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独禁法3条後段,独禁法7条の2
東京高等裁判所
平成28年(行ケ)第5号
平成29年1月13日
愛知県知多郡美浜町大字河和字上前田18番地
原告 加藤化学株式会社
同代表者代表取締役 加藤 栄一
同訴訟代理人弁護士 洞雞 敏夫
大軒 敬子
東京都千代田区霞が関一丁目1番1号
被告 公正取引委員会
同代表者委員長 杉本 和行
同指定代理人 岩下 生知
榎本 勤也
多賀井 満理
山崎 利恵
石谷 直久
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求の趣旨
1 被告が平成28年4月15日に原告に対してした平成25年(判)第24号ないし第27号審判事件の各審決をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(1) 被告は,原告が,別紙1(事業者目録)記載の各事業者(以下「9社」といい,原告を含めて「10社」という。なお,以下では,9社の名称を同目録記載の略称により表示する。)と共同して,糖化製品(その定義は別紙2(用語集)記載のとおり。)である特定異性化糖(その定義は別紙2(用語集)記載のとおり。)の販売価格を引き上げる旨を合意したことにより,公共の利益に反して,我が国における特定異性化糖の販売分野における競争を実質的に制限したものであり,この行為は,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律(平成25年法律第100号)附則2条の規定によりなお従前の例によることとされる同法による改正前の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号。以下「独占禁止法」という。)2条6項に規定する不当な取引制限に該当し,同法3条に違反するものであり,かつ,特に排除措置を命ずる必要があるとして,平成25年6月13日,10社に対し,同法7条2項に基づき,排除措置を命じ(平成25年(措)第7号。以下「本件排除措置命令1」という。),併せて,本件排除措置命令1に係る違反行為は同法7条の2第1項1号に規定する商品の対価に係るものであるとして,原告に対し,2億2284万円の課徴金の納付を命じた(平成25年(納)第15号)。
(2) 被告は,原告が,9社と共同して,糖化製品である特定水あめ・ぶどう糖(その定義は別紙2(用語集)記載のとおり。)の販売価格を引き上げる旨を合意したことにより,公共の利益に反して,我が国における特定水あめ・ぶどう糖の販売分野における競争を実質的に制限したものであり,この行為は,独占禁止法2条6項に規定する不当な取引制限に該当し,同法3条に違反するものであり,かつ,特に排除措置を命ずる必要があるとして,平成25年6月13日,10社から日本食品化工及び日本コーンスターチを除いた8社に対し,同法7条2項に基づき,排除措置を命じ(平成25年(措)第8号。以下「本件排除措置命令2」といい,本件排除措置命令1と併せて「本件各排除措置命令」という。),併せて,本件排除措置命令2に係る違反行為(以下,本件排除措置命令1に係る違反行為と併せて「本件各違反行為」という。)は同法7条の2第1項1号に規定する商品の対価に係るものであるとして,原告に対し, 1億6552万円の課徴金の納付を命じた(平成25年(納)第24号。以下,前記(1)の課徴金納付命令と併せて「本件各課徴金納付命令」という。)。
(3) 本件各排除措置命令及び本件各課徴金納付命令の命令書の謄本は,いずれも平成25年6月14日,原告に対して送達されたところ,原告は,同年8月12日,本件各排除措置命令(原告に関する部分)及び本件各課徴金納付命令の全部の取消しを求める審判請求をした。
(4) 本件各排除措置命令は,原告に対するものを除き,いずれも確定した。
(5) 原告の前記(3)の各審判請求(以下「本件各審判請求」という。)に係る審判手続は,併合して審理され(平成25年(判)第24号ないし第27号審判事件。以下,この併合された審判手続を「本件審判手続」という。),被告は,平成28年4月15日,原告の本件各審判請求をいずれも棄却する審決を行った(以下「本件審決」という。)。
(6) 原告は,本件審決を不服としてその取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 前提事実(争いのない事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 10社の概要
原告は,糖化製品の製造業を営む者である。
9社のうち,群栄化学工業を除く8社は,いずれも糖化製品の製造業を営む者であり,群栄化学工業は,異性化糖(その定義は別紙2(用語集)記載のとおり。)については製造業を,水あめ・ぶどう糖(その定義は別紙2(用語集)記載のとおり。)については卸売業を営む者である。
(査2ないし10)
(2) 糖化製品の特性及び用途等
ア 特性及び用途
異性化糖は,精製糖(いわゆる砂糖)と異なり,低温で甘味度が高く,食べた直後に甘さを感じやすく,後に甘みを残しにくいという特徴があることから,主として清涼飲料水製造業者に販売されるものであり,その果糖含有率や性状に応じて,①ぶどう糖果糖液糖,②果糖ぶどう糖液糖,③高果糖液糖(以上は液状),④結晶果糖(結晶・粉末)に分けることができる(査11ないし13,228,審7)。
水あめ・ぶどう糖は,異性化糖に比べると甘味度が低い。また,一般的に水あめと呼称されるものは,粘性や保水性を有し,食品に粘りや硬さを付けることができることから,飴菓子,餅菓子,ガム,ゼリー等の製造業者に販売されているほか,発泡酒の発酵酵母を培養するための材料として酒類製造業者に販売されている。一般的にぶどう糖と呼称されるものは,菓子類の製造業者に販売されるほか,結晶化しやすいため,粉末調味料の製造業者や医薬品の製造業者に販売されている。
イ 価格決定方式
糖化製品の原料となるでん粉は,とうもろこしから生成されるところ,でん粉に生成されるとうもろこしのほとんどはアメリカ合衆国から輸入されており,10社のうち群栄化学工業を除く各社(以下「群栄化学工業以外の各社」という。)のとうもろこしの仕入価格は,主にシカゴ商品取引所のとうもろこし先物相場(以下「とうもろこしのシカゴ相場」という。)に左右される。なお,群栄化学工業は,とうもろこしを輸入せず,とうもろこしでん粉の製造業者からでん粉を購入している。(査31ないし34)
糖化製品の需要者向け販売価格の決定方式には,ルール決め及び固定価格(その各定義は別紙2(用語集)記載のとおり。)並びにジャン決めとそれぞれ呼称されるものがある。ジャン決めとは,ルール決め及び固定価格を除く価格決定方式であり,販売業者が,需要者との間で,あらかじめ価格の計算式,交渉時期,適用期間等を定めず,原料価格の変動等を理由として,必要な都度,需要者と相対で交渉して販売価格を定める方式である。
特定異性化糖及び特定水あめ・ぶどう糖(これらを併せて,以下「本件各製品」という。)とは,ジャン決めにより販売価格を定める条件で取引する需要者向けに販売される糖化製品である。
ウ 商流等
10社は,本件各製品について,直接又は商社等を通じて,需要者である清涼飲料水製造業者,酒類製造業者,菓子類製造業者等に販売し,その販売価格を,通常,直接又は商社等を通じて需要者と交渉して定めていた。
商社等は,本件各製品の販売価格の引上げに関し,10社と需要者を仲介する役割を果たしており,10社から販売価格の引上げを指示されれば,その指示に沿って需要者との間で販売価格の引上げ交渉を行っており,商社等が10社の意向と違う形で独自に販売価格の引上げ交渉を行うことはなかった。
(査22,28,35,38ないし40)
エ シェア
平成23年の10社における特定異性化糖の国内向け販売数量の合計は,我が国における特定異性化糖の総販売数量の約97.5パーセントを占めていた。また,同年の10社における特定水あめ・ぶどう糖の国内向け販売数量の合計は,我が国における特定水あめ・ぶどう糖の総販売数量の約74.4パーセントを占めていた。
(査27)
(3) 日本スターチ・糖化工業会
ア 日本スターチ・糖化工業会の組織
日本スターチ・糖化工業会(以下「工業会」 という。)は,でん粉及び糖化工業の地位を確立し,これらに関する知識の普及及び消費の拡大を図り,振興と国民経済の発展に寄与することなどを目的に,平成9年4月,日本コーンスターチ工業会と日本糖化工業会が合併して設立された任意の事業者団体である。
工業会は,群栄化学工業以外の各社,向後スターチ株式会社及び株式会社J-オイルミルズを会員とし,理事会の下に政策委員会が置かれ,その下にコンス委員会,糖化委員会,技術委員会及び原料対策委員会が設けられていた。
イ 糖化委員会の概要
糖化委員会は,10社をもって構成されており(なお,群栄化学工業は,工業会の会員ではなかったが,糖化委員会の会合には出席していた。),砂糖及びでん粉の価格調整に関する法律(昭和40年法律第109号)に基づき農林水産省が公表する価格等について,各社の共通する諸問題に関する意見及び情報の交換,需要分析,売戻価格の分析等を行っていた。
