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独禁法3条後段
東京地方裁判所民事第8部
平成28年(行ウ)第453号
令和元年5月9日
大阪市港区三先一丁目11番18号
同代表者代表取締役 <A1>
同訴訟代理人弁護士 岩城本臣
同 加藤幸江
同 飯村北
同 宮塚久
同 國友愛美
同 纐纈岳志
同 岩城方臣
同 東大貴
東京都千代田区霞が関一丁目1番1号
被告 公正取引委員会
同代表者委員長 杉本和行
同指定代理人 大胡勝
同 三好一生
同 稲熊克紀
同 松田世理奈
同 渡辺大祐
同 吉兼彰彦
同 久野慎介
同 宮原信二
同 布村真里
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告が,原告を含む別紙1「事業者一覧表」記載の事業者に対し,平成28年9月6日付けでした平成28年(措)第9号排除措置命令のうち,原告に対して排除措置を命じる部分を取り消す。
第2 事案の概要
被告は,原告を含む別紙1「事業者一覧表」記載の20社の事業者(以下「原告ら20社」という。以下では,各社について同表記載の略号で呼称する。)が,東日本高速道路株式会社(以下「NEXCO東日本」という。)東北支社の発注する別紙2「本件舗装災害復旧工事一覧」記載の東日本大震災に係る高速道路の舗装本復旧工事合計12件(以下「本件工事」という。)に関して,共同して受注予定者を決定するなど,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)3条に違反する行為を行っており,かつ,特に排除措置を命ずる必要があると認めて,平成28年9月6日,原告ら20社に対し,同法7条2項に基づき,同違反行為をもはや行っていないこと,今後はNEXCO東日本東北支社が発注する舗装工事について各社が自主的に受注活動を行うこと等を取締役会で確認・決議し,当該決議等について自社を除く19社等に通知し,自社の従業員に周知徹底することなどを内容とする排除措置を命じた(以下「本件命令」という。)。
本件は,原告が,他の事業者と共同して受注予定者を決定するなどした事実はないと主張して,本件命令の取消しを求める事案である。
1 前提事実(証拠等によって認定できる事実は末尾に証拠等を掲げた。)
⑴ 当事者等
原告ら20社は,いずれも舗装工事の施工等を業とする株式会社である。
原告は,大阪市に本店を有し,その資本金は10億円である。
⑵ 本件工事の概要
NEXCO東日本は,平成23年7月8日,公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律の規定に基づき,本件工事の発注見通しを公表し,同月15日(ただし,「東北中央道・山形」は,同年8月10日)に入札公告した。
本件工事は,条件付一般競争入札の方法(入札公告により,一定の入札参加資格を付して入札の参加希望者を募り,当該参加資格条件を満たしていると認められた者を当該入札の参加者とする発注方法)により発注され,落札方式については,入札価格を80点満点で評価する「価格評価点」と,20点満点で評価する「技術評価点」を合算した点数の最も高い者が工事の落札者となる総合評価落札方式が採用された。なお,「技術評価点」は,入札者の実績等によって客観的に評価される部分(合計16点)と,入札者の提案内容を見てNEXCO東日本が評価する部分(合計4点)とによって構成されていた。
⑶ 原告を除く19社による本件工事の受注調整
ア NEXCO東日本が平成23年7月8日に本件工事の発注見通しを公表したことを受け,前田道路の担当者であった《B》,NIPPOの担当者であった《C》,日本道路の担当者であった《D》及び世紀東急工業の担当者であった《E》の4人(以下,この4人を併せて「調整役ら」という。)は,大成ロテック,大林道路,鹿島道路,東亜道路工業,ガイアート,佐藤渡辺,三井住建道路及び北川ヒューテックの計8社の各担当者と順次連絡を取り,同月21日頃までに,各社の入札金額を事前に調整することによって,12件ある本件工事を上記12社が1つずつ受注することについて合意した。また,調整役らは,その頃までに,常盤工業及び福田道路の2社について,いずれも受注を希望しないものの,受注調整には協力する意思があることを確認した。さらに,調整役らは,伊藤組,大有建設,竹中道路,地崎道路及び東京舗装工業の計5社がいずれも本件工事への入札を検討していることを把握したことから,遅くとも,同年8月下旬頃までには,同5社から,前述のとおり決定した受注予定者が各工事を受注できるように協力することについての了解を得た。
(以上につき,乙13~15,23,24,50,54~56)
イ 上記合意に基づき,各社は,本件工事の入札に先立ち,調整役らに対し,12件ある本件工事のうちのどの工事に入札する予定であるかを伝えるとともに,「技術評価点」のうちの入札者の実績等によって客観的に評価される部分(合計16点)について自社の予測値を提供した。調整役らは,あらかじめ決められた受注予定者が確実に落札することができるようにするため,受注予定者しか入札しないこととした「常磐道・いわき」の工事を除いて,各社から提供を受けた技術評価点の予測値を基にシミュレーションを行って,受注予定者以外の者が入札すべき価格を算出し,受注予定者以外の者に対してこれを伝えた。これを受けて,各社は調整役らの指示にしたがって入札した。
(以上につき,乙4,16~19,22,26,29~31)
⑷ 本件工事の入札結果
本件工事の入札は別紙2「本件舗装災害復旧工事一覧」の「入札締切日」記載の日までに行われた。その結果,「東北道・福島(上り)」の工事については,受注予定者とされていた鹿島道路の入札が書類不備のために無効となり,再入札の結果,常盤工業が落札したものの(乙47の1),その他の工事については,事前に調整役らが調整した受注予定者が落札した(乙51)。
原告は,12件ある本件工事のうち,「東北道・福島(下り)」について入札した。同工事の入札結果は以下のとおりであり,受注予定者とされていたNIPPOが同工事を落札した(乙51)。なお,NEXCO東日本が公表した同工事の契約制限価格は,21億8860万円であった。
ア NIPPO
入札価格:19億8800万円(価格評価点80点)
技術評価点:15.3点
イ 三井住建道路
入札価格:20億4000万円(価格評価点74.624点)
技術評価点:15.4点
ウ 原告
入札価格:21億円(価格評価点55.061点)
技術評価点:15.3点
⑸ 本件命令
ア 被告は,平成28年9月6日,原告ら20社に対し,本件工事に関して,共同して受注予定者を決定していたなどとして,以下の内容の排除措置を命じた。
(排除措置命令主文)
第1項 原告ら20社は,それぞれ,次の事項を,取締役会において決議しなければならない。
⑴ 本件工事について,原告ら20社が平成23年7月中旬頃以降(伊藤組,原告,大有建設,竹中道路,地崎道路,東京舗装工業にあっては,それぞれ,遅くとも同年8月下旬頃以降)共同して行っていた,受注すべき者(以下「受注予定者」という。)を決定し,受注予定者が受注できるようにする行為を行っていないことを確認すること。
