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三条印刷株式会社による排除措置命令取消請求事件

独禁法3条後段
東京地方裁判所民事第8部

令和4年(行ウ)第108号

判決

令和5年4月13日

札幌市東区北十条東十三丁目14番地
 原告         三条印刷株式会社
 同代表者代表取締役  ≪X1≫
 同訴訟代理人弁護士  藤井大悟
 同          新村豪紀
 同          安藤庸博
東京都千代田区霞が関一丁目1番1号
 被告         公正取引委員会
 同代表者委員長    古谷一之
 同指定代理人     高居良平
 同          近藤智士
 同          岩下生知
 同          河﨑 渉
 同          井登貴伸
 同          並木 悠
 同          仲西寛一郎
 同          奥村正和
 同          井上雅人
 同          小暮裕一
 同          柴田修輔
 同          福井雅人
 同          久野慎介

令和5年4月13日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和4年(行ウ)第108号 排除措置命令取消請求事件
口頭弁論終結日 令和5年2月9日
判       決
当事者の表示  別紙当事者目録記載のとおり
主      文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告が、原告外24社に対し、令和4年3月3日付けでした令和4年(措)第2号排除措置命令のうち、原告に対して排除措置を命ずる部分を取り消す。
第2 事案の概要
1 被告は、令和4年3月3日、発注者から発注者の顧客のデータを預かり、データの編集・加工、印刷・印字、封入・封かん、発送準備等を行う業務(以下「データプリントサービス」という。)を請け負う事業者であった別紙1事業者表一覧記載の原告ら26社(以下単に「26社」といい、各社の呼称として同表の「会社名(略称)」欄の括弧内に記載した略称を用いることがある。)が、遅くとも平成28年5月6日(原告については平成29年4月7日)以降、日本年金機構が一般競争入札又は見積り合わせの方法により発注する別紙2記載の合計22の業務に係るデータプリントサービス(以下「特定データプリントサービス」という。)について、受注価格の低落防止等を図るため、受注予定者を決定し、受注予定者以外の者は受注予定者が受注できるように協力する旨の合意(以下「本件基本合意」という。)をし、公共の利益に反して、特定データプリントサービスの取引分野における競争を実質的に制限しており(以下「本件違反行為」という。)、これが私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(令和元年法律第45号による改正前のもの。以下「独禁法」という。)2条6項の不当な取引制限に該当し、独禁法3条に違反するとして、26社から北越パッケージ株式会社を除いた25社に対し、独禁法7条2項に基づき、排除措置を命じた(令和4年(措)第2号。以下「本件排除措置命令」という。)。
本件は、原告が、本件基本合意に参加した事実はないなどと主張して、被告を相手に、本件排除措置命令のうち、原告に対して排除措置を命ずる部分の取消しを求める事案である。
2 前提事実(争いがないか、後掲各証拠〔書証は、特に断らない限り枝番号を含む。以下同じ。〕又は弁論の全趣旨により認定できる事実)
(1) 当事者等
ア 原告等
原告は、札幌市に本店を置き、印刷一般、特殊印刷等を営む株式会社である。≪X1≫(以下「≪X1≫」という。)は、平成24年4月に原告の代表取締役に就任し、同月以降現在まで代表取締役を務めている者であり、≪X2≫(以下「≪X2≫」という。)は、原告の東京事務所長を務めていた者である。(乙25〔≪X1≫供述調書〕・2頁、争いのない事実、弁論の全趣旨)
イ 日本年金機構
日本年金機構は、平成22年1月1日、社会保険庁が廃止されて設立された特殊法人であり、日本年金機構法(平成19年法律第109号)に基づき、国(厚生労働大臣)から委託を受け、公的年金に係る適用・徴収・記録管理・相談・決定・給付など一連の運営業務を行っている。(争いのない事実)
ウ 26社
26社は、いずれもデータの編集・加工、印刷・印字、封入・封かん、発送準備等を行う業務(データプリントサービス)を請け負う事業者であった。(争いのない事実)
(2) 日本年金機構によるデータプリントサービスの発注の方法
日本年金機構が発注するデータプリントサービスは、同機構の公的年金に係る運営業務の一環として同機構が公的年金に係る通知書等を送付するに当たり、同機構から委託を受けたデータプリントサービス業者が、同機構が保有する各発送対象者によって一枚ー枚の内容が異なる文書を印刷・印字し、それらを封入・封かんして封書にしたり圧着はがきにしたりするなどした上で、それらの発送準備などを行う業務をいう。
日本年金機構は、データプリントサービスについて、一般競争入札又は見積り合わせ(以下「入札等」という。)の方法により発注していた。なお同機構は特定データプリントサービスの大部分を、毎年、発注していた。
ア 一般競争入札
日本年金機構は、データプリントサービスの一般競争入札について、下記(ア)又は(イ)のとおり、1社のみを受注者とする方法(以下「1社落札入札」という。)又は複数社を受注者とする方法(以下「複数社落札入札」という。)により行っていた。
(ア) 1社落札入札においては、予定価格の制限の範囲内で最も低い入札価格を提示した者を受注者としていた。
(イ) 複数社落札入札においては、入札参加者に、調達予定数量の範囲内で受注希望数量及び入札価格を提示させ、予定価格の制限の範囲内の入札価格を提示した者のうち、低い入札価格を提示した者から順次、調達予定数量に達するまで、それぞれの受注希望数量ごとに受注者としていた。
イ 見積り合わせ
日本年金機構は、一般競争入札による受注者がいない場合又は一般競争入札による受注者の受注予定数量が調達予定数量に達しない場合には見積り合わせを行い、予定価格の制限の範囲内で最も低い見積価格を提示した者を受注者としていた。
(3) 本件排除措置命令(甲1)
被告は、令和4年3月3日、要旨、26社が、遅くとも平成28年5月6日(原告については平成29年4月7日)以降、日本年金機構が一般競争入札又は見積り合わせの方法により発注する別紙2記載の合計22の業務に係るデータプリントサービス(特定データプリントサービス)について、受注価格の低落防止等を図るため、受注予定者を決定し、受注予定者以外の者は、受注予定者が受注できるように協力する旨の合意(本件基本合意)をし、公共の利益に反して、特定データプリントサービスの取引分野における競争を実質的に制限しており(本件違反行為)、これが独禁法2条6項の不当な取引制限に該当し、独禁法3条に違反するとして、26社から北越パッケージ株式会社を除いた25社に対し、独禁法7条2項に基づき、次のア~ウの措置を命ずる本件排除措置命令を発した。なお、上記25社のうちアイネットについては、平成30年2月10日に合意から離脱した事業者とされている。また、北越パッケージについては、令和3年5月31日に株式会社ディーソルの完全子会社にデータプリントサービスに関する事業の全部を譲渡したことを事由として、本件排除措置命令において名宛人以外の違反行為者とされた。
ア 26社から北越パッケージ株式会社を除いた25社は、①特定データプリントサービスについて、26社が遅くとも平成28年5月6日以降共同して行っていた受注予定者を決定し、受注予定者が受注できるようにする行為を取りやめていることを確認すること、②今後、相互の間において、又は他の事業者と共同して、特定データプリントサービスについて、受注予定者を決定せず、自主的に受注活動を行うこと、③今後、相互に、又は他の事業者と、特定データプリントサービスの受注に関する情報交換を行わないことを、取締役会において決議しなければならない。
イ 上記アの措置につき、自社を除く24社及び日本年金機構に通知し、かつ、自社の従業員に周知徹底しなければならない。
