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(株)J-オイルミルズによる審決取消請求事件

独禁法3条後段、独禁法7条の2
東京高等裁判所

令和元年(行ケ)第53号

判決

令和2年9月25日

東京都中央区明石町8番1号
原告  株式会社J-オイルミルズ
同代表者代表取締役  《 氏 名 》
同訴訟代理人弁護士  宇都宮 秀 樹
同          横 田 真一朗
同          大 野 志 保
東京都千代田区霞が関1丁目1番1号
被告  公正取引委員会
同代表者委員長  古 谷 一 之
同指定代理人  宮 本 信 彦
同       榎 本 勤 也
同       堤   優 子
同       鵜 飼 正 明
同       近 藤 彩 夏
同       齋 藤 隆 明

主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告が,原告に対する公正取引委員会平成25年(判)第31号及び同第34号審判事件について,令和元年9月30日付けでした審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
本件は,原告が,原告に対する公正取引委員会平成25年(判)第31号及び同第34号私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反審判事件について,被告が令和元年9月30日付けでした,原告の審判請求をいずれも棄却する旨の審決(以下「本件審決」という。)の取消しを求める事案であり,本件に係る手続の経過は以下のとおりである。なお,以下の記述では,別途定めるほか,別紙略語表記載の略語を用い,証拠の表記については顕出記録の例による。
⑴ 被告は,原告を含む関係8社が共同して,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じて,これを原料とする段ボール用でん粉の需要者渡し価格(以下,単に「価格」という場合がある。)を引き上げる旨を合意することにより,公共の利益に反して,我が国における段ボール用でん粉の販売分野における競争を実質的に制限したものであって,この行為は,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(平成25年法律第100号による改正前のもの。以下「独禁法」という。)2条6項の不当な取引制限に該当し,同法3条の規定に違反するものであるとして,平成25年7月11日,王子コンス,原告,加藤化学,敷島スターチ,三和澱粉及び日本澱粉に対し,同法7条1項に基づく排除措置を命じた(以下「本件排除措置命令」といい,同命令において認定された上記違反行為を「本件違反行為」という。)。
⑵ また,被告は,本件違反行為は独禁法7条の2第1項1号に規定する商品の対価に係るものであるとして,平成25年7月11日,王子コンスに対し6895万円の課徴金を,原告に対し5434万円の課徴金を,加藤化学に対し4116万円の課徴金をそれぞれ納付するよう命じた(以下,上記3社に対する各課徴金納付命令を併せて「本件各課徴金納付命令」という。)。
⑶ 原告は,平成25年9月5日,王子コンス及び加藤化学は,同月6日,被告に対し,それぞれ本件排除措置命令及び本件各課徴金納付命令の取消しを求める審判請求をした(公正取引委員会平成25年(判)第30号ないし第35号)。
⑷ 被告は,令和元年9月30日付けで,本件排除措置命令及び本件各課徴金納付命令のうち,加藤化学に対するものをいずれも取り消す一方,王子コンス及び原告の各審判請求をいずれも棄却する旨の審決をした。そこで,原告が,これを不服として,令和元年10月30日,本件審決の取消しを求める本件訴えを提起した。
2 判断の前提となる事実(当事者間に争いのない事実又は後掲各証拠から認められ,原告においても実質的証拠の不存在を積極的に主張していない事実)
⑴ 関係8社について
関係8社は,それぞれとうもろこしを原料とする段ボール用でん粉の製造販売業を営む会社(以下「コーンスターチメーカー」ともいう。)であり,我が国における段ボール用でん粉のほとんどすべてが関係8社によって製造販売されている(査35,査40,査41)。
関係8社のうち,日コンは,本件違反行為について,独占禁止法7条の2第10項1号規定の事実の報告及び資料の提出を行った事業者である。
⑵ 段ボール用でん粉に係る取引の一般的な実情
ア 段ボールメーカー,コーンスターチメーカー及び商社の関係
関係8社は,それぞれ,段ボールメーカーである《事業者A》株式会社(以下「《事業者A》」という。)や《事業者B》株式会社(以下「《事業者B》」という。)等に対し,段ボール用でん粉を,直接又は《事業者C》株式会社(以下「《事業者C》」という。)や《事業者D》株式会社(以下「《事業者D》」という。)等の商社を通じて販売していた。
イ 段ボール用でん粉の価格交渉の方法
(ア) 段ボール用でん粉の価格は,関係8社が需要者である段ボールメーカーと交渉して決められていたが,その交渉は,関係8社がそれぞれ単独で行う場合のほか,関係8社から依頼を受けた商社が単独で行う場合や関係8社に商社が同行して行う場合があった。
(イ) 段ボール用でん粉の価格を引き上げる場合の交渉は,関係8社らの各コーンスターチメーカーから段ボールメーカーに申し出る形で行われていたが,段ボールメーカーのうち,最大手の《事業者A》が価格の引上げを受け入れれば,他の段ボールメーカーもほぼ同様の内容でこれを受け入れるが,《事業者A》がこれを受け入れなければ,他の段ボールメーカーもこれを受け入れないという実情があった。
(ウ) 《事業者A》は,複数のコーンスターチメーカーから段ボール用でん粉を購入していたが,購入単価は原則として全コーンスターチメーカーに一律に適用され,購入量や運送費用等の違いは購入単価には反映されず,値上げについても,基本的に,同一の引上げ幅及び実施時期でしか受け入れることはなかった。また,《事業者A》は,従来から,その時々の《事業者A》への納入シェアがトップであるコーンスターチメーカーとの価格交渉を優先しており,そのため,《事業者A》との価格交渉は,納入トップシェアのコーンスターチメーカーとの交渉が進まなければ,他のコーンスターチメーカーとの交渉も進まないという実情にあった。なお,関係8社のうち日本食品を除く7社は,いずれも《事業者A》に対して段ボール用でん粉を販売しており,その7社のうち,日コンが,平成23年2月末頃に《事業者A》との取引を打ち切るまでは,最も多くの段ボール用でん粉を《事業者A》に販売していた。
(エ) 《事業者A》は,とうもろこしのシカゴ相場の上昇等を背景とする段ボール用でん粉の値上げ交渉において,通常,各コーンスターチメーカーから申し入れられた額の一部しか値上げを認めなかった。また,値上げの交渉妥結までには一定の期間を要するのが通常であり,しかも,《事業者A》は値上げの実施時期を交渉妥結前まで遡らせることを認めなかったため,値上げの実施時期は当初各コーンスターチメーカーが申し入れた時期より遅くなるのが通例であった。そのため,各コーンスターチメーカーは,値上げの申入れから交渉妥結までの間にとうもろこしのシカゴ相場が上昇した場合,《事業者A》に認められなかった分の値上げや,値上げ交渉中のとうもろこしのシカゴ相場上昇分の値上げを求めて,引き続き次の値上げ交渉を行っていた。
(オ) 他方,価格を引き下げる場合の交渉は,段ボールメーカーから各コーンスターチメーカーに申し出る形で行われていた。
⑶ 関係8社の従前からの協調関係
関係8社は,遅くとも平成18年頃までには,段ボール用でん粉の原料であるとうもろこしのシカゴ相場が上昇すると,共同して段ボールメーカーとの価格引上げの交渉を行うために,各社の担当者らが会合を開催する,2社の担当者が面談や電話をするなどの方法により,価格引上げの幅や実施時期等を話し合うなどする協調関係を形成していた。
関係8社は,平成18年夏頃からとうもろこしのシカゴ相場が上昇したため,同年秋頃から,上記同様の方法により,段ボール用でん粉の価格引上げの幅やその実施時期等について申し合わせ,《事業者A》等の段ボールメーカーとの値上げ交渉の状況に関する情報交換や交渉方針についての話し合いを行った上で,それぞれが段ボールメーカーとの値上げ交渉を行った。そして,関係8社は,段ボールメーカーとの値上げ交渉が妥結すると,次の値上げにおける価格引上げの幅やその実施時期等について申し合わせるという行為を繰り返し,段ボールメーカーとの間で計6回の値上げ交渉を妥結させた。
上記のような平成18年秋頃からの関係8社の担当者らによる会合や面談等は,王子コンスの《F1》及び《F3》,原告の《H1》,加藤化学の《K1》,《K2》及び《K3》,敷島スターチの《I2》,《I3》及び《I1》,三和澱粉の《J1》,《J3》及び《J2》,日本澱粉の《L2》及び《L1》,日本食品の《G2》及び《G3》,日コンの《E3》,《E1》及び《E2》が,それぞれ担当者として行っていた。
(査27ないし査29,査32,査42ないし査84,原告の《H1》参考人審尋速記録,加藤化学の《K2》参考人審尋速記録)
⑷ 原告の会合への欠席
原告は,上記⑶の途中の平成20年春頃から,社内のコンプライアンスが厳しくなったことを理由に,日本スターチ・糖化工業会における会合等の公式な会合以外では,他のコーンスターチメーカーの担当者との会合には出席しなくなった。
⑸ 加藤化学による《事業者A》への安値での売込み
加藤化学は,《事業者A》との段ボール用でん粉の取引量を拡大するため,平成21年10月頃から,《事業者A》に対し,従来1キログラム当たり60円で納入していた段ボール用でん粉を,1キログラム当たり45円という安値で納入することとした。これにより,加藤化学の《事業者A》への段ボール用でん粉の年間出荷量は,平成21年には約34万キログラムだったものが,平成22年には約203万キログラムと急激に増え,それまで日コンが有していた《事業者A》との間の取引を奪うこととなった。(査27,査92ないし査95,審A7,審C1,審C2,王子コンスの《F1》参考人審尋速記録,加藤化学の《K2》参考人審尋速記録)
⑹ 平成22年11月5日の本件会合
ア 本件会合に至るまでの経緯
平成22年夏頃になると,しばらく落ち着いていたとうもろこしのシカゴ相場が上昇し始めた。これを受けて,段ボール用でん粉の価格引上げの必要があると考えた日コンの《E1》及び《E2》は,他のコーンスターチメーカーとの間で価格引上げ交渉のための連携を図るべく,平成22年10月1日に王子コンスの《F1》を,同月15日に日本食品の《G1》をそれぞれ訪ねた後,同月20日,再び王子コンスの《F1》を訪ね,日本食品の《G1》も加えた4名で意見交換を行った(以下,この会合を「本件事前会合」という。)。その際,4名の間では,段ボール用でん粉の価格引上げを行う必要があることが確認され,その引上げ幅や実施時期についての意見交換がされたほか,各コーンスターチメーカーが協調して値上げ交渉を行うことを目的として,各社の担当者による会合(本件会合)を開催することが決められ,《F1》及び《E2》が手分けをして,加藤化学及び原告を除く各コーンスターチメーカーの担当者らにその旨の連絡をした。なお,本件事前会合では,加藤化学について,前記⑸のとおり,同社が日コンの取引先を奪ったことにより日コンとの関係が悪化していたため,本件会合には呼ばないこととされた(原告の担当者に対して上記連絡がされたか否かについては,当事者間に争いがある。)。(査4,査15,査16,査27,査96,査97,査103,査104)
イ 本件会合の開催
平成22年11月5日,《店名略》において,関係8社のうち,加藤化学及び原告を除く各社(以下「関係6社」という。)の各担当者(王子コンスの《F1》及び《F2》,敷島スターチの《I1》,三和澱粉の《J1》及び《J2》,日本澱粉の《L1》,日本食品の《G1》並びに日コンの《E1》及び《E2》)が出席して,本件会合が開催された。なお,本件会合の上記出席者は,日本食品の《G1》及び王子コンスの《F2》を除き,いずれも,前記⑶のとおり,平成18年秋頃からの関係8社の担当者らによる会合に出席したり,他のコーンスターチメーカーの担当者と個別に面談等をして,段ボール用でん粉の価格の引上げ幅等の申し合わせや段ボールメーカーとの値上げ交渉の状況等についての情報交換を行っていた者である。
本件会合では,関係6社の各担当者が,とうもろこしのシカゴ相場が上昇している中,段ボール用でん粉の価格について,引き上げるかどうか,その場合の引上げの幅,その実施時期等について各社の意見を順次発言したところ,価格引上げの必要がある点では意見が一致した。価格引上げの幅についての各社の意見は,1キログラム当たり10円から13円の範囲(その内訳については,原料価格上昇分として7円から8円,採算是正分として4円から5円とされた。)であり,各社の意見を総合して,価格の引上げ額を1キログラム当たり10円以上とすることで意見が一致した。また,引上げの実施時期については,平成22年12月1日納入分からとしたい社と,平成23年1月1日納入分からとしたい社とがあり,遅くとも平成23年1月1日納入分からとすることで意見が一致した。さらに,本件会合においては,各社の担当者の間で,各社が《事業者A》に申入れを行った際の《事業者A》の反応等や《事業者A》からの値上げに関する回答について,互いに報告し合う旨が確認された。
(査4,査27,査96ないし査106,査112ないし査116,査186)
⑺ 平成22年11月以降の関係8社による値上げ交渉の経過
ア 平成22年11月から12月頃の値上げの申入れについて
(ア) 交渉経過
a 関係8社は,次の表のとおり,段ボールメーカー又は商社に対し,段ボール用でん粉の値上げの申入れを行った(査26。以下,この申入れに係る値上げを「1次値上げ」という。)。     


