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独禁法7条の2
東京高等裁判所第3特別部
平成30年(行コ)第353号
令和元年5月15日
東京都千代田区九段北四丁目2番38号
控訴人 常盤工業株式会社
同代表者代表取締役 《A2》
同訴訟代理人弁護士 木村和也
同 秋葉健志
東京都千代田区霞が関一丁目1番1号
被控訴人 公正取引委員会
同代表者委員長 杉本和行
同指定代理人 大胡 勝
同 三好一生
同 稲熊克紀
同 松田世理奈
同 渡辺大祐
同 大澤一之
同 吉兼彰彦
同 石川雅弘
同 能地裕之
同 久野慎介
同 宮原信二
同 布村真里
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対し平成28年9月6日付けでした課徴金納付命令(公正取引委員会平成28年(納)第36号)を取り消す。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
⑴ 本件は,被控訴人が,控訴人は控訴人を含む舗装工事業者20社が平成23年に行われた高速道路の舗装工事の入札をめぐり受注調整を行った上で工事を受注したとして,平成28年9月6日付けで控訴人に対してした課徴金納付命令について,控訴人が当該命令は違法であるとしてその取消しを求めた事案である。
⑵ 課徴金納付命令に至る経緯は次のとおりである。
被控訴人は,控訴人を含む原判決別紙2舗装工事業者一覧表記載の20社の舗装工事業者(以下「20社」といい,各社の呼称として同表の「会社名(略称)」欄の括弧内に記載した略称を用いることがある。)が,平成23年7月中旬頃以降(伊藤組,奥村組土木興業,大有建設,竹中道路,地崎道路及び東京鋪装工業にあっては,それぞれ,遅くとも同年8月下旬頃以降),同年9月20日までの間,共同して,東日本高速道路株式会社(以下「NEXCO東日本」という。)東北支社が同年7月15日及び同年8月10日に入札公告をした東日本大震災により被災した高速道路の舗装本復旧工事を内容とする合計12件の舗装工事(以下「本件災害復旧工事」という。)について,受注すべき者(以下「受注予定者」という。)を決定し,受注予定者が受注できるようにするなどの内容の合意(以下「本件基本合意」という。)をすることにより,公共の利益に反して,東日本大震災に係る舗装災害復旧工事の取引分野における競争を実質的に制限していたもので,この行為は私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「法」という。)2条6項の「不当な取引制限」に該当して法3条に違反するものであり,かつ特に必要があると認めて,平成28年9月6日,20社に対し,法7条2項に基づき排除措置命令をした(平成28年(措)第9号)。また,被控訴人は,本件基本合意をすることが不当な取引制限で法7条の2第1項1号に規定する「役務の対価に係るもの」に該当するとして,同日,控訴人に対し,法7条の2第1項,第5項及び第6項に基づき,課徴金5544万円の納付命令をした(平成28年(納)第36号。以下「本件命令」という。)。
⑶ 控訴人は,本件災害復旧工事のうち控訴人が受注した東北自動車道福島管内(上り線)舗装災害復旧工事(以下「本件工事」という。)について,他社による協力の下で受注予定者として決せられた者が落札したものではなく,かつ控訴人が他社の入札や落札に協力した事実もなく,具体的な競争制限効果が発生していないから,本件工事は「当該商品又は役務」(法7条の2第1項)に該当せず,本件命令はその処分要件を欠き違法であるなどと主張して,被控訴人に対し,本件命令の取消しを求め,本件訴えを提起した。
原審は,平成30年11月8日,控訴人の請求を棄却する判決(以下「原判決」という。)をしたところ,控訴人はこれを不服として控訴した。
2 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。
⑴ 原判決3頁18行目の「置かれている」の次に「。また,同実施細則には,同社の契約責任者は,落札予定者が決定した場合は,その者の氏名及び落札となるべき金額を,落札予定者がいない場合又は再入札を行おうとする場合は,その旨を,入札者全員に知らせなければならないこと,再入札においては,前回の最低額を上回る金額で入札をした場合には当該入札は無効となることなどが規定されている」を加える。
⑵ 原判決4頁5行目の「担当していた」を「担当していたが,その役割は,前田道路・《B》に引き継がれた」に改める。
⑶ 原判決4頁11行目の「落札率」の次に「(契約制限価格に対する落札価格の割合)」を加える。
