値上げに関する合意形成につき7社の間に混乱が生じないように行動したということを意味している。また,②同日の部長会前に,GRP猿渡から,「値上げはつぶしてください」と,同日の部長会での値上げ合意の形成を避けてほしいと言われ,同日の部長会後,猿渡に対し,「値上げはつぶしたぞ」と言ったという供述(参考人土田)は,GRP土田やGRP猿渡が,同日の部長会において値上げが決定される可能性があると受け止めていたことを前提としている。このような供述は,3月6日の部長会において本件合意が成立したとする本件審決の認定を補強する面も備えている。
(イ) 問題は,3月6日の部長会において本件合意が成立したことを否定している点である。
その大きな根拠の1つとされているのは,3月6日の部長会前のJPC宇川との会談で,JPCが値上げに消極であるということを確認したということにある。その目的につき,GRP土田は,その直前の同月3日ころにJPCが値上げにつき消極に動くという情報を入手したので,2大メーカーであるJPCとGRPの間に不一致があると値上げについての行動が混乱すると考えて,JPCの値上げに関する方針について確認するためであったと供述する(参考人土田)。しかしながら,2月21日に開かれた前回の部長会において,それまで積極姿勢だったJPC宇川が消極姿勢に転じていたというのであり(査第86号証,参考人土田。この点については,JPC宇川の供述とGRP土田の供述は一致している。),GRP土田も,値上げはしたいという意思を有しつつも,満を持してやるべきであるとの考えで,慎重姿勢であったとも供述している(参考人土田)。そうすると,同日の段階でJPCとGRPは当面の値上げについては消極方向で一致していたのであり,その後JPCが積極に転じたという情報を得たという話がないままに,JPCが消極に動くという情報を得たとしても,「値上げについての行動が混乱する」とは考え難いというほかはない。したがって,3月6日の部長会に臨むに当たって,わざわざJPC宇川に依頼してまで(時間がないとして一度は断られたのを,強いて再度依頼したという。),同日の部長会前に会って,JPCの姿勢を是非とも確認してGRPとの不一致が生じないように調整しておかなければならないと思ったという説明は,合理的とは言い難い。
なお,GRP土田は,3月6日の部長会の内容について,明らかに記憶違いをしていると思われるところがある。まず,自身の発言内容について,PPのユーザーの体力が値上げに耐えられるかどうかが問題であるという考えを述べたというのが,他の出席者の供述により認められる(参考人宇川,参考人三角隆義等)が,GRP土田は,ユーザーのことは言っていないと述べている(参考人土田)。また,JPC宇川が3月9日に挨拶に来たときに,同人の転勤の話を初めて聞き,同時にJPCが値上げ積極に転じたという話を聞いたという(参考人土田)が,JPC宇川の転勤の話が3月6日の部長会で出ていることは,他の参加者のほぼ一致した供述であり(JPC宇川本人のほか,査第94号証,参考人横地旦,参考人佐紺悠一,参考人阪本),その場で送別会の日程まで決めたというのであるから,少なくとも上記転勤の話については,明らかな記憶違いがあるというべきである。
以上によれば,GRP土田の供述に高い信用性があり,これによれば本件合意を認定したことに合理性がないということは,困難である。
そして,住友阪本が,3月6日の部長会前におけるJPC宇川の発言につき,GRP土田の供述に沿う供述をしている(審B第3号証,参考人阪本)が,住友阪本は,部長会において値上げについての話合いをしていたこと自体を否定し(値上げをしたいという話が各社から出ていたことは,JPC宇川,GRP土田,出光三角等の供述にしばしば現れているところ,住友阪本は,値上げの話はコンプライアンス上問題があるから,そのような話が会議で出れば,議長である同人が制止するはずであるが,実際には,そのように発言を制止したことは1回もなかったと述べている(参考人阪本)。),司会役の自分が会議のとりまとめをしていたことはないと断言し(審B第3号証。JPC宇川のほか,GRP土田も,部長会でPPの値上げの議論を行った最後に,住友阪本が各社の意見を集約しようとする発言があるのが普通ですと述べている。査第16号証,第20号証),JPC宇川,JPC塩崎,石化協事務局の<A>等の供述(GRP土田の供述の一部を含む。)を虚偽と断ずるなど,カルテルにつながる事実一切を殊更に否定する傾向が強く,他の証拠に照らして,その供述の信用性には多大な疑問があるといわざるを得ない。JPC宇川の発言も,部長会開会前に「図らずも聞いてしまった」ことであった方が,上記の傾向に沿うことになるから,住友阪本の供述は,上記の判断を左右するものとはいえない。
(ウ) 次に,GRP土田のGRP猿渡に対する「値上げはつぶしたぞ」という発言については,GRP土田の参考人審訊における供述とGRP猿渡の報告書(査第88号証別紙3)以外には,これを証するに足りる客観的証拠がない。そして,その言葉の意味を素直に理解するならば,「値上げの動きを阻止した」ということであって,「値上げの動きを一時見送った」と理解することには無理があるから,本件審決がその言葉を「平成12年春の値上げの話は確定的に消滅したとの意味である」と解したことは,合理的であって,原告ら主張のように「当面の値上げをしないことになった」と解することには合理性がない。加えて,GRP猿渡も,「これで今回の値上げはなくなり,休暇が取れると判断しました。」としており(査第88号証別紙3報告書),少なくとも4月19日までの休暇に絡む時期の値上げがないことを前提としている。また,この発言は,GRP猿渡から「今回の値上げはつぶしてください」と言われていたことに対するものであるというのであり,そこでいう「今回の」というのも,「今回値上げをすると必ず失敗する」という7社の課長の会合での意見を踏まえたものだというのであり(参考人土田),単に3月6日の部長会での決定さえ見送ればよいという趣旨には解されない。
そして,GRP土田は,もともと理由さえつけば値上げに踏み切りたいという考え(値上げはしなければならないが,失敗してもいけないという考え)を有していた(参考人土田)というのであり,値上げをつぶす(値上げの動きを阻止する)理由はないし,3月6日の部長会をもって値上げが確定的になくなったとは考えておらず(GRP土田の供述によっても,値上げをしない旨の合意をしたというのではない。),同日以降,JPCが本気で値上げをするかどうかを確認しようとしていたというのであり,また,その後,実際に値上げに向けた社内手続等を行っているのである。更に,2月21日の部長会においてJPC宇川が消極姿勢になり,その後積極に転じたという情報を得ていたとはみられないのであるから,3月6日の部長会に臨むに当たり,同部長会において値上げが決定されそうだという見通しを持っていたとは考え難い。これらのことにかんがみれば,上記発言があったとは認められないという本件審決の認定判断は,合理的である。
(エ) また,3月6日の部長会後に開かれたGRP常勤役員会において,GRP土田が本件合意の成立を報告しなかったという点については,値上げが見送られたという報告があったということもうかがわれないのであり,要するに,この時点ではGRP土田の胸の内に収められていたというにとどまる。
同様に,同月15日午前中のGRPの予算会議において,GRP土田が「値上げは難しいと考えている」と発言したり,予算会議資料に「00年度予算に取り組むべき課題」として「価格維持→値上げの検討」と記載されていたことなどについても,GRPとしての正式決定前の表現であり,GRP土田は「本日の状況下では難しいといっても,値上げが決定すればこれを受けて粛々と実行するものと信頼している」とも発言しているというのであり(査第88号証),予算会議資料の上記記載も,値上げはしないという趣旨のものではなく,むしろ値上げを目指す方向の記載であって,本件合意と積極的に矛盾するとまではいえない。
GRP土田は,予算会議当日の昼食時にJPC塩崎と会談した際に,JPCの値上げ方針を聞いていよいよ値上げの時期が来たと思い,森本副社長にその趣旨を耳打ちし,それが予算会議終了時の副社長発言につながったと供述している(査第86号証,参考人土田)。しかし,JPCの決定という一事によって値上げを決断する状況にあったのであれば(GRP土田は,その2日前の同月13日に,住友阪本に,JPCが値上げするならGRPも値上げすると伝えたと供述している。査第86号証),土田の供述によっても,遅くとも同月9日にはJPC宇川からJPCが値上げの方向に転じたと聞いていたというのであるから,仮にその話になお疑問を持っていたというのならば(参考人土田),予算会議の開かれる同月15日までに,JPC塩崎への確認を済ませておくはずであり,少なくとも,予算会議直後に値上げに踏み切る可能性を考えて,それと矛盾する不用意な発言は控えるのが,GRP土田の職責上当然であると考えられる。すなわち,上記のような情報や考えを持っており,かつ,その日の昼食時にはJPC塩崎と会談する予定があるにもかかわらず,午前中の予算会議において,上記のように発言したということは,その発言がその直後に値上げの方針を打ち出すこと(GRP土田の供述どおりであったとしても,その可能性は十分にあると予見していたことは明らかである。)と積極的に矛盾しないと考えていたと理解するほかはない。以上のように,同月6日の常勤役員会及び同月15日の予算会議におけるGRP土田の発言等は,本件合意の存在と積極的に矛盾するものとはいえず,本件審決の認定判断の合理性を失わせる事実とはいえない。
そして,JPC塩崎は,同日のGRP土田との会談は,PPの値上げを前提として,4月の値上げ打ち出しに際し,ユーザーへの価格交渉をどう進めていくかを話し合ったと供述しており(査第4号証),GRP土田も,JPC塩崎の用件はそのような内容であったことを肯定した上で,そのような話の内容から,JPCは本気で値上げするつもりだと確信したと述べている(参考人土田)。GRP土田は,この話を聞いて,いよいよ値上げの時期が来たと思ったと供述するが,一方では,ナフサ価格の上昇傾向が続くかどうかを見極めなければ,値上げに踏み切れないと考えていたとも供述しており(参考人土田),JPC塩崎との会談で突然ナフサ価格の見極めが不要になったというのは,値上げ決断の理由として納得し難いといわざるを得ない。
以上のように,GRP土田の供述が,審決の認定の合理性を左右するに足りる高い証明力を有するというべき根拠はない。
予算会議終了時のGRPの社長発言や副社長発言も,その内容が値上げをすることと矛盾するものではなく,むしろ方向性はこれに沿うものであり,本件合意の成立と相反するものということはできない。