b 《事業者A》に段ボール用でん粉を納入するコーンスターチメーカーの中で最も納入量の多かった日コンは,上記aのとおり値上げの申入れをして以降,《事業者A》との間で交渉を行ったが,容易に値上げに応じてもらうことができなかった。また,そのような状況は,他のコーンスターチメーカーも同様であった。(査13,査17,査19,査20,査26,査100,査141,査149,査157)
c 《事業者A》が値上げを認めないまま平成23年2月に入り,日コンは,同月7日頃,平成22年11月以降のシカゴ相場の上昇分も含め,価格の引上げ幅を1キログラム当たり12円から16円に引き上げて交渉するようになった。また,日コンの《E2》は,同月9日,《事業者C》を訪問し,日コンが《事業者A》への段ボール用でん粉の出荷停止も検討している旨を同社に伝えて交渉をするよう指示をした。一方,王子コンスも,同月,《事業者A》に対し,値上げを受け入れてもらえなければ,段ボール用でん粉の供給を停止すると通告するなどして交渉を行った。(査17,査26,査154,査157)
d 日コンは,《事業者A》との交渉が難航したため,平成23年2月25日頃,社長の判断により《事業者A》との取引を止めることとし,《事業者A》に対し,納入停止を通告した。(査26,査27,査157)
e 《事業者A》は,日コンの納入停止により,同社以外の各コーンスターチメーカーから段ボール用でん粉の代替納入を受ける必要が生じたことから,平成23年2月25日頃,原告を含む各コーンスターチメーカーに対し,1キログラム当たり8円の値上げを同年3月1日納入分から受け入れることを伝え,同年4月1日以降納入分の更なる値上げについても継続交渉とする旨の条件を提示した上で,段ボール用でん粉の代替納入を依頼した。(査26)
f これに対し,原告を含む各コーンスターチメーカーは,平成23年2月28日頃,《事業者A》からの依頼を了承した。これにより,《事業者A》に対する段ボール用でん粉の価格は,同年3月1日納入分から1キログラム当たり8円引き上げられることとなった。また,《事業者A》との1次値上げの交渉が妥結したことから,関係8社と《事業者A》以外の段ボールメーカーとの交渉も,《事業者A》とおおむね同様の条件で順次妥結した。(査13,査17ないし査20,査26,査89,査142,査149,査157)
(イ) 1次値上げの交渉過程における各コーンスターチメーカーの担当者による情報交換
関係6社の担当者(王子コンスの《F1》,日コンの《E1》及び《E2》,日本食品の《G4》及び《G1》,三和澱粉の《J2》及び《J1》,敷島スターチの《I1》並びに日本澱粉の《L1》)は,1次値上げの交渉が行われた平成22年11月頃から平成23年2月末頃までの間,それぞれ2社又は数社の担当者が面談や電話をするなどの方法により,1次値上げの申入れの内容や段ボールメーカーとの値上げ交渉の状況について情報交換を行った(原告の担当者の関与があったか否かについては,当事者間に争いがある。)。(査4,査20,査27,査28,査50,査53,査87,査97,査100,査115,査118ないし査121,査149ないし査152,査154,査155ないし査159,王子コンスの《F1》参考人審尋速記録,王子コンスの《F3》参考人審尋速記録)
イ 平成23年3月から5月頃の値上げの申入れについて
(ア) 交渉経過
a 関係8社は,1次値上げの交渉が妥結したものの,申入額どおりの値上げが受け入れられたわけではなく,また,引き続きとうもろこしのシカゴ相場が上昇していたことから,次の表のとおり,段ボールメーカー又は商社に対し,段ボール用でん粉の更なる値上げの申入れを行った(査34,査166。以下,この申入れに係る値上げを「2次値上げ」という。)。

     
b 《事業者A》は,1次値上げの交渉が妥結した際,平成23年4月1日以降納入分の更なる値上げについて継続交渉としていたものの,実際には,各コーンスターチメーカーからの2次値上げの申入れに直ちには応じなかった。その後,《事業者A》が,平成23年5月中旬になって,同月21日納入分から1キログラム当たり5円の値上げを受け入れ,《事業者A》と各コーンスターチメーカー(日本食品及び加藤化学を除く。)との交渉は,その条件で順次妥結に至り,上記各コーンスターチメーカーと《事業者A》以外の段ボールメーカーとの交渉も,《事業者A》とおおむね同様の条件で順次妥結した。(査17,査18,査27,査30,査34,査38,査85,査114,査119ないし査121,査142,査144,査145,査164ないし査166)
c 一方,加藤化学は,前記aのとおり,《事業者A》に対し,他のコーンスターチメーカーとは異なり,1キログラム当たり10円の値上げを申し入れていたが,やはり直ちには値上げの申入れを受け入れてもらえなかった。その後,加藤化学は,平成23年5月中旬頃,《事業者A》から,他のコーンスターチメーカーと同様に同月21日納入分から5円の値上げを認めるとの回答を得たものの,5円の値上げでは納得せず,値上げ幅を増やすよう申し入れ,その後,《事業者A》と交渉を重ねた結果,同月26日,《事業者A》から,同年6月16日納入分から1キログラム当たり7円の値上げが認められることとなったが,この値上げの金額については口外することを禁止された。そのため,加藤化学は,《事業者A》から認められた値上げ額が1キログラム当たり7円であることを他の段ボールメーカーに伝えることができず,他の段ボールメーカーとの交渉は,1キログラム当たり5円の値上げで妥結し,平成23年6月1日分から値上げ後の価格が適用されることとなった。(査129,審C1,加藤化学の《K2》参考人審尋速記録)
(イ) 2次値上げの交渉過程における各コーンスターチメーカーの担当者による情報交換
関係6社の担当者(王子コンスの《F1》及び《F3》,日コンの《E1》及び《E2》,日本食品の《G1》,日本澱粉の《L1》及び《L3》,敷島スターチの《I1》,三和澱粉の《J2》,《J4》及び《J1》)は,2次値上げの交渉が行われた平成23年2月末頃から同年5月頃までの間,それぞれ2社又は数社の担当者が面談や電話をするなどの方法により,2次値上げの申入れの内容や段ボールメーカーとの値上げ交渉の状況について情報交換を行った(原告の担当者の関与があったか否かについては,当事者間に争いがある。)。(査27,査85,査97,査114,査118ないし査121,査124,査136ないし査138,査144,査147,査149,査157,査164,査165,審A5の20,王子コンスの《F3》参考人審尋速記録)
ウ 23年6月から8月頃の値上げの申入れについて
(ア) 交渉経過
a 関係8社は,2次値上げ申入れ後もとうもろこしのシカゴ相場が上昇していたことから,引き続き段ボールメーカーに対して段ボール用でん粉の価格の値上げを求めていくこととし,次の表のとおり,日本澱粉を除く各社が,段ボールメーカーに対し,順次値上げの申入れを行った(以下,この申入れに係る値上げを「3次値上げ」といい,1次値上げないし3次値上げを併せて「本件各値上げ」という。)。また,日本澱粉も,値上げが認められるようであれば同様に値上げの申入れを行う方針であった。(査18,査25,査34,査38,査122,査124ないし査126,査130,査143,査148,査168ないし査170,査177)


b 王子コンスは,2次値上げの後,《事業者A》から,次の値上げについては《事業者B》等の《事業者A》以外の大手段ボールメーカーが先に値上げを受け入れてからでなければ交渉に応じないとの意向を示されていた。そこで,王子コンスは,平成23年6月から同年7月にかけて,《事業者B》を頻繁に訪問し,値上げ交渉を行った。また,その他のコーンスターチメーカーの担当者の中にも,取引のある大手段ボールメーカーに対し,《事業者A》よりも先に値上げを受け入れるよう交渉する者もいた。しかし,とうもろこしのシカゴ相場は,平成23年4月を最高値としてその後上昇することはなく,同年10月頃になると下落傾向が明確となったため,3次値上げの申入れについては,《事業者B》から一定の理解を示されたものの,結局,関係8社のうち加藤化学を除く7社と段ボールメーカーとの間の交渉は,妥結しないまま立ち消えとなった。(査18,査25,査30,査34,査38,査122,査124,査143,査148,査167ないし査170,査177)
c 他方,加藤化学は,《事業者A》に対して強硬に値上げ交渉を行った結果,《事業者A》から,同年10月1日納入分から1キログラム当たり3円の値上げを認められたが,その値上げについて口外することを一切禁止された。そのため,加藤化学は,《事業者A》から値上げを認められたことを他の段ボールメーカーに伝えることができず,他の段ボールメーカーとの関係では値上げの申入れが受け入れられることはなかった。(査34,査130,加藤化学の《K2》参考人審尋速記録)
d 平成23年10月以降のとうもろこしのシカゴ相場の下落傾向により,各コーンスターチメーカーは,段ボールメーカーから逆に段ボール用でん粉の値下げの要請を受けることとなった。これに対し,各コーンスターチメーカーは,当初は値下げを拒否したものの,平成24年3月下旬から同年4月にかけて,王子コンスと《事業者B》の間で,1キログラム当たり2円の値下げで交渉が妥結し,他の段ボールメーカーとの間でも2円の値下げで交渉が妥結した。(査25,査27,査30,査33,査34,査90,査122,査148,査170,査177,査179) 
(イ) 3次値上げの交渉過程における各コーンスターチメーカーの担当者による情報交換
関係6社の担当者(王子コンスの《F1》及び《F3》,日コンの《E2》,日本食品の《G3》及び《G1》,三和澱粉の《J2》,敷島スターチの《I2》及び《I1》,日本澱粉の《L3》)は,3次値上げの交渉が行われた平成23年6月頃から後記⑻の被告による立入検査が行われた平成24年1月頃までの間,それぞれ2社又は数社の担当者が面談や電話をするなどの方法により,3次値上げの申入れの内容や段ボールメーカーとの値上げ交渉の状況について情報交換を行った(原告の担当者の関与があったか否かについては,当事者間に争いがある。)。(査27,査33,査97,査122ないし査125,査127,査133,査134,査140,査146ないし査148,査169,査171ないし査174)
なお,日コンの《E2》は,平成24年1月18日,日本食品の《G1》,王子コンスの《F1》,原告の《H1》,敷島スターチの《I1》,三和澱粉の《J2》に対し,連続して電話をした。
(ウ) 原告の担当者と他のコーンスターチメーカーの担当者との面談等
原告の《H1》は,3次値上げの交渉が行われていた平成23年6月頃から後記⑻の被告による立入検査が行われた平成24年1月頃までの間,以下のとおり,他のコーンスターチメーカーの担当者と面談するなどした。
a 原告の《H1》は,平成23年6月20日,王子コンスの《F1》及び《事業者C》の従業員である《C1》(以下「《事業者C》の《C1》」という。)と飲食店において面談をした。
b 原告の《H1》は,平成23年7月12日に,再度,王子コンスの《F1》及び《事業者C》の《C1》と飲食店において面談をした。
c 前記(イ)のとおり,原告の《H1》は,平成24年1月18日,日コンの《E2》から電話を受けた。なお,その通話時間は,1分20秒であった。
⑻ 被告による立入検査
被告は,平成24年1月31日,関係8社のうち,原告を除く7社の営業所等に対し,独禁法47条1項4号の規定に基づく立入検査を実施した。同日以降,各コーンスターチメーカーは,前記のような情報交換等を行っていない。
3 本件審決の認定・判断
原告による本件違反行為についての本件審決の認定・判断は,以下のとおりである。
⑴ 関係6社による価格引上げの合意
①関係6社は,遅くとも平成18年頃までには,段ボール用でん粉の原料であるとうもろこしのシカゴ相場が上昇すると,共同して段ボールメーカーとの価格引上げ交渉を行うために,価格引上げの幅や実施時期等を話し合うなどする協調関係を形成していたこと,②日コンの《E1》及び《E2》,日本食品の《G1》並びに王子コンスの《F1》による平成22年10月20日の本件事前会合において,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じて段ボール用でん粉の価格引上げを行う必要があることが確認され,その引上げ幅や実施時期についての意見交換がされたほか,各コーンスターチメーカーが協調して段ボール用でん粉の値上げ交渉を行うことを目的として,本件会合を開催することが決められたこと,③平成22年11月5日の本件会合において,関係6社の担当者らの間で,段ボール用でん粉の需要者渡し価格の引上げ額を1キログラム当たり10円以上とし,実施時期を遅くとも平成23年1月1日納入分からとすることで意見が一致したこと,④関係6社が,本件会合後,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じて,本件各値上げのいずれにおいても,おおむね同様の時期に,おおむね同様の内容で,段ボール用でん粉の値上げの申入れを行ったこと,⑤関係6社の担当者らが,本件会合後,本件各値上げを行うに当たり,その申入れの時期や内容,段ボールメーカーとの値上げ交渉の状況について情報交換を行っていたこと等からすると,関係6社は,遅くとも本件会合が開催された平成22年11月5日までに,関係6社の担当者らが話し合うなどして,段ボール用でん粉について,今後,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じて,価格の引上げを共同して行っていく旨の合意(以下「本件合意」という。)をしたものと認められる。
