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ダイレックス(株)による審決取消請求事件

独禁法19条(2条9項5号)、独禁法20条の6
東京高等裁判所

令和2年(行ケ)第5号

判決

令和5年5月26日

佐賀市高木瀬町大字長瀬930番地
原       告  ダイレックス株式会社
同代表者代表取締役 《氏  名  略》
同訴訟代理人弁護士  久 江 孝 二
同          石 井   崇
同          山 口 拓 郎
同          小 田 勇 一
同訴訟復代理人弁護士 大和田   樹

東京都千代田区霞が関一丁目1番1号
被     告    公正取引委員会
同代表者委員長    古 谷 一 之
同指定代理人     西 川 康 一
同          榎 本 勤 也
同          坂 本 智 之
同          岩 丸 華 子
同          山 口 正 行

主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告が原告に対して令和2年3月25日付けでした公正取引委員会平成26年(判)第1号及び第2号審判事件についての審決を取り消す。
第2 事案の概要
1 原告は、被告が平成26年6月5日に原告に対してした排除措置命令(公正取引委員会平成26年(措)第10号。以下「本件排除措置命令」という。)及び課徴金納付命令(公正取引委員会平成26年(納)第113号。以下「本件課徴金納付命令」といい、本件排除措置命令と併せて「本件各命令」という。)について、同月6日、それぞれその全部の取消しを求める審判請求をし(公正取引委員会平成26年(判)第1号事件及び第2号事件。以下、当該各事件を併せて「本件審判事件」という。)、被告は、令和2年3月25日、本件排除措置命令を変更し、本件課徴金納付命令を一部取り消す旨の審決(以下「本件審決」という。)をした。
本件は、原告が、本件審決について、原告の審判請求を棄却した部分につき私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(平成25年法律第100号による改正前のもの。以下、特に断りのない限り、「独占禁止法」という。)82条1項各号所定の取消事由がある旨を主張して、同項に基づき、その取消しを求める事案である。
2 前提となる事実(本件審決において認定された事実であって原告が実質的な証拠の欠缺を主張していないものであるか、本件審決の記録中に現れた証拠から容易に認めることができる事実)
(1) 原告の事業内容等
原告は、佐賀市に本店を置き、食料品、酒類、日用雑貨品、家庭用電気製品、衣料品等を小売する総合ディスカウントストアの形態を有する「ダイレックス」と称する店舗等を運営する「事業者」(独占禁止法2条1項)である。
原告は、平成19年7月9日当時、食料品、酒類、日用雑貨品、家庭用電気製品、衣料品等の小売をする総合ディスカウント業を営んでいたサンクスジャパン株式会社の事業を引き継ぐ目的で設立され、同社を吸収合併してその事業を承継した。その後、ドラッグストア業を営む株式会社サンドラッグ(以下「サンドラッグ」という。)が、平成21年10月30日、原告の発行済株式の全部を取得して、原告を完全子会社化した。
(2) 原告の事業規模等
原告の資本金の額は、平成21年6月28日から平成24年12月16日までの期間(以下「本件期間」という。)において、33億6945万円であった。
原告の運営に係る店舗(「ダイレックス」又は「ダイレックス1・2・3」と称するもの。以下、各店舗の呼称について「ダイレックス」又は「ダイレックス1・2・3」の表示は省略する。)は、平成21年6月28日時点で128店、平成22年3月31日時点で134店、平成23年3月31日時点で143店、平成24年3月31日時点で156店、同年12月17日時点で168店と年々増加しており、その運営区域は、九州全県(沖縄県を含む。)、徳島県、香川県、愛媛県、広島県、岡山県、山口県、埼玉県及び山梨県であった。