(オ) なお,7社間に本件合意が成立したからといって,その後の値上げ実行のための具体的行動についてまで合意したものではないから,合意の趣旨に沿う時期の値上げ行動をすれば足りると解される。そして,各社の社内事情,決定手続,ユーザーとの関係等は一様ではなく,社内手続の開始前に,なお情勢を見定めることも不自然ではないから,GRPを含め,各社が直ちに会議の開催等を開始しなかったことが,本件合意の成立と相反するとはいえない(例えば,7社中で最も早く値上げを打ち出した原告出光興産についてみると,出光三角は,本件審判手続においては,3月6日の部長会における本件合意の成立を否定した上で,同月8日の日本ポリオレフィンのPE値上げ発表の新聞記事がPP値上げについても引き金になったと佐藤直常務取締役(出光佐藤)から聞いたと供述しているが,実際に値上げの社内手続を開始したのは同月13日になってからで,その理由は担当者が病欠していたためであるとしている(参考人三角)。これに対し,PP値上げを決定して指示した出光佐藤は,同月6日の部長会の結果報告を出光三角から受けて,PPとPEの値上げを決め,同月8日の上記新聞記事を見てますます決心を固めたと供述している(査第6号証)。このように,値上げに最も積極的であったとみられる原告出光興産においても,値上げの実質的決定から社内手続開始までに数日を要していることが認められ,この経過は,同月8日に決断したのなら不自然ではないが,同月6日に決断したのなら不自然であるというべき理由はない。)。むしろ,合意成立後に各社が一斉に社内手続を開始するならば,そのこと自体が合意の成立を強く推認させることになり,先行して値上げを打ち出す社もあれば,他社の打出しに追随する形を取る社もあるというのが自然である(なお,GRP土田は,値上げ実施時期をあえて他社とずらしたと供述している(査第36号証,第86号証)。)から,それぞれの判断で適宜手続を進めるということが不合理とはいえない。そして,3月17日の部長会で各社の進ちょく状況の情報交換が行われたのは,本件合意に反するような大きな不ぞろいが生じないように確認するためでもあったとみられるのであり,本件審決の認定判断に不合理なところはない。
原告住友化学は,値上げの決定があったのに社内手続を開始しないということは企業行動としてあり得ず,特に,OPECの総会が3月27日から予定されており,そこで原油の増産が決定されると値上げが困難になることが予想されたので,その前に交渉を始める必要があったのであり,情勢を見極めるなどということは考えられないと主張している。しかしながら,PPメーカーのみが,OPECの総会が開かれ,そこで原油の増産が行われる見通しであるという情報を握っていたのであればともかく,ユーザーも同じ情報を共有しているのであり,その帰趨を見極めなければ値上げに応じることなどできないと考えることも,当然に予想されるのであり,上記主張は合理的とは思われない。現に,各社の事情がどうであったにせよ,実際の値上げ打ち出しは,同月22日以降になった社が多く,OPEC総会の直前の時期に打ち出しを行うことが大きな妨げにならなかったことがうかがえる。むしろ,値上げについてのマイナス材料というべきOPEC総会の前後の時期に7社が次々に値上げの打ち出しを敢行した事実は,本件合意が存在しなければ考えにくい企業行動であるというべきである。上記主張は理由がない。
イ GRP猿渡の4月10日からの休暇取得の事実(査第88号証別紙3添付資料①ないし③)については,上記のとおり,GRP土田の供述によっても,GRP土田がその許可をした3月8日の時点においては,旅行の終わる4月19日までの間における値上げがないことが確定したということではなかったはずであり,現実に3月21日のGRPの役員会で値上げが決定されたのに,GRP猿渡は予定どおり休暇を取って旅行に出かけたというのであるから,GRPの営業担当者の1人であるGRP猿渡がいないからといって,値上げの実施に決定的な支障が生じるというものではなかったことが明らかである。したがって,上記休暇取得の事実は,本件合意の成立と積極的に矛盾するとはいえない。
ウ GRP猿渡が,ユーザーである旭化成株式会社に対して,3月10日,値上げを前提としない営業活動を行ったという事実(査第88号証別紙3添付資料④)については,上記資料④には,「新たな価格設定を提示し」と記載されているが,どのような額の提示があったのかは記載されていない。むしろ,「値上げ基調にあるので,全体がそう動けば別途検討して欲しい旨付け加えた」との記載をみれば,協調して値上げがされる可能性を予告しており,口頭でも「値上げが決まればこの価格に上乗せをお願いする」と申し入れたというのである(査第88号証別紙3)から,GRPが正式に値上げを決定していない段階であることも考慮すれば,本件合意と矛盾するものとはいえない。
エ そして,GRPが提出した上申書(査第88号証,審D第11号証)は,いずれも,これまで検討した事実ないし資料を根拠にしているものであり,上記の検討結果に本件合意の成立と相反する事実を追加するものではないから,GRPがそこに記載されているような意見を述べているということが,独自に本件合意の認定の合理性を失わせるものということはできない。
なお,3月6日の部長会にGRP土田とともに出席していたGRP鈴木は,6月1日付け供述調書(査第28号証)において,3月6日の部長会における本件合意の成立を認める供述をしている。もっとも,その後,被告に陳述書を提出して,同供述調書の記載のうち,「各社値上げをせざるを得ないことで一致。」とあるのを「各社値上げをせざるを得ない原料環境であるという認識で一致。」と修正するように申し出るとともに,「全社で値上げを決議したという記憶はありません。」と述べている(査第87号証)。上記供述調書の記載は,正確には,「各社とも値上げしたいとの発言があり,その結果,値上げするという方向で意見が一致しました。」というものであるが,仮に修正後のように「決議」という形が取られずに,「値上げをせざるを得ない原料環境」についての認識の一致にとどまったとしても,そのような話合いが行われたことは肯定しており,それは前述のような「意思の連絡」の成立に当たるということができる。そして,上記供述調書には,4月の各社のPP値上げは,「部長会において,各社のPPの採算状況等についての情報交換が行われた結果によるものです。」,「10円引き上げるということがその時の各社の共通の認識でした。」,「引き上げの時期についても,値上げについての社内手続やユーザーに対する根回しなど必要としますので,時期はまちまちであるけれど,4月からということが各社の共通の認識でした。」とも記載されており,GRP鈴木は,これらの記載については,上記陳述書で修正を申し出てはいない。したがって,GRP鈴木の供述は,修正後のものも含めて,本件合意の成立を肯定するものと認められる。
オ 以上のとおり,本件合意の成立を否定するGRP土田の供述は,必ずしも高い信用性があるということができず,原告らが本件合意と相反するとして挙げるGRPに関する事実は,いずれも本件合意と積極的に矛盾するものとはいえないから,これらは,本件審決の認定判断の合理性を左右するものではない。
(2) 原告らが本件合意の成立と相反すると主張するその他の事実
ア 「制御室」のコラム記事
3月6日付けの日刊業界紙「化学工業日報」のコラム「制御室」に,JPC塩崎のインタビュー記事が掲載され,その中で,JPC塩崎が,PP,PEにつき値上げをしなければやっていけないが,「現在気持ちは揺れているんですよ」と述べていることが記されている(査第90号証資料1)。しかし,この記事の基になった取材について,JPC塩崎は,同人のダイアリーの記載を基に2月21日であったと述べている(査第90号証,同資料2)。これを覆すに足りる客観的証拠はないから,上記記事がニュースではなくコラムであることにも照らすと,記事は直前の取材に基づいて掲載されるものだというだけの理由で,JPC塩崎が記者に話したのが同日の直前であると断ずることはできないというほかはない。したがって,この記事に基づいて,本件合意の成立はJPC塩崎の3月6日における考えに反するということはできない。
なお,この記事が掲載されたにもかかわらず,そのことが3月6日の部長会で話題になったということがうかがわれないことも,本件合意の成立に相反するかのような主張もあるが,記事自体は値上げ積極とも消極とも述べていない内容であるから,話題にならなかったからといって,不自然とまではいえない。
イ PE小委員会におけるJPC塩崎の慎重意見
本件合意が成立したとされるのと同じ3月6日に開催されたPE小委員会において,PEの値上げについて話し合われた際に,JPC塩崎は,JPCとして,値上げをしたい,するけれども,最終判断はいましばらく時間をいただきたい旨の発言をし,結局,その日に値上げの合意は成立しなかったと供述している(参考人塩崎)。原告らは,この発言から,JPCがPEとPPの値上げにつき異なった意思表明をするはずがないから,本件合意の成立に相反すると主張する。
この点について,JPC塩崎は,もともと,PPとPEの違いとして,①一部重なっているものの,市場環境であるメーカーもユーザーも違うので,それぞれについて,値上げの必要性や値上げの実行可能性を判断する必要があること,②このうち,ユーザーの体質としては,PEの需要の50%を占めるフィルムメーカーは樹脂メーカーと資本面で関係あるユーザーが多いので,樹脂メーカーが値上げを決めれば,PPと比べ容易に値上げを実施することができるが,ユーザーがその値上げ分を製品価格に転嫁できず財務状況が悪くなると損失部分は資本関係にあるメーカーに跳ね返ってくるのに対し,PPのユーザーは,樹脂メーカーと資本関係のある者がそれほど多くないために,PPの値上げについては抵抗が大きく,値上げ交渉が難航するが,値上げを実施してしまえば,その後に心配は比較的少ないということができること,③メーカーについては,JPC塩崎自身が,PPのメーカーとは信頼関係があり,それぞれの値上げ行動も分かるが,PEのメーカーとは付き合いも多くなく,どのような値上げ行動を採るか見極めないと,値上げに踏み切れないと考えていたことを挙げつつ,いったん2月28日にPP及びPEの両方につき値上げの意思を固めたものの,3月始めころに,PEの値上げについてのみ迷いを生じたが,その理由は,PEについては,④同月2日,ユーザーである積水化学工業株式会社の購買部長から,前年秋のPEの値上げを真っ先に飲んだことにつき,同業者から批判があったので,今回は同業者の受入れ状況を見てからにしたいという話があったこと,⑤前年秋の値上げを受け入れたユーザーに,再度の値上げを受け入れる余力があるかどうかに不安があったこと,⑥前年秋の値上げに際して,率先して値上げしたJPCに追随する形を示しながら,値上げ幅を圧縮したり,実施時期を遅らせるメーカーがあったので,今回は他のメーカーと一緒か少し遅れて値上げ行動に移る方がよいのではないかと考えたこと,これに対し,PPについては,⑦前年秋の値上げでは,PEと比べ十分な成果を上げられず,その値上げ分を,今回の値上げで補う必要もあったので,値上げ交渉の難しいPPについては,早期の値上げを行うことを考えていたと説明している(査第92号証。参考人塩崎もおおむね同旨。)。このJPC塩崎の供述内容は,合理的であると認められるから,3月6日に,PPについてはJPC宇川が値上げにつき積極の発言をしたのに対し,PEについてはJPC塩崎が上記のような慎重な発言(消極発言ではない。むしろ,「値上げをしたいし,する」と述べている。)をしたことも,不自然とはいえず,本件審決が本件合意の成立を認めたことの合理性を左右するものとはいえない。