ウ 26社から北越パッケージ株式会社を除いた25社は、今後、それぞれ、相互の間において、又は他の事業者と共同して、特定データプリントサービスについて、受注予定者を決定してはならない。
(4) 本件訴訟の提起
原告は、令和4年3月4日、被告を相手に、本件排除措置命令のうち、原告に対して排除措置を命ずる部分の取消しを求める本件訴訟を提起した。
3 争点及び当事者の主張
本件の争点は、⑴26社から原告を除いた25社(以下単に「25社」という。)による本件基本合意の成否(争点1)、⑵原告が本件基本合意に参加したか否か(争点2)、⑶本件基本合意が「不当な取引制限」(独禁法2条6項)の要件に該当するか否か(争点3)、⑷独禁法7条2項の要件への該当性(争点4)、⑸乙第10号証、第22ないし第25号証及び第27ないし第46号証(以下、併せて「本件乙号証」という。)の証拠能力(争点5)であり、争点2が最も大きく争われている。これらの争点に関する当事者の主張は次のとおりである。
(1) 25社による本件基本合意の成否(争点1)について
(被告の主張)
25社の間において、遅くとも平成28年5月6日以降、日本年金機構が発注するデータプリントサービスのうち特定データプリントサービスについて、受注予定者を決定し、受注予定者以外の者は受注予定者が受注できるように協力するという本件基本合意が存在した。
ア 平成28年5月6日時点の幹事において実際に実務を担当し、幹事担当者の会合に出席するなどして受注予定者等を話し合って決めていたのは、ナカバヤシの≪A1≫(以下「≪A1≫」という。)、東洋紙業の≪B1≫(以下「≪B1≫」という。)、共同印刷の≪C1≫(以下「≪C1≫」という。)、ビー・プロの≪D1≫(以下「≪D1≫」という。)及びビーエフ&パッケージ又は谷口製作所の≪E1≫(以下「≪E1≫」という。)の5名であった(以下、これら5名を併せて「幹事担当者」という。)。
イ 幹事担当者は、日本年金機構が一般競争入札の方法で発注するデータプリントサービスの案件ごとに、それぞれが集約した各社の受注希望の情報を基に受注予定者を決めていた。そして、幹事担当者から受注予定者である旨及び入札価格等について連絡を受けた事業者は、決定された入札価格を入札において提示し、受注予定者以外の入札予定者は、受注予定者よりも高い価格をそれぞれ入札において提示するか、入札を辞退して、受注予定者が受注できるように協力していた。また、見積り合わせによる発注の場合においても、幹事担当者において、案件ごとに、受注希望者の希望等を勘案して受注予定者を決めていた。
(原告の主張)
不知。原告の≪X1≫は、他社が日本年金機構が発注するデータプリントサービスについて受注調整を行っていたとの噂を耳にしていたが、日本年金機構の案件には談合が存在しているであろうことを抽象的に把握していたにすぎず、本件基本合意について具体的な情報を有していたものではない。
(2) 原告が本件基本合意に参加したか否か(争点2)について
(被告の主張)
原告が本件基本合意に参加したことは、後記アの本件会合におけるやり取りから認められる上、後記イのとおり、原告が実際に日本年金機構が発注する特定データプリントサービスの案件について、ナカバヤシと個別調整をしていることからも明らかである。さらに、後記ウのとおり、特定データプリントサービス以外のデータプリントサービスの個別案件について、原告が25社のうち一部の事業者と調整行為等を行っていた事実が存在するところ、これは、原告が日本年金機構が発注するデータプリントサービスについての受注調整に加わることを了承したとの前提に立たなければ説明できないものであり、本件基本合意の成立を推認させるものである。
ア(ア) 幹事担当者は、日本年金機構が発注するデータプリントサービスについての受注調整の実効性を確保するために、新規参入事業者がいる場合、必要に応じて受注調整に加わるよう要請し、受注調整に加えていた。
平成28年頃から原告が日本年金機構が発注するデータプリントサービスの入札の場に顔を出すようになったことから、ナカバヤシの≪A1≫は、原告に対し、25社の間で行っている受注調整に加わるよう声をかけることとした。
ナカバヤシの≪A1≫及び≪A2≫(以下「≪A2≫」という。)、トッパン・フォームズの≪F1≫並びに原告の≪X1≫及び≪X2≫は、平成29年4月7日午後2時頃、≪場所≫の「≪M≫」という喫茶店で会合(以下「本件会合」という。)を行った。
本件会合において、ナカバヤシの≪A1≫は、原告の≪X1≫に対して、日本年金機構が発注する特定データプリントサービスを含む受注調整に加わるよう要請したところ、原告は了承した。
ナカバヤシの≪A1≫は、日本年金機構が発注するデータプリントサービスの新規案件が発注されるまで原告に受注を待ってもらう代わりに、受注調整に加わってもらうことに対する「お土産」として、ナカバヤシが受注した総務省発注の物件「平成29年就業構造基本調査『インターネッ卜回答のための操作ガイド』の印刷及びデータ印字」案件(以下「本件総務省発注案件」という。)を原告に下請に出すことを提案したところ、原告の≪X1≫は了承し、詳細については後日打ち合わせることとした。
(イ)  本件会合のやり取りを基礎付ける≪A1≫の供述は、①本件会合に出席した5名のうち原告の≪X1≫を除くトッパン・フォームズの≪F1≫、ナカバヤシの≪A2≫及び原告の≪X2≫の3名の各供述と重要な点において一致していること、②本件会合前に≪A1≫が幹事担当者に対して原告に日本年金機構が発注するデータプリントサービスについての受注調整に加わるよう要請しようと考えていると伝えたこと、本件会合後に同人らに対して原告が受注調整に加わることになったと伝えたこと、本件会合後に実際に原告が後記イのとおり個別調整行為を行ったことといった各関連事実とも矛盾なく整合していること、③≪A1≫は被告の立入検査初日の時点から一貫して原告が受注調整の一員である旨を供述していることなどに照らし、信用性が高い。
イ 本件会合後、実際に、特定プリントサービスである別紙2番号8記載の平成29年の「年金振込通知書の作成及び発送準備業務(8月定期支払分)」(以下「平成29年8月定期案件」という。)について、ナカバヤシの≪A1≫又は≪A2≫は、原告の≪X1≫に連絡をとり、今後別の入札で受注予定者にするので同案件の受注はあきらめてほしい旨を伝え、原告は了承する旨伝えるとともに、高値で入札することで受注予定者の受注に協力した。
ウ また、特定データプリントサービス以外のデータプリントサービスの個別案件に関しても、「年金請求書(ターンアラウンド)の未提出者への勧奨状の作成及び発送準備業務」(以下「ターンアラウンド案件」という。)について、原告の≪X1≫は、受注意欲をもってナカバヤシの≪A2≫と連絡を取り合い、入札価格の連絡を受けていた。さらに、「お知らせハガキの作成及び発送準備業務」においては、原告の≪X1≫は、自社が受注予定者ではないとの認識のもと、入札価格について何ら連絡を受けることなく、入札1回目は自社が落札することのない価格で入札し、入札2回目で辞退することによって、受注予定者が受注できるように協力した。
(原告の主張)
原告の≪X1≫は、本件基本合意の説明を受けたことはなく、本件基本合意の内容はもちろん、その存在すら認識していなかったのであり、これに応じる旨を約束することもあり得ないため、原告は、本件基本合意に参加していない。原告が本件基本合意に参加したことの唯一の直接証拠はナカバヤシの≪A1≫の供述であるところ、後記アのとおり同供述に信用性はない。また、その他の間接事実についても、後記イのとおり、原告が基本合意に参加していたことを裏付けるものではない。
ア 本件会合におけるやり取りは、本件総務省発注案件についてナカバヤシが原告に対してその一部を下請に出すことの依頼が主であり、原告の≪X1≫にはナカバヤシの≪A1≫から日本年金機構の案件につき受注調整が行われていることの説明は一切行われていない。これに対し、≪A1≫は、原告が本件基本合意に参加した旨供述するが、①本件会合が行われた時点で原告が日本年金機構から受注した案件は1件のみであり、原告が本件基本合意に参加する意義がないこと、②≪A1≫は、当初、本件会合の後に原告の≪X1≫に対して≪A1≫自身が連絡を取っていた旨供述していたにもかかわらず、その後合理的な理由なく、原告にはナカバヤシの≪A2≫を通じて連絡を取っていたと、供述の重要な部分を変遷させていること、③≪A1≫の本件会合におけるやり取りについての供述は、他の参加者の供述とも一致しないこと、④本件会合から≪A1≫の供述証書の作成に至るまで約3年半も経過していることなどからすれば、≪A1≫の供述には信用性がない。