⑵ 原告が関係6社と共に本件合意をしたこと
ア 原告と関係6社との間に以前からの協調関係があった事実
原告は,遅くとも平成18年頃までには,段ボール用でん粉の価格の値上げ等について他のコーンスターチメーカーとの協調関係を形成していたところ,原告が他のコーンスターチメーカーの担当者との会合に出席しなくなった平成20年春頃以降も,会合について事前,事後に連絡を受けるなどして情報を得て,関係6社との協調関係を維持していたものと認められる。その理由は,以下のとおりである。
(ア) 日コンの《E2》の供述は信用できること
日コンの《E2》は,原告は平成20年春頃から他のコーンスターチメーカーの担当者との会合に参加しなくなったものの,原告の《H1》と親しい関係にあった王子コンスの《F1》から,原告の《H1》は今後も同業者間での会合等での決定事項に沿うようにするので連絡してくださいと言っているとの報告を受けた旨,その後もしばらくの問,《E2》が《H1》にも事前に会合の連絡をしていた旨,会合の後には,《E2》又は《F1》が《H1》に対し会合の結果を連絡していた旨,《H1》から,直接,会合で決まったことに従うと言われたことがある旨を供述しているところ(査16,査28,査32,査45,査68,査90,査100),日本食品の《G2》及び《G4》も,原告について,会合には参加しなくなったものの,以前と同様に,他のコーンスターチメーカーと協調して値上げしているという認識を持っていた旨(査46,査50),《E2》と一致する供述をしていることからすると,原告は他のコーンスターチメーカーとの会合に出席しなくなった以降も一貫して他社との協調関係を維持していたとする《E2》の上記供述は信用することができる。
(イ) 原告の《H1》及び王子コンスの《F1》の供述の信用性が低いこと
原告の《H1》及び王子コンスの《F1》は,平成20年春頃以降に原告が関係6社との協調関係を維持していたことを否定する供述をする。しかし,《F1》は,前記⑴の関係6社による本件合意について,他のコーンスターチメーカーの担当者らの一致した供述等によって認定される事実に反する供述をしていることからみて,その供述の信用性は低い。また,原告が本件合意をしたことを示す事実を否定する《H1》の供述も,《F1》の供述と一致することをもって,信用性が担保されることにはなり得ず,信用性が低いことは同様である。
イ 本件会合前に原告の《H1》が王子コンスの《F1》に意向を伝達し,それを《F1》が本件会合で報告した事実
日コンの《E1》及び《E2》,王子コンスの《F1》並びに日本食品の《G1》による平成22年10月20日の本件事前会合において,原告に対しても本件会合の開催を連絡することになり,《F1》がこれを行うことになったこと,原告の《H1》は,平成22年11月5日の本件会合が開催される前に,《F1》に対して「会合には参加できないが,原告は会合で決まったことに従う」旨を伝え,本件会合において,《F1》からその旨が出席者らに報告されたことが認められる。その理由は以下のとおりである。
(ア) 日コンの《E2》の供述は信用できること
a 日コンの《E2》は,①本件事前会合において,本件会合を開催して段ボール用でん粉の値上げについて各社の考えを確認することとなった際,王子コンスの《F1》が,原告の《H1》と敷島スターチの《I1》に連絡することとなった旨,②その後,《E2》は,《F1》から,本件会合前に,《H1》は社内コンプライアンスの関係で会合には参加できないものの,原告は会合で決まったことに従うということであったとの報告を受け,本件会合においても,《F1》から,原告は段ボール用でん粉の値上げについて,我々と同じ行動を採る方針であるとの報告がされた旨供述する(査16,査90,査100)。
b 上記a①の供述について
日本食品の《G1》も,本件会合の開催が決められた際,敷島スターチ,原告,三和澱粉及び日本澱粉に対する連絡は,日コンの《E2》と王子コンスの《F1》が手分けして各社の担当者にすることになった旨(査15,査103),《E2》の供述に沿う内容の供述をしている。そして,原告が,他のコーンスターチメーカーとの会合に出席しなくなった平成20年春頃以降も関係6社との協調関係を維持していたとの前記アの事実からすると,原告に対しても本件会合の開催を連絡することになったとの上記各供述は自然であって信用することができる。
c 上記a②の供述について
本件会合では,関係6社の担当者の間で,1次値上げにおける段ボール用でん粉の価格の引上げの幅やその実施時期について意見が一致した事実が認められることからすると,本件会合の際,段ボール用でん粉の値上げについての原告の意向が話題になったものと合理的に推認することができるほか,王子コンスの《F1》においても,本件会合において原告の値上げに対する意向自体については発言したと供述している(王子コンスの《F1》参考人審尋速記録)。
また,三和澱粉の《J4》が,平成22年11月6日に開催された三和澱粉の部内会議において,本件会合に出席した三和澱粉の《J2》の発言内容を記載したメモ(査98。以下「本件三和澱粉メモ」という。)には,「J 加ト 欠席」,「J→OK」「加ト→声かけせず」と読める記載がある(文字を囲む丸は省略)ところ,この記載について,上記メモを作成した《J4》は,「Jオイルは了解したという話が第三営業部長の《J2》からありましたのでこのように記載したものだと思います。」(査116)と供述し,本件会合に出席した三和澱粉の《J1》は,「Jオイルは,OKしたということを記載したものだと思います。」(査115)と供述している。
さらに,日本澱粉の《L6》が,平成22年11月9日及び同月10日に開催された日本澱粉の営業会議において,本件会合に出席した日本澱粉の《L1》が発言した内容を記載したメモ(査99。以下「本件日本澱粉メモ」という。)には,「JAオイル けっせき」,「JAオイル→値上は,そう」と読める記載があるところ,この記載について,日本澱粉の《L1》は,「J-オイルミルズも値上げに沿う,つまり,他のコーンスターチメーカーと同じような時期に同じくらいの幅で値上げをするということであったということです。」(査102)と供述している。
以上のとおり,日コンの《E2》の上記a②の供述は,本件三和澱粉メモや本件日本澱粉メモに沿うものであるから,信用することができる。
(イ) 原告の《H1》及び王子コンスの《F1》の供述の信用性が低いこと
原告の《H1》及び王子コンスの《F1》は,平成22年11月5日の本件会合が開催される前に両者が連絡をとったこと自体を否定する供述をする(審B5,原告の《H1》参考人審尋速記録,王子コンスの《F1》参考人審尋速記録)。しかし,これらの供述は,前記ア(イ)に説示したのと同様,信用することができない。
本件会合の前後である平成22年10月から11月までの間の王子コンスの《F1》と原告の《H1》との間の面談についての記録が存在しないこと(査4,査97)については,電話等の面談以外の方法による連絡の可能性もあり,その連絡が全て記録に残されているとまでは認められないことからすると,日コンの《E2》の前記供述の信用性を否定するものとはなり得ない。
ウ 王子コンスの《F1》が原告の《H1》に対し本件会合の結果を伝達した事実
日コンの《E2》は,王子コンスの《F1》が原告の《H1》に対して本件会合の結果を連絡している旨供述するところ(査90),本件事前会合において,原告に対しても本件会合の開催を連絡することになり,その連絡をした《F1》に対し,《H1》が「会合には参加できないが,原告は会合で決まったことに従う」と伝えていたとの前記イの事実からすれば,《F1》は,本件会合後,《H1》に対して本件会合の結果を連絡したものと合理的に推認することができるから,《E2》の上記供述は信用することができる。
したがって,王子コンスの《F1》は,本件会合から,原告が段ボールメーカーに1次値上げの申入れを行う平成22年11月18日までの間に,原告の《H1》に対し,本件会合の結果を連絡したものと認めるのが相当である。
エ 本件各値上げにおける原告の値上げ申入れの状況
本件合意がされた平成22年11月5日以降の原告による本件各値上げの申入れについてみると,前記2⑺のとおり,その申入れの時期,価格引上げの幅,その実施時期が関係6社とおおむね一致しており,このことは,原告が関係6社と協調関係にあること,ひいては,原告が関係6社と共に本件合意をしたことを推認させる一事情になる。
オ 原告の《H1》と日コンの《E2》及び王子コンスの《F1》が段ボール用でん粉の値上げについて情報交換をした事実
(ア) 原告の《H1》が平成22年12月1日に日コンの《E2》から情報提供を受けた事実
日コンの《E2》は,平成22年12月1日の《事業者A》訪問後,《事業者A》との値上げ交渉の内容について,王子コンスの《F1》,原告の《H1》,敷島スターチの《I1》,三和澱粉の《J2》に報告をした旨供述するところ(査100),前記2⑹イのとおり,本件会合では,《事業者A》と交渉をした場合には,その内容について報告し合うことが確認されていること,《E2》は,現に敷島スターチの《I1》に対し,《事業者A》との値上げ交渉の状況について報告をしていること(査100,査150),原告の従業員である《H4》が平成22年12月20日に行われた原告の定例会での発言等をメモしたノート(査153。以下「本件《H4》メモ」という。)には,《H1》の発言として,日コンを含む他のコーンスターチメーカーが段ボールメーカーに申し入れた値上げの金額(実際の金額と一致するもの)が記載されていることが認められ,これらの事実は,《E2》の上記供述に沿うものであるから,同人の上記供述は信用することができる。
したがって,原告の《H1》は,平成22年12月1日頃,日コンの《E2》から《事業者A》との値上げ交渉についての情報提供を受けたものと認めることができる。
(イ) 原告の《H1》が王子コンスの《F1》と平成23年6月20日及び同年7月12日に飲食店で面談した際に情報交換をした事実
前記2⑺ウ(ウ)a及びbのとおり,原告の《H1》と王子コンスの《F1》は,《事業者C》の《C1》と共に,平成23年6月20日及び同年7月12日に飲食店において面談をしており,各面談に同席した《事業者C》の《C1》は,①6月20日の面談では,「3次値上げの時期ですので,お会いした際には,3次値上げの話をしたはずです。」(査169),「今後《事業者A》や《事業者B》に3次値上げの申入れをしていこうということなどを話しました。」(査170)などと供述し,7月12日の面談では,「《事業者A》に値上げの話をして反応がどうであったとか,《事業者B》に値上げを申し入れたなどという話しをしたはずです。」(査169),「それぞれ,値上げの申入れをしてきたとか,先方の反応がどうだったかといったことを話し」た(査170)などと供述しているところ,上記3者の関係や上記各面談が行われた時期からすると,上記各面談では,3次値上げにおける各コーンスターチメーカーによる段ボール用でん粉の値上げ申入れや段ボールメーカーとの値上げ交渉の状況についての情報交換も行われたものと認めるのが相当である。
(ウ) 原告の《H1》が平成24年1月18日に日コンの《E2》と電話により情報交換をした事実
前記前記2⑺ウ(ウ)cのとおり,原告の《H1》は,平成24年1月18日,日コンの《E2》から電話を受けており,《E2》は,その電話の内容について,《事業者A》からの値下げ要求の確認のため,他の担当者と同様に原告の《H1》にも連絡した旨供述しているところ,実際に,《E2》が上記電話の翌日に,《事業者C》に赴いて《事業者A》からの値下げ要求について報告している事実が認められ(査90),その事実は《E2》の上記供述に沿うものであるから,同人の上記供述は信用することができる。
したがって,原告の《H1》は,平成24年1月18日に日コンの《E2》と電話により,《事業者A》からの値下げ要求についての情報交換を行ったものと認められる。
(エ) その他の情報交換の事実
日コンの《E2》は,上記以外にも,王子コンスの《F1》が原告の《H1》と本件各値上げについての情報交換を行った旨供述するところ(査100,査157),《E2》が平成23年2月28日頃に《F1》から聞いた内容を記載したノート(査157別紙12。以下「本件《E2》メモ」という。)には,日コン以外の各コーンスターチメーカーが同月25日頃に受けた《事業者A》からの条件提示及び段ボール用でん粉の納入依頼への対応方針等が記載され,そこには原告の対応方針も記載されていることからすると,《F1》と《H1》との間では,上記(ア)ないし(ウ)以外にも,本件各値上げに関する情報交換が行われていたものと認めるのが相当である。
カ 小括
以上のアないしオの事実からすると,原告は,平成22年11月5日までに関係6社と共に本件合意をしたものと認めるのが相当である。
⑶ 本件合意が不当な取引制限(独禁法2条6項)に該当すること
ア 意思の連絡
関係6社及び原告は,遅くとも平成22年11月5日までに,各社の担当者らが話し合うなどして,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じて,段ボール用でん粉の価格の引上げを共同して行っていく旨の本件合意をしているところ,その合意をした関係6社及び原告には,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じた値上げ活動を実施するという同内容又は同種の対価の引上げを実施することを互いに認識ないし予測し,これと歩調をそろえる意思があったといえるから,その間に意思の連絡が存在したといえる。
イ 相互拘束