また,JPC塩崎がJPC宇川に3月6日のPE小委員会においてPEの値上げについて慎重な発言をすることを伝えたという事実は認められないが,JPC塩崎がPEとPPの両方の統括責任者であるから,同人がJPC宇川に事前に伝える必要はない(すなわち,発言の調整は不要である)と判断した(査第92号証,参考人塩崎)というのであるから,この点も不自然とはいえない。
なお,原告らは,PPとPEの値上げは常に同時に行うはずのものであり,PEについて最終判断を決めかねていた状態で,PPについては値上げの最終判断を固めていたということはあり得ないと主張している。確かに,同じナフサから製造されるPPとPEの値上げについては,原則として同時に同様の理由で行うのが自然であるが,JPC塩崎の挙げるような違いがある以上は,常に全くの同時でなければならないという理由はなく,現に,この点を強く主張している原告住友化学自身,平成9年5月に行った値上げに際しては,PPの値上げの発表を同月17日に行いながら,PEの値上げ発表は同月19日に行ったことが認められる(査第82号証)。したがって,JPC塩崎が,3月6日の時点において,PEにつき,ほぼ値上げを決めつつも,最終決断に迷いが生じ慎重になっていたとしても,PPにつき,JPC宇川が値上げに積極発言をし,本件合意成立に至ったという本件審決の認定は,合理性を失わない。
ウ 3月6日の部長会において次回期日を決めなかったこと
3月6日の部長会は,次回期日を決めずに散会しているところ,原告らは,この事実は本件合意が成立しなかったことを示しており,本件合意が成立したことと相反すると主張する。
次回期日を決めなかったのは,それまでは毎回次回期日を決めていたことからすると,続けて会議を開く必要性がなかったことによると推測される。その理由は,原告らの主張するように,当面の値上げが見送られることになったためであるという説明(なお,この説明は,部長会がPPの値上げを相談するための場であったことを自認するものというほかはないものであるが,そのことは置く。)と,被告の主張するように,本件合意により会議の目的が達成されたからであるという説明とがあり得るところであり,決定的な証拠は存在しない(もっとも,司会であった住友阪本は,JPC宇川が転勤することが分かり,その後任のJPC下津が着任しないと,次回期日を決められなかったからであると供述している(参考人阪本)。そうだとすると,この事実に特別の意味はなく,本件審決の認定と相反するものでないことは,論ずるまでもない。)。
しかし,前記のとおり,JPC土田の供述等によっても,当面値上げをしないことについて合意が成立したものではなく,3月6日の時点においては積極意見と消極意見があってまとまらなかったというにとどまる上,GRP土田自身,理由さえつけば値上げに踏み切りたいという気持ちで,慎重意見を述べたというのであり,値上げの成否に大きな影響を持つOPECの総会が同月27日からに予定されていたというのであるから,それまで回を重ねて行ってきた意見交換の必要が同月6日に消滅したという説明は,不自然なところがある。それに対し,本件合意が成立したことにより,あとは各社がそれぞれの事情に応じて値上げに向けた行動に移ればよく,部長会を開いて意見交換をする必要はなくなったという説明は,十分にあり得るということができる。もっとも,同日に開かれたPE小委員会は,合意が形成されなかったのに次回期日を決めなかったというのであるから,後者の説明の方が明らかに高い合理性を有するとまではいえないが,少なくとも,次回期日を決めなかった事実が,本件合意の成立と相反するといえないことは,明らかである。
エ 出光三角の手帳の「時期後退」等の記載
出光三角の手帳の3月6日の欄に,「各店指示:(値上げの件 時期後退 輸入玉分析)」という記載がある(査第83号証の2,審A第1号証添付資料)。原告らは,このうち「値上げの件 時期後退」という記載は,同日の会合で値上げの決定が見送られたことを意味するから,本件合意の成立と矛盾すると主張する。
しかし,出光石化は,1月5日付けで各支店PP関係課,各営業所等にあてて「PP 平成12年度 販売計画の作成に関して」と題する文書を配布しているところ,その「2.価格について」の項には,「H11/下期の値上後の価格をベースとしてください。」との記載に続けて,「(H12/1-3月の実施を検討している二次値上げについては,年明けに別信する予定です)」という記載がある(査第114号証資料1)。そして,これらの記載につき,出光三角は,平成11年秋にPPの値上げを実施したが,目標とした1kg10円が実際には1kg4円弱にとどまってしまったため,平成12年に再度の値上げを行うことを検討しており,1月から3月の間にその打ち出しを行い,できれば4月1日から値上げを実施するという予定を立てて,それを全支店・営業所に周知させていたが,なかなか各社の意見が一致せず,3月6日の会合でようやく本件合意が成立したけれども,意思決定から値上げの実施までは1か月くらい要し,無理をすれば間に合わなくはないが,他社と足並みをそろえるには,あえて無理をする必要はないと判断したため,各支店や各営業所に,予定よりも値上げの時期が遅れることを知らせる必要があると考えて,このようなメモをしたと供述している(査第114号証)。この供述は,上記文書の記載内容に照らして,合理的であり,特に不自然な点はない。なお,4月1日に間に合わないということは,2月21日の部長会において値上げの合意が成立しなかった時点で判明したはずであるとも考えられるが,3月6日の値上げ決定でも,無理をすれば4月1日に間に合うが,あえて無理をしないことにしようという判断を3月6日になってしたということも,何ら不自然とはいえない。また,原告住友化学は,出光石化の値上げの日は1日か21日であるから,予定を少し遅らせるだけなら「値上げは4月21日から」と記載するはずであるというが,手帳に自己の備忘のために記載する簡単な言葉が具体的でなければおかしいということはできないから,失当である。そうすると,上記手帳の記載と本件合意の成立とは,何ら矛盾するものではない。
これに対し,出光三角は,審A第1号証,第2号証及び参考人審訊においては,これと異なる供述をしており,本件合意の成立を否定するほか,上記手帳の記載の意味につき,3月6日の会合でも値上げの合意が成立しなかったために,値上げをする期待が外れたので,各店に指示を出す必要があると考えたとしている。しかし,これらの供述においても,上記文書によるほか,出光三角自身からも,各支店の担当者に,3月始めには値上げをする可能性があるから,そのつもりで心得ておくようにという趣旨の指示を出していたとしている(そうであるからこそ,各店に指示を出す必要があるのであり,あらかじめ値上げの予定の指示を出していたことは,「時期後退」の意味をどのように理解するにしても,左右されない事実というべきである。したがって,1月の時点で値上げ予定を指示していたこと自体が不自然であるという原告らの主張は,失当というほかはない。)から,その部分は査第114号証と一致している。そして,「値上げの件 時期後退」の意味は,文言それ自体では,値上げがなくなったというのではなく,その時期が遅くなるという意味であり,遅くなる程度は記載されていないから,どちらとも決め難いものであり,上記の供述をもって,本件審決の認定の合理性を左右するものとはいえない。
なお,査第114号証は平成13年4月26日という遅い時期に作成されたものであり,出光三角は,審A第1号証,第2号証及び参考人審訊において,審査官から本件合意の成立と矛盾しない上記記載の意味の説明を求められて,やむなく事実に反する説明をしたと供述している。しかし,出光三角は,審査初期の5月31日において,7社間の値上げ合意の成立を認める供述をし(査第29号証),6月12日には3月6日の部長会における本件合意の成立を認める供述をしていた(査第12号証)ところ,審査官が審査の終盤において残された疑問点の説明を求めること自体は,何ら不当とはいえない。そして,その間,出光三角は,審査状況について会社や弁護士に報告していたというのである(参考人三角)上,これらの供述によっても,審査官が説明内容を強要したものではなく,矛盾しない説明を求められた出光三角が考え出した説明であるというのであり,審査官の創作であるということはできない。
オ 原告サンアロマー及び同住友化学は,チッソ森本が3月10日までにPP値上げについてチッソ前田,チッソ田畑の了解を得たとの本件審決の認定には証拠がなく,不意打ちであると主張している。
しかし,チッソ森本は3月11日から21日まで海外出張をしたと供述する(査第41号証)一方で,本件合意後にチッソ田畑,チッソ前田の了解を得て同月21日付けの値上げ文書の作成を指示したと供述している(査第13号証)のであるから,上記認定は,証拠に基づくものであり,その合理性は否定されない。
また,本件審判事件において審査官がチッソ森本が3月6日の部長会の結果をチッソの上司に報告した事実を主張する必要がないと述べたのは,原告らが査第13号証の記載を前提として上記報告について具体的に主張立証するよう求めたのに対し応答したものであり,同号証の記載以上に具体的な主張立証を要するものではないし,する意思もないという趣旨であると解される。そして,本件審決は同号証に記載のある範囲で事実を認定したのであるから,これを不意打ちということはできない。
カ 原告らは,3月9日の原告トクヤマの取締役会において,トクヤマ水野がPP値上げを否定する発言をしていることなどが,本件合意の存在と矛盾すると主張する。
