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独禁法8条3号
東京地方裁判所民事第8部
平成30年(行ウ)第256号
令和2年3月26日
横浜市中区北仲通三丁目33番地
原告 公益社団法人神奈川県LPガス協会
同代表者代表理事 《X4》
同訴訟代理人弁護士 二川裕之
同 遠藤政尚
東京都千代田区霞が関1丁目1番1号
被告 公正取引委員会
同代表者委員長 杉本 和行
同指定代理人 南 雅晴
同 三好 一生
同 原 一弘
同 山本 浩平
同 藤田 千陽
同 平塚 理慧
同 吉兼 彰彦
同 高野 雄二
同 渡邉 亮輔
同 牧内 佑樹
同 石川 雅弘
同 西村 修
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告が平成30年3月9日付けで原告に対してした排除措置命令(平成30年(措)第8号)を取り消す。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
(1) 被告は,平成30年3月9日,原告に対し,原告が,平成26年11月以降,既に他の販売事業者から液化石油ガス(以下「LPガス」という。)の供給を受けている一般消費者等に,供給元を自社に切り替えることを目的とした勧誘等の営業活動(以下「切替営業」という。)を行った販売事業者の入会申込みを否決しており,もって当該入会希望者が損害賠償責任保険に加入することができなくなることにより,原告が神奈川県内のLPガス販売事業に係る事業分野における現在又は将来の事業者の数を制限しており,これが私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)8条3号に該当し,同条に違反するとして,当該否決行為をしないことなどを命ずる排除措置命令(平成30年(措)第8号)をした。
(2) 本件は,原告が,被告の事実認定及び法令の解釈,適用に誤りがあるとして,上記命令の取消しを求める事案である。
2 前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲の証拠(特に断らない限り,枝番を含む。以下に同じ。)及び弁論の全趣旨によって容易に認めることができる。
(1) 原告
原告は,LPガスによる災害の防止,取引の適正化による消費者利益の保護などを図ると同時に,神奈川県内のLPガス業界の健全な発展を図ることにより,広く社会公共の福祉の増進に寄与することを目的とする公益社団法人である。原告は,上記の目的を達成するための公益目的事業として,定款で,LPガスに関する保安の推進,関係官公庁や消費者団体との連携等を定めている。(甲36,乙1~3)
原告は,神奈川県内のLPガスの小売販売,卸売販売及びスタンドの事業を行う個人,法人又は団体であって,原告に入会した者を正会員とし,正会員をもって,一般社団法人及び一般財団法人に関する法律における社員としている(定款10条)。原告への入会は,事業者が設置する販売所単位で行われており,平成29年3月末時点における原告の正会員は772販売所,事業者数にして614名であった。原告は,正会員で構成される総会(定款17条)と,総会において選任される理事により構成される理事会を置いている(定款28条,36条)。原告の定款は,正会員の入会について,総会において定める入会及び退会規程(「公益社団法人神奈川県LPガス協会入会及び退会規程」。以下「本件入退会規程」という。)に基づき,理事会においてその可否を決定する旨を定めている(11条2項,18条,1項5号)。(甲36,乙3~6,8)
(2)株式会社《A》
株式会社《A》(以下「《A》」という。)は,平成25年10月に設立されたプロパンガスの販売及び販売店の紹介,斡旋等を行うことを目的とする株式会社であり,神奈川県内に販売所を設置するLPガス販売事業者(液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律2条3項に定める「液化石油ガス販売事業」を行う事業者。以下では,同法を「LPガス法」といい,同事業者を「LPガス販売事業者」という。)である。そして,《A》の大株主は《B》株式会社である。(甲6,25,乙29,30,126,127)
(3)LPガス販売事業を行うための要件
LPガス販売事業者は,2つ以上の都道府県において販売所を設置する場合には経済産業省大臣の登録を受けなければならず,1つの都道府県の区域内にのみ販売所を設置してその事業を行おうとする場合は当該販売所の所在地を管轄する都道府県知事の登録を受けなければならない(LPガス法3条1項)。そして,LPガス販売事業を行おうとする者が上記の登録を受けるためには,液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律施行規則6条が定める損害賠償責任保険契約(以下「LPガス保険」という。)を損害保険会社と締結しなければならない(LPガス法4条1項5号,3条2項5号)。一旦登録を受けたLPガス販売事業者について,LPガス保険が失効した場合など,同保険に加入しない状態に至った場合には,当該登録が取り消される可能性がある(LPガス法26条1号)。
(4) LPガス保険
本件当時,LPガス保険には,①被保険者であるLPガス販売事業者が保険契約者となって直接保険会社と契約を締結するもの(以下「個別保険」という。),②一般社団法人全国エルピーガス協会(以下「全国LPガス協会」という。)を保険契約者とし,個別のLPガス販売事業者を被保険者としてLPガス保険を締結するもの(以下「協会団体保険」という。),③全国農業協同組合連合会を保険契約者とし,個別のLPガス販売事業者を被保険者とするもの(以下「全農団体保険」という。)の3つがあった(乙11~15)。
上記②については,協会団体保険の加入資格を有する者は,全国LPガス協会の会員である都道府県に所在するLPガス協会その他の協会(以下,単に「都道府県LPガス協会」という。)又は都道府県LPガス協会に所属するLPガス販売事業者等であった。そして,複数の販売所を有するLPガス販売事業者は,本社所在地において都道府県LPガス協会の会員である揚合,設置する販売所が本社と同一の都道府県に所在するかや,都道府県LPガス協会の会員であるか否かにかかわらず,本社において一括して協会団体保険に加入すること(以下「本社一括方式」という。)が可能とされていた。本件当時,神奈川県内の全国LPガス協会の会員である都道府県LPガス協会は,原告のみであった。(乙11,12)
また,上記③については,加入資格を有する者は,全国農業協同組合連合会等の農業協同組合及びこれらの関連会社並びにこれらの者等からLPガス販売事業の移管を受けた事業者であった(乙13~15)。
(5) 原告の入会基準
