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ダイレックス㈱に対する件

独禁法66条2項及び3項(独禁法19条・独禁法20条の6)

平成26年(判)第1及び第2号

排除措置命令を変更し,課徴金納付命令の一部を取り消す審決

佐賀市高木瀬町大字長瀬930番地
被審人 ダイレックス株式会社
同代表者 代表取締役 《 氏 名 》
同代理人 弁 護 士 久 江 孝 二
同          石 井   崇
同          石 原 智 明
同          山 口 拓 郎
同          大多和   樹
被審人代理人石井崇復代理人弁護士
           小 田 勇 一
同          菅 野 みずき

公正取引委員会は,上記被審人に対する私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律(平成25年法律第100号)附則第2条の規定によりなお従前の例によることとされる同法による改正前の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号)(以下「独占禁止法」という。)に基づく排除措置命令審判事件及び課徴金納付命令審判事件について,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律の施行に伴う公正取引委員会関係規則の整備に関する規則(平成27年公正取引委員会規則第2号)による廃止前の公正取引委員会の審判に関する規則(平成17年公正取引委員会規則第8号)(以下「規則」という。)第73条の規定により審判官前田早紀子から提出された事件記録,規則第75条の規定により被審人から提出された異議の申立書並びに独占禁止法第63条及び規則第77条の規定により被審人から聴取した陳述に基づいて,同審判官から提出された別紙審決案を調査し,次のとおり審決する。

主     文
1 平成26年6月5日付けの排除措置命令(平成26年(措)第10号)を別紙審決案別紙1のとおり変更する。ただし,第1項⑴中,「本審決案別紙2」とあるのは「別紙審決案別紙2」と読み替えるものとする。
2 平成26年6月5日付けの課徴金納付命令(平成26年(納)第113号)のうち,11億9221万円を超えて納付を命じた部分を取り消す。
3 被審人のその余の審判請求をいずれも棄却する。

理     由
1 当委員会の認定した事実,証拠,判断及び法令の適用は,いずれも別紙審決案の理由第1ないし第7と同一であるから,これらを引用する。
なお,引用する審決案で用いられる用語のうち,同審決案別紙用語定義一覧表の「用語」欄に掲げるものの定義は,同「定義」欄に記載のとおりである。
2 よって,被審人に対し,独占禁止法第66条第3項及び第2項並びに規則第78条第1項の規定により,主文のとおり審決する。

令和2年3月25日

委員長  杉  本  和  行
委 員  山  本  和  史
委 員  三  村  晶  子
委 員  青  木  玲  子
委 員  小  島  吉  晴

別紙

平成26年(判)第1号及び第2号

審   決   案

佐賀市高木瀬町大字長瀬930番地
被審人  ダイレックス株式会社
同代表者 代表取締役 《 氏 名 》
同代理人 弁 護 士 久 江 孝 二
同          石 井   崇
同          石 原 智 明
同          山 口 拓 郎
同          大多和   樹
被審人代理人石井崇復代理人弁護士
           小 田 勇 一
同          菅 野 みずき

上記被審人に対する私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律(平成25年法律第100号)附則第2条の規定によりなお従前の例によることとされる同法による改正前の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号)(以下「独占禁止法」という。)に基づく排除措置命令審判事件及び課徴金納付命令審判事件について,公正取引委員会から独占禁止法第56条第1項及び私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律の施行に伴う公正取引委員会関係規則の整備に関する規則(平成27年公正取引委員会規則第2号)による廃止前の公正取引委員会の審判に関する規則(平成17年公正取引委員会規則第8号)(以下「規則」という。)第12条第1項の規定に基づき担当審判官に指定された本職らは,審判の結果,次のとおり審決することが適当であると考え,規則第73条及び第74条の規定に基づいて本審決案を作成する。
なお,以下の用語のうち,別紙用語定義一覧表の「用語」欄に掲げるものの定義は,同「定義」欄に記載のとおりである。

主      文
1 平成26年6月5日付けの排除措置命令(平成26年(措)第10号)を別紙1のとおり変更する。
2 平成26年6月5日付けの課徴金納付命令(平成26年(納)第113号)のうち,11億9221万円を超えて納付を命じた部分を取り消す。
3 被審人のその余の審判請求をいずれも棄却する。