上記取締役会におけるトクヤマ水野の発言については,原告トクヤマの議事録自体には記載がなく,トクヤマ水野自身及び出席した取締役の記憶によるものではあるが,その内容は,<G>専務取締役から「原料がこれだけ上がっているのに,PPは値上げしないのか」と問われたのに対し,トクヤマ水野が,「加工メーカーさんが疲弊しており非常に難しいと思う」と返答したというものである。また,原告トクヤマの同月14日付けの予算原案においても,PPの値上げが織り込まれていない赤字覚悟のものとなっており,同月17日に開かれた原告トクヤマの早朝会議において,原告トクヤマの社長が赤字を予定した予算を提出していることにつき,トクヤマ水野を叱責し,同月21日,トクヤマ水野が価格改定申請書を価格改定検討委員会に提出してPPの値上げを求め,これが同月24日に承認されたというのである(査第53号証,審D第2号証,第4号証,第9号証,第15号証,参考人横地,参考人水野)。これらの原告トクヤマにおけるPP値上げにかかわる動きは,本件合意の成立と整合するのかどうかに,一定の疑問を生じさせるものといわざるを得ない。
このうち3月9日の取締役会におけるトクヤマ水野の発言につき,本件審決は,「原告トクヤマは,PPの生産能力が7社中最下位であり,従来,PPの値上げの打ち出しに当たっては常に大手2社等の他社の動向を見極めて追随していたのであり(査第50号証,第53ないし第55号証),同日の時点では,トクヤマ水野は他社の動向をうかがっていた可能性も十分にあり,同人が同日の取締役会においてPPの値上げを否定したとしても,本件合意の成立が否定されるものではない」と説示している。このうち前半部分は,挙示の証拠によって認定することができるが,後半部分は,それに基づく推論であって,これを直接裏付ける証拠はない。また,同月14日以降の経過については,特段の説示がない。
そこで,検討するに,原告トクヤマにおけるPPの値上げは,取締役樹脂事業部長であるトクヤマ水野が「コストアップの問題だけでなく,全社的な収益状況や経営戦略上の位置づけ,シェアについての考え方,輸入品の動向,販売先の状況等,総合的な判断」に基づいて決することとされていた同人の専権事項であり,その判断により価格検討委員会に上程されて初めて行うことができるものであったというのである(審D第15号証)。そして,トクヤマ水野は,原告トクヤマのようなシェアの低いメーカーは,単独で値上げすることはできず,他社に追随するほかはないと考えていたというのである(査第50号証)。そうすると,3月6日の部長会において本件合意が成立しても,トクヤマ水野が,その責任において,本件合意に基づいて大手メーカーが実際に値上げに踏み切ることを見定めてから,原告トクヤマの値上げの最終決断を行うという判断をしていたことも十分に考えられる(JPC宇川は,「口では値上げすると言っても,これを実行せず当社の得意先に売り込むメーカーがいないとも限らない」と述べている(査第16号証)。出光三角も同旨を述べている(参考人三角)。)から,上記の推論は,一定の合理性を有する。原告トクヤマが提出した3月8日付けの「プロピレン価格/社内打合わせメモ」と題する書面(審D第7号証)には,PPの値上げを前提とする記載がないが,同書面は原告トクヤマの樹脂事業部が購買担当者からナフサ及びプロピレンの動向を聴取した結果を記載したものと認められ,「今後の動向」として記載されているのは,購買担当者の見方と考えられるし,プロピレン価格は「現状では約50円/kg」とされていて,平成11年下期予算上は40.5円/kgであった(審D第8号証)から,当初比で約9.5円/kg上昇しているとの認識が示された上で,「00上期予算修正の可能性あり。」とも記載されている。これは,上記推論に反するものとはいえず,むしろ沿うものであるということも可能である。
なお,上記のように,各社の最終的な値上げの決断が本件合意後に行われることがあること自体は,本件合意により各社の間に「意思の連絡」が生じたという認定を何ら否定するものではないことは,いうまでもない。また,同月17日の社長による叱責がトクヤマ水野の最終決断を早めることになったとしても,その後の原告トクヤマの値上げが本件合意に基づくものであることを否定するものとはいえないことも,多言を要しない。
したがって,原告らの上記主張も,理由がない。
キ 原告らは,3月から4月にかけて相次いで行われたPP値上げの真実の理由は,3月8日の日本ポリオレフィンのPE値上げ発表に端を発するものであると主張する。
確かに,それも1つの説明であり得るし,現に,日本ポリオレフィンのPE値上げ発表は,3月6日においてはPEの値上げについて慎重姿勢であったJPC塩崎がPEの値上げを最終決断するきっかけになったということができる(査第92号証)。しかし,上記事実は,本件合意の成立と積極的に矛盾する事実とはいえず,それにより,数々の証拠によって合理的に認定することができる本件合意の成立の事実が否定されるものではないから,相乗効果があったというにとどまるというのが相当である(出光佐藤が,PP及びPEの値上げを同日に決め,上記発表によりますます決心を固めたと述べていることは,前記のとおりである。)。なお,原告らの主張するように,日本ポリオレフィンによる単独でのPE値上げ発表が,その後のPEのみならずPP値上げの動きをすべて引き起こしたというのであれば,PPについても,大手(JPC又はGRP)が1社で値上げに踏み切りさえずれば,他社も追随することになったはずであって,部長会等において情報や意見の交換を何度も積み重ねたという経過との整合性に疑問が生ずる(GRP土田は,PP値上げを7社が一致して行わなければならないとの共通認識での上で情報交換をしていたと述べている(査第19号証)。)。また,原告らの主張するように,PPについては同月8日の時点で大手2社を始めとして全体としては値上げに消極ないし慎重であったというのであれば,OPEC総会が迫りつつあるこの時期に,PPメーカーではない1社が独自にPEの値上げを打ち出しただけで,PE・PP両方のメーカーが直ちに追随することや,さらには,PP単独メーカーまでもが追随することは,当然の流れとは考え難いところがある(なお,GRP土田が日本ポリオレフィンのPE値上げ発表をほとんど考慮要素に入れていなかったことは,その供述等(査第86号証,第88号証,参考人土田)から明らかである)。
ク 以上のとおり,原告らが本件合意の成立と相反すると主張する点は,いずれも,本件審決の認定判断の合理性を左右するものとはいえない。
(3) 本件審決が本件合意を認定するのに用いた証拠の信用性
ア JPC宇川の供述
原告らは,JPC宇川の供述が,変遷したり,後になって具体化したりしていることなどを理由に,審査官のねつ造,あるいは審査官に迎合したものであり,その信用性を否定すべきであると主張している。
しかし,人間の記憶に曖昧な部分があり,細かな点において変遷があったり客観的事実と相違していたり,具体的根拠等を示されての質問によって記憶が呼び戻されて詳細化したりするところが含まれていても,そのこと自体が不自然であるとはいえない(JPC土田も,1回目の審査官による事情聴取に際して記憶が分明でなかったところにつき,GRPに帰社後,周りの者から出た話に応じて,確信が深まったことがあると供述している(参考人土田)。また,住友阪本も,審査当時の記憶がすべて詳細にわたって確実だったかどうか分からず,その後,他の人の話を聞いたりして,ああ,そういうことだったなと認識することも多々あったと述べている(参考人阪本)。)。
JPC宇川の供述は,供述調書も参考人審訊における供述も,本件合意の成立という本件の核心的な事実については,一貫して肯定し続けているものであり,原告らが変遷があるという点は,記憶が曖昧であったとしても,不自然とはいえない。3月6日の出席者の全員を明瞭に思い出せないとしても,そこで本件合意が成立したという認識を有していることとは,矛盾するものではない。
原告らは,住友阪本の各社訪問に関するJPC宇川の供述が不自然であると主張する。しかし,住友阪本が部長会の司会役であったこと,住友阪本が各社訪問をしたことは,原告らも争うものではない。そして,住友阪本が,会議の司会をしていただけでなく,会議の招集,とりまとめも担っていたことは,JPC宇川(査第16号証,第27号証)のほか,GRP土田(査第20号証,第86号証),MSS佐紺(査第15号証)が供述するところであり,部長会の欠席者への会議内容の伝達,期日の連絡等は,同じ住友の鈴木が担っていた(査第5号証,第36ないし第38号証,第40号証)。それらの役割に照らすと,JPC宇川が各社訪問を住友阪本に依頼したということは,不自然であるとはいえない。JPC宇川と住友阪本の格の違いをいう点も,同じPP小委員会(部長会)のメンバーである以上は,問題視することではない。加えて,住友阪本が来社したのはPP値上げ意思の確認のためであったことを認めるチッソ森本の供述(査第25号証)及びチッソ前田の供述(査第26号証)も存在する。チッソ以外の訪問相手の供述は存在しないが,住友阪本の供述(審B第3号証)の信用性には多大な疑問があることは,前記のとおりである。また,住友阪本がJPC宇川に各社訪問の結果を報告した事実がないことも,問題なく各社の積極意見の確認ができたのであれば(大手のJPCとGRPが値上げ意思を固めたのであれば,他社には大きな異論はなかった可能性が高い。例えば,出光三角は,値上げの気運は高まっていたとする(審A第1号証)。また,GRP土田は,3月6日の時点ですら,消極的だったのはJPCとGRPの2社だけで,その他の各社は積極方向だったから,この2社が積極方向になれば全社の足並みがそろったと考えたという趣旨を述べている(参考人土田)。),特に不自然とはいえない。
以上によれば,JPC宇川の供述の信用性を肯定し,これにより本件合意の成立を認定した本件審決の認定判断は合理的であり,原告らが指摘する点は,本件審決の認定判断の合理性を左右するものとはいえない。
イ JPC塩崎の供述
JPC塩崎の供述も,本件合意の成立を肯定する点において一貫しており,その信用性を疑わせるところは見いだし難い。3月6日の時点においてPPとPEの値上げにつき異なる態度を採ったことにつき,特に問題としなければならないものではないことは,前記のとおりである。同日に開かれたPE小委員会が次回期日を決めなかった理由は明確ではなく,日本ポリオレフィンが同月8日に単独でPE値上げに踏み切った理由も判然としないが,それらが直ちにJPC塩崎の供述の信用性に影響するとはいえない。MSS佐紺やGRP土田の3月6日の部長会での発言の解釈に関する供述についても,合意が意思の連絡で足りるということからすれば,特に問題とすべきものではない。JPC宇川からの報告についても,参考人審訊において,「3月6日の件は,宇川君から,明快に環境は整ったと。ただ,一々A社がどうだ,B社がどうと,細かい報告はあまり聞いていないと思います。その報告は確かに受けております。」と供述しており,供述調書との不一致があるとはいえず,本件審決の認定の合理性に問題があるとはいえない。
ウ チッソ森本の供述