本件入退会規程2条2項は,正会員の入会の基準について,以下のとおり定めている。(乙4(27頁~),8)
1号 次に掲げる者であること
① LPガスの小売販売の事業を行う者(LPガス法第3条の規定による事業の登録を受けている販売事業者(LPガス販売事業者のことである。))
(以下省略)
2号 原告の定款及び諸規程を遵守し,原告の事業・活動に誠意をもって積極的に協力・参加する意思をもち誓約すること
3号 LPガス法をはじめ法令を遵守しつつ健全な経営又は運営を行っていること
4号 不公正な競争を行うなどのLPガス業界秩序を混乱させる行為を行っていないこと,又はそれらの行為を中止してから相当の期間が経過していること(以下,本号の基準を「本件入会基準」という。)
5号 脱税などの社会的信用を失墜させる行為を行っていないこと,又はそれらの行為を行ってから相当の期間が経過していること
6号 LPガス消費者戸数などの必要事項を適正に報告すること
(6) 《A》の入会申込みと原告の理事会による否決
《A》は,平成26年10月から平成28年10月までの間に,原告に対し,入会の申込みを5回行った(乙36,42,51,60,69)。
原告の理事会は,上記の《A》による入会申込みに対し,以下の5回の理事会において,本件入会基準に抵触することなどを理由に,《A》の入会申請を否決した(以下,これらの5回の理事会における否決を併せて「本件否決」という。)。
ア 平成26年11月18日開催の同年度第3回理事会(甲1の1,乙38,39)
イ 平成27年7月16日開催の同年度第2回理事会(甲1の2,乙44,45)
ウ 平成27年11月18日開催の同年度第3回理事会(甲1の3, 乙53,54)
エ 平成28年4月28日開催の同年度第1回理事会(甲1の4,乙62,63)
オ 平成28年11月18日開催の同年度第3回理事会(甲1の5,乙71,72)
(7) 排除措置命令
被告は,原告に対し,平成30年1月31日,意見聴取を行った上で,同年3月9日,原告が,遅くとも平成26年11月以降,入会希望者の入会の可否を決定する理事会において,切替営業を行う入会希望者の入会申込みについて否決した(本件否決)として,同否決行為を取りやめなければならないことなどを命ずる別紙「排除措置命令主文」記載のとおりの排除措置命令(平成30年(措)第8号。以下「本件排除措置命令」という。)をした(甲2,5,32,乙131,132)。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 原告が,神奈川県内のLPガス販売事業の分野における「現在又は将来の事業者の数を制限」したといえるか(争点1)
(被告の主張)
ア 独禁法8条3号は,事業者団体が一定の事業分野における現在又は将来の事業者の数を制限することを禁止している。そして,事業者団体の会員でなければ参入し事業活動を行うこと(以下「参入等」という。)が不可能又は著しく困難であるという状況にまで至らなくても,個別具体的な事情に照らし,当該事業者団体の会員でなければ参入等することが一般に困難な状況があれば,その状況下における入会制限行為は,当該事業分野に新たに事業者が参入等することを阻止し,又は既存の事業者を排除することになるから,独禁法8条3号の「事業者の数の制限」に該当する。
イ 本件当時に存在したLPガス保険の加入形式は,個別保険,協会団体保険,全農団体保険の3つであるところ,全農団体保険の加入資格を満たすものは僅かである。本件否決の当時,国内の損害保険会社で個別保険を引き受けているのは7社のみであり,それらは原則として個別保険を引き受けないこととしていたか,顧客からの紹介を受けるなどの事情がない限り個別保険を引き受けないこととしていた。よって,LPガス販売事業者が個別保険に加入することは難しい状況にあった。
また,神奈川県内のLPガス販売事業者のほとんどは,神奈川県のみに販売所を置いており,他の都道府県に本社を有さないため,その販売所について,本社一括方式により協会団体保険に加入することができなかった。
したがって,原告に入会して協会団体保険に加入することなく同県内のLPガス販売事業に参入等することは,一般に困難な状況にあった。
ウ そうすると,原告は,原告に入会することなく神奈川県内のLPガス販売事業者に参入すること等が一般に困難な状況において,切替営業を行う入会希望者の入会申込みについて否決し(本件否決),もって当該入会希望者が協会団体保険に加入することができなくなることにより,神奈川県内のLPガス販売事業に係る事業分野における現在又は将来の事業者の数を制限したといえる。
(原告の主張)
ア 事業者団体の入会制限行為が,独禁法8条3号にいう「一定の事業分野における現在又は将来の事業者の数を制限」していると評価されるには,当該事業者団体への加入が事業活動にとって必須であり,当該事業団体による入会制限行為が事業者を一定の事業分野から排除する効果を有しなければならない。
しかし,LPガス法上,LPガス保険に協会団体保険の形式で加入することは,LPガス販売事業者の登録の要件ではなく,LPガス販売事業に参入等しようとする者は,個別保険又は全農団体保険の形式によりLPガス保険に加入することも可能であった。そして,LPガス販売事業者の個別保険を引き受けている保険会社が存在し,神奈川県内において,平成29年3月末時点で53の販売所が原告に入会することなくLPガス販売事業を行っており,本件当時,経済産業省から損害保険会社に対して個別保険の引受けについて要請が行われたことにより,個別保険への加入は形骸化し,《A》も実際に個別保険に加入することができていたといった事情によれば,本件当時において,個別保険への加入が困難であったとはいえない。
したがって,本件当時,原告に入会し,協会団体保険に加入することは,神奈川県内のLPガス販売事業に参入等するために必須ではなかったから,原告が本件否決を行ったことをもって,原告が神奈川県内でLPガス販売事業者の数を制限していたとはいえない。
イ 仮に,個別保険に加入することが困難であったとしても,本件において,LPガス販売事業者の新規参入等が困難である直接の原因は,損害保険会社による個別保険の引受拒否行為であるから,原告が「事業者の数を制限」したとはいえない。
ウ また,独禁法8条は,事業者団体に一定の行為の禁止を定める命令規範であるから,事業者団体の行為が同条に違反するというためには,当該事業者団体に,その行為が「事業者の数を制限する」ことの認識があることが必要である。本件否決を行った原告の理事らには,個別保険に加入することが困難であることの認識はなく,原告への入会を制限する行為が,新規参入を制限することについての認識もなかった。
(2) 本件否決に正当な理由があり,独禁法8条3号に該当しないか(争点2)
(原告の主張)