本件合意の成立により,本来は各社自由に決定されるべき関係6社及び原告の段ボール用でん粉の価格に係る意思決定等がこれに制約されて行われることになり,実際にも本件各値上げの決定及び申入れ等を通じて,関係6社及び原告がとうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じて歩調をそろえる行動をしていたことからみても,本件合意は各社の事業活動を拘束するものであることが認められる。
ウ 競争の実質的制限
関係6社及び原告は,平成22年度及び平成23年度において,我が国における段ボール用でん粉のおおむね8割を製造販売しており,しかも,本件において,本件合意に基づいて段ボール用でん粉の価格を1次値上げ及び2次値上げにおいて引き上げることを実現していることを併せ考えると,関係6社及び原告が本件合意を行うこと自体,市場における競争機能を損ない,市場支配的状態をもたらすもの,すなわち我が国における段ボール用でん粉の販売分野における競争を実質的に制限するものと認めるのが相当である。
エ 小括
よって,関係6社及び原告による本件合意は,独禁法2条6項の不当な取引制限に該当する。
4 争点
⑴ 本件審決が認定した「原告が関係6社と共に本件合意をした」との事実には,これを立証する実質的証拠が存在するか(争点1)。
⑵ 上記⑴が認められる場合,本件合意は独禁法2条6項の「不当な取引制限」に該当するか。
第3 争点に関する当事者の主張
1 被告は,本件審決が認定した事実は,いずれも本件審決掲記の証拠によって合理的に認定できるものであって,これを立証する実質的証拠があり,また,関係6社及び原告による本件合意が独禁法2条6項の「不当な取引制限」に該当することは本件審決が判断するとおりであるとして,本件審決には独禁法82条1項が定める取消事由は存在しない旨主張する。
これに対し,争点に関する原告の主張は,後記2のとおりである。
2 争点に関する原告の主張
⑴ 争点1(本件審決が認定した「原告が関係6社と共に本件合意をした」との事実には,これを立証する実質的証拠が存在するか)について
原告が本件合意に参加していた事実を認定する根拠として本件審決が認定する各間接事実については,以下に述べるとおり,これを立証する実質的証拠が存在せず,したがって,原告が本件合意に参加していた事実を立証する実質的証拠も存在しない。
ア 原告が平成20年春頃以降も関係6社との協調関係を維持していたとの事実を立証する実質的な証拠は存在しないこと
(ア) 上記事実を認定する証拠として本件審決が挙げるのは,「原告の《H1》が今後も同業者間での会合等での決定事項に沿うようにするので連絡してくださいと言っていると王子コンスの《F1》から報告を受けた」旨,「その後,《F1》ないし自らが《H1》に対して会合前後に連絡をしていた」旨等を述べる日コンの《E2》の供述及び原告も以前と同様に同業他社と協調して値上げをしていると認識していた旨を述べる日本食品の《G2》及び《G4》の供述のみであるところ,以下に述べるとおり,これらの証拠から上記事実の認定に合理的に到達することはできない。
(イ) そもそも日コンは,課徴金減免制度の適用を受けるために,被告が行う調査に全面的に協力する必要に迫られており,その従業員である《E2》も,被告に対して迎合的にならざるを得ない状況にあるから,その供述の信用性は慎重に吟味される必要があるところ,《E2》の供述の内容をみても,自らが原告の《H1》に会合の連絡をした時期,連絡内容,頻度等の具体的な事情が明らかにされておらず,具体性を欠く曖昧で抽象的な内容であるから,およそ信用性が認められない。
また,日コンの《E2》の供述と一致しているとされる日本食品の《G2》及び《G4》の供述は,伝聞に基づく推測の域を出ないものであり,いずれも信用性に欠けるものであって,《E2》の供述の信用性を担保するものではない。
(ウ) 他方,日コンの《E2》が連絡を取り合っていたと供述する原告の《H1》と王子コンスの《F1》は,いずれも,原告が平成20年春頃以降も関係6社との協調関係を維持していたことを明確に否定している。
そして,原告においては,平成19年までの間に会社の方針としてコンプライアンス体制の強化が図られ,かつ,価格決定権限を有する責任者が原告の《H2》に交代した結果,部内のコンプライアンスに関して従前とは全く異なる認識が確立され,独禁法に抵触する可能性のある行動を禁止するという会社としての方針を共有する状況となっていたのであり,このことは,平成20年春頃以降,原告の担当者が公式な会合を除いて同業他社の担当者との会合に出席しなくなったという客観的な事実に示されている。このようにコンプライアンス体制が整備・強化された状況で,原告の《H1》があえて平成20年春頃以降も同業他社との協調関係を維持するはずはないから,《H1》及び《F1》の上記供述は,客観的な事実によって裏付けられており,その信用性を疑わせる事情は認められない。
この点,本件審決は,《H1》及び《F1》の供述の信用性を否定するが,《F1》の供述については,本件会合前後の関係6社間のやり取りに関する同人の供述が同業他社の担当者の供述と一致しないという,平成20年春頃以降の原告と関係6社との協調関係の維持とは無関係な供述に関する信用性の判断をもって,上記協調関係の維持に関する同人の供述の信用性を否定するものであり,また,《H1》の供述については,何ら具体的な検討を加えずに信用性が低いと結論付けているにすぎず,いずれも理由がない。
(エ) 以上によれば,日コンの《E2》並びに日本食品の《G2》及び《G4》の供述は,原告が平成20年春頃以降も関係6社との協調関係を維持していたとの事実を立証する実質的証拠とはならず,その事実を立証する実質的証拠は存在しない。
イ 本件会合前に原告の《H1》が王子コンスの《F1》との間で本件合意に関するやり取りをした事実を立証する実質的な証拠は存在しないこと
(ア) 本件審決は,①本件会合前に王子コンスの《F1》が原告の《H1》に対して本件会合の開催を連絡していること,②本件会合において,《F1》から,「原告の《H1》は会合には参加できないが,原告は会合で決まったことに従うということであった」との報告がされたことを認定し,本件会合前に,《H1》が《F1》に対し,原告は会合で決まったことに従う旨を伝えたとの事実を認定している。しかし,以下に述べるとおり,これらの事実を認定する合理的な根拠となる証拠は存在しない。
(イ) まず,本件審決が,上記(ア)①の事実を認定する証拠として挙げるのは,王子コンスの《F1》が原告の《H1》に連絡することになった旨の日コンの《E2》の供述,これに沿うとされる日本食品の《G1》の供述及び原告が平成20年春頃以降も関係6社との協調関係を維持していたとの事実である。
しかし,《E2》の供述は,前記ア(イ)のとおり,その信用性が慎重に吟味される必要があるところ,本件会合に参加した関係6社の間では,面談,電話等による交信について数多くの証拠が存在するのに対し,本件会合の前後を通じて,《F1》と《H1》との間で本件会合ないし本件合意について交わされたやり取りの日時・方法・具体的な会話の内容を示す証拠が一切存在せず,そのこと自体が不自然であるし,客観的な裏付けも欠いており,信用することができない。また,日本食品の《G1》の供述は,原告が平成20年春頃以降,同業他社間の会合に参加しなくなっていることが明らかであるにもかかわらず,そのことには一切触れずに,あたかも原告も関係6社と同様に本件会合に出席するかのような前提で連絡がされたと解される内容となっており,不自然で信ぴょう性がない。さらに,原告が平成20年春頃以降も関係6社との協調関係を維持していたとの事実については,前記アのとおり,そもそもこれを立証する実質的証拠が存在しない。
他方,原告の《H1》及び王子コンスの《F1》は,本件会合前に両者の間でやり取りをしたことはない旨を供述するところ,これらの供述の信用性を否定する事情はない。
(ウ) 次に,本件審決が上記(ア)②の事実を認定する証拠として挙げるのは,㋐その旨を述べる日コンの《E2》の供述,㋑王子コンスの《F1》も本件会合において値上げに関する原告の意向自体については発言したとする同人の供述,㋒本件三和澱粉メモの記載(「J 加ト 欠席」,「J→OK」と読める記載),㋓本件日本澱粉メモの記載(「JAオイル けっせき」,「値上は,そう」と読める記載)等である。
しかし,上記㋐の《E2》の供述は,前記ア(イ)のとおり,その信用性が慎重に吟味される必要があるところ,「会合で決まったことに従う」などという白紙委任のような立場を取ること自体が企業の行動としてあり得ないことであり,その内容自体からして信用性がない。
また,上記㋑の《F1》の供述は,平成22年11月5日の午前中に《事業者C》を訪問した際,同社が原告から既に値上げの意向を伝えられているという話を聞いており,そのことを本件会合で他社の担当者に話した可能性があるという内容であり(王子コンスの《F1》参考人審尋記録34頁),《E2》の供述を何ら裏付けるものではない。
さらに,上記㋒及び㋓については,その記載のみから一義的に意味が明らかとなる内容ではなく,複数の解釈が可能であるところ,王子コンスの《F1》の参考人審尋における供述と併せて考えれば,これらのメモの記載は,《F1》が《事業者C》から入手した原告の値上げに関する情報を本件会合において他社に伝えた結果に基づき作成されたものと考えるのが自然である。
そうすると,証拠から合理的に認定できるのは,《F1》が,本件会合において,原告に値上げの意向があるという《事業者C》から得た情報を報告したことくらいであって,《F1》が《H1》から直接原告の意向を確認したとの事実までは合理的に認定することができない。
(エ) 以上によれば,本件審決が挙げる証拠は,本件会合前に原告の《H1》が王子コンスの《F1》との間で本件合意に関するやり取りをした事実を立証する実質的証拠とはならず,その事実を立証する実質的証拠は存在しない。
ウ 本件会合後に,原告の《H1》と王子コンスの《F1》が本件会合ないし本件合意についてやり取りをした事実を立証する実質的な証拠は存在しないこと
(ア) 本件審決は,日コンの《E2》の供述に基づき,王子コンスの《F1》が原告の《H1》に対し,本件会合後にその結果を連絡した事実を認定し,《E2》の供述が信用できる根拠として,本件会合前に原告に対しても本件会合の開催を連絡することになり,その連絡をした《F1》に対し,《H1》が「会合には参加できないが,原告は会合で決まったことに従う」と伝えていたとする前記イ(ア)の認定事実を挙げる。
しかし,《E2》の供述は,前記ア(イ)のとおり,その信用性が慎重に吟味される必要があり,また,原告の《H1》及び王子コンスの《F1》は,《F1》が《H1》に本件会合の結果を連絡したことをいずれも明確に否定しているのであるから,《E2》の上記供述は,これを裏付ける間接事実等がなければ,軽々に信用することができないものであるところ,前記イで述べたとおり,そもそも前記イ(ア)の事実認定自体が実質的証拠に基づかないものであるから,この事実が《E2》の供述の信用性を裏付けるとはいえない。
また,仮に,関係6社と原告との間に協調関係が存在し,本件会合後に《F1》が《H1》に本件会合の結果を伝えていたというのであれば,その後,《H1》がこの情報を社内に持ち帰って上司に報告し,原告としての方針が検討され,その結果が《F1》を通じて関係6社に伝えられるといった経過をたどるのが自然であるのに,本件会合の結果の連絡を受けたとされる原告がその後どのように対応し,その結果が関係6社にどのように伝えられたかという事実については,いずれの供述証拠においても一切言及されてない。
(イ) また,本件審決は,日コンの《E2》の供述に基づき,原告の《H1》が平成22年12月1日頃,《E2》から《事業者A》との値上げ交渉についての情報提供を受けた事実を認定し,《E2》の供述が信用できる根拠として,本件《H4》メモに,他のコーンスターチメーカーが段ボールメーカーに申し入れた値上げの金額が記載されていることを挙げる。
しかし,段ボール用でん粉の取引においては,統一的な価格交渉を望む顧客の意向を受けた《事業者C》を含む商社が,他のコーンスターチメーカーの値上げに関する動向を伝えることがあったのであり,本件《H4》メモに記載された情報も,《事業者C》から得たものと考えられるから,その記載は,原告の《H1》が当該情報を他のコーンスターチメーカーから得たものと認定する根拠とはならない。また,本件《H4》メモには,日本澱粉と加藤化学に関する情報が含まれていないところ,これらの2社が《事業者C》を介さずに《事業者A》と直接取引をしていることからすると,当該情報は《事業者C》からのものと解する方がむしろ自然である。
(ウ) さらに,本件審決は,原告の《H1》と王子コンスの《F1》が,《事業者C》の《C1》と共に,平成23年6月20日及び同年7月12日に食事をした際に,3次値上げにおける各コーンスターチメーカーによる段ボール用でん粉の値上げ申入れや段ボールメーカーとの値上げ交渉の状況についての情報交換も行われたと認定する。
しかし,本件審決は,上記認定の理由について,「上記3者の関係や上記各面談が行われた時期からすると」という極めて曖味な理由を挙げるだけで,具体的な説明がされていない。これらの集まりは,単なる懇親会にすぎず,場所も他の客がいるカラオケ付きのスナックであり,価格交渉に関する密談をすることが出来るような場所ではない。また,値上げ申入れの状況やこれに対する段ボールメーカーの反応等は,《事業者C》の《C1》を通じて各社に共有されている情報であり,時期に関しても,本件合意が成立してから半年以上も経過し,1次値上げ及び2次値上げが妥結した後のことであるから,あえて3者が集まって情報交換をする必要はない。
(エ) 加えて,本件審決は,日コンの《E2》の供述に基づき,同人が平成24年1月18日に原告の《H1》にした電話について,《事業者A》からの値下げ要求についての情報交換を行ったものと認定する。