チッソ森本の供述調書は,JPC宇川やJPC塩崎の供述調書に比べて,簡略で,明瞭さに欠けるが,それらの供述に沿う内容であり,記憶に不鮮明なところがあっても,特に不審なところはなく,その信用性を疑わせる事情は見いだせない。原告らが指摘するところがすべて解明されなければ,その信用性が肯定できないというものではない。なお,チッソ森本が審査官に迎合した供述をしたという点は,裏付けのない推測にすぎない。
エ 出光三角の供述
出光三角の供述調書のうち,手帳の記載に関する部分については,前記したとおり,不自然とはいえない。
原告らは,3月6日の部長会において,出席者が口々に10円くらい値取りしたいという意見を述べていたという供述が他の者の供述と不整合であると主張するが,出光三角の上記供述は,「というような意見」とされており,他方で,「各社の担当者が具体的にどのような発言をしたかについてははっきりとは覚えていません」とも供述している(査第5号証)のであるところ,出光三角自身が1kg当たり10円の値上げを発言したことは,陳述書(審A第1号証)においても述べるところであり,意見交換の状況も,表現は必ずしも同じでないが,10円の値上げという趣旨においては,JPC宇川(査第16号証等),チッソ森本(査第13号証),トクヤマ横地(査第22号証),GRP鈴木(査第28号証)の各供述と一致しているし,その報告を聞いた出光佐藤の供述(査第6号証)とも一致しているから,不整合とはいえない。値上げに関する発言内容に変遷があるという指摘も,値上げの合意形成を積極的に図っていたことになる,自己にとって不利益な内容の発言につき,当初曖昧に供述していたものを,後に具体的な内容に改めるのは,自然な流れとして理解し得るのであり,後の供述が上記陳述書とも一致しているのであるから,その信用性に問題があるとはいえない。石化協事務局の<A>の出席など,一部に事実と異なる部分があることが,供述全体の信用性を直ちに左右するものとはいえない(例えば,MSS佐紺は,3月17日の会合は同月6日にセットしたと述べている(審C第5号証)が,明らかに他の証拠と異なっており,記憶違いがあるというべきであるが,そのことから直ちに同人の供述全体が信用できないというべきことになるものではない。)。
オ トクヤマ横地の供述
トクヤマ横地の供述調書(査第32号証,第94号証等)は,3月6日の部長会における出席者の発言内容が具体性に乏しく,本件合意の成立についても明言していないことは,原告らの指摘するとおりである。しかし,本件審決は,同供述調書を主要な根拠にして事実を認定しているものとはみられず,JPC宇川やJPC塩崎の供述等の他の証拠とともに,これを補強するものとして用いる限りにおいては,上記供述調書の信用性に特に問題があるとはいえず,むしろ,同日の意見交換の基本的な方向性においては,他の供述と一致しているものであるから,これを証拠として用いることは,不合理とはいえない。なお,トクヤマ横地は,供述調書の内容は誤りないと思って署名押印したと供述している(参考人横地)。
原告らは,トクヤマ横地の「ほとんどの人が」値上げしないとやっていけなくなるという供述は,例外がいたことを示し,本件合意の成立と矛盾すると主張するが,上記供述調書では,各社,このままでは立ちゆかなくなるとか,PPを値上げしなければやっていけなくなるという趣旨の意見を表明しており,「これに異を唱える人はいませんでした」とも述べ,また,JPCとGRPの大手2社はまもなく値上げを打ち出すだろう,そして,他のメーカーも2社に追随するだろうと思いましたとも述べている。前記のとおり,「意思の連絡」は暗黙の了解でも足りるのであり,仮に他の者の意思表明に対し特段意見を述べなかった者がいるということであっても,本件合意の成立と矛盾するとはいえない。
カ GRP鈴木の供述
GRP鈴木は,3月6日の部長会におけるGRP土田の発言として「当社も値上げはしたいが環境が厳しい,つまり,ユーザーとの値上げ交渉は難航するのではないか」と供述している(査第28号証)。原告らは,これは値上げに否定的な発言であるから,値上げをするという方向で意見が一致したという供述と前後矛盾し,「しかし,この発言は,当社は値上げしないというものではありませんでした。」という供述は不自然で,審査官の作文であると主張する。
しかし,上記GRP土田の発言は,ユーザーとの値上げ交渉が難航するという見通しを述べたにとどまると理解することができ,そのこと自体は各社の共通の懸念であったとみられる(責任分担ユーザーを決めたということとも整合する。)のであり,値上げに否定的な発言として前後矛盾があるといわなければならないものではない。
そして,GRP鈴木が,後に陳述書(査第87号証)により上記供述調書の修正を申し出たことが,本件合意の成立を否定するものではないことは,前記のとおりである。
キ 審査段階の供述調書と参考人審訊での供述の評価
原告住友化学は,偽証をしないという宣誓の上で,反対尋問・補充尋問を経た参考人審訊における供述よりも供述調書に証明力があるとするかのような審判官の態度は,伝聞証拠を直接証拠よりも評価するものであり,審判の対審構造とも相いれない不当なものであると主張する。
しかし,宣誓の上,反対尋問を経た供述が常に信用性が高いということはできない(JPC宇川やJPC塩崎の参考人審訊における本件合意の成立を肯定する供述に高い証明力があると言い切れるなら,それだけで実質的証拠があるということができることになる。)し,時間の経過による記憶の消失や変容,関係者との打合せ等による作為の可能性等も踏まえた上で,供述内容自体の合理性,他の証拠との整合性等を検討して,証明力を判断すべきものであり,その結果,参考人審訊の結果よりも供述調書に高い信用性が認められることは,十分にあり得る。そして,本件審決が,一般論として,参考人審訊における供述よりも供述調書に証明力があるとしているとみるべき根拠はない。上記主張は,採用の限りではない。
(4) 本件合意の成立を否定する証拠の信用性
次に,原告らは,本件合意の成立を否定する証拠に高い信用性があり,本件審決の認定には実質的証拠がない旨主張する。このうち,GRPの上申書及びGRP土田の供述の信用性,住友阪本の供述の信用性については,既に述べたとおりであり,MSS佐紺の供述については,MSSの本件合意への参加の有無に関して,後に判示するとおりである。これらは,いずれも,本件合意の成立を肯定した本件審決の認定の合理性を左右するものではない。
(5) 実質的証拠に関するその他の争点
ア JPCと被告の暗黙の了解
原告住友化学は,JPC宇川及びJPC塩崎が本件合意の成立を肯定する供述をしていることにつき,JPCと被告との間に暗黙の了解があったと主張し,その根拠として両名の上記供述が極めて早い時期に行われたことを挙げる。
しかし,本件合意の成立が事実であるなら,極めて早い段階でそれを認める供述をする者がいても,特に不自然というべきではなく,ほかに上記暗黙の了解を裏付ける事情も見いだせないから,上記主張は採用の限りではない。
イ GRP土田,住友阪本及び出光三角に対する審査方法
原告住友化学は,GRP土田,住友阪本及び出光三角に対し,脅迫的言辞が用いられ,又は利益誘導が行われたと主張する。
しかし,GRP土田は,参考人審訊において,審査状況につき,大川審査官も渡邉審査官も「非常に紳士的に対応していただきましたから,まあ,言い方としてはそういうところですが,深刻じゃございませんで,半分にやにやしながらというところもありましたから,私は別段それによって大きな心理的圧迫を受けたということはございませんでした。」と述べており,また,結果としても,GRP土田や住友阪本は,審査官に迎合したとみられるような供述をしているものではない。出光三角は,審査官に迎合した旨を述べている(審A第1号証,参考人三角)が,脅迫があったとは認められず,取調べと並行して,その内容を会社(原告出光興産)に報告して大きな流れについてアドバイスをもらい,かつ,弁護士にも相談していたというのである(参考人三角)から,迎合したとの上記供述は採用し難い。
なお,原告らは,GRP土田や住友阪本が本件合意を否定する供述をしたにもかかわらず,これを録取しないなど,被告の審査官の審査は,消極証拠を無視するもので,著しく不公正であると主張している。
被告(審査官)は,事件について必要な調査をしたときは,その要旨を調書に記載しなければならないと規定されている(独占禁止法48条)から,被聴取者の供述が,事件に関係するものである場合には,その内容が嫌疑のある違反行為の存在を否定するものであっても,供述調書を作成すべきであり,違反行為の存在を肯定するもののみを録取するということは,上記規定に反するものといわざるを得ない。
しかしながら,本件においては,GRP土田及び住友阪本については,審判手続において参考人として審訊して,違反行為の存在を否定する供述を聴いた上で,それらをも証拠として検討した上で,本件審決がされたものであり,これによって証拠が散逸するなどして事実認定がゆがめられたというべき事情は見いだせない。また,原告らによって,その他の消極証拠も多数提出されている。そして,これらの消極証拠をも斟酌しても,本件合意の成立を認定し得るというのであるから,上記の審査上の問題は,本件の結論に影響しないものである。なお,いかなる調査を行う必要があるかについては,事柄の性質上,被告(審査官)の裁量に委ねられているというべきであり,必要な調査を行わなかったということは,困難である。
ウ 3月17日の会合の趣旨等
3月17日の部長会の趣旨や内容について,様々な主張が原告らから出されているが,その発案者がJPC宇川であったことや,JPC下津の紹介がされたことは,本件審決の認定の合理性を何ら左右する事情とはいえない。その席上で,各社の値上げに向けての作業状況の情報交換が行われ,次回の部長会において責任分担ユーザーを持ち寄ることが話し合われたという事実は,本件合意が成立していたこととよく符合するものということができる。招集の通知をした同月14日又は15日の段階では,PPの値上げを打ち出した社は1社もなかったのであるから,本件合意が存在しなかったとするならば,急きょ部長会を開催する必要を生じた説得力のある理由は,見いだし難い。2社が欠席していたことも,その連絡が直前になってされたものであること,チッソ森本は海外出張中であったこと,その後に結果の連絡がされていると認定されていることに照らせば,本件審決の認定の合理性を左右するものではない。
エ 責任分担ユーザー
(ア) 責任分担ユーザーの決定
本件審決は,3月17日の部長会において,責任分担ユーザーを取り決めることとし,同月27日の部長会に案を持ち寄ることとした上,住友鈴木が,同月17日の部長会を欠席したトクヤマ横地らに会合の内容を連絡し,同月27日の部長会において,責任分担ユーザーを取り決め,7社は,値上げ打ち出し後に,責任分担ユーザー等との間で値上げ交渉を行ったと認定している。これに対し,原告らはこの事実を争っている。