入会制限行為が「現在又は将来の事業者の数を制限」したといえるためには,同行為が不当に行われたことを要する。本件否決は,《A》が,切替営業を行っていること自体を問題視したものではなく,消費者利益の保護を目的とし,特定商取引に関する法律(以下「特商法」という。)に抵触するような違法又は不当な訪問販売・勧誘を行う事業者を排除することを目的に行ったものである。したがって,本件否決には正当な理由があり,何ら不当に行われたものではないから,独禁法8条3号に該当せず,同条に違反しない。
(被告の主張)
ア 独禁法8条3号は「一定の事業分野における現在又は将来の事業者の数を制限」することを事業者団体による競争を損なう典型行為として定めたものであり,行為が「不当に」行われたことを要件として定めていないから,当該行為が「不当に」行われたことについての検討を要するものではない。
イ 仮に,正当な理由がある場合には独禁法8条3号の「事業者の数を制限すること」に当たらないと解するとしても,同法の趣旨からすれば,この場合の「正当な理由」とは,専ら公正な競争秩序維持の見地からみるべきであり,事業経営上又は取引上の観点等からみて合理的ないし必要性があるにすぎない場合には認められないし,目的が正当で是認することができる場合のほかに,内容,手段も合理性,相当性を有することが必要である。
本件否決は,《A》の勧誘方法に消費者保護関連法規に抵触していたことを理由として行われたものではなく,むしろ,《A》が切替営業を行っていたことに着目して行われたものである。そして,《A》の切替営業が消費者保護関連法規に抵触していたと認めるに足りる合理的根拠もないことなどから,本件否決が消費者保護目的で行われたとはいえない。
(3) 本件排除措置命令における裁量権の濫用又は逸脱の有無(争点3)
(原告の主張)
本件排除措置命令については,以下の点で,被告に裁量権の濫用又は逸脱がある。
ア 本件排除措置命令は,原告に対し,その目的に賛同しない事業者や,真に入会する意思のない事業者であっても入会させることを命じるものであるから,原告の結社の自由を侵害し,原告の会員の営業遂行の自由を侵害するにもかかわらず,これを考慮することなく行われた。
イ 本件排除措置命令は,LPガス販売事業者の参入等が困難である直接の原因は,損害保険会社による個別保険の締結拒否行為にあるにもかかわらず,保険会社には処分を行わず,また個別保険に加入することが困難な状況は他の都道府県LPガス協会においても生じ得るにもかかわらず原告のみに処分を行う点において,比例原則若しくは平等原則に反し,又は考慮不尽がある。
ウ 本件では,原告の理事らに対する聴取の際に,被告の審査官の原告の理事らに対する威迫や強要があり,原告の理事らが,切替営業の意味内容について,違法または不当な勧誘方法により行われるものをいう旨の説明を行ったにもかかわらず,その旨を供述調書に記載せず,保険の問題であることについての言及もなかった。このように本件排除措置命令は,手続に違法があるにもかかわらず,これを看過して行われた。
エ 本件排除措置命令は,既に違反行為が解消済みであるにもかかわらず行われた。
(被告の主張)
原告の主張は,否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
前記前提事実に加え,後掲証拠(枝番を含む)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
(1) LPガス保険の引受状況
ア 本件における神奈川県内のLPガス販売事業者の数及び協会団体保険への加入状況等については,まず,平成29年3月末時点において,神奈川県内に販売所を設けるLPガス販売事業者は647事業者であり,このうち,原告に正会員として加入している事業者は,614事業者(647事業者の約94.9%),721販売所であった(同時点の原告の正会員総数は772である。)。また,神奈川県の区域内のみに販売所を設けてLPガス販売事業を行っている事業者は595事業者であり,このうちの569事業者(595事業者の約95.6%)が原告の正会員となっている。さらに,原告に入会しているLPガス販売事業者のうちの588事業者(614事業者の約95,8%)は,その神奈川県内に設置する販売所全てについて協会団体保険に加入していた。(乙5,6,150)
イ 次に,全農団体保険への加入状況については,平成29年3月末時点で,神奈川県内において全農団体保険に加入しているLPガス販売事業者は,12事業者(15販売所)であった(乙15)。
ウ さらに,本件における個別保険の引受状況については,本件排除措置命令において違反行為とされた本件否決の開始時期である平成26年11月から同命令(平成30年3月9日)までの間(以下「本件期間」という。)における国内の損害保険会社の数は54社であり,このうち,保険業法上,取り扱うことができる保険に個別保険が含まれていた損害保険会社の数は,12社であった。この12社の中で,実際に個別保険を引き受けることができる体制にあった損害保険会社は7社(乙16の別紙1の2(1)の表における番号1~7)であった(乙16,17,151,180~229)。
もっとも,上記7社のうち,《C》株式会社(以下「《C》」という。),《D》株式会社(以下「《D》」という。),《E》株式会社(以下「《E》」という。),《F》株式会社(以下「《F》」という。),《G》株式会社の合計5社は,社内のマニュアル等において,原則として協会団体保険として引き受け,個別保険の引受けは行わない旨を定めていた(乙18~25,152~175)。また,残りの2社である《H》株式会社及び《I》株式会社は,同様の社内マニュアル等は設けていなかったが,他社に引受けを断られたLPガス販売事業者であるおそれがあることなどから,紹介を受けたなどの事情のない契約を原則引き受けることのできない契約としていた(乙26~28,176~179)。そして,これらの7社においては,例外として,本件期間以前から存在する団体契約に由来するとか,大口顧客とそのグループ会社であるとか,重要な顧客からの紹介や関係者からの依頼があったとかの特別な事情がない限り個別保険を引き受けない方針を採用していた(乙153,157~159,161,162の1,163,164,167~170)。そして,結果的に個別保険を締結するに至った事業者においても,その過程において,他の損害保険会社から個別保険の引受けを断られ(乙161,178),又は個別保険に加入後に,協会団体保険への加入を勧められた例(乙162)が存在した。
(2) 《A》の代表取締役《A1》,取締役《A2》は,従前,プロパンガスの販売及び販売店の紹介,斡旋等を行うことを目的とする株式会社《J》の代表取締役,取締役に就任しており,同社は,平成20年から平成26年7月頃までの間,《K》株式会社との間で,顧客勧誘についての業務委託契約を締結していた。《K》株式会社は,平成11年頃から,神奈川県内において積極的に切替営業を行っていた事業者であり,株式会社《J》も,《K》株式会社のために積極的な切替営業を行う事業者として認識されていた(甲64,乙30,31,119,証人《X1》)。