原告の事業年度における売上高は、平成21年度で約944億円、平成22年度で約961億円、平成23年度で約1058億円、平成24年度で約1138億円と年々増加していた。原告の各事業年度の売上高は、総合ディスカウント業を営む者の全国における売上高の順位において、平成21年度及び平成22年度は第5位、平成23年度及び平成24年度は第4位であった(査2、査84)。
(3) 特定納入業者の概要
納入業者(原告の運営に係る店舗で自ら販売する商品を、原告に直接販売して納入する事業者をいう。以下同じ。)であって、別紙Aに記載された者(以下、各納入業者については、同別紙の「事業者」欄の「(略称)」と記載したとおり略称する。)のうち、同別紙の対象納入業者欄に「〇」と記載されたもの(合計69社(事業者の数については、個人事業者が含まれている場合であっても、単に「〇社」という。以下同じ。)。以下「特定納入業者」という。)は、本件期間を通じて又はその一部において、製造業若しくは卸売業又は双方を営み、直接、原告との間で取引基本契約を締結し、又は取引口座を開設し、原告の運営に係る店舗で販売する商品を、原告に対して継続的に買取取引(買主が売主から商品の引渡しを受けると同時に、当該商品の所有権が売主から買主に移転し、その後は買主が当該商品の保管責任を負う取引形態をいう。以下同じ。)により販売し、納入していた納入業者である(査156、査157。ただし、原告は、特定納入業者のうち、≪納入業者(29)≫及び≪納入業者(65)≫についてはその取引形態が、買取取引ではなく販売委託取引であった旨主張している。)。
(4) 原告の組織体制
ア 原告は、代表取締役副社長の下に、営業本部及び管理本部を置き、営業本部の下に、商品の仕入業務並びに新規開店(原告が、新たに店舗を設置して(既存店舗を建て替えたり、移転したりする場合も含む。)、当該店舗の営業を開始することをいう。以下同じ。)及び改装開店(原告が、既存の店舗について、一時的に営業を取りやめて、売場の移動、売場面積の拡縮、設備の改修その他の改装を実施した上で、当該店舗の営業を再開することをいう。以下同じ。)の準備作業を担当する部門として、商品分類別に、第一商品部から第三商品部までの各部署を設置している。
また、各商品部では、仕入担当者(以下「バイヤー」という。)が、担当商品につき、新規に取引を開始する納入業者の選定や、納入業者から仕入れる商品、販売方針、取引条件(仕入価格、仕入数量等)についての商談及び決定といった仕入業務を行っている。
イ 原告は、平成22年9月頃、営業本部の下に、新店改装準備室を置き、それ以降、従前バイヤー、店舗開発部等の複数の部門が担当していた新規開店及び改装開店(以下、併せて「新規開店等」という。)の準備作業期間の調整及び商品の搬出・搬入・陳列作業等の日程の作成業務、閉店店舗の撤退までの日程の作成業務等を、新店改装準備室に担当させることとした。
ウ 原告は、遅くとも平成23年4月頃、各商品部に情報課を設置し、それ以降、従前バイヤーが担当していた新規開店等における開店前の各種準備作業(以下「開店前準備作業」という。)のために、納入業者に従業員等の派遣を依頼する業務、商品の搬出・搬入・陳列の各作業及び開店セール時の商品補充等の店舗管理業務を情報課に担当させることとし、これに伴い、各商品部のバイヤーは、前記アの仕入業務に専念することとなった。
(5) 納入業者による従業員等の派遣
ア 納入業者による従業員等の派遣
原告は、本件期間において、納入業者に対し、別紙B記載の新規開店等店舗における開店前準備作業のため、納入業者の従業員等の派遣を依頼し、別紙Dの「本件各行為」の「従業員等の派遣」欄記載のとおり、納入業者のうち78社(別紙A記載の者。以下、単に「78社」ともいう。)から、少なくとも延べ約8200名の従業員等の派遣を受けて、開店前準備作業に従事させた(以下、これらの開店前準備作業のための従業員等の派遣を「本件従業員等派遣」という。)。
イ 納入業者による金銭の提供
(ア) 閉店セールに係る協賛金の提供
原告は、本件期間において、別紙C記載の各店舗においてその閉店の際に実施するセール(以下「閉店セール」という。)を行ったところ、78社のうち別紙Dの「本件各行為」の「閉店セール協賛金」欄中の「金額(円)」及び「店舗数」の各欄に金額及び店舗数の記載のある66社に対し、当該店舗数の店舗に係る閉店セールにおいて、当該納入業者が納入した商品のうち、原告が定めた割引率で販売した商品について、その割引額に相当する額の全部又は一部の金銭を「協賛金」等の名目で提供するよう依頼し、上記66社から、それぞれ同「金額(円)」欄記載の各額の金銭(総額約4030万円)の提供を受けた(以下、閉店セールに際して原告が提供を受けたこれらの金銭を「閉店セール協賛金」といい、上記納入業者によるその提供を「本件協賛金の提供」という。)。