⑵ 今後,相互の間において,又は他の事業者と共同して,NEXCO東日本東北支社が発注する舗装工事について,受注予定者を決定せず,各社がそれぞれ自主的に受注活動を行うこと。
第2項 原告ら20社は,それぞれ,前項に基づいて採った措置を,自社を除く19社及びNEXCO東日本東北支社に通知し,かつ,自社の従業員に周知徹底しなければならない。これらの通知及び周知徹底の方法については,あらかじめ,被告の承認を受けなければならない。
第3項 原告ら20社は,今後,それぞれ,相互の間において,又は他の事業者と共同して,NEXCO東日本東北支社が発注する舗装工事について,受注予定者を決定してはならない。
第4項 ・・・原告は,次の⑴,⑵及び⑶を行うために必要な措置を・・・講じなければならない。この措置の内容については,前項で命じた措置が遵守されるために十分なものでなければならず,かつ,あらかじめ,被告の承認を受けなければならない。
⑴ 官公需の受注に関する独禁法の遵守についての行動指針の自社の従業員に対する周知徹底(…原告にあっては当該行動指針の作成及び自社の従業員に対する周知徹底)
⑵,⑶(省略)
第5項 原告ら20社は,それぞれ,第1項,第2項及び前項に基づいて採った措置を速やかに被告に報告しなければならない。
イ 本件命令に対し,原告は,平成28年9月28日,本訴を提起した。
2 争点及びこれに関する当事者の主張
前記前提事実によれば,別紙1「事業者一覧表」記載の事業者のうちの原告を除く19社(以下「本件19社」という。)は,本件工事に関して,受注予定者を協議して定め,受注予定者とならない者は,受注予定者が受注することができるように入札価格等の点で協力することを約するという,いわば受注調整カルテルを行っており,独禁法2条6項の定める「不当な取引制限」を行っていたものと認められる。
本件の争点は,原告が,本件工事に関して,本件19社と「共同して・・・相互にその事業活動を拘束」(独禁法2条6項)したと認められるか(「意思の連絡」が存在したと認められるか)である。この点に関する当事者の主張は以下のとおりである。
(被告の主張)
原告顧問の地位にあった《A2》は,原告副会長の地位にあった《A3》の了解を得た上で,仙台に出張して本件工事の調整役を務めていた世紀東急工業の《E》と面会し,その後,同人に対して,原告が算出した発注者積算価格(いわゆる官積。事業者が予想する発注者の予定価格。)の予測値や,原告の「技術評価点」の一部についての予測値を提供するなどして,《E》を通じて本件工事に関する受注調整を行った。
原告は,《A2》及び《A3》が,いずれも原告が本件工事のうちの「東北道・福島(下り)」に関する入札価格を決定する際に開催された会議(原告内部において「札会議」と呼ばれていたもの。同工事の入札価格に関する札会議を,以下「本件札会議」という。)のメンバーではなく,原告の入札価格に関する意思決定を行う権限を有していないなどと主張する。しかしながら,《A2》及び《A3》の職歴や地位等に加え,《A2》が原告担当者から原告内部で管理されるべき自社の「技術評価点」の一部の予測値等の提供を受け,これを競争関係にある事業者に伝えていることなどを併せ考えると,同人らは,本件工事の入札に関する原告の事業活動に事実上の影響を及ぼすことができる立場にあったということができる。
《A2》は,《E》から原告の入札価格を21億円にするよう連絡を受けており,仮に,原告がこれに反する入札を行ったならば,本件19社から受注した工事への協力を拒まれるなどして,不測の損害を被る可能性があった。そのような状況下において,原告は《E》が伝えてきた金額と同額である21億円で入札したのであり,この事実は,本件工事の入札に関する原告の事業活動に事実上の影響を及ぼすことができる立場にある《A2》らが,実際に本件工事の入札に関して《E》から得た情報を原告の意思決定プロセスに反映させたという事実を裏付けるものといえる。
以上によれば,受注調整を行っていた《A2》及びその報告を受けていた《A3》は,本件工事に関して得た入札に関する情報を原告の意思決定プロセスに反映させたと認めることができるのであり,原告と本件19社との間で,本件工事のうちの「東北道・福島(下り)」に関して取決めに基づいた行動をとることを互いに認識し認容して歩調を合わせようとする「意思の連絡」があり,原告が「他の事業者と共同して・・・相互にその事業活動を拘束」(独禁法2条6項)したということができる。
(原告の主張)
原告は,自ら調査をした上で資料を作成し,これに基づき,平成23年8月29日,原告内部において本件札会議を開催し,その結果,当時,原告代表取締役副社長であり,入札価格を決定する権限を有していた《A4》が「東北道・福島(下り)」の工事の入札価格を21億円と決めたのであって,その過程において,本件19社による受注調整の影響を受けた事実はない。
原告顧問の肩書を有する《A2》が,世紀東急工業の《E》に会うために仙台に出張し,その後も,《A2》が《E》に原告の「技術評価点」の一部を提供するなどしていたことは事実であるが,《A2》が《E》から原告の入札価格に関する指示を受けたことはない。
また,仮に,《A2》が《E》からそのような指示を受けていたとしても,《A2》が得た情報は,《A4》を含む,原告が入札価格を決定する際に開かれた本件札会議の出席者には伝わっておらず,入札価格に関する原告の意思決定には何の影響も与えていない。事業者の従業者が他の事業者と接触した結果,自らの入札価格に影響を及ぼす情報を得ていたとしても,その情報が当該従業者から事業者の意思決定権者に報告され,意思決定権者の決定に影響を及ぼしたという具体的な事実について主張・立証されなければ,事業者間に「意思の連絡」があったとはいえない。本件においては,《A2》の得た情報が意思決定権者である《A4》に伝わっておらず,原告と本件19社との間で「東北道・福島(下り)」の工事に関して「意思の連絡」があったとはいえない。よって,原告が「他の事業者と共同して・・・相互にその事業活動を拘束」(独禁法2条6項)したとはいえない。
(原告の主張の詳細については,判断に必要な限度で,後記第3において掲げる。)
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実に加え,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。以下の認定に反する限度で,《A2》(甲24,証人《A2》),《A3》(甲25,証人《A3》)及び《A4》(甲23,証人《A4》)の供述等は採用することができない。
なお,原告は,乙58号証(《A3》の検面調書)及び乙68号証(《A2》の意見聴取手続における陳述書)について,時機に後れたものとして民訴法157条1項に基づき却下を求めているが,同証拠の提出の遅れについては,被告に故意又は過失が認められず(乙59,証人《A2》),訴訟の完結を遅延させることになるともいえないので,原告の同申立ては却下する。
⑴ 《A2》は,昭和47年に原告に入社した後,主に官庁工事の営業に従事し,平成13年に本店営業部長となった。原告は,平成12年から平成15年にかけて大阪市水道局発注の配水設備修繕工事について受注調整を行ったとして,平成16年5月18日,被告から,受注予定者を決定し,受注予定者が受注できるようにする行為を取りやめていることを確認しなければならないことなどを内容とする勧告審決を受けているが(乙34),《A2》は,原告の営業担当として同受注調整に関与していた。その後,《A2》は,平成21年に原告の子会社である株式会社《F》に転籍し,同社の専務取締役に就任したが,本件当時の平成23年7月から8月頃においては,原告顧問の肩書を有し,原告から一定額の給与を受けていた。