⑷ 原判決4頁21行目の「無効であること」から22行目から23行目にかけての「把握したため」までを「無効であり,また,控訴人の入札は契約制限価格(17億1040万円)を超えていたため,結局,契約制限価格以下の価格での入札がなかったことになるから」に改める。
⑸ 原判決6頁12行目の「鹿島道路・《H》」を「鹿島道路北日本支店長の《H》(以下「鹿島道路・《H》」という。)」に改める。
第3 当裁判所の判断
当裁判所の判断は,次の1のとおり補正し,2のとおり控訴人の当審の主張に対する判断を付加するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の1から4までに記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の補正
⑴ 原判決11頁14行目から15行目にかけての「鹿島道路北日本支店長の《H》(以下「鹿島道路・《H》」という。)」を「鹿島道路・《H》」に改める。
⑵ 原判決13頁19行目の末尾の次に「例えば,控訴人は,本件工事について鹿島道路・《H》から伝えられた同社の官積よりも高い価格で入札をし,「東北道・北上」及び「磐越道・いわき」の各工事について競争参加資格確認申請をした後に入札を辞退している。」を加える。
⑶ 原判決14頁1行目の「本件基本合意」の次に「(協力の内容には,本件災害復旧工事の入札者が少なくなりすぎて談合が疑われないように受注するつもりがない事業者も形式的に入札に参加することを含む。)」を加える。
⑷ 原判決15頁3行目の「官積以上の」を「官積を上回る」に改め,同4行目の括弧内を「乙7の1,2,38,40」に改める。
⑸ 原判決15頁7行目の末尾の次に改行して,次の1項を加える。
「d 8月23日,鹿島道路は本件工事に17億0500万円で入札し,控訴人は本件工事に18億3200万円で入札した。」
⑹ 原判決15頁17行目の「官積以上の額」及び同25行目の「官積以上」を「官積を上回る額」に改める。
⑺ 原判決16頁19行目の「官積以上の」を「官積を上回る」に改める。
⑻ 原判決19頁17行目及び同19行目の「官積以上の」をいずれも「官積を上回る」に改める。
⑼ 原判決21頁10行目の「鹿島道路,」を「鹿島道路並びに1回目の入札に参加しなかった者,すなわち,」に改める。
⑽ 原判決22頁13行目の「③」から同18行目の「16億5000万円であり」までを次のとおり改める。
「③1回目の入札において,鹿島道路が落札することができるように受注調整がされているという認識の下,鹿島道路が,鹿島道路・《H》から伝えられた同社の官積よりも低い価格をもって,とりもなおさず,控訴人の入札価格よりも低い価格で入札するものと予想していたが(引用に係る原判決の「事実及び理由」中の第3の1⑵),NEXCO東日本からa.本件工事が再入札になったこと,b.最低入札価格が18億3200万円(すなわち控訴人の入札価格)であったことの連絡を受けたことから,1回目の入札で鹿島道路の入札は契約制限価格以下であったが何らかの理由により無効とされた可能性が高いこと,他に契約制限価格以下で有効な入札をしたものがないことを認識したと認められる上,④最終的に控訴人は,本件基本合意及び本件基本合意に基づいてされた本件工事についての受注調整の過程で得られた,鹿島道路の官積が17億9660万円であるとの情報を参考に,2回目の入札価格を1回目の入札価格の約9割に当たる16億5000万円として入札し,その結果として」
⑾ 原判決22頁23行目の末尾の次に改行して,以下のとおり加える。
「なお,《A1》は,原審における証人尋問において,1回目の入札で,控訴人よりも高い価格の入札をした有力な事業者があり,その者が2回目の入札で控訴人と競争となる可能性を指摘する。
しかしながら,《A1》は,再入札の価格を1回目の入札価格の9割の価格に決定し,それ以上の競争的な価格にしていないことは前判示のとおりであって,そうすると《A1》は,仮に競争事業者があったとしても,本件基本合意に基づく本件工事についての受注調整の結果,そのような競争事業者の数は相当限定されていると認識していたと考えるのが合理的である。
したがって,これに反する《A1》の証言は,たやすく信用することはできない。」
2 控訴人の当審における主張に対する判断
⑴ 控訴人は,①落札者に課徴金が賦課されるのは,対象となる工事を落札した事業者が直接又は間接に関与した受注調整手続と当該事業者が当該工事を落札したという結果との間に「法的因果関係」が認められる場合に限ると解すべきであると主張する。そして,控訴人は,②「法的因果関係」が認められるためには,行為の時点において一般人が認識可能であった事情及び行為者が認識していた事情を基礎として考慮したときに,結果に至る因果の流れが一般的に予測し得るものであれば因果関係が肯定されるが,偶然的な事情や予測できない異常な事情によって結果が発生した場合は因果関係が否定されるところ,本件においては,受注予定者が落札できず,再入札となることなどは一般人が予測し得ない事情であり,控訴人もこれを予測していなかったから(この点で,受注予定者が何らかの事情で落札できなかったことにより次順位の入札者が落札した場合とは異なるとする。),本件においてはこの意味の「法的因果関係」がないと主張する。