理      由
第1 審判請求の趣旨
1 平成26年(判)第1号審判事件
平成26年(措)第10号排除措置命令の全部の取消しを求める。
2 平成26年(判)第2号審判事件
平成26年(納)第113号課徴金納付命令の全部の取消しを求める。
第2 事案の概要(当事者間に争いがない事実又は公知の事実)
1 公正取引委員会は,被審人が,遅くとも平成21年6月28日以降,自己の取引上の地位が特定納入業者に優越していることを利用して,正常な商慣習に照らして不当に,①新規開店又は改装開店(以下,両者を併せて「新規開店等」という。)に際し,特定納入業者(以下,特定納入業者のうち,当該部分で対象となる事業者の数は,個人事業者が含まれている場合にも単に「〇社」という。)である78社に対し,その従業員等を派遣させるとともに,②特定納入業者のうち66社に対し,閉店の際に実施するセール(以下「閉店セール」という。)について,「協賛金」等の名目で金銭を提供させたほか,③特定納入業者のうち48社に対し,平成23年5月4日に発生したダイレックス朝倉店の火災に際し,滅失又は毀損した商品(以下「火災滅失毀損商品」という。)の納入価格に相当する額の一部又は全部の金銭を提供させていたものであって,以上の行為は,独占禁止法第2条第9項第5号ロ(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律〔平成21年法律第51号。以下「改正法」という。〕の施行日である平成22年1月1日前においては平成21年公正取引委員会告示第15号〔以下「旧一般指定」という。〕の第14項第2号。以下同じ。)に該当し,独占禁止法第19条に違反するものであり,かつ,特に排除措置を命ずる必要があるとして,平成26年6月5日,被審人に対し,排除措置を命じた(平成26年(措)第10号。以下,この命令を「本件排除措置命令」といい,同命令において認定された違反行為を相手方の数にかかわらず「本件違反行為」という。)。
本件排除措置命令に係る命令書(以下「本件排除措置命令書」という。)の謄本は,同月6日,被審人に対して送達された。
2 公正取引委員会は,平成26年6月5日,被審人に対し,本件違反行為は独占禁止法第20条の6にいう「継続してするもの」であり,同条の規定により,本件違反行為をした日から本件違反行為がなくなる日までの期間は,平成21年12月17日から平成24年12月16日までの3年間となるとした上で,本件違反行為のうち改正法の施行日である平成22年1月1日以後に係るものについて,特定納入業者それぞれとの間における別紙2記載の購入額を課徴金算定の基礎として,12億7416万円の課徴金の納付を命じた(平成26年(納)第113号。以下,この命令を「本件課徴金納付命令」といい,本件排除措置命令と併せて「本件各命令」という。)。
本件課徴金納付命令に係る命令書(以下「本件課徴金納付命令書」という。)の謄本は,平成26年6月6日,被審人に対して送達された。
3 被審人は,平成26年6月6日,本件各命令の全部の取消しを求める審判請求をした。
第3 前提となる事実(末尾に括弧書きで証拠を掲記した事実は当該証拠から認定される事実であり,その余の事実は当事者間に争いのない事実又は公知の事実である。なお,証拠の表記については,「第」及び「号証」を省略し,単に「査○」,「審○」と記載する。)
1 被審人の概要
(1)被審人の事業内容,沿革等
被審人は,佐賀市に本店を置き,食料品,酒類,日用雑貨品,家庭用電気製品,衣料品等を小売する総合ディスカウントストア形態の「ダイレックス」と称する店舗を運営する者である。
被審人は,平成19年7月9日当時,食料品,酒類,日用雑貨品,家庭用電気製品,衣料品等を小売する総合ディスカウントストア業を営んでいたサンクスジャパン株式会社の事業を引き継ぐ目的で設立され,同社を吸収合併してその事業を承継した。その後,ドラッグストア業を営む株式会社サンドラッグ(以下「サンドラッグ」という。)が,平成21年10月30日,被審人の全株式を取得して,被審人を子会社化した。
(2)被審人の事業規模等
被審人の資本金の額は,平成21年6月28日から平成24年12月16日までの期間(以下「本件期間」という。)において33億6945万円であった(査1)。
被審人が運営する店舗(「ダイレックス」又は「ダイレックス1・2・3」と称する店舗に係るものに限る。以下,店舗数において同じ。また,以下,各店舗の呼称について「ダイレックス」又は「ダイレックス1・2・3」の表示は省略する。)は,平成21年6月28日時点で128店,平成22年3月31日時点で134店,平成23年3月31日時点で143店,平成24年3月31日時点で156店,同年12月17日時点で168店と年々増加しており,運営区域は,九州全県(沖縄県を含む。),徳島県,香川県,愛媛県,広島県,岡山県,山口県,埼玉県及び山梨県であった。
また,被審人の事業年度における売上高は,平成21年度で約944億円,平成22年度で約961億円,平成23年度で約1058億円,平成24年度で約1183億円と年々増加していた。被審人の各事業年度の売上高は,総合ディスカウント業を営む者の全国における売上高の順位において,平成21年度及び平成22年度は第5位,平成23年度及び平成24年度は第4位であった(査2,査84)。
2 特定納入業者の概要
特定納入業者は,本件期間を通じて又はその一部において,製造業若しくは卸売業又は双方を営み,直接,被審人との間で取引基本契約を締結し,又は取引口座を開設し,被審人が運営する店舗で販売する商品を,被審人に対して,継続的に買取取引により販売し,納入していた(査156,査157。ただし,被審人は,特定納入業者のうち,《納入業者(29)》及び《納入業者(65)》については,買取取引ではなく,販売委託取引であったと主張しており,争いがある。)。
3 被審人の組織体制
(1)被審人は,代表取締役副社長の下に,営業本部及び管理本部を置き,営業本部の下に,商品の仕入業務及び新規開店等の準備作業を担当する部門として,商品分類別に,第一商品部ないし第三商品部の部署を設置している。
また,各商品部では,仕入担当者(以下「バイヤー」という。)が,担当商品につき,新規に取引を開始する納入業者の選定や,納入業者から仕入れる商品,販売方針,取引条件(仕入価格,仕入数量等)についての商談及び決定といった仕入業務を行っている。
(2)被審人は,平成22年9月頃,営業本部の下に,新店改装準備室を置き,それ以降,従前バイヤー,店舗開発部等の複数の部門が担当していた新規開店等の準備作業期間の調整及び商品の搬出・搬入・陳列作業等の日程の作成業務,閉店店舗の撤退までの日程の作成業務等を新店改装準備室に担当させることとした。
(3)被審人は,遅くとも平成23年4月頃,各商品部に情報課を設置し,それ以降,従前バイヤーが担当していた新規開店等における開店前の準備作業(具体的な作業内容は,後記第6の1⑷ア(イ)f(a)記載の作業。以下「開店前準備作業」という。)のために納入業者に従業員等の派遣を依頼する業務,商品の搬出・搬入・陳列の各作業及び開店セール時の商品補充等の店舗管理業務を情報課に担当させることとした。これに伴い,各商品部のバイヤーは,前記⑴の仕入業務に専念することとなった。
4 特定納入業者による被審人に対する金銭及び労務の提供等
(1)特定納入業者による従業員等の派遣
被審人は,本件期間において,納入業者に対し,別紙3記載の新規開店等における開店前準備作業のため,納入業者の従業員等の派遣を依頼し,別紙5の「従業員等の派遣」欄記載のとおり,特定納入業者である78社から,少なくとも延べ約8,200名の従業員等の派遣を受けて,開店前準備作業に従事させた(以下,これらの開店前準備作業のための従業員等の派遣を「本件従業員等派遣」という。)。
(2)特定納入業者による金銭の提供
ア 閉店セールに係る協賛金の提供
被審人は,本件期間において,別紙4記載の各店舗で閉店セールを実施したところ,特定納入業者のうち,別紙5の「閉店セール協賛金」欄中の「金額」及び「店舗数」の各欄に金額及び店舗数の記載のある66社(以下,単に「66社」という。)に対し,当該店舗数の店舗に係る閉店セールにおいて,当該納入業者が納入した商品のうち,被審人が定めた割引率で販売した商品について,その割引額に相当する額の一部又は全部の金銭(以下,閉店セールの際に提供されるかかる金銭を「閉店セール協賛金」という。)を「協賛金」等の名目で提供するよう依頼し,66社から,それぞれ同「金額」欄記載の各金銭(総額約4030万円)の支払を受けた(以下,これらの閉店セール協賛金の提供を「本件協賛金の提供」という。)。
イ 朝倉店の火災に係る金銭の提供
被審人は,平成23年5月4日,福岡県朝倉市に所在する朝倉店において火災が発生したが,その際,同店舗に火災滅失毀損商品を納入していた納入業者に対し,当該商品の納入価格に相当する額について,返品又は値引きとして処理するか,無償納入品として取り扱うことを依頼した。
その後,被審人は,同年8月末までに,特定納入業者のうち,別紙5の「火災関連金」欄に金額の記載のある48社(以下,単に「48社」という。)について,このうち争いのある《納入業者(48)》を除く少なくとも47社から,商品の仕入代金から相殺する方法により,同欄記載の各金銭の提供を受けた(以下,朝倉店火災に係るこれらの金銭を「火災関連金」といい,上記47社ないし48社によるその提供を「本件火災関連金の提供」という。また,被審人が本件従業員等派遣,本件協賛金の提供及び本件火災関連金の提供を受けた行為を「本件各行為」という。)。
5 被審人は,平成24年12月5日,公正取引委員会により本件の立入検査を受け,同月17日,納入業者に対して,独占禁止法違反の疑いがある行為を取りやめたこと等を連絡し,以後本件各行為を行っていない。
6 被審人の78社からの購入額
改正法の施行日である平成22年1月1日から平成24年12月16日までの間における被審人の78社それぞれとの間における購入額を,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律施行令(昭和52年政令第317号。以下「独占禁止法施行令」という。)第30条第2項の規定に基づき算定すると,別紙2の「購入額」欄記載のとおりとなる。
第4 本件の争点
1 本件各行為は,被審人が,自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して,正常な商慣習に照らして不当に行ったものか
2 本件排除措置命令の適法性
(1)本件排除措置命令における理由の記載に不備がないか
(2)本件排除措置命令の法令の適用に誤りはないか
(3)本件排除措置命令主文第2項において特定納入業者以外の納入業者に対する通知を命ずる部分は必要な措置といえるか
3 本件課徴金納付命令の適法性
(1)本件課徴金納付命令における理由の記載に不備はないか
(2)本件課徴金納付命令の課徴金の計算の基礎に誤りはないか
(3)本件課徴金納付命令の法令の適用に誤りはないか
第5 争点についての双方の主張
1 争点1(本件各行為は,被審人が,自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して,正常な商慣習に照らして不当に行ったものか)について
(1)審査官の主張
ア 被審人の取引上の地位が特定納入業者に優越していたこと
(ア)優越的地位の判断の枠組み
独占禁止法において,優越的地位の濫用が規制される趣旨は,取引の相手方の自由かつ自主的な判断による取引を阻害するとともに,当該取引の相手方はその競争者との関係において競争上不利となる一方で,行為者はその競争者との関係で競争上有利となるおそれがあること(公正競争阻害性)に求められる。そして,取引の一方当事者(以下「甲」という。)が取引の相手方(以下「乙」という。)との関係で相対的に優越した地位であれば,このような公正競争阻害性が生じ得るから,「自己の取引上の地位が相手方に優越している」(同法第2条第9項第5号)というためには,甲が乙との関係で「相対的に優越した地位」であれば足りる。
ここで,「相対的に優越した地位」にあるとは,乙にとって,甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため,甲が乙にとって著しく不利益な要請を行っても,乙がこれを受け入れざるを得ないような場合をいうと解される。
取引の相手方に対して正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える行為(以下「濫用行為」ということもある。)は,通常の企業行動からすれば当該取引の相手方が受け入れる合理性のないような行為であるから,甲が濫用行為を行い,乙がこれを受け入れている事実が認められる場合,これは,乙が当該濫用行為を受け入れることについて特段の事情がない限り,乙にとって甲との取引が必要かつ重要であることを推認させるとともに,「甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても,乙がこれを受け入れざるを得ないような場合」にあったことの現実化として評価できるものというべきであり,このことは,乙にとって甲との取引継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すことに結び付く重要な要素になるものというべきである。
甲が乙に対して優越した地位にあるといえるか否かについては,甲による行為が濫用行為に該当するか否か,濫用行為の内容,乙がこれを受け入れたことについての特段の事情の有無を検討し,さらに,①甲の市場における地位,②乙にとっての取引変更可能性,③乙の甲に対する取引依存度(乙の甲に対する売上高を乙全体の売上高で除して算出される。),④その他甲と取引することの必要性を示す具体的事実を総合的に考慮して判断することになる。
(イ)本件への当てはめ
a 特定納入業者が被審人による濫用行為を受け入れていたこと
本件各行為が,濫用行為に該当すること,当該濫用行為の内容及び当該濫用行為を特定納入業者が受け入れていたことは,後記イのとおりであるところ,当該納入業者において濫用行為を受け入れていたことについて特段の事情があったとはいえない。
b 全国の総合ディスカウントストア業の市場において,被審人の地位が高いこと(前記(ア)①)
前記第3の1⑵のとおり,被審人の事業年度における売上高は年々増加しており,総合ディスカウント業を営む者の全国における売上高の被審人の順位は,平成21年度及び平成22年度にあっては第5位,平成23年度及び平成24年度にあっては第4位であり,総合ディスカウント業の市場における被審人の地位は高い。
c 特定納入業者にとって取引先変更が困難であること(前記(ア)②)
特定納入業者は,いずれも,審査官の平成25年3月29日付け報告命令(査5の1及び2。ただし,《納入業者(17)》については平成26年2月18日付け。)に対する報告書(以下,「本件報告書」という。各納入業者の報告書の証拠番号は,別紙5の「本件報告書」欄に記載。)において,被審人との取引を行う必要性(以下「取引継続必要性」という。)が高いと認識している旨回答している。
また,特定納入業者は,本件報告書において,①被審人との取引を行う必要性が高い理由として,被審人との取引額に見合う他の取引先を見つけることが困難であること(以下「新規取引開始困難性」という。)及び被審人との取引額に見合う額を他の取引先との取引において増やすことが困難であること(以下「取引額転嫁困難性」という。)を挙げているか,又は②平成21年4月以降,被審人に代替し得る取引先(被審人と同等以上の売上規模を持つ取引先及び当該納入業者との取引規模が当該納入業者と被審人との取引規模と同等以上の取引先。以下同じ。)との取引が開始できていないという項目に該当しており,特定納入業者にとって取引先変更が困難な状況にあったといえる。
なお,特定納入業者のうち,11社(《納入業者〔12〕》,《納入業者〔16〕》,《納入業者〔17〕》,《納入業者〔19〕》,《納入業者〔22〕》,《納入業者〔27〕》,《納入業者〔33〕》,《納入業者〔38〕》,《納入業者〔63〕》,《納入業者〔70〕》及び《納入業者〔72〕》)は,本件報告書において,被審人との取引の必要性が高い理由について,新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性を選択していないが,被審人に代替し得る取引先との取引を開始できていない状況や,被審人に対する取引依存度,その他の回答等を併せて考慮すれば,上記11社は,取引先の変更が困難であると認識していたと認められる。
d 特定納入業者の被審人に対する取引依存度が大きいこと(前記(ア)③)
本件においては,本件報告書の設問2⑷の別表1(被審人に対する取引依存度)及び設問3⑴(被審人との取引の必要性等)に回答した納入業者220社中,直近3事業年度の被審人に対する取引依存度の平均値が10パーセント以上の者(43社)全てが取引継続必要性が高いと認識しており,80パーセント弱の者(32社)がその理由につき,新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性の二つを挙げている。
したがって,直近3事業年度の被審人に対する取引依存度の平均値(別紙5「被審人に対する取引依存度」の「直近3期平均」)が10パーセント以上の場合は,被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すことになりやすいといえる。また,直近3事業年度の被審人に対する取引依存度の平均値が10パーセントに近く,しかも,直近事業年度の被審人に対する取引依存度が10パーセント以上あり,取引依存度が増加傾向にある場合も同様といえる。
e 特定納入業者の被審人に対する売上高が大きいこと(前記(ア)④)
前記dの納入業者220社中,直近3事業年度の被審人に対する年間売上高の平均額が5000万円以上である者(119社)のうち,117社が,取引継続必要性が高いと認識している旨回答し,60パーセント弱(70社)がその理由につき,新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性の二つを挙げている。
したがって,直近3事業年度の被審人に対する売上高の平均額(別紙5「被審人に対する売上高」の「直近3期平均」)が5000万円以上の場合は,被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すことになりやすいといえる。また,直近3事業年度の被審人に対する売上高の平均値が5000万円に近く,しかも,直近事業年度の被審人に対する売上高が5000万円以上あり,売上高が増加傾向にある場合も同様といえる。
f 被審人と特定納入業者との間に事業規模の格差があること(前記(ア)④)
被審人の事業規模が特定納入業者のそれより著しく大きい場合には,特定納入業者は被審人と取引を行う必要性が高くなるところ,被審人の資本金の額は33億6945万円であるのに対し,特定納入業者の資本金の額は,別紙5の「資本金」欄記載のとおりである。また,年間売上高については,平成21年度以降で最も小さい被審人の年間売上高が944億1400万円であるのに対し,特定納入業者の本件報告書の作成日における直近3事業年度の年間売上高は,いずれもこれを下回っており,被審人の事業規模は特定納入業者のそれより著しく大きいといえる。
g 被審人の事業規模が拡大していること(前記(ア)④)
前記第3の1⑵のとおり,本件期間において被審人の事業規模は拡大し続けており,特定納入業者にとって今後の取引の拡大が期待できることから被審人との取引の継続の必要性が高いといえる。
h 特定納入業者は取引継続必要性が高いと認識していたこと(前記(ア)④)
特定納入業者は,いずれも,被審人との取引について,取引継続必要性が高いと認識している。
イ 被審人が特定納入業者に対して「正常な商慣習に照らして不当に」,「自己のために金銭,役務その他の経済上の利益を提供させ」たこと
(ア)意義
優越的地位の濫用の公正競争阻害性が,取引の相手方の自由かつ自主的な判断による取引を阻害する点に求められることからすれば,「正常な商慣習に照らして不当に」,「自己のために金銭,役務その他の経済上の利益を提供させる」(独占禁止法第2条第9項第5号ロ)とは,取引の諾否及び取引条件についての自由かつ自主的な判断による取引においてされる通常の企業行動からすれば,取引の相手方にとって受け入れる合理性がないにもかかわらず,行為者が取引の相手方に対して,自己のために,金銭,役務その他の経済上の利益を提供することを要請して,不利益を受け入れることを余儀なくさせることである。
そして,買取取引においては,通常,売主が買主に商品を引き渡すことにより,所有権とともに商品の滅失や売れ残りによる損失のリスク等も買主に移転するのであるから,売主は,それ以上に,金銭,役務等の経済上の利益を買主に提供すべき義務は存在しない。
したがって,そのような行為は,原則として,取引の諾否及び取引条件についての自由かつ自主的な判断による取引においてされる通常の企業行動からすれば,納入業者にとって受け入れる合理性がないにもかかわらず,行為者が自己のために金銭,役務等の提供を要請して,取引の相手方である納入業者に不利益を受け入れることを余儀なくさせるものとして,正常な商慣習に照らして不当に自己のために金銭,役務その他の経済上の利益を提供させたもの(独占禁止法第2条第9項第5号ロ)に当たるというべきである。
もっとも,例外的に,納入業者の負担の条件等についてあらかじめ納入業者と合意し,かつ,必要な費用を購入者が負担する場合など,これらの行為によって納入業者が被った不利益が,それによって当該納入業者が得る直接の利益等を勘案して合理的であると認められる範囲内にとどまり,当該納入業者にあらかじめ計算できない不利益を与えるものではなかったような場合には,独占禁止法第2条第9項第5号ロの濫用行為には当たらないと解される。
(イ)本件従業員等派遣
a 本件への当てはめ
被審人は,本件期間において,特定納入業者である78社から派遣を受けた従業員等を,開店前準備作業に従事させていた。
買取取引である被審人と納入業者の間の取引において,被審人の開店前準備作業は,被審人が自己の費用で行うべきものである。それにもかかわらず,被審人が,納入業者に対し,従業員等の派遣を要請し,対価の支払なく開店前準備作業に従事させることは,労力や費用等の負担を納入業者に転嫁する行為であり,納入業者にとって通常は何ら合理性のないことである。
したがって,本件従業員等派遣は,原則として,正常な商慣習に照らして不当に自己のために金銭その他の経済上の利益を提供させたもの(独占禁止法第2条第9項第5号ロ)に当たるというべきである。
もっとも,例外的に,従業員等の派遣について,あらかじめ納入業者と合意し,かつ,派遣のために必要な費用を被審人が負担する場合など,納入業者が被った不利益が,それによって当該納入業者が得る直接の利益等を勘案して合理的であると認められる範囲内にとどまり,当該納入業者にあらかじめ計算できない不利益を与えるものではなかったような場合には,独占禁止法第2条第9項第5号ロの濫用行為には当たらないと解される。
b 事前合意の不存在
本件において,被審人と納入業者との間の継続的取引に係る契約には,納入業者の従業員等の派遣に関する規定はなく,これらの従業員等の派遣に先立って,その派遣に係る条件等について,合意したことはなかった。なお,納入業者において,従業員等を派遣した当日に被審人により用意されていた承諾書は,被審人から,当日の商品陳列の業務内容の説明を受け,理解し,業務に協力することを承諾するものにすぎず,作業内容や作業時間,日当,交通費,宿泊費等の負担等の派遣に係る条件について,当該納入業者が承諾したことを示すものでなく,被審人は,独占禁止法違反のリスクを回避するために形式的にこのような承諾書を取っていたにすぎない。
c 一方的な要請
被審人は,納入業者等が従業員等を多数派遣することを前提として,開店前準備作業のスケジュールを組んでおり,人員確保のため,被審人の担当者が,派遣を要請する際に回答期限の厳守を求めたり,派遣しない旨を回答した者に再度派遣を依頼したりするなど,一方的に本件従業員等派遣の要請をしていた。
d 直接の利益の不存在
被審人は,納入業者に対し,従業員等の派遣について,人件費や交通費等の費用を支払っていない。また,納入業者の従業員等は商品陳列以外の様々な作業を行い,商品陳列についても,自社納入商品のみならず他社納入商品の陳列作業も行っており,しかも,商品陳列作業は棚割表に沿って行われたもので,陳列作業に特別な技術は必要ないため納入業者の従業員等が行う必要はなく,派遣された従業員等には自社納入商品の商品陳列についての裁量はなかった。したがって,開店前準備作業には,それ自体によって,納入業者の被審人に対する売上げが直接的に増加するなどの「直接の利益」が存在するものではない。
e 小括
以上によれば,本件において,特定納入業者である78社は被審人に対して,従業員等を派遣する契約上の義務は負っていなかったにもかかわらず,被審人の要請に応じて従業員等を派遣していた。
そして,従業員等の派遣の条件について事前の合意はなく,被審人は,これらの納入業者に対し,従業員等の日当・交通費その他の対価を一切支払っていなかったのであり, 当該納入業者には,派遣による直接の利益はなく,前記aの例外事由は存在しないから,被審人が当該納入業者に本件従業員等派遣をさせたことは,濫用行為に該当するものである。
(ウ)本件協賛金の提供
a 本件への当てはめ
被審人は,本件期間において,特定納入業者のうち66社に対し,閉店セール協賛金の提供を依頼し,別紙5の「閉店セール協賛金」欄に記載のとおり,当該納入業者から総額約4030万円の金銭の支払を受けていた。
買取取引である被審人と納入業者の間の取引において,被審人が商品を割引販売することによる利益の減少等の不利益は,被審人が負うべきものである。それにもかかわらず,被審人が,納入業者に対し,協賛金名目で金銭を提供させることは,被審人が負うべき不利益を納入業者に転嫁する行為であり,納入業者にとって通常は何ら合理性のないことである。
したがって,本件協賛金の提供は,原則として,正常な商慣習に照らして不当に自己のために金銭その他の経済上の利益を提供させたもの(独占禁止法第2条第9項第5号ロ)に当たるというべきである。
もっとも,例外的に,閉店セール協賛金等の名目で提供する金銭であっても,その負担額,算出根拠,使途等について,あらかじめ取引の相手方に明らかにし,かつ,かかる閉店セール協賛金の提供によって納入業者が被った不利益が,それによって当該納入業者が得る直接の利益等を勘案して合理的であると認められる範囲内にとどまり,当該納入業者にあらかじめ計算できない不利益を与えるものではなかったような場合には,独占禁止法第2条第9項第5号ロの濫用行為には当たらないと解される。
b 事前協議及び説明の不存在
被審人と納入業者の間で,閉店セール協賛金の金額の算出の方法・根拠等の提供の条件について,事前の協議はなく,被審人からの説明もなかった。
c 一方的な要請及び収受
被審人は,納入業者に対し,割引販売した商品の販売実績及び割引額を取りまとめた資料を添付したり,期限内に相談がなければ添付のとおり計上する旨のメールをしたりするなどして本件協賛金の提供を要請し,割引相当額の一部または全部を,被審人が当該納入業者に対して支払う仕入価格から相殺処理するなど,一方的に本件協賛金の提供を要請し,収受した。
d 直接の利益の不存在
閉店セールは,被審人の在庫処分であるから,これにより納入業者の発注が増加するものではないし,閉店セール協賛金の提供の依頼は,閉店セールの際の割引販売の割引分の補填や粗利の確保という被審人の利益の確保を目的として行われるものであるから,納入業者にとって直接の利益は存在しない。
e 小括
以上のとおり,特定納入業者のうち66社は,被審人に対して,閉店セール協賛金を提供する契約上の義務は負っていなかったにもかかわらず,被審人からの依頼に応じて協賛金を提供していた。
そして,被審人は,これらの納入業者に対し,閉店セール協賛金等の名目で提供する金銭について,その負担額,算出根拠,使途等についてあらかじめ明らかにしておらず,当該納入業者に直接の利益もないから,前記aの例外事由は存在せず,被審人が当該納入業者に対して本件協賛金の提供をさせた行為は,濫用行為に該当する。
(エ)本件火災関連金の提供
a 本件への当てはめ
被審人は,朝倉店の火災により商品が滅失又は毀損したことによる損害を補填するため,滅失又は毀損した当該商品の納入価格に相当する額の一部又は全部の金銭の支払を依頼し,別紙5の「火災関連金」欄記載のとおり,特定納入業者のうち48社から総額1239万円の金銭の支払を受けていた。
買取取引である被審人と納入業者の間の取引において,買取商品が滅失又は毀損したことにより被審人が被る損失等の不利益は,被審人が負うべきものである。それにもかかわらず,被審人が,納入業者に対し,このような損失を補填するための金銭を,何らの対価なしに提供させることは,被審人が負うべき不利益を納入業者に転嫁する行為であり,納入業者にとって通常は何ら合理性のないことである。
したがって,本件火災関連金の提供は,原則として,正常な商慣習に照らして不当に自己のために金銭その他の経済上の利益を提供させたもの(独占禁止法第2条第9項第5号ロ)に当たるというべきである。
もっとも,例外的に,補填金等の名目で提供する金銭であっても,その負担額,算出根拠,使途等について,あらかじめ取引の相手方に明らかにし,かつ,かかる補填金の提供によって納入業者が被った不利益が,それによって当該納入業者が得る直接の利益等を勘案して合理的であると認められる範囲内にとどまり,相手方の同意の上で行われ,当該納入業者にあらかじめ計算できない不利益を与えるものではなかったような場合には,独占禁止法第2条第9項第5号ロの濫用行為には当たらないと解される。
b 事前協議及び説明の不存在
被審人と納入業者との間で,火災関連金の提供金額の算出の方法・根拠等の条件については,取引条件として契約書等への記載もなく,提供金額についても,被審人から罹災した商品の明細の連絡があるだけで,具体的な協議はされなかった。
c 一方的な要請及び収受
被審人は,経営会議において火災により毀損した商品の仕入価格総額約5800万円のうち,約7割に相当する4000万円を納入業者に負担させることを決定し,その会社方針の下に納入業者を被審人の本部に集めて説明会を開催した。そして,納入業者に対し,火災関連金の提供を依頼した上,被審人が定めた負担額を示し,被審人が定めた期限までに回答がない者に対しては,繰り返し回答を求め,被審人が納入業者に対して支払う商品の仕入価格から相殺処理しており,一方的に本件火災関連金の提供を要請し,収受した。
d 直接の利益の不存在
被審人は,納入業者に火災関連金を要請するに際し,納入業者に与える利益については何ら想定しておらず,納入業者も自社にメリットがあるとは認識していなかった。また,協力した納入業者に対し,特別な便宜や見返りはなく,当該納入業者にとって直接の利益は存在しない。
e 小括
以上のとおり,特定納入業者のうち48社は,被審人に対して,火災関連金を提供する契約上の義務は負っておらず,被審人は,朝倉店を含む自己の店舗に関して,保険料が割に合わないという理由で火災等に備えた保険に加入していなかったのであるから,火災による損失は被審人が負担すべきであるにもかかわらず,被審人からの依頼に応じてこれを提供していた。
そして,被審人は,これらの納入業者に対し,提供する金銭について,その負担額,算出根拠,使途等についてあらかじめ明らかにしておらず,当該納入業者に直接の利益もないから,前記aの例外事由は存在せず,被審人が当該納入業者に対して本件火災関連金の提供をさせた行為は,濫用行為に該当する。
ウ 濫用行為が優越的地位を「利用して」行われたこと
優越的地位にある行為者が取引の相手方に対して不当に不利益を課して取引を行えば,通常「利用して」(独占禁止法第2条第9項第5号)行われた行為であると認められる。
前記アのとおり,被審人は,特定納入業者である78社に対して優越的地位にあり,このような者が前記イのとおり,濫用行為を行い,不当に不利益を課して取引を行っていたものであるから,その優越的地位を利用して濫用行為を行っていたといえる。
エ 被審人の行為の公正競争阻害性
(ア)前記ア(ア)のとおり,優越的地位の濫用行為(独占禁止法第2条第9項第5号)が規制されているのは,当該取引の相手方の自由かつ自主的な判断による取引を阻害するとともに,当該取引の相手方はその競争者との関係において競争上不利となるおそれがある一方で,行為者はその競争者との関係において競争上有利になるおそれがあり,このような行為は公正な競争を阻害するおそれ(公正競争阻害性)があるからである。
そして,どのような場合に公正競争阻害性があると認められるのかについては,問題となる不利益の程度,行為の広がり等を考慮して,個別の事案ごとに判断すべきである。
(イ)本件において,被審人は,78社という多数の取引の相手方に対して,遅くとも平成21年6月28日から平成24年12月16日までの約3年半もの期間にわたり濫用行為を行ったものであり,本件違反行為は被審人により組織的かつ計画的に一連の行為として行われたものであって,これにより,特定納入業者に対し,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与え,特定納入業者の自由かつ自主的な判断による取引が阻害されたものである。
そして,本件各行為によって,特定納入業者はその競争者との関係において不利となる一方で,被審人はその競争者との関係において競争上有利となるおそれを生じさせたものである。
したがって,被審人による特定納入業者に対する本件各行為には,優越的地位の濫用による公正競争阻害性があることが認められる。
オ 結論
以上によれば,被審人による特定納入業者に対する本件各行為について,包括して一つの独占禁止法第2条第9項第5号ロの優越的地位の濫用行為が成立し,同法第19条に違反する。
(2)被審人の主張
ア 優越的地位の濫用規制の位置づけ
私人間の法律関係には,私的自治の原則が妥当し,取引当事者間の契約による法律関係は,基本的に取引当事者の自由に委ねられるべきであり,国家は一般的にこれに干渉すべきではない。
これに対し,優越的地位の濫用規制は,取引当事者間の取引上の地位の格差に基づく取引の内容に関する規制である。優越的地位の濫用規制が広く適用されると,私人による自由な創意工夫の発揮が萎縮し,効率的な資源配分が阻害されるおそれがあることから,取引当事者間の取引の公正は,民事法や契約の解釈・適用を通じて確保されるべきであり,優越的地位の濫用規制により行政機関が取引事業者の営業活動の自由及び財産権に介入することは最小限度にとどめるべきである。
すなわち,優越的地位の濫用行為の是正は,民法第90条の公序良俗違反の規定によることが可能であるから,公序良俗違反に該当せず,民事法上有効とされる取引について,公正取引委員会が介入することは,過剰規制であり,許されない。
そして,優越的地位の濫用行為の公正競争阻害性は,取引の相手方の自由かつ自主的な判断を阻害して自由な競争の基盤を侵害し,取引の相手方に著しい不利益を与えることにあるのであって,優越的地位の濫用行為自体は,行為者の市場における地位を強化するとは限らず,相手方の属する市場にどのような影響を与えるかも不明確であるから,取引の相手方がその競争者との関係で競争上不利となり,行為者がその競争者との関係で競争上有利となるという間接的な競争阻害性に優越的地位の濫用行為の公正競争阻害性を求めるべきではない。
イ 被審人の取引上の地位が特定納入業者に優越していなかったこと
(ア)優越的地位の判断基準
a 乙にとっての甲との取引必要性
「自己の取引上の地位が相手方に優越していること」(甲が乙に対し優越的地位にあること)とは,乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来す場合であるとされているが,これは,乙にとって甲との取引が必要である場合をいうと解される。そして,乙にとって甲との取引が必要である場合とは,取引先の変更困難性及び取引依存関係によって判断されるべきである。
(a)取引先変更困難性
取引先の変更が困難であるからこそ,取引の相手方は著しく不利益な取引条件を受け入れざるを得ないのであるから,乙にとって甲との取引が必要である場合とは,取引先の変更が困難であることが必要である。
ここで,取引先の変更困難性については,納入業者が過去に失った取引の取引額を回復させ,又は新規取引先との取引を開始した実績などから実証的に認定するべきである。また,被審人との取引の担当者は被審人との取引を重視するため,取引先の変更は困難と認識しやすいことから,納入業者が取引先の変更が困難であると回答していることから直ちに取引先の変更が困難であると認定すべきではない。
(b)取引依存関係
事業経営上の大きな支障とは,倒産,廃業等に追い込まれるなど事業の継続が不可能になるところまで要求されるものではないが,収益の大幅な落ち込みが予想されるなど,その後の経営に大きな困難を来すことが看取できる程度のものであることが必要である。
そして,取引依存関係が小さければ,乙が甲との取引の継続が困難になっても事業経営上大きな支障を来すことはないから,乙が相当程度甲との取引に依存していることが必要となる。
また,今日の企業の事業経営は,企業グループ全体で判断されているのであるから,事業経営上大きな支障を来すか否かは企業グループを基準に判断すべきであり,事業経営上大きな支障を来すか否かの判断要素である取引依存関係(取引依存度)も企業グループを基準に判断すべきである。
b 甲にとっての取引必要性
他方で,甲にとっても乙との取引の継続が必要である場合には,乙にとって甲との取引の継続が困難になる可能性がなく,乙の自由かつ自主的な判断が阻害される状況にはない。
したがって,優越的地位が認められるためには,乙が甲から取引を打ち切られる可能性がある場合,すなわち甲にとって乙との取引を中止することが経済的に合理的であることも必要となる。
c その他
審査官は,各考慮要素を「総合的に考慮」すると主張するが,どの事情をどのように考慮して判断したのかが明らかでなく,恣意的な判断を許すことになり,不当である。
また,納入業者が不利益な行為を選択するのは,①取引全体から見れば不利益とは評価できない場合,②競争事業者との競争上行う場合,③付き合いや人助けのため取引先に利益を提供する場合,④要請を断るためのコストを節約するために軽微な不利益を受け入れる場合等様々であり,取引の相手方が取引上の地位を利用して不利益な行為を余儀なくさせている場合は,その一部にすぎないのであるから,納入業者が不利益な行為を行っていれば,特段の事情がない限り,その取引の相手方の取引上の地位が納入業者に対して優越しているなどという一般的な経験則は存在しない。
他方で,取引当事者間で最も重要な取引条件である納入価格の交渉において対等な交渉が行われているのであれば,両者の取引上の地位は対等であることが強く推認される。
(イ)本件への当てはめ
本件においては,別紙6の①ないし⑩記載のとおり,納入業者にとって被審人との取引必要性が高くないことを示す事情がある一方,別紙6の⑪及び⑫記載のとおり,被審人にとっても当該納入業者との取引の必要性があったことを示す事情があるほか,別紙6の⑬記載のとおり,被審人と当該納入業者との間で対等な交渉が行われていたことを示す事情があることから,特定納入業者である78社については,いずれも被審人が優越的地位にあるとはいえない。
ウ 濫用行為に当たらないこと
(ア)濫用行為の意義
濫用行為とは,前記アで述べた,私的自治の原則及び公正競争阻害性からすれば,少なくとも,①取引の相手方の自由かつ自主的な判断を阻害する行為であり,かつ,②取引の相手方に対し,自由な交渉の結果によっては生じないような著しい不利益を与える行為でなければならない。
そして,①については,取引の相手方の営業戦略等に基づき,取引の相手方が取引開始時に想定していた内容を踏まえ,個別具体的に判断する必要がある。特定納入業者は,各業者の従業員等(従業員,取締役,個人事業者本人又は元従業員をいう。供述調書の供述者及び陳述書の陳述者につき,以下同じ。)陳述書記載のとおり,営業活動上の理由により,自由かつ自主的な判断で開店前準備作業等を行ったのであり,被審人の要請に応じることを余儀なくされたとは認められない。
②については,事業者間では,様々な利害を調整しながら継続的な取引を行うのであり,付随的な部分に不利益が生じていたとしても,価格交渉においてその不利益を回復することも可能であるから,当該取引全体としての対価の均衡が確保されているか否かをみれば足りる。取引の相手方が,売上げの拡大等を目的に行為者の要請に応じた場合には,その負担は営業活動のための費用であるから,目的の成否を問わず,不利益とされるべきではない。
なお,「直接の利益」に該当するか否かは「合理的であると認められる範囲を超えた負担」となるかを判断するためのものである。そして,継続的な取引においては,時期を違えて対価的な均衡が確保されることがあり,成果が不確実な営業活動が合理的なものとして実施されるから,これらを濫用行為とすることは,事業者による自由かつ自主的な判断に基づく事業活動を阻害することになる。「直接の利益」に「将来の取引が有利になるというような間接的な利益を含まない。」と解するとしても,その趣旨は,行為者との取引が打ち切られないように取引の相手方が不利益を甘受するという事態を規制できるようにすることにあると考えられるから,こうした「間接的な利益」は,取引の相手方において行為者との取引が打ち切られないという利益をいうにすぎず,それ以外の「将来の取引」における利益は,全て,直接の利益等に含まれるというべきである。
(イ)本件従業員等派遣
a 自由かつ自主的な判断によるものであること
以下の事情からすれば,特定納入業者である78社は,自由かつ自主的な判断により本件従業員等派遣を行っていたというべきであり,被審人から余儀なくされていたものではない。
(a)営業上の理由があること
別紙7の①ないし⑨記載のとおり,納入業者において,売れる売場作りのため,自社商品の適切な陳列による売上拡大のため,情報入手のため,被審人とのコミュニケーションを図るため,他社との差別化を図るためなど,専ら自らの売上げに結び付けることを理由とした営業活動の一環として自社の従業員等を派遣していたのであり,こうした業界の慣習も存在することから,特定納入業者である78社において,本件従業員等派遣は,被審人から余儀なくされて行っていたものではない。
(b)従業員等派遣を予定して取引を開始したこと
継続的取引を開始する段階においては,取引を開始するか否かを選択する自由があり,特別の事情のない限り,優越的な地位は認められないから,78社のうち,別紙7の⑩記載のとおり,開店前準備作業のための従業員等派遣を予定して取引を開始した者又は取引の開始当初から開店前準備作業のための従業員等派遣をしていた者は,自由かつ自主的な判断により本件従業員等派遣を行っていたといえる。
(c)他の小売業者に対しても従業員等派遣を行っていたこと
78社のうち,別紙7の⑪記載のとおり,被審人以外の小売業者に対しても,当該小売業者に対する取引依存度にかかわらず,開店前準備作業のための従業員等派遣を行っていた者については,自由かつ自主的な判断により本件従業員等派遣を行っていたものである。
(d)正社員や役員が開店前準備作業に従事していたこと
78社のうち,別紙7の⑫記載のとおり,正社員や役員を開店前準備作業に従事させていた者については,開店前準備作業を単なる労働力の提供ではなく,売れる売場作りへの関与等自社の利益の確保を目的としていたのであるから,自由かつ自主的な判断により本件従業員等派遣を行っていたものである。
(e)日常的に売場メンテナンスを行っていたこと
78社のうち,別紙7の⑬記載のとおり,被審人からの要請なく,日常的に被審人の店舗の売場を巡回し,陳列の手直し等のメンテナンスを行っている者については,一連のメンテナンス作業として,自由かつ自主的な判断により本件従業員等派遣を行っていたものである。
(f)余儀なくされたとの認識がないこと
78社のうち,別紙7の⑮記載のとおり,本件報告書別表11(従業員等の派遣状況〔開店前等の準備作業〕)において従業員等派遣の「要請に応じた理由」として,選択肢⑤(被審人の関係者から,制裁を示唆されたため),同⑥(過去に要請に応じなかった際,制裁を受けたことがあるため),同⑦(具体的な制裁を受けたり,制裁を示唆されたりしたことはないが,制裁を受ける可能性があると判断したため),同⑧(他の納入業者から,要請に応じなかったために,制裁を受けたことがあると聞いたため)及び同⑨(サンドラッグとの取引の継続・拡大への悪影響が危惧されたため)のいずれも選んでいない者については,被審人の要請に応じることを余儀なくされたとの認識がなく,自由かつ自主的な判断により本件従業員等派遣を行っていたものである。
また,別紙7の⑭,⑯及び⑰記載のとおり,本件報告書別表11において,日当を「請求しなかった理由」として,選択肢⑥(今後の被審人との取引に悪影響を及ぼす可能性があると判断したため)を選択していないこと,従業員等が陳述書において,強制,強要されたと認識していないと述べていること,現に従業員等派遣を断ったが被審人から制裁や不利益な扱いを受けていないことは,当該納入業者が自由かつ自主的な判断により本件従業員等派遣を行っていたことを示す事情である。