糖化委員会では,おおむね毎月1回,昼に1時間程度,東京都港区に所在する工業会事務所内の会議室において,会合を開催していた。同会合には,10社からそれぞれ,主として営業部長,支店長等の営業責任者級の者が出席するほか,工業会の専務理事及び全日本糖化工業会(自らでん粉を製造せずに,他社から購入したでん粉を用いて糖化製品を製造する事業者を会員とする任意の事業者団体)の専務理事が出席し,昼食をとった後,委員長の司会により,冒頭,工業会の専務理事から,糖化製品に関する統計資料等の説明が行われ,その後に,10社からの出席者が,順次,各社における糖化製品の販売状況等について発言していくのが通例であった。
平成22年10月から平成24年1月までの間の糖化委員会の開催日並びに出席者及び出席者の出席当時における各社での役職は,別紙3(糖化委員会の開催日及び出席者)記載のとおりである(以下,上記のとおり開催された糖化委員会については同別紙の「会合の略称」欄記載の略称,同委員会の出席者については同別紙記載の略称を使用する。ただし,「被審人」とあるのは「原告」と読み替えるものとする。)。
糖化委員会では,10社の中から委員長1名及び副委員長2名を選任していた。平成22年10月の糖化委員会から平成23年9月の糖化委員会までの委員長は日本食品化工の首藤,副委員長は王子コーンスターチの野村及びサンエイ糖化の取締役執行役員営業本部長の竹内昌伸であった。また,平成23年10月の糖化委員会から同年12月の糖化委員会までの委員長は原告の西原,副委員長は三和澱粉工業の齊部及び日本澱粉工業の本坊であり,平成24年1月の糖化委員会からは,日本澱粉工業の本坊が委員長であった。
(査13,48ないし63,225)
(4) とうもろこし価格の高騰
とうもろこしのシカゴ相場は,平成22年春頃の1ブッシェル(約35リットル)当たり3ドルから4ドル台の水準から,同年夏頃以降は同5ドルを超える水準で推移するようになった。同相場は,平成23年に入っても上昇を続け,同年1月に1ブッシェル当たり6ドルとなり,同年4月には同7ドルを超える水準となったが,同年9月頃から下落し始め,同6ドル台となった。
(5) 10社による販売価格引上げ活動
10社は,本件各製品の原料となるでん粉を生成するために必要なとうもろこしの価格が前記(4)のとおり高騰したことなどを理由に,別紙4(ただし「被審人」とあるのは「原告」と読み替えるものとする。)のとおり,本件各製品の需要者に対し,平成23年1月から同年2月にかけて,同製品の販売価格を1キログラム当たり10円引き上げることを求める交渉を開始し,さらに,その後も,とうもろこしのシカゴ相場の高騰が続いていることなどを理由に,同別紙のとおり,本件各製品の販売価格を追加で引き上げ,前記引上げと併せて合計で1キログラム当たり15円ないし20円引き上げることを求める交渉を継続した(以下,最初の値上げの申入れを「本件当初値上げ」,更なる値上げの申入れを「本件追加値上げ」といい,両者を併せて「本件各値上げ」という。なお,原告の本件当初値上げの交渉開始時期については当事者間に争いがある。)。
(6) 被告による立入検査
被告は,平成24年1月31日,本件排除措置命令1により措置を命じた事件について,独占禁止法47条1項4号の規定に基づく立入検査を行った。10社は,同日以降,本件各製品の販売価格について情報交換を行っていない。
(7) 本件各製品の売上額
被告が主張する原告の本件各違反行為の実行期間である平成23年3月1日から平成24年1月30日までの間における本件各製品に係る原告の売上額を,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律施行令(昭和52年政令第317号)5条1項の規定に基づき算定すると,特定異性化糖に係る売上額は55億7116万4771円であり,特定水あめ・ぶどう糖に係る売上額は51億7257万9019円を下回らない。
第3 本件審判手続における争点並びに本件審決の認定事実及び判断
1 本件審判手続における争点は,①10社間における本件当初値上げに係る本件各製品の販売価格引上げの合意(以下「本件各当初合意」という。)の有無(争点1),②10社間における本件追加値上げに係る本件各製品の販売価格引上げの合意(以下「本件各修正合意」という。)の有無(争点2),③本件各当初合意及び本件各修正合意(以下,併せて「本件各合意」という。)の対象に結晶果糖(高果糖液糖を結晶・粉末化した果糖分ほぼ100%の異性化糖。原告製造に係る商品名は「純果糖」である。)が含まれるか(争点3)である。被告は,本件審決において,本件に係る事実経過を別紙5(本件審決の認定した事実経過)のとおり認定した上で,各争点について,要旨,次の2のとおり判断した。
2 各争点に係る本件審決の判断
(1) 争点1及び2の判断枠組み
独占禁止法3条において禁止されている「不当な取引制限」,すなわち「事業者が,…他の事業者と共同して対価を決定し,維持し,若しくは引き上げ,又は…取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し,又は遂行することにより,公共の利益に反して,一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」(同法2条6項)にいう「共同して」に該当するというためには,複数の事業者が対価を引き上げるに当たって,相互の間に「意思の連絡」があったと認められることが必要であると解されるが,ここにいう「意思の連絡」とは,複数事業者間で相互に同内容又は同種の対価の引上げを実施することを認識ないし予測し,これと歩調をそろえる意思があることを意味する。また,その判断に当たっては,対価引上げがされるに至った前後の諸事情を勘案して,事業者の認識及び意思がどのようなものであったかを検討し,事業者相互間に共同の認識,認容があるかどうかを判断すべきである。
(2) 争点1について
本件審決は,本件当初値上げの前後の諸事情として,前記の認定した事実経過に基づいて次の①ないし⑥の各事情を掲げた上で,これらを総合し,「遅くとも平成22年12月の糖化委員会が開催された同月28日までには,10社は相互に,本件各製品の販売価格を1キログラム当たり10円引き上げることを認識ないし予測し,これと歩調をそろえる意思を有しており,上記「意思の連絡」に当たる本件各当初合意が存在したものと認められる。」と判断した。
① 10社は,とうもろこしのシカゴ相場の高騰を背景に,平成22年10月,同年11月及び同年12月の糖化委員会において,本件各製品の販売価格を年明けから1キログラム当たり10円引き上げること等に関する情報交換や,当該値上げのための日経対策に関する協議を行った(以下「事前情報交換等1」 という。)。
② 同年11月の糖化委員会での協議結果を踏まえて日経記者との懇談会が行われ,同年12月22日付けの日経新聞に,王子コーンスターチほか2社が糖化製品の販売価格を1キログラム当たり10円値上げする旨の記事が掲載された(以下「本件日経対策1」 という。)。
③ 10社ではそれぞれ,平成23年1月下旬までには,糖化委員会の会合の出席者又は当該出席者から糖化委員会の会合における情報交換の内容について報告を受けた者が中心となり,本件各製品の販売価格を1キログラム当たり10円引き上げる旨を決定し,平成23年1月から同年2月にかけて,その旨を需要者や商社に申し入れた。
④ 同年1月以降の糖化委員会において,出席者の間で,本件各製品の販売価格引上げ交渉の進捗状況について情報交換が行われた(以下「進捗状況情報交換1」という。)。
⑤ 糖化委員会の場以外でも,10社の間では,個別の需要者に対する販売価格引上げの交渉の時期,販売価格引上げ幅及び交渉の進捗状況等について,他の入れ合い先と連絡を取り合って足並みをそろえていた(以下「競合社間連絡等」という。)。
⑥ 原告における本件当初値上げが9社の行動と無関係に独自の判断によって行われたことをうかがわせる事情はない。
(3) 争点2について
本件審決は,本件追加値上げの前後の諸事情として,前記の認定した事実経過に基づいて次の①ないし⑥の各事情(以下,前記(2)の①ないし⑥の各事情と併せて「販売価格引上げの前後の諸事情」という。)を掲げた上で,これらを総合し,「遅くとも平成23年6月の糖化委員会が開催された同月29日までには,10社は相互に,本件当初合意により合意した本件各製品の引上げ額を1キログラム当たり15円ないし20円に引き上げることを認識ないし予測し,これと歩調をそろえる意思を有しており,上記「意思の連絡」に当たる本件各修正合意が存在したものと認められる。」と判断した。
① 10社は,とうもろこしのシカゴ相場が平成23年1月以降も高騰を続けたことを背景に,同年1月から同年6月までの各糖化委員会において,本件当初値上げによる本件各製品の販売価格の引上げ額を1キログラム当たり15円ないし20円と修正することなどに関する情報交換や,当該値上げのための日経対策に関する協議を行った(以下「事前情報交換等2」という。)。