また,《A》自身も,平成25年10月に設立された後,平成26年8月から同年9月までの間,大株主である《B》株式会社の関連会社である《L》株式会社との間で顧客勧誘についての業務委託契約を締結し,切替営業を行っていたほか,同年10月以降は,LPガスを仕入れて自らLPガス販売事業者として,積極的に切替営業を行った(前提事実(2),乙30,127)。
(3) 本件否決の経緯
ア 原告は,LPガス販売事業者の登録を受けていることを入会の条件として定めているところ(本件入退会規程2条2項1号①),原告への入会を希望する者に対し,協会団体保険の保険期間の満期である10月1日までの間,原告への入会に先立ち,暫定的に協会団体保険に加入することを認めていた。そのため,《A》は,平成26年4月に,この暫定的な協会団体保険に加入した。(前提事実(5),乙30,32)
その後,《A》は,入会が審議される予定の理事会(本件否決をした最初の理事会である平成26年11月18日開催の同年度第3回理事会)が,上記保険の満期である平成26年10月よりも後になり,同月時点で原告の会員でなければ上記保険が更新されないことを知った。そこで,《A》は,無保険状態になることを回避するため,かねてから取引のある保険代理店を介して,《F》に対し,原告に入会し,協会団体保険に加入するまでの間,個別保険の加入ができるかを相談したが,同社から,団体保険があるため,個別保険の引受けは行わない旨の回答を受けた(乙30,230)。また,《A》は,それまで取引はなかった保険代理店(《C》,《D》,《E》,《F》,《H》株式会社等の保険代理店)にも問い合わせたところ,同代理店は,保険会社に照会を行ったが,引受可能と回答する保険会社はなかった(乙30,231)。そこで,《A》が,複数の保険会社に自身で直接問い合わせを行ったところ,《C》のみが,原告に入会し,協会団体保険に加入するまでの間の契約であることを前提として個別保険の引受けに応じる旨回答したため,《A》と《C》は,平成26年10月14日,個別保険の契約を締結した(乙30,33,48,129,232,234,235)。
イ 原告の理事会は,平成26年11月18日に開催された理事会において,《A》による1回目の入会申込みについて,本件入会基準を理由に,出席理事の全員一致により否決した(前提事実(6),甲1の1,39,乙36~40,証人《X1》)。
《A》の代表取締役である《A1》は,上記同月頃,当時の原告の会長であった《X1》を訪ね,《A》は,原告の会員でなければ加入,できない協会団体保険に加入するために,原告への入会を希望しているが,原告への入会申込みが否決され,困っている旨を告げた。《X1》は,《A》が切替営業をしているから入会することができないのであり,切替営業を数か月やめてはどうかと述べた。(乙30,41,証人《X1》)
ウ 原告の理事会は,平成27年7月16日に開催された理事会において,《A》による2回目の入会申込みについて,本件入会基準を理由に,出席理事の全員一致により否決した(前提事実(6),甲1の2,39,乙42~46)。
《A》は,上記決議の後,《C》に対し,原告に未だに入会できていないこと,その理由が不明であることを告げて,同年10月以降の更新を求めた。《C》の担当者は,個別保険の引受けについて経済産業省から指導があったことをも考慮して,《A》に対し,今後原告に入会すること,入会後は団体保険に加入することを前提として,同月以降1年間更新を認めるが,原告に入会することができない理由が明らかでなければ,平成28年10月以降の更新は難しい旨を告げた。その後,《A》と《C》の前記保険契約は同月に更新された。(乙48~50,129,232,233)
エ 原告の理事会は,平成27年11月18日に開催された理事会において,《A》による3回目の入会申込みについて,本件入会基準を理由に,出席理事の全員の一致により否決した(前提事実(6),甲1の3,38,乙51~55,143)。
《A》は,同年12月18日付けで,原告に対し,入会を否決した根拠,協会団体保険に加入することなくLPガス保険を引き受ける保険会社の存否等を問い合わせるとともに,協会団体保険に加入することができない限り,LPガス販売事業を営むことができない構造が存在する旨,入会を正当な理由なく拒否することは,独占禁止法8条1号又は同条3号に該当する可能性がある旨を通知した(乙56)。これに対し,原告は,強引な切替勧誘が行われているとの報告を受けていること,お客様相談所にも,勧誘がしつこく,迷惑を被っている旨の相談が寄せられていることを踏まえ,本件入会基準に抵触することを理由に否決した旨,会員の中にも,協会団体保険以外の保険に加入する者がいる旨を回答した(乙57)。
オ 原告の理事会は,平成28年4月28日に開催された理事会において,《A》による4回目の入会申込みについて,本件入会基準を理由に,出席理事の全員一致により否決した(前提事実(6),甲1の4,38,乙60~64,143)。
《A》は,同年8月頃,《C》に対し,同年10月以降の個別保険の更新を求めたが,《C》は,同年8月末か9月頃,《A》に対し,《A》が原告に入会することができていないことを理由に,同更新を断る旨の返答を行った。《A》が代理人弁護士を通じて交渉をした結果,《C》は,同更新に応じたが,《A》に対し,原告への入会申込みを継続し,協会団体保険に加入することを要求した。(乙65~68,129)
《A》は,平成29年10月以降の《C》との個別保険が更新されない可能性があることから,大株主である《B》株式会社を介して,《E》の大口顧客の《L》株式会社の関連会社として,同月,代理店を通じて《E》の個別保険に加入した(乙127~129)。
カ 原告は,平成28年10月18日,被告による立入調査を受け た。
その後,原告の理事会は,同年11月18日に開催された理事会において,《A》による5回目の入会申込みについて,本件入会基準を理由に,棄権1票を除く出席理事の一致により否決した。
(甲1の5,31,38,乙69~73,143)
(4) 本件排除措置命令に至る経過
ア 被告は,前記調査を踏まえ,平成29年12月22日付けで,原告に対し,別紙「排除措置命令書(案)主文」記載の内容を主文とする本件排除措置命令書の案(以下「本件排除措置命令案」という。)を送付した(甲2,乙130)。
イ 原告の理事会は,被告の前記調査を踏まえ,平成30年1月29日開催の平成29年度臨時理事会において,次の各事項を承認する旨の係る決議を行った(甲29,乙133~135)。
(ア)切替営業を行う入会希望者の入会申込みについて否決行為をしないこと及び今後,同様の行為を行わないこと