b 著しい不利益の不存在
納入業者は,被審人と対等な価格交渉を行っており,78社のうち,別紙7の⑱記載のとおり,価格交渉において,本件従業員等派遣に係る費用を織り込んだ上で適切な利益を確保できるようにしていると述べている者がいることからも,著しい不利益は生じていない。
また,本件従業員等派遣に係る日当,交通費,宿泊費等の費用の額は,納入業者の取引額の0.05パーセント程度にすぎず,納入業者に対しこれらの支払をしていなかったとしても著しい不利益を与えるものではない。
c 審査官の主張への反論
形式的に,納入業者が納入した商品の所有権が小売業者に帰属することや開店前準備作業が契約上の義務となっていないからといって,個別の納入業者が本件従業員等派遣を余儀なくされたということはできない。小売業者と納入業者の継続的取引において,納入業者にとって,小売業者の売場が売れる売場であることは,自らの売上げを増やすために重要なのであるから,被審人が本件従業員等派遣を受けることが原則として濫用行為に該当するとはいえない。
審査官は,濫用行為であることを基礎づける事情として,①事前合意の不存在,②一方的な要請であったこと及び③直接の利益の不存在を主張する。
しかし,①については,納入業者は自由かつ自主的な判断により本件従業員等派遣を行っており,また,著しい不利益を受けていないから,事前合意の必要はない。また,②については,被審人は,納入業者等の従業員等が自由かつ自主的に本件従業員等派遣を行っていることを踏まえて,スケジュールを組んでいたのであり,被審人が人件費を抑制するために納入業者に従業員等の派遣を求めたのではなく,本件従業員等派遣の要請の際,回答期限を求めていたのは,弁当や駐車場の準備のためであり,従業員等派遣を強要するものでもない。③については,本件従業員等派遣に伴う費用は営業活動のための費用であり,納入業者はこれを織り込んで納入価格の交渉を行っていたのであるから,納入業者の不利益と評価するべきではないのであり,しかも,被審人は,納入業者に対して日当等の請求ができること及び請求先を伝えていた。また,直接の利益等は,被審人から取引を打ち切られないという利益以外の全ての利益を含むと考えるべきであるところ,開店前準備作業はいずれも売場作りなどの営業活動の一環として行われたものであり,他社納入商品の陳列も,売場全体を売れる売場にするためには必要な行為である。そして,最終的な陳列を被審人の従業員が決定するとしても,納入業者の従業員等の提案により,売れる売場作りは可能であり,納入業者の従業員等はその経験や知識に基づいて,棚割りを適宜調整してより売れる売場になるような工夫をしていたのであるから,こうした作業により自らの売上げを増やすために自社の従業員等を派遣していたのである。
d 小括
以上によれば,被審人が特定納入業者である78社から本件従業員等派遣を受けたことは,濫用行為には当たらないというべきである。
(ウ)本件協賛金の提供
a 自由かつ自主的な判断によるものであること
以下の事情からすれば,特定納入業者のうち,閉店セール協賛金を提供した66社は,自由かつ自主的な判断によりかかる金銭の提供を行っていたというべきであり,被審人から余儀なくされていたものではない。
(a)販売促進効果があること
被審人は,通常,閉店して間もない時期に,閉店した店舗の敷地又はその近隣地に,ほぼ同じ商品構成及び帳合で新規店舗を開店している。
このような状況で,閉店セールによって閉鎖店舗の商品在庫の販売が促進されれば,閉鎖店舗の商品が新規店舗に移動されることはなく,納入業者は新規店舗において販売される商品について,その全量の発注を受けることができる。
実際に,66社のうち,別紙8の①記載のとおり,閉店セールには販売促進効果があると述べている者がいるのであり,当該納入業者は,こうした理由から,自由かつ自主的な判断により,本件協賛金の提供をしていたものである。
(b)返品よりも有利であること
売れ残り商品の返品については,小売業者の発注量が増え,納入業者の利益が大きいことがあるため,書面又は口頭で合意されたり,業界慣習となったりしているが,納入業者に,代金の返還,仕分け及び配送コストの負担が生じる。
これに対し,閉店セールの値引き分の補填であれば,商品代金の一部の減額であり,仕分け等のコストもかからないため,納入業者にとって返品よりも有利である。
実際に,66社のうち,別紙8の②記載のとおり,閉店セール協賛金の提供は,他の処分方法よりも有利であると述べる者がいるのであり,当該納入業者は,こうした理由から,自由かつ自主的な判断により本件協賛金の提供をしていたものである。
(c)新規店舗及び他店舗での販売を希望しないこと
66社の中には,別紙8の③記載のとおり,新規店舗に古い商品が陳列されることが,新規店舗の売場を売れる売場にするための妨げとなること,商品の店舗間の移動が品質上のリスクとなることなどの理由から,新規店舗に閉鎖店舗の商品が陳列されることを望まない者がいる。これらの者は,値引きをしてでも閉鎖店舗で売り切るために,自由かつ自主的な判断により本件協賛金の提供をしていたものである。
(d)閉店セール協賛金の提供を予定して取引を開始したこと
継続的取引を開始する段階においては,取引を開始するか否かを選択する自由があり,特別の事情のない限り,優越的な地位は認められないから,別紙8の④記載のとおり,閉店セール協賛金の提供を予定して取引を開始した者は,自由かつ自主的な判断により本件協賛金の提供を行っていたといえる。
(e)他の小売業者に対しても同様の行為を行っていたこと
66社のうち,別紙8の⑤記載のとおり,被審人以外の小売業者に対しても取引依存度にかかわらず閉店セール協賛金を提供していた者については,自由かつ自主的な判断により本件協賛金の提供をしていたものである。
(f)余儀なくされたとの認識がないこと
66社のうち,別紙8の⑧記載のとおり,本件報告書別表14(金銭等の提供状況)において閉店セール協賛金提供の「要請に応じた理由」として,被審人から制裁を受ける可能性やサンドラッグとの取引への悪影響を理由とする選択肢⑤ないし⑨(選択肢の内容は,前記(イ)a(f)と同じである。)を選んでいない者については,被審人の要請に応じることを余儀なくされたとの認識がなく,自由かつ自主的な判断により本件協賛金の提供をしていたものである。
また,別紙8の⑥,⑦,⑨及び⑩記載のとおり,被審人との事前協議の上,相当と認める範囲で協賛金を提供していたこと,本件報告書別表14において,閉店セール協賛金の提供の「要請に応じた理由」として,選択肢①(他の納入業者が要請に応じているため),同②(要請に応じることにより,現在納入している商品について,提供額に見合った販売促進効果が得られると判断したため),同③(被審人との将来の取引が有利になると判断したため)及び同④(ディスカウント業態の店舗では,商慣習上,一般的であるため)のいずれかを選んだこと,納入業者において,閉店セール協賛金の提供を断ったにもかかわらず,被審人から不利益な対応を受けていないこと,従業員等の陳述書において,強制されたと認識していないと自ら陳述していることも,これらの納入業者が自主的な判断により本件協賛金の提供をしていたことを示す事情である。
b 著しい不利益の不存在
以下の事情からすれば,納入業者においては,著しい不利益が存在したということはできない。
(a)閉店セールの対象から除く機会を与えていたこと
被審人は,納入業者に対し,閉店セール前に,納入した商品をセールの対象から除外する機会を与えており,別紙8の⑪記載の納入業者においても,このような機会を与えられた旨述べていることからすれば,納入業者は,セールの対象となる商品を,自ら合理的と判断する範囲内にすることができたというべきであり,本件協賛金の提供は,著しい不利益を与えるものではなかった。
(b)閉店セール対象商品を必要最小限にしていたこと
被審人は,閉店セール実施の相当期間前に発注を中止し,セール対象商品を最小限にしていたから,セールの対象となったのは,通常の売価では売れない商品が中心であり,納入業者に提供を求める協賛金の金額も必要最小限にとどまっており,別紙8の⑬記載の納入業者においても,その負担は小さいものであった旨述べていることからすれば,本件協賛金の提供は,著しい不利益を与えるものではなかった。
(c)メーカーからの補填
66社の中には,別紙8の⑫記載のとおり,閉店セール協賛金相当額について,メーカーから補填を受けていた者がいるところ,当該納入業者については,本件協賛金の提供は,著しい不利益を与えるものではない。
(d)値引き金額は取引額に比して極めて小さいこと
66社のうち,平成22年1月1日から平成24年12月16日までの間に閉店セール協賛金を提供した者において,当該期間に提供した閉店セール協賛金の額は,当該期間の取引額に比して極めて小さく,本件協賛金の提供は,著しい不利益を与えるものではなかった。また,別紙8の⑬記載のとおり,閉店セール協賛金の負担は小さいと認識している納入業者もいる。
(e)本件報告書において回答していないこと
66社のうち,別紙8の⑭記載のとおり,本件報告書別表14に閉店セール協賛金について記載しなかった者がおり,これは,当該納入業者が本件協賛金の提供を問題視していないことを示すから,本件協賛金の提供が著しい不利益を与えるものではないことを示す事情といえる。
c 審査官の主張への反論
形式的に,納入業者が納入した商品の所有権が小売業者に帰属することや閉店セール協賛金を提供することが契約上の義務となっていないことから,直ちに納入業者において本件協賛金の提供を余儀なくされたということはできない。小売業者と納入業者の継続的取引の実態を踏まえれば,被審人が本件協賛金の提供を受けたことが原則として濫用行為に該当するとはいえない。
審査官は,濫用行為であることを基礎づける事情として,①事前合意の不存在,②一方的な要請であったこと及び③直接の利益の不存在を主張する。
しかし,①については,閉店セール協賛金の提供は本件期間以前から行われていたから,納入業者は,本件期間当時,本件協賛金の提供を承諾していたといえる。また,被審人は,閉店の都度,納入業者に対し,あらかじめ閉店セールの時期を伝えて閉店セール値引きによる負担をお願いしていたのであり,値引き率については一定であったため,改めて協議をしていなかったものの,セール後には値引き販売された商品の明細を送付し,納入業者の確認を得た上で,承諾された金額について値引き処理を行っていたのであるから,合意が不存在であるとはいえない。②については,被審人の担当バイヤーが送信した電子メールは,納入業者に対し,閉店セールの実績を送付して,事前に了解を得ているとおり値引き処理を行って問題ないか確認を求めたものにすぎず,その際,これについて回答がない取引先に対しては自動的に満額で値引きをする旨告げたことがあったとしても,その表現は,早期に回答を求める趣旨のものにすぎず,一方的に値引きを要請する趣旨のものではない。また,納入業者からこれらの回答がないままに値引き処理をしたこともない。③については,前記ウ(ア)のとおり,直接の利益等には,取引の相手方において行為者との取引が打ち切られないという利益以外の全ての利益を含むと解するべきである。
d 小括
以上によれば,被審人が特定納入業者のうち66社から本件協賛金の提供を受けたことは,濫用行為に当たらないというべきである。
(エ)本件火災関連金の提供
a 《納入業者(48)》が本件火災関連金の提供をした事実はないこと
《納入業者(48)》は,《納入業者(48)》社の従業員が本件火災関連金の提供を否定しているところ(査53の7,審52),被審人の報告書(査607の1及び2)は,担当者が別の在庫補償を火災補償金名目で処理したために,本件火災関連金の提供をした旨記載を誤ったものであり,結局,《納入業者(48)》において,被審人に対し,本件火災関連金の提供をした事実はない。
b 自由かつ自主的な判断によるものであること
48社のうち,《納入業者(48)》を除く47社については,本件火災関連金の提供をした事実はあるが,以下のとおり,いずれも自由かつ自主的な判断により行ったものである。
(a)金銭の提供を強要していないこと
被審人は,朝倉店火災の直後,複数の納入業者から,取引先が加入している商品保険により損失の補填ができるので焼失等した在庫商品について返品処理を受けてもよいとの申出を受けたことから,他の納入業者に同様の対応が可能かを打診し,強要であると受け取られないよう,お願いである旨を明確にして,可能であれば返品処理をお願いすることにした。
これに対し,少なくない納入業者が断ったが,被審人は,これらの業者に対し,不利益な取扱いを一切していない。
したがって,上記47社は,自由かつ自主的な判断により,本件火災関連金の提供をしたものである。
(b)火災見舞いの趣旨で行われたこと
上記47社のうち,別紙9の①記載の納入業者においては,被審人に対し,火災の見舞金として本件火災関連金の提供を行っているところ,これは取引関係にある者の間の社会儀礼として一般的なことであり,自由かつ自主的な判断で行ったものである。
(c)他の小売業者に対しても同様の行為を行ったこと
上記47社の中には,別紙9の②記載のとおり,被審人以外の小売業者に対しても取引依存度等にかかわらず災害見舞として金銭を提供した経験を有する者がいるところ,当該納入業者については,自由かつ自主的な判断により本件火災関連金の提供をしていたものである。
(d)商品導入に伴うリベートとして行われたこと
上記47社の中には,別紙9の③記載のとおり,朝倉店火災を契機として,商品の販売促進に係る商談を行い,商品の導入に伴うリベートとして本件火災関連金の提供を行った者が存在している。このようなリベートは,朝倉店火災を契機とするものの,通常の販売促進活動に係るリベートと異なるところはなく,当該納入業者については,自由かつ自主的な判断で本件火災関連金の提供をしたものである。
(e)余儀なくされたとの認識がないこと
上記47社のうち,別紙9の④ないし⑥記載のとおり,本件報告書別表14において金銭の提供の「要請に応じた理由」として被審人から制裁を受ける可能性やサンドラッグとの取引への悪影響を理由とする選択肢⑤ないし⑨(選択肢の内容は,前記(イ)a(f)と同じである。)を選んでいない者,本件報告書別表14において,金銭の提供の「要請に応じた理由」として営業活動であることを理由とする選択肢①ないし④(選択肢の内容は,前記(ウ)a(f)と同じである。)を選んだ者,従業員等の陳述書において強制されたと述べていない者については,被審人の要請に応じることを余儀なくされたとの認識がなく,自由かつ自主的な判断により本件火災関連金を提供したものである。
c 著しい不利益の不存在
(a)メーカーからの補填又は商品保険による補填
上記bの47社のうち,卸売業を営む納入業者の中には,別紙9の⑦記載のとおり,本件火災関連金の提供に相当する負担について,仕入先のメーカーから補填又は自己の加入する商品保険による補填を受けていた者がいるところ,当該納入業者については,本件火災関連金の提供は著しい不利益を与えるものではない。
(b)本件報告書に回答をしていないこと
上記bの47社のうち,別紙9の⑧記載のとおり,本件報告書別表14に金銭の提供に関する回答をしなかった者がいるところ,これは,当該納入業者がこれらを問題視していないことを示し,本件火災関連金の提供が著しい不利益を与えるものではないことを示す事情である。
d 審査官の主張に対する反論
本件火災関連金の提供が,その火災により商品が滅失又は毀損したことによる被審人の損害を補填するためにされたことは争う。
形式的に,納入業者が納入した商品の所有権が小売業者に帰属することや金銭の提供が契約上の義務に基づくものではないことから,直ちに当該納入業者が本件火災関連金の提供を余儀なくされたということはできない。納入業者と小売業者との間の継続的な取引の実態を踏まえれば,本件火災関連金の提供が原則として濫用行為に該当するとはいえない。
審査官は,被審人において本件火災関連金の提供を受けたことが濫用行為であることを基礎づける事情として,①事前合意の不存在,②一方的な要請であったこと及び③直接の利益の不存在を主張する。
しかし,①及び②については,被審人としては,納入業者において商品保険を利用できる場合に協力をお願いしたにとどまり,これに応じるか否かは納入業者の任意の判断に委ねたのであって,納入業者の判断材料に不足はなく,一方的な態様により金銭の提供を要請したものでもない。③については,前記ウ(ア)のとおり,直接の利益等には,取引の相手方において行為者との取引が打ち切られないという利益以外の全ての利益を含むと解するべきである。
e 以上によれば,48社のうち,《納入業者(48)》においては,朝倉店の火災の際に,被審人に対して金銭を提供しておらず,その余の47社においては,本件火災関連金の提供が濫用行為に当たらないというべきである。
エ 優越的地位を利用していないこと
(ア)独占禁止法第2条第9項第5号は,優越的地位を「利用して」濫用行為が行われた場合を規制するものであるが,「利用して」という要件は,優越的地位と濫用行為の因果関係をいう 。
(イ)特定納入業者のうち,本件報告書において,別表11の本件従業員等派遣の「要請に応じた理由」,並びに別表14の本件協賛金の提供及び本件火災関連金の提供の「要請に応じた理由」として,選択肢①(他の納入業者が要請に応じているため)を選択している者については,これらの行為は,納入業者間の付帯サービスに関する競争の結果として,当該納入業者が余儀なくされていたものにすぎず,被審人の特定納入業者に対する優越的地位との因果関係はないから,被審人がその地位を利用して行ったものではない。
2 争点2(本件排除措置命令の適法性)
(1)本件排除措置命令における理由の記載に不備はないか
ア 審査官の主張
独占禁止法第49条第1項が,排除措置命令書に公正取引委員会が認定した事実を付記すべきとしているのは,公正取引委員会の判断の慎重と公正妥当を担保して恣意を抑制するとともに,名宛人の不服申立てに便宜を与えるためのものと解される。
このような排除措置命令に理由の付記を要するとした趣旨・目的に鑑みれば,排除措置命令書の理由中に記載すべき事実については,違反行為に関する認定事実のほか,いかなる事実関係に基づき排除措置が命じられたのかを,名宛人において了知し得る程度に記載すれば足りる。
本件排除措置命令書の理由中に記載された本件排除措置命令の根拠となる事実によれば,公正取引委員会が具体的にどのような事情を考慮して,納入業者の中から特定納入業者を抽出したか,また,被審人がこれら特定納入業者に対し,具体的にいかなる態様の行為をどの程度行ったために,独占禁止法第2条第9項第5号に該当するとして本件排除措置命令を発せられたかを了知することが可能であり,本件排除措置命令に対する不服申立てに便宜を与える程度に記載されていることは明らかである。
なお,本件各命令の発出に当たり,平成26年4月18日,被審人に対し,独占禁止法第49条第5項に基づき事前通知に対する事前説明が行われ,その際,審査官から被審人に対し,特定納入業者のうち,金銭の提供に係る行為の対象となった66社及び48社が記載された資料を提示した上で具体的に説明をしており,被審人も,説明内容を記録していた。そして,本件排除措置命令書は,事前説明時の排除措置命令書案から変更された点はないから,被審人は,金銭の提供に係る行為の対象となった特定納入業者を十分認識していることは明らかである。
イ 被審人の主張
本件排除措置命令は,違反行為として従業員等の派遣又は金銭の提供を挙げているが,後者の行為の対象となった「特定納入業者」を特定していない。行為の相手方は,独占禁止法第2条第9項第5号所定の違反行為の要件事実であるから,その特定に欠ける本件排除措置命令は,「公正取引委員会の認定した事実」の記載として不十分である。
(2)本件排除措置命令の法令の適用に誤りはないか
ア 審査官の主張
前記1⑴エ(イ)のとおり,被審人は,遅くとも平成21年6月28日以降,平成24年12月16日にその行為を取りやめるまで一連の行為として本件違反行為を行っていたものである。このうち平成22年1月1日より前の行為については,改正法附則第2条第2項の規定により,改正前の独占禁止法第2条第9項第5号が適用されることとなるため,旧一般指定第14項を適用したのである。そして,同日以後の行為については,独占禁止法第2条第9項第5号の規定を適用すべき行為であったことから,同号の規定を適用したのである。
公正取引委員会は,旧一般指定第14項及び「大規模小売業者による納入業者との取引における特定の不公正な取引方法(平成17年公正取引委員会告示第11号。以下「大規模小売業告示」という。)のいずれの要件をも満たし得る場合において,従来,旧一般指定第14項よりも大規模小売業告示を優先的に適用してきたとの実情があるが,本件違反行為は独占禁止法第2条第9項第5号及び旧一般指定第14項の要件を具備しているのであるから,旧一般指定第14項を適用しても,法適用としての妥当性を欠くことにはならない。
また,本件排除措置命令書の「第2 法令の適用」における旧一般指定の「第14項第2号」及び「独占禁止法第2条第9項第5号ロ」という表記は,いずれも各項の柱書も含んだ表記であるから,法令の適用に誤りはない。
イ 被審人の主張
改正法が施行された平成22年1月1日より前は,優越的地位の濫用は,旧一般指定第14項,大規模小売業告示等によって規制されていたが,旧一般指定が一般法,大規模小売業告示が特別法の関係にあり,大規模小売業者に係る優越的地位の濫用については大規模小売業告示によって規制されていたものである。したがって,同日より前の行為については,大規模小売業告示が適用されるべきであるから,旧一般指定第14項を適用する原処分は法令の適用に誤りがあり,独占禁止法第49条第1項に違反する。
また,原処分は,同日以後の行為について,独占禁止法第2条第9項第5号ロを挙げるが,同項は,同項柱書と同項各号をいずれも満たした行為を不公正な取引方法として定めるものであるから,同項柱書を挙げず,同項第5号ロのみを挙げる原処分には法令の適用に誤りがあり,同法第49条第1項に違反する。
(3)本件排除措置命令主文第2項において特定納入業者以外の納入業者に対する通知を命ずる部分は必要な措置といえるか
ア 審査官の主張
排除措置命令は,違反行為を排除し,もって競争秩序の回復,維持を図ることを目的とする行政処分であることから,当該違反行為そのものについて排除措置を命じ得るだけではなく,これと同種,類似の違反行為の行われるおそれがあって,こうした目的を達するため,現にその必要性のある限り,これらの事実についても相当の措置を命じ得るものである。
本件においては,被審人は,遅くとも平成21年6月28日以降3年以上にわたり,広く納入業者全般を対象として本件違反行為を行っていたことがうかがわれ,行為の対象を特定納入業者に限定していた様子はみられないこと,本件排除措置命令の効力が生じた時点においても総合ディスカウント業者の中で有力な地位にあったこと,本件違反行為の取りやめが自発的に行われたものではなく,公正取引委員会の審査開始を契機としたものであることからすれば,将来,本件違反行為の対象となった特定納入業者以外の納入業者に対しても本件違反行為と同種,類似の違反行為が行われるおそれがあることは明白である。
そこで,被審人による将来の違反行為を防止するためには,被審人に対し,本件違反行為の対象となった特定納入業者のみならず,他の納入業者に対しても,本件排除措置命令主文第1項に基づいて採った措置を通知させることが必要かつ相当なものであることは明らかである。
イ 被審人の主張
本件排除措置命令主文第2項は,同主文第1項に基づいて採った措置を「納入業者」に通知することを命じているが,これは,違反行為の対象となった特定納入業者以外の納入業者に対する通知まで命ずるものであり,過剰な措置であって,違反行為が排除されたことを確保するために必要な措置とはいえず,独占禁止法第20条第2項により準用される同法第7条第2項に違反する。
3 争点3(本件課徴金納付命令の適法性)
(1)本件課徴金納付命令における理由の記載に不備はないか
ア 審査官の主張
本件課徴金納付命令書には,本件排除措置命令書が添付されているところ,前記2⑴アで述べたとおり,本件排除措置命令書における金銭の提供に係る行為の相手方の特定の記載は必要かつ十分であり,本件課徴金納付命令書に記載不備の違法があるとする被審人の主張には理由がない。
イ 被審人の主張
本件課徴金納付命令は,課徴金に係る違反行為として,従業員等の派遣及び金銭の提供を挙げている。しかし,本件課徴金納付命令書においては,金銭の提供に係る行為の対象となった「特定納入業者」が特定されていないところ,行為の相手方は独占禁止法第2条第9項第5号所定の違反行為の要件事実であるから,本件課徴金納付命令は,同命令書において同法第50条第1項の「課徴金に係る違反行為」の記載が不十分なものとして,同項に違反するものである。
(2)本件課徴金納付命令の課徴金の計算の基礎に誤りはないか
ア 審査官の主張
(ア)1個の違反行為が成立すること
優越的地位の濫用の公正競争阻害性が,取引の相手方の自由かつ自主的な判断による取引を阻害するとともに,当該取引の相手方はその競争者との関係において競争上不利となる一方で,行為者はその競争者との関係で競争上有利となるおそれがあることに求められることからすれば,複数の取引の相手方に対し,複数回にわたって濫用行為をしたとしても,競争阻害効果が同一である限りにおいて,独占禁止法上は1個の優越的地位の濫用として規制されるべきである。
本件において,被審人による濫用行為は,前記1⑴エ(イ)のとおり,組織的かつ計画的に一連のものとして実行されたのであるから,独占禁止法上1個の優越的地位の濫用行為として規制されるべきものであり,包括して1個の独占禁止法第19条違反が成立する。
(イ)「継続してするもの」といえること
優越的地位の濫用に対する課徴金制度は,違反者に不当な利得が生じる蓋然性が高いため,違反行為への誘因が強く,課徴金納付を命じることによる抑止が必要であるため導入されたものであるが,濫用行為が一度でも行われれば直ちに課徴金を賦課するのでは事業活動の萎縮をもたらす可能性があるため,「継続してするもの」(独占禁止法第20条の6)との限定が加えられたのである。
そうすると,優越的地位の濫用行為が,組織的かつ計画的に,一連のものとして行われているなど,同法第2条第9項第5号のいずれかに該当する経済的利益を収受する行為が繰り返され,それらを包括して1個の違反行為と評価できる場合には,課徴金納付による事業活動の萎縮のおそれはなく,違法行為の抑止の必要性が高いから,各行為の間隔が長く,また,取引の相手方ごとに複数回の濫用行為がなかったとしても,「継続してするもの」に該当する。
前記(ア)のとおり,本件違反行為は,優越的地位の濫用として一体として評価すべきであるから,「継続してするもの」といえる。
(ウ)違反行為期間について
前記(ア)のとおり,本件違反行為は,優越的地位の濫用として一体として評価すべきであるから,違反行為期間(独占禁止法第20条の6にいう「当該行為をした日から当該行為がなくなる日までの期間」をいう。以下同じ。)についても,相手方ごと又は行為の類型ごとに個別に認定するのではなく,一体であることを前提とすべきである。
本件違反行為が行われた最初の日は,平成21年6月28日であり,本件違反行為がなくなったと認められる日は,平成24年12月16日であるところ,その期間が3年を超えるから,同条の規定により,課徴金の算定上,違反行為期間は,平成21年12月17日から平成24年12月16日までとなる。
さらに,課徴金の算定対象となるのは,改正法の施行日である平成22年1月1日から平成24年12月16日までとなる(改正法附則第5条)。
(エ)相手方との間における購入額について
被審人による本件違反行為は,被審人の店舗で販売される商品の供給を受けている相手方である特定納入業者に対するものであるから,相手方の特定の部門からの購入額ではなく,被審人と特定納入業者との間における政令により定められた購入額の合計額が課徴金の額の算定の基礎となる。
(オ)小括
本件違反行為について,課徴金の額の算定の基礎となる上記購入額を独占禁止法施行令第30条第2項の規定に基づき算定すると,課徴金の算定対象期間内(平成22年1月1日から平成24年12月16日まで)に,被審人が特定納入業者から引渡しを受けた商品の対価の合計額から同項第1号ないし第3号に該当する額を控除した額である1274億1670万5310円となる。
イ 被審人の主張
(ア)1個の違反行為とみるべきではないこと
a 優越的地位濫用の公正競争阻害性の中核は,取引の相手方の自由かつ自主的な判断を阻害することにあり,取引上の地位の優越性は,取引の相手方との関係で生じる相対的なものと解されていることから,違反行為は個々の相手方ごとに成立すると解釈するのが整合的である。
また,独占禁止法第20条の6が相手方単位で課徴金を算定する方式を採用しているのは,相手方ごとに違反行為が成立することを前提とするものである。
したがって,違反行為は相手方ごとに認定するべきである。
b 公正取引委員会は,改正法施行前は行為の類型ごとに別の違反行為として認定していたのであり,また,改正法では,従前の違反行為の認定実務を前提として課徴金の算定率が1パーセントと定められたのであるから,複数の類型の行為を1個の行為とすることは,これまでの運用にも,改正法が前提としている認定方法にも反するものである。しかも,法改正を機にこれまでの認定方法を変更する必要性は明らかではなく,単に審査官の課徴金算定の便宜のために認定方法を変更したと考えざるを得ない。
したがって,違反行為は行為類型ごとに認定するべきである。
また,本件火災関連金の提供については,火災の直後,納入業者から取引先の加入している商品保険により損失の補填ができるので返品処理を受けてもよいとの申出を受けたことから行われた突発的かつ非計画的な要請である。したがって,少なくとも本件火災関連金の提供は別の行為として認定されなければならない。
(イ)継続してするもの
独占禁止法第20条の6の「継続してするもの」に該当するか否かは,行為の対象である取引の相手方ごとに判断すべきである。相手方ごとに判断して,平成22年1月1日以後において「継続してするもの」とは認められない行為は,課徴金の対象から除外されなければならない。
また,本件火災関連金の提供は,繰り返して行われることが予定されていない1回限りの行為であるから,「継続するもの」に該当しない。
(ウ)期間について
前記(ア)のとおり,違反行為は相手方ごと,行為類型ごとに認定するべきであるから,課徴金の計算の基礎となる期間についても,取引の相手方である特定納入業者ごと及び行為類型ごとに個別に認定されるべきであり,取引額を算定する期間を一律に平成22年1月1日から平成24年12月16日までとした上で,当該期間全体における被審人と78社との間の購入額の合計を課徴金の算定の基礎とする本件課徴金納付命令は,独占禁止法第20条の6に違反する。
(エ)相手方からの購入額について
課徴金の算定率は過去の違反事件において推計された不当な利益が取引額に占める割合を参考にして設定されていることからすれば,課徴金の額は不当な経済的利得と対応することが前提とされている。
被審人は,《納入業者(47)》からカー用品及び灯油を購入しているが,灯油の購入取引は,本件各行為のいずれとも全く無関係な取引であり,不当な経済的利得はない。
したがって,《納入業者(47)》の《略》部門は,「当該行為の相手方」(独占禁止法第20条の6)には該当せず,その取引額である14億1423万9540円は課徴金の計算の基礎から除外されるべきである。
(3)本件課徴金納付命令の法令の適用に誤りはないか
ア 審査官の主張
本件課徴金納付命令書の「3 課徴金に係る違反行為」における「独占禁止法第2条第9項第5号ロ」という表記は,同項の柱書も含んだ表記であるから,法令の適用に誤りはない。
イ 被審人の主張
独占禁止法第2条第9項は,同項柱書と同項各号をいずれも満たした行為を不公正な取引方法として定めるものであるにもかかわらず,本件課徴金納付命令は,違反行為の適用法条として同条項第5号ロのみを挙げるものであるから,法令の適用に誤りがある。
第6 審判官の判断
1 争点1(本件各行為は,被審人が,自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して,正常な商慣習に照らして不当に行ったものか)について
(1)優越的地位の濫用規制の趣旨
ア 独占禁止法第19条において,自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して,正常な商慣習に照らして不当に同法第2条第9項第5号(改正法施行日前においては旧一般指定第14項〔第1号ないし第4号〕)に該当する行為をすることが不公正な取引方法の一つとして規制されているのは,自己の取引上の地位が相手方に優越している一方の当事者が,相手方に対し,その地位を利用して,正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることは,相手方の自由かつ自主的な判断による取引を阻害するとともに,相手方はその競争者との関係において競争上不利となる一方で,行為者はその競争者との関係において競争上有利となるおそれがあり,このような行為は公正な競争を阻害するおそれ(公正競争阻害性)があるといえるからである(「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」〔平成22年11月30日公正取引委員会〕〔以下「ガイドライン」という。〕第1の1参照)。
公正競争阻害性については,①行為者が多数の相手方に対して組織的に不利益を与えているか,②特定の相手方に対してしか不利益を与えていないときであっても,その不利益の程度が強い又はその行為を放置すれば他に波及するおそれがあるかなど問題となる不利益の程度,行為の広がり等を考慮して判断することになる(ガイドライン第1の1参照)。
イ 被審人は,私人間の法律関係には私的自治の原則が妥当することから,優越的地位の濫用を適用して公正取引委員会が介入することは最小限度にとどめるべきであるとして,公序良俗違反(民法第90条)に該当しない行為について優越的地位の濫用とするのは過剰規制であると主張する。
しかし,独占禁止法は,公正かつ自由な競争経済秩序を維持していくことによって一般消費者の利益を確保するとともに,国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とするものであり,同法第20条は,専門的機関である公正取引委員会をして,取引行為につき同法第19条違反の事実の有無及びその違法性の程度を判定し,その違法状態の具体的かつ妥当な収拾,排除を図るに適した内容の勧告,差止命令を出すなど弾力的な措置をとらしめることによって,同法の目的を達成することを予定しているところ(最高裁判所昭和52年6月20日第二小法廷判決・民集第31巻4号449頁),同法においてこうした目的から前記アの趣旨で設けられている優越的地位の濫用規制は,私法上の規定である民法第90条とは目的及び趣旨を異にするものであるから,その規制対象は,当該取引の私法上の効果が公序良俗違反により無効となる場合に限られないことは明らかである。
したがって,被審人の主張を採用することはできない。
(2)優越的地位の濫用の判断基準
前記⒧アのような優越的地位の濫用規制の趣旨に照らせば,甲が乙に対し,取引上の地位が優越しているというためには,甲が市場支配的な地位又はそれに準ずる絶対的に優越した地位にある必要はなく,乙との関係で相対的に優越した地位にあれば足りると解される。また,甲が乙に対して優越した地位にあるとは,乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため,甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても,乙がこれを受け入れざるを得ないような場合をいうと解される(ガイドライン第2の1参照)。
この判断に当たって,乙の甲に対する取引依存度が大きい場合には,乙は甲と取引を行う必要性が高くなるため,乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すことになりやすく(ガイドライン第2の2⑴参照),甲の市場におけるシェアが大きい場合又はその順位が高い場合には,甲と取引することで乙の取引数量や取引額の増加が期待でき,乙は甲と取引を行う必要性が高くなるため,乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すことになりやすく(同⑵参照),乙が他の事業者との取引を開始若しくは拡大することが困難である場合又は甲との取引に関連して多額の投資を行っている場合には,乙は甲と取引を行う必要性が高くなるため,乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すことになりやすく(同⑶参照),また,甲との取引の額が大きい,甲の事業規模が拡大している,甲と取引することで乙の取り扱う商品又は役務の信用が向上する,又は甲の事業規模が乙のそれよりも著しく大きい場合には,乙は甲と取引を行う必要性が高くなるため,乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すことになりやすいものといえる(同⑷参照)。
なお,甲が乙に対して,取引上の地位が優越しているかどうかは,上記の事情を総合的に考慮して判断するので,大企業と中小企業との取引だけでなく,大企業同士,中小企業同士の取引においても,取引の一方当事者が他方当事者に対し,取引上の地位が優越していると認められる場合がある(ガイドライン第2の2(注7)参照)。また,乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来す場合に該当するといえるためには,必ずしも乙が倒産に瀕するような事業経営上の支障が生じることまでは必要ではない。さらに,事業全体の経営に大きな支障を来せば,通常,「事業経営上大きな支障を来す」こととなるが,特定の事業部門や営業拠点など特定の事業の経営のみに大きな支障を来す場合であっても,当該特定の事業が当該事業者の経営全体の中で相対的に重要なものである場合などには,「事業経営上大きな支障を来す」ことがあり得る(「『優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方』〔原案〕に対する意見の概要とこれに対する考え方」〔平成22年11月30日公正取引委員会〕9頁参照)。
また,独占禁止法第2条第9項第5号イないしハが濫用行為の類型として規定する①継続して取引する相手方に対して当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させる行為,②継続して取引する相手方に対して自己のために金銭,役務その他の経済上の利益の提供をさせる行為,③取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒む行為,④取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせる行為,⑤取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせる行為,⑥取引の相手方に対して取引の対価の額を減じる行為,及び⑦上記③ないし⑥のほか,取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し,若しくは変更し,又は取引を実施する行為(以下,①ないし⑦を「不利益行為」という。)を甲が行い,乙がこれを受け入れている事実が認められる場合,これを受け入れるに至った経緯や態様によっては,それ自体,甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても,乙がこれを受け入れざるを得ないような場合にあったことをうかがわせる重要な要素となり得るものというべきである。なぜなら,取引関係にある当事者間の取引を巡る具体的な経緯や態様には,当事者間の相対的な力関係が如実に反映されるからである。
したがって,甲が乙に対して優越した地位にあるといえるか否かについては,①乙の甲に対する取引依存度,②甲の市場における地位,③乙にとっての取引先変更の可能性,④その他甲と取引することの必要性,重要性を示す具体的事実のほか,乙が甲による不利益行為を受け入れている事実が認められる場合,これを受け入れるに至った経緯や態様等を総合的に考慮して,乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため,甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても,乙がこれを受け入れざるを得ないような場合であるかを判断するのが相当である。
そして,甲が乙に対して優越的な地位にあると認められる場合には,甲が乙に不利益行為を行えば,通常は,甲は自己の取引上の地位が乙に対して優越していることを利用してこれを行ったものと認められ(ガイドライン第2の3),乙は自由かつ自主的な判断に基づいて不利益行為を受け入れたとはいえず,甲は正常な商慣習に照らして不当に独占禁止法第2条第9項第5号所定の行為を行っていたものと認めるのが相当である。
したがって,以下では,被審人の取引上の地位が特定納入業者に対して優越しているか,本件各行為が濫用行為の類型としての不利益行為に該当するかについて検討した上で,被審人が特定納入業者に対して取引上の地位が優越していることを利用して,正常な商慣習に照らして不当に本件各行為を行ったものであるか否かを判断する。
(3)被審人の取引上の地位が特定納入業者に対して優越しているか
ア 被審人の市場における地位
前記第3の1⑵のとおり,被審人において,運営する店舗数は,平成21年6月28日から平成24年12月17日までの約3年半の間に128店から168店へと増加し,年間総売上高は,平成21年度の約944億円から平成24年度の約1183億円へと年々増加しており,各事業年度の売上高は,総合ディスカウント業を営む者の全国における売上高の順位において,平成21年度及び平成22年度は第5位,平成23年度及び平成24年度は第4位であった。
これらの事実によれば,被審人は,本件期間中において,事業を急速に拡大し,消費者に人気のある小売業者であり,総合ディスカウント業を営む事業者として有力な地位にあったと認められる。
そうすると,食料品,酒類,日用雑貨品,家庭用電気製品,衣料品等の製造業者及び卸売業者としては,被審人と継続的に取引を行うことで,被審人を通じて,消費者に幅広く自社の取扱商品を供給することができ,多額かつ安定した売上高を見込むことができることになるから,一般的にいえば,被審人と取引することの必要性及び重要性は高いと評価することができる。
イ 被審人と特定納入業者の関係
別紙5の「本件報告書」欄記載の証拠(枝番号を含む。)によれば,特定納入業者の納入品目,資本金の額,総売上高,被審人に対する売上高,被審人に対する取引依存度,取引先別の売上高の順位における被審人の順位,取引先小売業者数,被審人との取引に係る取引継続の必要性,新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性についての本件報告書の回答内容等は,別紙5の各欄記載のとおりである(別紙5の「本件各行為」欄については,前記第3の4のとおり,《納入業者(48)》の「火災関連金」を除き,各記載の従業員等の派遣及び金銭提供を受けたことは争いがない。)。
これらを踏まえて,被審人の取引上の地位が特定納入業者である78社に対して優越していたか否かについて,以下,判断する。
(ア)以下の40社について
《納入業者(3)》,《納入業者(4)》,
《納入業者(10)》,《納入業者(13)》,
《納入業者(14)》,《納入業者(15)》,
《納入業者(18)》,《納入業者(19)》,
《納入業者(20)》,《納入業者(22)》,
《納入業者(23)》,《納入業者(25)》,
《納入業者(26)》,《納入業者(27)》,
《納入業者(29)》,《納入業者(30)》,
《納入業者(32)》,《納入業者(38)》,
《納入業者(39)》,《納入業者(40)》,
《納入業者(43)》,《納入業者(47)》,
《納入業者(49)》,《納入業者(50)》,
《納入業者(52)》,《納入業者(53)》,
《納入業者(54)》,《納入業者(55)》,
《納入業者(56)》,《納入業者(59)》,
《納入業者(61)》,《納入業者(62)》,
《納入業者(65)》,《納入業者(66)》,
《納入業者(69)》,《納入業者(70)》,
《納入業者(71)》,《納入業者(72)》,
《納入業者(74)》,《納入業者(77)》
a 上記40社についての認定
上記40社については,前記アの事実に加え,別紙5記載の各事実,とりわけ,これらの納入業者の被審人に対する取引依存度がいずれも大きいこと等の事実を考慮すれば,当該納入業者にとって,被審人との取引の継続が困難になることは事業経営上大きな支障を来すものとうかがわれる。