② 平成23年2月及び同年5月の糖化委員会での協議結果を踏まえて,日経記者との懇談会が行われ,同年6月2日付けの日経新聞に,日本食品化工等の糖化メーカーが異性化糖の販売価格を1キログラム当たり10円値上げする,値上げが浸透すれば昨年末に比べ20円の上昇となる旨の記事が掲載された(以下「本件日経対策2」という。)。
③ 10社ではそれぞれ,平成23年6月29日までには,糖化委員会の会合の出席者又は当該出席者から糖化委員会の会合における情報交換の内容について報告を受けた者が中心となり,本件当初値上げにより1キログラム当たり10円引き上げることとした本件各製品の販売価格を更に引き上げ,引上げ額を1キログラム当たり15円ないし20円とする旨を決定し,その旨を需要者や商社に申し入れた。
④ 同年7月以降の糖化委員会において,出席者の間で,追加分を含めた本件各製品の販売価格引上げの交渉の進捗状況に関する情報交換や,同年9月以降のとうもろこしのシカゴ相場の下落を踏まえた需要者からの本件各製品の販売価格の引下げ要請に対する対応の検討が行われた(以下「進捗状況情報交換2」という。)。
⑤ 糖化委員会の場以外でも,10社の間では,個別の需要者に対する販売価格引上げの交渉の時期,販売価格引上げ幅及び交渉の進捗状況等について,他の入れ合い先と連絡を取り合って足並みをそろえていた(競合社間連絡等)。
⑥ 原告における本件追加値上げが9社の行動と無関係に独自の判断によって行われたことをうかがわせる事情はない。
(4) 争点3について
本件審決は,次の①ないし⑥の各事情を掲げた上で,これらを総合し,特定異性化糖に係る本件各合意の対象には原告の製造・販売する結晶果糖(純果糖)も含まれていたと認めるのが相当であると判断した。
① 「異性化糖」を別紙2(用語集)記載のとおり定義する場合,結晶果糖も「異性化糖」に含まれ,ジャン決めによって価格を決める条件で取引する需要者向けに販売される結晶果糖は,特定異性化糖に該当する。
② 本件各合意がなされた背景には,糖化製品の原料価格の高騰により値上げの必要が生じたという事情があるところ,同事情は,結晶果糖にも当てはまる。
③ 10社が糖化委員会の会合の場等において特定異性化糖の販売価格の引上げに関する情報交換や日経対策に関する協議を行った際にも,値上げの対象から結晶果糖が除外されていたことをうかがわせる証拠はなく,実際,原告は,ジャン決めに係る結晶果糖についても,他の特定異性化糖と同様に,需要者に対して本件各合意の内容に即した販売価格の引上げを申し入れている。
④ 砂糖及びでん粉の価格調整に関する法律は,異性化糖について別紙2(用語集)と同旨の定義をしており(同法2条4項),液糖か結晶かという性状は問われていない。
⑤ 結晶果糖と異性化液糖(液糖である異性化糖。以下同じ。)は多くの用途において共通し,需要者においても,結晶果糖を水に溶かして異性化液糖の代替品を製造することが可能であると認識され,実際にも,それまでの結晶果糖の使用から異性化液糖の使用に切り替わった商品が存在する。
⑥ 結晶果糖の需要者の中には異性化液糖も購入している者が多数存在する。
第4 本件訴訟の争点及び原告の主張
1 本件訴訟の争点は,本件審決の基礎となった事実(①販売価格引上げの前後の諸事情,②本件各合意の対象に結晶果糖が含まれること)を立証する実質的な証拠の有無であり,これらの点に係る原告の主張の要旨は以下のとおりである。なお,被告は,本件審決は実質的な証拠があり正当であると主張している。
2 本件審決の認定した販売価格引上げの前後の諸事情には実質的な証拠がないこと
(1) 糖化委員会における情報交換の内容について
本件審決は,10社が,①平成22年10月ないし同年12月の糖化委員会において,本件各製品の販売価格を年明けから1キログラム当たり10円引き上げること等に関する情報交換や当該値上げのための日経対策に関する協議を行い(事前情報交換等1),②平成23年1月以降の糖化委員会において,本件各製品の販売価格引上げの交渉の進捗状況に係る情報交換を行い(進捗状況情報交換1),③同月から同年6月の糖化委員会において,本件当初値上げによる本件各製品の販売価格の引上げ額を1キログラム当たり15円ないし20円と修正することなどに関する情報交換や当該値上げのための日経対策に関する協議を行い(事前情報交換等2),④同年7月以降の糖化委員会において,追加分を含めた本件各製品の販売価格引上げの交渉の進捗状況に関する情報交換を行った(進捗状況情報交換2)と認定した。
しかし,そもそも,競争の激しい糖化製品業界において,各事業者が歩調を合わせることができる状況にはなく,糖化委員会の出席者が歩調を合わせて値上げをする旨の発言をしたことはないのであり,出席者の中には値上げの話をした者もいたが,他社の発言は駆け引きの一環であって真意ではないと受け止めており,事業者相互間に共同の認識・認容が生じる関係にはなく,不当な取引制限につながる情報交換が行われた事実はない。
これらのことは,審査官の誘導により作成される供述調書よりも一般的に信用性の高い工業会の中野の参考人審尋(以下「中野審尋」という。)及び同人の陳述書(審1。中野審尋と併せて「中野審尋等」という。),原告の西原(以下,単に「西原」ともいう。)の参考人審尋(以下「西原審尋」という。)及び同人の陳述書(審4。西原審尋と併せて「西原審尋等」という。),原告と雇用関係のない第三者であって事実や記憶に反して原告に有利な陳述を行う必要がなく,その内容が信用できる日本澱粉工業の本坊の陳述書(審6。以下「本坊陳述書」という。)や日本食品化工の首藤の面談報告書(審5。以下「首藤面談報告書」という。)により裏付けられている。しかし,本件審決は,審査官が審査段階で恣意的に作成し,本件審判手続において恣意的に選別して提出し,相互に矛盾する部分も多い関係者の供述調書の信用性を認める一方,合理的な理由がないにもかかわらず原告提出の各証拠を採用しなかった。
(2) 本件日経対策1及び2について
本件審決は,本件当初値上げの前後の事情として,平成22年12月に糖化委員会での協議結果を踏まえた日経記者との懇談会を行ったこと(本件日経対策1),平成23年2月及び同年5月に糖化委員会での協議結果を踏まえた日経記者との懇談会を行ったこと(本件日経対策2)を認定した。
しかし,前記のとおり,そもそも糖化委員会は,出席者同士で協議の結果を出せる場でなかったのであり, 日経記者との懇談会が「糖化委員会での協議の結果を踏まえて」行われたと言うには程遠いものであった。
日本澱粉工業の本坊の供述調書(査182)には,平成23年2月の糖化委員会において「当時の原料相場はこれまで経験したことのないような値動きを示しており,糖化委員会の各社の発言でもさらなる値上げの幅について,発言がまとまっていませんでした。そのため,日経新聞の記者との懇談会の場で,さらなる値上げの幅をどのように説明するかについては,幹事会社にお任せすることになって」いたとの部分があり,群栄化学工業の塚越の供述調書(査196)には,平成23年5月の糖化委員会において,日経新聞の取材に対する対応については,当時の糖化委員会の幹事会社である日本食品化工,王子コーンスターチ及びサンエイ糖化に一任してはどうかとの趣旨の発言があり,この発言に対して特段異議は出ず…軽く頷いたりして了承したとの部分があり,糖化委員会の委員長及び副委員長会社が出席した日経記者との懇談会は,平成22年11月の糖化委員会での協議結果や平成23年2月及び同年5月の糖化委員会での協議結果を踏まえたものではなかったのである。
(3) 西原の原告営業本部長宛て報告の不存在について
本件審決は,10社ではそれぞれ,平成23年1月下旬までには,糖化委員会の会合の出席者又は当該出席者から糖化委員会の会合における情報交換の内容について報告を受けた者が中心となり,本件各製品の販売価格を1キログラム当たり10円引き上げる旨を決定し,また,同年6月29日までに引上げ額を1キログラム当たり15円ないし20円とする旨を決定したと認定し,他方で,原告における本件各製品の販売価格の値上げが9社の行動と無関係に独自の判断によって行われたことをうかがわせる事情はないことを指摘し,西原が,原告の営業本部長(平成23年3月末までは加藤鐘二,同年4月1日以降は加藤貞男)に対して糖化委員会の会合における情報交換や協議の内容を報告していたと推認するのが相当であると判断した。
しかし,西原が糖化委員会の会合における発言等を販売価格引上げの方針の決定権限を有する営業本部長に報告したことは一切なく,営業本部長は,糖化委員会における出席者の発言等とは関係なく独自に販売価格の引上げを決定したのであり,このことは,9社とは異なり創業家である加藤家の一族が株式を保有し,その意思決定を行う原告においては自然なことである。
これらは,いずれも,西原審尋等,加藤鐘二の参考人審尋(以下「鐘二審尋」という。)及び陳述書(審3。鐘二審尋と併せて「鐘二審尋等」という。)並びに加藤貞男の陳述書(審2。以下「貞男陳述書」という。)によって裏付けられている。しかし,本件審決は,これらの証拠を合理的な理由なく採用しなかった。
(4) 競合社間連絡等について