また,控訴人は,③本件工事に係る受注調整の影響を積極的に利用しようとするような帰責すべき行為が落札者にあれば上記の意味の法的因果関係があるといえるが,控訴人にはそのような行為はなかったとも主張する。
⑵ 控訴人の上記の各主張について検討する。
ア 控訴人の主張のうち,①については,「法的因果関係」という文言が一般的に用いられているかどうかはともかくとして,法7条の2第1項所定の課徴金の対象となる「当該商品又は役務」とは,基本合意の対象とされた工事であって,○a「基本合意に基づく受注調整等」の結果,○b「具体的な競争制限効果」が発生するに至ったものをいうと解されるのであるから,○aによって○bが発生するという関係が必要であるという限りにおいては,一般論として首肯し得るとしても,②及び③は上記意味での「法的因果関係」(以下,上記の意味で「法的因果関係」の文言を用いる。)を認めるための要件にはならないと解すべきである。その理由は,以下のとおりである。
イ 課徴金制度は,法に違反する行為を抑止することにその制度の目的があるところ,本件のような入札談合の事案においては,課徴金賦課の対象として抑止すべき行為は,具体的な競争制限効果をもたらす受注調整の基礎となる基本合意の締結であると解される。この趣旨からすれば,課徴金賦課の対象者である落札者が,基本合意に参加してその基本合意に基づき直接又は間接に関与して個別の受注調整がされ,その結果として具体的な競争制限効果が発生した状況の中で当該落札者が落札したと認められれば①の「法的因果関係」を認めるのに十分であると解される。
個別の受注調整において予定されていたのとは異なる経過をたどる(例えば,再入札がされる,当初の落札予定者とは別の者が落札するなど)こととなった場合でも,そのような経過となることについて,一般的な予測可能性や落札者の予測がなくても,「法的因果関係」は否定されないものと解される。
これに対し,落札に至る具体的な経過についての一般人の予見可能性又は落札者の積極的利用行為を「法的因果関係」が認められるための要件として付加する控訴人の②及び③の見解は,課徴金賦課により抑止すべき行為は,落札者を含む談合関係者による具体的競争制限効果を発生させるような個別の受注調整の基礎となる基本合意の締結のみならず,基本合意とそれに基づく個別の受注調整により予定されたとおりの経過で競争制限効果が発生することを企図した行動と(上記②について),または,予定されたのと異なる経過をたどった場合には落札者がそれを積極的に利用して落札する行為と(上記③について)捉えることになると解されるが,このような理解は,法が予定する以上の過重な要件を課すものであると解され,採用し得ない。
ウ 本件においては,本件工事について再入札になったこと等,控訴人が最終的に落札するに至るまでの具体的な経過について,一般的に予測不能であった,また,控訴人が予測していなかったとしても,本件基本合意に基づく本件工事についての1回目までの受注調整の結果,本件工事の再入札の時点でも,具体的な競争制限効果が及んでいたことが認められることは,引用に係る原判決の第3の3⑵ウ(ウ)に説示したとおりであって,「法的因果関係」の要件に欠けることはないというべきである。
エ なお,控訴人の③の主張に関し,控訴人は,再入札において本件工事に係る受注調整の影響を積極的に利用しようとする行為があれば上記の意味の法的因果関係があるといえるが,控訴人にはそのような行為はなかったとするが,既に説示したとおり,このような積極的な利用行為が課徴金を賦課する要件として必要でないことに加え,仮にこのような行為が必要であったとしても,補正して引用した原判決の説示(「事実及び理由」中の第3の3⑵ウ(オ))に記載の事情からすれば,このような利用行為があったと認めることができるから,いずれにしてもこの点に関する控訴人の主張は採用し得ない。
第4 結論
以上によれば,本件命令は処分要件を全て満たしており適法であると認められ,控訴人の請求は理由がないから棄却すべきところ,これと同旨の原審の判断は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
令和1年5月15日
裁判長裁判官 白石 哲
裁判官 金子 修
裁判官 廣澤 諭
注釈 《 》部分は,公正取引委員会事務総局において原文に匿名化等の処理をしたものである。