《A3》は,原告代表取締役社長である《A1》の従兄弟であり,昭和38年に原告に入社し,平成13年に代表取締役副社長に就任した。その後,平成18年に副会長となり,平成19年3月に取締役を退任したが,平成23年7月から8月頃は,引き続き原告副会長の肩書を有していた。
なお,原告の職務権限規程においては,原告副会長及び原告顧問という地位には特定の職務権限は付与されていなかった(甲5)。
⑵ 原告は,大阪市に本店を有する株式会社であり,東北地方において公共工事を受注した経験はさほど多くなかった(甲23)。しかしながら,平成23年3月に東日本大震災が発生し,東北地方において多くの復旧工事が発注されるものと見込まれていたこともあり,原告の代表取締役社長である《A1》は,《A2》に対し,東日本大震災に伴う復旧工事への対応を《A3》と相談するように言った(甲24,証人《A2》)。《A2》は,同年6月頃,《A3》に対し,本件工事に関する情報収集のために東北地方に出張することを考えている旨伝え,《A3》は,これを承諾した(証人《A2》,証人《A3》)。
⑶ 《A2》は,平成23年6月23日,原告の従業員であり,営業を担当していた《A5》(以下《A5》という。本件工事の入札事務についての原告の連絡先担当者である(乙9添付資料5,6)。)から,NEXCO東日本のホームページに掲載されている同社の会社案内等の送付を受けた後(乙37),同年7月8日,原告の費用で仙台市に出張し,世紀東急工業の東北支店において,原告の顧問であることを記載した名刺(乙35)を交付しつつ,本件工事の担当者である《E》と面会した(乙4,12,証人《A2》)。《A2》は,《E》に対し,原告が本件工事の入札への参加を検討している旨伝えたが,《E》は,既に行っていた本件工事の受注調整が原告の入札参加によってうまくいかなくなることを危惧し,《A2》に対し,遠回しに原告が本件工事に入札することを見合わせるよう伝えた(乙12)。《A2》は,このような《E》の対応を見て,本件工事に関して既に受注調整が行われていると理解した(乙3,67,証人《A2》)。《A2》は,仙台滞在時間の約4時間のほとんど全てを《E》との面会に費やした上で帰阪した。
⑷ NEXCO東日本は,平成23年7月15日,本件工事のうち,「東北中央道・山形」を除く11件の工事について入札公告をした。《A2》は,同月19日,《A5》から,かかる工事の入札公告とともに,各工事に関する原告の「技術評価点」の予測値を記載した一覧表の送付を受けた。(乙37)
⑸ 原告は,平成23年7月29日,本件工事のうち,「東北道・福島(下り)」,「東北道・仙台」及び「東北道・北上」の3件の工事に関して,競争参加資格確認申請書を提出した。《A2》は,同月下旬頃,《E》に対し,同3件の工事について入札参加予定であることを伝えた(乙4,12,21)。原告は,本件当時,入札参加に関する申請を行う前に現地踏査を行うことを通常の業務の流れとしていたが(乙42,69),本件では,競争参加資格確認申請書の提出時までに現地踏査を行っていなかった。
原告は,競争参加資格確認申請書を提出した後,上記3件の工事を受注した際の施工の検討を行ったが,当時,東北地方に拠点がなかった原告にとって,重機やアスファルト合材を確保することは容易ではなく,3件の工事を同時に受注することは施工能力の点から難しいと判断した。そこで原告は,同年8月上旬頃,「東北道・仙台」及び「東北道・北上」については,いずれも入札への参加を辞退することとしたものの(乙41,弁論の全趣旨),発注者であるNEXCO東日本に悪印象を与えないようにし,また,今後の営業に役立つかもしれないと考え,「東北道・福島(下り)」については,入札するものの,受注は目指さないこととした(乙2~4,9,12,58,67)。
⑹ 《A2》は,平成23年8月上旬頃,《E》に対し,入札に協力することを伝えるとともに,原告が「東北道・北上」及び「東北道・仙台」の入札を辞退し,「東北道・福島(下り)」には入札予定ではあるものの,落札は目指さないこと,同工事につき原告が入札すべき価格を教えてもらいたいことをそれぞれ伝え,受注に協力することによる見返りの有無についても質問した(乙3,4,9,12,67)。これに対し,《E》は,同月上旬頃,《A2》に対し,「東北道・福島(下り)」の工事について,原告の算出した発注者積算価格(官積)の予測値及び原告の「技術評価点」のうち客観的に評価される部分(合計16点)の予測値を提供するように求めた(乙4,12,67)。《A2》は,世紀東急工業に恩を売ることは将来における原告の商機につながると考え,この《E》の求めに応じ,原告担当者から聴取した上で,原告の「技術評価点」のうちの上記予測値とともに,原告としては発注者積算価格(官積)を21億円から22億円程度と見込んでいる旨を《E》に伝えた(乙3,12,67,証人《A2》)。
なお,「東北道・福島(下り)」の工事への入札を予定していた三井住建道路の担当者は,調整役の一人であったNIPPOの《C》に対して,また,大林道路及び大成ロテックの各担当者は,調整役の一人であった前田道路の《B》に対して,それぞれ自社の「技術評価点」のうち客観的に評価される部分(合計16点)の予測値を提供した(乙28,30,31)。NIPPOの《C》と前田道路の《B》は,NIPPOが・・・落札を予定していた「東北道・福島(下り)」及び前田道路が落札を予定していた「東北道・郡山」の各工事の入札に関して,それぞれが失注した場合に備えて,それぞれ落札を予定していない工事について2位の評価額となるように入札することを約束した(乙19,23,24)。
⑺ 原告は,平成23年8月23日付けで,NEXCO東日本に対し,本件工事のうちの「東北道・福島(下り)」,「東北道・仙台」及び「東北道・北上」の入札に関して,談合等の不正行為を行っていないことを誓約する書面を提出した(乙1)。また,原告は,同日,「東北道・福島(下り)」のみについて現地踏査を初めて行ったが,これは同工事の入札締切日である同月30日の1週間前のことであった(乙9,43)。
⑻ 調整役の一人であったNIPPOの《C》は,平成23年8月下旬頃,「東北道・福島(下り)」の工事に関して,上記のとおり各社から提供された技術評価点の一部の予測値を参考に,自社の入札価格を20億円程度と想定した上で,入札を予定している他社がどの程度の金額で入札すれば,事前に調整したとおりNIPPOが落札できるのかについてシミュレーションを行った。《C》は,同月26日,日本道路東北支店において,調整役であった前田道路の《B》及び日本道路の《D》にシミュレーション結果を報告した。その後,《C》は,三井住建道路の担当者に対し,上記工事に関する同社の入札価格に関する指示を伝えた。また,《E》は,《C》又は《B》から,価格シミュレーションに関する上記会合で決定した原告の入札価格について連絡を受け,それを《A2》に伝えるようにと依頼を受けた。そこで《E》は,同日頃,《A2》に対し,同工事の原告の入札価格に関して,「何円以上」という言い方で,「21億円以上」かそれに近い金額を明示して指示したところ,《A2》はこれに応じる意思を示した。(乙4,9,12,25,29,67)。