さらに,本件審決は,糖化委員会の場以外においても,10社の間では…他の入れ合い先と連絡を取り合って足並みをそろえるなどしていた(競合社間連絡等)と認定し,あたかも10社が販売価格引上げ行為について足並みをそろえていたかのように指摘するが,そのような事実はない。
前述のとおり,糖化製品の業界は競争が激しく,糖化委員会の出席者が歩調を合わせることができる状況にはなかった上,原告としての販売価格の引上げは,糖化委員会における発言等とは無関係に原告の営業本部長が決定したものなのである。
(5) まとめ
以上のとおり,本件審決の指摘する販売価格引上げの前後の諸事情は,本来採用されるべき原告の申出証拠を経験則に反して合理的理由なく排斥し,誤った証拠の取捨選択の結果認定されたものであり,本件審決における上記各認定事実には実質的な証拠がない。
3 本件審決の認定した本件各合意の対象に結晶果糖が含まれるとの事実には実質的な証拠がないこと
本件審決は,①「異性化糖」を別紙2(用語集)記載のとおりに定義する場合には結晶果糖も「異性化糖」に含まれることについて当事者間に争いがないこと,②糖化製品の原料価格の高騰により値上げの必要性が生じたという本件各合意がされた背景事情は結晶果糖にも当てはまること,③糖化委員会の会合の場で結晶果糖が除外されていたことをうかがわせる証拠はなく,原告はジャン決めにより結晶果糖も他の特定異性化糖と同様に販売価格の引上げを申し入れていること,④砂糖及びでん粉の価格調整に関する法律は,異性化糖について別紙2(用語集)と同旨の定義をしていること,⑤結晶果糖と異性化液糖は多くの用途において共通し,需要者においても結晶果糖を水に溶かして異性化液糖の代替品を製造することが可能であると認識され,それまでの結晶果糖の使用から異性化液糖の使用に切り替わった商品も存在すること,⑥結晶果糖の需要者の中には異性化液糖も購入している者が多数存在することなどを併せ考えると,結晶果糖と他の異性化糖の性状の相違など,原告の主張する事情を考慮してもなお,本件各合意の対象には結晶果糖が含まれていたと認めるのが相当であると判断した。
しかしながら,粉末である結晶果糖と液状である異性化糖は,とうもろこしを原料とする糖化製品という点では共通するものの,両者は異なる製品である上,結晶果糖については,原告が国内唯一の製造業者であることから,そもそも10社間で不当な取引制限が成立する余地がなく,本件各合意には結晶果糖は含まれないのであって,これに反する本件審決の前記の事実認定は,原告の主張を実質的に考慮せず,これを排斥する具体的な理由を示さない不合理なものであり,実質的な証拠に基づかないものである。
第5 当裁判所の判断
1 当裁判所は,本件審決がその基礎となる事実として認定した①販売価格引上げの前後の諸事情及び②本件各合意の対象に結晶果糖が含まれるとの事実には,いずれも実質的な証拠があると認められるから,原告の請求は理由がないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
2 販売価格の引上げの前後の諸事情について
(1) 糖化委員会における情報交換について
原告は,本件審決が認定した事前情報交換等1及び2並びに進捗状況情報交換1及び2の各事実について,実質的な証拠がない旨主張する。しかし,これらの点については,次のとおり,実質的な証拠があるものと認められる。
ア 平成22年10月ないし同年12月の糖化委員会における事前情報交換等1について
同事実については,これらの糖化委員会の出席者の各供述調書(日本食品化工の加工食品部長であった青木(査32),同社の参与営業二部長で糖化委員会委員長であった首藤(査33,66),日本澱粉工業の常務取締役で東京支店長であった本坊(査37),群栄化学工業の執行役員であった岡本(査65,100,114),王子コーンスターチの第二営業部長であった野村(査101),サンエイ糖化の東京営業所長であった松下(査103),三和澱粉工業の営業本部第二営業部長であった齊部(査105),同社営業本部第二営業部課長であった米田(査115),日本コーンスターチの糖化営業部長であった東(査106)及び工業会の専務理事であった中野(査31,44))と,各出席者の関与の下で作成されたメモ及び出席者からの報告を受けて各社や関係者が作成した内部文書(査91ないし95,97,98,102,107,279)において,事前の情報交換が行われていた旨の具体的な供述やこれを裏付ける当時作成のメモ等の記載があり,これらは,不自然な点はなく,互いに符合し,相互にその信用性を補完し合っている上,糖化委員会の出席者の供述は,いずれも供述者が所属する会社にとって,本件各違反行為の存在を基礎付ける不利益な内容の陳述であることに照らし,信用することができるから,実質的な証拠があるものと認められる。
イ 平成23年1月ないし同年6月の糖化委員会における事前情報交換等2及び進捗状況情報交換1について
同事実については,これらの糖化委員会の出席者の各供述調書(日本食品化工の青木(査183),同社の首藤(査66,185),日本澱粉工業の本坊(査13,182),王子コーンスターチの野村(査188),群栄化学工業の岡本(査65,189,206),同社の塚越(査196),日本コーンスターチの糖化営業部長であった佐藤(査201,202)及び工業会の中野(査178,192))と,各出席者の関与の下で作成されたメモ及び出席者からの報告を受けて各社や関係者が作成した内部文書(査179ないし181,186,187,190,191,193ないし195,197ないし200,207,208,210)において,事前の情報交換等が行われていた旨の具体的な供述やこれを裏付ける当時作成のメモ等の記載があり,これらは,不自然な点はなく,互いに符合し,相互にその信用性を補完し合っている上,糖化委員会の出席者の供述は,いずれも供述者が所属する会社にとって,本件各違反行為の存在を基礎付ける不利益な内容の陳述であることに照らし,信用することができるから,実質的な証拠があるものと認められる。
なお,原告の西原も,平成23年1月から同年3月の間の糖化委員会において各社の出席者から値上げの進捗状況の報告があったことや同月ないし同年4月位からは,追加値上げの話が出つつあったことを,その参考人審尋において認めているところである(西原審尋調書9頁)。
ウ 平成23年7月以降の糖化委員会における進捗状況情報交換2について
同事実についても,糖化委員会の出席者の各供述調書(日本澱粉工業の本坊(査13),日本食品化工の首藤(査185,231),日本コーンスターチの佐藤(査213),群栄化学工業の塚越(査227),同社の岡本(査206)及び工業会の中野(査192,230))と,各出席者の関与の下で作成されたメモ(査228,229,232,235,236)において,販売価格引上げ等の進捗状況に係る情報交換が行われていた旨の具体的な供述やこれを裏付ける当時作成のメモ等の記載があり,これらは,不自然な点はなく,互いに符合し,相互にその信用性を補完し合っている上,糖化委員会の出席者の供述は,いずれも供述者が所属する会社にとって本件各違反行為の存在を基礎付ける不利益な内容の陳述であることに照らし,信用することができるから,実質的な証拠があるものと認められる。
エ この点について,原告は,糖化委員会の出席者が歩調を合わせて値上げをする旨の発言をしたことはない旨主張し,中野審尋等,西原審尋等,本坊陳述書及び首藤面談報告書にはこれに沿う部分がある。
しかし,①日本澱粉工業の本坊が作成した平成23年1月の糖化委員会の内容を記載したメモ(査180)には,「基本的に昭和と足並みをそろえる。(敷島)」及び「客も覚悟はできている。値上げ時期と幅は入れ合い先と歩調を合わせ実施していく。(加藤)」との各記載があり,②原告の大阪支店長であった仲山が同年9月に作成した顧客情報カード([A]に関するもの。査167)の「最近の接触状況」欄にも,「一次値上げの10円は各社足並み一致したが,二次値上げは上げ幅,時期で各社バラツキあり」との所見が記載されているところ,これらのメモや内部文書は,糖化委員会の出席者間の情報交換等を通じて各事業者が歩調を合わせて販売価格の引上げをする旨の本件各合意の存在を前提とするものであり,これらの客観的な証拠に照らし,これに反する原告の主張に沿う各供述証拠はいずれも客観的な裏付けを欠くものであり,これらは採用することができないとした被告の判断は合理的である。
また,原告は,糖化製品の業界は競争が激しく,糖化委員会の出席者が歩調を合わせることができる状況にはなかったものであり,各出席者は,他社の発言が必ずしも真意であるとは受け止めておらず,駆け引きの一環とも理解していたのであるから,出席者間の情報交換は不当な取引制限につながるものではないと主張し,原告が援用する前記各証拠にはこれに沿う部分がある。