しかし,「(下津部長)」で始まるメモ(査第40号証資料)には,「各社の責任担当」として,本件審決の認定したとおりのユーザーの分担が記載されており,このメモは,JPC宇川が作成してJPC下津に交付したものである(査第34号証,第35号証,第40号証)ところ,JPC宇川は,3月27日の部長会で各社が値上げ責任担当需要家として発言した内容をメモしたものであると供述している(査第40号証)。そして,出光三角のノートにも,出光石化の担当とされた3社のユーザー名が同月28日の欄に「値上げ:短期決戦.10円の値取り,◎値上げ最優先・・・数量は二の次」との記載後に列挙されており(査第30号証資料4),出光三角が,これは出光石化の「難物ユーザー」をリストアップしたものであると供述している(査第5号証,第30号証)。また,GRPの用紙に「○当社が役割り分担で値上げすべきユーザーor分野は,どこか?3社選ぶとすればそれは?」と記載されたメモがあり(査第36号証資料1),GRP土田は,事前の要請に応じて,同月27日の部長会において,責任分担ユーザーとしてGRPの担当とされた4社を発表し,他のメーカーもそれぞれユーザーを選んできていたと供述している(査第36号証)。さらに,チッソ田畑の作成したメモに,4月14日のチッソの樹脂事業部の販売会議において,「各社メリハリ」との記載に続けて,本件審決の認定したもののうち各社につき3社ずつのユーザー名が表に記載され,チッソ田畑が,各社が重点的に交渉に当たるユーザーであるとチッソ森本が説明したと供述している(査第42号証)。
なお,上記のリストは,単純に各社の大手の取引先を列挙したものではないと認められる(参考人阪本)し,ユーザーの多くは7社のうち2社以上からPPの供給を受けていたのであるから,単に交渉が難航しそうなユーザー名を出し合ったというだけであるとするなら,各社が挙げた名前が重複するのが自然であるところ,上記のリストには1社も重複がみられないから,そのことからも,値上げの交渉を分担する趣旨のリストであると解するのが合理的である。チッソ森本も3月27日の部長会において,各社がトップを切って値上げ交渉をすべきユーザー名をリストアップし,他社の意見によってユーザー名が変わったメーカーもあったと供述している(査第41号証)。
これらによれば,本件審決がこれらの証拠によって前記認定をしたことは,合理的である。そして,この事実は,PPの値上げについて共同行為をしたものであって,各社が各自の判断で値上げを決定した後,値上げ交渉についてだけ共同行為をしたとみるのは不自然であるから,本件合意の存在を裏付ける重要な事実ということができる。
(イ) 原告トクヤマの参加
上記のとおり,7社が責任分担ユーザーの取り決めをしたという本件審決の認定は合理的であるところ,原告トクヤマはこれに参加したことを強く否定している。
しかし,住友鈴木が部長会の欠席者への会議内容の伝達,期日の連絡等の役割を担っていたことは,前記のとおりであるところ,住友鈴木が3月17日の部長会に出席しなかったトクヤマ横地に同日電話をしたことは,トクヤマ横地の認めるところであり,折り返し同月21日にトクヤマ横地が住友鈴木に電話をしたというのである(参考人横地)から,その際に,同月17日の部長会において責任分担ユーザーの名前を同月27日に持ち寄ることになったということを聞いたと推認することが可能である(もっとも,本件審決は,査第37号証により認定したものと思われる。)。そして,トクヤマ横地が同日の部長会に出席したことを併せ考慮すれば,原告トクヤマも責任分担ユーザーの決定に参加したと認定したことに,十分な根拠があるというべきである。
(ウ) MSSの参加
原告サンアロマーは,MSSが責任分担ユーザーを持ち寄った事実はないと主張する。
しかし,上記のとおり,責任分担ユーザーのリストには,MSSの分担も明記されており,本件審決の認定は合理的である。
オ JPCのPP値上げの決断時期
本件審決は,2月末ころ,JPC宇川は,JPC塩崎からPPの値上げを行うよう指示を受けたと認定しているところ,原告トクヤマは,その事実は存在しないと主張し,その根拠として,同月28日にJPCが開いた早朝ミーティングは,PP等の値上げ問題ではなく,日産問題という別の議題のために開かれたのであり,そのため,PE担当部長は招集されていなかったことなどを挙げている。確かに,JPC塩崎が使用していたダイアリーの2月28日の欄には,「8:30 日産問題打ち合わせ」と記載されており(査第92号証資料1),日産問題とは,日産自動車からPPの大幅な値下げ要請を受けていたことにどのように対応するかという問題であるというのであって(参考人塩崎),PP・PEの値上げ問題が主要な議題として予定されていたわけではなかったと認めるのが相当である。
しかしながら,JPC塩崎は,その問題の打合せが終わった後,PPの値上げを行うことを決めた旨をJPC宇川に伝え,PEの値上げについては,担当の<H>営業統括部長,<E>PE第1部長及び<D>PE第2部長に伝えるように指示したと供述しており(査第92号証,参考人塩崎),JPC宇川も同旨の供述をしている(査第17号証,参考人宇川)。会議の主要な議題が終わった後に,その機会を利用して,その時点で必要なその他の議題につき打合せが行われることは,何ら不自然ではなく,上記ダイアリーの記載は,本件審決の認定に反するものではない。また,その席にPE担当部長らがおらず,JPC宇川から伝えさせたことについても,JPCにおけるPP及びPEの値上げの実質的決定権はJPC塩崎が有していたところ,JPC塩崎は,PPについては値上げの判断を含めてJPC宇川に任せてよいと考えていたが,PEについては自分で判断しようと考えていたというのである(査第92号証)から,JPC塩崎とJPC宇川だけの話し合いの場でPP及びPEの値上げ方針が決まり,PE担当部長らにはJPC宇川から伝達させることになったとしても,不自然とはいえない。上記打合せがPPに関する日産問題が主要な議題であった事実は,PP担当のJPC宇川は出席していたが,PE担当の部長らは出席していなかったことの極めて合理的な理由であって,意図的にPE担当者を外して会議が行われたものではないことを示すものであり,むしろ,本件審決の認定に沿うものということができる。そして,JPC宇川が,JPC塩崎の上記決定を受けて,住友阪本及びGRP土田にその旨を伝え,住友阪本に各社訪問を依頼し,3月6日の部長会を迎えたという本件審決の認定する事実経過に,JPCの行動として不自然なところは見いだせない。上記決定は,あくまでJPCの社内のことであり,値上げの実行は他社との合意を形成してからでなければできないことであるとすれば,上記ミーティングの直後からJPC社内で値上げに向けた動きが始まったという事実が認められないことが,上記決定がされなかったことをうかがわせるとはいえない。したがって,原告トクヤマの上記主張は,採用し得ない。
カ 原告トクヤマの本件合意参加の有無
(ア) 部長会について
本件審決は,「かねてから」として,平成11年11月より前から部長会が開催されてきたと認定しているが,原告トクヤマは,同月以前の部長会に参加したことはないと主張している。確かに,同月以前の部長会については,必ずしも詳細が具体的に明らかとはいえないが,仮に原告トクヤマが参加していた事実がないとしても,同月以降の部長会への参加の事実が認められれば十分であり,この点が,原告トクヤマが本件合意に参加したという認定の妨げになるものではない。
また,部長会のメンバーに値上げの実質的権限がないという点については,前記のような「意思の連絡」の趣旨からすれば,会合に出席した者が,値上げについて自ら決定する権限を有している者でなければならないとはいえず,そのような会合に出席して,値上げについての情報交換をして共通認識を形成し,その結果を持ち帰ることを任されているならば,その者を通じて「意思の連絡」は行われ得るということができる。そして,トクヤマ横地は,実質的決定権限を有するトクヤマ水野の指示に基づいて部長会に出席し,PPの値上げについて継続的に情報交換を行い,自らもトクヤマ水野の意見を踏まえて発言し,「値上げをしないともたない」という意見を述べ,意見交換の結果をトクヤマ水野に報告していたというのである(査第22号証,第32号証)から,トクヤマ横地を通じて「意思の連絡」が成立したと認めることを不合理ということはできない。
(イ) 地区会について
地区会が開かれていたこと自体は,証拠の裏付けが十分である(査第8ないし第10号証,第36号証)ところ,原告トクヤマが大阪の地区会には出席していなかった事実が認められる(査第8号証)としても,そのことは,本件合意が成立した部長会にトクヤマ横地が出席していた以上,原告トクヤマが本件合意に参加したとの本件審決の認定を左右する事実とはいえない。
キ MSSの本件合意参加の有無
(ア) 原告サンアロマーは,部長会において,MSSは,シェアが低く,独占禁止法に対する厳しい対応をしているので,値上げに関する合意に参加する意思がないと他社から認識されており,MSS佐紺がナフサ価格等に関する発言を拒否していたから,本件合意に参加していないと主張する。
しかしながら,MSS佐紺は,部長会において,PPの値上げに関する情報交換がされる際にも退席したことはなく,積極的に本件合意に加わらない意思を表明した事実も見いだせない。前記のとおり,「意思の連絡」の成立については,他の者の意思表明に対し特段異論を述べなかったという者がいても,何ら不自然ではなく,沈黙していた者も含めて,暗黙の了解が成立したと認められるならば,それで足りると解すべきである。そして,3月6日の部長会において,出席者全員の間に値上げの意思の連絡(本件合意)が成立したとする証拠は多数存在し(査第12号証,第13号証,第16号証,第22号証,第27号証等),MSS佐紺のみは合意に参加しなかったと明言するのは,当人の供述(審C第5号証,参考人佐紺)のみである。また,3月17日の部長会において,値上げの進ちょく状況が話し合われた際,MSS佐紺が発言した内容がJPC下津によって「社内fix未」とメモされている(査第35号証資料4)ところ,その意味内容はともかく,MSSが本件合意に参加していたからこそ,MSSの進ちょく状況の確認もされたと理解するのが,自然である(GRP土田は,同日の部長会において,MSS佐紺が,MSSは外資のために手続が必要であり,約1か月くらい遅れて手続が完了するので,それまで待ってくださいというような発言をしたと供述している(参考人土田)。)。そして,前記のとおり,責任分担ユーザーを記載したリスト(JPC宇川のメモ及びチッソ田畑のメモ)には,MSSの分担も記載されていたのであり,この事実は,他社がMSSも本件合意に参加していると認識していたことを示すものと理解するのが,自然である。これらにかんがみると,MSSを含めて本件合意が成立したという本件審決の認定は,合理的である。