(イ) 朝倉店の火災に係る金銭の提供
原告は、平成23年5月4日、福岡県朝倉市に所在する朝倉店において火災が発生した際、滅失又は毀損した商品(以下「火災滅失毀損商品」という。)を搬入していた納入業者に対し、当該商品の販売価格に相当する額について、返品又は値引きとして処理するか、無償納入品として取り扱うことを依頼した。その後、原告は、同年8月末までに、別紙Dの「本件各行為」の「火災関連金(円)」欄に金額の記載のある48社のうち少なくとも≪納入業者(48)≫を除く47社から、商品の売上代金から相殺するなどの方法により、同欄記載の各額の金銭(総額約1200万円)の提供を受けた(以下、上記の朝倉店の火災に関して原告が提供を受けたこれらの金銭を「火災関連金」といい、上記納入業者によるその提供を「本件火災関連金の提供」という。)。
(6) 被告による立入検査
原告は、平成24年12月5日、被告による立入検査を受け、同月17日、納入業者に対して独占禁止法違反の疑いがある行為を取りやめたこと等を連絡し、それ以後は、本件従業員等派遣、本件協賛金の提供及び本件火災関連金の提供を受けた行為(以下「本件各行為」といい、なお、納入業者による上記各行為自体についても「本件各行為」ということがある。)と同様の行為を行っていない。
(7) 課徴金算定の基礎となる原告の売上額
本件期間のうち平成21年法律第51号(以下「平成21年改正法」という。)の施行日である平成22年1月1日から平成24年12月16日までの期間(以下「本件違反期間」という。)における原告の78社それぞれとの間における購入額を、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律施行令(昭和52年政令第317号。以下「施行令」という。)30条2項の規定に基づき算定すると、別紙Aの「購入額」欄記載のとおりとなる。
3 本訴に至る経緯等(当事者間に争いがないか、当裁判所に顕著な事実)
(1) 本件各命令の発令
ア 被告は、原告が遅くとも平成21年6月28日以降、78社に対して本件従業員等派遣をさせ、78社のうち66社に対して本件協賛金の提供をさせ、及び78社のうち≪納入業者(48)≫を含む48社に対して本件火災関連金の提供をさせていたものであり、それらの行為は、原告が自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭又は役務を提供させていたものであるから、独占禁止法2条9項5号ロ(ただし、平成21年改正法の施行日である平成22年1月1日前においては、平成21年改正法による改正前の私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律2条9項に基づき公正取引委員会が指定する不公正な取引方法である平成21年公正取引委員会告示第18号による改正前の不公正な取引方法(昭和57年公正取引委員会告示第15号の14項(以下「旧一般指定14項」という。)2号。以下同じ。)に該当し、同法19条の規定に違反するものであるとし、さらに、特に排除措置を命ずる必要があるとして、原告に対し、同法20条2項、7条2項1号に基づき、平成26年6月5日付けで、要旨、下記の内容の排除措置命令(平成26年(措)第10号。本件排除措置命令)を発した。

(ア) 原告は、次の事項を、取締役会において決議しなければならない。
a 78社に対して本件従業員等派遣をさせ、78社のうち66社に対して本件協賛金の提供をさせ、及び78社のうち≪納入業者(48)≫を含む48社に対し本件火災関連金の提供をさせていた行為を取りやめていることを確認する旨
b 今後、前記aに記載した各行為と同様の行為を行わない旨
(イ) 原告は、前記(ア)に基づいて採った措置を納入業者に通知し、かつ、自社の従業員に周知徹底しなければならない。これらの通知及び周知徹底の方法については、あらかじめ被告の承認を受けなければならない。