しかし,平成22年11月の糖化委員会において,各社が本件各製品の販売価格の引上げについて順次発言した際,群栄化学工業の岡本が,このような形で情報を共有することは問題ではないかとの趣旨の発言をしたところ,委員長であった日本食品化工の首藤が「各社が独り言を言っているものと考えてほしい」旨の発言をし,その後も同様の情報交換が続けられ,以降,これに異を唱える出席者はいなかった事実(同糖化委員会の複数の出席者(群栄化学工業の岡本(査100,114),三和澱粉工業の米田(査104),日本コーンスターチの東(査106),工業会の中野(中野審尋28頁))の各供述が一致していることに照らし,この事実が認められる。)に照らし,糖化委員会の出席者が本件各製品の販売価格引上げにつきこのような形で情報交換をすることは独占禁止法等との関係で問題となるおそれがあることを十分に認識しながら,一定の目的を持って積極的に情報交換を続けていたものと認められる。
また,日本コーンスターチの佐藤は,その供述調書(査36)において,「異性化糖の業界は,毎月1回行なわれる糖化委員会や,…懇親会等の場で同業他社の担当者と会う機会が多く協調体制にあるといえます。」と供述しているところ,10社においては,平成12年7月31日及び平成13年3月29日に営業部長等の会合である「のぞみ会」を開催し,また,平成15年9月29日には支店長等の会合である「有志会」を開催し,これらの会合において,本件各製品の価格形成について継続的に情報交換や価格改定にかかる相互拘束を明示した申合せを行っているなど(査68,72,75),佐藤の前記供述に沿う客観的な証拠の存在に照らし,同供述を信用することができることや,原告の営業本部長である加藤貞男が他社の営業担当者と自ら積極的かつ頻繁に情報交換をしていることが認められること(査278),10社による本件各製品の販売価格引上げの申入れが別紙4のとおり値上げ時期及び値上げ幅をほぼ同一にして行われており,本件各排除措置命令を受けた原告を除く9社がこれに対する不服申立てをしなかったことに照らしても,糖化委員会の出席者が歩調を合わせることができる状況にはなかったとは認められない。
これに反する原告の主張に沿う前記各証拠は採用することができず,他に上記判断を左右するに足りる証拠があるとは認められない。
なお,価格カルテルの態様による不当な取引制限は,その当事者により同一時期に同一の値上げ幅による値上げを認識ないし予測しこれと歩調をそろえる意思の一致がされた時点で成立するものであり,その後,需要者との交渉の結果等の事情により合意どおりの値上げが実施できなかった部分があったとしても,不当な取引制限の成立を左右するものではない。
(2) 本件日経対策1,2について
ア 原告は,本件審決が認定した本件日経対策1,2の各事実についても実質的な証拠がない旨主張する。しかしながら,同各事実については,糖化委員会の出席者の各供述調書(日本食品化工の首藤(査33,66,185),王子コーンスターチの野村(査101,108,188),サンエイ糖化の松下(査103)及び工業会の中野(査44,192))と,日経記者との懇談会の実施に関する文書や連絡メール(査109ないし111,203,204)及び日経新聞の記事(査112,205)によれば,本件各合意に沿った販売価格の引上げ交渉を円滑に実施するため,従前と同様,糖化委員会の委員長等を担う幹事会社において,日経対策を行ったとの具体的な経緯に係る供述やこれを裏付ける懇談会実施のための連絡文書が存在し,これらに不自然な点はなく,また,日経記者との懇談会の直後に本件審決が認定した記事が日経新聞に掲載されているのであって,本件日経対策1,2についても実質的な証拠があるものと認められる。
イ 原告は,そもそも糖化委員会は出席者同士で協議の結果を出せる場でなかったのであり,日経記者との懇談会が「糖化委員会での協議の結果を踏まえて」行われたと言うには程遠いものであったと主張する。
しかし,原告の同主張に照らしても,日経記者との懇談会において取材にどのように答えどのような説明をするかについては,糖化委員会において事前に幹事会社の裁量に任せる旨の意思統一があったことを認めているものと解される(原告が指摘する日本澱粉工業の本坊の供述調書(査182)や群栄化学工業の塚越の供述調書(査196)の内容はいずれもこれに沿うものである。)のであるから,本件日経対策1及び2は糖化委員会における協議の結果を踏まえたものであったと認められる。
したがって,糖化委員会の委員長及び副委員長が出席した日経記者との懇談会が,平成22年11月の糖化委員会での協議結果や平成23年2月及び同年5月の糖化委員会での協議結果を踏まえたものでなかった旨の原告の主張を採用することはできない。
(3) 西原の原告営業本部長宛て報告について
原告は,西原が糖化委員会における発言等を原告営業本部長に報告したことは一切なく,原告営業本部長は,糖化委員会における出席者の発言等とは関係なく独自に販売価格の引上げを決定したのであり,このことは,9社とは異なり創業家である加藤家の一族が株式を保有し,その意思決定を行う原告においては自然なことであると主張し,西原審尋等,鐘二審尋等及び貞男陳述書にはこれに沿う部分がある。
しかし,①西原審尋には,原告営業本部長に対し,本件各製品の価格を決定するに当たり重要な局面においては他社の動向を伝える情報提供をしていたものの,糖化委員会において入手した他社の動向に関する情報は自ら保持するにとどめ,これを原告営業本部長に報告しなかったとの部分があるところ,その内容は不自然不合理であること,②前記(1)エのとおり,原告の社内で共有される重要書類である顧客情報カードに「一次値上げの10円は各社足並み一致したが,二次値上げは上げ幅,時期で各社バラツキあり」との所見が記載され,原告社内において本件各合意の存在が共有されていたことを示す客観的事実に反するものであることに照らし,前記各証拠をたやすく採用することはできない。
(4) 競合社間連絡等について
これらの事実については,10社の担当者等の供述調書(日本食品化工の青木(査249,269),同社大阪支店長であった[B](査260),同社大阪支店営業二課長であった[C](査34,261),同社名古屋支店長であった[D](査254),同社技術営業部次長であった[E](査265),三和澱粉工業の齊部(査128,244,263,273,275,277),同社の米田(査245),同社営業本部第二営業部課長代理であった[F](査262),日本コーンスターチの佐藤(査253,259,266),同社大阪支店販売部長であった[G](査246),日本澱粉工業東京支店糖化営業課長であった田中通幸(査247),同社福岡支店長であった臼井学(査258)及び群栄化学工業の塚越(査268))や,これらの関係者により作成されたメモ及びメール等(査248,250ないし252,255ないし257,264,267,270ないし272,274,276),本件各製品の需要者側の担当者の供述調書([H]生産部生産管理課係長であった[I](査22)及び[J]購買部係長であった[K](査23)),競合社間の会合の開催を示すメモやメール等の連絡文書等(査237ないし243)の各証拠が存在しているところ,これらにおいては,10社の担当者が糖化製品業界の従前からの慣行の一環として糖化委員会以外の場においても,同一の納入先を有する競合社間において継続的かつ頻繁に連絡を取り合い,本件各製品の値上げや価格維持の交渉において歩調をそろえてきた旨の詳細かつ具体的な内容の供述がされ,不自然な点はなく,相互に符合してその信用性を補完し合っている上,具体的な交渉内容についてその都度作成されたメモやメール等の客観的な証拠によって裏付けられているから,信用することができる。
したがって,本件審決が認定した競合社間連絡等の事実についても,実質的な証拠があるものと認められる。
(5) 以上によれば,本件審決がその基礎となる事実として認定した販売価格引上げの前後の諸事情についてはいずれも実質的な証拠があるものと認められ,本件審決が,これらの各事情を総合した上で,本件各合意の存在を認めたことは,実質的な証拠に基づく相当な判断であったと認められる。
これと異なる原告の主張は,いずれも採用することができない。
3 結晶果糖について
原告は,①粉末である結晶果糖と液状である異性化糖は,とうもろこしを原料とする糖化製品という点では共通するものの,両者は異なる製品であること,②結晶果糖については,原告が国内唯一の製造業者であることから,そもそも10社間で不当な取引制限が成立する余地がなく,本件各合意には結晶果糖は含まれないのであって,これに反する本件審決の事実認定は,実質的な証拠に基づかないものであると主張する。
しかし,一般に結晶果糖も異性化糖の一種であると理解されている。そして,①結晶果糖は,液状である異性化糖(ぶどう糖果糖液糖,果糖ぶどう糖液糖及び高果糖液糖)のうち高果糖液糖を結晶化して固体と液体を分離し乾燥させたものであって,両者の製造過程は途中まで同一であり,②原告の製造する結晶果糖の組成分(固形分100%,果糖含有量99.5%以上)と高果糖液糖の組成分(固形分75%,果糖含有量95.0%以上,その他の糖分5.0%以下)は相当に近似しており(審7),③結晶果糖の需要者である清涼飲料水製造業者,酒類製造業者や食料品製造業者においては,結晶果糖の購入・使用を高果糖液糖で代替していることがうかがえること(査21,290,291)に加え,④原告の営業本部長であった加藤貞男は,平成23年8月頃,[L]から結晶果糖の注文を受けた際,その販売価格を提示するに当たり,[L]から日本食品化工に注文され納入されていた同社製造に係る高果糖液糖の販売価格を参照する目的で,同月23日,日本食品化工の[M]に情報交換を申し入れるなど(査278),原告において需要者側における結晶果糖と高果糖液糖の代替性の存在を前提とした行動をとっていると認められることを併せ考慮すれば,結晶果糖と異性化液糖(特に高果糖液糖)との間には相当の代替性があるものと認められる。