また,上記40社は,別紙5の「取引継続必要性」欄記載のとおり,本件報告書において,取引継続必要性が高いかとの設問(設問3⑴)に対し,これを肯定する回答をしている。このうち,後記b(a)ないし(h)記載の8社を除く32社については,その理由として,新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性を選択しており,取引先の変更が困難であると認識していたと認められる。他方,取引継続必要性を肯定する理由として,新規取引開始困難性又は取引額転嫁困難性を選択していない上記8社についても,後記b(a)ないし(h)のとおり,他の回答内容等から,実際には取引先の変更が困難であるとの認識があったとうかがわれる。
そして,上記で考慮した事実からすれば,上記40社には被審人との取引の維持・継続を重要視するに足りる客観的状況が認められるものといえ,取引継続必要性に係る認識は,これらの客観的状況に沿うものといえる。
また,上記40社については,後記⑷に認定する被審人による不利益行為を受け入れていた事実が認められる。これら不利益行為は,後記⑸に詳述するとおり,被審人によるいわゆるバイイングパワーが発揮されやすい取引上の関係を背景とし,多数の納入業者に対して,長期間にわたり,被審人の利益を確保することなどを目的として,役員等の指揮ないし関与の下,組織的かつ計画的に一連のものとして行われたものであるところ,後記⑸のとおり当該納入業者がこれら不利益行為を受け入れるに至った経緯や態様は,それ自体,被審人が当該納入業者に対してその意に反するような要請等を行っても,これが甘受され得る力関係にあったことを示すものである。このことからすれば,上記40社は,被審人が著しく不利益な要請等を行っても,これを受け入れざるを得ないような場合にあったことがうかがわれる。
以上を総合的に考慮すれば,上記40社は,被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため,被審人が著しく不利益な要請等を行っても,これを受け入れざるを得ないような場合にあり,被審人の取引上の地位は,当該納入業者に対して優越していたものと認められる。
b 前記認定についての補足説明
(a)《納入業者(19)》について
《納入業者(19)》は,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していない。
しかし,《納入業者(19)》は,平成21年4月以降,被審人に代替し得る取引先との取引を開始しておらず,本件報告書において,その要因について,取引条件が自社の希望と合わないからと回答しており,新規取引開始困難性の認識があったことがうかがわれる。また,《納入業者(19)》の代表者が,これまで被審人との取引に集中してきたという経緯もあることから,被審人との取引が終了した場合には,会社を畳むという選択をするのではないかなどと述べている(審11)ことからみても,《納入業者(19)》において,被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すとの認識であったものと認められる。
したがって,《納入業者(19)》が本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していないことは,《納入業者(19)》に関する前記aの認定を左右するものではない。
(b)《納入業者(22)》について
《納入業者(22)》は,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していない。
しかし,《納入業者(22)》の代表者が,《納入業者(22)》が被審人との取引を念頭に置いて設立され,被審人との取引がなくなれば,《納入業者(22)》を畳む旨を述べていること(審45)からすれば,《納入業者(22)》において,被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すとの認識であったものと認められる。
したがって,《納入業者(22)》が本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していないことは,《納入業者(22)》に関する前記aの認定を左右するものではない。
(c)《納入業者(26)》について
《納入業者(26)》は,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として取引額転嫁困難性を選択していない。
しかし,《納入業者(26)》は,新規取引開始困難性は選択しているところ,取引額転嫁困難性についても,《納入業者(26)》の従業員であった者が,被審人との取引が終了した場合,他社との取引で回復することが可能な額については,半分程度であると述べていること(審73)からすれば,《納入業者(26)》において,被審人との取引額の転嫁も容易ではなく,取引先の変更は困難であると認識していたものと認められる。
したがって,《納入業者(26)》が,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として取引額転嫁困難性を選択していないことは,《納入業者(26)》に関する前記aの認定を左右するものではない。
(d)《納入業者(27)》について
《納入業者(27)》は,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していない。
しかし,《納入業者(27)》は,平成21年4月以降,被審人に代替し得る取引先との取引を開始しておらず,本件報告書において,その要因について,自社の営業エリアに被審人と同程度若しくはそれ以上の売上高があるものがいない又は既に被審人と同程度若しくはそれ以上の売上高がある全ての者と取引を行っており,新たに取引を行うものがいないからと回答している(審32の1)ことからすれば,新規取引開始困難性の認識があったと認められる。また,《納入業者(27)》の代表者は,《納入業者(27)》が商談や各種手伝いなどで人的コストがかかる小売業との取引を縮小する方針であった中でも,代替する取引先がないため,被審人との取引は重要であったと述べている(査32の2)のであるから,取引額転嫁困難性の認識があったと認められる。そして,上記供述からすれば,他の取引先との取引によって被審人との取引の利益を確保することができると考えていたとの同人の陳述(審46)を信用することはできず,《納入業者(27)》において,取引先の変更は困難であると認識していたものと認められる。
したがって,《納入業者(27)》が本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していないことは,《納入業者(27)》に関する前記aの認定を左右するものではない。
(e)《納入業者(38)》について
《納入業者(38)》は,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性又は取引額転嫁困難性のいずれも選択していない。
しかし,《納入業者(38)》は,平成21年4月以降,被審人に代替し得る取引先との取引を開始しておらず,本件報告書において,その要因について,取引条件が自社の希望と合わないからと回答しており,新規取引開始は困難であったとの認識がうかがわれる。
また,取引額転嫁困難性に関する認識は明らかではないが,別紙5のとおり,《納入業者(38)》の被審人に対する取引依存度の直近3期平均が61.0パーセントであり極めて高いにもかかわらず,被審人との取引が終了しても他の取引先との取引によりそれに見合う売上げを回復することが容易であるというべき事情も見当たらないことからすれば,取引額転嫁困難性に関する認識もうかがわれる。
したがって,《納入業者(38)》が本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していないことは,《納入業者(38)》に関する前記aの認定を左右するものではない。
(f)《納入業者(69)》について
《納入業者(69)》は,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として取引額転嫁困難性を選択していない。
しかし,《納入業者(69)》の代表者は,他の取引先の取引額を増やすことで最終的には転嫁が可能と回答しているものの,短期的には困難であると述べており(査74の2),少なくとも取引額の転嫁が容易ではないと認識していたものと認められる。
したがって,《納入業者(69)》が,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として取引額転嫁困難性を選択していないことは,《納入業者(69)》に関する前記aの認定を左右するものではない。
(g)《納入業者(70)》について
《納入業者(70)》は,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していない。
しかし,《納入業者(70)》は,被審人との取引がなくなれば,商売が縮小していき,最終的には店を畳む方向になる旨述べており(査75の9),被審人との取引の継続が困難になることは事業経営上大きな支障を来すとの認識であったものと認められる。
したがって,《納入業者(70)》が本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していないことは,《納入業者(70)》に関する前記aの認定を左右するものではない。
(h)《納入業者(72)》について
《納入業者(72)》は,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していない。
しかし,《納入業者(72)》は,平成21年4月以降,被審人に代替し得る取引先との取引を開始しておらず,その要因について,《納入業者(72)》の営業部課長は,いくつかの会社との間で取引条件についての話をしたが条件が厳しく具体的な交渉にまで至っていないと述べているほか,実際には被審人との取引に見合うだけの新規取引開始及び取引額転嫁は困難であると述べている(査77の2)ことからすれば,取引先の変更は困難であると認識していたものと認められる。
したがって,《納入業者(72)》が本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していないことは,《納入業者(72)》に関する前記aの認定を左右するものではない。
(i)回答を訂正した者について
被審人は,本件報告書において,当初,新規取引開始困難性又は取引額転嫁困難性の選択肢を選んでいなかった特定納入業者(《納入業者〔3〕》,《納入業者〔23〕》,《納入業者〔39〕》,《納入業者〔40〕》及び《納入業者〔49〕》)についても,これらの認識がなかったと主張する。
しかし,これらの納入業者は,審査官による事情聴取に対して,各項目に該当する旨を理由と共に述べた上(査8の2,査28の2,査44の2,査45の2,査54の2),回答を訂正したものであるから,訂正後の回答は信用することができ,取引先の変更は困難であると認識していたというべきである。
したがって,被審人の主張は採用することができない。
(イ)以下の24社について
《納入業者(5)》,《納入業者(6)》,
《納入業者(8)》,《納入業者(9)》,
《納入業者(12)》,《納入業者(16)》,
《納入業者(17)》,《納入業者(21)》,
《納入業者(28)》,《納入業者(33)》,
《納入業者(35)》,《納入業者(36)》,
《納入業者(37)》,《納入業者(44)》,
《納入業者(45)》,《納入業者(48)》,
《納入業者(57)》,《納入業者(58)》,
《納入業者(60)》,《納入業者(64)》,
《納入業者(67)》,《納入業者(68)》,
《納入業者(75)》,《納入業者(76)》
a 上記24社についての認定
上記24社については,前記アの事実に加え,別紙5記載の各事実,とりわけ,取引先別の売上高の順位における被審人の順位が高いこと等の事実を考慮すれば,当該納入業者にとって,被審人との取引の継続が困難になることは事業経営上大きな支障を来すものとうかがわれる。
すなわち,納入業者にとっては,将来にわたりそれぞれの取引先に対する売上高を常に一定水準に維持できるという保証はない中で,前記アの状況に照らし,店舗数及び売上げを増大させていた被審人は,安定的な取引を期待できる取引先ということができる。このような被審人に対して,取引先別の売上高の順位が高いことは,当該納入業者にとって,被審人は,数ある取引先の中でも比較的高水準の売上高を安定的に確保できる取引先であって,継続的な事業戦略上,重視すべき有力な取引先の一つということができる。このような納入業者にしてみれば,被審人との取引の継続が困難となることは,取引依存度が大きい取引先を失った場合のように直ちに事業経営上大きな支障を来すということはないとしても,取引チャネルの選択や販売戦略の再構築といった事業方針の転換を迫られるなど,その後の事業経営に大きな支障を来す要因となり得るものである。
したがって,前記(ア)の40社のように被審人に対する取引依存度が絶対的に大きいとまではいえないものの,著しく小さいものではなく,むしろ取引先ごとの売上高をみれば被審人の順位が高いことが認められる上記24社については,被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すものとうかがわれるということができる。
また,上記24社は,別紙5の「取引継続必要性」欄記載のとおり,本件報告書において,取引継続必要性が高いと回答をしており,これらのうち,後記b(a)ないし(e)記載の6社を除く18社については,その理由として,新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性を選択しており,取引先の変更が困難であると認識していたと認められる。他方,取引継続必要性が高い理由として,新規取引開始困難性又は取引額転嫁困難性を選択していない上記6社についても,後記b(a)ないし(e)のとおり,他の回答内容等から,実際には取引先の変更が困難であるとの認識があったとうかがわれる。
そして,上記で考慮した事実からすれば,上記24社には被審人との取引の維持・継続を重要視するに足りる客観的状況が認められるものといえ,取引継続必要性に係る認識は,これらの客観的状況に沿うものといえる。
さらに,上記24社についても,後記⑷に認定する被審人による不利益行為を受け入れていた事実が認められるところ,後記⑸のとおり,当該納入業者がこれら不利益行為を受け入れるに至った経緯や態様からすれば,被審人が著しく不利益な要請等を行っても,これを受け入れざるを得ないような場合にあったことがうかがわれる。
以上を総合的に考慮すれば,上記24社は,被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため,被審人が著しく不利益な要請等を行っても,これを受け入れざるを得ないような場合にあり,被審人の取引上の地位は上記24社に対して優越していたものと認められる。
b 前記認定の補足説明
(a)《納入業者(5)》について
《納入業者(5)》は,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として取引額転嫁困難性を選択していない。
しかし,《納入業者(5)》は,平成23年9月に被審人との取引を終了しているところ,《納入業者(5)》の従業員が,被審人との取引終了の際には,人員整理をして肌着の販売事業を縮小したと述べている(査10の2)ことからすれば,《納入業者(5)》にとって,被審人との取引の継続が困難になることは事業経営上大きな支障を来すものであったと認められる。
他方で,《納入業者(5)》の従業員は,被審人との取引の終了により,収益が改善したと供述(査10の2)する。しかし,同人は,被審人との取引の経緯について,《納入業者(5)》において,被審人との取引の開始によって肌着の販売事業を拡大したが,価格改定の際に被審人が自社の粗利を増やすよう要求したことや,従業員等派遣の要請,季節商品の返品などによって,被審人との取引における採算が悪化したところ,被審人との取引継続中には,売上規模が大きく,重要な取引先であったため,粗利を上げようとしたがかなわず,やむを得ず取引を終了したと述べているのであり,かかる供述によれば,被審人との取引の終了や,その後に収益が改善したとの事実によって,取引継続中の被審人との取引継続必要性の認識が否定されるものではない。
したがって,《納入業者(5)》が,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として取引額転嫁困難性を選択していないことは,《納入業者(5)》に関する前記aの認定を左右するものではない。
(b)《納入業者(12)》について
《納入業者(12)》は,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していない。
しかし,《納入業者(12)》は,平成21年4月以降,被審人に代替し得る取引先との取引を開始できておらず(査17の1),その要因について,取引条件が自社の希望と合わないためと回答しているのであるから,新規取引開始困難性の認識があったとうかがわれる。
また,《納入業者(12)》の《略》営業所所長は,《略》営業所としての被審人との年間取引額の順位は同営業所の全取引先約《取引先数》社の中で第1位であり,被審人との取引は法人全体としても,営業所としても大きい旨を供述していることから(査17の6),《納入業者(12)》は,被審人との取引の継続が困難になることは,事業経営上大きな支障を来すとの認識であったと認められる。
したがって,《納入業者(12)》が,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していないことは,《納入業者(12)》に関する前記aの認定を左右するものではない。
(c)《納入業者(16)》及び《納入業者(17)》について
《納入業者(16)》及び《納入業者(17)》(《納入業者〔17〕》は,平成23年9月21日,新設分割により《納入業者〔16〕》の被審人との取引を含む,《略》支店及び《略》支店における事業を承継した会社である。承継の前後において,被審人との取引条件等は同一である。〔査21の2及び3,審9〕)は,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していない。
しかし,《納入業者(16)》及び《納入業者(17)》は,平成21年4月以降,被審人に代替し得る取引先との取引を開始できておらず,その要因について,自社の営業エリアには被審人に代替し得る取引先がいない又は既に被審人に代替し得る取引先の全てと取引を行っており新たに取引を行う者がいない旨を回答している(査21の1)ことからすれば,新規取引開始困難性の認識があったとうかがわれる。
また,《納入業者(16)》は,被審人との取引に関連して,平成23年8月,被審人専用の受注システムを導入するために《金額》円を支出し,《納入業者(17)》もこれを継続して利用しており,《納入業者(16)》の従業員は,システム導入のための支出は,被審人との取引を必要とする事情となると述べている(査21の3及び5)。
他方で,《納入業者(16)》及び《納入業者(17)》において被審人への営業を担当している従業員は,被審人との取引がなくなった場合,大手量販店との取引の底上げや,新規取引の開始により,2年程度,早ければ1年程度で回復すると陳述する(審9)。しかし,上記陳述によっても,取引額の転嫁には一定の時間がかかることから,これをもって取引先の変更が容易であると認識していたとはいえない。また,当初新規取引開始困難性について回答したことは上記のとおりであるから,取引先の変更可能性に係る上記陳述は直ちに信用することはできない。
したがって,《納入業者(16)》及び《納入業者(17)》が,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していないことは,前記aの認定を左右するものではない。
(d)《納入業者(33)》について
《納入業者(33)》は,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していない。
しかし,《納入業者(33)》は,平成21年4月以降,被審人に代替し得る取引先との取引を開始できておらず,本件報告書において,その要因について,納入価格等の取引条件が自社の希望と合わないからと回答し,《納入業者(33)》の従業員も,現に売込みをしているが,新規取引先との取引開始には至っていない旨述べている(査38の2及び5)ことからすると,新規取引開始困難性の認識があったと認められる。
他方で,同人は陳述書(審49)において,仮に被審人との取引が終了しても《納入業者(33)》がほかに同程度の取引先を見つけてカバーすることは十分に可能だと思う旨を陳述するが,当該陳述は,具体的根拠を欠くものであり,直ちに信用できない。
したがって,《納入業者(33)》が,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していないことは,前記aの認定を左右するものではない。
(e)《納入業者(58)》について
《納入業者(58)》は,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していない。
しかし,《納入業者(58)》は,平成21年4月以降,被審人に代替し得る取引先との取引を開始できておらず,《納入業者(58)》の従業員が,仮に被審人との取引を失った場合には,被審人との間の約《金額》円もの取引額を短期間で取り戻すのは困難であり,何年で取り戻せるかといったことは言えない旨を述べている(査63の8)ことからすると,取引先の変更は困難であると認識していたと認められる。
他方で,同人は,陳述書(審54)において,上記供述は《略》事業部に限った話であり,全社での売上額は伸び続けており,全社では1年程度で回復できると述べる。しかし,同人が,その供述調書(査63の8)において,売上高が2位で,《金額》円を越えるような被審人との取引は会社全体でも大きな取引先であると述べていること,また,平成21年8月から平成24年7月までの《納入業者(58)》の年間売上高の増加は,被審人との取引高を急激に増加させたことによるところが大きいこと(査63の1)からすれば,上記陳述書における陳述は信用することができない。
したがって,《納入業者(58)》が,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性のいずれも選択していないことは,前記aの認定を左右するものではない。
(f)《納入業者(36)》及び《納入業者(37)》について
被審人は,《納入業者(36)》及び《納入業者(37)》は,本件各行為のうち,本件火災関連金の提供を行っておらず,被審人からの要請について自由かつ自主的に判断できる取引上の地位にあったと主張する。
しかし,《納入業者(36)》は,本件従業員等派遣及び本件協賛金の提供について,《納入業者(37)》は本件従業員等派遣について,それぞれ被審人の要請を受け入れているのであり,本件火災関連金の提供を行っていないことは,前記aの認定を左右するものではない。
したがって,被審人の主張は採用することができない。
(g)回答を訂正した者について
被審人は,本件報告書において,当初,新規取引開始困難性又は取引額転嫁困難性の選択肢を選んでいなかった納入業者(《納入業者〔6〕》,《納入業者〔21〕》,《納入業者〔35〕》,《納入業者〔44〕》,《納入業者〔60〕》及び《納入業者〔76〕》)についても,これらの認識がなかったと主張する。しかし,これらの納入業者は,審査官による事情聴取に対して,各項目に該当する旨を理由と共に述べた上(査11の2,査11の9,査26の2,査40の2,査49の2及び9,査65の3,査81の2及び8),回答を訂正したものであるから,訂正後の回答は信用することができ,上記各納入業者は,取引先の変更は困難であると認識していたというべきである。
なお,被審人は,《納入業者(35)》の本件報告書及び従業員の供述調書(査40の2)について,《略》営業所としての回答であると主張する。しかし,同人が,「会社全体として」の被審人に対する《金額》円もの売上高を短期間で回復することが困難である旨を述べていること,現に,平成21年4月以降,被審人に代替し得る取引先との取引が開始できていないことからすれば,《略》営業所に限らず,全社としても新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性の認識があったと認められる。
また,被審人は,《納入業者(44)》の本件報告書について,《略》エリアを前提とした回答であり,取引額の回復は可能であると主張する。しかし,《納入業者(44)》は本件期間中の平成22年から平成24年にかけて約《金額》円総売上高が減少しており(審23の1),全社としても,売上高が減少する中で,被審人との取引が打ち切られた場合に,新規取引開始及び取引額転嫁により取引額を回復することは困難であったと考えられる。
したがって,被審人の主張は採用することができない。
(ウ)以下の4社について
《納入業者(34)》,《納入業者(41)》,
《納入業者(46)》,《納入業者(51)》
a 上記4社については,前記(ア)又は(イ)と同等の状況にはないとしても,前記アの事実及び別紙5記載の各事実,とりわけ,資本金額及び年間総売上高に照らして当該納入業者の事業規模が極めて小さいこと等の事実を考慮すれば,被審人に対する取引依存度が大きなものではなく,かつ,その取引先別の売上高の順位における被審人の順位が,取引先の数に比して高いものではないことを勘案しても,なお上記4社にとって,被審人との取引の継続が困難になることは事業経営上大きな支障を来すものとうかがわれる。
すなわち,特定納入業者はいずれも被審人よりも事業規模が小さく,年間総売上高が被審人の年間総売上高(約944億円ないし約1183億円)と比較して少額であるところ,殊に,上記4社は資本金の額が少額であり,被審人の事業規模が当該納入業者のそれより著しく大きい場合に当たると認められる(ガイドライン第2の2(4))。
これら小規模な納入業者にとってみれば,被審人との取引に代えて,新たな取引先と取引を開始し,あるいは既存の取引先との取引を拡大することは,必ずしも容易なことではない。なぜなら,納入業者の事業規模が小さければ,新たな取引の開始や取引の拡大につながるような情報や機会も限定されると考えられるからである。他方で,被審人は,前記アのとおり,総合ディスカウント業を営む事業者の中で,その事業が拡大基調にあり,今後の取引の拡大を期待できる取引先であり,これら小規模な納入業者において自らの事業活動の拡大や安定的な継続のためには,このような既存の取引先である被審人との取引が必要かつ重要であると認められる。こうした状況の下で,別紙5のとおり,上記4社の被審人に対する売上高は,本件期間中においても事業規模に比して相当な額に達するものであったのであり,特に,《納入業者(34)》及び《納入業者(46)》については,被審人に対する取引依存度を年々増加させていることから,被審人との取引の重要性は高まっていたものである。また,《納入業者(46)》において被審人との取引を主に担当している《略》支店は,全社的に見ても売上高が高く(全社の売上高約《金額》円ないし《金額》円に対し,約《金額》円ないし《金額》円),営業上重要と認められるところ,同支店における被審人に対する取引依存度は,平成21年6月期の5.9パーセントから平成23年6月期の10.4パーセントに伸びてきており,大きくなっている(査51の9)。
したがって,事業規模が極めて小さいこと等が認められる上記4社についても,被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すものとうかがわれるということができる。
また,上記4社は,別紙5の「取引継続必要性」欄記載のとおり,本件報告書において取引継続必要性が高いと回答しており,これらのうち,《納入業者(46)》を除く3社は,その理由として,新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性を選択しているのであり,他方,このうち取引額転嫁困難性を選択していない《納入業者(46)》についても,後記b(a)のとおり,実際には取引の変更が困難であったことを認識していたとうかがわれる。
したがって,上記4社はいずれも取引先の変更は困難であるとの認識であったと認められ,これは上記に考慮した客観的状況に沿うものといえる。
そして,上記4社についても,後記⑷に認定する被審人による不利益行為を受け入れていた事実が認められるところ,後記⑸のとおり,当該納入業者がこれら不利益行為を受け入れるに至った経緯や態様からすれば,被審人が著しく不利益な要請等を行っても,これを受け入れざるを得ないような場合にあったことがうかがわれる。
以上を総合的に考慮すれば,上記4社は,被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため,被審人が著しく不利益な要請等を行っても,これを受け入れざるを得ないような場合に当たり,被審人の取引上の地位は当該納入業者に対して優越していたものと認められる。
b 前記認定の補足説明
(a)《納入業者(46)》は,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として取引額転嫁困難性を選択していない。
しかし,《納入業者(46)》の《略》支店長が,被審人との取引額や取引数量が安定して伸びていること,被審人について,九州地方の他のディスカウント業者の中でも店舗数も多く,特に集客力の高い有力な取引先であり,多量の商品を販売することにより利益が得られること,今後の成長が期待でき,店舗数の増加により更に売上高が伸びると期待していたため,被審人との取引が必要であると述べていること(査51の9)からすると,被審人との取引は他の取引先との取引では代替し得ないとの認識があったと認められ,取引先の変更は困難であるとの認識であったといえる。
したがって,《納入業者(46)》が,本件報告書において,被審人との取引継続が必要である理由として取引額転嫁困難性を選択していないことは,前記aの認定を左右するものではない。
(b)回答を訂正した者について
被審人は,《納入業者(34)》は,本件報告書において,当初,新規取引開始困難性又は取引額転嫁困難性の選択肢を選んでいなかったから,これらの認識がなかったと主張する。
しかし,《納入業者(34)》は,審査官による事情聴取に対して,各項目に該当する旨を理由と共に述べた上(査39の2),回答を訂正したものであるから,訂正後の回答は信用することができ,新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性の認識があったというべきである。
したがって,被審人の主張は採用することができない。
(エ)《納入業者(73)》について
《納入業者(73)》については,前記(ア)ないし(ウ)と同等の状況にはないとしても,前記アの事実に加え,《納入業者(73)》において被審人との取引を主に担当している《略》地区の営業拠点である《営業拠点略》は,全社的に見ても,売上高が高く(全社の売上高約《金額》円ないし《金額》円に対し,約《金額》円ないし《金額》円),営業上重要と認められるところ,同営業拠点における取引先別の売上高の順位における被審人の順位が高いこと(取引先数《取引先数》社ないし《取引先数》社中2位ないし3位)等の事実(査78の12)を考慮すれば,《納入業者(73)》にとっては,被審人との取引の継続が困難となれば,《営業拠点略》の収益の大幅な落込みが予想され,《略》区域内における事業方針の修正を余儀なくされるなど,全社的にみてもその後の事業経営に大きな支障を来すことが看取できる。したがって,《納入業者(73)》が全社的にみれば被審人に対する取引依存度が小さいことなどを考慮しても,なお《納入業者(73)》にとって,被審人との取引の継続が困難になることは事業経営上大きな支障を来すものとうかがわれる。
また,《納入業者(73)》は,別紙5の「取引継続必要性」欄記載のとおり,本件報告書において,取引継続必要性が高いと回答をしており,その理由として,新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性を選択しており,取引先の変更が困難であると認識していたと認められる。
この点,被審人との取引の継続や被審人からの各種要請等の受入れを判断するのは,通常,被審人との取引を主に担当している営業拠点において,日常的に被審人と密接な関係を築いている当該取引の担当者であるところ,上記の事実からすれば,《納入業者(73)》には,当該営業拠点や当該担当者が被審人との取引の維持・継続を重要視するに足りる客観的状況が認められるものといえ,取引先変更困難性に関する認識はこれら客観的状況に沿うものといえる。
そして,《納入業者(73)》についても,後記⑷に認定する被審人による不利益行為を受け入れていた事実が認められるところ,後記⑸のとおり,《納入業者(73)》がこれら不利益行為を受け入れるに至った経緯や態様からすれば,《納入業者(73)》は,被審人が著しく不利益な要請等を行っても,これを受け入れざるを得ないような場合にあったことがうかがわれる。
以上を総合的に考慮すれば,《納入業者(73)》は,被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため,被審人が著しく不利益な要請等を行っても,これを受け入れざるを得ないような場合にあり,被審人の取引上の地位は《納入業者(73)》に対して優越していたものと認められる。
(オ)以下の9社について
《納入業者(1)》,《納入業者(2)》,
《納入業者(7)》,《納入業者(11)》,
《納入業者(24)》,《納入業者(31)》,
《納入業者(42)》,《納入業者(63)》,
《納入業者(78)》
上記9社については,いずれも,別紙5の「取引継続必要性」欄記載のとおり,本件報告書において,取引継続必要性が高いと回答しており,《納入業者(2)》及び《納入業者(63)》を除き,その理由として新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性を選択している。また,資本金額が小さい納入業者(《納入業者〔2〕》),被審人との取引の終了の影響が大きい旨の従業員の供述がある納入業者(《納入業者〔11〕》・査16の8)や,支店ないし営業拠点における重要性が高い旨の従業員の供述がある納入業者(《納入業者〔7〕》・査12の2,《納入業者〔24〕》・査29の7及び《納入業者〔42〕》・査47の2)がある。
しかし,上記9社のうち,《納入業者(78)》を除く8社については,取引依存度が小さいのみならず,取引先別の売上高の順位における被審人の順位も高いものではなく(なお,《納入業者〔42〕》については被審人の順位は不明であり,高いものと認めるに足りない。),当該納入業者の事業規模及びその他の事情によっても,前記(ア)ないし(エ)と同等の状況にあるとは認められない。他方,《納入業者(78)》については,取引先別の売上高の順位は,本件期間中の最初の年度のみ5位と高いものであったが,取引依存度は著しく小さいのであり,《納入業者(78)》の事業規模及びその他の事情によっても,同様に,前記(ア)ないし(エ)と同等の状況にあるとは認められない。これらによれば,被審人に関する前記アの事実を勘案しても,上記9社にとって,被審人との取引の継続が困難になることが直ちに事業経営上大きな支障を来すものとは認められない。
以上によれば,上記9社に対しては,被審人の取引上の地位は当該納入業者に対して優越していたものと認めることはできない。
ウ 被審人の主張について
被審人は,別紙6の①ないし⑬記載のとおり,特定納入業者にとって被審人との取引必要性が高くないこと,被審人にとって特定納入業者との取引の必要性があったこと,及び被審人と特定納入業者との間で対等な交渉が行われていたことを示す事情があり,被審人が優越的地位にあるとは認められない旨主張する。しかし,前記イ(ア)ないし(エ)で被審人の優越的地位が認められた69社(以下,単に「69社」ということがある。)について,被審人の上記主張のうち,別紙6の①及び②記載の主張が採用できないことは,前記イ(ア)ないし(ウ)の各b(前記認定の補足説明)で説示したとおりであり,その余の主張についても,以下で説示するとおり,いずれも採用することはできない。
(ア)特定納入業者にとっての被審人との取引必要性に関する主張について
a 被審人に代替し得る取引先との取引を開始したとの主張について
被審人は,別紙6の③記載の納入業者においては,本件報告書で,平成21年4月1日以降に被審人と同程度又はそれ以上の売上高がある者との取引を開始した(設問2⑷エ(ア)),あるいは同日以降に当該取引先に対する取引高が被審人との間の取引と同程度以上となるものと取引を開始した(設問2⑷エ(イ))と回答していることからすれば,取引先変更が困難ということはできず,被審人との取引の継続が困難となったとしても,事業経営上大きな支障が生じるとは認められないから,被審人の取引上の地位が当該納入業者に優越しているとは認められないと主張する。
しかし,本件報告書で上記のとおり回答した納入業者であっても,これらに該当する新規取引先は,おおむね1ないし2社程度であり,当該取引先との取引を開始した具体的な経過やその後の取引の状況はいずれも明らかではない。また,納入業者において,被審人との取引継続が困難となることにより事業経営上の支障が生じるか否かは,新規取引先の有無だけではなく,従前からの取引先との取引状況が影響するから,納入業者がある一時期に被審人に対する売上高を超える取引先との取引を開始したことがあったとしても,そのことをもって,当該納入業者にとって,直ちに被審人との取引を他の取引先に変更することが容易であったということはできない。そうすると,上記回答をもって,被審人の取引上の地位が当該納入業者に優越しているという認定は左右されない。
b 特定納入業者の年間総売上高の増減に基づく主張について
被審人は,別紙6の④記載の納入業者においては,本件報告書における4事業年度の年間総売上高の増減(設問2⑷ア・別表1)が,被審人に対する売上高と同程度以上であり,このような売上高の増減を経験しても何ら事業経営に支障が生じていないことを理由として,また,別紙6の⑤記載の納入業者においては,本件報告書における4事業年度の売上高上位5社等(設問2⑷ウ・別表3)の回答等によれば,被審人以外の取引先に対する売上高の増減が,被審人に対する売上高と同程度以上であり,このような売上高の増減を経験しても何ら事業経営に支障が生じていないことを理由として,被審人との取引の継続が困難となったとしても事業経営上大きな支障が生じるとは認められないと主張する。
しかし,納入業者の売上高や特定の取引先との取引の増減については,様々な要因があり,また,取引額の減少の場合には回復の可能性もあるのに対し,取引の打切りは事業経営上の影響がより大きいといえるところ,被審人が総合ディスカウント業を営む事業者として地位が高く,事業も急速に拡大しており,納入業者にとっては取引を継続することで今後の事業の安定及び拡大を見込める取引先であったことからすれば,これらの納入業者において,過去の売上高の増減や他の業者との取引の増減が被審人に対する売上高と同程度以上あったからといって,そのことから直ちに,被審人との取引を失っても事業経営上大きな支障がないということはできず,被審人の取引上の地位が当該納入業者に対して優越しているという認定は左右されない。
c 被審人に対する売上高の減少又は取引の終了を経験しているとの主張について
被審人は,別紙6の⑥記載の納入業者においては,被審人に対する売上高の減少又は取引の終了を経験しても事業経営上支障が生じていないとして,被審人との取引の継続が困難となったとしても,事業経営上大きな支障が生じるとは認められないと主張する。
しかし,被審人との取引による売上高の減少は,取引の終了よりも金額が小さく,また,取引の終了と異なり将来的に回復する可能性もあるから,単なる売上高の減少によって事業経営上大きな支障を来さなかったからといって,被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来さないとはいえない。また,前記イ(ア)ないし(エ)のとおり,これらの納入業者においては,客観的に被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すべき事情があると認められ,主観的にも,被審人との取引の必要性があり,取引先の変更は困難であると認識していたのである。そして,これらの納入業者には以下のとおりの事情があることも考慮すれば,被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため,被審人が著しく不利益な要請等を行っても,これを受け入れざるを得ないような場合にあったとの認定は覆らない。
(a)《納入業者(4)》は,平成23年6月期の営業年度において被審人に対する売上高を減少させているところ,現に同営業年度の総売上高を減少させていることから,事業経営上大きな支障を来さなかったとは認められない。
(b)《納入業者(5)》は,被審人との取引が終了した際,人員整理をして肌着の販売事業を縮小しており,事業経営上大きな支障を来したと認められることは,前記イ(イ)b(a)のとおりである。
(c)《納入業者(8)》は,被審人との取引が終了したのは,本件期間の終了から1年半が経過した平成26年5月であるが,その間に,《納入業者(8)》は《会社名略》との合併により《会社名略》となり,《会社名略》,《会社名略》,《会社名略》及び《会社名略》を吸収合併しており(審4の1),これにより事業規模その他の経営状況も変化しているものとみられるから,その後被審人との取引が終了した事実は,本件期間中に被審人との取引の継続が困難となることにより事業経営上支障を来す状況にあったとの認定を左右するものではない。
(d)《納入業者(9)》は,平成21年度から平成22年度に被審人との間の取引額を約《金額》円減少させているところ,《納入業者(9)》の従業員が,被審人との取引の減少により,《納入業者(9)》の経営に大きな問題が生じたということはなかった旨を述べている(審5の1)。
しかし,《納入業者(9)》は,同時期に総売上高も大幅に減少しているのであり,被審人との取引の減少を他の取引先との取引に転嫁できたという事情はないから,事業経営上大きな支障を来さなかったとは認められない。
(e)《納入業者(10)》は,平成23年6月頃に被審人との取引を終了させた(査15の1)が,それまでは被審人との取引額が大きいことから,自社の仕入先との取引額を確保し,仕入条件を維持するためにも被審人との取引の継続が必要であると考えて取引を継続していたのであり(査15の7),被審人との取引を終了したのは,システム改修という更なる投資の必要が生じた(査15の2)という特別な事情によるものであったのである。
また,《納入業者(10)》の従業員は,平成28年2月2日作成の陳述書(審6)で,被審人との取引の終了によって《納入業者(10)》の売上高は減少し,その後も売上げは減少していたところ,「最近では」利益ベースでみれば業績が改善したと述べているにすぎず,被審人との取引に相当する売上げを回復できていないし,利益ベースでの業績が改善したとしても,被審人との取引を終了した平成23年6月から相当の時間を要したというべきであるから,被審人との取引により事業経営上大きな支障を来さなかったとは認められない。
(f)《納入業者(22)》については,被審人との取引が赤字であったため平成21年から平成22年にかけて取引が減少しても影響はなかったとの代表者の陳述(審45)はあるが,他方で,同人は,被審人との取引がなくなれば,《納入業者(22)》を畳む旨を述べていることからすれば,被審人との取引の継続が困難となれば事業経営上大きな支障を来すことは明らかである。
d 取引依存度が小さい等との主張について
(a)被審人は,被審人との「取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来す」といえるためには,納入業者は相当程度被審人との取引に依存している必要があるが,別紙6の⑦記載の納入業者のうち,取引依存度20パーセント以下の納入業者については,取引依存度が大きいとはいえず,取引依存度10パーセント以下の納入業者については,取引依存度は小さいなどとして,この程度の取引依存度では被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来さないと主張する。