イ また、本件会合後の間接事実も、原告が本件基本合意に参加していたことを裏付けるものではない。
(ア) 本件において幹事担当者は、受注予定者、受注予定数量及び受注予定者の入札価格を幹事担当者以外の入札参加者に連絡するものとされているところ、受注予定者の中で最高価格を入札する者はケツ取りと呼ばれ、ケツ取りの入札価格は他の本件基本合意参加者がより高い価格で入札して受注予定者が受注できるよう協力するために必要なものであった。にもかかわらず、本件において、平成29年8月定期案件を含め、≪A1≫及び≪A2≫は原告に対しては一度もケツ取りの入札価格を教えていない。
(イ) 特定データプリントサービスのうち原告が参加したと認定されているのは平成29年8月定期案件であるところ、122件の個別調整が行われたにもかかわらず、原告が参加したと認定できる個別調整がわずか1件しかないということ自体が異常な事態であり、本件基本合意に原告が参加した事実がないことを強く推認させるものである。
(ウ) なお、特定データプリントサービス以外のデータプリントサービスの個別案件について、「ターンアラウンド案件」においては、原告の≪X1≫は≪A2≫に一度だけ同種案件の落札価格帯の一般的相場を聞いたが、入札価格の指示を受けたものではない。「お知らせハガキの作成及び発送準備業務」についても、1回目の入札で受注できそうになったものの、実際には原告に受注に対応できるだけの余力がなかったことから、2回目の入札を辞退したにすぎない。
(3) 本件基本合意が「不当な取引制限」(独禁法2条6項)の要件に該当するか否か(争点3)について
(被告の主張)
ア 独禁法2条1項の「事業者」に該当する原告ら26社の間に、遅くとも平成28年5月6日(原告にあっては平成29年4月7日)以降、特定データプリントサービスについて、受注予定者を決定し、受注予定者以外の者は、受注予定者が受注できるように協力することにつき、互いに認識し認容して歩調を合わせるという意思の連絡が存在したと認められ、同条6項にいう「共同して」の要件を充足する。そして、原告ら26社は、本来は特定データプリントサービスの入札参加、入札価格、入札数量について自由に決めることができるはずのところ、本件基本合意に制約されて意思決定を行うことになるという意味において同項の「相互にその事業活動を拘束」の要件を満たす。
イ 原告ら26社による本件基本合意が対象としている取引及びそれにより影響を受ける範囲は特定データプリントサービスの取引である22業務であり、独禁法2条6項にいう「一定の取引分野」となるものであるところ、特定データプリントサービスの116件について本件基本合意に基づいて受注予定者が決定されていたことからすれば、本件基本合意により特定データプリントサービスの取引に係る市場が有する競争機能が損なわれ、当事者である原告ら26社がその意思で特定データプリントサービスにおける受注者及び受注価格をある程度自由に左右することができる状態がもたらされたものといえるから、同項にいう「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」の要件を充足する。
ウ 原告ら26社の本件基本合意は、自由競争経済秩序に明確に反する行為である受注調整に関する合意であり、独禁法の究極の目的に反しないと認められる例外的な場合に該当するといえる事情も見当たらないので、独禁法2条6項の「公共の利益に反して」の要件を充足する。
エ 以上によれば、本件基本合意は、独禁法2条6項に規定する「不当な取引制限」に該当し、独禁法3条に違反する。
(原告の主張)
ア 前記⑵(原告の主張)記載のとおり、原告が本件基本合意に参加した事実が認められない以上、原告の行為は、独禁法2条6項所定の「共同して」の要件及び「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」の要件を充足しない。
イ 原告が本件基本合意に制約されて意思決定を行っていた点は否認する。したがって、独禁法2条6項所定の「相互にその事業活動を拘束」の要件も充足しない。
(4) 独禁法7条2項の要件への該当性(争点4)について
(被告の主張)
原告は、前記⑶(被告の主張)のとおり独禁法3条に違反する行為をした事業者であり、令和元年10月8日以降本件合意に基づき受注予定者を決定し、受注予定者が受注できるようにする行為を取りやめており「違反する行為が既になくなっている場合」に該当する。そして、違反行為を長期間にわたって行っていたこと、違反行為の取りやめが自発的なものでないこと等の諸事情を総合的に勘案すれば、原告に対して排除措置を命ずることにつき、「特に必要がある」(独禁法7条2項)と認められる。
(原告の主張)
争う。
(5) 本件乙号証の証拠能力(争点5)について
(原告の主張)
排除措置命令を行う場合に法令上要求されている意見聴取手続(独禁法49条)の趣旨は、排除措置命令という行政処分の公正性を担保し、国家機関による恣意的な権力行使を防止するとともに、取消訴訟という国民の防御権を実質化することを意図したものである。意見聴取手続段階で存在していたにもかかわらず閲覧又は謄写(独禁法52条1項)に供されなかった証拠について取消訴訟において用いることは上記趣旨を没却することになるから、当該証拠の利用は、意見聴取手続においては争点化されなかった事項が取消訴訟では争点とされたことにより補充が必要になった場合など、合理的理由が存する場合に限定される。
本件において、本件乙号証については、意見聴取手続において閲覧又謄写の対象となっておらず、かつ、意見聴取手続においては争点化されなかった事項が取消訴訟では争点とされたことにより補充が必要である場合にも当たらない。これらの重要な証拠について閲覧又は謄写に供されなかったことは、原告に対する不意打ちであり、原告の防御権を侵害して、独禁法52条1項の趣旨目的に反していることは明白である。
したがって、本件乙号証は本件訴訟における証拠能力を有しない。
(被告の主張)
本件乙号証については、意見聴取手続において閲覧又は謄写に供した証拠と実質的に重なるもの、原告の違反行為と直接関わらない関連事実に係るもの、訴状記載の原告の主張に対する反論として用いたもの、原告が提出又は作成に関わったものなどであって、本件基本合意への原告の参加の有無との関係において原告の防御権の見地から不意打ちとなるような新規の内容のものではない。したがって、上記各証拠を閲覧又は謄写に供さなかったことは、独禁法52条1項の趣旨目的に何ら反しない。
また、取消訴訟においては、別異に解すべき特段の理由のない限り、行政庁は当該処分の効力を維持するための一切の法律上及び事実上の根拠を主張することが許されるとされており、このように攻撃防御方法のうちの主張の提出が制限されていないことからすれば、主張を裏付けるものである証拠提出についても制限はないと考えるのが合理的である。
したがって、上記各証拠に証拠能力が認められることは明らかである。
第3 争点に対する判断
1 認定事実
前記前提事実に加え、後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の⑴~⑽の事実が認められる。
(1) データプリントサービスの受注調整
データプリントサービスは、データプリントを行う印刷機とノウハウがあればどの業者も品質に差のないものを作成することができ、自由に入札を行うとなると、品質やサービスの競争ではなく価格競争となってしまうため、日本年金機構が発注するデータプリントサービスについて、以前から25社のうち一部のデータプリントサービス業者は、幹事を通じて情報交換等のやり取りを行う方法によって、受注予定者を決定し、受注予定者以外の者は、受注予定者が受注できるように協力するという調整を行っていた。(乙10、乙11〔≪B1≫供述調書〕・3~6頁、乙12〔≪A1≫供述調書〕・3~12頁、乙13〔≪C1≫供述調書〕・8~12頁、乙14〔≪D1≫供述調書〕・3~5頁、乙15〔≪E1≫供述調書〕・2~5頁)