なお,「東北道・福島(下り)」工事への入札を予定していた前田道路,大成ロテック及び大林道路の各社は,いずれも,入札日である同月30日までに,調整役を務めていたNIPPOの《C》もしくは前田道路の《B》に対し,「東北道・福島(下り)」の入札を辞退する旨を伝えた(乙19,25)。
⑼ 原告内部において「東北道・福島(下り)」の工事の入札価格についての検討をしていた工事部の《A6》らは,入札締切日の前日である平成23年8月29日までに,同工事の発注者積算価格(官積)を約21億4974万円,原告が同工事を受注した際の原価コストを約20億3595万円とする見積り資料を作成した(甲10,11)。原告としての同工事の入札価格を正式に決定するため,同日,原告代表取締役副社長であり,入札額を決定する権限を有していた《A4》をはじめ,《A6》ら原告担当者の出席する本件札会議が開催され,「東北道・福島(下り)」の工事の入札価格を21億円とすることが決められた(甲23,証人《A4》)。なお,《A3》及び《A2》は,いずれも本件札会議には出席していなかった。
⑽ 原告は,平成23年8月30日,「東北道・福島(下り)」について21億円で入札したが,開札の結果,同工事はNIPPOが19億8800万円で落札し,原告は失注した(前提事実⑷)。
⑾ 本件工事の調整役を務めたNIPPOは,本件工事の入札終了後,「平成23年度得意先台帳」と題する書面に,得意先として原告の名を記載した上で,同書面の「営業取引関連図式」と題する欄に,「震災復興NEXCO復旧工事応札希望であったがプラント業者優先で断念」,「見返りに今年度物件優先受注権あり,なし?」と記載し,これを保存していた(乙40)。
⑿ 《A2》は,平成23年秋頃,本件工事の調整役のうちのいずれかの者から,NEXCO東日本の発注する舗装工事2件について原告に受注させる用意がある旨連絡を受けた。《A2》は,これを《A3》に報告したところ,工事の規模が小さいことから断るようにと指示されたため,これを断った。(乙2,3, 9,58,68)
2 「共同して・・・相互に」の要件の認定
⑴ 「不当な取引制限」とは,「事業者が,・・・他の事業者と共同して・・・相互にその事業活動を拘束し,又は遂行することにより,公共の利益に反して,一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」(独禁法2条6項)とされているところ,「共同して・・・相互に」との要件が認められるためには,複数の事業者間において,取決めに基づいた行動をとることを互いに認識し認容して歩調を合わせるという意思の連絡が形成されることをもって足りると解される(最高裁平成22年(行ヒ)第278号同24年2月20日第一小法廷判決・民集66巻2号796頁参照)。そして,そのような意思の連絡があるというためには,事業者相互で拘束し合うことを明示して合意することまでは必要でなく,相互に他の事業者の入札価格に関する行為を認識して,暗黙のうちに認容することで足りると解されること(東芝ケミカル事件に関する東京高裁平成6年(行ケ)第144号同7年9月25日・判例タイムズ906号136頁参照)に鑑みると,複数の事業者間において,上記のような意思を有する事業者の範囲を具体的かつ明確に認識することまでは要しないものとするのが相当である。
⑵ また,上記のような意思の連絡が認められるためには,入札に至る前後の諸事情を勘案して事業者の認識及び意思がどのようなものであったかを検討し,事業者相互間に共通の認識,認容があるかどうかを判断すべきである。そのような観点からすると,特定の事業者が,他の事業者との間で入札価格に関する情報交換をして,受注調整に協調する行動に出たような場合には,同行動が他の事業者の行動と無関係に,独自の判断によって行われたことを示す特段の事情が認められない限り,これらの事業者の間に,協調的行動をとることを期待し合う関係があり,意思の連絡があるものと推認されるのもやむを得ないというべきである。(前掲東京高裁判決参照)
⑶ 本件においては,前記のとおり,原告と本件19社との間で本件工事に関する入札価格に関して意思の連絡があったと認められるか否かが争われている。この点,原告は,①《A2》が,《E》を通じて,本件19社の間で行われていた受注調整に従い,原告の入札価格について合意をしたという事実はない,②仮に,《E》と《A2》との間でかかる合意がされていたとしても,かかる合意は原告が入札価格を決定する際に影響していないなどと主張する。これに対し,被告は,①については,《A2》と《E》との間で原告の入札価格について合意されており,②についても,原告はかかる合意に沿って入札価格を決定したのであって,原告と本件19社との間には受注調整に関する意思の連絡があったといえると主張する。そこで,以下,この2点に分けて検討することとする。
3 《A2》と《E》との間で原告の入札価格に関する合意がされたか(上記原告の主張①)について
⑴ア 前記前提事実及び認定事実によれば,原告顧問であった《A2》は,原告代表取締役社長の《A1》から,本件工事への対応について原告副会長の《A3》と相談するように言われたことをきっかけに,同人の了解を得て(認定事実⑴,⑵),原告に出張費用を負担させ,原告顧問の肩書きを記載した名刺を交付しつつ,世紀東急工業の《E》と面会し,本件工事の入札への参加を表明し,受注調整が行われていることを理解した上で(認定事実⑶),平成23年8月上旬頃,《E》に対して,原告の算出した発注者積算価格(官積)の予測値及び原告の「技術評価点」のうち客観的に評価される部分(合計16点)の予測値を提供し,入札に協力することを伝えるとともに,原告が「東北道・北上」及び「東北道・仙台」の入札は辞退し,「東北道・福島(下り)」については,入札予定ではあるが落札は目指さないこと,同工事につき原告が入札すべき価格を教えてもらいたいことをそれぞれ伝え,受注に協力することによる見返りの有無についても質問し(認定事実⑹),同月26日,《E》から,同工事の入札価格に関して,「何円以上」という言い方で,「21億円以上」かそれに近い金額を明示されて指示を受け,これに応じる意思を示している(認定事実⑻)。その上で原告は,同工事について,同指示に沿う21億円で入札し,結局失注している(認定事実⑽)。
イ また,調整役らは,本件工事に関して,受注調整に参加した各社から入札に参加する工事と自社の「技術評価点」の一部の予測値を提供させた上で,工事ごとにシミュレーションを行い,受注予定者以外の参加者に対し,入札価格に関する指示を行うことで,本件工事全体の受注調整を行っていた(前提事実⑶,認定事実⑻)。このような中で,仮に,《E》が《A2》に対して原告の入札価格について何らの指示もせず,原告が自由に入札価格を決定できる状況にしておけば,NIPPOが「東北道・福島(下り)」の工事を落札することができなくなるおそれがあり,本件工事全体の受注調整の結果を無にすることになりかねない。そのような場合,調整役らにおいて,何らかの対応を検討し,実際に対策を講じる必要があるといえるが,本件においてはそうした検討等が行われた形跡は認められない。そうすると,「東北道・福島(下り)」の工事についても,上記のとおり,調整役の一人であった《E》が,《A2》に対して,原告が入札に参加する工事と原告の「技術評価点」の一部の予測値に関する情報を提供するよう依頼し,《A2》からこれらの情報提供を受けた後,かかる情報を用いて,同工事についても入札価格についてのシミュレーションを行ったと認めるのが相当である。