(イ) 原告サンアロマーは,参考人審訊におけるJPC宇川の供述やGRP土田の供述を引いて,両名ともにMSSが値上げの合意に参加しないとの認識を有していた旨を述べていると主張している。
しかし,JPC宇川は,「確たる約束とか確たるお話が出されなくても,これは致し方ないなという判断を私自身はいたしておりました」と述べているように,MSSが本当に参加するかどうかについて懐疑的であったというのであって,MSSが合意に参加しなかったと述べているものではない。また,GRP土田は,MSSの参加を重視していなかったというにとどまり,他方で,3月17日の部長会におけるMSS佐紺の発言を聞いて,MSSが値上げを打ち出すことを疑ってはいなかったが,実施日は遅くなるという印象を持った旨供述しており(査第36号証),MSSの値上げに向けた行動を肯定的に述べている。したがって,いずれも,MSSが値上げ合意に参加しないことを裏付ける供述とはいえない。出光三角の供述についても,同様である。
(ウ) 原告サンアロマーは,3月17日の部長会におけるMSS佐紺の発言につき,JPC下津のメモに記載されている「社内fix未」は,同日においてMSSが値上げを決めていなかったことを示していると主張する。
しかし,上記記載そのものは,様々な理解が可能な簡単な内容であるから,特定の読み方しか許さないものとはいえない。そして,上記メモを記載したJPC下津自身は,この記載はJPC宇川から3月17日の部長会の内容の説明を受けて自分が書いたものであり,その意味は,「MSSは,まだ値上げの社内手続が進んでおらず,値上げについて具体的日程等はいまだ決まっていないということ」であると説明しており(査第35号証),JPC宇川も,この記載は,「MSSの社内手続はまだ進んでいないということ」をMSS佐紺から聞いて,JPC下津に話したものであると説明している(査第34号証)。上記メモは,同日の出席者であるGRP土田,出光三角からの情報に続けて,MSS佐紺からの情報を記載し,その後に住友鈴木からの情報を記載していることからみても,JPC宇川らがMSS佐紺からの情報を他の3社からのものと同列に扱っていることが読み取れる。また,上記のとおり,本件合意の成立を一貫して否定しているGRP土田も,同日のMSS佐紺の発言につき,外資のため(値上げをするには)手続がいるので,1か月くらい遅れて手続が完了するので待ってほしいとの趣旨であった(参考人土田),あるいは,MSSは社内手続が遅れており,いまだ具体的な値上げ手続に入っていないというものであった(査第36号証)と述べており,上記JPC下津及びJPC宇川の供述とよく符合している。これらによれば,「同日の部長会でのMSS佐紺の発言は,本件合意どおりPPの値上げを行うが,その具体的な日程,打ち出し額及び対外発表の時期は決まっていない趣旨であると他社の出席者は理解した」という本件審決の認定は,合理的であり,「社内fix未」という記載により,その合理性が左右されるものではない。
なお,原告サンアロマーは,JPC下津が同じメモに,GRPについて「fix.3/15予算会議」と記載していることから,「fix」は「値上げを決定する」という意味であり,「fix未」は値上げそのものが決まっていないという意味ととらえるのが合理的であると主張する。しかし,GRPに関する記載における「fix」も,会議の設定(開催)程度の意味に理解することもできるのであり,実際にも,前記のとおり,GRPの3月15日の予算会議において値上げを決定した事実は認め難い。
(エ) 原告サンアロマーは,MSSが値上げを打ち出したのは,他の6社より遅く,足並みをそろえて値上げするという本件合意にMSSが参加したことと整合しないと主張する。
しかし,GRP土田は,MSSが外資系であり,その意思決定には時間がかかるので,他社よりも遅れることになるのはやむを得ないと理解していた旨を供述しており(参考人土田),そのことは不自然ではないから,MSSが他社より遅れたとしても,まもなく値上げに踏み切った事実は,本件合意に参加したことと整合するといって差し支えなく,本件審決の認定の合理性を損なうものではない。
(オ) なお,MSS佐紺の供述(審C第5号証,参考人佐紺)は,原告サンアロマーの主張におおむね沿うものである。
しかし,MSS佐紺の供述は,①部長会において値上げを合意する事態になれば退席すると決めていたとしながら,実際には値上げについての話し合いがされていても(例えば,3月6日の部長会における本件合意の成立を否定するGRP土田も,「確かにナフサについて論議し,値上げの必要性について論議した」と供述している(参考人土田)。),退席したことがなく,②上記の「社内fix未」に係る自己の発言についても,まだ値上げも決めておらず,社内手続も全く未定であると述べたというが,この点に関するGRP土田の供述とも食い違っており,③同月17日の会合はJPC下津の紹介のために同月6日の会合の席上で電話で調整した上で決定されたと明言する(審C第5号証,参考人佐紺)が,他の多くの証拠と食い違っており,④同月17日の会合で出光三角が値上げを発表したことにつき,自己のほか住友鈴木もGRP土田もびっくりしていたと供述する(参考人佐紺)が,GRP土田は,「ああ,用意のいいところだというふうに思った」と述べている(参考人土田)など,殊更に本件合意への関与を否定する傾向がみられ,本件審決の認定の合理性を左右する高い信用性があるものとは,必ずしもいい難い。
(6) 実質的証拠の有無に関する原告らの主張に対する判断のまとめ
以上のとおり,原告らが,本件審決が本件合意の成立を認定したことにつき実質的証拠がないとする主張は,いずれも採用することができず,本件審決の認定した事実には,実質的証拠があるという前記判断は揺るがない(なお,以上に判示したほかにも,原告らはるる主張しているが,いずれも上記判断を左右するものではない。)。
(7) 経過規定の解釈
原告サンアロマーは,本件審決が,独占禁止法54条2項,7条2項に基づき,既になくなっている違反行為につき排除確保措置を命じたことが,改正附則2条の規定に違反すると主張している。確かに,改正附則2条の文言に忠実に解釈する限り,同原告の主張するような読み方は成り立ち得ないではない。
しかしながら,改正法による改正の前後を通じて,独占禁止法は,違反行為が既になくなっている場合においても,被告が「特に必要があると認めるとき」には,排除措置命令をすることができるものと規定しており,改正法によって改められたのは,その手続である。したがって,改正法の経過規定が定めているのは,その手続を新旧いずれによるべきこととするかについてであることが,明らかといわなければならない。そして,上記のような新旧の規定にかんがみれば,経過規定が,違反行為に係る手続が改正の前後にまたがるために,違反行為が既になくなっている場合に関して,被告が特に必要があると認めるにもかかわらず,排除措置命令をすることができない事例が生ずることを許容しているとは考えられない。そうすると,改正附則2条は,文言のみによれば,「当該違反行為を排除するために必要な措置を命ずる手続」について「なお従前の例による」としていて,独占禁止法7条の定める排除措置命令のうち,同条1項の措置を命ずる手続のみを指しているようにみえなくはないが,同条2項の措置を命ずる命令をも含めて,排除措置命令の手続について旧法主義を採ることを明らかにしたものと解すべきである。このように解したからといって,規定が不明確なために違反行為者に不測の損害を与えるものではない。原告サンアロマーの主張は,文言の不備に付け込む極めて不合理な解釈であって,到底採り得ない。同原告の引用する最高裁判決も,同原告のような形式的な文言解釈を採るべきことを判示するものではない。
(8) 排除措置の必要性
ア 独占禁止法54条2項の「特に必要があると認めるとき」の解釈,適用について
独占禁止法54条2項にいう「特に必要があると認めるとき」とは,審決の時点では既に違反行為はなくなっているが,当該違反行為が繰り返されるおそれがある場合や,当該違反行為の結果が残存しており競争秩序の回復が不十分である場合などをいうものと解される。そして,この規定の趣旨が,必要に応じて排除措置を命ずることにより,当該違反行為に係る市場のあるべき競争秩序の回復・維持を図る目的を達成することにあることからすれば,排除措置を命ずる場合に対象となる違反行為には,措置の必要性の観点からみて既に行われた違反行為と同一性を有する違反行為も含めて,措置の必要性を判断することができるものと解するのが相当である。
当該違反行為が繰り返されるおそれがあり,措置の必要があるか否かの判断に当たっては,当該違反行為の具体的状況,その経緯,背景,取引慣行,原告らの当該違反行為を繰り返すことのできる力,当該違反行為の期間,当該違反行為をやめた事情,過去の当該違反行為の有無,状況のほか,違反行為を助長する市場環境の存否,確実に違反行為を抑止するに足る事情,例えば,再発防止策,違反行為の実行を困難とする市場の状況の出現等諸般の事情を総合して判断すべきである。
そして,上記の「特に必要があると認めるとき」の要件に該当するかどうかの判断においては,我が国における独占禁止法の運用機関として競争政策について専門的な知見を有する被告の専門的な裁量が認められるものというべきであるから,被告の上記要件に該当するとの判断について合理性を欠くものであるといえないときは,被告の裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものということはできないと解すべきである(最高裁平成19年4月19日第一小法廷判決・裁判集民事224号123頁)。
イ 独占禁止法54条2項所定の措置の必要性に係る事実認定について
上記のとおり実質的証拠によって認定された諸事実に基づき,本件審決が,前記第2,5(2)のとおり,原告住友化学及び原告サンアロマーについて,本件違反行為と同様の違反行為が再び行われるおそれがあると判断したことは,原告住友化学及び原告サンアロマーが本件合意による価格カルテルを認めずに争っていることも考慮すれば,合理性を欠くものであるということはできず,被告の裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものということはできない。したがって,本件審決に独占禁止法54条2項に違反する違法はない。
第5 結論
以上のとおり,本件審決には,原告らが主張するような違法はなく,原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。