しかし,一般的に,消費者向け商品の製造業者又は卸売業者において,取引依存度が10パーセント程度にも達する取引先の小売業者を変更するのは容易であるとはいえず,本件においても,特定納入業者のうち,前記イ(ア)記載の40社については,その取引依存度の大きさからして,被審人との取引が困難になることが事業経営上大きな支障を来すべき事情があると認められることは前記説示のとおりである。また,前記イ(イ)ないし(エ)記載の29社については,上記40社と比べ取引依存度が大きいとはいい難いけれども,取引先別の売上高の順位における被審人の順位(被審人との取引を主に担当している営業拠点における順位も含む。)が高かったり,事業規模が小さかったりするなど,客観的に被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すべき事情があると認められることも前記説示のとおりである。また,前記アのとおり,被審人が,総合ディスカウント業者の中で有力な地位にあったこと,その他,当該納入業者が,後記⑷及び⑸に認定するとおり,被審人の不利益行為を受け入れていた事実,これを受け入れるに至った経緯や態様などの諸事情を総合的に考慮すれば,当該納入業者にとって,被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すとの認定は覆らない。
(b)被審人は,別紙6の⑧記載の納入業者については,納入業者のグループ会社等を含めた全体を基準にした取引依存度が小さいなどと主張する。
しかし,個々の納入業者において,自社の事業に関して,取引先からの不利益な要請を受け入れるか否かの判断をする上で,グループ会社の存否は直接関係があるとはいい難いのであり,その重要な要素となる取引依存度も,当該取引先に対する自社の取引依存度が大きければ,グループ会社全体の取引依存度が小さくても,当該納入業者としては,自社の事業のため,このような要請を受け入れざるを得ない状況にあることに変わりはないというべきであるから,当該納入業者自身を基準にして判断するのが相当である。
e 被審人との取引を失っても他の取引先との取引でカバーできると認識していた納入業者について
被審人は,別紙6の⑨記載の納入業者においては,被審人との取引を失っても,同程度の取引額を他の取引先との取引でカバーできると認識していたとして,取引先の変更が困難とはいえず,事業経営上大きな支障を来すとは認められないと主張する。
しかし,これらの納入業者は,前記イ(ア)ないし(エ)のとおり,本件報告書において,取引継続必要性が高いと回答し,その理由として,新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性を選択しているか,又は他の回答内容等から,取引先の変更が困難であるとの認識があったと認められるのであるから,他の取引先との取引でカバーできるとの各納入業者の従業員等の陳述に,取引先の変更について正しい認識が示されているとは直ちに認め難い。
したがって,各納入業者の従業員等の陳述によっても,各納入業者にとって,被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すとの認定は覆らないから,被審人の主張は採用することができない。
f 被審人との取引を失ったとしても,事業経営上大きな支障を来さないと陳述している納入業者について
被審人は,別紙6の⑩記載の納入業者においては,被審人との取引の継続が困難となったとしても,事業経営上大きな支障を来さない旨の従業員等の陳述書があるとして,事業経営上大きな支障を来すとは認められないと主張する。
しかし,審判手続が開始された後に被審人代理人の聴取によって作成された納入業者の従業員等の陳述書は,これらの納入業者が被審人と継続的取引関係にあり,被審人が重要な納入先であることを考慮すると,直ちに信用することはできず,また,客観的な裏付けを欠くものであることからすれば,これを採用することはできない。また,前記アのとおり,被審人は,総合ディスカウント業者の中で有力な地位にあり,また,前記イ(ア)ないし(エ)のとおり,上記各納入業者は,被審人に対する取引依存度が大きかったり,取引先別の売上高の順位における被審人の順位(被審人との取引を主に担当している営業拠点における順位も含む。)が高かったり,事業規模が小さかったりするなど,客観的に被審人との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すべき事情があると認められ,主観的にも,被審人との取引の必要性があり,取引先の変更は困難であるとの認識があったのである。その他,当該納入業者が,後記⑷及び⑸に認定するとおり,被審人の不利益行為を受け入れていた事実,これを受け入れるに至った経緯や態様などの諸事情を総合的に考慮すれば,上記各納入業者の従業員等の陳述をもって,被審人との取引の継続が困難となった場合に当該納入業者に事業経営上大きな支障を来さないものと認めることはできず,被審人の上記主張は採用することができない。
(イ)被審人にとっての取引必要性に関する主張について
a 被審人にとって取引の継続が必要であったとの主張について
(a)被審人は,被審人にとって納入業者との取引の継続が必要である場合には,納入業者にとって被審人との取引の継続が困難になる可能性がなく,納入業者の自由かつ自主的な判断が阻害される状況にはないとした上で,別紙6の⑪記載の納入業者については,消費者に人気のある商品を取り扱っている,納品率が良い,安価である,提案力があるなどの観点から,被審人が当該納入業者との取引を継続する必要があったとして,被審人の取引上の地位が当該納入業者に優越しているとは認められないと主張する。
しかしながら,被審人が主張する納入業者との取引継続が必要である事情の多くは,当該納入業者の対応や商品の質及び価格の点で相対的に優れているものがあるというにすぎないから,他の納入業者によって代替することが不可能とはいえず,被審人が上記各納入業者との取引を打ち切ることがないとは認められない。
仮に,当該納入業者において,被審人に納入する商品が被審人の売場の商品構成に重要なものであるなどの理由から,被審人により直ちに取引を打ち切られることは想定し難い面があったとしても,被審人のように消費者向けの様々な商品を取り扱う総合ディスカウント業者の店舗で,将来にわたり,そうした取引上の地位を保持し得るとは限らない以上,現状において,こうした事情から被審人の側においても当該納入業者と取引を継続する必要があるからといって,直ちにこれらの納入業者に対する被審人の優越的な地位が否定されるものではない。
(b)被審人は,特に,《納入業者(25)》について,《納入業者(25)》に対してチルドセンター業務を委託している関係で,他の事業者に変更することが困難であった旨を主張する。
しかし,チルドセンター業務の委託と商品の納入取引は別個独立の取引であり,また,被審人が,チルドセンター業務について,《納入業者(25)》以外の業者に委託することが不可能であったとも認められないから,チルドセンター業務の取引が被審人にとって必要であったからといって,商品の納入取引についての被審人の優越的地位は否定されない。
b 納入業者が被審人との取引が継続すると認識していたとの主張について
被審人は,別紙6の⑫記載の納入業者においては,その従業員等が,被審人との取引が継続すると認識していた旨を陳述していることから,納入業者の自由かつ自主的な判断が阻害される状況にはないとして,被審人の取引上の地位が上記各納入業者に優越しているとは認められないと主張する。
しかし,上記各納入業者の従業員等の陳述書(別紙6「陳述書(納入業者)」欄に記載の証拠番号)は,直ちに採用することができないことは前記ウ(ア)fで説示したとおりであり,しかも,これらの内容は,被審人との取引が現状どおりであること,すなわち,被審人による本件各行為を受け入れることを前提とするものであることから,当該納入業者が本件各行為の受入れを拒否したとしても,被審人との取引に影響がないものと真に認識していたとは認め難い。
(ウ)納入価格に関し被審人と対等に交渉できたとの主張について
被審人は,納入価格は,取引当事者間で最も重要な取引条件であるところ,別紙6の⑬記載のとおり,被審人との間で納入価格に関し対等な交渉が行われていたという納入業者がいることは,両社が対等な関係にあったことを示すものであるから,被審人の優越的地位は認められない旨主張する。
しかし,そもそも納入業者において被審人との交渉により相当な価格を設定できず,適正な利益を確保できなければ,いくら被審人が集客力の高い小売業者であるからといって,納入業者においては,被審人との取引を行うメリットがなくなるのであり,被審人との交渉により相当な価格が設定されていたからこそ,当該取引を継続するために,被審人の不利益な要請を受け入れざるを得ない関係にあったかどうかが問題となるのであるから,これ自体は,被審人の優越的地位に係る判断を左右するものとはいえない。
エ 小括
以上のとおり,前記イ(ア)ないし(エ)記載の69社にとっては,本件期間中,被審人との取引の継続が困難となることが事業経営上大きな支障を来すため,被審人が当該納入業者にとって著しく不利益な要請等を行っても,これを受け入れざるを得ないような場合にあったものというのが相当であり,被審人の取引上の地位が69社に対して優越していたことが認められる。
これに対し,前記イ(オ)記載の9社に対しては,被審人の取引上の地位が優越していたと認めることはできない。
(4)本件各行為が不利益行為に当たるか
次に,本件各行為が前記⑵に述べた不利益行為に該当するかについて判断する。
ア 本件従業員等派遣
(ア)従業員等の派遣をさせる行為が不利益行為となる場合
買取取引において,売主は,買主に商品を引き渡すことにより取引契約上の義務を履行したこととなるところ,買主が小売業者である場合に,買主の新規店舗の開設,既存店舗の改装及びこれらの店舗での開店セール等の際に,買取取引で仕入れた商品を他の陳列棚から移動させ,又は新たに若しくは補充として店舗の陳列棚へ並べる作業や,接客するという作業などは,買主が消費者に商品を販売するための準備作業又は消費者に対する販売作業そのものであり,本来買主が行うべき役務であって,売主が自社の従業員等を派遣して上記のような作業に当たらせること(以下「新規店舗開設等作業のための従業員等派遣」という。)は,売主としては当該従業員等による労務をその派遣の期間逸失することになるほか,交通費などの派遣に必要となる費用が発生した場合には,当該費用を負担することになることから,売主にとって通常は何ら合理性のないことであり,そのような行為は,原則として不利益行為に当たるというべきである。
もっとも,新規店舗開設等作業のための従業員等派遣については,例外的に,①従業員等の業務内容,労働時間及び派遣期間等の派遣の条件について,あらかじめ相手方と合意し,かつ,派遣される従業員等の人件費,交通費,宿泊費等の派遣のために通常必要な費用を買主が負担する場合,②従業員等が自社の納入商品のみの販売業務に従事するものなどであって,従業員等の派遣による相手方の負担が従業員等の派遣を通じて相手方が得ることとなる直接の利益等を勘案して合理的な範囲内のものであり,相手方の同意の上で行われる場合は,不利益行為には当たらないと解される。
以上のとおり,相手方に従業員等を派遣させて新規店舗開設等作業に当たらせる行為については,上記①及び②の例外と認められるべき場合(以下「従業員等派遣例外事由」という。)に当たるなどの特段の事情がない限り,相手方は自由かつ自主的な判断に基づいてこれを受け入れたということはできず,不利益行為に当たると認めるのが相当である(ガイドライン第4の2⑵参照)。
この点,被審人は,濫用行為となるためには,納入業者の不利益が単なる不利益ではなく,自由交渉の結果によっては生じないような著しい不利益であることが要件となると主張する。
しかし,著しい不利益に至らない不利益であっても,これを優越的地位を有するものが取引相手に課せば,公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれは否定できないのであるから,納入業者の不利益が著しい場合に限って濫用行為に該当するという被審人の主張を採用することはできない。
また,上記の「直接の利益等」とは,例えば,取引の相手方が納入する商品の売上増加,取引の相手方による消費者ニーズの動向の直接把握につながる場合など実際に生じる利益をいい,従業員等の派遣をすることにより将来の取引が有利になるというような間接的な利益を含まないものと解される(ガイドライン第4の2⑵ア(注12))。そして,公正な競争秩序を回復し,自由競争経済秩序を維持するという独占禁止法の目的からすると,その有無について,取引当事者の認識のみを判断したり,これを過度に重視して判断したりするのは相当とは解されない。
これに対して,被審人は,事業者の自由かつ自主的な判断による事業活動を萎縮させないため,「将来の取引が有利になるというような間接的な利益」とは,取引の相手方において行為者との取引が打ち切られないという利益をいい,それ以外の「将来の取引」における利益は,全て「直接の利益等」に含まれると主張する。しかし,当該行為を行った場合に,その対価となるものが発生するか,発生するとして当該行為の負担に見合うものであるかが不明確であれば,取引の相手方は,義務なき要請に応じるか否かを事前に判断できず,あらかじめ計算できない不利益や合理的範囲を超える負担を負うことを余儀なくされるのである。したがって,直接の利益とは,当該行為の要請に応じたことと直接結び付いたものであることが必要であり,将来の取引が有利になるというような「間接的な利益」は,単なる期待にすぎず,直接の利益等には含まないものと解するのが相当であって,被審人の主張を採用することはできない。
(イ)認定事実
証拠によれば,被審人が特定納入業者に従業員等の派遣を要請した経緯及び納入業者の従業員等が従事していた作業の内容等について,以下の事実が認められる。
a 本件期間中の被審人の新規開店等の店舗数
被審人が本件期間(平成21年6月28日ないし平成24年12月16日)中に新規開店等をした店舗数は,平成21年7月ないし12月は7店舗,平成22年1月ないし6月は2店舗,同年7月ないし12月は10店舗,平成23年1月ないし6月は30店舗,同年7月ないし12月は24店舗,平成24年1月ないし6月は35店舗,同年7月ないし12月は27店舗の合計135店舗であった(別紙3)。
被審人が平成24年9月に新規開店等をした店舗数は,新規開店4店舗及び改装開店3店舗であり,納入業者の中には,複数店舗の開店前準備作業に連日,あるいは重複して従業員等派遣を要請される者もあった(査343)。
b 被審人の店舗の新規開店等の流れ
被審人の店舗の新規開店等は,概要,①新規開店等計画等の承認,②店舗図面案作成,③新規開店等に関する会議の開催,④棚割りの選択・決定,⑤商品の発注,⑥商品の搬入,⑦商品の陳列等,⑧開店の段階を経て行われていた。
上記④の「棚割り」とは,商品をどの商品棚のどこに,どのように陳列するかの割当てをいい,それを書面に記載したものを棚割表という(査125の各枝番)。棚割りは,バイヤーの業務であり,事前に過去の売上げ等のデータを基に作成された複数のパターンからバイヤーが選択して決定していた。また,バイヤーの依頼によりメインベンダーが棚割表の案を作成し,バイヤーに提案することもあったが,この場合にも最終的に棚割表の内容を確定するのはバイヤーであった。
(査92,査113,査115,査117,査119,査120,査132)
c 被審人における従業員等派遣の依頼の位置づけ等
(a)被審人は,サンドラッグの子会社となる前には,納入業者と取引を開始する際,取引基本契約書を作成していたが,サンドラッグの子会社となってからは,取引基本契約書に代えて口座開設申請書を提出させていた。
上記取引基本契約書及び口座開設申請書には,従業員等の派遣に関する定め(作業時間,作業内容,派遣頻度,派遣人数,派遣費用の負担条件等の定め)はなく,被審人は,納入業者との間で,派遣内容に関して,別途取決めを文書で交わしていなかった。
(査156,査157)
(b)被審人は,本件期間の始期である平成21年6月28日以前から,新規開店等の際に,納入業者に対し,開店前準備作業のため,従業員等の派遣を依頼し,従業員等の派遣を受けていた(査109,査173)。
被審人は,新規開店等に当たり,自社の従業員だけでは開店予定日までに開店前準備作業を終えることができなかったことから,同作業の大部分を納入業者の従業員等が行うことを前提としてその作業日程を組んでいたものであり,これらの派遣を受けるため,被審人の取締役,部課長らが出席する社内会議でも,納入業者に対して新規開店等のスケジュールを知らせるよう周知がされていたほか,担当者において,30日前には納入業者に対して作業従事者を手配すべきことや,派遣人数を確認して名簿を作成することとされていた(査92,査113,査117,査130)。
開店前準備作業当日の作業従事者は,改装開店の場合は,被審人の従業員等が30名ないし40名程度であるのに対し,納入業者等からの派遣従業員等は150名ないし200名程度であり,新規開店の場合は,商品部門ごとに日を分けて作業をしており,各日,被審人の従業員等が20名程度,納入業者等からの派遣従業員等が50名程度であった(査117,査120)。
d 被審人の担当者による従業員等派遣の依頼
(a)被審人の従業員等の派遣の依頼は,平成21年6月28日から平成23年2月頃までの間はバイヤーが行い,同月頃以降は,各商品部の情報課担当者が行っていた(争いがない。)。
(b)被審人の担当者は,納入業者に対し,口頭で又は電子メールを送付して,開店前準備作業への従業員等の派遣を依頼していたが,その際,派遣先の店舗及び作業日時を連絡していたにとどまり,作業の具体的な内容や作業時間のほか,これらの費用(人件費,交通費,宿泊費等)の負担等の派遣に係る条件については一切伝えていなかった(査94,査104ないし査106,査109,査110,査117,査118,査120,査124,査126ないし査138,査141ないし査146,査174ないし査393)。
(c)被審人は,新店改装準備室において,商品部の担当者からの報告により,納入業者から派遣される従業員等の人数を把握していたことから,被審人の担当者において,納入業者に対し,従業員等の派遣を依頼する際,回答期限を定め,期限の厳守を求めるなどして派遣の有無や人数を確認していたものであり,その際,納入業者に対し送信する電子メールに,他の納入業者の派遣人数の過去の実績と,今後の派遣予定が分かる資料を添付する者や,期限内に回答を求める旨の記載について文字のフォントを不自然に大きくして強調する者もいた。
そして,被審人は,あらかじめ開店前準備作業のため手配すべき人数が不足すると見込まれるような場合には,上記派遣の依頼に対して回答がない納入業者や,その依頼を断った納入業者に対して,再度,派遣を依頼することがあったほか,納入業者において派遣させる従業員等が足りないときには,当該納入業者に対し,増員の要請をすることがあった。さらに,被審人は,納入業者において派遣依頼に応じることができないときでも,当該納入業者に対し,他の納入業者と調整するよう求めることがあり,こうした要請を受けた納入業者の中には,他社から余分に手伝いに来てもらうなどして人員を補填する者もいた。
他方で,被審人の担当者の中には,派遣の依頼をすれば納入業者は基本的に依頼に応じることや,これまでの派遣状況により派遣人数が分かっているため,納入業者に対し,従業員の派遣の依頼であることを明示せず,人数等の連絡も求めることなく,単に新規開店等の日程のみを連絡していたこともあったが,そうした場合であっても,納入業者としては,従前の経緯から,このような連絡が開店前準備作業への従業員等派遣を依頼する趣旨でされていることを理解し,派遣に応じられない場合でない限り,これに応じていた。
(査11の3,査94,査106,査110,査117,査118,査141,査144,査147,査201,査207,査314,査371)
e 納入業者からの承諾書の徴収
(a)被審人は,平成22年7月29日の滑石店の新規開店以降,開店前準備作業の当日,派遣された納入業者の従業員等に対して,作業前に実施する朝礼において,作業内容を口頭で説明するとともに,説明内容を理解して作業に従事することに承諾する旨の承諾書への署名を求めるようにし,また,被審人に日当を請求できる旨を口頭で説明するようにした(査161,争いがない。)。
(b)被審人においては,他の小売業者が納入業者に従業員等派遣をさせていたことが優越的地位の濫用として問題となったことを受けて,平成22年8月以降,取締役や部課長らが出席する社内会議で,被審人の代表取締役副社長であった《A1》(以下「《A1》」という。)から,従業員等派遣が独占禁止法に抵触しないよう,従業員等の派遣を強要しないことや,納入業者に日当を支払う意思がある旨伝える必要があることなどが周知された(査159,査166,査167,査171)。
(c)さらに,被審人は,従業員等派遣について,独占禁止法違反に問われないようにするため,代表取締役社長の指示により,平成24年3月頃以降,開店前準備作業の開始前に,派遣された納入業者の従業員等に対して,当日の作業内容等及び日当を請求できる旨を記載した文書を一読させ,承諾する場合には承諾書への署名を求め,承諾できない場合は作業に従事せず退店してもよい旨を説明するようにした(査162,査163)。
(d)本件期間中に,納入業者が,上記各承諾書への署名を拒否した例や日当を請求した例はなかった。被審人においても,前記(c)の措置を講じた後も,実際には,日当の請求方法や支払基準について具体的に決めておらず,納入業者に対し,日当,交通費等の派遣のために必要な費用を負担したこともなかった(査97,争いがない。)。
f 店舗における準備作業の内容等
(a)被審人の店舗に派遣された納入業者の従業員等は,店舗及び納入業者によって違いはあるが,基本的に①商品の搬出(改装店のみ)・搬入,②商品の陳列,③販促ツール(プライスカード又はPOP)の取付け,④陳列棚の組立て,解体又は移動,⑤店内の清掃(陳列棚の清掃,ごみの片付け,不用物の運搬を含む。),⑥陳列棚の棚板の位置調整,⑦展示品のラッピング作業(商品の傷や汚れを防止するために透明のシートで商品全体を包み込む作業〔査134〕)等の作業を行っており,このうち②商品の陳列が納入業者の従業員等の中心的な作業であったが,被審人は,納入業者の自身の商品と他社の商品を区別することなくこれらの作業を行わせていた。
(b)納入業者が派遣した従業員等は,定番商品については,商品分類ごとに,あらかじめバイヤー又は情報課担当者が確定した棚割表に基づき,商品を陳列していた。
(c)被審人店舗の売場の一部は,以下のとおり,棚割表が作成されていなかったため,開店前準備作業のために派遣された納入業者の従業員等が陳列方法を提案することがあった。ただし,いずれについても,陳列する商品自体は事前に決定し,発注されていた(査119,査150)。
ⅰ フリースペース
特売品やスポット商品を陳列するフリースペースについては,開店前準備作業の現場で,納入業者が派遣した従業員等が被審人担当者に棚割りを提案することがあり,自社の商品が有利になるような提案をすることもあったが,被審人の担当者も,商品の販売実績や売れ筋によって事前に棚割りを検討しており,最終的には被審人の各商品部の担当者が決定し,納入業者が派遣した従業員等は,決定した陳列の仕方に従って陳列していた。また,改装店では,フリースペースについて,納入業者の提案によらず,被審人の従業員自身が陳列をすることもあった(査104,査119,査120,査134,査135)。
フリースペースの売場面積は,時期及び商品によって異なっており,衣料・インテリアでは2割ないし3割程度(査121),加工食品では1割ないし2割程度(査132,査153),家電については1割程度(査134),家庭用品については3割程度(査135),文具については2.5割程度,メディア関連については5割程度,カメラ関連については3割程度,時計・ライターについては1割強(査150),菓子・飲料については4割程度,嗜好品については4割以下(査152)などであった。
ⅱ 季節商品
季節商品については,季節によって棚割りが異なるため,被審人の担当者は棚割表を作成していなかった。陳列に当たっては,被審人の担当者が大まかな配置を決めた上で納入業者の従業員等が陳列をしたり,従前の店舗での陳列を参考に陳列したりした上で,最終的な確認は被審人の担当者が行っていた(査134)。
ⅲ 地域性がある商品
地域性がある商品(味噌,米,醤油など)は,被審人の担当者は棚割表を作成しないことがあり,陳列方法を納入業者が提案していたが,提案を採用するかどうかの判断や,陳列が完了した際の確認は,被審人の情報課の担当者が行っていた(査151,査153)。
(以上(a)ないし(c)につき,査92,査97,査104,査105,査107,査119ないし査121,査126,査132ないし査136,査145,査146,査149,査150ないし査153,査162)
g 納入業者に対する見返りの不存在
被審人は,納入業者からの本件従業員等派遣を受けたことに対して,当該納入業者から購入する商品を増やすことを約したこともなく,これらに対する見返りを与えたことはなかった(査152)。
(ウ)本件従業員等派遣をさせたことが不利益行為に該当するか
被審人は小売業者であり,特定納入業者はいずれも被審人に商品を納入する納入業者であるところ,前記第3の2のとおり,被審人と《納入業者(29)》及び《納入業者(65)》を除く特定納入業者との取引について,買取取引であることには争いがない。
被審人は,《納入業者(29)》及び《納入業者(65)》との取引は形式的には買取取引であるが,実質的に委託取引であり,全て返品可能であったと主張し,《納入業者(29)》の従業員はこれに沿う陳述をする(審47)。
しかし,《納入業者(29)》と被審人との間の取引基本契約書(査612)の第3条には,個別契約について,《納入業者(29)》は被審人に対し,商品を「売り渡す」こととされ,買取取引であることを前提とする規定となっており,委託販売であることをうかがわせる記載は見当たらず,《納入業者(29)》の口座開設申請書 (査613)にも,委託取引であることは記載されていないこと,上記2社は本件報告書(査34,査70の1)の2(3)の設問では,被審人との取引について,「買取取引(うち返品条件が付されているもの)」と回答していることから,上記2社において,被審人との間の取引は,いずれも他の特定納入業者と同様,買取取引であると認められる。
そうすると,被審人の店舗の新規開店等に当たり行われる開店準備作業は,被審人が納入業者から買い取った商品を当該店舗で販売するためにその費用で行うべきものであるから,それにもかかわらず,前記(イ)のとおり,被審人が特定納入業者に対してかかる作業を行わせるために,これらの従業員等の派遣をさせた行為は,従業員等派遣例外事由に当たるなどの特段の事情がない限り,当該納入業者に対する不利益行為に当たると認められる。
(エ)従業員等派遣例外事由の①(前記ア(ア))に該当するか
前記(イ)c(a)及び同d(b)のとおり,被審人は,納入業者との間で,派遣に係る従業員等の業務内容や業務時間,これらの費用負担等の条件について,あらかじめ契約書等で合意をしていたことはなく,また,納入業者に対し,従業員等の派遣を依頼する際にも,このような合意をしていなかったから,被審人と特定納入業者との間で,いかなる条件で従業員等を派遣するかについて,あらかじめ合意がされていたとは認められない。なお,前記(イ)eのとおり,被審人は,本件期間中に,開店前準備作業の当日の朝,納入業者に対し,作業内容などが記載された承諾書への署名を求めるようになったものの,これらは当日の作業の指示事項や注意事項の承諾を求めるものにすぎず,日当についても,被審人に対して請求することができることが書いてあるにとどまり,具体的な請求の方法や金額については決められていなかったのであるから,被審人は,納入業者の従業員等を派遣させる行為が独占禁止法に抵触し得ることを認識しながら表面上これを回避するために,形式的に行われたものであり,これらを派遣に係る条件についての合意と認める余地はない。
そして,前記(イ)e(d)のとおり,本件期間中,派遣に係る従業員等の人件費,交通費,宿泊費等の費用を負担していなかったものであるから,従業員等派遣例外事由の①には該当しない。
これに対し,被審人は,特定納入業者においては,自由かつ自主的な判断により準備作業を行っていたものであり,また,これにより著しい不利益を受けていたものではないから,事前合意の必要はないと主張する。
しかし,どのような場合に,どのような条件で従業員を派遣するかは,納入業者が,被審人からの従業員等派遣の依頼に応じるか否かの前提となるものであって,これが明確になっていなければ,納入業者はあらかじめ計算できない不利益を負うことになるのであるから,被審人の主張を採用することはできない。
(オ)従業員等派遣例外事由の②(前記ア(ア))に当たるなどの特段の事情があるか
被審人は,前記第5の1⑵ウ(イ)のとおり,特定納入業者に対し,従業員等の派遣をさせた行為が濫用行為に該当しないと主張することから,当該納入業者においてこうした従業員等の派遣による負担がその派遣を通じて得られる直接の利益等を勘案して合理的な範囲内のものであり,かつこれらの場合が当該納入業者の同意の上で行われた場合(従業員等派遣例外事由の②)に当たるなどの特段の事情があるかについて検討する。
a 自由かつ自主的な判断によるものであるとの主張について
(a)営業上の理由があるとの主張について
i 売れる売場作りのためとの主張について
被審人は,別紙7の①記載の納入業者においては,他社が納入した商品を含め,売場全体を売れる売場にすることで,自社商品の売上げを増加させるために本件従業員等派遣を行ったと主張する。
しかし,前記(イ)c(b)及び同f(a)のとおり,被審人においては,自社の店舗の開店等に当たり自社の従業員だけでは準備作業の人手が不足しており,その大部分を納入業者において行うことを前提としてスケジュールを組みながら,納入業者に対してその従業員等の派遣を要請していたところ,被審人の要請により派遣された納入業者の従業員等が行う作業は,被審人において決定する棚割りに従った商品の陳列作業を中心としながらも,商品の搬出及び搬入,陳列棚の組立て,店内の清掃等の開店前準備作業全般を対象としていたものであり,また,商品の陳列作業も当該納入業者が被審人に納入する商品と他の納入業者が被審人に納入する商品とで区別なく行われたものであって,他の納入業者の商品について陳列などの作業をすることにより,自社商品の売上げが増加するという直接の関係もなかったのである。
これらによると,被審人においては自社の店舗を開設するために本来自ら行うべき開店前準備作業を納入業者に行わせていたものにすぎず,当該納入業者の販売促進のためにかかる作業を行わせていたものでないことは明らかである。この点,納入業者において,新たに被審人の売り場が開設されることにより,将来受注の拡大等の利益が見込まれるとしても,それはまさに被審人の新規売り場の開設による将来の間接的な利益にすぎず,その開設のための準備作業を納入業者が行うことにより生じる直接の利益等には当たらないというべきであり,納入業者において自らの従業員等を派遣してかかる作業に従事することが合理的な負担と認めることはできない。
したがって,被審人の主張には理由がなく,本件従業員等派遣につき,特段の事情があるとは認められない。
ii 自社商品の適切な陳列による売上拡大のためとの主張について
被審人は,別紙7の②記載の納入業者においては,商品に精通した納入業者が商品の陳列作業をすることで自社商品の売上げを拡大させるために本件従業員等派遣を行ったと主張する。
(i) 定番商品について
前記(イ)f(b)のとおり,被審人の店舗の陳列作業のうち,定番商品については,あらかじめ被審人の担当者によって棚割表が決められており,派遣された納入業者の従業員等は,棚割表に従って商品を陳列するものにすぎず,納入業者が行うことによる販売促進効果があるとは認められない。
これに対し,被審人の従業員よりも納入業者が行う方が多数の商品を見栄え良く陳列することができ,作業効率もよい旨の複数の特定納入業者の従業員等の陳述書がある。
しかし,そもそも陳列作業を効率的に行えることは,納入業者の商品の売上げにつながるものではない。また,納入業者の従業員等のみならず被審人の従業員においても,棚割表に従った陳列に関して,経験の有無によって速度等に違いは生じるが,特段の専門的技術は不要である旨を供述しているのである。他方,本件報告書において,本件従業員等派遣に応じた理由として,商品の陳列方法又は展示方法について,自社の従業員等でなければできない特殊な技術を要する作業があるためと回答している者についても,実際には,その内容は,開店前準備作業自体ではなく,事前の棚割りの作成に商品知識が必要であるというにすぎなかったり,陳列に関して,商品知識があるため,工夫が可能である,作業が速く,効率的であるなどというにとどまり,「特殊な技術」とまでは認められない(査8の3,査11の3,査12の7,査21の8,査23の2,査24の2,査25の3,査30の2,査33の3,査39の3,査40の3,査41の3,査47の7,査48の3,査51の3,査55の3,査60の3,査62の2,査66の3,査67の2,査74の3,査77の3,査78の8,査83の6,査93,査132,査133,査145,査146)。
これらによると,仮に,被審人の従業員と納入業者の従業員等によって,棚割表に従った商品の陳列に違いが生じるものであったとしても,従前から,開店前準備作業について,納入業者による従業員等派遣を前提としていたため,被審人において,新規開店等の店舗数に見合った従業員を確保していなかったり,被審人の従業員に陳列を経験させたりしていなかったことが原因であると考えられる。
そうすると,棚割表に従った商品の陳列作業は被審人と納入業者の従業員等とで,本来的に差異が生じる性質の作業ではないから,納入業者が行った場合に販売促進効果があるとは認められない。
また,被審人は,棚割表があっても,現場での調整が必要となる場合があり,その際に納入業者の商品知識や地域性に関する情報が必要となると主張するが,開店前準備作業全体の中で,そのような場面があるというにすぎず,そのために,他の作業を含めて,長時間,あるいは複数の従業員等を派遣することについて,合理的な理由があるとは認められない。
(ii)棚割表がない商品について
前記(イ)f(c)ⅰのとおり,フリースペースについては棚割表は作成されておらず,棚割りに,開店前準備作業の当日に派遣された納入業者の従業員の提案が採用されることがあったと認められる。
しかし,現場で陳列方法を決定していたといっても,フリースペースに陳列するべき商品はあらかじめ決まっていたのであるから,現場で決められるのはその配置方法にすぎず,納入業者が従業員等派遣をしなかったとしても,フリースペースに陳列されるべき自社の商品の陳列がされないわけではない。しかも,被審人の担当者においても,棚割表の作成はしなくても,従前の売上げなどから棚割りを事前に検討していること,納入業者が棚割りの提案をする場合であっても,最終的には被審人の担当者が棚割りを決定するのであって,納入業者が自由に陳列できるわけではないこと,複数の納入業者間での調整が必要となり自社の希望どおりの陳列となるわけではないことからすれば,本件従業員等派遣をしたからといって,有利な場所に陳列することができるものとは認められない。
また,被審人は,地域性のある米,味噌,醤油などの商品や,季節によって陳列が変わるレジャー用品や衣料品については,棚割表を作成していない,あるいは,棚割表があっても陳列に納入業者の知識が必要であると主張する。
しかし,証拠(査76の2,査153,審30)によれば,味噌及び醤油については担当者が時期によっては棚割表を作成していること,米については,地域によって売れる商品は決まっており,商品を入れ替えることもほとんどないために棚割表を作成してなかったにすぎないことが認められ,そうだとすると,棚割表が作成されていなくても,棚割りは一定程度決まっていたと考えられるから,開店前準備作業に従業員等を派遣したからといって,納入業者が自由に棚割りを決定できたとは認められず,他方で,納入業者が開店前準備作業に参加しなければ地域性を考慮した商品の陳列が不可能であるとは認められない。また,酒については棚割表に従った陳列がされていたのであるから(査145,《B》参考人審尋速記録),地域性は棚割表を作成する段階で考慮することができ,新商品の提案は,商談で提案することが可能であったものと認められ(査19の7),開店前準備作業に従業員を派遣しなければ地域性を反映させることや商品の提案ができなかったとは認められない。
季節商品については,前記(イ)f(c)ⅱのとおり,被審人の担当者が大まかな配置を決めた上で納入業者が陳列したり,従前の店舗での陳列を参考に陳列したりして,最終的な確認も被審人の担当者が行っていたのであるから,納入業者が自由に陳列できたとは認められない。
上記のように,棚割表が作成されていない売場の陳列であっても,そもそも陳列する商品は決まっており,納入業者においては陳列方法の提案等を行うことができるにすぎず,その際,被審人の担当者及び他の納入業者との調整が必要となるという制約もあるのであり,フリースペースについては売場面積は限られていること(前記(イ)f(c)ⅰのとおり,商品によって異なるが,1割ないし4割程度)も踏まえると,必ずしも陳列現場に自己の従業員を派遣させることにより直接的な販売促進効果が生じるということはできない。
なお,《納入業者(29)》の従業員は,婦人服について,棚割りが決まっておらず,被審人から売場作りを任されていたと陳述する(審47)。もっとも,証拠(査34)によれば,《納入業者(29)》の従業員は,自社商品の陳列のみならず他社商品の陳列や,陳列以外の作業も行っていたものと認められるから,《納入業者(29)》の従業員の上記陳述によっても,自社商品の陳列以外の作業を含めた開店前準備作業全体を行う理由があるとは認められない。
仮に,被審人が主張するとおり,被審人が,商品の陳列を派遣された納入業者の従業員等に委ねていたものであり,その陳列する場所によって当該納入業者の納入商品の売上げが増えるという関係があったとしても,その実態は,例えば売れ筋商品等の特定の商品の販売促進のため,これを扱う納入業者にのみこのような作業をさせていたものではなく,自社の店舗の開設のために本来被審人自ら行うべき作業全般を当該店舗に納品する各納入業者に分担して行わせていたものであり,これらの要請を受けた納入業者にとっては,結局のところ,多数の納入業者が被審人の要請に応じる中で,自社が被審人の要請に応じないことによる不利益を避けるために,従業員等を派遣せざるを得ない状況に置かれていることになり,これ自体が当該納入業者の得られる直接的な利益等に当たらないことはいうまでもない。
以上からすれば,被審人の主張には理由がなく,本件従業員等派遣につき,特段の事情があるとは認められない。
iii 情報を入手するためとの主張について
被審人は,別紙7の③記載の納入業者においては,他の業者との情報交換,商品の売行きや新製品の情報,実際の店舗の様子などの有益な情報を得るために本件従業員等派遣を行ったと主張する。
しかし,これらの情報は,通常の営業活動や商談等においても得られるものであり,本件従業員等派遣に応じて開店前準備作業に従事しなければ得られない情報であるとは認められない。
したがって,これらの情報を収集することが納入業者の商品の販売促進に結び付くとしても,本件従業員等派遣によって直接得られる利益には当たらず,また,これらの情報を収集することを目的として本件従業員等派遣に応じることが合理的な範囲の負担ともいえない。
よって,被審人の主張には理由がなく,本件従業員等派遣につき,特段の事情があるとは認められない。
ⅳ 被審人とのコミュニケーションを図るためとの主張について
被審人は,別紙7の④記載の納入業者においては,被審人とのコミュニケーションを図るために本件従業員等派遣を行ったと主張する。
しかし,前記第3の3⑶のとおり,被審人は,新店の準備を担当する情報課という部署を新設し,バイヤーを開店前準備作業から外して仕入業務に専念するようにしたのであり,また,納入業者の商談担当者が陳列作業のために店舗に行ってしまうと被審人の本社での商談ができなくなってしまうため,被審人の担当者から,商談担当者以外の者を派遣するよう要請することもあった(査107,査141)ことからすれば,被審人は,開店前準備作業の場を商談の場とは考えていなかったとうかがわれる。また,前記(イ)gのとおり,被審人は,納入業者からの本件従業員等派遣を受けることにより,当該納入業者から購入する商品を増やす等の見返りを与えてはいない。
したがって,納入業者において,本件従業員等派遣に応じ,被審人とのコミュニケーションを図ることにより自社の売上げを拡大すると考えていたとしても,これは,納入業者の一方的な期待にすぎず,本件従業員等派遣によって直接得られる利益には当たらない。
よって,被審人の主張には理由がなく,本件従業員等派遣につき,特段の事情があるとは認められない。
ⅴ 他の業者との差別化を図るためとの主張について
被審人は,別紙7の⑤記載の納入業者においては,他の納入業者との差別化を図るため本件従業員等派遣を行ったと主張する。
しかし,前記(イ)gのとおり,被審人は,納入業者からの本件従業員等派遣を受けることにより,当該納入業者から購入する商品を増やす等の見返りを与えてはいないし,前記第3の3⑶のとおり,被審人が,新店の準備を担当する情報課を新設し,バイヤーを開店前準備作業の担当から外し,仕入業務に専念するようにしたことにより,本件従業員等派遣と商品の発注は異なる従業員が担当することになったのであるから,納入業者が本件従業員等派遣に応じることで,他の納入業者との競争に有利に働く可能性があると考えていたとしても,これは納入業者の一方的かつ漠然とした期待にすぎず,競合他社との差別化に結び付くものとは認められない。この点をおいても,被審人の主張する差別化というのは,とりもなおさず,他の納入業者が従業員等の派遣の要請に応じる中で,自社が被審人の要請に応じないことによる不利益を避けるために,従業員等を派遣していたことを意味するものであり,これが当該納入業者の直接の利益等に当たらないことは前記ⅱ(ⅱ)で説示したとおりである。
したがって,被審人の主張には理由がなく,本件従業員等派遣につき,特段の事情があるとは認められない。
ⅵ 業界慣習上当然のことであったためとの主張について
被審人は,別紙7の⑥記載の納入業者においては,開店前準備作業のため従業員等を派遣することは業界の慣習上当然のことであったためその要請に応じていたのであり,被審人からかかる作業を行うことを余儀なくされていたものではないと主張する。
しかし,小売業界において,納入業者が量販店の新規開店又は改装開店前の準備作業を負担するという商慣習があり,納入業者は,これにより本件従業員等派遣を行っていたとしても,そのような商慣習は,前記⑴のような優越的地位の濫用規制の趣旨に鑑みれば,公正な競争秩序の維持・促進の立場から,「正常な商慣習」(独占禁止法第2条第9項第5号柱書)として是認されるべきではない。
したがって,被審人の主張には理由がなく,本件従業員等派遣につき,特段の事情があるとは認められない。
ⅶ その他の事情について
被審人は,別紙7の⑦記載のとおり,本件報告書において,本件従業員等派遣を行った理由として,選択肢①(他の納入業者が従業員等を派遣しているため),同②(被審人との将来の取引が有利になると判断したため),同③(商品の陳列方法又は展示方法について,自社の従業員等でなければできない特殊な技術を要する作業があるため)及び同④(自社が納入する商品を有利な場所で陳列できるため)を選択した者,別紙7の⑧記載のとおり,本件従業員等派遣に伴う負担とそれによる利益が見合っていると判断していた者,別紙7の⑨記載のとおり,自社の営業方針で本件従業員等派遣を行っていたと認識している者(本件報告書で日当を請求しなかった理由として,選択肢①〔営業活動の一環として自発的に業務を行っているため〕を選択した者を含む。)については,自由かつ自主的な判断により本件従業員等派遣を行ったものであると主張する。
しかし,他の納入業者が従業員等の派遣の要請に応じていたから当該納入業者においてもこれらに応じていたのであれば(本件従業員等派遣の理由に係る選択肢①),他の納入業者と比べて不利な取扱いを受けることを懸念して,やむなく応じていたことを示すものであって,これが当該納入業者の直接の利益等に当たらないことは前記ⅱ(ⅱ)で説示したとおりである。納入業者が,被審人との将来の取引が有利になると期待したからといって(同②),これが直接の利益等に当たらないことも前記(ア)で説示したとおりである。また,同③についても,前記ⅱのとおり,実際には,その内容は,「特殊な技術」とまでは認められないし,同④についても,前記ⅱのとおり,そもそもこのような事実は認められないか,仮にあるとしても,これが直接的な利益等に当たるものとはいえない。
この点,前記(ア)で説示したとおり,直接の利益等の判断に当たっては,取引当事者の認識のみを判断したり,これを過度に重視して判断したりするのは相当ではないから,納入業者が本件従業員等派遣により何らかの利益があると考え,営業上の理由をもって本件従業員等派遣をしていたとしても,かかる事実は,本件従業員等派遣が不利益行為に該当するという判断を左右するものではない。