(ウ) 原告は、今後、前記(ア)aに記載した各行為と同様の行為を行ってはならない。
(エ) 原告は、今後、次の事項を行うために必要な措置を講じなければならない。この措置の内容については、前記(ア)aに記載した各行為と同様の行為をすることのないようにするために十分なものでなければならず、かつ、あらかじめ、被告の承認を受けなければならない。
a 納入業者との取引に関する独占禁止法の遵守についての行動指針の改定
b 納入業者との取引に関する独占禁止法の遵守についての、役員及び従業員に対する定期的な研修並びに法務担当者による定期的な監査
(オ)a 原告は、前記(ア)、(イ)、(エ)に基づいて採った措置を速やかに被告に報告しなければならない。
b 原告は、前記(エ)bに基づいて講じた措置の実施内容を、今後3年間、毎年、被告に報告しなければならない。
イ 被告は、原告がした前記アの各行為は独占禁止法2条9項5号ロに該当し、同法19条の規定に違反するものであり、かつ、同法20条の6にいう「継続してするもの」に当たるところ、当該違反行為をした日から当該違反行為がなくなる日までの期間である本件期間(平成21年6月28日から平成24年12月16日まで)は3年を超えるため、同条の規定によれば、当該違反行為に係る同条に規定する期間の始期は当該違反行為の終期から遡って3年となる平成21年12月17日となるが、同条が適用されるのは、平成21年改正法の施行日である平成22年1月1日以降である(平成21年改正法附則5条)から、その始期は同日となるとし、同日から平成24年12月16日までの期間(本件違反期間)について、原告に商品を供給する者である78社と原告との間における購入額の合計が1274億1670万5310円(別紙Aの「購入額」欄記載の金額の合計額)であることから、課徴金の額については独占禁止法20条の6によりその100分の1を乗じて得た額から同法20条の7において準用する同法7条の2第23項により1万円未満の端数を切り捨てた額である12億7416万円と算出されるとして、原告に対し、同法20条の6に基づき、平成26年6月5日付けで、課徴金納付命令(平成26年(納)第113号。本件課徴金納付命令)を発した。
ウ 本件各命令に係る各命令書(謄本)は、いずれも平成26年6月6日、原告に送達された。
(2) 本件審決
ア 原告は、被告に対し、平成26年6月6日、本件各命令の内容を不服として、独占禁止法49条6項、50条4項に基づき、本件各命令の全部の取消しを求める審判請求をした(本件審判事件)。
イ 被告の審判官は、本件審判事件について、平成30年6月13日、平成27年公正取引委員会規則第2号による廃止前の公正取引委員会の審判に関する規則(以下「審判規則」という。)33条1項に基づき、審判手続を終結した上、審判規則73条に基づき、令和元年12月5日付け審決案(以下「本件審決案」という。)を作成し、これを同日付けで被告に提出するとともに、同月9日、原告にその謄本を送達した。
ウ 本件審決案においては、原告の取引上の地位が優越していた納入業者は78社のうち特定納入業者(69社)であったと認定され、本件排除措置命令の対象となる原告の違反行為については、その取引上の地位が特定納入業者(69社)に対して優越していることを利用して、本件期間中、特定納入業者(69社)に対して135店舗の新規開店等に際し少なくとも延べ約6900人の従業員等を派遣させ、特定納入業者のうち58社に対して13店舗の閉店セールに際し合計3356万0683円の閉店セール協賛金を提供させ、特定納入業者のうち43社に対して合計1111万1424円の火災関連金の提供をさせた行為を前提とするものに変更(縮小)され(本件審決案主文第1項)、本件課徴金納付命令のうち11億9221万円を超えて納付を命じた部分を取り消すこととされていたが(同第2項)、原告のその余の審判請求についてはいずれも棄却することとされていた(同第3項)。
エ これに対し、原告は、被告に対し、令和元年12月23日、審判規則75条に基づき、本件審決案に対する異議の申立てをし、特定納入業者のうち9社の関係者が作成した9通の陳述書(以下、併せて「本件各陳述書」という。)の取調べを求める旨の証拠申出書を提出して、主位的に本件各命令の全部の取消しを、予備的に本件審判事件の審判手続の再開を求めた。