そうすると,そのような結晶果糖に関する事情を熟知している糖化製品の製造・販売業者間における本件各合意において結晶果糖を除外したとの事情がうかがえないこと,原告が本件各合意の後ジャン決めに係る結晶果糖についても他の特定異性化糖と同様に販売価格の引上げを申し入れたことも総合すれば,原告が国内で唯一の結晶果糖の製造業者であることを考慮しても,結晶果糖も本件各合意の対象であったと認めるのが相当であり,この点の本件審決の認定にも,実質的な証拠があるものと認められる。
これに反する原告の主張を採用することはできない。
4 結論
以上のとおり,本件審決の基礎となった事実を立証する実質的な証拠がないとは認められず,原告の本件各請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第3特別部
裁判長裁判官 菊池 洋一
裁判官 佐久間 政和
裁判官 工藤 正
裁判官 布施 雄士
裁判官鈴木正紀は,転補のため,署名押印することができない。
裁判長裁判官 菊池洋一
(別紙1) 事業者目録
1 昭和産業株式会社 (略称 昭和産業)
2 日本食品化工株式会社 (略称 日本食品化工)
3 日本コーンスターチ株式会社 (略称 日本コーンスターチ)
4 日本澱粉工業株式会社 (略称 日本澱粉工業)
5 サンエイ糖化株式会社 (略称 サンエイ糖化)
6 三和澱粉工業株式会社 (略称 三和澱粉工業)
7 群栄化学工業株式会社 (略称 群栄化学工業)
8 王子コーンスターチ株式会社 (略称 王子コーンスターチ)
9 敷島スターチ株式会社 (略称 敷島スターチ)
以上
(別紙2) 用語集
1 糖化製品
とうもろこしから生成されたでん粉をアミラーゼ等の酵素又は酸により加水分解して得られたもの
2 異性化糖
糖化製品のうち,とうもろこしから生成されたでん粉をアミラーゼ等の酵素又は酸により加水分解して得られたグルコース1分子の糖を,グルコースイソメラーゼ又はアルカリにより異性化して得られた果糖を含むもの
3 水あめ・ぶどう糖
糖化製品のうち異性化糖を除くもの
4 ルール決め
需要者に対する糖化製品の価格決定方式のうち,砂糖及びでん粉の価格調整に関する法律(昭和40年法律第109号)15条1項に定められた「売戻しの価格」等の指標に用いた計算式を定め,当該計算式で用いられた指標の変動に応じて価格を定めるもの
5 固定価格
需要者に対する糖化製品の価格決定方式のうち,年間,暦年等の特定の期間を通じて同一の価格を定めるもの
6 特定異性化糖
異性化糖のうち,前記4のルール決め及び前記5の固定価格を除く価格決定方式により価格を定める条件で取引する需要者向けに販売されるもの
7 特定水あめ・ぶどう糖
水あめ・ぶどう糖のうち,前記4のルール決め及び前記5の固定価格を除く価格決定方式により価格を定める条件で取引する需要者向けに販売されるもの
以上
(別紙3) 略
(別紙4) 略
(別紙5) 本件審決の認定した事実経過
1 10社の協調関係
10社は,平成22年10月の糖化委員会が開催される以前にも,かねてより,糖化委員会の会合等において,各社における糖化製品の販売価格,値上げ交渉の状況等について情報交換を行っていた。
また,日本経済新聞社が発行する日本経済新聞(以下「日経新聞」という。)には,同社の取材に基づく糖化製品の価格相場(以下「日経相場」という。)が掲載されており,糖化委員会も,同社の記者(以下「日経記者」という。)の取材を受けることがあった。
10社は,需要者との間で糖化製品の販売価格を交渉する際に,有力紙である日経新聞に掲載される糖化製品に関する記事や日経相場の状況が影響を与えることがあったことから,糖化製品の値上げの局面等においては,値上げに関する需要者の理解を得やすくし,値上げ交渉を円滑に進めるために,日経記者に対し,値上げが必要な事情や各社の値上げの方針,値上げの状況を説明し,これを記事にしてもらうよう働きかけるなどしていた。10社は,糖化委員会の会合等において,上記の目的で日経記者に対して懇談会(以下「日経記者との懇談会」という。)の開催を申し入れることや,日経記者から糖化製品の価格に関して取材を受けた場合の対応等について話し合っていた。
10社は,以上のような日本経済新聞社に対する対応を総称して,「日経対策」と呼んでいた。
2 平成22年10月から同年12月までの10社間の情報交換等
(1) 平成22年10月の糖化委員会
平成22年10月の糖化委員会において,王子コーンスターチの野村,サンエイ糖化の松下及び日本食品化工の青木は,とうもろこしのシカゴ相場の上昇傾向を受け,本件各製品について,年明けに1キログラム当たり5円から10円値上げすることに向けてのアナウンスを一部の取引先に対して始めている旨発言した。
また,原告の西原は,原料高の状況の中,価格については本腰を入れなければならない旨,日本コーンスターチの東は,値上げに対する具体的な資料を作成中である旨,日本澱粉工業の本坊は,原料相場からすると1キログラム当たり10円程度の値上げが必要である旨それぞれ発言し,昭和産業の杉山,敷島スターチの土井及び三和澱粉工業の齊部からも,値上げが必要となるという趣旨の発言があった。
これらの発言に対し,特に異を唱える出席者はいなかった。
(2) 平成22年11月の糖化委員会
平成22年11月の糖化委員会において,日本食品化工の青木は,「平成23年1月納入分から,異性化糖を中心とした糖類を1キログラム当たり10円値上げすることで,取引先に対し値上げ活動を行っていく」旨発言し,群栄化学工業の岡本は,「群栄ぐらいの小さなシェアの会社は皆様に追随せざるを得ませんので,うちも年明けから値上げを検討しています」旨発言し,王子コーンスターチの野村は,「弊社としては,1月から10円程度の値上げが必要な状況となっています」旨発言するなど,各出席者はそれぞれ,本件各製品について値上げをする方向で検討している旨報告した。
なお,各社が販売価格の引上げの意向を述べたことに関し,群栄化学工業の岡本が,同業者が集まる場でこのような話をするのは問題である旨発言したところ,当時,糖化委員会の委員長であり,同会合の司会を務めていた日本食品化工の首藤は,「各社が独り言を言っていると思って欲しい」旨発言し,同発言以降,岡本の上記発言に関する出席者からの発言はなされず,その後の糖化委員会の会合でも,岡本と同様の発言をする者はいなかった。
各出席者からの発言後,日本食品化工の首藤は,各社とも1キログラム当たり10円の値上げでしっかり取り組んでいきましょうという趣旨の発言をし,原告の西原を含め,特に異を唱える出席者はいなかった。
また,同会合において,日経対策として日経記者との懇談会を開き,糖化委員会の幹事会社(委員長及び副委員長)である日本食品化工の首藤及び同青木,王子コーンスターチの野村並びにサンエイ糖化の松下の4名が,日経記者に対して,各社における本件各製品の販売価格の引上げ方針を日経新聞に掲載してもらうよう働きかけることとされた。
(3) 平成22年12月の日経記者との懇談会及び記事の掲載
日本食品化工の首藤ら前記(2)の4名及び工業会の中野は,平成22年12月14日,日経記者の五十嵐孝(以下「五十嵐記者」という。)と面会し,同記者に対し,本件各製品の原料であるとうもろこしの価格の推移に関する資料等を示しながら,日本食品化工,王子コーンスターチ及びサンエイ糖化が,いずれも平成23年1月納入分から,本件各製品の販売価格を1キログラム当たり10円引き上げる方針である旨説明した。
その結果,同月22日付けの日経新聞に,王子コーンスターチなどの異性化糖メーカーが,原料であるとうもろこしの価格の急騰を主因として,平成23年1月出荷分から糖化製品を1キログラム当たり10円値上げし,王子コーンスターチ及びサンエイ糖化は同月4日,日本食品化工は同月5日からの実施をそれぞれ目指す旨の記事が掲載された。
(4) 平成22年12月の糖化委員会
平成22年12月の糖化委員会において,日本食品化工の首藤は,日経新聞に前記(3)の記事が掲載されたことを報告し,「記事に取り上げてもらっているので,平成23年1月以降の価格修正について,非常にやり易くなった」旨発言した。
出席者からは,王子コーンスターチの野村が,「弊社としては,日経の記事にもあるとおり,来年1月から値上げ交渉に入ります」などと発言し,その他の出席者からも,「原料の高騰による値上げのアナウンスを行ってきたが,平成23年1月から1キログラム当たり10円の値上げの交渉に入る」旨,「日経新聞に記事が出たこともあり,1月より1キログラム当たり10円で粘り強く交渉を行う」旨の発言等,本件各製品について,平成23年1月から1キログラム当たり10円の値上げを目指して交渉を行っていくとの発言が多くなされ,原告の西原を含め,これに異を唱える出席者はいなかった。