なお,本件従業員等派遣に伴う負担とそれによる利益が見合っているとする納入業者の従業員等の中には,被審人の新規店舗開店による取引の拡大又は改装による売上げの増加が開店前準備作業に伴う負担より大きいと陳述する者もいる。しかし,かかる利益は,新規店舗開店又は改装そのものによる利益であって,開店前準備作業に従業員等派遣をしたことによって得られる利益ではないから,本件従業員等派遣による直接の利益等とは認められない。
したがって,被審人の主張には理由がなく,本件従業員等派遣につき,特段の事情があるとは認められない。
ⅷ 小括
以上によれば,被審人において納入業者が従業員等を派遣していた理由として主張するところは,いずれも従業員等派遣例外事由②などの特段の事情に当たるものとは認められない。
(b)従業員等派遣を予定して取引を開始したとの主張について
被審人は,継続的取引を開始する段階においては,被審人に優越的な地位は認められないから,別紙7の⑩記載のとおり,取引の開始当初から開店前準備作業のための従業員等派遣を予定していた納入業者は,自由かつ自主的な判断により本件従業員等派遣を行ったと主張する。
しかし,取引の開始当初から開店前準備作業のための従業員等派遣を予定していたという納入業者についても,単に,開店前準備作業のために納入業者による従業員等派遣が行われているということを知っていたというにすぎず,派遣に係る従業員等の業務内容,業務時間,派遣の期間・頻度,費用の負担等の条件について合意していたものでないことは,他の納入業者と変わらない上,納入業者の従業員等派遣による負担は,被審人の新規開店等を行う店舗数や立地などにより大きく異なるのであるから,納入業者が従業員等の派遣を予定して被審人との取引を開始したことをもって,被審人において広域にわたり頻繁に行っていた新規開店等のために,当該納入業者が行っていた従業員等の派遣について,直ちに不利益行為に当たることを否定することはできない。
したがって,被審人の主張には理由がなく,本件従業員等派遣につき,特段の事情があるとは認められない。
(c)他の小売業者に対しても従業員等派遣を行っていたとの主張について
被審人は,別紙7の⑪記載の納入業者は,被審人以外の小売業者に対しても,当該小売業者に対する取引依存度にかかわらず,開店前準備作業のための従業員等派遣を行っていたと主張する。
しかし,小売業者に対して商品を納入する者が,契約上の義務が無いにもかかわらず,実費も含めて無償で従業員等の派遣をさせられるという実態が,被審人のみならず,一般的な商慣習として小売業界に長年にわたり定着しており,納入業者において,通常の営業活動の一環であると考えて当該従業員等の派遣を行っていたとしても,そのような商慣習は,前記⑴のような優越的地位の濫用の規制趣旨に鑑みれば,公正な競争秩序の維持・促進の立場から,「正常な商慣習」(独占禁止法第2条第9項第5号柱書)として是認されるべきではないことは,前記(a)ⅵで説示したとおりである。
したがって,被審人の主張には理由がなく,本件従業員等派遣につき,特段の事情があるとは認められない。
(d)正社員や役員が開店前準備作業に従事していたとの主張について
被審人は,別紙7の⑫記載のとおり,正社員や役員を開店前準備作業に従事させていた納入業者においては,開店前準備作業を単なる労働力の提供とは考えていなかったと主張する。
しかし,納入業者が従業員等を派遣するに際し,営業上の理由を持っていたとしても,従業員等の派遣により納入業者に直接の利益等があったとは認められないことは前記(a)で説示したとおりである。
なお,納入業者の中には,小売業者の店舗での商品陳列等の作業を行うための部署を置いていた者もある(審25〔《納入業者[47]》〕,審26の1〔《納入業者[50]》〕,審39の1〔《納入業者[71]》〕,審52〔《納入業者[48]》〕)が,開店前準備作業のための従業員等の派遣による直接の利益等があったとは認められないのは同様である。
したがって,被審人の主張には理由がなく,本件従業員等派遣につき,特段の事情があるとは認められない。
(e)日常的に売場メンテナンスを行っていたとの主張について
被審人は,別紙7の⑬記載のとおり,被審人からの要請によらず,日常的に被審人の店舗の売場を巡回し,陳列の手直し等のメンテナンス作業を行っている納入業者については,開店前準備作業についても一連のメンテナンス作業として開店前準備作業を行っていたものであると主張する。
しかし,納入業者が営業上の理由により開店前準備作業のため従業員等の派遣を行っていたとしても,これが不利益行為を否定すべき特段の事情に当たらないことは前記(a)で説示したとおりであるところ,当該納入業者において,同様に営業上の理由から,その後の機会に自発的に被審人の店舗に従業員等を巡回させていたとしても,これをもって,被審人の要請により行った従業員等の派遣自体が不利益行為に当たることを否定することはできない。
したがって,被審人の主張には理由がなく,本件従業員等派遣につき,特段の事情があるとは認められない。
(f)余儀なくされたとの認識がないとの主張について
被審人は,別紙7の⑭記載のとおり,現に従業員等派遣を断ったが被審人から制裁や不利益な行為を受けていない納入業者,別紙7の⑮記載のとおり,開店前準備作業を行った理由について被審人からの制裁やサンドラッグとの取引への悪影響に係る選択肢を選択していない納入業者,別紙7の⑯記載のとおり,本件報告書において,日当を請求しなかった理由について被審人との取引への悪影響に係る選択肢を選択していない納入業者,別紙7の⑰記載のとおり,従業員等において,被審人から強制,強要されたと認識していないと述べている納入業者については,自由かつ自主的な判断により開店前準備作業を行っていたと主張する。
しかし,前記(ア)で説示したとおり,直接の利益等の判断に当たっては,取引当事者の認識のみを判断したり,これを過度に重視して判断したりするのは相当ではないから,当該納入業者において,被審人の要請により従業員等を派遣したことについて,これを余儀なくされたという認識がなかったとしても,かかる事実は,本件従業員等派遣が不利益行為に該当するという判断を直ちに左右するものではない。
したがって,被審人の主張には理由がなく,本件従業員等派遣につき,特段の事情があるとは認められない。
b 著しい不利益が不存在であるとの主張について
被審人は,別紙7の⑱記載のとおり,開店前準備作業に係る費用を織り込んで対価交渉をしている納入業者には著しい不利益は生じておらず,また,派遣に係る日当,交通費,宿泊費等の費用の額は,当該納入業者の取引額に比して小さく,著しい不利益を与えるものではないと主張する。
しかし,そもそも不利益行為といえるためには著しい不利益である必要はないことは前記(ア)で説示したとおりである。これをおいても,納入業者は自社の従業員等を派遣して開店前準備作業に当たらせることにより,当該従業員等による労働力を派遣期間中逸失するほか,その派遣に係る交通費や宿泊費などの費用を負担することになるのである。しかも,被審人の新規開店等は前記(イ)aのとおり,本件期間中に急増し,従業員等の派遣の要請が,連日あるいは重複することもあったから,その負担が決して小さいとはいえない。
そして,被審人と納入業者の間で,このような従業員等の派遣に係る費用等の条件についてはあらかじめ決まっておらず,実際にも,納入する商品の対価交渉の段階で納入業者において将来被審人の新規開店等の度に要請される従業員等の派遣に係る費用を予想することは不可能であるから,納入業者が派遣に係る費用を具体的に織り込んで対価交渉していると認める余地はなく,被審人の主張に沿う納入業者の従業員等の陳述(《C》参考人審尋速記録,審4の1,審14の2,審16の2,審17,審30,審35の1,審40,審44,審49ないし審52)についても,商品価格の決定の際に織り込む一般的な営業費用の一部としていたという趣旨のものとしかみられない。なお,《納入業者(36)》の従業員は,年度当初に年次の被審人の出店計画を確認して陳列応援のコストを概算的に把握し,これを含めて《納入業者(36)》が利益を確保できるように納入価格を決めていた旨を述べる(審19)が,結局のところ,その費用は,具体的に算出したものではなく,感覚的に算出した数字である(査41の3)から,上記と同様,営業費用の一部としていたという以上のものとは認められない。
したがって,納入業者の従業員等による上記各陳述によっても,当該納入業者において,開店前準備作業を行うことの対価の支払を受けていたとはいえず,これについては直接の利益等を受けていたということはできない。
これらによれば,被審人の主張には理由がなく,本件従業員等派遣につき,特段の事情があるとは認められない。
(カ)小括
以上のとおり,被審人が特定納入業者に対し本件従業員等派遣をさせたことについて,従業員等派遣例外事由に当たるなどの特段の事情があるとは認められないから,かかる行為は,不利益行為に当たると認められる。
イ 本件協賛金の提供について
(ア)金銭の提供を受ける行為が不利益行為となる場合
買取取引において,売主は,買主に商品を引き渡すことにより取引契約上の義務を履行したこととなるところ,契約等に別段の定めがなく,協賛金等の名目で売主が買主のために本来提供する必要のない金銭を提供することは,売主にとって通常は何ら合理性のないことであり,そのような行為は,原則として不利益行為に当たる。
もっとも,例外的に,協賛金等の名目で提供した金銭について,その負担額,算出根拠,使途等について,あらかじめ事業者が相手方に対して明らかにし,かつ,当該金銭の提供による相手方の負担が,その提供を通じて相手方が得ることとなる直接の利益等を勘案して合理的な範囲内のものであり,相手方の同意の上で行われる場合は,不利益行為には当たらないと解される。
以上のとおり,事業者が相手方に本来提供する必要のない金銭を提供させる行為については,上記の例外と認められるべき場合(以下「金銭提供例外事由」という。)に当たるなどの特段の事情がない限り,相手方は自由かつ自主的な判断に基づいてこれを受け入れたということはできず,不利益行為に当たると認めるのが相当である。
そして,著しい不利益に至らない不利益であっても,優越的地位を有するものが取引相手にこれを課せば,公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれは否定できないのであるから,納入業者の不利益が著しい場合に限って濫用行為に該当するという被審人の主張を採用することはできないことは,前記ア(ア)で説示したところと同様である。
(イ)認定事実
証拠によれば,本件協賛金の提供について,以下の事実が認められる。
a 被審人における閉店セール協賛金の収受
(a)被審人は,本件期間の始期である平成21年6月28日以前から,店舗を閉店する際,当該店舗の商品を処分するため,最終営業日までの3日間,閉店セールと称して割引販売を実施していた。
(b)被審人と納入業者との間で取り交わされていた取引基本契約書及び口座開設申請書には,閉店セール協賛金についての算定根拠・算出方法,支払方法その他の支払条件の定めはなく,閉店セール協賛金の支払条件に関して別途取決めを交わした文書も存在しない。
(c)閉店セール期間の割引率は,当初は,3日間を通じて店頭表示価格の2割引きであったが,店舗在庫をできる限り売り切り,最終的な返品や他店への移動を減らす目的で,被審人の代表取締役副社長であった《A2》と商品部の部長であった《A3》(以下「《A3》」という。)によって,同月30日の八代店の閉店セールから,最終日の割引率が5割引に変更された。
(d)被審人は,閉店セールの際,閉店セールを実施する店舗に商品を納入している納入業者に対し,後記(e)のとおり,協賛金等の名目で金銭の提供を依頼し,その支払を受けてきた。
(e)被審人においては,納入業者に対して依頼する閉店セール協賛金の額は,閉店セールによる割引分を加味して最終的に被審人が予算上の粗利を確保できる額とされており,各バイヤーの判断で,割引販売した数量に割引額を乗じて得た額の全額又はその一部を依頼していた。
(f)被審人は,納入商品について閉店セールから除外することを希望する納入業者に対しては,閉店セール前に,当該納入業者自身で店舗から商品を撤去し,返品処理することを求めており,返品ができない商品については,納入業者が仕分けの上,被審人の他の店舗に移動させていた。
(g)被審人は,閉店セール実施後にも売れ残った商品については原則として返品とし,納入業者に対し,返品への協力を依頼しており,返品ができない商品については,廃棄するか,他の店舗に移動していた。
(査156,査157,査394ないし査396,査401の1及び2,査402ないし査409,査416,査417,審35の1,審55)
b 閉店セール協賛金の依頼方法
(a)被審人のバイヤーは,本件期間中,納入業者に対して,通常,閉店セール実施前に,電子メール又は口頭により,具体的な在庫商品の数量を伝えることなく,閉店セールを行う店舗及びその実施日を連絡するなどして閉店セール協賛金の提供を依頼していた(査395,査396,査398,査402ないし査405,査407ないし査412,査415ないし査419)。
(b)その上で,被審人のバイヤーは,閉店セール実施後に,納入業者に対し,電子メールにより,閉店セールにおいて割引販売した商品の販売実績,割引額等の資料を送付し,割引分の負担を依頼していた。
その際,バイヤーによって納入業者に対する割引分の負担の依頼方法は異なり,値引き処理をすることを前提として単に添付資料の確認を求めるもの,減額処理をする月を記載した上で「ご協力の程,宜しくお願いします。」などと依頼するもの,「どうしても不可能な場合」には期限内に相談するよう求め,相談がなければ提示のとおり減額処理する旨の記載があるもの,期限内に協力する額の提出を求め,応答がなければ提示のとおり割引額を負担させる旨の記載があるものなどがあった。
(査398,査404,査409ないし査412,査421ないし査575)
(c)これらの割引分の負担額は,バイヤーによって異なるが,食品部門,衣料品インテリア部門,ペット用品,家庭用品,レジャー用品,DIY,スポーツ用品及び玩具では,割引分全額の負担を依頼し,文房具,メディア及びカメラ関連については,割引額の85パーセントの負担を依頼するなどしていた(査395,査396,査403,査404,査416)。
また,バイヤーによっては,納入業者に協力できる金額を記入するよう求めていた(査410)。
c 納入業者による閉店セール協賛金の支払状況
特定納入業者のうち66社は,本件期間中,被審人に対し,前記bの依頼に基づいて,別紙5の「閉店セール協賛金」欄のとおり,割引額に相当する金額の一部又は全部を,商品の代金から減額処理することにより提供した(争いがない。)。
d 納入業者に対する見返りの不存在
被審人は,納入業者が閉店セール協賛金を提供したことを理由として,当該納入業者に対し,閉店後に新規に開設される店舗や周辺店舗における商品の発注や新商品の導入などの見返りを与えることはなかった(査395,査408,査417)。
(ウ)本件協賛金の提供を受けた行為が不利益行為に該当するか
a 被審人と特定納入業者との間の取引は買取取引であり,前記(イ)a(b)のとおり,本件協賛金の提供について,両社間で契約上別段の定めはなく,本件協賛金の提供は,当該納入業者にとっては,本来必要のないものである。しかも,本件協賛金の提供は,被審人の閉店及びそれに伴う在庫商品の処分の必要性という被審人の事情により,既に納入した商品の代金を事後的に減額される結果となるのであり,納入業者にとっての不利益は大きい。
したがって,本件協賛金の提供は,金銭提供例外事由に当たるなどの特段の事情がない限り,不利益行為に当たるといえる。
b そして,金銭提供例外事由として,協賛金等の負担額,算出根拠,使途等をあらかじめ事業者が相手方に対して明らかにすることを必要とする趣旨は,相手方が,事前に不利益の程度及びその合理性について判断できるようにするためであるところ,被審人のバイヤーは,閉店セール前に,閉店セールを行う店舗及び日程についての通知はしたものの,在庫商品の数量について連絡はしていなかったこと,閉店セール実施後に割引額の通知はしていたものの,被審人において,閉店セール協賛金の算定方法は,被審人の予算上の粗利を確保できる金額以上の金額という条件とされ,専ら被審人の損失を転嫁するという観点によるものであり,バイヤーは,納入業者に対して算出根拠を明らかにしていないことからすれば,当該納入業者においては,事前に不利益の程度及びその合理性について判断することができたとはいえないから,被審人が,閉店セール協賛金の負担額,算出根拠,使途等をあらかじめ納入業者に対して明らかにしていたとは認められない。
これに対し,被審人は,《納入業者(10)》においては,被審人及び《納入業者(66)》からあらかじめこれらについて説明を受けていたと主張し,これに沿う《納入業者(10)》の従業員及び《納入業者(66)》の取締役の陳述書(審6,審35の2)を提出する。
しかし,他方で《納入業者(10)》は,本件報告書において,金銭の提供について,《納入業者(66)》と同様の処理になっており,《納入業者(66)》の商談については自社では把握しておらず,自社と被審人との間での協議はない旨を報告しているところ(査15の6),《納入業者(10)》の上記従業員は,供述調書(査15の8)において,《納入業者(10)》は《納入業者(66)》の納品代行のような形で被審人との取引を行っていたため,《納入業者(66)》に倣って本件協賛金の提供に応じていた旨述べており,この供述は,事前に説明を受けていたこととは整合しないから,上記陳述書を直ちに信用することはできない。また,《納入業者(66)》の取締役の上記陳述書(審35の2)に記載された説明内容(閉店セール協賛金を納入業者が負担していること,メーカーに頼めば補填してもらえること)を前提としても,具体的な金額や算定根拠があらかじめ伝えられていたとはいえないから,やはり事前に不利益の程度及び負担の合理性について判断することができたとはいえない。
c また,閉店する店舗において,納入済みの商品が売れたとしても,当該店舗において新たに商品が納入されることはないから,納入業者にとっての利益はなく,前記(イ)dのとおり,本件協賛金の提供の見返りとして,被審人が納入業者に対し,新規店舗における取引等を約束することはなかったのであるから,当該納入業者にとっては,本件協賛金の提供を通じて得ることとなる直接の利益等が存在せず,金銭提供例外事由に該当するとは認められない。
d 以上のとおり,被審人が本件協賛金の提供を受けた行為は,金銭提供例外事由に当たるなどの特段の事情が存在するとは認められないから,不利益行為に該当する。
(エ)被審人の主張に対する判断
これに対し,被審人は,前記第5の1⑵ウ(ウ)のとおり,本件協賛金の提供をさせた行為が濫用行為に該当しないと主張することから,以下,これらの主張の当否について検討する。
a 自由かつ自主的な判断によるものであるとの主張について
(a)販売促進効果があるとの主張について
被審人は,いわゆるスクラップ・アンド・ビルドの方式により,閉店後には当該店舗の敷地又はその近隣地に,ほぼ同じ商品構成及び帳合で新規店舗を開店しており,閉店セールによって閉鎖店舗の商品在庫の販売が促進されれば,納入業者は新規店舗において販売される商品について,発注を受けることができるから,別紙8の①記載のとおり,閉店セールには販売促進効果があると主張し,当該納入業者の従業員等においては,これに沿う陳述をする。
しかし,新規店舗での取引は閉鎖店舗との取引とは別の将来の取引であるし,前記(イ)dのとおり,被審人は,納入業者に対して閉店セール協賛金に応じたことの見返りとして新規店舗での発注を約束するものではなかった。
また,前記(イ)a(g)のとおり,被審人においては,閉鎖店舗で在庫となった商品がそのまま新規店舗で販売されるとは限らず,返品,廃棄又は他店移動があり得るのであるから,閉店セールで在庫商品を販売しても,そのことが直ちに新規店舗での納入につながるものとはいえない。また,新規店舗において,同一の商品を扱うとも限らないから,閉鎖店舗での在庫商品の減少が新規店舗での発注増加に直ちにつながるものではない。しかも,証拠(査395,査396,査404)によれば,閉店セールは,被審人が自社の店舗を閉鎖するに当たり,当該閉鎖店舗の在庫商品を減らし,商品の廃棄による損失や商品の返品,移動に伴う作業コストを減らすという,専ら被審人の都合により実施されるものであり,さらに被審人において納入業者に対して協賛金の提供を求めるのは,在庫商品の処分によっても被審人の粗利を確保するためであると認められ,閉店セールにより在庫品が減少し,新規店舗での納入量が増えるとしても,これは,閉店セール自体の効果であって,納入業者の閉店セール協賛金の提供による利益であるとは認められない。
したがって,被審人の主張には理由がなく,本件協賛金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
(b)返品よりも有利であるとの主張について
被審人は,別紙8の②記載の納入業者にとって,閉店セール協賛金の提供は,返品よりも有利であったと主張する。
しかし,そもそも,買取取引の売主である特定納入業者には,閉店という買主の事情により返品を受ける義務はないのであるから,返品と比較して閉店セール協賛金の提供の方が負担が少ないとしても,このことが当該納入業者の利益に当たらないことは明らかである。
この点に関し,上記各納入業者のうち,《納入業者(19)》,《納入業者(24)》,《納入業者(39)》,《納入業者(50)》,《納入業者(53)》,《納入業者(65)》,《納入業者(72)》,《納入業者(73)》については,納入業者の本件報告書(査24の1,査29の1,査55の1,査58の1,査70の5,査77の1,査78の1),供述調書(査44の9)又は陳述書(審11,審26の1,審50)に返品条件付取引であるとの記載がある。しかし,被審人の主張及びこれらの証拠の記載によっても返品条件の具体的内容は明らかでなく,返品条件が記載された契約書等も証拠として提出されていないから,納入業者において,単に事実上返品を受け入れていたことを返品条件付と認識していた可能性もあり,少なくとも,被審人の都合による店舗閉鎖を理由として返品が可能であるとする返品条件が契約上定められていたとは認め難い。なお,被審人は,《納入業者(76)》について,本件報告書(査81の1)の記載を理由として返品条件付取引であると主張するが,供述聴取報告書(査81の10)によれば,本件報告書の記載は誤記であると認められ,被審人と《納入業者(76)》との取引が返品条件付取引であるとは認められない。
また,被審人は,《納入業者(29)》及び《納入業者(65)》との取引は形式的には買取取引であるが,実質的に委託取引であり,全て返品可能であったと主張し,《納入業者(29)》の従業員及び被審人の従業員は,これに沿う陳述をする(審47,審68)。
しかし,被審人と上記2社の契約が買取取引と認められることは前記ア(ウ)で認定したとおりであり,両社が返品を受け入れていたからといってそれが法的義務に基づくものであるとは認められない。したがって,返品と比較して閉店セール協賛金の提供の方が負担が少ないからといって,両社に利益があるということはできない。
さらに,被審人は,菓子業界,珍味業界及びペット用品業界においては,閉店時の返品が商慣習であった旨を主張し,これに沿う陳述書(審10の1,審29の1,審33,審35の1),参考人審尋における陳述(《C》参考人審尋速記録,《D》参考人審尋速記録)がある。
しかし,このような商慣習が真に存在するか定かではないが,この点をおいても,かかる在庫商品は,被審人において,自社の店舗を閉鎖するという専ら被審人自身の都合により売れ残るものとされた商品であって,納入業者においてこれらの返品を受けることが新製品の販売促進につながるなどの合理的な理由もないのであるから,少なくとも被審人において閉店時に無条件で在庫品を納入業者に返品することができるなどという慣習は,正常な商慣習として是認することはできず,このような慣習に基づく返品と比較して閉店セール協賛金が有利だからといって,納入業者に利益があるということはできない。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件協賛金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
(c)新規店舗,他店舗で販売しないとの希望があるとの主張について
被審人は,別紙8の③記載の納入業者においては,新規店舗や他の店舗に閉鎖店舗の商品が陳列されることを望まなかったと主張する。
しかし,前記(b)のとおり,閉鎖店舗の在庫商品は,商品に問題があったのではなく,店舗の閉鎖がなければそのまま販売可能であるにもかかわらず,被審人の閉店という都合により売れ残るものとされた商品であり,このような商品を新規店舗に置くことが商品の売上げの妨げとなるとは認められないから,閉店セール協賛金を負担することにより納入業者に直接の利益等があるとは認められない。
また,他店舗への商品の移動についても,被審人では前記(イ)a(f)のとおり,その作業を納入業者に行わせていたところ,そもそも納入業者にはそのような義務があるとは認められないし,移動による品質上のリスクについても,これが仮にあるとしても,納入業者が負うべきものでもないから,他店舗への移動に伴うこれらの負担を避けるために納入業者が閉店セール協賛金を負担したからといって,納入業者に直接の利益等があるとは認められない。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件協賛金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
(d)閉店セール協賛金の提供を予定して取引を開始したとの主張について
被審人は,別紙8の④記載の納入業者においては,閉店セール協賛金の提供を予定して取引を開始したと主張する。
しかし,取引の開始当初から閉店セール協賛金の提供を予定していたという納入業者についても,実際には,閉店セール協賛金の提供について具体的に合意していたものではなく,単に,従前から閉店セールを行っていることを知って取引を開始したというにすぎず,これらによる不利益を予定していたとは認められない。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件協賛金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
(e)他の小売業者に対しても同様の行為を行っていたとの主張について
被審人は,別紙8の⑤記載の納入業者においては,被審人以外の小売業者に対しても,取引依存度にかかわらず閉店セール協賛金を提供していたと主張し,これらの納入業者の従業員等の中には小売業者が閉店時に割引販売した際に納入業者が全部又は一部を負担する商慣習があったと陳述する者もいる。
しかし,小売業者に対して商品を納入する者が,契約上の義務がないにもかかわらず,閉店セールの値引き分の全部又は一部を負担するという実態が,被審人のみならず,一般的な商慣習として小売業界に長年にわたり定着しており,納入業者がこれに従って被審人以外の納入業者に対しても,閉店セール協賛金の提供をしていたとしても,そのような商慣習は,前記⑴のような優越的地位の濫用の規制趣旨に鑑みれば,公正な競争秩序の維持・促進の立場から,「正常な商慣習」(独占禁止法第2条第9項第5号柱書)として是認されるべきではない。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件協賛金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
(f)被審人との事前協議の上,相当と認める範囲で閉店セール協賛金を提供していたとの主張について
被審人は,別紙8の⑥記載の納入業者においては,被審人との事前協議の上,相当と認める範囲で閉店セール協賛金を提供していたと主張する。
しかし,仮に,被審人がこれらの納入業者から閉店セール協賛金の提供を受けるに当たり,負担額について協議していたことがあったとしても,これらの提供自体が当該納入業者にとっての利益がないことについては変わりないから,被審人の主張する事情は,金銭提供例外事由など特段の事情に該当するものではなく,本件協賛金の提供が不利益行為に該当するとの認定を左右するものではない。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件協賛金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
(g)余儀なくされたとの認識がないとの主張について
被審人は,別紙8の⑦記載のとおり,本件報告書において,本件協賛金の提供の要請に応じた理由として,営業上の理由(選択肢①ないし④)を選んだ者,別紙8の⑧記載のとおり,被審人からの制裁やサンドラッグとの取引への悪影響(選択肢⑤ないし⑨)を選んでいない者,別紙8の⑨記載のとおり,本件協賛金の提供を断ったにもかかわらず,被審人から不利益な対応を受けていない者,別紙8の⑩記載のとおり,納入業者自身が強制されたと認識していないと陳述している者においては,被審人の要請に応じることを余儀なくされたとの認識がなく,自由かつ自主的な判断により閉店セール協賛金を提供していたと主張する。
しかし,上記選択肢①(他の納入業者が要請に応じているため)について,他の納入業者が要請に応じていたから特定納入業者が本件協賛金の提供を行っていたのであれば,他の納入業者と比べて不利な取扱いを受けることを懸念して,やむなく応じていたことを示すものであって,それ自体が当該納入業者の直接の利益等に当たるものではない。また,上記選択肢②(要請に応じることにより,現在納入している商品について,提供額に見合った販売促進効果が得られると判断したため)についても,前記(a)のとおり,閉店セール協賛金の提供は,閉鎖店舗の在庫処分のためのものであって,現在納入している商品について販売促進効果があるとはいえないし,上記選択肢③(被審人との将来の取引が有利になると判断したため)についても,納入業者が,被審人との将来の取引が有利になると期待したからといって,直接の利益等があったとは認められない。上記選択肢④(ディスカウント業態の店舗では,商慣習上,一般的であるため)について,納入業者が商慣習として本件協賛金を提供していたとしても,このような商慣習は,前記⑴のような優越的地位の濫用の規制趣旨に鑑みれば,公正な競争秩序の維持・促進の立場から,「正常な商慣習」(独占禁止法第2条第9項5号柱書)として是認されるべきではないことは前記(e)説示のとおりである。
その他の点についても,本件従業員等派遣について説示したところ(前記ア(ア))と同様,直接の利益等の判断に当たっては,取引当事者の認識のみを判断したり,これを過度に重視して判断したりするのは相当ではないから,当該納入業者において,被審人の要請により本件協賛金の提供をしたことについて,これを余儀なくされたという認識がなかったとしても,かかる事実は,本件協賛金の提供が不利益行為に該当するという判断を直ちに左右するものということはできない。
なお,《納入業者(50)》については,本件期間中に本件協賛金の提供をやめているが,単に本件協賛金の提供を断ったものではなく,代わりに閉店セールの対象外とした商品につき事前に返品を受け,その後,新店での納入価格を下げるとの取扱いをしており(査55の8),別の形で負担は継続しているのであるから,むしろ,《納入業者(50)》にとって本件協賛金の提供を断ることが困難であったことを示す事情といえる。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件協賛金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
b 著しい不利益が不存在であるとの主張について
(a)閉店セールの対象から除く機会を与えていたとの主張について
被審人は,別紙8の⑪記載のとおり,納入業者に対し,閉店セールの対象から除外する機会を与えており,対象商品を,合理的と判断する範囲内にすることができたと主張し,当該納入業者の従業員等は,これに沿う陳述をする。
しかし,閉店セール協賛金の提供自体がその範囲にかかわらず本来合理性を有するものではなく,これが不利益行為に当たるというためには著しい不利益である必要はないことは,前記(ア)で説示したとおりである。
また,前記(イ)a(f)のとおり,閉店セールの対象から除外する商品については,被審人は,当該納入業者に対し,代金全額の返金を要する返品処理を要求しており,特定納入業者が閉店セールの対象商品から除外することを希望すれば,返品の負担を余儀なくされていた。
したがって,閉店セールの対象から除く機会があったからといって,納入業者における本件協賛金の提供が合理的な範囲の負担であったということはできない。
なお,被審人は,《納入業者(12)》については,閉店セール実施前の商品撤去に漏れがあるという《納入業者(12)》の確認ミスのため例外的に閉店セールの対象となったため,本件協賛金の提供に応じたとしているが,閉店セールの対象になったからといって,閉店セール協賛金の提供に応じなければならないわけではなく,《納入業者(12)》が本件協賛金を提供したことに合理的な理由があるとは認められない。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件協賛金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
(b)閉店セール対象商品を必要最小限にしていたとの主張について
被審人は,閉店セール実施の相当期間前に発注を中止し,セール対象商品を必要最小限にしていたと主張する。
しかし,閉店セール協賛金の提供自体がその程度にかかわらず本来合理性を有するものではなく,これが不利益行為に当たるというためには著しい不利益である必要はないことは,前記(ア)で説示したとおりであるから,被審人が閉店セールの対象となる商品を減らしていたからといって,閉店セール協賛金を納入業者が負担することの合理性が認められるというものではなく,金銭提供例外事由に該当するなどの特段の事情には該当しない。したがって,その額の多寡にかかわらず,被審人が本件協賛金の提供をさせたことは不利益行為に当たると認められる。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件協賛金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
(c)メーカーからの補填を受けていたとの主張について
被審人は,別紙8の⑫記載の納入業者は,閉店セール協賛金相当額の一部または全部について,仕入先のメーカーから補填を受けていたと主張する。
しかし,本件協賛金の提供自体が本来合理性を有するものではなく,特段の事情がない限り不利益行為に該当するのであって,しかも,前記(イ)の認定に係る経過に照らせば,被審人による閉店セール協賛金の提供の依頼は,当該納入業者において仕入先のメーカーからこれらの金銭に相当する額の補填を受けることを条件としていたものではなかったと認められるところ,その一部又は全部についてこのようなメーカーからの補填を受けていた納入業者がいたとしても,それは当該納入業者と当該メーカーとの間の個別の事情によるものであって,このような補填自体は,閉店セール協賛金の提供により生じた直接の利益等に当たるものということはできず,これによって金銭提供例外事由などの特段の事情が認められるものではない。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件協賛金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
(d)閉店セール協賛金の額は取引額に比して極めて小さいとの主張について
被審人は,別紙8の⑬記載のとおり,納入業者の負担した閉店セール協賛金の額は,これらの納入業者との取引額に比して極めて小さいことから,著しい不利益を与えるものではないと主張し,当該納入業者の従業員等においても本件協賛金の提供の負担は小さいと陳述する。
しかし,閉店セール協賛金の提供自体がその額の多寡にかかわらず本来合理性を有するものではなく,これが不利益行為に当たるというためには著しい不利益である必要はないことは,前記(ア)で説示したとおりであるから,その額が取引額に比して小さいものであったからといって,閉店セール協賛金を納入業者が負担することの合理性が認められるというものではなく,金銭提供例外事由に該当するなどの特段の事情には該当しない。
また,納入業者の中には,閉店後に新規開店等がされた店舗は,従来店舗よりも売上げが大きくなることを挙げ,この利益を考えれば閉店セール協賛金の提供の負担は小さいとする者もいる(審3,審10の1)が,これは,新規開店等の効果であって,閉店セール協賛金による利益とは認められない。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件協賛金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
(e)本件報告書に本件協賛金の提供についての記載がないとの主張について
被審人は,別紙8の⑭記載の納入業者は,本件報告書で本件協賛金の提供について記載しておらず,本件協賛金の提供を問題視していないと主張する。
しかし,納入業者において,本件報告書に本件協賛金の提供について記載をしなかった者がいたとしても,被審人との関係等を踏まえると,そのことから直ちに当該納入業者においてかかる金員の提供を問題視していなかったとは認められない。仮に当該納入業者においてこれを問題視していなかったとしても,かかる認識を過度に重視して直接の利益等の有無を判断するのが相当でないことは,本件従業員等派遣について説示したところ(前記ア(ア))と同様であるから,これが金銭提供例外事由に該当すると認められない。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件協賛金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
(オ)小括
以上のとおり,特定納入業者のうち66社による本件協賛金の提供について,金銭提供例外事由に当たるなどの特段の事情があるとは認められないから,被審人がこれらの納入業者に対して本件協賛金の提供をさせたことは,不利益行為に当たると認められる。
ウ 本件火災関連金の提供
(ア)金銭の提供が不利益行為になる場合
火災により毀損した商品の損失補填のための金銭の提供も,前記イ(ア)と同様に,買取取引において,売主が買主のために本来提供する必要のない金銭を提供する行為であり,売主にとっては通常は何ら合理性のないことであるから,買主がかかる金銭を売主に提供させる行為は,金銭提供例外事由に当たるなどの特段の事情がない限り,売主である相手方は自由かつ自主的な判断に基づいてこれを受け入れたということはできず,不利益行為に当たると認めるのが相当である。
(イ)認定事実
証拠によれば,本件火災関連金の提供について,以下の事実が認められる。
a 本件火災関連金の提供を依頼するに至る経緯
(a)朝倉店の火災の発生
被審人の朝倉店において,平成23年5月4日,火災が発生し,同店の店舗及び倉庫内の在庫商品が滅失又は毀損した(査578,査580)。
(b)朝倉店の火災による商品の滅失等への対応方針
被審人は,サンドラッグの子会社となる以前は,保管中の商品が火災等により破損した場合に,その損害を補償する損害保険(物流損害保険)に加入していたが,平成22年1月以降は,親会社となったサンドラッグの方針により,かかる保険に加入していなかったことから,平成23年5月4日に朝倉店の火災が発生した際,同火災による商品の滅失毀損に関して保険による補償は受けられなかった。
そこで,被審人は,同月5日,取締役などが出席する経営会議を開催し,朝倉店における火災滅失毀損商品の仕入価格総額約5800万円のうち,約7割に相当する約4000万円を,返品処理等により,これらの仕入先である納入業者に負担してもらうとの方針を決定した。被審人は,この方針を,親会社であるサンドラッグに報告し,残り約1800万円は被審人の特別損失として計上するよう指示を受けた。
(査577ないし査580)
(c)バイヤー等に対する指示
《A1》は,前記(b)の方針により,平成23年5月5日,《A3》及び各商品部の副部長らに対して,返品処理や見舞金等の支払を納入業者に依頼するよう指示した。
《A3》は,同月11日,各商品部のバイヤーに対し,火災滅失毀損商品につき,納入業者に,返品,値引きとして相殺処理をすることにより火災滅失毀損商品の仕入価格に相当する金額を支払うか,又は無償納入品として取扱うかのいずれかの対応を依頼するよう指示した。《A3》は,その際,このような依頼は,飽くまでも被審人からの「お願い」として行うことを強調した。
(査576ないし査578,査582ないし査584)
b バイヤーによる火災関連金の提供の依頼
(a)説明会の実施
バイヤーは,前記a(c)の指示に従って,各商品部ごとに,48社を含む火災滅失毀損商品の納入業者を,被審人本社の会議室に集めて説明会を開催し,被審人が物流損害保険に加入していないことや,納入業者自身の保険を利用する場合に必要となる罹災証明書や火災現場の写真があることを説明した上で,火災関連金の提供により,朝倉店の火災による商品の滅失についての被審人の損害を負担することを依頼した(査584,査585,査589ないし査591)。
(b)納入業者に対する火災関連金の提供の依頼
バイヤーは,前記(a)の説明会の後,納入業者に対し,当該納入業者の朝倉店の在庫商品及び納入価格を記載した一覧表を交付し,損失補填の可否についての回答の期限を付して,火災関連金の提供を依頼した。
さらに,期限までに回答がない納入業者に対しては,再度連絡をして,火災関連金の提供を依頼していた。
(査585,査589ないし査591,査593,査594)
c 火災関連金の集計
《A3》は,平成23年7月13日,納入業者から提供された火災関連金を商品部別に集計し,被審人の財務課に対して報告した(査581の1及び2)。
(ウ)被審人が本件火災関連金の提供を受けたか
前記第3の4⑵イのとおり,《納入業者(48)》を除く47社が,平成23年8月末までに,別紙5記載のとおり,被審人に対し,火災滅失毀損商品のうち自らが納入した商品の納入価格に相当する額の一部又は全部の金銭を,返品又は値引きとして相殺処理する方法により支払ったことについては争いがない。
他方,《納入業者(48)》については,被審人において,《納入業者(48)》から火災関連金の提供を受けたことを争っており,《納入業者(48)》の従業員においても,このような火災関連金の提供については,会社として,前例がないないため,応じていないと陳述している(審52)。
しかし,《A3》は,被審人の財務課従業員に対し,《納入業者(48)》から「朝倉店補填金額」として35万125円の値引きを受けたと報告していたものであり(査581の1及び2),被審人は,調査段階で提出した報告命令に対する報告書(査607の2)においても,「朝倉店協賛」との名目で,使途を「火災による損害補償」で同額の金銭の提供を受けたと回答していたのである。他方で,被審人の担当者は,上記報告書については,付き合いの長い《納入業者(48)》の被審人社内での評価を高めるため,《納入業者(48)》との間で既に合意ができていた別の在庫補償に関する値引きを朝倉店の火災に伴う損失補填の名目で処理したと陳述する(審74)が,「在庫補償」に関する値引きの根拠や対象商品が不明であり,これについて確たる証拠もなく,実際に「在庫補償」があったものとは認め難い。
これらを整合的に解するならば,《納入業者(48)》は,被審人の担当者から火災関連金の提供の要請を受けたが,火災を理由とする補填に応じることはできなかったため,在庫補償に関する値引きの名目で対応したものと推認され,それゆえ《納入業者(48)》において上記のとおり火災関連金の提供を否定しているものとみられ,被審人は,《納入業者(48)》から,本件火災関連金として35万125円の提供を受けたものと認められる。
以上より,被審人は,特定納入業者のうち48社から,別紙5の「火災関連金」欄記載のとおり,総額約1239万円の支払を受けたものと認められる。
(エ)本件火災関連金の提供を受ける行為が不利益行為に該当するか
a 被審人と特定納入業者との間の取引は買取取引であり,本件火災関連金の提供について,両社の間で契約等の別段の定めがないことには争いがないから,前記(ア)のとおり,本件火災関連金の提供は,当該納入業者にとっては,本来必要のないものである。
しかも,被審人において,自社の店舗の火災により商品が滅失毀損したことについて保険により損害の補填を受けられなかったのは,親会社の方針により保険への加入をやめたという被審人側の事情によるものであるにもかかわらず,納入業者において,このような火災関連金の提供によって,既に納入した商品の代金を事後的に減額される結果となるのは,極めて不合理なものである。
したがって,本件火災関連金の提供は,金銭提供例外事由に当たるなどの特段の事情がない限り,不利益行為に当たると認めるのが相当である。
b これに対して,被審人は,本件火災関連金の提供が,火災滅失毀損商品の損失補填のためにされたものではないと主張する。