(イ)本件入退会規程2条2項4号(本件入会基準)を削除すること
(ウ)自主行動基準に,独禁法の遵守として,以下の条項を追加すること
①会員事業者及び協会職員は独禁法の趣旨を十分に理解し高い倫理観をもって行動しなければならない。
②協会各種規程の見直しを行い,独禁法に抵触する恐れがあると認められた場合はこれを排除する。
③会員事業者及び協会職員を対象として,顧問弁護士や外部講師による独禁法に関する講習を定期的に開催し,独禁法の趣旨の理解と遵守及び意識を高めるものとする。
(エ)上記(イ)の本件入退会規程の変更を行うために臨時総会を開催すること
ウ 原告は,平成30年1月31日に,被告の意見聴取を受けた。その後,原告の総会は,同年2月21日開催の平成29年度臨時総会において,本件入退会規程2条2項4号(本件入会基準)を削除することを承認する決議を行った。(前提事実(7),甲3,4,30,乙131,132,136)
エ 被告は,平成30年3月9日,上記の原告による対応を受けて,本件排除措置命令案の一部(本件入退会規程2条2項4号(本件入会基準)の削除を求める主文案第3項及び定期的な研修を求める主文案第6項(2))を削除又は修正した上で,本件排除措置命令を行った(前提事実(7),甲2,5,32)。
2 争点1(原告が,神奈川県内のLPガス販売事業の分野における「現在又は将来の事業者の数を制限」したといえるか)について
(1) 独禁法8条3号は,事業者団体が,「一定の事業分野における現在又は将来の事業者の数を制限すること」を禁止しているが,同条1号の「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」の禁止との要件の違いや違反した場合の法定刑の相違(同法8条1号に係る89条1項2号の方が8条3号に係る90条2号の法定刑より重い。)に鑑みれば,8条3号は,同条1号よりも競争を損なう程度の低い行為を念頭においているといえ,同号が禁止するような一定の取引分野における競争の実質的制限に至らなくとも,競争政策上看過することができない影響を競争に及ぼすこととなる場合を対象としていると解するのが相当である。そして,事業者団体の行為によって事業者が実際に参入等を断念してから排除措置命令を行っても無意味であるから,事業者が参入等をすることができない事態が実際に生じなくとも,「現在又は将来の事業者の数を制限すること」に該当すると解するのが相当である。そうすると,事業者団体の構成員でなければ当該事業に参入等することが不可能又は著しく困難であるという状況にまで至らなくても,当該事業者団体に加入しなければ参入等をすることが一般に困難な状況があれば,当該入会希望者の入会を制限することが,参入等を事実上抑制する効果を有し,「現在又は将来の事業者の数を制限すること」に該当すると解するのが相当である。
この点,原告は,事業者団体の入会制限行為が独禁法8条3号に該当するには,当該事業者団体への加入が事業活動にとって必須であり,当該事業団体による入会制限行為が事業者を一定の事業分野から排除する効果を有しなければならないなどと主張するが,独自の見解であって採用することができない。
(2) そこで本件についてみるに,まず,前記前提事実((1))のとおり,原告は,神奈川県内のLPガス業界の健全な発展等を主たる目的とし,2以上の事業者が社員である社団法人であるから,事業者団体(独禁法2条2項1号)に該当する。そして,前記前提事実((1),(3))のとおり,LPガス販売事業者の登録は都道府県単位で行われること,原告が,神奈川県内のLPガス販売事業者等を正会員とするものであることなどに照らせば,本件において,原告の行為が,新たに事業者が参入等をすることによって事業者の数を制限するものであるか否かを判断すべき「一定の事業分野」の範囲は,神奈川県内のLPガス販売事業に係る事業分野であるというのが相当である。
(3)ア 次に,本件否決が,神奈川県内のLPガス販売事業において,原告に加入しなげれば参入等をすることが一般に困難な状況を生じさせたものであるかについて検討する。
イ 前記前提事実((3),(4))及び認定事実((1))によれば,LPガス販売事業を行うためには,LPガス販売事業者の登録を受けなければならず,これを受けるためには,LPガス保険を損害保険会社との間で締結し,継続しなければならない。そして,本件期間において,LPガス保険には,個別保険,協会団体保険,全農団体保険の3種が存在していた。このうち,全農団体保険の加入資格は,全国農業協同組合連合会及びその関連団体等に限定され,神奈川県内における全農団体保険の加入者はわずかに12事業者にとどまっていた。また,本件期間に損害保険会社は54社存在していたが,このうち個別保険を引き受けることができる体制にあったのは7社であり,原則として個別保険を引き受けない方針を採用し,例外として,以前からの団体契約に由来するとか,大口顧客とそのグループ会社であるとか,重要な顧客からの紹介や関係者からの依頼があったとかの特別な事情がない限り個別保険を引き受けない方針を採用しており,その結果,LPガス販売事業への新規参入を希望する者が損害保険会社に個別保険への加入を申し込んだとしても,通常,都道府県LPガス協会への入会及び協会団体保険への加入を求められ,個別保険の引受けを拒否される状態にあった。
したがって,本件期間当時,LPガス販売事業への新規参入者にとって,全農団体保険及び個別保険の契約の締結は困難であったというべきである。
ウ また,前記前提事実((4))及び認定事実((1))によれば,協会団体保険は,都道府県LPガス協会の会員であれば加入することができるところ,神奈川県内における都道府県LPガス協会は原告以外に存在しなかった。そして,神奈川県内におけるLPガス販売事業者のうち,約92.0%を占める595事業者は神奈川県内のみに販売所を設置する者であり,これらの事業者は,他の都道府県LPガス協会において本社一括方式により協会団体保険に加入することはできなかった。結局,これらのLPガス販売事業者が協会団体保険に加入するためには,原告に入会するほかに方法はなかった。
エ 以上によれば,神奈川県内においては,原告に入会しなければ,LPガス販売事業への参入等に必要不可欠なLPガス保険に加入することが一般に困難な状況にあり,本件否決は,このような状況において原告への入会を制限する行為に該当する。
(4)ア これに対し,原告は,損害保険会社が一定数の個別保険の引受けに応じていること,経済産業省から損害保険会社に対して個別保険の引受けについての要請があったこと,原告への入会が否決された《A》等の事業者が個別保険の契約を締結して事業を継続することができていることなどから,個別保険に加入することは困難ではなかったなどと主張する。