しかし,本件審決が,《E2》の供述を信用できる根拠として挙げるのは,供述の具体性とその電話の翌日に《E2》が《事業者C》に赴いて《事業者A》からの値下げ要求について報告していることのみであり,十分な裏付けがあるとはいえない。
他方,原告の《H1》は,上記の電話について,その前日に亡くなった《事業者D》の前社長の葬儀について各社からの出席者や香典の額を尋ねるものであった旨供述するところ,業界内で重要な地位を占める人物が亡くなった場合に,葬儀への出席者の地位や香典の額について同業他社の対応方針を確認した上で自社の対応内容を決めることは,横並び意識の強い日本的な慣習を考えれば自然なことである。
(オ) 本件審決は,日コンの《E2》の供述に基づき,上記以外にも,王子コンスの《F1》と原告の《H1》の間で本件各値上げについての情報交換が行われていたと認定する。しかし,この点に関する《E2》の供述は,具体性を欠く抽象的なものにすぎず,他方で,《F1》及び《H1》はいずれもその事実を否定している。本件審決は,本件《E2》メモに原告の対応方針が記載されていることを上記認定の根拠に挙げるが,前記(イ)のとおり,商社から他社に関する情報提供がされていた実態を考えると,上記情報も《F1》が《事業者C》等の商社から得た可能性があるから,本件《E2》メモの記載は《E2》の供述の信用性を裏付けるものではない。
(カ) 以上によれば,本件会合後に,原告の《H1》と王子コンスの《F1》が本件会合ないし本件合意についてやり取りをした事実を立証する実質的な証拠は存在しない。
エ 事後の行動の不自然な一致に関する実質的な証拠は存在しないこと
本件審決は,平成22年11月5目の本件会合以降の原告による本件各値上げの申入れについて,その時期や引上げ幅,実施時期が関係6社とおおむね一致していることをもって,原告が関係6社と共に本件合意をしたことを推認させる一事情になるとする。
しかし,値上げの幅や実施時期を統一させるとの《事業者A》の明確な方針及びその意向を汲んだ商社の介在によって,コーンスターチメーカーによる値上げの実施時期や幅は,そもそもある程度の一致が図られる実情にあった。また,段ボール用でん粉は,シカゴ相場等を主たる変動要因とするという価格構造にあったから,もともと各コーンスターチメーカーが経済合理的に行動すれば,原材料価格が高騰する局面においては,どのメーカーであっても,ほぼ同じような時期に,同じような値幅で販売価格の値上げを検討する必要に迫られることになる性質を内包する製品ということができる。これらの事情を考慮すれば,平成22年11月5日の本件会合以降の原告による値上げ申入れの時期,価格引上げの幅,実施時期に関係6社との一致傾向が見られるとしても,そのこと自体は,原告の本件合意への参加を認める間接事実とはなり得ない。それにもかかわらず,本件審決は,段ボール用でん粉の市場構造及び価格構造に起因する共通化傾向を超えて,原告の本件合意への参加を推認させるような不自然な「一致」があったとまでいえる証拠を一切示しておらず,その認定には実質的証拠が伴っていない。
⑵ 争点2(本件合意は独禁法2条6項の「不当な取引制限」に該当するか)について
本件審決は,関係6社及び原告が,「段ボール用でん粉について,今後,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じて,価格の引上げを共同して行っていく」旨の合意(本件合意)をしたことをもって,独禁法2条6項の「不当な取引制限」に該当すると判断する。
しかし,以下に述べるとおり,このような抽象的な合意は,その内容自体が暖味であり,本件合意により相互に同内容又は同種の値上げを認識・予測することは不可能である上に,本件合意の存在により「競争の実質的制限が成立し得る程度の相互予測」が成り立つと評価することもできず,本件合意は,当事者間で一定の拘束力を有する合意として機能するに足りる本質的な要素を欠いており,一定の取引分野における競争を実質的に制限するものでもないから,本件合意が「不当な取引制限」に該当するとはいえない。
ア 本件合意は,意思の連絡及び相互拘束の要件を満たさないこと
本件合意は,具体的な値上げ幅及び実施時期について合意がされたとされる1次値上げないし3次値上げに関する合意ではなく,「今後,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じて,段ボール用でん粉の価格の引上げを共同して行っていく」旨の枠組みに関する合意にすぎず,本件合意から,各社がそれぞれの値上げの時期や値上げ幅を相互に認識することは不可能である。値上げの時期や幅に関わる主たる要素の一つであるとうもろこしのシカゴ相場は日々連動しており,顧客に対して値上げを申し入れる時期も固定されていない。また,実際の値上げ幅の決定に際しては,為替,製造コスト,過去の取引における採算を是正する必要性等の諸要素も考慮する必要がある。したがって,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じて値上げを行うという本件合意があったとしても,改めて個別のやり取りによって具体的な値上げ幅や実施時期を決める行為を経なければ,どの時点で,どの程度の値上げを行うかについて各社の共通認識を構成することは不可能である。すなわち,本件合意のみでは,相互拘束性の前提となる相互予測が不可能であるから,本件合意が不当な取引制限に当たることはあり得ない。
本件審決は,本件合意の内容に,具体的な値上げの決定時期,実施時期,価格引上げの幅の決定方法が含まれていないことを認めた上で,段ボール用でん粉について,今後,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じて,需要者渡し価格の引上げを共同して行っていく旨の本件合意をすれば,各社の担当者らがこれらの事項について話し合うなどして,歩調をそろえて段ボール用でん粉の価格を引き上げることが可能であった旨判断する。
しかし,価格を引き上げるために,本件合意とは別に,段ボール用でん粉の価格引上げの幅や実施時期等を話し合う必要があるのであれば,本件合意自体には,相互に同内容又は同種の対価の引上げを実施することを認識ないし予測し,これと歩調をそろえる意思は存しないのであって,本件合意以降に行われたとされる1次値上げないし3次値上げに関する個別のやり取りが不当な取引制限に当たることはあり得るとしても,本件合意自体が不当な取引制限に当たることはない。
イ 本件合意は,一定の取引分野における競争の実質的制限の要件を満たさないこと
本件審決は,関係6社及び原告が,①平成22年度及び平成23年度において,我が国における段ボール用でん粉のおおむね8割を製造販売していること,②本件合意に基づいて段ポール用でん粉の価格を1次値上げ及び2次値上げにおいて引き上げることが実現していることを根拠として,本件合意は,我が国における段ボール用でん粉の販売分野における競争を実質的に制限するものと認められる旨判断する。
しかし,上記①については,段ボール用でん粉の市場において十数パーセントのシェアを占める加藤化学の存在が考慮されていない。本件審決は,加藤化学は本件合意に参加していたとは認められないと判断するところ,加藤化学は,十数パーセントのシェアを占めるのみならず,値上げに関して独自の行動を取る傾向にあり,《事業者A》が加藤化学に対してだけ値上げを受け入れたこともあるなど,同社の行為によって競争状態が作出されているのであるから,関係6社及び原告の間に協調関係が存したとしても,競争を実質的に制限することは不可能であったと考えられる。
また,上記②のとおり,関係6社及び原告が1次値上げ及び2次値上げにおいて価格を引き上げることができたのは,現にとうもろこしのシカゴ相場が大幅に上昇していたこと等の外部要因によるものであり,あるいは,2社及び複数社間の個別の合意によるものである可能性もあり得るのであって,本件合意によってその結果が生じたことは何ら立証されていないから,上記②の事実は,本件合意が競争を実質的に制限することを基礎付けるものではない。
したがって,本件合意が我が国における段ボール用でん粉の販売分野における競争を実質的に制限するものであったとする本件審決の判断は誤りである。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(本件審決が認定した「原告が関係6社と共に本件合意をした」との事実には,これを立証する実質的証拠が存在するか)について
前記第2の2の「判断の前提となる事実」によれば,本件審決が認定するとおり(前記第2の3⑴),関係6社が,本件会合が開催された平成22年11月5日までに,各社の担当者らが話し合うなどして,段ボール用でん粉について,今後,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じて,価格の引上げを共同して行っていく旨の合意(本件合意)をしたことが認められるところ,原告は,更に原告も関係6社と共に本件合意をしたものとする本件審決の認定事実(前記第2の3⑵)について,その認定の根拠とされる各間接事実を立証する実質的証拠が存在せず,したがって,上記認定事実にもこれを立証する実質的証拠が存在しない旨を主張する。そこで,以下では,より慎重な検討を行うため,本件審決が上記認定を導き出す根拠とする間接事実ごとに,その認定の合理性を検討し,それらを総合して,上記認定事実を立証する実質的証拠の有無について判断することとする(なお,上記各間接事実については,これらを総合的に検討した場合には相互に補完し合う関係にあり,全体としてみた場合にそれぞれの存在がより積極的に認められることになることを念のために付言する。)。
⑴ 原告と関係6社との間に平成20年春頃以降も協調関係があった事実,本件会合前における原告の《H1》と王子コンスの《F1》とのやり取りに係る事実等について
ア 本件審決の認定
本件審決は,①原告は平成20年春頃から他のコーンスターチメーカーの担当者との会合に参加しなくなったものの,原告の《H1》と親しい関係にあった王子コンスの《F1》から,原告の《H1》は今後も同業者間での会合等での決定事項に沿うようにするので連絡してくださいと言っているとの報告を受けた旨,②その後もしばらくの間,《E2》が《H1》にも事前に会合の連絡をしていた旨,③会合の後には,《E2》又は《F1》が《H1》に対し会合の結果を連絡していた旨,④《H1》から,直接,会合で決まったことに従うと言われたことがある旨をそれぞれ述べる日コンの《E2》の供述に基づき,「原告は,他のコーンスターチメーカーの担当者との会合に出席しなくなった平成20年春頃以降も,関係6社との段ボール用でん粉の価格引上げ等についての協調関係を維持していた」との事実を認定し,さらに,⑤本件事前会合において,本件会合を開催して段ボール用でん粉の値上げについて各社の考えを確認することとなった際,王子コンスの《F1》が,原告の《H1》と敷島スターチの《I1》に連絡することとなった旨,⑥その後,《E2》は,《F1》から,本件会合前に,原告の《H1》は社内コンプライアンスの関係で会合には参加できないものの,原告は会合で決まったことに従うということであったとの報告を受け,本件会合においても,《F1》から,原告は段ボール用でん粉の値上げについて,我々と同じ行動を採る方針であるとの報告がされた旨をそれぞれ述べる《E2》の供述に基づき,「日コンの《E1》及び《E2》,王子コンスの《F1》並びに日本食品の《G1》による平成22年10月20日の本件事前会合において,原告に対しても本件会合の開催を連絡することになり,王子コンスの《F1》がこれを行うことになった」との事実及び「原告の《H1》は,平成22年11月5日の本件会合が開催される前に,王子コンスの《F1》に対して「会合には参加できないが,原告は会合で決まったことに従う」旨を伝え,本件会合において,《F1》からその旨が出席者らに報告された」との事実を認定する。
そこで,《E2》のこれらの供述の信用性及びそれに基づく本件審決の認定の合理性等について検討する。
イ 《E2》の供述の信用性について
原告は,日コンの《E2》の供述について,日コンが課徴金減免制度の適用を受けるために,被告の調査に協力する必要に迫られており,日コンの担当者である《E2》においても,被告に対して迎合的にならざるを得ない状況があるから,その信用性は慎重に吟味される必要がある旨主張する。
しかし,課徴金減免(独禁法7条の2第10項等)の申請を行った事業者の従業員であるからといって,一般的にその供述の信用性が低いとされるべき経験則があるとはいえないし,複数社間のカルテルの合意を申告するに当たり,無関係な第三者を巻き込むことによって,課徴金の減免において有利な取り扱いが受けられるというものではないことからしても,原告のカルテルへの参加を肯定する内容の《E2》の供述について,日コンが課徴金減免の申請者であることを理由として,他の関係者の供述以上にその信用性を厳しく判断しなければならないものと決めつけることはできない。もっとも,確たる裏付けもない供述証拠を無批判に事実認定の根拠とすべきでないことは,《E2》の供述に限らず一般論として当然のことであるから,《E2》の供述の信用性を検討するに当たっても,その裏付けとなる事情の有無を考慮する必要があることは言うまでもない。
ウ 《E2》の前記ア⑥の供述について