オ しかし、被告は、本件審判事件について自ら審判を開き、又は審判官に対し審判手続の再開を命ずることなく、令和2年3月25日、審判規則78条1項に基づき、本件審決案と内容を同じくする本件審決をした。
カ 本件審判に係る審判書(謄本)は、令和2年3月26日、原告に送達された。
(3) 本訴の提起
原告は、令和2年4月2日、当庁に対し、本訴を提起した。
4 優越的地位濫用ガイドライン
被告は、平成22年11月30日、平成21年改正法によって旧一般指定14項が法定化されたことに際し、優越的地位の濫用行為に関する独占禁止法の考え方を明確にするため、ガイドラインとして「優越的地位の濫用行為に関する独占禁止法の考え方」(以下「ガイドライン」という。)を策定し、公表した。
5 主な争点及び争点に関する当事者の主張
本件における主な争点は、次の①から⑤までのとおりであり、これらの争点に関する当事者の主張は、別表1主張整理表の第1から第6までの各「原告」欄及び「被告」欄に、また、特定納入業者のうち30社(実質的には29社)の個別事情に基づく当事者の主張は、別表2-1納入業者別主張整理表(第1から第17まで)及び別表2-2納入業者別主張整理表(第1から第12まで)の各「原告」欄及び「被告」欄にそれぞれ記載のとおりである。
① 原告の取引上の地位が特定納入業者(69社)に優越していたといえるか否か(優越的地位の意義、優越的地位の判断基準等)
② 本件各行為(本件従業員等派遣、本件協賛金の提供及び本件火災関連金の提供を受けた行為)は、原告が「正常な商慣習に照らして不当に」独占禁止法2条9項5号ロ所定の行為(不利益行為)をしたものといえるか否か
③ 本件各行為は、優越的地位を「利用して」されたものといえるか否か(因果関係の有無)
④ 課徴金算定に係る独占禁止法20条の6の解釈適用の相当性(課徴金算定の基礎)
⑤ 本件審決の判断が原告にとって不意打ちであり、原告の防御権を侵害する違法なものか否か
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は、本件審決について独占禁止法82条1項各号所定の取消事由はなく、原告の請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。
2 事実関係(特に証拠番号を掲記したものを除き、当事者間に争いがない。)
(1) 原告の市場における地位
原告は、本件期間において資本金33億円余りの株式会社であり、その運営に係る店舗数は、平成21年6月28日時点で128店であったものが平成24年12月17日時点では168店と年々増加し、その事業年度における売上高も、平成21年度の約944億円から平成24年度の約1183億円へと年々増加しており、各事業年度の売上高は、総合ディスカウント業を営む者の全国における売上高の順位において、平成21年度及び平成22年度は第5位、平成23年度及び平成24年度は第4位であった(前記前提となる事実(2))。
原告は、平成21年10月30日、サンドラッグの子会社となった。サンドラッグは、ドラッグストア業を全国的に営む株式会社であり、平成25年3月31日当時、原告を含む6社の子会社を有し、同年3月期におけるその連結売上高は約4074億円であった(査3)。
(2) 原告と特定納入業者との市場における関係
ア 特定納入業者と原告との取引形態は、いずれも買取取引であると認められるところ(前記前提となる事実(3)、査34、査70の1)、その納入品目、資本金の額、総売上高、原告に対する売上高、原告に対する取引依存度、取引先別の売上高の順位における原告の順位、取引先小売業者数等は、別紙Dの各欄に記載のとおりである。なお、原告は、特定納入業者のうち、≪納入業者(29)≫及び≪納入業者(65)≫との取引形態については、買取取引ではなく販売委託取引であると主張し、≪納入業者(29)≫の従業員≪G≫も同主張に沿う供述をする(審47)が、上記2社においては、被告に提出した報告書(査34、査70の1)の中で、原告との取引について、「買取取引(うち返品条件が付されているもの)」である旨回答していること、≪納入業者(29)≫と原告との間の取引基本契約書(査612)の第3条は、個別契約について、同社が原告に対し商品を「売り渡す」旨を定め、買取取引であることを前提とする規定となっており、他に同取引基本契約書中に当該取引形態が販売委託取引であることをうかがわせる記載は見当たらず、≪納入業者(29)≫の口座開設申請書(査613)にも、当該取引形態が委託取引である旨が記載されていないこと等の事情に照らせば、上記2社の原告との取引については、いずれも他の特定納入業者と同様に買取取引であると認めるのが相当である。