ウ さらに,原告は,入札予定であった「東北道・福島(下り)」の現地調査を,入札締切日である平成23年8月30日のわずか1週間前である同月23日になってやっと行っている(認定事実⑺)。証拠(乙42,69)によれば,原告の当時の入札業務の流れ上,現地調査等を行うのは,入札に参加するかを判断する前と,競争参加資格確認申請を行う前とされており,原告が同工事について競争参加資格確認申請を行ったのが同年7月29日であること(認定事実⑸)を踏まえると,同工事に関する現地調査の実施は極めて遅かったといわざるを得ず,原告が同工事について実際に受注することを意図していなかったのではないかと疑わざるを得ない。
エ そして,前記認定事実(⑾)のとおり,本件工事の調整役であったNIPPOは,本件工事の入札のあった平成23年の得意先として原告の名を記載した上で,「震災復興 NEXCO復旧工事応札希望であったがプラント業者優先で断念」,「見返りに今年度物件優先受注権あり,なし??」と記載した社内文書(乙40)を本件入札後も保存していた。そうすると,NIPPOあるいは調整役らは,原告の受注調整の協力への見返りを検討していたことがうかがえるのであり,《A2》や《A3》の供述調書(乙2,3,9,58,68)の内容とも相まって,調整役らのうちのいずれかの者が,《A2》に対し,原告にNEXCO東日本の発注する舗装工事2件を受注させる用意がある旨提案したと認めるのが相当である。
オ 以上を総合勘案すると,《A2》は,《E》との間で,遅くとも平成23年8月26日までの間に,本件工事の受注調整に関する本件19社の合意に従い,原告の「東北道・福島(下り)」に関する入札価格等を決めることに合意したと認めるのが相当である。
⑵ この点,《E》が《A2》に対して指示した原告の入札価格については,《E》は,《B》もしくは《C》から「何円以上」という形で言われたので,これをそのまま《A2》に伝えたという記憶だとした上で,入札状況を知った際に,原告が,こちらが伝えた金額に沿って入札してくれたと思ったので,《A2》に伝えた金額は21億円以上かそれに近い金額だったと思うと述べるにとどまっており,指示した内容を明確に述べてはいない(乙12)。もっとも,各社の「技術評価点」については,入札者の提案内容を見てNEXCO東日本が評価する部分(合計4点)が含まれること(前提事実⑵)を考慮すれば,これを完全に予測することは困難であるといえる。そうすると,調整役らが,「東北道・福島(下り)」の工事への入札を予定していた原告に対して,実際に原告が入札することになる金額(21億円)と完全に一致する金額を特定することなく,NIPPOの入札額(19億8800万円。前提事実⑷ア)よりも相当程度高い金額を明示して入札価格を指示したとしても,不自然であるとまではいえない。そして,原告が,《A2》の受けた《E》からの指示内容を理解した上で,同工事について21億円で入札すればNIPPOの落札を妨げることはないと認識し,かかる結果を認容した上で自らの入札価格を決定することも十分に考えられるというべきである。以上によると,《E》の上記供述は信用することができ,本件においては,前記認定のとおり,《E》が,《A2》に対し,「何円以上」という言い方で,「21億円以上」かそれに近い金額を示して,原告の入札価格を指示したとの限度で認めることができる。
⑶ア これに対し,原告は,《A2》が《E》から「東北道・福島(下り)」の入札価格について指示された事実はなく,《A2》は,21億円という具体的な金額や原告が入札すべき金額について,何も聞いていない旨主張し,《A2》も,同主張に沿う供述等(甲24,証人《A2》)をする。
しかし,《A2》は,犯則嫌疑事件における被告ないし検察庁での取調べの際の供述調書(乙3,9)において,《E》から,21億円に近い数字を指示された旨供述しており,本訴における上記供述等はこれに反し,《E》の供述にも反するものである。そして,本件全証拠を精査しても,《A2》の本訴における上記供述等を特に信用することができるといえるような的確な証拠もない。
イ また,原告は,三井住建道路と原告の技術評価点に大差がないこと(前提事実⑷)からすると,《A2》に対して,三井住建道路の入札価格20億4000万円よりも6000万円も高い金額である21億円が伝えられたのは合理的でないなどとも主張する。
しかし,調整役らは,受注予定者が落札することができなかった場合に備えて,次点で落札する者まで調整する必要があったことや(認定事実⑹,乙23(11~12頁),45(10~11頁)),前記のとおり,各社の「技術評価点」を完全に予測することは困難であったことからすれば,NIPPOが「東北道・福島(下り)」を落札することができなかった場合に備え,調整役らにおいて,当初から受注調整に協力し,12件ある本件工事の1つを割り振られていた三井住建道路を第2順位で札を入れる事業者とした上で,同社と原告の入札価格の間に6000万円程度の差を設けたからといって不合理であるとまではいえず,このことから前記の《E》の供述の信用性がないと判断することができるものでもない。
ウ さらに,原告は,「東北道・福島(下り)」については,調整役らにおいて,価格シミュレーションが行われたことについて明確に記憶されていない旨主張する。
この点,調整役らの供述調書では,「東北道・福島(下り)」の価格シミュレーションについて,日本道路の《D》のみが同工事の価格シミュレーションを行ったと述べるものの(乙26),その余の者は,NIPPOの《C》が事前に算出してきたものを報告したと述べるか(乙19,21,22,23),あるいは,《C》自身が,もしかしたら原告は入札に参加してこないと予想して価格シミュレーションを行わなかったかもしれないと供述している(乙25)。
しかし,《E》は,《A2》から原告の「技術評価点」の一部の予測値について提供を受け,これを調整役の一人である《B》に伝えた旨述べており(乙4),調整役らが,《A2》から,原告が発注者積算価格(官積)を21億円から22億円程度と見込んでいる(認定事実⑹)と聞いたであろうことが推認されることを踏まえれば,平成23年8月26日の価格シミュレーションの際に,《A2》から提供を受けた数値を《C》が殊更に用いることなく,原告についてのみ価格シミュレーションをしない合理的理由は何ら見当たらない。調整役らの原告に関する上記価格シミュレーションについての記憶が曖昧であることのみをもって,前記認定判断は左右されない。
⑷ 次に,原告は,《A2》が《E》に対して提供した,原告の算出した発注者積算価格(官積)の予測値及び原告の「技術評価点」のうち客観的に評価される部分(合計16点)の予測値は,いずれについても他社でも算出できる程度のものであるから,《A2》はこれらを提供しても受注調整の協力にはならないと考えていたのであって,仮に,《E》から受注調整の協力を求められれば,断ったはずであるなどと主張し,《A2》もこれに沿う供述等(甲24,証人《A2》)をする。