(2) 受注調整の役割分担等
ア 上記の受注調整について、遅くとも平成28年5月6日時点の幹事は、東洋紙業、ナカバヤシ、共同印刷、ビー・プロ及びビーエフ&パッケージの5社であった。ビーエフ&パッケージは、平成28年9月末頃から幹事ではなくなり、同年11月頃から、谷口製作所が幹事となり、それ以降、令和元年10月7日までの間の幹事は、東洋紙業、ナカバヤシ、共同印刷、ビー・プロ及び谷口製作所の5社であった。
幹事である事業者の担当者(幹事担当者)は、①ナカバヤシのデータプリントサービスの営業の責任者であり、部長(令和元年6月以降は執行役員)を務めていた≪A1≫、②東洋紙業のデータプリントサービスの官公庁の営業の責任者であり、担当部長を務めていた≪B1≫、③共同印刷のデータプリントサービスの官公庁等の営業の責任者であり、部長を務めていた≪C1≫、④ビー・プロのデータプリントサービスの官公庁等の営業の責任者であり、部長(平成29年6月以降は取締役営業部長、令和2年6月以降は専務取締役)を務めていた≪D1≫及び⑤ビーエフ&パッケージ又は谷口製作所のデータプリントサービスの営業の責任者であった≪E1≫の5名であった。≪E1≫は平成28年9月30日にビーエフ&パッケージを退職後、同年10月に谷口製作所に転職し、同年11月以降、谷口製作所においても幹事担当者を担っていた。
各幹事担当者はその他の事業者への連絡を分担しており、平成28年5月6日から令和元年10月7日までの間において各幹事担当者が連絡を担当した事業者は別紙1事業者一覧表の「担当者」欄記載のとおりである。
(乙8〔≪C1≫供述調書〕・4~8頁、乙11〔≪B1≫供述調書〕・3~10頁、乙12〔≪A1≫供述調書〕・12~19頁、乙13〔≪C1≫供述調書〕・8~17頁、乙14〔≪D1≫供述調書〕・5~12頁、乙15〔≪E1≫供述調書〕・5~10頁、乙16〔≪E1≫供述調書〕(2~5頁))
イ 日本年金機構の案件では、入札公告から1週間程度後に入札に係る業務を説明する業務説明会が行われ、業務説明会の出席者を見れば入札に参加する可能性のある事業者を知ることができた。このように日本年金機構が発注するデータプリントサービスの入札に新たに参加しようとする事業者を確認した場合や、幹事担当者に日本年金機構発注のデータプリントサービスを受注したいとの相談があった場合、当該事業者と取引関係があるなど何らかの接点のある幹事担当者が、受注調整に加わるよう要請していた。もっとも、幹事担当者が要請したものの、受注調整に加わることを拒否する事業者もいたほか、誰も面識がなく接触することができなかったため、受注調整に加わっていない事業者もいた。
(乙11〔≪B1≫供述調書〕・11~15頁、乙12〔≪A1≫供述調書〕・20、29~33頁、乙13〔≪C1≫供述調書〕・26~27頁、乙14〔≪D1≫供述調書〕・7、12頁、乙15〔≪E1≫供述調書〕・9~10頁、乙17〔≪C1≫供述調書〕・5~13頁、乙18〔≪A1≫供述調書〕・1~5頁、乙19〔≪G1≫供述調書〕・1~4頁、乙20〔≪A1≫供述調書〕・1~11頁、乙21〔≪A1≫供述調書〕・1~6頁、乙22〔≪H1≫供述調書〕・4~14頁、乙23〔≪I1≫供述調書〕(3~6頁))
(3) 受注予定者及び入札価格の決定方法等
幹事担当者は、日本年金機構が一般競争入札の方法で発注するデータプリントサービスの入札が告示されると、当該案件について、自らが連絡を担当する事業者の担当者から受注希望の連絡を受けたり、又は自ら受注希望の確認の連絡を行ったりして、受注希望がある事業者の情報を集約していた。そして、おおむね1か月ごとに会合を開催し、ナカバヤシの≪A1≫が作成した案に基づき、日本年金機構が一般競争入札の方法で発注するデータプリントサービスの案件ごとに、それぞれが集約した各社の受注希望の情報を基に受注予定者及び入札価格等を話し合って決めていた。
ア 受注予定者の決定
日本年金機構が以前から毎年発注していた案件については、それぞれの事業者の受注希望を勘案し、原則として、受注を希望する事業者のうち当該案件について過去に受注した実績のある事業者を引き続き受注予定者としていた。
また、日本年金機構が新たに発注する案件については、事業者の受注希望を勘案し、原則として、受注を希望する事業者の中で同機構の仕様作成等に協力した事業者を優先して受注予定者としていた。
イ 受注予定者の入札価格等の決定とその実行
1社落札入札の案件については、受注予定者及び受注予定者の入札価格を決定していた。複数社落札入札の案件については、受注予定者、受注予定者ごとの受注予定数量並びに「ケツ取り」と呼ばれる、受注予定者の中で最も高い価格で入札する者及びその者の入札価格(ケツ取りの価格)を決定していた。
幹事担当者は、それぞれが連絡を担当する事業者の担当者に対し、会合で決定した受注予定者、受注予定者の入札価格等について伝達するが、入札前の業務説明会に参加していないなど入札に参加しないことが予想される事業者に対しては連絡を取らないこともあった。
そして、幹事担当者から受注予定者である旨及び入札価格等について連絡を受けた事業者はそれぞれ決定された入札価格を入札において提示し、受注予定者以外の入札予定者は、受注予定者よりも高い価格をそれぞれ入札において提示するか、入札を辞退して、受注予定者が受注できるように協力していた。
ウ 見積り合わせの場合
また、見積り合わせによる発注の場合においても、幹事担当者において、案件ごとに、受注希望者の希望等を勘案して受注予定者を決めていた。
(以上につき、乙8〔≪C1≫供述調書〕・4~10頁、乙11〔≪B1≫供述調書〕・6~10頁、乙12〔≪A1≫供述調書〕・21~29頁、乙13〔≪C1≫供述調書〕・21~26頁、乙14〔≪D1≫供述調書〕・8、12~15頁、乙15〔≪E1≫供述調書〕・10~13頁、乙16〔≪E1≫供述調書〕2~5頁)
(4) 本件会合に至る経緯
原告は、平成28年頃から、日本年金機構が発注する帳票の作成、データ印刷等の業務説明会に参加するだけでなく、入札に参加し、案件を受注するようになった。平成29年初め頃に行った幹事担当者の会合において、≪A1≫は、他の幹事担当者に対して、日本年金機構が発注するデータプリントについての受注調整に加わるよう原告に声をかける予定であることを伝えた。
ナカバヤシはそれまで原告と取引実績がなく、他の幹事担当者も原告との接点はなかったが、≪A1≫がトッパン・フォームズの≪F1≫と打合せをした際に原告を知らないか尋ねたところ、トッパン・フォームズは原告との取引実績があったことから、≪A1≫は≪F1≫に対して、原告を紹介してもらえないか、依頼した。≪F1≫はトッパン・フォームズの≪F2≫に連絡を取り、≪F2≫が原告の≪X1≫に連絡をとり、平成29年4月7日に、≪A1≫と≪X1≫の会合(本件会合)が行われることとなった。
(乙1〔≪A1≫供述調書〕・1~4頁、乙2〔≪A1≫供述調書〕・8頁、乙5〔≪F1≫供述調書〕・1~2頁、乙11〔≪B1≫供述調書〕・11頁、乙25〔≪X1≫供述調書〕・2頁、証人≪A1≫)
(5) 本件総務省発注案件
≪A1≫は、原告に対し日本年金機構が発注するデータプリントについての受注調整に加わるよう要請するつもりであったが、日本年金機構が以前から毎年発注していた案件については、原則として、過去に受注した実績のある事業者を引き続き受注予定者としていたことから、原告が上記受注調整に加わったとしても、実際には当面日本年金機構が発注する物件を受注することができず、原告にとってメリットのある話ではなかった。
そこで、≪A1≫は、本件会合前の平成29年3月に入札公告があった本件総務省発注案件について、ナカバヤシが受注できる見込みがあったことから、日本年金機構が発注するデータプリントサービスの受注調整に原告が加わってくれた場合には、その「お土産」として本件総務省発注案件を原告に対して下請に出すことを考え、ナカバヤシにおいて総務省が発注する案件を担当している≪A2≫に同案件について説明させるため、本件会合に同席させることにした。