イ 被告の審査官は、特定納入業者に対し、平成25年3月29日付け(ただし、≪納入業者(17)≫については平成26年2月18日付け)で報告命令を発し、被告は、特定納入業者からこれに対する報告を記載した報告書(以下「本件報告書」という。)を受領した(各納入業者の報告書の証拠番号は、別紙Dの「本件報告書」欄に記載のものである。)。
本件報告書において、特定納入業者は、いずれも原告との取引に係る取引継続の必要性が高い旨を回答しており、また、別紙Dの「新規取引開始困難性」又は「取引額転嫁困難性」の各欄に〇が付されている特定納入業者にあっては、その理由として、新規取引開始困難性(原告との取引額に見合う他の取引先を見つけることが困難であること)又は取引額転嫁困難性(原告との取引額に見合う額を他の取引先との関係において増やすことが困難であること)を挙げている。
(3) 本件従業員等派遣
ア 別紙Bのとおり、原告が本件期間(平成21年6月28日から平成24年12月16日まで)中に新規開店等をした店舗数は、平成21年7月から12月までの間においては7店舗、平成22年1月から6月までの間においては2店舗、同年7月から12月までの間においては10店舗、平成23年1月から6月までの間においては30店舗、同年7月から12月までの間においては24店舗、平成24年1月から6月までの間においては35店舗、同年7月から12月までの間においては27店舗であり、合計135店舗であった。
イ 原告の店舗の新規開店等は、概要、①新規開店等計画等の承認、②店舗図面案作成、③新規開店等に関する会議の開催、④棚割りの選択・決定、⑤商品の発注、⑥商品の搬入、⑦商品の陳列等、⑧開店の段階を経て行われていた。上記④の「棚割り」とは、商品をどの商品棚のどこに、どのように陳列するかの割当てをいい、それを書面に記載したものを棚割表という(査125の各枝番)。原告において、棚割りは、バイヤーの業務であり、事前に過去の売上げ等のデータを基に作成された複数のパターンからバイヤーが選択して決定していた。また、バイヤーの依頼によりメインベンダー(主となる納入業者)が棚割表の案を作成し、バイヤーに提案することもあったが、この場合にも、最終的に棚割表の内容を確定するのはバイヤーであった。(査92、査113、査115、査117、査119、査120)
ウ 原告は、従前、納入業者と取引を開始する際、取引基本契約書を作成していた(なお、サンドラッグの子会社となってからは、取引基本契約書に代えて口座開設申請書を納入業者に提出させていた。)が、当該取引基本契約書及び口座開設申請書には、従業員等の派遣に関する定め(作業時間、作業内容、派遣頻度、派遣人数、派遣費用の負担条件等の定め)はなく、原告は、納入業者との間で、派遣内容に関して、別途取決め等を文書で交わしてはいなかった(査156、査157)。
エ 原告は、本件期間の始期である平成21年6月28日以前から、新規開店等の際に、納入業者に対し、開店前準備作業のため、従業員等の派遣を依頼し、従業員等の派遣を受けていた(査109、査173)。本件期間中において特定納入業者が行った本件従業員等派遣の人数の状況は、別紙Dの「本件各行為」の「従業員等の派遣」欄記載のとおりである(前記前提となる事実(5)ア)。
原告は、新規開店等に当たり、自社の従業員だけでは開店予定日までに開店前準備作業を終えることができなかったことから、同作業の大部分を納入業者の従業員等が行うことを前提としてその作業日程を組んでいたところ、これらの派遣を受けるため、原告の取締役、部課長らが出席する社内会議でも、納入業者に対して新規開店等のスケジュールを知らせるよう周知がされていたほか、担当者において、30日前には納入業者に対して作業従事者を手配すべきこととされ、また、派遣人数を確認して名簿を作成することとされていた(査92、査113、査117)。