しかしながら,競争関係にある事業者が他社の「技術評価点」の予測値等についての正確な情報を把握することができれば,これを前提として自社の入札額を決することが可能になるのであって,競争関係にある事業者に対してかかる情報を提供することは自社にとって不利益になるといえる。それ故に,原告も,このような情報を競業者に対して開示せず,原告内部で秘密として管理していたのである(証人《A2》,証人《A4》)。それにもかかわらず,《A2》は,《E》からの求めに応じて,原告が自らの入札価格を決するために考慮される数値を提供している。そして,《A2》が当初から《E》が本件工事の受注調整に関与していることを認識していたこと(認定事実⑶),《A2》が原告において官庁工事の営業を長年経験し,過去に受注調整に関わっていたこと(認定事実⑴)なども併せ考えれば,かかる情報が他社でも算出できる程度のものであり,受注調整の協力にはならないと思ったとの《A2》の証言は信用性が低いといわざるを得ず,採用することができない。
⑸ 原告は,《A2》が受注調整に協力することを提案するはずがないことの根拠として,《A2》に対して原告から支給された携帯電話の発信履歴に,世紀東急工業の《E》への発信記録がないことを指摘する。
この点,証拠(乙32)によれば,原告の上記指摘に係る事実を認めることができるものの,《A2》が原告から支給された携帯電話以外の電話で通話することがあり得ないとはいえないことに加え,現に《A2》は上記携帯電話以外の手段を使って《E》に連絡をしていることが認められる(乙68(4頁),乙32)ことからすると,上記原告の指摘をもって,《A2》が受注調整に協力することを提案するはずがないなどとは到底いえない。
⑹ 原告は,「東北道・福島(下り)」についての原告の現地調査が,入札締切日の1週間前である平成23年8月23日になってやっと行われたことについて,現地調査の実施日はケース・バイ・ケースであり,「受注業務フロー」と題する書面(乙42)もモデル的な例示を記載しているにすぎず,同工事に関する現地調査の実施は通常の入札業務に照らしても全く不自然ではなく,受注意欲がなかったことにはならない旨主張し,《A4》も同旨の供述をする(証人《A4》)。
しかし,本件全証拠を精査しても,同工事の現地調査が通常想定される実施時期より大幅に遅れて実施する必要があったこととか,原告の入札経験上同様の例があったこととかを認めるに足りず,《A4》の上記供述も客観的裏付けを欠くものであって,にわかに採用することができない。
⑺ 原告は,「東北道・福島(下り)」におけるNIPPOの入札率(落札業者が入札した入札価格の契約制限価格に対する比率)は90.83%という極めて低率なものであり,NIPPOや三井住建道路を含む本件19社が原告を競争的な価格で入札する者として警戒していたことは明らかであると主張する。
この点,前記前提事実(⑵,別紙2)に加え,弁論の全趣旨によれば,本件工事のうち,本件19社のみが入札した工事の入札率の上位7件では,入札率が99.64%から96.16%までとなっており,その平均は98.11%であるのに対し,本件19社以外の事業者が入札に参加した工事の入札率の下位5件では,92.08%から85.94%までの入札率となっていて,その平均は90.04%となっていることが認められる。そして,「東北道・福島(下り)」におけるNIPPOの入札率90.83%は,後者の平均に近いものとなっている。
もっとも,このことだけを根拠に,NIPPOや三井住建道路を含む本件19社が原告を競争的な価格で入札する者として警戒していたと直ちに断言することもできず,本件において,上記90.83%という入札率が自由な競争が行われたことによるものであることを裏付けるに足りる的確な証拠もない。やはり,前記認定判断は変わらない。
⑻ア 原告は,《A2》が調整役らから「見返り工事」として特定の工事について受注の提案を受けた事実はないなどと主張し,《A2》及び《A3》は,同主張に沿う供述等(甲24,25,証人《A2》,同《A3》)をする。
しかしながら,《A2》は,被告の意見聴取官宛てに作成した陳述書(乙68)において,一方で,被告による調査の過程で作成された質問調書に事実と異なる内容があったにもかかわらず署名押印したことが悔やまれるなどと述べつつ,NEXCO東日本の発注する舗装工事2件を原告が受注してもよいと東北の業者が考えているとの連絡を受け,《A3》に報告したところ,断るように言われたので断った旨明確に述べている。そして,東北地方の同業者が何の合理的な理由もなく,東北地方における公共事業の受注実績が豊富とはいえない大阪市を拠点とする原告に対して,一定の工事の受注を持ちかけることは考えがたい。また,前記認定のNIPPOの得意先台帳(乙40)の内容に照らせば,このような東北の同業者からの提案があったのは,本件工事の調整役らにおいて,原告が本件工事の受注調整に協力したとの認識を有していたからと考えるのが自然であり,その他に原告に対して一定の工事の受注を持ちかける合理的な理由は見当たらない。
イ また,原告は,調整役らが見返りの提案をしたと供述していないとか,上記得意先台帳も見返りがあるとまでは明確に記載されていないから信用性が低いとか主張する。
この点,本件証拠上,調整役らのうちの《B》,《C》及び《D》が上記見返りのことを供述している証拠は見当たらないものの,《E》は,自分は見返りを提案した記憶はないが,本命業者以外の業者にはNEXCO東日本等の工事を見返りとして落札させていたから,そういう提案をしても不思議ではない旨供述している(乙12)。また,上記得意先台帳の記載も,原告について「見返りに今年度物件優先受注権あり,なし??」とするものであり,原告への見返りの提供が確定されたことまでを示すものではないが,調整役らが原告の受注調整への協力への見返りを検討していたことをうかがわせるものであるとはいえる。そして,《E》の上記供述がこの得意先台帳の記載に沿う内容のものであることを考えると,原告主張の上記の点を考慮しても,《E》の上記供述や上記得意先台帳の信用性が低いとまではいえず,やはり前記認定判断は左右されない。
ウ なお,《A2》は,自らの供述調書(乙3,9)において見返りであると認めている2件の工事について,《F》の業務で東京に出張した際,偶然,営業マンから一覧表を見せられて知ったにすぎないなどと供述等(甲24,証人《A2》)をするが,同一覧表は本訴において証拠として提出されておらず,本件において同供述等を裏付けるに足りる客観的ないし的確な証拠も一切ない。同供述等はにわかに採用することはできない。
⑼ 以上に加え,証拠(甲24,証人《A2》)及び弁論の全趣旨によれば,原告の役職員や弁護士が,《A2》に対する事情聴取が行われている期間,《A2》に対してヒヤリングを行っていたにもかかわらず,《A2》は3度にわたって供述調書等に署名押印をし続けたことを考慮すると,《A2》の供述調書や意見聴取手続で提出された陳述書における供述は信用することができるのであり,逆に,《A2》の本訴における供述等(甲24,証人《A2》)は,前記認定判断に反する限度で採用することができない。
⑽ 以上によれば,《A2》と《E》との間で原告の入札価格に関する合意があったと認めるのが相当である。