(ア) まず,日コンの《E2》の前記ア⑥の供述については,本件審決が適示する(前記第2の3⑵イ(ア)c)とおり,本件三和澱粉メモ及び本件日本澱粉メモの各記載によって客観的に裏付けられるものといえる。すなわち,本件三和澱粉メモにおける「J→OK」との記載及び本件日本澱粉メモにおける「JAオイル→値上は,そう」との記載は,その記載内容自体に加え,これらに係る三和澱粉の《J4》及び《J1》の供述並びに日本澱粉の《L1》の供述からみて,原告が関係6社と協調して段ボール用でん粉の値上げを行うことに同意していることを意味する記載であると合理的に解釈することができる。そうすると,これらのメモの記載は,《E2》が述べる「本件会合において,王子コンスの《F1》から,原告は段ボール用でん粉の値上げについて,我々と同じ行動を採る方針であるとの報告がされた」との事実を明確に裏付けており,しかも,それが改ざんの痕跡等の認められない文書として残存していることからすると,《E2》の上記供述の信用性を客観的に裏付けるものということができる。
(イ) これに対し,原告は,本件三和澱粉メモ及び本件日本澱粉メモについて,その記載のみから一義的に意味が明らかとなる内容ではなく,複数の解釈が可能であるところ,王子コンスの《F1》の参考人審尋における供述と併せて考えれば,これらのメモの記載は,《F1》が《事業者C》から入手した原告の値上げに関する情報を本件会合において他社に伝えた結果に基づき作成されたものと考えるのが自然である旨主張する。
しかし,本件三和澱粉メモ及び本件日本澱粉メモの上記各記載は,その記載自体からみても,原告が,段ボール用でん粉の値上げについて,他のコーンスターチメーカーと協調する行動をとることに同意していることを意味する記載であると合理的に解釈することができるというべきである。また,原告がその主張の根拠とする王子コンスの《F1》の供述は,原告が《事業者C》に値上げの意向を伝えた旨を《事業者C》から聞いたというものであり,その際,《事業者C》からは,原告が値上げを希望する金額等の具体的な話はなかったというのであるから (《F1》の参考人審尋調書34頁),結局のところ,《F1》が《事業者C》から入手した情報とは,原告に値上げの意向があるというだけの事実であって,その値上げの幅や実施時期などについての原告の具体的な意向は何ら伝えられていない。 そして,原告に値上げの意向があるというだけの事実が本件会合で伝えられたからといって,各社の担当者が,段ボール用でん粉の値上げについて,原告も他のコーンスターチメーカーと協調する行動をとることに同意しているものと理解することは考え難いというべきであるから,原告の主張するようなものとして本件三和源紛メモ及び本件日本澱粉メモの記載を理解することは困難である。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) また,原告は,《E2》の前記ア⑥の供述によると,原告は,「会合で決まったことに従う」などという白紙委任のような立場をとったことになるが,企業の行動としてあり得ないとして,その内容自体から信用性がない旨主張する。
しかし,原告を含む関係8社の間には,従前から,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じ,共同して段ボールメーカーとの段ボール用でん粉の価格引上げ交渉を行うために,各社の担当者らが価格引上げの幅や実施時期等を話し合うなどする協調関係があり,現に,平成18年秋頃からは,各社の担当者らが,価格引上げの幅やその実施時期等について申し合わせ,段ボールメーカーとの値上げ交渉の状況に関する情報交換や交渉方針についての話し合いを行った上で,それぞれが段ボールメーカーとの値上げ交渉を行って,これを妥結させることを繰り返した実績があること(前記第2の2⑶)からすれば,これらにも関与していた原告の《H1》としては,従前の経験ととうもろこしのシカゴ相場の状況を踏まえ,本件会合での話し合いの結果についておおよその想定は可能であったと考えられるから,そのような想定を前提に,「会合で決まったことに従う」という対応をすることも,特に不自然なこととはいえない。
したがって,原告の上記主張も採用することはできない。
(エ) 以上によれば,日コンの《E2》の前記ア⑥の供述は,客観的な証拠によって裏付けられるものであって,その信用性は高いというべきである。
エ 《E2》の前記ア⑤の供述について
(ア) 上記ウのとおり,日コンの《E2》の前記ア⑥の供述は信用性が高く,これによれば,原告の《H1》と王子コンスの《F1》との間では,平成22年11月5日の本件会合が開催される前に,《H1》が《F1》に対し,「会合には参加できないが,原告は会合で決まったことに従う」旨を伝えるやり取りがされたことになるところ,このようなやり取りがされるためには,《H1》に対し,本件会合前に,その開催の事実が知らされていることが前提となる。そうすると,本件会合前に,《F1》から《H1》に対し,本件会合を開催する旨が連絡され,その際に両者の間で上記やりとりがされたというのが最も自然な経過と考えられる。これに加えて,本件審決が適示する(前記第2の3⑵イ(ア)b)とおり,本件事前会合に参加した日本食品の《G1》が,敷島スターチ,原告,三和澱粉及び日本澱粉に対する本件会合開催の連絡は,日コンの《E2》と王子コンスの《F1》が手分けして各社の担当者にすることになった旨を供述していること(査15,103)も考慮すると,日コンの《E2》の前記ア⑤の供述についても,その信用性は高いというべきである。
(イ) これに対し,原告は,日本食品の《G1》の供述は,原告が平成20年春頃以降,同業他社間の会合に参加しなくなっていることが明らかであるにもかかわらず,そのことには一切触れずに,あたかも原告も関係6社と同様に本件会合に出席するかのような前提で連絡がされたと解される内容となっており,不自然で信ぴょう性がない旨主張する。
しかし,本件審決が認定する「原告は,他のコーンスターチメーカーの担当者との会合に出席しなくなった平成20年春頃以降も,関係6社との段ボール用でん粉の価格引上げ等についての協調関係を維持していた」との事実(本件審決の当該認定に合理性があることについては,後記オで述べる。)を前提とすれば,日本食品の《G1》としては,原告が,同業他社間の会合に参加していないことは認識していたとしても,なお価格引上げ等についての協調関係には参加しており,情報共有の相手方であるという意味では他のコーンスターチメーカーと異ならないという認識を有していたとしても不自然ではないから,上記のような供述の信ぴょう性を否定することはできない。むしろ,《G1》の供述は,日本食品にとって不利益な事実も含めて,本件事前会合の経緯や内容等を具体的かつ詳細に述べるものであり,その信用性に疑義を抱かせる点は特段見当たらないというべきである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
オ 《E2》の前記ア①ないし④の供述について
(ア) 上記ウ及びエのとおり,日コンの《E2》の前記ア⑤及び⑥の各供述は信用性が高く,これらによれば,本件事前会合において,原告に対しても本件会合の開催を連絡することになり,王子コンスの《F1》が原告の《H1》にその連絡を行ったところ,《H1》から《F1》に対して,「会合には参加できないが,原告は会合で決まったことに従う」旨を伝えられたことになる。この点,原告が主張するように,平成20年春頃以降は,原告と関係6社との間に,段ボール用でん粉の価格引上げ等についての協調関係が存在せず,これに係る情報交換等も全く行われていなかったとすれば,本件会合に際してのみ,その開催を原告の《H1》に連絡したり,《H1》から上記のような方針が伝えられたりすることは,考え難いことといえる。そうすると,《E2》の前記ア⑤及び⑥の各供述が信用できることを前提とすれば,平成20年春頃以降も原告と関係6社との間に段ボール用でん粉の価格引上げ等についての協調関係があったことが合理的に推察されることとなり,これに沿う《E2》の前記ア①ないし④の供述は,内容において自然なものということができる。これに加えて,本件審決が適示する(前記第2の3⑵ア(ア))とおり,日本食品の《G2》及び《G4》が,原告について,同業他社との会合に参加しなくなった後も,他のコーンスターチメーカーと協調して値上げをしているという認識を持っていた旨を供述していること(査46,50)も考慮すると,日コンの《E2》の前記ア①ないし④の供述についても,その信用性は高いというべきである。
(イ) これに対し,原告は,①日コンの《E2》の前記ア①ないし④の供述は,自らが原告の《H1》に会合の連絡をした時期,連絡内容,頻度等の具体的な事情が明らかにされておらず,具体性を欠く曖味で抽象的な内容であるから,およそ信用性が認められない旨,②日本食品の《G2》及び《G4》の供述は,伝聞に基づく推測の域を出ないものであり,いずれも信用性に欠ける旨主張する。
しかし,前記(ア)で述べたとおり,日コンの《E2》の前記ア①ないし④の供述は,信用性の高い前記ア⑤及び⑥の《E2》の供述から帰結される本件会合開催に当たって原告の《H1》に開催の連絡がされた事実やこれに対する《H1》からの前記申出の事実といった具体的な事実によって裏付けられるものといえるから,《H1》への連絡時期,連絡内容,頻度等の具体的な事情が明らかではないからといって,直ちにその信用性が認められないとはいえない。
また,日本食品の《G2》の供述(査46)は,日本食品が同業者間の決定に沿った内容で,原告と競合する特定の段ボールメーカーに段ボール用でん粉の値上げの申入れをしたところ,当該メーカーから,原告からの値上げの申入れはないと言われたため,《G2》が原告の《H1》に対し,当該メーカーへの値上げ申入れを行うよう促した(すなわち,同業者間の決定に従った行動を求めた)という具体的なエピソードに基づいて,上記(ア)のとおりの認識を述べているものであるから,伝聞に基づく推測の域を出ないとの評価は当たらない。さらに,日本食品の《G4》の供述(査50)も,同業他社との会合に参加しなくなった後の原告の動きが,他社と同じような時期に,同じような値上げをするものであったという同人が認識する事実に基づいて,《G2》と同様の認識を述べているものであるから,やはり伝聞に基づく推測の域を出ないなどと評価することは相当ではない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) また,原告は,平成20年春頃以降,原告と関係6社との協調関係がなかったことは,原告において,平成19年までに会社の方針としてコンプライアンス体制の強化が図られ,かつ,価格決定権限を有する責任者が原告の《H2》に交代した結果,独禁法に抵触する可能性のある行動を禁止するという会社の方針が共有され,現に,平成20年春頃以降,原告の担当者が公式な会合を除いて同業他社の担当者との会合に出席しなくなったという客観的な事実によって裏付けられている旨主張する。
しかし,原告において,コンプライアンス強化の方針がとられ,平成20年春頃以降,原告の担当者が同業他社の担当者との会合に出席しなくなった事実があるとしても,対外的な場面では,会社の方針であるコンプライアンス順守の姿勢を示しながら,各コーンスターチメーカーの担当者同士の内部的な関係では,従来からの協調関係を維持し,「会合には参加できないが,原告は会合で決まったことに従う」という対応をとることも,その当否は措くとして,十分に考えられることである。特に,原告の段ボール用でん粉に係る営業については,《H1》が長年にわたって専ら担当してきたものであり,遅くとも平成18年頃からあった各コーンスターチメーカーとの段ボール用でん粉の値上げに係る協調関係に関与してきたのも専ら《H1》であること,原告の《H2》は,平成19年9月以降に段ボール用でん粉に係る事業の責任者であるスターチ部長に就任するまで段ボール用でん粉に係る営業に携わった経験がなく,その営業については,同部の課長代理であり,同人よりも入社年次が1年上の《H1》に任せてきたこと(査5)といった事情からすれば,原告の段ボール用でん粉に係る営業を担う中心的な立場に立つ《H1》が,段ボール用でん粉の値上げ交渉等において情報面で他社に遅れをとらないようにしようと考えるなどして,表立った行動を伴わない各コーンスターチメーカーの担当者同士の内部的な関係においては従来からの協調関係を維持する対応をすることも,不自然なこととはいえない。
したがって,原告の担当者が同業他社の担当者との会合に出席しなくなったという事実があるからといって,平成20年春頃以降,原告と関係6社との協調関係がなかったことが裏付けられるものとはいえない。
カ 《H1》及び《F1》の供述の信用性について
原告の《H1》及び王子コンスの《F1》は,いずれも,平成20年春頃以降に原告が関係6社との協調関係を維持していたことを否定するとともに,本件会合が開催される前に両者が連絡をとったこと自体を否定しており,前記アのような日コンの《E2》の供述と対立する供述をする。
そこで,これらの供述の信用性について検討すると,まず,王子コンスの《F1》の供述は,関係6社による従前からの段ボール用でん粉の価格引上げに関する協調関係の存在,本件会合の開催が決定される経緯,本件会合でのやり取りの内容及び本件会合後の関係6社による情報交換の内容等について,王子コンス以外の各コーンスターチメーカーの担当者らの一致した供述から優に認定できる事実(前記第2の2⑶,⑹,⑺ア(イ),イ(イ),ウ(イ))をいずれも否定するものであり,王子コンスの審判請求における主張に沿う内容となっている。そうすると,《F1》の供述は,王子コンスの利益に沿って,その核心部分において明らかに事実に反する内容を述べるものであって,信用性に欠けると評価せざるを得ない。この点,原告は,本件会合前後の関係6社間のやり取りに関する《F1》の供述が同業他社の担当者の供述と一致しないとしても,そのことと平成20年春以降の原告と関係6社との協調関係の維持に関する同人の供述の信用性とは関係がない旨主張する。しかし,本件会合前後の各コーンスターチメーカー間のやり取りに係る事実は,それ以前からの各コーンスターチメーカー間の協調関係の存在やその内容を示す具体的な事実にほかならないから,これらに係る各供述の信用性は相互に関連するものであって,無関係に判断されるべきものとはいえない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