各出席者からの上記発言後,日本食品化工の首藤は,原料価格が高騰し続けているので,需要者との価格交渉を頑張っていこうという趣旨の取りまとめの発言をした。
3 本件各製品の販売価格の引上げ
10社ではそれぞれ,糖化委員会の会合の出席者又は当該出席者から糖化委員会の会合における情報交換の内容について報告を受けた者が中心となり,遅くとも平成23年1月下旬までに,本件各製品の販売価格を現行価格より1キログラム当たり10円引き上げる旨を需要者に対して申し入れる旨決定し,同年1月から2月にかけて,需要者に対し,同年2月1日又は同年3月1日を実施期日として,本件各製品の販売価格を現行価格より10円引き上げる旨を申し入れるなど,販売価格の引上げ交渉を開始した(別紙4参照)。
原告においても,大阪支店長の仲山博一(以下「原告の仲山」という。)ら同社の営業担当社員又は取引先である商社(以下,単に「商社」という。)の担当社員が,平成23年1月25日から同年2月15日にかけて,需要者の事務所を訪れて,本件各製品につき1キログラム当たり10円の値上げを申し入れたり,同年1月末頃から2月上旬頃に,商社を通じて,一部の需要者に対して値上げを申し入れ,交渉の結果,同年2月14日に,特定異性化糖につき1キログラム当たり4円ないし6円の値上げを実現したり,原告大阪支店の所管する商社及び需要者に対し,原告大阪支店を作成名義人とする,本件各製品の「製品価格改定のお願い」と題する文書を送付し,本件各製品について,同年3月1日以降納入分より,1キログラム当たり10円の値上げを行うことを申し入れるなどした。
また,原告は,ジャン決めに係る結晶果糖についても,他の特定異性化糖と同様に,販売価格の引上げを申し入れた。
4 平成23年1月から同年6月までの10社間の情報交換等
(1) 平成23年1月の糖化委員会
平成23年1月の糖化委員会において,日本食品化工の首藤は,同月28日付けの日経新聞に,異性化糖の販売価格の引上げが1キログラム当たり6円から7円で決着し,水あめ・ぶどう糖もそれぞれ値上がりした旨の記事が掲載されたことを報告した上で,原材料の価格は高騰を続けており,更なる値上げが必要である旨発言した。
他の出席者からは,本件各製品の販売価格の引上げについて,日本食品化工の青木が,更なる値上げが必要であり,1キログラム当たり6円ないし7円ではなく,あくまで10円の値上げを社内の営業担当者に指示している旨,昭和産業の杉山が,同年3月までには1キログラム当たり10円の値上げを行い,同年4月以降更に1キログラム当たり10円の値上げを目指す旨,敷島スターチの土井が,基本的に昭和産業と足並みをそろえる旨,日本コーンスターチの斉藤が,1キログラム当たり10円の値上げは達成していないが,10円は必ず上げるように社内の営業担当者に指示している旨,サンエイ糖化の松下が,同年3月末までに1キログラム当たり10円の値上げを目指し交渉中である旨,王子コーンスターチの野村が,現在の進捗は1キログラム当たり平均6円ないし7円であるが,同年3月までに分割でもよいから1キログラム当たり10円の値上げを指示している旨,三和澱粉工業の齊部が,需要者は事情を理解してくれており,1キログラム当たり10円の値上げを目指しているが,原料状況から更なる値上げも必要である旨,日本澱粉工業の本坊が,1キログラム当たり10円の値上げを目指して交渉しているところであり,原料相場からすると,更に値上げが必要である旨,原告の西原が,需要者も覚悟はできており,値上げ時期と幅は入れ合い先(複数の同業者がお互いに競合する商品を同一の需要者に納入している場合における当該同業者を指す。以下同じ。)と歩調を合わせて実施していく旨,それぞれ発言した。
各出席者からの上記発言後,日本食品化工の首藤は,とうもろこしのシカゴ相場の今後の動向からすれば,1キログラム当たり10円の値上げだけでは足りないので,更なる値上げを検討しなければならない旨の取りまとめの発言をした。
(2) 平成23年2月の糖化委員会
平成23年2月の糖化委員会では,日本食品化工の青木が,原料価格の高騰を踏まえ,更に5円の値上げ,合計で15円の値上げが必要である旨発言し,王子コーンスターチの野村が,原料価格の更なる高騰から,同年4月以降,1次値上げに追加して5円以上の値上げが必要と考えている旨発言するなど,同年3月までに1キログラム当たり10円の値上げを交渉中であるが,現在も続いている原料価格の高騰を踏まえると,同年4月以降に更なる値上げが必要であるとの発言が大勢を占め,原告の西原を含め,これに異を唱える出席者はいなかった。
また,同会合において,日経対策として,幹事会社が日経記者との懇談会を開き,本件各製品につき販売価格の追加の引上げに関する記事を掲載してもらうよう働きかけることとされた。
その後,日本食品化工の首藤,王子コーンスターチの野村,サンエイ糖化の松下及び工業会の中野は,同年3月1日,五十嵐記者と面会し,原料であるとうもろこしの価格の推移等に関する資料を示しながら,首藤が,同年1月以降の1キログラム当たり10円の値上げに追加して,同年4月以降更に5円の値上げが必要である旨説明し,野村及び松下も,自社の方針は日本食品化工と同様である旨を伝えた。しかし,同年3月11日に東日本大震災が発生したことなどから,上記追加の販売価格引上げに関することは記事として日経新聞に掲載されなかった。
(3) 平成23年3月の糖化委員会
平成23年3月の糖化委員会において,昭和産業の杉山は,自社工場が東日本大震災で被災したことから今は値上げのお願いに行ける状況ではない旨報告した。一方,群栄化学工業の岡本は,「1月から,10円の値上げをお願いするべく動いているが,原料価格の高騰を考えると,4月から更に5円程度の値上げが必要である」旨発言し,原告の西原も「4月以降も5円上げないと厳しい」旨発言した。
他の出席者からも,「1キログラム当たり10円の値上げについては70ないし80パーセント程度達成したが,4月から更に1キログラム当たり5円値上げし,合計で1キログラム当たり15円の値上げに向けて交渉中である」旨,「1キログラム当たり10円の値上げについてはほとんど決着したが,震災の影響で更なる値上げのタイミングを逸しており,値上げ幅は決めかねているものの2次値上げは必要である」旨,「震災の影響で日本への入港を回避する船もおり,船賃が余計に上昇していることなどから,追加の値上げは必要である」旨,「震災の影響で安定供給を望むユーザーが増えており,値上げがしやすい環境になってきている」旨,「震災の影響で配送運賃が割増しになっており,その分の値上げが必要である」旨,「燃料費の上昇傾向や船賃が上昇する懸念があるため,4月から1キログラム当たり5円の値上げを打ち出す」旨の発言等,本件当初値上げの進捗状況の報告とともに,震災の影響を踏まえつつも,追加の販売価格引上げを行っていく必要があるとの発言がなされた。
(4) 平成23年4月の糖化委員会
平成23年4月の糖化委員会では,各出席者から,「1次値上げ及び2次値上げの合計で1キログラム15円の値上げで交渉中であるが,更に3次値上げも必要である」旨,「1次値上げは1キログラム当たり10円でほぼ決着しているが,4月から2次値上げとして1キログラム10円の値上げを申し入れている」旨,「1次値上げの1キログラム当たり10円について,正直100パーセント達成しておらず,2次値上げにおいて,ユーザーごとに値位置(需要者に対する販売価格の水準のことを指す。以下同じ。)を見ながら,1キログラム当たり5円ないし10円で交渉していく」旨,「1次値上げの1キログラム当たり10円がほぼ達成でき,4月から2次値上げとして1キログラム当たり5円以上で申し入れているが,一部の取引先から,同業他社で2次値上げを言ってきたところはないと断られた」旨,「1月から1次値上げとして1キログラム当たり10円,4月から2次値上げとして1キログラム当たり5円ないし10円の値上げを申し入れているが,現状の原料状況から3次値上げも必要である」旨の発言など,本件当初値上げの進捗状況が報告されるとともに,追加の販売価格引上げの必要性に言及する発言がなされた。原告の西原も,「1次値上げと2次値上げ合わせて10円から15円を取りたい」旨発言した。
(5) 平成23年5月の糖化委員会
平成23年5月の糖化委員会では,各出席者から,「1キログラム当たり10円の1次値上げは,ほぼ達成できたが,4月からの1キログラム当たり5円の2次値上げについては難航中である」旨,「2次値上げを交渉中であるが,一部の取引先から,同業他社からは案内がないと言われている。1次,2次値上げの合計で,昨年12月比1キログラム当たり20円の値上げが必要である」旨,「2次値上げは,値位置によるが,1キログラム当たり5円ないし10円の値上げを目指している」旨,「2次値上げとして,6月1日から1キログラム当たり10円の値上げを交渉中である」旨の発言等,本件各製品の販売価格引上げの進捗状況について,本件当初値上げに追加して,更に同5円から10円の値上げを目指しているとの発言が多くなされ,原告の西原は,販売先の値位置によって値上げ幅を変える旨発言した。