本件総務省発注案件の開札は同年4月7日の午前に行われ、ナカバヤシが落札した。
(乙1〔≪A1≫供述調書〕・4、5頁、乙4〔≪A2≫供述調書〕・6~8頁、乙6〔≪X2≫供述調書〕・5、6頁、証人≪A1≫、証人≪A2≫)
(6) 本件会合
ア 平成29年4月7日午後2時頃、ナカバヤシの≪A1≫及び≪A2≫、トッパン・フォームズの≪F1≫並びに原告の≪X1≫及び≪X2≫は、≪場所≫の「≪M≫」で会合を行った。≪A1≫、≪A2≫及び≪F1≫は、≪X1≫及び≪X2≫と初対面であった。
≪A1≫は、≪X1≫に対し、日本年金機構が発注するデータプリントサービスの入札案件については、過去に受注した業者が原則として継続して受注することにしており、新規の案件があれば原告が優先的に受注できるようにするので勝手に受注しないでほしい、今後、入札に参加する場合には事前に相談するようにしてほしい旨を伝え、日本年金機構が発注するデータプリントサービスについての受注調整に加わるよう要請したところ、≪X1≫は了承した。そして、≪X1≫が受注調整に加わることを了承したことを受けて、≪A1≫は受注調整に加わってもらう「お土産」としてナカバヤシが受注した本件総務省発注案件を原告に下請に出すことを提案したところ、≪X1≫は了承した。本件総務省発注案件の説明については、担当である≪A2≫が行い、後日に詳細の説明や工場の設備の確認などを行うこととした。
(乙1〔≪A1≫供述調書〕・5~7頁、乙2〔≪A1≫供述調書〕・8~9頁、乙3〔≪A1≫供述調書〕・3頁、乙4〔≪A2≫供述調書〕・5~11頁、乙5〔≪F1≫供述調書〕・2~5頁、乙6〔≪X2≫供述調書〕・6~10頁、証人≪A1≫、証人≪A2≫)
イ 本件会合後、≪A1≫は、幹事担当者に対し、原告が日本年金機構が発注するデータプリントサービスについての受注調整に加わることになった旨を伝えた。(乙11〔≪B1≫供述調書〕・11頁、乙13〔≪C1≫供述調書〕・16~17頁、乙14〔≪D1≫供述調書〕・11~12頁、乙15〔≪E1≫供述調書〕・10頁)
(7) 平成29年8月定期案件
ア 平成29年5月9日、平成29年8月定期案件について入札公告が行われた。
年金振込通知書の作成及び発送準備業務は、年金振込額が改定された受給者に対して振込金額と年度内の予定額を知らせる通知書を作成し指定された場所に納品する業務であり、日本年金機構は、改定者の多い8月定期支払分と10月定期支払分、その他に8月と10月以外の改定者分の3つの案件に分けて発注していた。平成29年8月定期案件は、入社参加者に対して価格と受注件数を入札させ、価格の低い順に複数の業者を落札業者として予定数量に達した段階で入札を終了する複数社落札方式の案件であった。
(乙2〔≪A1≫供述調書〕・4、5頁、乙62〔≪B1≫供述調書〕・2、3頁)
イ ≪A1≫は、自身が連絡を担当する事業者から平成29年8月定期案件に関する受注希望の情報を集めるなどしていたところ、平成29年8月定期案件の業務説明会に原告が出席していたとの報告を部下から受けた。≪A1≫から指示を受けた≪A2≫は、≪X1≫に連絡をとり、案件の受注はできない旨を伝えたところ、≪X1≫は了承した。(乙2〔≪A1≫供述調書〕・8、9頁、乙3〔≪A1≫供述調書〕・1~4頁、乙4〔≪A2≫供述調書〕・13頁、証人≪A1≫、証人≪A2≫)
ウ ≪D1≫を除く幹事担当者は、平成29年7月3日に共同印刷において会合を開催し、ナカバヤシの≪A1≫は作成した受注予定者を決めるための資料を持参した。上記資料には、新規事業参入者であり、入札意思がある事業者名にはピンク色のマーカーが付されており、原告のほか、受注調整には加わっていないが業務説明会に参加していた≪J≫に上記マーカーが付されていた。(乙2〔≪A1≫供述調書〕・13~16頁、乙3〔≪A1≫供述調書〕・3、4頁、乙61、乙62〔≪B1≫供述調書〕・5~8頁、乙63〔≪C1≫供述調書〕・4~8頁、乙64〔≪D1≫供述調書〕・8頁、乙65〔≪E1≫供述調書〕・3~8頁、証人≪A1≫)
エ 上記会合において、幹事担当者は、平成29年8月定期案件の受注予定者を共同印刷、イセトー、アイネット、塚田印刷、タナカ、高速、エースビジネスフォームとし、それぞれの受注件数を決めたほか、ケツ取りは共同印刷と定め、その入札価格は10.6円とすることを決めた。
≪A1≫は、会合終了後、事前に受注希望を聞いていた、イセトー、塚田印刷、アイネット、東洋印刷の担当者に、それぞれ受注できるか否か、受注できる場合にはその件数とケツ取りの価格を連絡した。また、小林クリエイトの担当者は、≪A1≫に対し、電話で入札に参加するが受注する気はないので受注できない入札価格を尋ね、≪A1≫は11.2円と答えた。
(乙2〔≪A1≫供述調書〕・17~20頁、乙61、乙62〔≪B1≫供述調書〕・8~19頁、乙63〔≪C1≫供述調書〕・8~11頁、乙65〔≪E1≫供述調書〕・8~10頁、証人≪A1≫)
オ 平成29年8月定期案件は、同年7月4日入札期限、同月5日開札の日程で行われ、ナカバヤシ、共同印刷、東洋紙業、谷口製作所、北越パッケージ、イセトー、小林クリエイト、アイネット、塚田印刷、タナカ、高速、エースビジネスフォーム、田中印刷、原告、≪N≫が入札に参加し、原告は一番高値である19.80円で入札した。開札の結果、幹事担当者の会合で定めたとおり、共同印刷(10.60円で入札)、イセトー(10.30円で入札)、アイネット(10.40円で入札)、塚田印刷(10.30円で入札)、タナカ(10.40円で入札)、高速(10.40円で入札)、エースビジネスフオーム(9.98円で入札)が受注した。
(乙2・〔≪A1≫供述調書〕・20頁、乙24、乙62〔≪B1≫供述調書〕・9、10頁、乙63〔≪C1≫供述調書〕・12頁、乙65〔≪E1≫供述調書〕・10頁)
(8) その他の案件
ア ターンアラウンド案件
≪X1≫は、平成29年6月3日、≪A2≫に対し、「はがき案件の件です」との題名で、「月曜日の早い時間帯に一度お電話させて頂きます。対応ご指示等いただけると幸いです」とメールを送信し、同月5日午前9時1分、≪X2≫に対し、「9時半頃に、ナカバヤシから値段の連絡頂けることになりました」とメッセージを送信した後、同日午前9時36分、≪A2≫から連絡を受けた金額を基に、≪X2≫に対し、「単価18.00円でお願いいたします」とメッセージを送信した。(甲6、乙4〔≪A2≫供述調書〕・11~14頁、乙29、乙30、乙32〔≪X1≫供述調書〕・1~2頁、証人≪A2≫)
原告は、ターンアラウンド案件の入札において、≪A2≫から伝えられた上記金額18.00円をそのまま記載した札を入れた。ところが、この金額は、ナカバヤシにおいて、仕様の違いを見誤り、落札できる金額より高い金額を誤って伝えてしまったものであった。ターンアラウンド案件については、原告のほか、原告ら26社以外の事業者である≪I≫(10.80円で入札)、原告ら26社以外の事業者である≪K≫(3.40円で入札)が入札し、平成29年6月6日開札の結果、≪K≫が落札し、原告は失注した。
同日、原告は、≪X2≫に対し、「今回の入札で、ナカバヤシや共同印刷と少し面識が出来たので、今後に生かせるよう努力いたします!」とメッセージを送った。
(甲5、乙4〔≪A2≫供述調書〕・11~14頁、乙6〔≪X2≫供述調書〕・10、11頁、乙29、乙30、乙31、乙32〔≪X1≫供述調書〕・1~2頁、乙33、証人≪A1≫、証人≪A2≫)
イ 「お知らせハガキの作成及び発送準備業務」案件
≪X1≫は、平成29年7月6日、≪X2≫に対し、「年金機構入札価格の件、連絡ないので、独自価格で入れます。35円でお願いいたします」とメッセージを送信した。
同月7日、開札が行われ、1回目の入札の開札結果は原告(35.00円で入札)、東洋紙業(36.00円で入札)、光ビジネスフォーム(45.00円で入札)であり、原告と光ビジネスフォームは、2回目の入札を辞退した。≪X1≫は、同日、≪X2≫に対し「うちは2回目で辞退しておきました。」「1回目は当社が最安値で焦りました」とメッセージを送信した。
(乙6〔≪X2≫供述調書〕・11頁、乙30、乙32〔≪X1≫供述調書〕・1~2頁、乙34)