イ この点,前記認定事実((1)ウ)に加え,証拠(甲73,乙153,158,165)及び弁論の全趣旨によれば,本件期間中の平成28年には,全都道府県において《C》が54件,《D》が17件,《E》が24件の個別保険を引き受け又は更新し,その他の損害保険会社4社も一定数の個別保険を引き受け又は更新していること,平成29年3月末時点で,神奈川県の区域内のみに販売所を設けているLPガス販売事業者595のうち,原告の正会員になっていない26事業者(=595-569)は原告を介して協会団体保険に加入しておらず,さらに,原告の正会員ではあるが,協会団体保険に加入していない事業者も26(=614-588)あること,平成30年には,同年4月1日時点の原告の会員(販売所)数710から,同年10月1日時点の協会団体保険加入事業者(販売所)数652を引くと,結果として58事業者(販売所)が原告を介して協会団体保険に加入していないことが認められる。
しかし,前記認定説示のとおり,損害保険会社は,本件期間において,以前からの団体契約に由来するとか,大口顧客とそのグループ会社であるとか,重要な顧客から紹介や関係者からの依頼があったとかの特別な事情がない限り個別保険を引き受けない方針を採用していた。そして,証拠(乙153(35,36,40,41頁),158,159,160,161,162の1,163,164(7頁))及び弁論の全趣旨によれば,実際にも,本件期間中の平成27年4月から平成29年3月までの間において,神奈川県内のLPガス販売事業者のうち,《A》以外で個別保険に加入しているのは19事業者に限られており,これらの事業者は,いずれも,以前からの団体契約に由来するとか,大口顧客とそのグループ会社であるとかいったような特別な事情から例外的に個別保険の引受けをされていることが認められる。
そうすると,本件において,損害保険会社が一定数の個別保険の引受けに応じていることのみをもって,個別保険への加入が容易であるということもできない。
ウ 次に,原告は,経済産業省から損害保険会社に対して個別保険の引受けについての要請があったことを,個別保険に加入することが困難ではなかったことの理由として指摘する。
この点,前記認定事実((3)ウ)によれば,《C》の担当者は,《A》の平成28年10月の個別保険の更新に際し,経済産業省から指導があったことを考慮しているが,その指導内容は本件証拠上不明である。かえって証拠(乙237~240)及び弁論の全趣旨によれば,経済産業省や資源エネルギー庁の担当者は,損害保険会社の契約方針に関する要請を行ったことを否定ないし確認できなかったとし,《C》や《D》の担当者も,同様にそのような要請を否定ないし確認できなかったとしていることが認められる。また,《C》が,本件期間において,原則として個別保険の引受けは行わない方針を採用していたことは前記のとおりである。そうすると,本件証拠上,経済産業省から損害保険会社に対して個別保険の引受けを求めるような何らかの要請があったと推認することまではできず,この点を踏まえた原告の前記主張も,その前提を欠くといわざるを得ない。
エ さらに,原告は,入会が否決された《A》等の事業者が個別保険の契約を締結して事業を継続することができていることなどから,個別保険に加入することは困難ではなかったなどと主張する。
しかし,《A》が個別保険に加入することが困難であったことは,前記認定事実((3)ア,ウ,オ)のとおりである。
さらに,証拠(甲44,45,乙159,236)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成24年に株式会社《M》の入会申込みを,平成27年には《N》の入会申込みをそれぞれ否決したものの,両者はいずれも現在まで営業を続けていることが認められる。しかし,証拠(乙158(9丁目),236)によれば,株式会社《M》については,平成25年11月,関連会社である株式会社《O》が,従前から複数の保険の取引があった《D》との間で,LPガス保険と他の保険と併せて,他社から乗換えることを申し込んだ際に,株式会社《M》のLPガス保険についても併せて引き受けられたものであり,本件期間以前に,しかも,例外的に個別契約が締結された例であること,《N》については,平成27年11月には,本社が所在する《Y》に入会し,本社一括方式により協会団体保険に加入していることがそれぞれ認められる。
したがって,原告の理事会が入会を否決した2社が,上記のような経緯でその後も事業を継続することができていることをもって,個別保険に加入することが一般に困難でなかったとはいえない。
オ 以上によると,損害保険会社が一定数の個別保険の引受けに応じていることや,《A》が個別保険に加入することができていたことを考慮しても,原告に入会しなければ,LPガス販売事業への参入等に必要不可欠なLPガス保険に加入することが一般に困難な状況にあったとの前記判断は左右されない。
(5) また,原告は,本件において,LPガス販売事業者の参入等が困難であった直接の原因は,損害保険会社による個別保険の引受拒否行為であり,原告はこれに関与していないから,原告が「事業者の数を制限」したとはいえないなどと主張する。
しかし,事業者団体に加入しなければ事業活動を行うことが一般に困難な状況において,当該事業者団体の事業者の加入を制限した場合には,その状況が当該事業者団体によって作出されたものであるか否かを問わず,本来個々の事業者の自由な判断により行われるべき参入等が阻止され,一定の事業分野における現在又は将来の事業者の数が制限されたといい得るから,独禁法8条3号が,事業者団体に加入しなければ事業活動を行うことが困難な状況を当該事業者団体自身が作出した場合に限定するものとは解されない。本件においても,事業者団体に加入しなければ事業活動を行うことが一般に困難な状況を創出した事情の一つに,損害保険会社が個別保険の引受けをしないことがあるからといって,原告の本件否決によって参入等が阻止され,事業者の数が制限されたことに変わりはない。
よって,原告の主張は採用することができない。
(6)ア さらに,原告は,独禁法8条が事業者団体に一定の行為を禁止する命令規範であるから,事業者団体の行為が同条に違反するというためには,当該事業者団体に,その行為が「事業者の数を制限する」ことの認識があることが必要であるとし,原告の理事らにはそのような認識はなかったなどと主張する。
しかし,そもそも独禁法8条3号は,違反行為の要件として原告主張の認識の要件を明示していない。加えて,排除措置命令は,違反行為を排除し,当該行為によってもたらされた違法状態を除去し,競争秩序の回復を図るとともに,当該行為の再発を防止することを目的として,作為不作為を命ずる行政処分であり,違反行為者の責任に応じた制裁として科されるものではないから,客観的に違反行為の存在が認められれば,事業者の故意過失や独禁法違反の認識の有無を問うことなく発することができるものであると解される。