次に,原告の《H1》の供述は,原告が関係6社との協調関係を維持し,本件合意にも参加していたという原告にとって不利益な事実を否定する内容であり,本件における原告の主張に沿うものであるところ,《H1》が原告の従業員としてその利益に沿った供述を求められ得る立場にあることからすると,その供述の信用性は,日コンの《E2》の供述以上に慎重に吟味される必要があるものといえる。ところが,《H1》の上記供述には,これを裏付ける客観的な証拠があるとはいえないし(《E2》の前記ア⑥の供述を裏付ける本件三和澱粉メモ及び本件日本澱粉メモのような客観的な証拠はないし,原告の担当者が同業他社の担当者との会合に出席しなくなったという事実が裏付けとならないことは,上記オ(ウ)で述べたとおりである。),王子コンスの《F1》の供述と符合することも,上記のとおり《F1》の供述自体に信用性が欠ける以上,裏付けとはならないというべきであるから,《H1》の供述は,全体として信用性の高いものと評価することはできない。
キ 小括
以上の検討を総合すれば,日コンの《E2》の供述に基づき,前記アのとおり,原告と関係6社との間に平成20年春頃以降も協調関係があった事実や本件会合前の原告の《H1》と王子コンスの《F1》とのやり取りに係る事実等を認めた本件審決の認定には,合理性があるものと評価することができる。
⑵ 王子コンスの《F1》が原告の《H1》に対し本件会合の結果を伝達した事実について
ア 本件審決は,日コンの《E2》の供述に基づき,「王子コンスの《F1》が,本件会合から,原告が段ボールメーカーに1次値上げの申し入れを行った平成22年11月18日までの間に,原告の《H1》に対し,本件会合の結果を連絡した」との事実を認定するところ,前記⑴のとおり合理性のあるものと認められる本件審決の認定に係る事実(本件会合前に,《H1》が《F1》に対し,「会合には参加できないが,原告は会合で決まったことに従う」旨を伝えたとの事実)を前提とすれば,本件会合後に,《F1》から《H1》に対し本件会合の結果が伝えられることは当然の成り行きといえるから,本件審決の上記認定には,合理性があるものと評価することができる。
なお,《E2》の上記供述と対立する王子コンスの《F1》及び原告の《H1》の供述が信用性に乏しいものであることは,前記⑴カで述べたとおりである。
イ これに対し,原告は,関係6社と原告との間に協調関係が存在し,本件会合後に《F1》が《H1》に本件会合の結果を伝えていたというのであれば,その後,《H1》がこの情報を社内に持ち帰って上司に報告し,原告としての方針が検討され,その結果が《F1》を通じて関係6社に伝えられるといった経過をたどるのが自然であるのに,本件会合の結果の連絡を受けたとされる原告がその後どのように対応し,その結果が関係6社にどのように伝えられたかという事実については,いずれの供述証拠においても一切言及されてないとして,本件審決の上記認定に疑問を呈する。
しかし,そもそも原告社内でどのようなやり取りがされたかについては部外者が認識し得る事柄ではないし,平成22年11月18日午前に,原告の《H2》と《H1》の間でやり取りされたメール(査5・添付資料1及び2)をみると,《H1》から原告の《H2》に,「《事業者A》向けで各社は書類を出さない模様。口頭で12月から12,13円の値上げを表明するのみ。ウチはどうしましょう?」との報告がされ,《H2》から《H1》に,「《事業者A》さんには,値上げ時期は12月から価格は,12円でいきましょう。」との指示がされていることが認められるところ,《H1》の上配報告に係る値上げの時期や金額が本件会合で出された各社の意見(前記第2の2⑹イ)とおおむね符合するものであることからすると,上記報告は,《H1》が王子コンスの《F1》から伝えられた本件会合の結果に基づいてされたものと理解することも可能である。また,原告が,伝えられた本件会合の結果に従って1次値上げの申入れを行うのであれば,そのことを改めて関係6社に伝えなければならないとは限らないから,原告の方針が関係6社に伝えられた事実が証拠上明らかでないとしても,格別不自然なこととはいえない。
したがって,原告の上記主張を踏まえても,本件審決の上記認定の合理性が否定されるものではない。
⑶ 本件会合後,上記⑵以外に原告の《H1》と日コンの《E2》又は王子コンスの《F1》が段ボール用でん粉の値上げについて情報交換等をした事実について
 ア 平成22年12月1日の《E2》から《H1》への情報提供について
(ア) 本件審決は,日コンの《E2》が,平成22年12月1日の《事業者A》訪問後,王子コンスの《F1》,原告の《H1》,敷島スターチの《I1》,三和澱粉の《J2》に,日コンと《事業者A》との値上げ交渉の内容について報告をした旨を述べる《E2》の供述(査100)に基づき,「原告の《H1》は,平成22年12月1日頃,日コンの《E2》から《事業者A》との値上げ交渉についての情報提供を受けた」との事実を認定する。この点,本件審決が適示する(前記第2の3⑵オ(ア))とおり,敷島スターチの《I1》が作成したノート(査100・別紙14)の記載から,平成22年12月1日に,《H1》が《I1》に対し,《事業者A》との値上げ交渉の状況について報告をしている事実が確認できること,本件《H4》メモに,平成22年12月20日に行われた原告の定例会での《H1》の発言として,王子コンス,日コン,敷島スターチ及び三和澱粉が段ボールメーカーに申し入れた値上げの金額が記載されており,かつ,その金額がいずれも上記各社が1次値上げの際に申し入れた実際の金額と一致すること等,《E2》の上記供述に沿う事実が認められることを考慮すると,《E2》の上記供述の信用性は高いというべきである。
(イ) 原告は,段ボール用でん粉の取引においては,《事業者C》を含む商社が,他のコーンスターチメーカーの値上げに関する動向を伝えることがあったのであるから,本件《H4》メモに記載された情報も,《事業者C》から得たものと考えられ,むしろ,当該メモに,《事業者C》を介さずに《事業者A》と直接取引をしていた日本澱粉と加藤化学に関する情報が含まれていないことからすると,当該情報は《事業者C》から得たものと解する方が自然である旨主張する。
しかし,上記平成22年12月20日以前に,《事業者C》から原告に対し,上記4社が申し入れた値上げの金額が伝えられていた事実を具体的に示す証拠はなく,原告の上記主張は抽象的な可能性を述べるものにすぎないのであり,そのような抽象的な可能性が完全に否定できないからといって,本件《H4》メモを《E2》の上記供述の信用性を裏付ける証拠の一つとみることが妨げられるものではない。
(ウ) したがって,平成22年12月1日の《E2》から《H1》への情報提供に係る本件審決の認定には,合理性があるものと評価することができる。
イ 平成23年6月20日及び同年7月12日の《F1》と《H1》の情報交換について
(ア) 原告の《H1》は,平成23年6月20日及び同年7月12日に,王子コンスの《F1》及び《事業者C》の《C1》と飲食店において面談をしている(前記第2の2⑺ウ(ウ)a及びb)ところ,本件審決は,その際のやり取りについて,「3次値上げの時期ですので,お会いした際には,3次値上げの話をしたはずです。」などと述べる《事業者C》の《C1》の供述(査169,170)に基づき,3次値上げにおける各コーンスターチメーカーによる段ボール用でん粉の値上げ申入れや段ボールメーカーとの値上げ交渉の状況についての情報交換が行われたとの事実を認定するところ,各コーンスターチメーカーと《事業者A》との3次値上げの交渉が行われていた最中の時期に,原告の《H1》,王子コンスの《F1》及び《事業者C》の《C1》の3者による飲食店での面談が行われている以上,その際に,3次値上げにおける各コーンスターチメーカーによる段ボール用でん粉の値上げ申入れや段ボールメーカーとの値上げ交渉の状況についての情報交換が行われることは,自然な経過ということができる(むしろ,上記3者の関係や面談の時期からすれば,3次値上げに係る交渉の状況に話が全く及ばないことは,考えにくいことというべきである。)。
(イ) 原告は,上記面談の場所が,カラオケ付きのスナックであり,密談ができるような場所ではないこと,値上げ交渉の状況等は,《事業者C》を通じて各社に共有されている情報であるから,あえて情報交換をする必要がないことを理由に挙げ,本件審決の上記認定に疑間を呈する。
しかし,そもそもカラオケ付きのスナックであるから,3次値上げに係る話ができないとは一般にいい難いし,上記面談の内容は,《事業者C》の《C1》が,「それほど込み入った話というよりも,今後《事業者A》や《事業者B》に3次値上げの申入れをしていこうということなどを話しました。」(査170),「この飲み会で値上げの話が出たとしても,それは世間話のような感じで,たまたまその時期にしている仕事の大変さを愚痴る程度の話だったと思います。」(審B14)等と述べるとおり,詳細にまで及ぶ内容ではなかったと考えられるから,なおさら,このような話ができなかったものとはいえない。また,事前にある程度の情報共有が図られていたとしても,現に面談をする以上,直接話をすることは自然なことというべきであるから,原告の上記主張を踏まえても,《事業者C》の《C1》の前記供述が不自然であるとはいえない。
(ウ) したがって,平成23年6月20日及び同年7月12日の《F1》と《H1》の情報交換に係る本件審決の認定には,合理性があるものと評価することができる。
ウ 平成24年1月18日の《E2》と《H1》の電話による情報交換について
原告の《H1》は,平成24年1月18日に日コンの《E2》から電話を受けている(前記第2の2⑺ウ(ウ)c)ところ,本件審決は,その電話の内容について,日コンの《E2》の供述(査90)に基づき,《事業者A》からの値下げ要求についての情報交換を行ったものと認定し,《E2》が上記電話の翌日に《事業者C》に赴いて《事業者A》からの値下げ要求について報告している事実が認められることをもって,《E2》の供述が信用できる旨判断する。
これに対し,原告の《H1》は,上記電話について,その前日に亡くなった《事業者D》の前社長の葬儀について各社からの出席者や香典の額を尋ねるものであった旨供述するところ,確かに,《事業者D》の前社長が平成24年1月17日に死亡し,同月21日に葬儀が予定されていた事実(審B5・別紙)からすれば,自社の出席者や香典の額を決めるに当たって同業他社に確認の電話をすることも,横並び意識の強い日本的な慣習を考慮すれば,考えられないことではないし,平成24年1月18日の《E2》の電話は,各コーンスターチメーカーの担当者に対し,短時間のうちに連続して行われており,その通話時間が1分20秒から約4分程度といずれも短時間であることからすれば,《H1》が述べるような葬儀に関する事務的な確認が行われたと考えることも可能である。また,《E2》が,上記電話について,「この当時,シカゴ相場の下落に伴い,値下げに関して各社に確認を行ったものではないかと思います。」と断定を避ける言い方をしていることからすると,その記憶は確実なものではない可能性も否定できないというべきである。しかし,これらの点をもってしても,《E2》の供述の信ぴょう性が阻却される,あるいは同供述を基にした本件審決の上記認定が経験則に反するとまで認めることはできないから,結局,本件審決における上記認定は実質的証拠に基づくものというべきであり,その合理性を否定することはできない(なお,仮に,本件審決の上記認定が否定されたとしても,その他の事実関係を総合考慮すれば,本件結論に何ら影響は生じない。)。
エ その他の情報交換について
(ア) 本件審決は,上記以外にも,王子コンスの《F1》が原告の《H1》と本件各値上げについての情報交換を行った旨を述べる日コンの《E2》の供述(査100,査157)に基づき,「王子コンスの《F1》と原告の《H1》との間では,上記アなししウ以外にも,本件各値上げに関する情報交換が行われていた」との事実を認定する。これまでに判示したところを前提にすれば,《F1》と《H1》の間で,上記ア及びイ以外にも,本件各値上げについての情報交換が行われることは,自然な経過ということができるし,本件審決が適示する(前記第2の3⑵オ(エ))とおり,日コンの《E2》が平成23年2月28日頃に王子コンスの《F1》から聞いた内容を記載した本件《E2》メモをみると,日コンが同月25日頃に《事業者A》への段ボール用でん粉の納入停止を通告したことを受けて,《事業者A》が,同日頃にその他の各コーンスターチメーカーに1キログラム当たり8円の値上げの受入れと段ボール用でん粉の代替納入を依頼したこと(前記第2の2⑺ア(ア)e)に対する各社の検討状況等が記載され,そこには,原告についても「社内検討中」である旨が記載されていることからすると,王子コンスの《F1》と原告の《H1》の間では,少なくとも《事業者A》からの上記依頼への対応に関する情報交換が行われたことが認められ,このことは《E2》の上記供述に沿うものである。以上を考慮すると,《E2》の上記供述の信用性は高いというべきである。
(イ) これに対し,原告は,商社から各コーンスターチメーカーに対し他社の動向に関する情報が伝えられることがあった実態からすれば,王子コンスの《F1》が《E2》に伝えた上記情報も,《事業者C》等の商社から得た可能性があるから,本件《E2》メモの記載は《E2》の上記供述を裏付けるものではない旨主張する。