ウ 平成30年2月16日開札の「国民年金保険料クレジットカード納付額通知書外1点の作成及び発送準備業務(平成30年3月~平成31年3月発行分)」においては、株式会社谷口製作所及び原告が入札に参加し、原告は2回目の入札を辞退して、株式会社谷口製作所が落札した。同月13日、≪X1≫は≪X2≫に対して、「谷口さんとは連絡がつきましたでしょうか」とメッセージを送り、≪X2≫は「谷口製作所とは連絡済みですが担当者と連絡取れない為、明日の朝に連絡するとの事です」と返信した。(乙32〔≪X1≫供述調書〕・1~2頁、乙38、乙39)
エ 令和元年6月7日開札の「年金生活者支援給付金請求書(ハガキ形式の請求書)の作成及び発送準備業務」においては、原告、田中印刷、日本電算機用品が入札に参加し、原告が落札した。田中印刷作成の令和元年6月14日付け「年金機構【DPS案件】受注推進管理シート」と題する書面には、「年金生活者支援給付金請求書(ハガキ形式の請求書)の作成及び発送準備業務」の「備考」欄に、「※三条印刷・電算機・田中 事前調整を行い、三条印刷と田中の2社調整の了解を取り付ける」との記載がある。(乙36、乙37)
(9) 特定データプリントサービスの入札全体の状況
平成28年5月6日以降令和元年10月8日までの間に入札等が行われた、特定データプリントサービスの別紙2記載の22業務122案件のうち116案件について受注調整が行われ、そのうち実際に受注予定者が受注した案件は114件であった。(乙24)
日本年金機構が発注する特定データプリントサービスの案件については、個別の案件ごとに定められた入札参加等級を満たす事業者のみ入札参加が可能であり、平成29年4月7日以降に入札期限が到来した案件93件のうち、原告が入札参加等級を満たしていたのは44件であった。(乙51)
(10) 被告による立入検査と本件基本合意の終了
原告ら26社は、令和元年10月8日、被告による本件排除措置命令に係る事件について独禁法47条1項4号の規定に基づく立入検査を受け、これにより、原告ら26社は、同立入検査以降、本件基本合意を取りやめており、同日に本件基本合意は事実上消滅した。
(乙13〔≪C1≫供述調書〕・27、28頁、乙14〔≪D1≫供述調書〕・18、19頁、乙15〔≪E1≫供述調書〕・13頁、乙17〔≪C1≫供述調書〕・15頁、乙47〔≪A1≫供述調書〕・25~27頁、乙49〔≪L1≫供述調書〕・1~5頁)
(11) 事実認定(前記⑹ア及び⑺イ)の補足説明
原告は、原告の≪X1≫が本件基本合意の説明を受けたことはなく、本件基本合意の内容はもちろん、その存在すら認識していなかったのであり、これに応じる旨を約束することもあり得ないため、原告は本件基本合意に参加していないと主張し、≪X1≫は、その陳述書(甲4、甲11)及び代表者本人尋問において、同旨の供述をしている。
しかしながら、以下のとおり、前記⑹ア及び⑺イの事実は、前掲各証拠(前記⑹アの事実については、乙1~6の各供述調書並びに≪A1≫及び≪A2≫の各証言、前記⑺イの事実については、乙2~4の各供述調書並びに≪A1≫及び≪A2≫の各証言)により認定することができる。
ア ≪A1≫は、その証人尋問において、≪A1≫が≪X1≫に対し、日本年金機構が発注するデータプリントサービスの入札案件については、過去に受注した業者が原則として継続して受注することにしており、新規の案件があれば原告が優先的に受注できるようにするので勝手に受注しないでほしい、今後、入札に参加する場合には事前に相談するようにしてほしい旨を伝え、日本年金機構が発注するデータプリントサービスについての受注調整に加わるよう要請したところ、≪X1≫は了承したと供述している。この供述は、本件会合に出席した≪F1≫、≪A2≫及び≪X2≫の3名の各供述とも矛盾するところがない。
前記⑵イのとおり、幹事担当者は、日本年金機構が発注するデータプリントサービスの入札に新たに参加しようとする事業者を確認した場合、受注調整に加わるよう要請していたところ、原告が日本年金機構が発注するデータプリントサービスの入札に参加するようになった時期(前記⑷)と照らし合わせても、≪A1≫が受注調整に加わるよう要請することは自然である。
そして、平成29年4月7日の本件会合において≪A1≫が≪X1≫に対してそのような要請を行った旨の≪A1≫の供述は、同年初め頃の幹事担当者の会合において、≪A1≫が他の幹事担当者に対し、受注調整に加わるよう原告に声をかける予定である旨伝えていたこと(前記⑷。乙11〔≪B1≫供述調書〕・11頁参照)とも整合する。
また、≪X1≫が上記受注調整に加わることを了承した旨の≪A1≫の供述は、本件会合後に≪A1≫が他の幹事担当者に対し、原告が上記受注調整に加わることになった旨伝えたこと(前記⑹イ)と整合するほか、本件会合後、原告が平成29年8月定期案件について個別調整行為を行ったこと(前記⑺)及びその他の案件における原告の言動(前記⑻)とも整合的である。
さらに、≪A1≫は、被告が立入検査を行った令和元年10月8日における供述から一貫して、原告が本件基本合意の参加事業者である旨を供述しているところ(乙12・16~17頁、乙27・1~7頁)、そもそも≪A1≫が、原告が受注調整に加わった点に関して虚偽の供述をする動機も見当たらない。
以上によれば、ナカバヤシの≪A1≫の供述は信用することができる。
イ これに対し、原告は、≪A1≫の供述について、①供述内容に不自然な点がある、②供述の重要部分を変遷させている、③他の供述と一致していない、④≪A1≫の供述調書の作成まで本件会合から約3年半経過しているとして、信用性がないと主張する。
しかし、上記①について、原告は、本件会合時点で受注した案件が1件のみであり、本件基本合意に参加するメリットがないと主張するが、本件会合後に入札が開始された特定データプリントサービスのうち原告が入札する可能性があった案件は44件あり(前記⑼)、本件会合時点で1件の受注実績のみであることをもって本件基本合意参加のインセンティブがないとはいえない。
また、原告は、本件総務省発注案件の下請は、本件総務省発注案件への入札を諦めたことがナカバヤシへの協力だと一方的に認識され、その代償として下請に出されたものであり、本件基本合意の参加への見返りではないと主張するが、受注調整の幹事担当者である≪A1≫が、本件基本合意の参加の要請とは関係なく本件総務省発注案件の下請を原告に依頼することは考え難いし、下請の打診のために遠方(札幌市)所在の原告との本件会合を設けるのも不自然である。この点に関し、原告は、本件会合が行われた喫茶店には個室がないし、20分程度の会合で本件基本合意に関するやり取りが行われたことが不自然であると主張するが、上記の判断を左右するものではない。
上記②について、確かに、≪A1≫は、令和2年10月22日付け供述調書(乙2)及び令和3年4月7日付け供述調書(乙1)においては、本件会合の後、原告の≪X1≫に対しては≪A1≫自身が連絡をとっていた旨供述していたが、同年7月14日付け供述調書(乙3)においては、原告の≪X1≫への連絡は≪A2≫を通じて行った可能性がある旨供述している。この点をとらえて、原告は、≪A1≫の供述の重要部分に変遷があるとしてその信用性を否定するが、当該場面は、ナカバヤシの中の誰が伝えたかより何を伝えたかが重要といえる場面であって、原告に連絡をしたのが≪A1≫本人であったか≪A1≫の指示を受けた≪A2≫であったかという点は、本質的な部分とはいえない。また、≪A1≫は、幹事担当者として基本的には他の事業者と自ら連絡をとっていたものと認められるから、原告に対しても≪A1≫自身が連絡を取っていたと思うことがあったとしても不合理ではない。
上記③について、本件会合に同席していた≪X2≫は、本件基本合意についての明示的なやり取りを否定する供述はしておらず、≪X2≫自身は、本件会合のやり取りによって、原告も日本年金機構が発注するデータプリントサービスの談合に加わることができたと認識しているのであるから(乙6〔≪X2≫供述調書〕)、≪A1≫の供述と一致していないとはいえない。また、≪A2≫については、≪A1≫が≪X1≫に対し、受注調整に加わるよう持ちかけ、それに対して≪X1≫が了承していたことを供述しており(乙4〔≪A2≫供述調書〕)、≪A2≫が本件会合でどこが発注する案件のことを話しているのか分からなかったとしても、≪A1≫の供述と矛盾するものではない。さらに、≪F1≫は、具体的な発言内容を特定してはいないが、本件会合においては日本年金機構が発注するデータプリントサービスに関する受注調整の話をしていたと供述しており(乙5〔≪F1≫供述調書〕)、供述の信用性を否定すべき事情も認められない。