そうすると,本件排除措置命令の違法を主張する上で,本件否決が「事業者の数を制限する」ことになるために原告の理事らの認識が必要であるとする原告の主張は,独自の見解といわざるを得ず,採用することができない。
イ もっとも,事案に鑑み,原告の理事らの認識についても一応検討するに,前記認定事実((3)イ,エ)に加え,証拠(乙41,44(5頁),56,62(別紙1頁),証人《X1》(12頁))及び弁論の全趣旨によれば,原告の会長であった《X1》は,《A》及び損害保険会社の担当者から,原告の会員でないと個別保険に加入することが難しい旨を聞いていること,《X1》は,平成27年7月16日の理事会における《A》の2回目の入会申込みの審議の際,《A》が保険に入れなくて困っている旨を発言していること,《A》の代理人弁護士は,協会団体保険に加入することができない限り,LPガス販売事業を営むことができない構造があることを指摘していること,平成28年4月28日の理事会における《A》の4回目の入会申込みの審議の際,《A》が原告に加入したい理由が保険の問題であることや《A》が個別保険に加入することができなくて困っていることが報告されていることがそれぞれ認められる。そうすると,原告の理事らは,《A》を含む事業者が個別保険に加入することが困難であることを認識していたと認めざるを得ず,これに反する《X1》,原告の元副会長である《X2》,原告職員である《X3》及び原告代表者《X4》の陳述等(甲64,65,69,証人《X1》,同《X2》,同《X3》)は採用することができない。
以上によると,原告の理事らは,本件否決の際,事業者が個別保険に加入することが困難であることを認識し,さらに,本件否決が「事業者の数を制限する」ことになることを認識していたと推認せざるを得ない。
この点でも,原告の前記主張は,採用することができない。
(7) よって,本件否決は,神奈川県内において,原告に入会しなければ,LPガス販売事業への参入等に必要不可欠なLPガス保険に加入することが一般に困難な状況にあってなされたものであり,神奈川県内のLPガス販売事業の分野における「現在又は将来の事業者の数を制限」したといえ,独禁法8条3号に該当する。
3 争点2(本件否決に正当な理由があり,独禁法8条3号に該当しないか)について
(1) 原告は,独禁法8条3号の「現在又は将来の事業者の数を制限」に当たるためには,当該行為が不当に行われたことを要するとし,本件否決は,《A》が,切替営業を行っていること自体を問題視したものではなく,消費者利益の保護を目的とし,違法又は不当な訪問販売・勧誘を行う事業者を排除することを目的に行ったものであるから,正当な理由があり,何ら不当に行われたものではなく,独禁法8条3号に違反しないなどと主張する。
(2) この点,被告は,独禁法8条3号は行為が「不当に」行われたことを要件として定めていないから,当該行為が「不当に」行われたことについての検討を要するものではないと主張する。
しかし,独禁法は,公正かつ自由な競争を促進し,事業者の創意を発揮させ,事業活動を盛んにし,雇用及び国民実所得の水準を高め,もって,一般消費者の利益を確保するとともに,国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とするものであるから(同法1条),同目的に照らして,専ら公正な競争秩序維持の見地からみて正当な理由がある揚合には,たとえ外形上現在又は将来の事業者の数を制限するものであったとしても,当該行為は不当なものとはいえないとして独禁法8条3号に当たらないと解される。
(3)ア そこで,本件否決が,専ら公正な競争秩序維持の見地からみて正当な理由を有するものであったか,具体的には,《A》が特商法に抵触するような違法又は不当な勧誘をしていることを理由に本件否決がされたものであるかについて検討する。
イ まず,本件排除措置命令においては,切替営業とは,前記のとおり,既に他のLPガス販売事業者からLPガスの供給を受けている一般消費者等に対する,供給元を自社に切り替えることを目的とした勧誘等の営業活動をいうとされているところ,《X1》,《X4》及び原告の理事ら(元理事を含む。)は,「切替営業」の用語について,業界内や原告会員間では,特商法に抵触するような違法又は不当な勧誘方法を用いたものであるとの意味で使用していた旨陳述等をする(甲50~55,57,61~64,69,証人《X1》,原告代表者《X4》)。
しかし,切替営業という用語の通常の意味として,上記のような違法不当な勧誘方法を用いることが当然に含意されるものでもない。しかも,前記認定事実((3)エ)のとおり,原告は,《A》からの入会否決理由の問合せに対し,強引な切替勧誘が行われているとの報告を受けていることなどを踏まえた旨を回答しているほか,甲45号証(3頁)によれば,《N》の入会申込みを否決した原告の平成27年4月28日の理事会においては,監事から,切替えをすることは違法ではない旨の発言がきれていることが認められる。そして,《X2》も,その経営する会社において切替営業をしていることを自認し,切替営業自体が問題であると考えているわけではない旨供述している(証人《X2》9~10頁)。
そうすると,《X1》らの上記陳述等はにわかに採用することができない。
ウ 次に,本件否決を行った原告の理事会における審議状況をみるに,証拠(乙38,44,53,62,71,143)及び弁論の全趣旨によれば,《A》の1回目及び2回目の入会申込みを否決した理事会の審議においては,《A》の勧誘に問題があるとされるお客様相談所への相談について,単に件数が紹介されるだけで,何ら具体的な相談内容が報告されてはいないこと,《A》の3回目以降の入会申込みを否決した理事会の審議においては,《A》の相談事例は報告されているものの,《A》についての単なる照会等も含まれる中で,《A》の具体的な勧誘の違法不当性,あるいはこれが特商法違反に該当することについての検討がされたわけでもないこと,原告代表者《X4》(当時理事)は,《A》の2回目の入会申込みを否決した理事会の審議において,本心は《A》が会員の顧客を取ったことが理由であっても,それを表向きの理由にはできないため,理論武装が必要である旨の発言を行っていることが認められる。そして,本件証拠上,原告が,本件否決をした5回の理事会を通じて,《A》にその勧誘方法の詳細を尋ね,実際にどのような特商法違反行為をしているかを確認した事実を認めることはできない。
その上,原告の理事ら(元理事を含む。)は,本件排除措置命令に係る意見聴取の過程において,原告の会員間で顧客を奪わないという不文律ないし暗黙の了解があったこと,原告の会員間で顧客を奪い合うような関係になると原告の保安活動等の様々な活動に支障が生じること,価格競争が続けば,各社が利益の出ない価格でLPガスを販売することになり,廃業者を出すことになってしまうことを供述している(乙75~78,80,82,85~91,94~97,99~103,105,106,108~110,112,115,119~123)。