しかし,前記(イ)aのとおり,被審人は,朝倉店における火災滅失毀損商品の仕入価格の一部を,返品等により,納入業者に負担してもらうとの方針を決定したのであり,この決定を受けて各バイヤーが納入業者に本件火災関連金の提供を依頼し,これに応じた48社から本件火災関連金の提供を受けたのであるから,本件火災関連金の提供が火災滅失毀損商品の損失補填を目的とすることは明らかであり,被審人の主張は採用することができない。
c そこで,本件火災関連金の提供について,金銭提供例外事由に当たるなどの特段の事情が存在するか否かについて検討すると,被審人が納入業者に対して,それぞれの火災滅失毀損商品の納入額を上限としてその負担額を明示するとともに,その使途が火災による損失の補填であることを明示するなどしており,相手方に与える不利益があらかじめ計算できないものではなかったとしても,本件火災関連金の提供は,前記bのとおり,飽くまで火災滅失毀損商品の損失補填であるから,納入業者の売上げの増加につながるものではない。そして,本件火災関連金の提供をした48社のうち,《納入業者(2)》及び《納入業者(24)》については,その従業員等が本件火災関連金の見返りとして一括発注等を受けた旨を供述し(査7の7),又は本件報告書(査29の6)に同旨の記載があるものの,両社を除く少なくとも46社については,被審人が追加発注等の具体的な見返りを約した事実も認められないから,それ自体によって納入業者が得られる直接の利益等は存在しない(なお,上記両社については被審人の優越的地位が否定される。また,被審人が同様に本件火災関連金が商品発注に対するリベートであるとの主張をする《納入業者(23)》については,後述(オ)eのとおり,直接の利益等があるとは認められない。)。
d 以上のとおり,少なくとも上記46社については,被審人において,これらの納入業者から本件火災関連金の提供を受けた行為は,金銭提供例外事由に当たるなどの特段の事情が存在するとは認められないから,不利益行為に該当する。
(オ)被審人の主張に対する判断
これに対し,被審人は,前記第5の1⑵ウ(エ)bないしdのとおり,本件火災関連金の提供をさせた行為が濫用行為に該当しないと主張することから,以下,これらの主張の当否について検討する。
a 自由かつ自主的な判断によるものであるとの主張について
(a)本件火災関連金の提供を強要していないとの主張について
被審人は,保険で補填が受けることが可能であればとの趣旨で,お願いする旨を明確にして,本件火災関連金の提供の依頼をしたのであり,依頼を断った業者に対しても,不利益な取扱いを一切していないと主張する。
確かに,前記(イ)a(c)のとおり,《A3》は,バイヤーに対し,「お願い」として依頼するよう指示したものと認められる。しかし,そもそも不利益行為といえるためには強制又は強要による必要はない。
そして,実際の依頼態様としては,前記(イ)bのとおり,被審人は,納入業者を本社に呼んだ上で説明会として各商品部の副部長から火災関連金の負担を依頼し,さらにその後,個別連絡により負担を依頼し,その上で,回答がない納入業者に対してしては,再度依頼していること,また,説明会での説明により,損失補填に応じないといけないと感じた旨を供述する納入業者もいること(査54の11,査64の9),しかも,被審人は,個別の依頼に当たって,その条件として当該納入業者が保険による補填を受けられるか否かを考慮していた形跡はうかがわれないことからすれば,被審人の依頼は,その主張するような程度のものではなく,表向きは「お願い」という言葉を用い,これに応じない納入業者に対し直ちに不利益を伴わないものであったとしても,納入業者としては被審人との関係から容易に拒絶し難い状況の下で行われたものと認められる。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件火災関連金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
(b)火災見舞いの趣旨で行われたとの主張について
被審人は,別紙9の①記載の納入業者は,火災の見舞金として金銭の提供を行ったと主張し,これらの納入業者の従業員等においては,これに沿う陳述をする。
しかし,前記(イ)bのとおり,被審人は,納入業者に対し,説明会及び個別の連絡により本件火災関連金の提供を依頼した上,回答がない者に対しては再度依頼をしていたのであり,本件火災関連金の提供は,このような被審人からの依頼を受けた後に行われたものであるから,本件火災関連金の提供は,納入業者により単なる火災見舞いの趣旨で自主的に行われたものでないことは明らかである。
被審人は,《納入業者(44)》及び《納入業者(74)》は,被審人からの要請によって本件火災関連金の提供をしたのではないと主張し,両社の本件報告書(査49の7,査79の7)には,本件火災関連金の提供について要請を受けていない旨の記載があると主張する。
しかし,被審人は,公正取引委員会に対し,被審人の担当バイヤーが,《納入業者(44)》及び《納入業者(74)》に本件火災関連金の提供を依頼した旨を報告しており(査593),被審人が両社を依頼の対象から除外する理由もないから,両社に対しても,被審人からの依頼があったものと認められ,被審人の主張は採用することができない。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件火災関連金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
(c)他の小売業者に対しても災害見舞の提供を行っていたとの主張について
被審人は,別紙9の②記載の納入業者は,被審人以外の小売業者に対しても,災害見舞の提供を行っていたと主張する。
しかし,本件火災関連金の提供は,飽くまで火災滅失毀損商品に係る損害の全部又は一部の補填として行われたものであり,単なる災害見舞の趣旨で行われたものでないことは前記(b)説示のとおりであるから,他の小売業者に対して災害見舞金の提供がされていたという事実は,何ら本件と関係のない事柄である。その主張の趣旨が小売業者に対して商品を納入する者において当該小売業者が火災などの災害により商品を滅失毀損した場合に見舞金の名目でその損害の全部又は一部を補填するというような商慣習があったというものであると理解しても,このような商慣習が「正常な商慣習」(独占禁止法第2条第9項第5号柱書)として是認されるべきではないことは,本件協賛金の提供について説示したところ(前記イ(エ)a)と同様である。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件火災関連金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
(d)余儀なくされたとの認識がないとの主張について
被審人は,別紙9の④記載のとおり,本件報告書において,本件火災関連金の提供の要請に応じた理由として,営業上の理由(選択肢①ないし④)を選んだ者,別紙9の⑤記載のとおり,被審人からの制裁やサンドラッグとの取引への悪影響(選択肢⑤ないし⑨)を選んでいない者,別紙9の⑥記載のとおり,納入業者自身が強制されたと認識していないと陳述している者は,被審人の要請に応じることを余儀なくされたとの認識がなく,自由かつ自主的な判断により本件火災関連金を提供していたと主張する。
しかし,上記選択肢①(他の納入業者が要請に応じているため)について,他の納入業者が要請に応じていたから特定納入業者が本件火災関連金の提供を行っていたのであれば,他の納入業者と比べて不利な取扱いを受けることを懸念して,被審人の本件火災関連金の提供の依頼にやむなく応じていたことを示すものであって,それ自体が当該納入業者の直接の利益等に当たるものではない。また,上記選択肢②(要請に応じることにより,現在納入している商品について,提供額に見合った販売促進効果が得られると判断したため)についても,本件火災関連金は,火災による損失の補填のためのものであって,現在納入している商品について販売促進効果があるとはいえないし,上記選択肢③(被審人との将来の取引が有利になると判断したため)についても,前記(エ)cのとおり,本件火災関連金は,飽くまで損失補填であるから,納入業者が,被審人との将来の取引が有利になると期待したとしても,直接の利益等があったとは認められない。上記選択肢④(ディスカウント業態の店舗では,商慣習上,一般的であるため)について,納入業者が商慣習として本件火災関連金を提供していたとしても,このような商慣習が「正常な商慣習」(独占禁止法第2条第9項5号柱書)として是認されるものでないことは前記(c)説示のとおりである。
その他の点についても,本件従業員等派遣及び本件協賛金の提供について説示したところ(前記ア,イ)と同様,直接の利益等の判断に当たっては,取引当事者の認識のみを判断したり,これを過度に重視して判断したりするのは相当ではないから,当該納入業者において,被審人の要請により本件火災関連金を提供したことについて,これを余儀なくされたという認識がなかったとしても,かかる事実は,本件火災関連金の提供が不利益行為に該当するという判断を直ちに左右するものということはできない。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件火災関連金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
(e)その他の事情
被審人は,《納入業者(23)》については,商品の導入に伴うリベートとして本件火災関連金を提供したと主張し,《納入業者(23)》の従業員が,本件火災関連金を新製品の導入の販促費として負担したと陳述する(審12の1)が,これは,朝倉店リニューアル時の商品導入の販売促進費(審12の2)であるところ,当時,朝倉店リニューアルについては未定(査584)であったのであり,具体的な見返りの約束があったとは認められないし,実際にリニューアル時に,《納入業者(23)》の商品が多く発注されたとの証拠もない。したがって,《納入業者(23)》にとって本件火災関連金の提供により,直接の利益等があったとは認められない。
《納入業者(35)》は,朝倉店再開後の発注を見込んで,在庫額の半額程度の協力をした旨陳述する(審18)が,朝倉店再開後の発注の増加は将来の取引への単なる期待であり,直接の利益等とは認められない。
また,被審人は,《納入業者(50)》,《納入業者(59)》,《納入業者(72)》及び《納入業者(74)》について,自ら提供金額を決めたことをもって,自由かつ自主的な判断によるものであると主張する。しかし,本件火災関連金の提供自体は,その額にかかわらず,本来合理性を有するものではないから,これらの業者が自らその額を決めたからといって,直ちに不利益行為に当たることを否定すべき事情になるものではない。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件火災関連金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
b 著しい不利益が不存在であるとの主張について
(a)メーカー等からの補填を受けていたとの主張について
被審人は,別紙9の⑦記載の納入業者は本件火災関連金相当額の一部又は全部について,仕入先のメーカーから,又は自ら加入する保険により,補填を受けていたと主張する。
しかし,本件火災関連金の提供自体が本来合理性を有するものではなく,特段の事情がない限り不利益行為に該当するのであって,しかも,前記(イ)の認定に係る経過に照らせば,被審人による火災関連金の提供の依頼は,納入業者において,その仕入先のメーカーから,又は当該納入業者の加入する保険によって,火災滅失毀損商品の相当額の補填を受けることを条件としていたものではなかったと認められるところ,その一部又は全部について,このような補填を受けていた納入業者がいたとしても,それは,当該納入業者における当該メーカーとの間の個別の事情又は当該商品に係る損害保険の加入という事情によるものであって,このような補填自体は,被審人に対する本件火災関連金の提供により生じた直接の利益等に当たるものということはできず,これによって金銭提供例外事由などの特段の事情が認められるものではない。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件火災関連金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
(b)本件報告書に記載していないとの主張について
被審人は,別紙9の⑧記載の納入業者は,本件報告書に本件火災関連金の提供に関する記載をしておらず,当該行為を問題視していないと主張する。
しかし,平成23年5月4日の朝倉店火災から2年後に作成された本件報告書において,本件火災関連金の提供についての記載がなかったからといって,提供当時に,納入業者が当該行為を問題視してなかったとは認められない。仮に納入業者が問題視していなかったとしても,かかる認識を過度に重視して直接の利益等の有無を判断するのが相当でないことは本件従業員等派遣及び本件協賛金の提供について説示したところ(前記ア,イ)と同様であるから,これが金銭提供例外事由に該当すると認められない。
したがって,被審人の主張に理由はなく,本件火災関連金の提供につき,特段の事情があるとは認められない。
(カ)小括
これらによれば,本件火災関連金の提供をした48社のうち,少なくとも《納入業者(2)》及び《納入業者(24)》を除く46社による本件火災関連金の提供について,金銭提供例外事由に当たるなどの特段の事情があるとは認められないから,被審人がこれらの納入業者に対し,本件火災関連金の提供をさせたことは,不利益行為に当たると認められる。
エ 小括
以上のとおり,本件各行為(《納入業者〔2〕》及び《納入業者〔24〕》による本件火災関連金の提供を除く。以下同じ。)は,いずれも不利益行為に該当するものと認められる。
なお,被審人は,ほかにも本件各行為が濫用行為に該当しない理由をるる主張するが,いずれも金銭提供例外事由に当たるなどの特段の事情に該当するものとは認められず,かかる主張は採用できない。
(5)特定納入業者が不利益行為を受け入れるに至った経緯や態様等
ア 前記⑷に認定した本件各行為を納入業者が受け入れるに至った経緯や態様についてみれば,次のようにいうことができる。
(ア)まず,被審人は,消費者に販売するために商品を納入業者から購入する大規模な小売業者であり,他方で特定納入業者は,自ら製造しあるいは仕入れた商品を,被審人に販売する納入業者であって,特定納入業者に対する前記⑷認定の不利益行為は,このような被審人によるいわゆるバイイングパワーが発揮されやすい取引上の関係(「大規模小売業者による納入業者との取引における特定の不公正な取引方法」の運用基準〔平成17年6月29日公正取引委員会事務総長通達第9号〕「はじめに」の1参照)を背景としたものである。
このような背景の下,前記⑷で認定した不利益行為は,多数の取引の相手方である納入業者に対して,遅くとも平成21年6月28日から平成24年12月16日までの長期間にわたり,次の事実から明らかなとおり,被審人において,自らの利益を確保することなどを目的として,役員等の指揮ないし関与の下,組織的かつ計画的に一連のものとして行われたものである。
a 納入業者に対し,開店前準備作業のための従業員等派遣の要請をすることは,被審人の標準的な新規開店等のスケジュールに組み込まれており,被審人の取締役らが出席する社内会議でも,納入業者に対して新規開店等の予定を知らせるよう周知されていた。また,被審人の取締役らが出席する会議で,従業員等派遣が優越的地位の濫用とされないようにするための対策が話題とされ,代表取締役の指示の下,本件期間中に納入業者への説明や承諾書の内容,方法が変更された(前記⑷ア(イ)c,e)。
加えて,被審人においては,納入業者からの本件従業員等派遣を前提として開店等のスケジュールを決定し,各担当者から納入業者の派遣予定人数を報告させており,派遣された従業員等が従事する作業は,自社商品の陳列作業にとどまらないものであったのであるから(同c,d,f),被審人にとっては,納入業者を開店前準備作業に従事させることで,被審人の人員を割くことなく短期間で開店前準備作業を行うための手段として用いられていたといえる。
そして,被審人の担当者の納入業者に対する開店前準備作業への従業員等派遣を依頼する電子メールの一部には,回答期限を設定し,その順守を求めるものや,威圧感を与える体裁のもの,他の納入業者等の派遣人数の過去の実績と,今後の派遣予定が分かる資料を添付するものなどがあり(同d(c)),この依頼の態様は,被審人の担当者が,納入業者が従業員等派遣をするのが当然であると考えていたことを示すものであるし,納入業者にとって,被審人との関係や,他の納入業者の動向を意識させ,従業員等派遣を断りづらくさせるものといえる。
b 被審人においては,本件期間以前から,納入業者から閉店セール協賛金の提供を受けており,閉店セールの際の割引率の決定には,副社長も関与していた。また,閉店セール協賛金の額は,被審人の粗利を確保できる水準とすることとされており,バイヤーによっては,納入業者に対し,販売価格を基準として割引額の全部の負担を求める者もおり,被審人にとっては,納入業者の負担によって,被審人の利益を確保しつつ,閉店時の在庫品を減らすことができる手段であった(前記⑷イ(イ)a,b(c))。
被審人の担当者は,閉店セール協賛金について,事前に在庫商品の数量などを知らせることなく単に協力を依頼し,閉店セール後に値引き額を知らせる電子メールでは,閉店セール協賛金を負担することを当然のものとして,単に金額の確認を求めたり,回答期限を設定し,納入業者から連絡しない場合には自動的に値引き処理するとしたりするものもあった(同b)。
c 火災関連金について,被審人は,取締役などが出席する経営会議を開催し,親会社であるサンドラッグにも報告の上で,朝倉店における火災滅失毀損商品の仕入価格のうち,約7割に相当する部分を,当該商品を納入した納入業者に負担してもらうとの方針を決定し,《A3》は,提供された火災関連金を集計して被審人の財務課に報告したのであり(前記⑷ウ(イ)a,c),被審人が計画した,被審人の火災による損失を納入業者に転嫁するための手段であることは明らかである。
かかる方針に基づき,商品部では,納入業者に対して火災関連金の提供を求める説明会を実施するとともに,担当バイヤーからも,個別の納入業者に対し,回答期限を設定するなどして,複数回にわたり,火災関連金の提供を依頼した(同b)。
(イ)また,特定納入業者については,以下の事情が認められる。
a 特定納入業者の中には,従業員等派遣を負担に感じていた者や,被審人との取引への悪影響を恐れて日当請求をしなかった者もいた(査10の1及び2,査15の1及び3,査20の3,査23の2,査25の及び3,査26の1,査45の10,査49の1,査51の10,査59の1,査64の1,査83の3)。
b 特定納入業者の中には,被審人からの本件協賛金の提供について協議がなく,一方的な要請であると感じていたり,閉店セールの対象としない商品又は最終的に売れ残った商品については,被審人から返品に応じることを求められることから,返品による損失を回避するために本件協賛金の提供に応じた者もいた(査11の8,査17の7,査22の3,査28の8及び9,査30の8,査38の7,査45の8,査49の11,査51の10,査56の8,査60の8,査69の10,査76の8)。
c また,特定納入業者の一部は,本件報告書や従業員等の供述調書において,被審人による不利益行為の要請に応じていた理由やこのうち本件従業員等の派遣について日当を請求することができなかった理由として,被審人の従業員の威圧的な態度や制裁,取引への悪影響のおそれを挙げている(本件従業員等派遣につき,査10の1及び4,査11の3,査12の7,査15の1及び3,査16の7,査20の3,査25の3及び5,査26の7,査46の1,査49の1,査51の10,査58の3及び9,査61の3,査76の1及び7,査83の3,本件協賛金につき,査10の3,査15の8,査17の7,査25の7,査45の11,査49の7,査51の10,査52の5,査54の10,査64の7及び8,査69の10,本件火災関連金につき,査6の7,査25の7,査26の6,査51の10,査56の9,査64の7及び9,査81の9)
イ 以上のような不利益行為を特定納入業者が受け入れるに至った経緯や態様は,それ自体,被審人が納入業者一般に対してその意に反するような要請等を行っても,一般的に甘受され得る力関係にあったことを示すものであるから,前記⑶において被審人の特定納入業者に対する取引上の地位を判断する際に考慮したとおり,前記⑷認定の不利益行為を受け入れていた納入業者については,被審人が著しく不利益な要請等を行ってもこれを受け入れざるを得ないような場合にあったことをうかがうことができる。
(6)優越的地位の濫用に該当するか
ア 被審人の本件各行為は取引上の地位が優越していることを利用して行われたものであること
(ア)甲が乙に対して優越的な地位にあると認められる場合には,甲が乙に不利益行為を行えば,通常は,甲は自己の取引上の地位が乙に対して優越していることを「利用して」(独占禁止法第2条第9項第5号柱書)これを行ったものと認められる(ガイドライン第2の3)。
そして,被審人は,前記⑶のとおり,その取引上の地位が69社に対して優越するものと認められるところ,被審人は,前記⑷のとおり,69社に対して独占禁止法第2条第9項第5号ロに該当する不利益行為を行っていたことが認められる。
そうすると,被審人が69社に対して本件各行為を行ったことは,通常,自己の取引上の地位が69社に対して優越していることを「利用して」(独占禁止法第2条第9項第5号柱書)行われたものであると認められる。
(イ)これに対し,被審人は,本件報告書において,本件各行為に応じた理由として「他の納入業者が要請に応じているため」と回答している納入業者は,納入業者間の付帯サービスに関する競争の結果として,本件各行為を余儀なくされていたものにすぎず,被審人の特定納入業者に対する優越的地位との因果関係はないから,被審人がその地位を利用して行ったものではないと主張する。
しかし,仮に,上記の納入業者が,他の納入業者との競争上不利にならないためという理由もあって被審人による不利益行為を受け入れていたとしても,それは,不利益行為を受け入れなかった場合に,被審人から他の納入業者と比べて不利な取扱いを受けることを懸念して,本件各行為にやむなく応じていたことを示すものであって,被審人が優越的地位を利用したことと相反するものではない。
したがって,上記の納入業者について,本件報告書において上記のような回答をしているからといって,被審人が,自己の取引上の地位が69社に対して優越していることを利用して(独占禁止法第2条第9項第5号柱書),本件各行為をさせたことは否定されないから,被審人の上記主張は採用することができない。
(ウ)以上によれば,被審人は,69社に対し,その取引上の地位が優越していることを利用して,独占禁止法第2条第9項第5号ロが規定する行為に該当する不利益行為を行ったものと認められる。
イ 本件各行為が一体として優越的地位を濫用したものであること
(ア)前記⑴のとおり,独占禁止法第19条において優越的地位の濫用が不公正な取引方法の一つとして規制されている趣旨が公正競争阻害性にあることに照らせば,同法第2条第9項第5号又は旧一般指定第14項(第1号ないし第4号)に該当する行為は,これが複数みられるとしても,また,複数の取引先に対して行われたものであるとしても,それが,組織的かつ計画的に一連のものとして実行されているなど,行為者の優越的地位の濫用として一体として評価できる場合には,独占禁止法上1個の優越的地位の濫用として規制されると解するのが相当である。
(イ)そして,被審人は,前記アのとおり,その取引上の地位が69社に対して優越していることを利用し,遅くとも平成21年6月28日から平成24年12月16日までの約3年半もの長期間にわたり,69社(78社のうち,被審人の優越的地位が否定される①《納入業者(1)》,②《納入業者(2)》,③《納入業者(7)》,④《納入業者(11)》,⑤《納入業者(24)》,⑥《納入業者(31)》,⑦《納入業者(42)》,⑧《納入業者(63)》及び⑨《納入業者(78)》の9社を除いたもの)に対して,135店舗の新規開店等に際し,少なくとも延べ約6,900人の従業員等を派遣させ,58社(66社のうち,上記①ないし⑤及び⑦ないし⑨の8社を除いたもの)に対して,13店舗の閉店セールに際し,合計3356万683円の閉店セール協賛金を提供させ,43社(48社のうち,上記①,②,④,⑤及び⑧の5社を除いたもの)に対して,合計1111万1424円の火災関連金の提供をさせたものであるところ,前記⑸アのとおり,被審人は,自らの利益を確保することなどを目的として,役員等の指揮ないし関与の下,組織的かつ計画的に一連のものとして,こうした本件各行為を行ったことからすると,本件各行為は,行為者の優越的地位の濫用として一体として評価できる場合に該当し,独占禁止法上1個の優越的地位の濫用として規制されることになる。
ウ 結論
以上によれば,被審人は,本件期間中,自己の取引上の地位が対象納入業者である69社に優越していることを利用して,正常な商慣習に照らして不当に独占禁止法第2条第9項第5号ロ(改正法の施行日前については,旧一般指定第14項第2号)に該当する行為を行っていたものであり,当該行為は,優越的地位の濫用に該当すると認められる。
他方,前記⑶イ(オ)の9社については,被審人がこれらの納入業者に対して優越的地位を有していたことを認めるに足りないから,被審人の前記9社に対する行為は,優越的地位の濫用に該当すると認めることはできない。
2 争点2(本件排除措置命令の適法性)
(1)本件排除措置命令における理由の記載に不備はないか
独占禁止法第49条第1項が,排除措置命令書に「公正取引委員会の認定した事実及びこれに対する法令の適用」を示さなければならないとしているのは,排除措置命令が,その名宛人に対して当該命令の主文に従った排除措置の履行義務を課すなど名宛人の事業活動の自由等を制限するものであることに鑑み,公正取引委員会の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,排除措置命令の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与えるためのものと解される。
このような排除措置命令の性質及び排除措置命令書に上記の記載が必要とされる趣旨・目的に鑑みれば,排除措置命令書に記載すべき理由(公正取引委員会の認定した事実及びこれに対する法令の適用)とは,違反行為に関する認定事実のほか,いかなる事実関係に基づき排除措置が命じられたのかを,名宛人においてその記載自体から了知し得るものでなければならない(最高裁判所昭和49年4月25日第一小法廷判決・民集28巻3号405頁,同昭和60年1月22日第三小法廷判決・民集39巻1号1頁等参照)。
これを本件についてみると,本件排除措置命令書には,排除措置命令の理由として,特定納入業者に該当するかの考慮要素(第1の1)及び被審人が特定納入業者に対して具体的にいかなる態様の行為をどの程度行ったのか(第1の2)という,命令の原因となる事実と,上記の行為は,被審人が自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して,正常な商慣習に照らして不当に,継続して取引する相手方に対して,自己のために金銭又は役務を提供させていたものであって,この行為が独占禁止法第2条第9項第5号ロ(改正法の施行前においては旧一般指定第14項第2号)に該当し,独占禁止法第19条の規定に違反するなどという,命令の根拠法条が示され,本件違反行為の相手方である78社が,別表により特定されている。
したがって,被審人は,本件排除措置命令において,いずれの相手方に対する自己のいかなる行為が独占禁止法第2条第9項第5号ロ又は旧一般指定第14項第2号に該当する優越的地位の濫用との評価を受け,排除措置を命じられたのかを了知し得るものでなかったとはいえない。
しかも,本件において,公正取引委員会は,平成26年4月18日,被審人に対し,独占禁止法第49条第5項に基づき事前通知に対する事前説明を行い,その際,公正取引委員会事務総局審査局第一審査長から被審人の代表取締役らに対し,本件協賛金の提供及び本件火災関連金の提供に係る行為の対象となった本件排除措置命令書の「理由」第1の2⑵ア及びイ記載の「特定納入業者」66社及び48社が記載された資料を提示した上で説明をした(この点につき,被審人は争わない。)。
そうだとすれば,被審人は,本件排除措置命令に先立ち,事前説明において金銭の提供に係る各行為の対象となった特定納入業者を認識したのであるから,本件排除措置命令書の謄本送達時には,本件違反行為の相手方のみならず,本件各行為についてのそれぞれの相手方をも当然に知り得る状態にあったといえる。
したがって,本件排除措置命令には,理由の記載に不備があったとはいえない。
(2)本件排除措置命令の法令の適用に誤りはないか
旧一般指定は,いわゆる一般指定であり,公正取引委員会が,あらゆる事業分野において行われる可能性のある取引方法を,改正法による改正前の独占禁止法第2条第9項の規定により,不公正な取引方法として指定するものである。
一方,大規模小売業告示は,いわゆる特殊指定であり,公正取引委員会が,特定の事業分野における特定の取引方法を,独占禁止法第2条第9項第6号(改正法施行前においては,改正法による改正前の独占禁止法第2条第9項)の規定により,不公正な取引方法として指定するものである(独占禁止法第71条〔改正法による改正前の独占禁止法第71条〕)。
このように,旧一般指定は,あらゆる事業分野にわたる不公正な取引方法に一般的に適用されるものであり,それゆえに規定の内容もある程度一般的,抽象的となっており,他方,大規模小売業告示は,特定の事業分野における特定の取引方法に適用されるものであり,それゆえに規定の内容が具体的となっている点で異なるが,旧一般指定を定めた趣旨が上記のとおりであることや,旧一般指定と大規模小売業告示はいずれも不公正な取引方法を指定するものであり,いずれの適用による法律効果も同じであることなどに照らすと,大規模小売業告示が定めている特定の事業分野について,旧一般指定の適用が排除されるものではないと解される。
また,改正法の施行前において大規模小売業告示等の特殊指定が旧一般指定に優先的に適用されていたという実態があったことは,上記解釈と相容れないものではなく,上記解釈を左右するものではない。
したがって,大規模小売業告示と旧一般指定第14項のいずれの要件をも満たし得る本件違反行為のうちの改正法施行前の行為に対し,大規模小売業告示ではなく旧一般指定を適用したとしても,法令の適用に誤りはない。
また,本件排除措置命令書の「第2 法令の適用」における本件違反行為が「独占禁止法第2条第9項第5号ロ」,旧一般指定の「第14項第2号」に該当するという表記により,各項柱書に該当する趣旨を含むことは明らかであるから,各項柱書の記載がないことが,法令の適用の誤りであるとはいえない。
したがって,本件排除措置命令の法令の適用に誤りがあるとの被審人の主張はいずれも採用することができない。
(3)本件排除措置命令主文第2項において特定納入業者以外の納入業者に対する通知を命ずる部分は必要な措置といえるか
独占禁止法第20条の定める排除措置命令は,違反行為を排除し,当該違反行為によってもたらされた違法状態を除去し,競争秩序の回復を図るとともに,当該行為の再発を防止することを目的として,作為又は不作為を命じる行政処分である。そのため,違反行為そのものについて排除措置を命じ得るだけではなく,これと同種又は類似の違反行為の行われるおそれがあって,上記目的を達するために現にその必要性のある限り,これらの事実についても相当の措置を命じ得る(東京高等裁判所昭和46年7月17日判決・行集第22巻第7号1022頁参照)。
また,公正取引委員会が独占禁止法の運用機関として競争政策に専門的知見を有していることからすれば,公正取引委員会には,命ずる排除措置の内容についても,専門的な裁量が認められていると解される(東京高等裁判所平成28年5月25日判決・公取委審決集第63巻304頁〔日本エア・リキード株式会社による審決取消請求事件〕参照)。
そして,被審人は,遅くとも平成21年6月28日以降,約3年半もの長期間にわたり,多数の納入業者に対し,自己の取引上の地位が優越していることを利用して,組織的かつ計画的に一体のものとして本件違反行為を行っていたものであり,これらの行為の相手方を特定の納入業者に限定していた様子はうかがえない。また,本件排除措置命令の効力が生じた時点においても被審人が総合ディスカウント業者として有力な地位にあり(前記1⑶ア),本件違反行為の相手方である納入業者以外の納入業者との関係でも優越的地位にある可能性が十分にあったことからすれば,それらの納入業者に対しても本件違反行為と同種又は類似の違反行為の行われるおそれがあると認められる。
したがって,被審人による将来の違反行為を防止するためには,本件違反行為の相手方である納入業者だけではなく,被審人と取引関係にある全ての納入業者に対して,本件排除措置命令の主文第1項に基づいて採った措置の通知を命じることが,必要かつ相当であると認められる。これに加えて,被審人の事業規模等からすれば,本件違反行為の相手方である納入業者に対する通知文と同旨の文書を,それ以外の納入業者にも送付することによる被審人の負担も大きいとはいえないことに鑑みれば,本件排除措置命令の主文第1項に基づいて採った措置の通知を命じることについて,公正取引委員会が上記の裁量権の範囲を逸脱又は濫用したとは認められず,また,不相当なものとは認められない。
なお,本件違反行為の相手方は,特定納入業者である78社のうち対象納入業者である69社になると認められるところ,このことによっても,対象納入業者以外の納入業者に対して措置の通知を命ずることが相当であることに変わりはない。
3 争点3(本件課徴金納付命令の適法性)
(1)本件課徴金納付命令における理由の記載に不備はないか
独占禁止法第50条第1項が,課徴金納付命令書に,「納付すべき課徴金の額及びその計算の基礎,課徴金に係る違反行為」を記載しなければならないとしているのは,課徴金納付命令が,その名宛人に対して当該命令に従った課徴金の納付義務という不利益を課すものであることに鑑み,公正取引委員会の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに,課徴金納付命令の理由を名宛人に知らせて不服の申立てに便宜を与えるためのものと解される。
このような課徴金納付命令の性質及び課徴金納付命令書に上記の記載が必要とされる趣旨・目的に鑑みれば,課徴金納付命令書に記載すべき事項である納付すべき課徴金の額及びその計算の基礎,課徴金に係る違反行為を,名宛人においてその記載自体から了知し得るものでなければならない。
これを本件についてみると,本件課徴金納付命令書には,本件排除措置命令書を引用する形式で,「課徴金に係る違反行為」として,本件違反行為が独占禁止法第19条の規定に違反するものであるとともに,同法第20条の6にいう「継続してするもの」である旨が記載され,引用する本件排除措置命令書における違反行為の記載内容は,前記2⑴のとおりであり,別表には,被審人と78社との間における個々の購入額について記載されている。
したがって,被審人は,本件課徴金納付命令において,被審人のいかなる行為が「課徴金に係る違反行為」との評価を受け,いずれの取引の相手方からの購入額を課徴金の計算の基礎として,課徴金の納付を命じられたのかを了知し得るものであったといえる。
しかも,本件において,前記2⑴のとおり,公正取引委員会は,被審人に対し,事前説明の際,金銭の提供に係る行為の対象となった本件排除措置命令書の「理由」第1の2⑵ア及びイ記載の「特定納入業者」66社及び48社が記載された資料を提示した上で説明をしたのであるから,被審人は,本件課徴金納付命令に先立ち,事前説明において金銭の提供に係る各行為の相手方及びそれぞれからの購入額を認識したのであり,本件課徴金納付命令書の謄本送達時には,これらを当然に知り得る状態にあったといえる。
したがって,本件課徴金納付命令には,理由の記載に不備があったとはいえない。
(2)本件課徴金納付命令の課徴金の計算の基礎に誤りはないか
ア 独占禁止法第20条の6は,優越的地位の濫用に係る課徴金について,事業者が,同法第19条の規定に違反する行為(同法第2条第9項第5号に該当するものであって,継続してするものに限る。)をしたときは,公正取引員会は,当該事業者に対し,当該行為をした日から当該行為がなくなる日までの期間(当該期間が3年を超えるときは,当該行為がなくなる日からさかのぼって3年間とする。)における,当該行為の相手方との間における政令で定める方法により算定した売上額(当該行為が商品又は役務の供給を受ける相手方に対するものである場合は当該行為の相手方との間における政令で定める方法により算定した購入額とし,当該行為の相手方が複数ある場合は当該行為のそれぞれの相手方との間における政令で定める方法により算定した売上額又は購入額の合計額とする。)に100分の1を乗じて得た額に相当する額の課徴金を国庫に納付することを命じなければならない旨規定する。
そして,被審人の特定納入業者に対する本件違反行為(本件各行為)は,前記1⑹イのとおり,自社の利益を確保することなどを目的として,組織的かつ計画的に一連のものとして行われたものであるから,行為者の優越的地位の濫用として一体として評価することができる場合に該当する。
イ そうすると,本件違反行為が独占禁止法上1個の優越的地位の濫用として規制される以上,本件違反行為は一体として「第19条の規定に違反する行為」(独占禁止法第20条の6)に該当するのであるから,「継続するもの」に該当するか否か,「当該行為をした日から当該行為がなくなる日までの期間」,及び「購入額」については,本件違反行為が独占禁止法上1個の優越的地位の濫用であることを前提として,以下のとおり認定することとなる。
(ア)被審人による対象納入業者に対する本件違反行為を一体としてみれば,改正法が施行された平成22年1月1日の前後を通じて「継続してするもの」(独占禁止法第20条の6)に該当することは明らかである。
(イ)優越的地位の濫用に係る課徴金算定の基礎となる購入額を認定する前提となる違反行為期間については,不利益行為(独占禁止法第2条第9項第5号イないしハに該当する行為)が最初に行われた日を独占禁止法第20条の6にいう「当該行為をした日」とし,不利益行為がなくなったと認められる日を同条にいう「当該行為がなくなる日」と解するのが相当である。
本件で「当該行為をした日」は,有家店(別紙3番号1)における平成21年6月28日の開店前準備作業のための従業員等派遣であると認められる(査126〔「通し番号」欄25〕)。
次に,証拠によれば,被審人は,平成24年12月5日の立入検査を受けて,同月6日,商品部のバイヤー及び本社の課長級以上の者に対し,被審人の代表取締役から,「今後,公正取引委員会に疑念を持たれるような行為が発生しないよう対策を講じること」等を説明し,同月17日,本件違反行為に関して,独占禁止法違反の疑いのある行為を取りやめている旨や,独占禁止法に違反する疑いのある行為がないように社内に周知徹底した旨を記載した文書を,対象納入業者を含む各取引先に電子メールで送信し,通知した(査599,査600)ことが認められ,同日以降,本件違反行為を行ったとは認められない。
したがって,「当該行為がなくなる日」は,平成24年12月16日である。
以上のとおり,本件違反行為期間は平成21年6月28日から平成24年12月16日までであるが,その期間が3年を超えるため,独占禁止法20条の6の規定により,本件違反行為の終期から遡って3年となる平成21年12月17日から起算することとなる。
(ウ)そして,独占禁止法第20条の6が適用されるのは,改正法の施行日以後に係るものであるから(改正法附則第5条),課徴金の算定の基礎となる購入額は,平成22年1月1日から平成24年12月16日までの期間における対象納入業者である69社からの購入額(別紙2の対象納入業者からの購入額)を合計した1192億2187万2931円となる。
ウ 被審人の主張について
(ア)被審人は,違反行為は,相手方ごと,行為類型ごとに個別に認定するべきであるとして,違反行為期間についても,相手方ごと,行為類型ごとに個別に認定するべきであると主張するほか,本件火災関連金の提供は「継続してするもの」(独占禁止法第20条の6)に該当しないと主張する。
しかし,本件違反行為が被審人による優越的地位の濫用として一体として評価でき,独占禁止法上1個の優越的地位の濫用として規制するべきことは前記アで説示したとおりであり,被審人の主張は,これと異なる理解を前提とするものであるから,採用することはできない。
(イ)また,被審人は,《納入業者(47)》の《略》部門について,同部門からの灯油の購入は,本件違反行為と無関係な取引であり被審人に経済的利得はなく,「当該行為の相手方」(独占禁止法第20条の6)には該当しないとして,その取引額は課徴金の計算の基礎から除外されるべきであると主張する。
しかし,「当該行為の相手方」は,法人である《納入業者(47)》であって,法人内の部門ごとと解する余地はない。また,課徴金の計算の基礎となる「購入額」(独占禁止法第20条の6)は,違反行為期間において,当該行為の相手方から引渡しを受けた商品の対価の額の合計(独占禁止法施行令第30条第2項)であって,当該行為の対象となった取引であるか否かを問わないから,違反行為期間内に本件違反行為と無関係の取引があったからといってこれを除外するべきではなく,被審人の主張は採用することはできない。
(3)本件課徴金納付命令の法令の適用に誤りはないか
本件課徴金納付命令書の「3 課徴金に係る違反行為」における,本件違反行為が「独占禁止法第2条第9項第5号ロに該当」するという表記によって,当該行為が同項柱書の「不公正な取引方法」に該当することは明らかであるから,同項柱書の記載がないことが,法令の適用の誤りであるとはいえない。
したがって,本件課徴金納付命令の法令の適用に誤りがあるとの被審人の主張はいずれも採用することができない。
4 結論
(1)本件排除措置命令について
ア 被審人は,前記1のとおり,自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して,継続して取引する相手方に対して,自己のために金銭又は役務を提供させていたものであり,この行為は,独占禁止法第2条第9項第5号ロ(改正法の施行日である平成22年1月1日前においては旧一般指定第14項第2号)に該当し,独占禁止法第19条の規定に違反するものと認められる。
また,被審人は,平成24年12月17日以降,本件違反行為を行っていないが,本件違反行為が長期間にわたって行われていたこと等の諸事情を総合的に勘案すれば,被審人については,特に排除措置を命ずる必要がある(独占禁止法第20条第2項,第7条第2項)と認められる。
よって,被審人に対して本件違反行為が排除されたことを確保するために必要な措置を命ずることは相当である。
イ 他方で,前記1のとおり,本件違反行為の相手方は対象納入業者である69社と認められるから,本件排除措置命令の内容を,特定納入業者である78社のうち,対象納入業者に対する行為に係る措置に変更するのが相当である。
よって,本件排除措置命令の全部取消しを求める被審人の審判請求は,本件排除措置命令の内容を,対象納入業者に対する本件違反行為に係る取締役会決議等を命ずる内容に変更する限度で認容するのが相当である。
(2)本件課徴金納付命令について
ア 被審人は,前記⑴のとおり,独占禁止法第19条の規定に違反する行為(同法第2条第9項第5号に該当するもの)を行ったものであり,前記3⑵イ(ア)のとおり,この行為は「継続してするもの」(同法第20条の6)に該当するものである。
イ また,前記3⑵イ(ウ)のとおり,課徴金の算定の基礎となる平成22年1月1日から平成24年12月16日までの被審人の対象納入業者である69社からの購入額を独占禁止法施行令第30条第2項の規定に基づき算定した金額は,1192億2187万2931円である。
ウ したがって,被審人が国庫に納付しなければならない課徴金の額は,独占禁止法第20条の6の規定により,前記イの1192億2187万2931円に100分の1を乗じて得た額から,同法第20条の7において準用する同法第7条の2第23項の規定により1万円未満の端数を切り捨てて算出された,11億9221万円となる。
エ よって,本件課徴金納付命令のうち11億9221万円を超えて課徴金の納付を命じた部分は,取り消されるべきこととなる。
第7 法令の適用
以上によれば,被審人の本件審判請求は,本件排除措置命令について,特定納入業者に対する行為に係る措置を対象納入業者に対する行為に係る措置に変更を求める限度で理由があり,また,本件課徴金納付命令について,11億9221万円を超えて納付を命ずる部分の取消しを求める限度で理由があり,その余はいずれも理由がない。
よって,独占禁止法第66条第3項及び第2項の規定により,主文のとおり審決することが適当である。