東京高等裁判所第3特別部
裁判長裁判官 大橋寛明
裁判官 辻 次郎
裁判官 吉村真幸

裁判官氣賀澤耕一及び裁判官齊木敏文は,転補のため,署名押印することができない。

裁判長裁判官 大橋寛明














平成21年9月25日

東京高等裁判所第3特別部
裁判長裁判官 大橋寛明
裁判官    辻 次郎
裁判官    吉村真幸

裁判官気賀澤耕一及び齊木敏文は,転補のため,署名押印することができない。

裁判長裁判官 大橋寛明

別紙1

会社名 役職(平成12年10月時点) 氏   名
JPC
取締役名古屋支店長
(平成12年3月31日まで取締役ポリオレフィン事業本部ポリプロピレン営業部長) 宇川 進
(JPC宇川)
(平成12年3月末まで出席)
ポリオレフィン事業本部ポリプロピレン営業部長
(平成12年3月31日まで名古屋支店長) 下津健司
(JPC下津)
(平成12年4月以降出席)
GRP
常務取締役産業材・包材営業部長 土田忠良
(GRP土田)
取締役工業材営業部長
鈴木嘉樹
(GRP鈴木)
チッソ 樹脂事業部ポリプロ部長
(平成12年3月31日までポリプロポリエチ事業部ポリプロ第一部長) 森本威之
(チッソ森本)

出光石化 合成樹脂部次長
(平成12年3月31日まで樹脂販売部次長) 三角隆義
(出光三角)
住友化学工業
取締役ポリプロピレン事業部長
(平成12年4月2日まで樹脂事業部長,同年6月28日までポリプロピレン事業部長) 阪本良嗣
(住友阪本)

ポロプロピレン事業部ポリプロピレン部長
(平成12年4月2日まで樹脂事業部ポリプロピレン部長) 鈴木信敏
(住友鈴木)
MSS ポロプロピレン事業部営業部長 佐紺悠一
(MSS佐紺)
トクヤマ 樹脂事業部樹脂営業部長 横地 旦
(トクヤマ横地)




別紙2

1 本件の関係者の略称
JPC塩崎:JPC 常務取締役ポリオレフィン事業本部長 塩崎昌弘
GRP沢渡:GRP 産業材・包材担当部長 猿渡定
チッソ前田:チッソ 取締役常務執行役員 前田和郎
チッソ田畑:チッソ 執行役員樹脂事業部乗 田畑暢哉
出光佐藤:出光石化 常務取締役 佐藤直
トクヤマ水野:トクヤマ 取締役樹脂事業部長 水野義一
    (以上の会社名及び役職名はいずれも本件当時のものである。)

2 原告らの主張欄に付記するための略号
T:原告株式会社トクヤマ
出:原告出光興産株式会社
住:原告住友化学株式会社
S:原告サンアロマー株式会社
別紙3

独占禁止法第3条において禁止されている「不当な取引制限」すなわち「事業者が,他の事業者と共同して対価を引き上げる等相互に事業活動を拘束し,又は遂行することにより,一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」(独占禁止法第2条第6項)にいう「共同して」に該当するというためには,複数事業者が対価を引き上げるに当たって,相互の間に「意思の連絡」があったと認められることが必要であると解されるが,ここにいう「意思の連絡」とは,複数事業者間で相互に同内容又は同種の対価の引上げを実施することを認識ないし予測し,これと歩調をそろえる意思があることを意味し,一方の対価引上げを他方が単に認識,認容するのみでは足りないが,事業者間相互で拘束し合うことを明示して合意することまでは必要でなく,相互に他の事業者の対価の引上げ行為を認識して,暗黙のうちに認容することで足りると解され,また,その判断に当たっては,対価引上げがなされるに至った前後の諸事情を勘案して事業者の認識及び意思がどのようなものであったかを検討し,事業者相互間に共同の認識,認容があるかどうかを判断すべきである(東芝ケミカル株式会社審決取消請求事件平成7年9月25日東京高等裁判所判決同旨)。
そこで本件につき,まず平成12年3月6日(平成12年の月日については,以下,年の記載を省略する。)の部長会の前後の経緯をみると,別紙審決案において認定しているように,1月21日の部長会においてナフサ価格の高騰を背景に,4月以降のナフサ価格の見通し及びポリプロピレンの値上げの必要性について意見交換を行い,ポリプロピレンの値上げについて部長会において検討していくこととし,これに基づき,2月7日及び2月21日の部長会において当該値上げについて意見交換等が行われた。そして,3月6日の部長会後の3月17日の会合においては,各社の値上げのための社内手続の進ちょく状況,値上げの打出しの内容,対外発表時期等につき確認をした上で,次回3月27日の会合において各社が責任をもって値上げ交渉を行う需要者に対する分担を決める案を持ち寄ることとし,続く3月27日の会合においてその分担が決められ,その後,実際に値上げの交渉が行われ,さらには実施状況の確認等について会合等が行われたのである。
これらのことからすると,値上げの打出しの内容,時期等の確認が行われた3月17日の会合までには,ポリプロピレンの値上げについて被審人らの間に上記の趣旨における「意思の連絡」が既に存在していたと考えられるところ,3月6日の部長会をはさんだ上記の一連の事実経過,3月6日の部長会において,当該値上げに関して認識が一致したとの趣旨を被審人ら関係7社のうち5社の出席者が審査官に供述している(これらの供述調書が供述者の意思に反して作成されたことを疑わせるに足る事情は認められない。)こと,そして,その後,本件合意内容に沿う値上げ交渉が実際に行われ,その実施状況の確認も行われたことなどを総合的にみると,3月6日の会合において,被審人らが相互にポリプロピレンの需要者向け販売価格の引上げを実施することを認識ないし予測し,これと歩調をそろえる意思を有し,もって上記「意思の連絡」に当たる本件合意が成立したと認めることができるというべきである。






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