4 《E》と《A2》との合意が原告の入札価格を決定する際に影響したか(前記2⑶原告の主張②)について
⑴ア 独禁法2条6項の「共同して・・・相互に」の要件に関し,事業者間に「意思の連絡」があったというためには,ある事業者の従業者が他の事業者と接触した結果,当該従業者が得た自らの入札価格に影響を及ぼす情報が当該従業者から事業者の意思決定権者に報告され,意思決定権者の決定ないし事業活動に影響を及ぼしたことが主張立証される必要があるとするのが相当である。
これに対し,被告は,意思の連絡の存否を認定するに当たっては,事業者相互間の合意が事業者の事業活動に実際に影響を及ぼした事実を要件として立証する必要はないなどと主張し,あたかも,受注調整に関与した者が事業者の事業活動に事実上の影響を及ぼすことができる立場にあればそれで足りるとするかのような主張をする。しかし,事業者の従業者が他の事業者と接触する中で受注調整等に関する情報を得ていたとしても,それが当該従業者から事業者の意思決定権者に報告されず,事業者としての意思決定に何らの影響を及ぼさなかったのであれば,当該事業者の事業活動が相互に拘束されているとはいえず,事業者間に「意思の連絡」があったとはいえない。仮に,被告の上記主張が,事業者の事業活動に事実上の影響を及ぼすことができる立場にあればそれで足りるとするものであるとすれば,同主張は採用することができない。
イ もっとも,上記の影響を認定するに当たっては,入札に至るまでの従業者と他の事業者との間の連絡状況,これを踏まえた当該従業者の属する事業者及び他の事業者の対応,当該従業者と同人の属する事業者の意思決定権者との関係,実際に行われた入札結果及びこれを受けた各事業者の対応など,入札の前後において認められる間接事実によって,事業者の意思決定権者が,従業者と他の事業者との間での情報交換等によって得た受注調整等に関する情報を把握していたと推認することができ,当該事業者が受注調整等に沿う行動をとったのであれば,事業者の意思決定権者が他の事業者に対してそのような受注調整には協力しない旨の意思を示したなどといった特段の事情のない限り,事業者間に「意思の連絡」があったと認めることができるといえ,このような意思が形成されるに至った経過や動機について具体的に特定されることまでを要するものではないとするのが相当である。
この点,原告は,事業者の従業者が得た情報が事業者の意思決定に影響を及ぼしたというのであれば,その具体的な手段やプロセスが特定されなければ,原告としては考え得る全てについて反証する必要が生じることになり,適切な防御権の行使が妨げられるなどと主張する。しかしながら,受注調整等に関して認定されるべき要証事実は,事業者間で入札価格を事前に合意したことであり,入札価格に関する合意の形成過程等は要証事実そのものではない。しかも,当該合意形成は,その性質上,外部から認識することができないよう隠密に行われることの多いことに鑑みると,このような意思が形成されるに至った過程についてまで具体的に特定されることまでを要するものではないというのが相当である。そして,要証事実の存在を争う者は,間接事実の存在について反証したり,認められる間接事実による推認力を低下させる事実の存在を立証したりすることができるのであるから,その防御権の行使が妨げられるものでもない。原告の上記主張は採用することができない。
⑵ア そこで,本件において,「東北道・福島(下り)」の工事の入札価格についての意思決定権限を有していた《A4》が,《A2》が《E》との間で行った原告の入札価格に関する合意を把握し,原告の入札価格の決定を行ったと推認することができるかについて検討する。
イ 前記認定のとおり,原告代表取締役社長である《A1》が《A2》に対して東日本大震災に伴う復旧工事への対応を検討するように伝えたことを契機に,《A2》は,原告の営業担当者である《A5》からNEXCO東日本に関する資料提供を受けた上で,原告に出張費用を負担させて,仙台において,世紀東急工業の《E》と面会して本件工事に関する情報収集を行っている。その後,《A2》は,世紀東急工業に恩を売ることは将来における原告の商機につながると考え,《E》に対し,原告の算出した発注者積算価格の予測値及び原告の「技術評価点」の一部の予測値を提供し,その後,《E》との間で原告の入札価格に関して合意している。
かかる合意をしたにもかかわらず,《A2》がこれを秘して原告担当者に伝えず,結果として,原告がその合意に沿わない額で入札し,受注調整において落札することとされていたNIPPOが落札できなかった場合には,原告は,世紀東急工業はもちろんのこと,受注調整に参加していた他の企業からも信頼を失うことになる。《A2》としては,そのような事態にならないように,《A3》や原告担当者《A5》を通すなどして,《E》との間で原告の入札価格に関して合意した事実を原告の入札価格を決定する権限を有する《A4》に伝えようとすると認定するのが合理的である。
ウ また,原告担当者である《A5》は,上記のとおり,《A2》の要請に応じて,原告内部で管理されるべき原告の算出した発注者積算価格の予測値及び原告の「技術評価点」の一部の予測値を提供しており,《A2》が本件工事に関する情報収集を行っていたことを把握していたといえる。加えて,原告は,入札に先立って,原告代表取締役社長である《A1》の名義で,NEXCO東日本に対し,談合等の不正行為を行っていないことを誓約する書面を提出しているところ,そのような書面を作成し,提出するに当たっては,社内において本件工事の入札に当たって情報収集や準備等に携わってきた関係者に対して事情を聴取するのが一般的であろうから,原告が「東北道・福島(下り)」の工事の入札に参加するに当たって,《A2》から,同人の行った情報収集の結果について何ら聴取せずに意思決定していたとは考えがたい。その上,原告は,通常の業務フローと異なって,入札予定であった「東北道・福島(下り)」の現地調査を,入札締切日である平成23年8月30日のわずか1週間前である同月23日になってやっと行っている。
エ さらに,《A2》は,上記のとおり,原告の営業担当者である《A5》と本件工事に関する情報をやりとりする関係にあったとともに,本件札会議のメンバーである《A6》や,代表取締役である《A1》の息子で,本件札会議のメンバーであった《A7》とは,携帯電話で連絡を取り合う関係である(乙32)。また,《A2》から本件工事に関して報告を受けていた《A3》にとっては,原告代表取締役社長である《A1》は従兄弟であり(認定事実⑴),《A4》は原告の環境開発本部における後輩に当たる間柄である(甲25,証人《A3》,同《A4》)。そうすると,《A2》及び《A3》は,《A4》に対して《E》から「東北道・福島(下り)」の工事に関する原告の入札価格についての指示があった旨伝えようと考えれば,直接,あるいは,原告担当者を通じるなどして,容易にこれを伝えることができる関係にあったといえる。
オ 加えて,前記認定のとおり,実際に,原告は,「東北道・福島(下り)」の工事において,《E》から《A2》に対してあった指示に沿う金額である21億円で入札し,その結果,事前の受注調整の結果のとおり,NIPPOが落札し,原告は失注している。