しかし,上記平成22年2月25日頃から同月28日頃までの間に,《事業者C》等の商社から王子コンスの《F1》に対し,本件《E2》メモに記載の各社の検討状況等が伝えられていた事実を具体的に示す証拠はなく,原告の上記主張は抽象的な可能性を述べるものにすぎない。しかも,商社から各コーンスターチメーカーに対して,他社が決定した値上げ申入れの金額等の情報が伝えられることはあるとしても,本件《E2》メモに記載された「社内検討中」などという単なる途中経過にすぎない情報が殊更伝えられることは考えにくいといえる。そうすると,本件《E2》メモに記載された情報が商社から《F1》に伝えられたものと認めることは困難であり,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ) したがって,上記ア及びイ以外にも《F1》と《H1》との間で情報交換があったとの本件審決の認定には,合理性があるものと評価することができる。
⑷ 本件各値上げにおける原告の値上げ申入れの状況について
ア 原告の段ボールメーカーに対する本件各値上げの申入れの内容は,前記第2の2⑺ア(ア)a,イ(ア)a及びウ(ア)aのとおりであり,その申入れの時期,価格引上げの幅,その実施時期は,関係6社とおおむね一致している。そして,このことは,本件審決が適示する(前記第2の3⑵エ)とおり,原告が関係6社と共に本件合意をしたことを推認させる事情になるものといえる。
イ これに対し,原告は,値上げの幅や実施時期を統一させるとの《事業者A》の明確な方針及びその意向を汲んだ商社の介在によって,コーンスターチメーカーによる値上げの実施時期や幅はある程度の一致が図られること,段ボール用でん粉は,シカゴ相場を主たる変動要因とするという価格構造にあり,原材料価格が高騰する局面においては,どのメーカーでも,同じような時期に,同じような値幅で販売価格の値上げを検討する必要に迫られることといった実情からすれば,原告による値上げ申入れの時期や内容に関係6社との一致傾向が見られるとしても,そのことは,原告の本件合意への参加を認める間接事実とはなり得ない旨主張する。
しかし,原告主張の事情から各コーンスターチメーカーによる段ボール用でん粉の値上げ申入れの時期や内容が統一化される傾向があることは否定できないにしても,本件各値上げにおける原告と関係6社の申入れの内容は,1次値上げから3次値上げに至る3回の値上げのいずれにおいても,申入れの時期,価格引上げの幅及びその実施時期のいずれもがおおむね一致しているのであり,その一致の程度は顕著なものといえる。このように,原告と関係6社の値上げ申入れの内容が顕著に一致する事実は,原告主張の傾向の存在を踏まえてみても,前記⑴ないし⑶のとおり合理性のあるものと認められる本件審決の認定に係る事実と相まって,原告の本件合意への参加を推認させる有力な事情となり得ることは明らかである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
⑸ まとめ
以上によれば,本件審決による前記⑴ないし⑷の各事実に係る認定判断は,いずれも関係証拠に照らして合理性のあるものといえる。そして,これらの各事実,すなわち,①原告は,関係6社及び加藤化学との間で,遅くとも平成18年頃までには,段ボール用でん粉の原料であるとうもろこしのシカゴ相場が上昇すると,共同して段ボールメーカーとの価格引上げの交渉を行うために,価格引上げの幅や実施時期等を話し合うなどする協調関係を形成していたところ,各社の担当者との会合に参加しなくなった平成20年春頃以降も,関係6社との間での上記協調関係を維持していたこと,②本件会合の前に,王子コンスの《F1》が原告の《H1》に本件会合の開催を連絡し,これに対して,《H1》から《F1》に対し,「会合には参加できないが,原告は会合で決まったことに従う」旨が伝えられ,本件会合において,《F1》からその旨が出席者らに報告されたこと,③本件会合後に,王子コンスの《F1》から原告の《H1》に対し,本件会合の結果が連絡されたこと,④原告の段ボールメーカーに対する本件各値上げの申入れの内容は,その申入れの時期,価格引上げの幅,その実施時期のいずれもが関係6社とおおむね一致していること,⑤本件会合後に,上記③以外にも,原告の《H1》と日コンの《E2》又は王子コンスの《F1》の間で段ボール用でん粉の値上げについての情報交換がされていること等を総合した結果として,原告が関係6社と共に,本件会合が開催された平成22年11月5日までに,各社の担当者らが話し合うなどして,段ボール用でん粉について,今後,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じて,価格の引上げを共同して行っていく旨の合意(本件合意)をしたものと認定することには,相応の合理性があるというべきである。
そうすると,本件審決が認定した「原告が関係6社と共に本件合意をした」との事実については,少なくともこれを立証する実質的証拠がないとはいえないというべきであるから,この点に関する原告の主張には理由がない。
2 争点2(本件合意は独禁法2条6項の「不当な取引制限」に該当するか)について
⑴ 上記1のとおり,本件においては,原告が関係6社と共に,本件会合が開催された平成22年11月5日までに,各社の担当者らが話し合うなどして,今後,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じて,段ボール用でん粉の価格の引上げを共同して行っていく旨の合意(本件合意)をしたことが認められる。
そして,原告及び関係6社が本件合意をしたことが,独禁法2条6項の「不当な取引制限」に該当するといえるためには,それが,他の事業者と共同して対価を引き上げ,相互にその事業活動を拘束し,又は遂行することにより,公共の利益に反して,一定の取引分野における競争を実質的に制限するものであることを要するところ,本件合意の上記内容からすれば,原告及び関係6社は,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じて段ボール用でん粉の値上げのための活動を実施するという同内容又は同種の対価の引上げを実施することを相互に認識ないし予測し,これと歩調を合わせる意思があったものというべきであるから,原告及び関係6社の間には,他の事業者と共同して対価を引き上げる旨の「意思の連絡」があったものといえる。
また,本件合意の成立は,本来原告及び関係6社においてそれぞれ自由に行うべき段ボール用でん粉の価格に係る意思決定を制約することとなるものであり,このことは,前記第2の2⑺のとおり,実際に,原告及び関係6社が,本件各値上げに係る段ボールメーカーへの値上げ申入れに際し,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じて歩調をそろえる行動をとっていた事実からも裏付けられるところである。そうすると,本件合意は,原告及び関係6社の事業活動を「相互に拘束」するものであったといえる。
さらに,本件合意がされ,その後本件各値上げの申入れが行われた平成22年度及び平成23年度において,原告及び関係6社が製造販売する段ボール用でん粉の合計が,我が国における同商品の8割を超えるシェアを占めていたこと(査40)からすれば,このような原告及び関係6社が本件合意をしたことが,我が国における段ボール用でん粉の取引分野における「競争を実質的に制限する」ものであったことは明らかといえる。
⑵ これに対し,原告は,本件合意は,「今後,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じて,段ボール用でん粉の価格の引上げを共同して行っていく」旨の枠組みに関する抽象的な合意にすぎず,本件合意のみでは,具体的な値上げの幅や実施時期についての各社の共通認識を構成することは不可能であって,本件合意自体には,相互に同内容又は同種の対価の引上げを実施することを認識ないし予測し,これと歩調をそろえる意思は存しないというべきであるから,本件合意は意思の連絡及び相互拘束の要件を満たさない旨主張する。
しかし,本件合意の成立に至った本件会合においては,関係6社の担当者の間で,本件会合後に各社が予定している段ボールメーカーに対する段ボール用でん粉の価格引上げの申入れについて,各社から出された意見を総合した結果,引上げ額を1キログラム当たり10円以上とし,引上げの実施時期を遅くとも平成23年1月1日納入分からとすることで意見が一致しており(前記第2の2⑹イ),現に,その後行われた原告及び関係6社の1次値上げに係る申入れの内容(引上げの額及び実施時期)も,上記の一致した意見に沿うものとなっている(前記第2の2⑺ア(ア)a)のであるから,原告及び関係6社は,少なくとも1次値上げに関する限り,具体的な値上げ幅や実施時期についても共通認識を形成し,それが合意の内容になっていたものというべきである(なお,原告の《H1》は,本件会合に参加していないが,前記1⑴及び⑵のとおり,本件会合前に,原告の《H1》から王子コンスの《F1》に対して「会合には参加できないが,原告は会合で決まったことに従う」旨が伝えられ,本件会合において,《F1》からその旨が出席者らに報告され,これを受けて,《F1》から《H1》に本件会合の結果が伝えられている以上,原告も本件合意に参加し,上記の認識を他社と共有していたものと認められる。)。
他方,2次値上げ以降については,本件合意の時点では,具体的な値上げの幅や実施時期についての各社の共通認識はいまだ形成されていなかったものといえる。しかし,各コーンスターチメーカーがとうもろこしのシカゴ相場の上昇に伴って段ボール用でん粉の値上げ交渉を行うに当たっては,その交渉の主たる相手方である《事業者A》が,申入れ額の一部しか値上げを認めず,また,交渉の妥結までに一定の期間を要することから,《事業者A》に認められなかった分の値上げや,値上げ交渉中のシカゴ相場上昇分の値上げを求めて,引き続き次の値上げ交渉が行われるのが通例だったのであるから(前記第2の2⑵イ(エ)),本件合意に当たっても,原告及び関係6社としては,1次値上げの交渉が妥結した後も,引き続き2次,3次と値上げ交渉が行われるであろうことは,当然に想定していたものと考えられる。そして,原告及び関係6社の間には,従前から,とうもろこしのシカゴ相場の上昇に応じ,共同して段ボールメーカーとの段ボール用でん粉の価格引上げ交渉を行うために,各社の担当者らが価格引上げの幅や実施時期等を話し合うなどする協調関係があり,現に,平成18年秋頃から,各社の担当者らが,価格引上げの幅やその実施時期等について申し合わせ,段ボールメーカーとの値上げ交渉の状況に関する情報交換や交渉方針についての話し合いを行った上で,それぞれが段ボールメーカーとの値上げ交渉を行ってこれを妥結させることを繰り返した実績があること(前記第2の2⑶)からすれば,本件合意に当たっても,原告及び関係6社としては,従前と同様に,本件合意後に各社の担当者らの間で話し合いを行うこと等を通じて,具体的な値上げ幅や実施時期についての共通認識を形成し,共同歩調をとって値上げ交渉を行っていくことを当然に予定しており,かつ,従前の経験等からそれが十分可能であると認識していたものと考えられるのであり,このことは,現に,本件合意後に行われた本件各値上げに係る交渉経過の中で,各社の担当者らの間で情報交換等が繰り返し行われ,かつ,各社がおおむね一致した時期に,一致した内容の値上げの申入れを行っている事実(前記第2の2⑺)からも裏付けられる。そして,このような従前からの経緯を踏まえた本件合意の実態に鑑みれば,原告及び関係6社による本件合意は,その時点で具体的な値上げの幅や実施時期までが定まっていなかったとしても,相互に同内容又は同種の対価の引上げを実施することを認識ないし予測し,これと歩調をそろえる意思をもって行われたものと認めることができるというべきである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
⑶ また,原告は,我が国の段ボール用でん粉の市場において十数パーセントのシェアを占め,値上げに関して独自の行動を取る傾向にある加藤化学の存在を考慮すれば,同市場での競争状態が作出されているから,原告及び関係6社の協調関係が存したとしても,競争を実質的に制限することは不可能であった旨主張する。
しかし,原告が指摘する加藤化学の存在を考慮するとしても,これを除いた原告及び関係6社によって,我が国の段ボール用でん粉に係る市場の大部分というべき8割を超えるシェアを占めていたことからすれば,これらの各社が本件合意をすることによって,市場における競争機能が損なわれることは明らかというべきである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
⑷ 以上によれば,原告及び関係6社が本件合意をしたことは,独禁法2条6項の「不当な取引制限」に該当するものであり,これと同旨の本件審決の判断は相当であって,この点に関して本件審決に違法は認められない。
3 結論
以上のとおり,本件審決には,その基礎となった事実を立証する実質的証拠がないとはいえず,また,原告の行為が不当な取引制限に当たるとする本件審決の判断も違法不当なものとはいえないから,本件審決に独禁法82条1項所定の取消事由があるとは認められない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

令和2年9月25日

東京高等裁判所第3特別部
裁判長裁判官  菅 野 雅 之     
裁判官  大 西 勝 滋     
裁判官  甲 良 充一郎     
裁判官  田 原 美奈子     
裁判官  橋 爪   信    


注釈 《 》部分は,公正取引委員会事務総局において原文に匿名化等の処理をしたものである。










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