上記④について、本件会合から約3年半が経過していることをもって≪A1≫の供述の信用性が失われていると具体的に認められる事情はない。
以上によれば、原告の上記主張は採用することができない。
ウ また、原告は、本件会合後に、≪A2≫が≪X1≫に対し、平成29年8月定期案件の受注をやめるように連絡した点に関する≪A2≫の供述について、本件でナカバヤシが他の事業者との連絡を担当する際には専ら≪A1≫が行っているのであって、原告の場合のみ連絡を≪A2≫に依頼するのは不自然であり、≪A2≫の供述に信用性がないと主張する。
しかし、本件総務省発注案件を原告に下請に出すことから、総務省担当の≪A2≫が原告とのやり取りを行っており、その後の打合せ等に引き続く連絡を、≪A1≫が≪A2≫に依頼したとしても不自然ではない。また、本件会合後、日本年金機構が発注する特定データプリントサービス以外のデータプリントサービスの個別案件について、≪A1≫の指示を受けて、≪X1≫に対して原告は受注しないように伝え、≪X1≫が了承したとの点については≪A1≫供述と一致している。さらに、≪X1≫自身が、本件会合後、これまで一切取引のなかった≪A2≫から急に日本年金機構の発注するデータプリントサービス業務について問い合わせを受け、また受注意欲の確認など連絡を受けるようになった(乙26〔≪X1≫供述調書〕・8頁、本人尋問においても平成29年8月定期案件について受注意欲の確認を受けたことを供述する。)と供述しているのであって、≪X1≫の供述とも整合するものである。
加えて、≪A2≫にはあえて虚偽の供述をする動機はない。
したがって、ナカバヤシの≪A2≫の供述には信用性が認められ、原告の上記主張は採用することができない。
エ 一方で、≪X1≫は、本件基本合意の説明を受けたことはなく、本件基本合意に応じる旨を返答したこともない旨陳述し(甲4、甲11)、本人尋問において、同旨の供述をしている。
しかし、以下の理由から≪X1≫の供述は信用することができない。
≪X1≫は、本件総務省発注案件の入札においては、総務省とナカバヤシとトッパン・フォームズとの間で不正があるのではないかと感じ、関与していると思われることを回避するため入札に参加することを諦めたと供述するが、本件会合において本件総務省発注案件の下請を受ければ、本件総務省発注案件に関与しているということになり、入札の参加を断念した理由と整合しないし、そのような不正を疑った事業者であるナカバヤシに対して何ら事情を問わずに下請を受けるというのも不合理である。したがって、本件基本合意とは関係なく本件総務省発注案件を断念した見返りとして、本件総務省発注案件が下請に出されたとする≪X1≫の供述は信用できない。
また、本件基本合意の説明を受けたことはないとする点については、受注調整の幹事担当者である≪A1≫が、本件基本合意の参加の要請とは関係なく本件総務省発注案件の下請を原告に依頼することは考え難いし、下請の打診のために遠方所在の原告との本件会合を設けることも不自然であることは前記イで説示したとおりである。
2 争点1(25社による本件基本合意の成否)について
(1) 前記認定事実⑶によれば、幹事担当者は、日本年金機構が一般競争入札の方法で発注するデータプリントサービスの入札が告示されると、当該案件について、自らが連絡を担当する事業者の担当者から受注希望の連絡を受けたり、又は自ら受注希望の確認の連絡を行ったりして、受注希望がある事業者の情報を集約していた。その上で、おおむね1か月ごとに会合を開催し、ナカバヤシの≪A1≫が作成した案に基づき、日本年金機構が一般競争入札の方法で発注するデータプリントサービスの案件ごとに、それぞれが集約した各社の受注希望の情報を基に受注予定者及び入札価格等を話し合って決めていた。そして、実際に、幹事担当者から受注予定者である旨及び入札価格等について連絡を受けた事業者は、それぞれ決定された入札価格を入札において提示し、受注予定者以外の入札予定者は、受注予定者よりも高い価格をそれぞれ入札において提示するか、入札を辞退して、受注予定者が受注できるように協力していた。
前記認定事実⑽によれば、平成28年5月6日以降令和元年10月8日までの間に入札等が行われた、特定データプリントサービスの別紙2記載の22業務122案件のうち116案件について受注調整が行われ、そのうち実際に受注予定者が受注した案件は114件であった。
(2) 前記⑴の事実を総合すれば、25社は、遅くとも平成28年5月6日以降、日本年金機構が一般競争入札又は見積り合わせの方法により発注する別紙2記載の合計22の業務に係るデータプリントサービスについて、受注価格の低落防止等を図るため、受注予定者を決定し、受注予定者以外の者は、受注予定者が受注できるように協力する旨の合意(本件基本合意)をしたものと認められる。
3 争点2(原告が本件基本合意に参加したか否か)について
(1) 前記認定事実⑹、⑺によれば、本件会合において、≪A1≫は、≪X1≫に対し、日本年金機構が発注するデータプリントサービスの入札案件については、過去に受注した業者が原則として継続して受注することにしており、新規の案件があれば原告が優先的に受注できるようにするので勝手に受注しないでほしい、今後、入札に参加する場合には事前に相談するようにしてほしい旨を伝え、日本年金機構が発注するデータプリントサービスについての受注調整に加わるよう要請したところ、≪X1≫は了承したことが認められ、その後、実際に、個別案件において、受注調整が図られたことが認められる。
以上の事実からすれば、平成29年4月7日に、原告が本件基本合意に参加したことが認められる。
(2)ア これに対し、原告は、本件会合の状況についての≪A1≫及び≪A2≫の供述が信用できないと主張するが、これが信用できることについては前記1⑾ア~エのとおりである。
イ 次に、原告は、本件において、幹事担当者は、受注予定者、受注予定数量及び受注予定者の入札価格を幹事担当者以外の入札参加者に連絡するものとされており、受注予定者の中で最高価格を入札する者はケツ取りと呼ばれる者であったところ、本件において、平成29年8月定期案件を含め、≪A1≫及び≪A2≫は、原告に対して一度もケツ取りの入札価格を教えておらず、ケツ取りの入札価格は他の本件基本合意参加者よりも高い価格で入札して受注予定者が受注できるよう協力するために必要なものであることから、上記事実は原告が本件基本合意に参加していないことを推認させる事実であると主張する。
しかし、ケツ取りの価格は、受注予定者の中で最高価格を入札する者の価格であるところ、原告は平成29年8月定期案件の受注予定がないことが確認されており、そもそも受注を予定していない者に対して、ケツ取りの価格が伝えられなかったとしても不自然ではない。
現に、平成29年8月定期案件の受注予定者等を決定する会合後、≪A1≫は、事前に受注希望を聞いていた事業者の担当者に、ケツ取りの価格を連絡しているものの、他には連絡しておらず、かえって、受注する予定のない小林クリエイトの担当者が≪A1≫に対し架電して、受注できない入札価格を尋ね、≪A1≫がそれに応じていることが認められるから(認定事実⑺エ)、≪A1≫が原告にケツ取りの価格を伝達しないこともあり得るというべきである。
そうすると、この点に関する原告の上記主張は採用することができない。
ウ また、原告は、特定データプリントサービスのうち原告が参加したと認定されているのは平成29年8月定期案件であるところ、122件の個別調整が行われたにもかかわらず、原告が参加したと認定できる個別調整がわずか1件しかないということ自体が異常な事態であり、本件基本合意に原告が参加した事実がないことを強く推認させるものであると主張する。