エ 以上に鑑みれば,本件否決は,会員の顧客の奪取に繋がる切替営業を防ぐ意図の下になされたといわざるを得ないのであり,《A》が特商法に抵触するような違法又は不当な勧誘をしていることを理由にされたということはできない。よって,本件否決が,専ら公正な競争秩序維持の見地からみて正当な理由を有するものということはできず,本件否決が独禁法8条3号に該当するとの判断は揺るがない。
(4) 以上により,争点2に関する原告の主張は,採用することができない。
4 争点3(本件排除措置命令における裁量権の濫用又は逸脱の有無)について
(1)ア 原告は,本件排除措置命令について,いくつかの点を挙げて被告に裁量権の濫用又は逸脱があると主張する。その根拠として,原告は,まず,本件排除措置命令は,原告に対し,その目的に賛同しない事業者や,真に入会する意思のない事業者であっても入会させることを命じるものであるから,原告の結社の自由を侵害し,原告の会員の営業遂行の自由を侵害するなどと主張する。
イ しかし,本件排除措置命令は,切替営業を理由とした入会申込みの否決行為である本件否決について,神奈川県内のLPガス販売事業に係る事業分野における現在又は将来の事業者の数を制限しているものであるとして,その取りやめ等を求めるものであり,その他の理由での入会申込みの否決行為まで禁止するものではない。そうすると,原告が主張するように,本件排除措置命令が,原告の目的に賛同しない事業者や,真に入会する意思のない事業者であっても,原告に対して入会させることを命じるものとは到底いえない。
ウ したがって,結社の自由の侵害をいう原告の上記主張は,その前提を欠き,採用することができない。
(2)ア 次に,原告は,本件排除措置命令は,LPガス販売事業者の参入等が困難である直接の原因は,損害保険会社による個別保険の引受拒否行為にあるにもかかわらず,保険会社には処分を行わず,また個別保険に加入することが困難な状況は他の都道府県LPガス協会においても生じ得るにもかかわらず原告のみに処分を行う点において,比例原則若しくは平等原則に反し,又は考慮不尽があるなどと主張する。
イ しかし,原告の本件否決によって,神奈川県内のLPガス販売事業に係る事業分野における現在又は将来の事業者の数が制限されていることは前記認定説示のとおりである。損害保険会社による個別保険の引受拒否によって,損害保険会社や他の都道府県LPガス協会が独禁法8条違反をしていると認めることもできない。原告の上記比例原則違反等の主張は,その前提を欠き,採用することができない。
(3)ア さらに,原告は,原告の理事らに対する聴取の際に,被告の審査官の原告の理事らに対する威迫や強要があったとか,原告の理事らが切替営業の意味について違法または不当な勧誘方法により行われるものをいう旨の説明を行ったにもかかわらず,その旨を供述調書に記載しなかったとか,保険の問題であることについて言及がなかったとかを指摘して,本件排除措置命令の手続に違法がある旨主張する。そして,原告の理事らは同主張に沿う内容の陳述等をする(甲50~64,69)。
イ しかし,本件全証拠を精査しても,被告の審査官による威迫や強要があったことを認めるに足りる客観的ないし的確な証拠はない。しかも,上記の原告の理事らは,被告における聴取の際に,上記のような供述調書の誤記があることについて何ら訂正申立てを行っていない(乙78,83,84,86,90,92~95,97,98,102,109,119,124,241)。この点は,これらの供述調書が平成29年4月以降に作成されており,被告の立入調査が前年の平成28年10月に行われていることや,原告は,同年11月に《A》の入会申込みを否決したこと(認定事実(3)カ),あるいは,その後原告においては理事会や総会が開催され,被告による意見聴取が行われているにもかかわらず(認定事実(4)イ及びウ),原告の理事らが本訴に至って初めて上記のような指摘をするに至ったこと(弁論の全趣旨)などの経緯に鑑みると,意見聴取手続におけるやりとりや緊張状態の発生といった点を考慮しても,不自然であるといわざるを得ない。
そして,損害保険会社による個別保険の引受拒否が本件否決の独禁法8条3号該当性を左右しないことは前記説示のとおりであり,保険の問題について言及がないからといって,意見聴取手続が違法不当なものになるということもできない。
ウ そうすると,原告の理事らの前記供述等を採用することはできず,原告の前記主張も同様に採用することができない。
(4)ア また,原告は,本件排除措置命令は,既に違反行為が解消済みであるにもかかわらず行われたなどとも主張する。
イ そこで検討するに,前記認定事実((4))によれば,原告の理事会は,被告の立入調査を踏まえ,平成30年1月29日開催の平成29年度臨時理事会において,切替営業を行う入会希望者の入会申込みについて否決行為をしないこと,今後,同様の行為を行わないことなどに係る決議を行ったため,被告は,本件排除措置命令を発するに当たり,本件排除措置命令案の一部(本件入退会規程2条2項4号(本件入会基準)の削除を求める主文案第3項及び定期的な研修を求める主文案第6項(2))については削除又は修正したものの,切替営業を行う入会希望者の入会申込みについて否決する行為の取りやめについては,依然として主文第1項に記載したまま本件排除措置命令を発している。
しかし,原告は,上記理事会においても,《A》に関する本件否決を取りやめるための具体的な決議等を何ら行っていない。そして,証拠(乙132)によれば,同月31日の意見聴取手続においても,本件否決について,切替営業を理由として行われたことを争い,《A》がこれまでと同様の状況で再度入会申込をしてきた揚合について,本件排除措置命令案と意見聴取手続がされている事実は真摯に受け止めており,柔軟な対応をしていきたい旨を述べるにとどまっていることが認められる。
ウ そうすると,違反行為とされた本件否決が解消済みであるとはいえず,原告の前記主張は,採用することができない。
(5) 以上によると,原告の,本件排除措置命令に裁量権の濫用又は逸脱があるとの前記主張は,いずれも採用することができない。
5 小括
以上によれば,本件排除措置命令は適法であり,争点に関する原告の主張はいずれも採用することができない。
第4 結論
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
令和2年3月26日
裁判長裁判官 岩井 直幸
裁判官 坂田 大吾
裁判官 森﨑 なつき
注釈 《 》部分は,公正取引委員会事務総局において原文に匿名化等の処理をしたものである。