令和元年12月5日

公正取引委員会事務総局

        審判官  前 田 早紀子        

審判長審判官齊藤充洋及び審判官堀内悟は転任のため署名押印できない。

        審判官  前 田 早紀子





別紙1
1 ダイレックス株式会社(以下「ダイレックス」という。)は,次の事項を,取締役会において決議しなければならない。
⑴遅くとも平成21年6月28日以降,自社と継続的な取引関係にある納入業者のうち本審決案別紙2の「対象納入業者」欄に〇が記載された者(以下「対象納入業者」という。)に対して行っていた次の行為を取りやめていることを確認すること。
ア 新規開店又は改装開店に際し,対象納入業者である69名に対し,これらを実施する店舗において,当該対象納入業者が納入する商品以外の商品を含む当該店舗の商品の移動,ダイレックスの仕入担当者が定めた棚割り(当該商品を陳列する場所及び方法をいう。以下同じ。)に基づく当該商品の陳列等の作業を開店前に行わせるため,あらかじめ当該対象納入業者との間でその従業員等の派遣の条件について合意することなく,かつ,派遣のために通常必要な費用を自社が負担することなく,当該対象納入業者の従業員等を派遣させていた行為
イ(ア)閉店(改装開店を実施するための閉店も含む。)の際に実施するセール(以下「閉店セール」という。)に際し,対象納入業者のうち58名に対し,閉店セールの「協賛金」等の名目で,あらかじめ算出根拠,使途等について明確に説明することなく,当該対象納入業者が販売促進効果を得ることができないにもかかわらず,当該対象納入業者が納入した商品であって,ダイレックスが定めた割引率で販売した商品の割引額に相当する額の一部又は全部の金銭を提供させていた行為
(イ)平成23年5月4日に発生したダイレックス朝倉店の火災に際し,当該火災により滅失又は毀損した商品(以下「火災滅失毀損商品」という。)を納入した対象納入業者のうち43名に対し,火災滅失毀損商品を販売できないことによるダイレックスの損失を補填するため,火災滅失毀損商品の納入価格に相当する額の一部又は全部の金銭を提供させていた行為
⑵今後,前記⑴の行為と同様の行為を行わないこと。
2ダイレックスは,前項に基づいて採った措置を,納入業者に通知し,かつ,自社の従業員に周知徹底しなければならない。これらの通知及び周知徹底の方法については,あらかじめ,公正取引委員会の承認を受けなければならない。
3 ダイレックスは,今後,第1項⑴の行為と同様の行為を行ってはならない。
4 ダイレックスは,次の事項を行うために必要な措置を講じなければならない。この措置の内容については,前項で命じた措置が遵守されるために十分なものでなければならず,かつ,あらかじめ,公正取引委員会の承認を受けなければならない。
⑴納入業者との取引に関する独占禁止法の遵守についての行動指針の改定
⑵納入業者との取引に関する独占禁止法の遵守についての,役員及び従業員に対する定期的な研修並びに法務担当者による定期的な監査
5⑴ダイレックスは,第1項,第2項及び前項に基づいて採った措置を速やかに公正取引委員会に報告しなければならない。
⑵ダイレックスは,前項⑵に基づいて講じた措置の実施内容を,今後3年間,毎年,公正取引委員会に報告しなければならない。
以上

















































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