しかし、日本年金機構が発注する特定データプリントサービスの案件は、入札参加等級を満たす事業者のみ入札参加が可能であり、事業者の入札参加等級によって、個別調整に関与できる件数は変わり得るのであって、現に原告の入札参加等級によっては全ての特定データプリントサービスの案件には入札参加することはできなかったのであるから、認定された個別調整が1件のみであることをもって本件基本合意に参加した事実がないことを推認されるものではない。
したがって、この点に関する原告の上記主張は採用することができない。
エ 原告は、ターンアラウンド案件については、≪X1≫が≪A2≫に一度だけ同種案件の落札価格帯の一般的相場を聞いたが、入札価格の指示を受けたものではないと主張し、≪X1≫も同様の供述をする。
しかし、これまで一切取引関係のなかった≪A2≫に、当該案件のみ一般的相場を確認するというのは不自然であるし、参考情報の聴取であれば、≪A2≫に対し「対応ご指示等いただけると幸いです」とのメールを送信する行為(認定事実⑻ア)と矛盾するものである。したがって、原告の上記主張は採用することができない。
オ 原告は、「お知らせハガキの作成及び発送準備業務」について、1回目の入札で受注できそうになったものの、実際には原告に受注に対応できるだけの余力がなかったことから、2回目の入札を辞退したにすぎないと主張する。
しかし、上記案件においては、そもそも入札前の≪X2≫とのメッセージにおいて、入札価格の連絡を待っていたが独自価格で入札するとされており(認定事実⑻イ)、原告が他社と価格の調整をしていたことが認められるから、原告が本件基本合意とは関係なく同案件の入札に参加したことを前提とする原告の上記主張は採用することができない。
4 争点3(本件合意が「不当な取引制限」の要件に該当するか否か)について
(1) 独禁法2条6項は、独禁法において「不当な取引制限」とは、事業者が、契約、協定その他何らの名義をもってするかを問わず、他の事業者と共同して対価を決定し、維持し、若しくは引き上げ、又は数量、技術、製品、設備若しくは取引の相手方を制限する等相互にその事業活動を拘束し、又は遂行することにより、公共の利益に反して、一定の取引分野における競争を実質的に制限することをいうと規定している。そして、同項にいう「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」とは、当該取引に係る市場が有する競争機能を損なうことをいうものと解される(最高裁平成22年(行ヒ)第278号同24年2月20日第一小法廷判決・民集66巻2号796頁参照)。
(2) これを本件についてみると、本件基本合意の内容は、前記2⑵のとおり、データプリントサービスを請け負う事業者である原告ら26社が、遅くとも平成28年5月6日以降(原告については平成29年4月7日以降)、日本年金機構が発注する特定データプリントサービスについて、受注予定者を決定し、受注予定者以外の者は受注予定者が受注できるように協力するという内容の取決めであり、26社は、本来的には、互いに各社の事業活動を十分に予測できない状況下で、日本年金機構が発注するデータプリントサービスの入札等に参加するか否か、その入札価格を幾らとするかなどデータプリントサービスの請負に関する様々な事業活動について自由に決めることができるはずであるところ、このような取決めがされたときは、これに制約されて意思決定を行うことになるという意味において、各社の事業活動が事実上拘束される結果となることが明らかである。そうすると、本件基本合意は、独禁法2条6項にいう「その事業活動を拘束し」の要件を充足するものということができる。そして、本件基本合意の成立により、26社の間に、上記の取決めに基づいた行動をとることをお互いに認識し認容して歩調を合わせるという意思の連絡が形成されたものといえるから、本件基本合意は、同項にいう「共同して・・・相互に」の要件も充足するものということができる。
また、本件基本合意の当事者がいずれもデータプリントサービスを請け負う事業者であって、その当事者は26社にも上ること、日本年金機構は、特定データプリントサービスの大部分を毎年発注していたこと(前提事実⑵)等に照らすと、本件基本合意は、この取決めによって、その当事者である26社がその意思で、本件基本合意が対象とする受注者及び受注価格をある程度自由に左右することができる状態をもたらし得るものであったということができる。しかも、前記認定事実⑼のとおり、平成28年5月6日以降令和元年10月8日までの間に入札等が行われた特定データプリントサービスの案件122件のうちほぼ全件(116件)について本件基本合意に基づく個別の受注調整が現に行われ、このうち114件について実際に受注予定者が受注したことからすると、特定プリントサービスの受注者及び受注価格に関して、事実上の拘束力をもって有効に機能し、上記の状態をもたらしていたものということができる。そうすると、本件合意は、独禁法2条6項所定の「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」の要件を充足するものというべきである。
さらに、以上のような本件基本合意が、独禁法2条6項にいう「公共の利益に反して」の要件を充足するものであることも明らかである。
以上によれば、本件基本合意は、独禁法2条6項所定の「不当な取引制限」に当たるというべきである。
5 争点4(独禁法7条2項の要件への該当性)について
原告は、前記3のとおり独禁法3条に違反する行為をした事業者であるところ、本件基本合意が消滅していることから「違反する行為が既になくなっている場合」に該当する。そして、違反行為は2年以上にわたり、その取りやめは被告の立入検査を契機とするものであって違反行為の取りやめが自発的なものでないこと等の諸事情を総合的に勘案すれば、原告に対して排除措置を命ずることにつき、「特に必要がある」(独禁法7条2項)と認められる。
6 争点5(本件乙号証の証拠能力)について
原告は、本件乙号証(乙10、22~25、27~46)について、独禁法49条、52条1項の趣旨に照らし、証拠能力を否定すべきである旨主張する。
独禁法は、被告は、排除措置命令をしようとするときは、その名宛人となるべき者について意見聴取を行わなければならず(49条)、意見聴取を行うに当たっては、意見聴取を行うべき期日までに相当な期間をおいて、排除措置命令の名宛人となるべき者に対し、通知をしなければならない(50条1項)と規定し、当事者は、当該通知があった時から意見聴取が終結する時までの間、被告に対し、当該意見聴取に係る事件について被告が認定した事実を立証する証拠の閲覧又は謄写を求めることができる(52条1項)と規定している。
しかしながら、独禁法には、意見聴取手続の段階で上記の閲覧又は謄写の対象とされなかった証拠の取消訴訟における提出を禁ずる規定は何ら存しない。
実質的に考えても、排除措置命令の取消訴訟において、原告の主張立証内容を含む審理の状況に応じて、被告が新たな証拠を提出することを一概に不当ということはできず、むしろ、これを制限することが訴訟における真実発見の要請に適合しないこともあり得る。被告が全く資料を収集せずに排除措置命令を行い、後日訴訟になってから資料を収集して提出するなど、独禁法が意見聴取手続を要求した趣旨を全く没却するような場合は別異に解する余地があるとしても、上記の閲覧又は謄写の対象とされなかった証拠の証拠能力を否定する法的根拠は乏しい。
本件において、本件乙号証は、いずれも本件排除措置命令の時点で存在したか、本件訴訟のために既に存在する報告書を一覧表の形式にまとめたものであって、その提出が独禁法が意見聴取手続を要求した趣旨を全く没却するような場合には当たらない。
したがって、原告の上記主張は採用することができず、本件乙号証の証拠能力が認められることは明らかである。
第4 結論
以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

令和5年4月13日

東京地方裁判所民事第8部
裁判長裁判官 笹本哲朗
裁判官 渡部みどり
裁判官 伊藤圭子

注釈 《 》部分は,公正取引委員会事務総局において原文に匿名化等の処理をしたものである。
(別紙は省略)

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