また,同会合において,日経対策として,幹事会社が日経記者との懇談会を開き,本件各製品につき,同年6月以降に追加で1キログラム当たり10円,すなわち同年1月以降で合計20円の値上げを行う旨の記事を掲載してもらうよう働きかけることとされた。
(6) 平成23年6月の日経記者との懇談会及び記事の掲載
日本食品化工の首藤及び同青木,王子コーンスターチの野村,サンエイ糖化の松下並びに工業会の中野は,平成23年6月1日,日経記者の石原恭子(以下「石原記者」という。)と面会し,同記者に対し,原料であるとうもろこしの価格の推移等に関する資料を示しながら,本件各製品について,原料価格の高騰のため,平成23年1月以降の1キログラム当たり10円の値上げに加え,同年6月以降の更なる値上げ(具体的には合計で20円の値上げ)が必要であることと,その旨を記事にして欲しいことを伝えた。
その結果,同月2日付けの日経新聞に,日本食品化工などの糖化メーカーが,原料となるとうもろこし価格の高騰を転嫁するために,同月出荷分から異性化糖を1キログラム当たり10円値上げする旨,年初にも10円の値上げを実施しており,値上げが浸透すれば昨年末に比べ計20円の上昇となる旨の記事が掲載された。
(7) 平成23年6月の糖化委員会
平成23年6月の糖化委員会において,日本食品化工の首藤は,日経新聞に前記(6)の記事が掲載されたことを報告した。
その後,他の出席者からは,本件各製品の販売価格の引上げについて,日本食品化工の青木が,1キログラム当たり合計20円の値上げに向けて頑張っているが,とうもろこしのシカゴ相場が下がったこともあり,1キログラム当たり15円ないし16円になる取引先もある旨,日本コーンスターチの佐藤が,1キログラム当たり合計20円の値上げにもっていく旨,群栄化学工業の岡本が,1次値上げの1キログラム当たり10円についてはほぼ終わったが,追加の値上げについては苦しんでいる旨,サンエイ糖化の松下が,1キログラム当たり10円の値上げは終了したが,追加の値上げはこれからである旨,三和澱粉工業の齊部又は同米田が,需要者によって1キログラム当たり5円又は10円の追加値上げを申し入れている旨,王子コーンスターチの野村が,1キログラム当たり20円の値上げをしてもらった需要者もあり,需給が逼迫しているうちに1キログラム当たり20円の値上げを実現させたい旨,原告の西原が,「10はほぼ終了し,7月から更に10をすすめる」,「10に到達していないところは,不足分も含め,計20としている」,「ただ相場のダウンもあり,追加は+5か…」などといった旨を,それぞれ発言した。
日本食品化工の首藤は,各出席者からの報告の後,合計20円の値上げに取り組んでいく旨を各出席者に呼び掛けたところ,特に異を唱える出席者はいなかった。
また,日本食品化工の首藤は,石原記者から糖化製品の販売価格引上げの進捗状況に関する問合せがあったことを報告し,「値上げは合計20円でうまくいっている」旨回答するつもりであり,今後,日経新聞には,値上げが浸透したという旨の記事を掲載してもらうつもりである旨説明した。
(8) 平成23年7月の日経記者への依頼及び記事の掲載
日本食品化工の首藤は,平成23年7月6日,石原記者の取材を受け,同記者に対し,本件各製品について,値上げは合計20円でうまくいっている旨回答するとともに,追加の値上げの10円,すなわち同年1月以降の合計20円の値上げが浸透しているという記事を書いて欲しい旨を依頼した。
その結果,同年7月7日付けの日経新聞に,糖化製品について,メーカー各社が同年春に1キログラム当たり10円の値上げを浸透させたのに続き,同年6月にも再び同額の値上げを打ち出し,飲料メーカーなどがこれを受け入れて,値上げ交渉がほぼ決着した旨の記事が掲載された。また,日経相場も改定され,同新聞に掲載された同年7月の日経相場は,平成22年末比で約20円の上昇となった。
5 本件各製品の販売価格の追加引上げ
10社ではそれぞれ,糖化委員会の会合の出席者又は当該出席者から糖化委員会の会合における情報交換の内容について報告を受けた者が中心となり,遅くとも平成23年6月29日までに,同年1月以降に1キログラム当たり10円引き上げることとした本件各製品の販売価格を更に引き上げ,引上げ額を合計15円ないし20円とした上,販売価格の引上げ交渉を継続することを決定し,需要者に対し,本件各製品の販売価格の引上げを申し入れるなど,同年7月以降も販売価格の引上げ交渉を継続した(別紙4参照)。
また,原告は,ジャン決めに係る結晶果糖についても,他の特定異性化糖と同様に,販売価格の引上げを申し入れた。
6 平成23年7月以降の10社間の情報交換等
(1) 平成23年7月の糖化委員会
平成23年7月の糖化委員会において,日本食品化工の首藤は,前記4(8)の日経新聞の記事を紹介した。
その後,本件各製品の販売価格引上げ交渉の進捗状況に関し,多くの出席者から,「1次,2次合計で,1キログラム当たりおおよそ15円の値上げを達成しているが,残り5円のハードルは高い」旨の発言がされたほか,「2次値上げについては,値位置を見ながら取引先ごとに対応している」旨,「1次値上げ,2次値上げの合計で1キログラム当たり20円の値上げの旗は降ろさないつもりである」旨の発言がなされるなどした。
日本食品化工の首藤は,これらの報告を受けて,値上げがおおむね浸透したという日経新聞の記事も出たので20円を大事にしていこうという趣旨の発言をした。これに対し,原告の西原も含め,特に異を唱える出席者はいなかった。
(2) 平成23年8月の糖化委員会
平成23年8月の糖化委員会では,多くの出席者から,「1次値上げと2次値上げの合計で1キログラム当たりおおよそ15円の値上げを達成した」旨の発言がなされたほか,「2次値上げは,値位置にもよるが,1キログラム当たり5円ないし10円値上げしていく方向で交渉している」旨,「一部値位置の悪い取引先については,1次値上げ,2次値上げで合計20円の値上げを行った」旨,「1次,2次合計で1キログラム当たり15円の値上げを行ったが,1キログラム当たり合計20円の値上げに向けて交渉中である」旨の発言がなされるなどした。
(3) 平成23年9月の糖化委員会
平成23年9月の糖化委員会では,各出席者から,前月の糖化委員会に引き続き,本件各製品の販売価格の引上げ交渉の進捗状況に関する発言がなされた。
(4) 平成23年10月の糖化委員会
平成23年10月の糖化委員会でも,各出席者から,前月の糖化委員会に引き続き,本件各製品の販売価格の引上げ交渉の進捗状況に関する発言がなされた。
また,工業会の中野は,同年9月頃からとうもろこしのシカゴ相場が下落し始めたことを受けて,石原記者から糖化製品の販売価格引下げの可能性を照会された旨報告した。
(5) 平成23年11月の糖化委員会
平成23年11月の糖化委員会では,本件各製品の販売価格に関し,複数の出席者から,とうもろこしのシカゴ相場が下落したことに伴い,需要者から販売価格の引下げを求められているとの報告があった。この点について,大手需要者のうち価格決定方式をルール決めとしている需要者との価格交渉が終わった後で検討すべきだとの発言があったところ,これに異を唱える出席者はいなかった。(6) 平成23年12月の糖化委員会
平成23年12月の糖化委員会では,本件各製品の販売価格に関し,出席者から,前月の糖化委員会に引き続き,とうもろこしのシカゴ相場が下落したことに伴い,需要者から販売価格の引下げを求められているとの報告があった。また,工業会の中野は,とうもろこしのシカゴ相場の下落に伴う糖化製品の値下げに関する石原記者からの取材要請への対応について,改めて糖化委員会として正式に検討する必要がある旨報告した。これらの点について,出席者の中には,3月までは需要者からの販売価格の引下げ要求に応じない方がよいなどと発言する者もいたが,特に異を唱える出席者はいなかった。
(7) 平成24年1月の糖化委員会
平成24年1月の糖化委員会では,本件各製品の販売価格に関し,前月の糖化委員会に引き続き,石原記者からの取材要請への対応について協議がなされた。その結果,石原記者に対して,同年3月までは価格を据え置くと回答することとなった。
7 糖化委員会の会合以外での10社間の情報交換等
10社は,糖化委員会の会合の場以外でも,入れ合い先の営業担当者同士で面談をしたり,電話や電子メールで連絡を取り合うなどして,本件各値上げに係る交渉の進捗状況等について情報交換を行い,その結果を踏まえて,需要者に値上げを申し入れる時期を決めたり,申し入れる引上げ額につき他社と足並みをそろえるなどして,需要者との交渉を行った。
原告においても,大阪支店長である原告の仲山が,平成23年2月9日に,日本コーンスターチ,日本食品化工,三和澱粉工業及び日本澱粉工業の営業担当者とともに,大阪市に所在する飲食店において会合を開催し,本件当初値上げの実施状況等について情報交換を行ったり,ブルドックソース株式会社等の需要者に対する値上げの進捗状況について,原告の西原,同仲山及び原告の営業部部長代理である鈴置高司らが,他の入れ合い先の営業担当者らと情報交換を行いつつ,需要者と本件各値上げの交渉を行うなどした。
以上
平成29年1月13日