カ そして,証拠(乙58)によれば,《A3》は,本件の受注調整に関する検察官の取調べにおいて,《A2》から入札価格を21億円以上にしてほしいと頼まれたため,《A4》に対し,21億円以下にはするなよと指示した旨供述している。
キ 以上によれば,《A2》は,《A3》や原告担当者を通じるなどして,原告における入札価格の決定権限を有する《A4》に対し,《E》との間で「東北道・福島(下り)」の工事に関する原告の入札価格に関して合意した事実を伝えたと推認するのが相当である。
⑶ア これに対し,原告は,「東北道・福島(下り)」の工事への入札に当たり,現地調査を経た上で見積り資料を作成し,入札価格の決定権限を有する《A4》が出席する本件札会議において入札価格を決定したのであって,入札価格は《A2》の行為とは関係なく,原告が独自に決定したものであり,《A2》と《E》との間の原告の入札価格に関する合意は,入札価格を決定する際に影響していないなどと主張する。
しかしながら,本件札会議においては,上記工事の発注者積算価格(官積)を約21億4974万円,原告が上記工事を受注した際の原価コストを約20億3595万円とする見積り資料が作成されていたにもかかわらず(認定事実⑼),原告の入札価格について,見積もられた官積ないし原価を参考に原価を切り詰め,より安い金額で入札するといった方向での議論は一切されておらず,むしろ,見積もられた原価コストを大きく上回る21億円で入札することと決定されている。入札価格も21億円というきりのよい金額になっているが,本件工事における各社の落札額は,別紙2「本件舗装災害復旧工事一覧」の「落札金額」欄記載のとおり,軒並み数千万円ないし数百万円単位まで決められた金額となっていることに鑑みると,奇異な感を否めない。入札価格をきりのよい同金額にした理由について,《A4》は,受注しても赤字にならないこと,入札価格が高くなりすぎないこと,合材の単価が運搬賃の関係で更に500円ほど上がると見込まれることを考慮し,最終的には自らの経験に照らして妥当だと考える金額として,計算結果を原価に上乗せして,きりのいい数字に丸めて決定したなどと述べるが(甲23,証人《A4》),結局,経験からの見込みによってそうしたきりのよい金額にしたと述べるに等しく,算定の具体的な根拠を述べているとは到底言い難い。結局,本件札会議で入札価格が決定され,そこに《A2》ないし《A3》が参加していないというだけでは,原告の入札価格が《A2》と《E》の間でされた合意に影響されていないと直ちに認めることはできない。
イ また,原告は,平成17年4月の「公共工事の品質確保の促進に関する法律」施行後,大手ゼネコン4社が同年12月に「談合決別宣言」を行ったところ,それ以降,原告のような中堅規模の建設業者でも,その技術提案等が優れていれば大手業者に太刀打ちすることができ,自由に入札に参加することができるようになっており,このような経緯を踏まえれば,原告が受注調整に参加することは自殺行為であり,《A2》が《A4》に対して21億円以上で入札するよう依頼することはあり得ないなどと主張する。しかし,原告の同主張に係る建設業界の経緯が認められるとしても,そのことから原告が受注調整に参加するはずがないなどと即断することができるわけでもなく,前記認定判断は左右されない。
ウ さらに,《A3》は,検察官の取調べにおいて,《A2》から入札価格を21億円以上にしてほしいと頼まれたため,《A4》に対し,21億円以下にはするなよと指示したとする供述調書(乙58。前記⑵カ)に署名押印した経緯について,同検察官から,原告代表取締役社長の《A1》を呼び出すというようなことを言われ,そのようなことになれば新聞などで報道されて大変なことになると心配し,混乱して,供述調書に署名押印してしまったなどと供述等(甲25,証人《A3》)をする。
しかし,そもそも《A1》が検察庁に呼ばれることよりも,《A3》がそのような供述調書に署名押印することにより,原告が会社ぐるみで受注調整に荷担していたと報道されることが,原告にとってよほど大きな損害になりかねないとも考えられるのであり,《A3》の上記供述等における弁解はにわかに採用し難い。加えて,《A3》が検察官の取調べ直後に作成したメモ(甲31)においても,「シブシブ調書に印を押す。今もって印を押した事に不安感がつのる。」と記載されているだけで,虚偽の事実を供述した後悔までが述べられているものでもなく,しかもその取調時間も午後1時から2時50分までの1時間50分程度であったことが記載されているのであるから,殊更に虚偽の陳述を強要されたということもできない。そうすると,《A3》の供述調書における供述の信用性がないということもできない。
エ よって,原告の上記主張等はいずれも採用することができず,《A2》は,《A3》や原告担当者を通じるなどして,《A4》に対し,《E》との間で行った「東北道・福島(下り)」の工事に関する原告の入札価格についての合意を伝え,原告がこれを入札価格の決定に当たって考慮したとの前記認定は妨げられない。
⑷ 以上によれば,本件において,《A2》が《E》との間で行った「東北道・福島(下り)」の工事に関する原告の入札価格についての合意は,原告の入札価格の決定過程に影響を与えたと認めるのが相当である。そして,本件工事の入札に関して,原告が,本件工事に関する受注調整に協力しない旨の意思を示したなどといった特段の事情も認められない。結局,原告は,《A2》及び《E》を通じて,本件19社との間で,「意思の連絡」があったと認めるのが相当である。
5 小括
以上のとおり,原告は,本件19社との間で,あらかじめ決定されていた本件工事の受注予定者に落札させるべく,自らの入札価格について事前に合意し,もって,相互に事業活動を拘束することについて合意したということができ,かかる行為は,独禁法2条6項にいう「不当な取引制限」に該当し,同法3条の規定に違反するものである。
そして,本件工事の入札は本件命令を行うまでに終了しており,本件は,不当な取引制限行為が「既になくなっている」(独禁法7条2項本文)場合に当たるが,前記認定事実のとおり,本件工事に関する受注調整の合意がなくなったのは,本件工事の入札手続が終了したからであって,自発的に終了したものではないこと,原告はNEXCO東日本東北支社に対して本件工事に関して受注調整を行っていない旨の誓約書を提出したにもかかわらず(認定事実⑺),これに反して受注調整を実行したこと,原告は平成12年から平成15年にかけて大阪市水道局発注工事について受注調整を行ったとして被告から勧告審決を受けていること(認定事実⑴)などを考慮し,本件は「特に必要があると認めるとき」(同項本文)に当たるとして,同法8章2節に規定する手続に従い,原告に対して排除措置を命じた被告の判断は,正当なものと是認することができる。原告は,《A4》から意見聴取をしなかったことなど,同手続の不備をるる主張するが,いずれも採用することができない。
6 結論
よって,本件命令は適法であると認められ,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
令和1年5月9日
裁判長裁判官 岩井直幸
裁判官 木村匡彦
裁判官西岡慶記は,転補につき,署名押印することができない。
裁判長裁判官 岩井直幸
(別紙 省略)
注釈 《 》部分は,公正取引委員会事務総局において原文に匿名化等の処理をしたものである。