開店前準備作業当日の作業従事者は、改装開店の場合は、原告の従業員等が30名ないし40名程度であるのに対し、納入業者等からの派遣従業員等は150名ないし200名程度であり、新規開店の場合は、商品部門ごとに日を分けて作業をしており、各日、原告の従業員等が20名程度、納入業者等からの派遣従業員等が50名程度であった(査117、査120)。
オ 原告の店舗に派遣された納入業者の従業員等は、基本的に、①商品の搬出(改装店のみ)・搬入、②商品の陳列、③販促ツール(プライスカード又はPOP)の取付け、④陳列棚の組立て、解体又は移動、⑤店内の清掃(陳列棚の清掃、ごみの片付け、不用物の運搬を含む。)、⑥陳列棚の棚板の位置調整、⑦展示品のラッピング作業(商品の傷や汚れを防止するために透明のシートで商品全体を包み込む作業(査134))等の作業を行い、このうち、商品の陳列(②)が納入業者の従業員等の中心的な作業であったが、原告は、当該納入業者自身の商品と他社の商品とを区別することなく、当該納入業者の従業員等にこれらの作業を行わせていた。納入業者の従業員等は、定番商品については、商品分類ごとに、あらかじめバイヤー又は情報課担当者が確定した棚割表に基づき、商品を陳列していた。(査92、査97、査104、査105、査134、査145、査146、査150、査162)
カ 原告は、納入業者からの本件従業員等派遣を受けたことに対し、当該納入業者から購入する商品を増やすことを約したこともなく、これに対する見返りを与えたこともなかった(査152)。
(4) 本件協賛金の提供
ア 原告は、本件期間の始期である平成21年6月28日以前から、店舗を閉店する際、当該店舗の商品を処分するため、最終営業日までの3日間、閉店セールと称して割引販売を実施していた(査394、査395。なお、原告と納入業者との間で取り交わされていた取引基本契約書及び口座開設申請書には、閉店セール協賛金についての算定根拠・算出方法、支払方法その他の支払条件の定めはなく、閉店セール協賛金の支払条件に関して別途取決めを交わした文書も存在しない(査156、査157)。)。
イ 閉店セール期間の割引率は、当初は、3日間を通じて店頭表示価格の2割引きであったが、店舗在庫をできる限り売り切り、最終的な返品や他店への移動を減らす目的で、原告の代表取締役副社長であった≪A2≫及び商品部の部長であった≪A3≫(以下「≪A3≫」という。)によって、平成23年10月30日の八代店の閉店セールから、最終日の割引率が5割引に変更された(査402、査403)。
ウ 原告は、閉店セールの際、閉店セールを実施する店舗に商品を納入している納入業者に対し、以下の(ア)から(ウ)までのとおり、協賛金等の名目で金銭の提供を依頼し、その支払を受けるなどした(査402、査406ないし査408、審55)。
(ア) 原告においては、納入業者に対して依頼する閉店セール協賛金の額について、閉店セールによる割引分を加味して最終的に原告が予算上の粗利を確保することができる額とされており、各バイヤーの判断で、納入業者に対し、割引販売した数量に割引額を乗じて得た額の全額又はその一部の提供を依頼していた。
(イ) 原告は、納入商品について閉店セールから除外することを希望する納入業者に対しては、閉店セール前に、当該納入業者自身で店舗から商品を撤去し、返品処理することを求めており、返品ができない商品については、納入業者が仕分けの上、原告の他の店舗に移動させていた。
(ウ) 原告は、閉店セール実施後にも売れ残った商品については原則として返品とすることとして、納入業者に対し、返品への協力を依頼しており、返品ができない商品については、廃棄するか、他の店舗に移動していた。
エ 本件期間中において、原告が特定納入業者のうち計58社から受けた本件協賛金の提供の状況は、別紙Dの「本件各行為」の「閉店セール協賛金」欄記載のとおりである(前記前提となる事実(5)イ(ア))。
オ 納入業者が原告に対して閉店セール協賛金を提供したことについては、原告が、そのことを理由として、当該納入業者に対し、閉店後に新規に開設される店舗や周辺店舗における商品の発注、新商品の導入等の見返りを与えることはなく、当該納入業者に対する直接的なメリットはなかった(査395、査408、査417)。
(5) 本件火災関連金の提供
ア 原告の朝倉店において、平成23年5月4日午前7時20分頃、火災が発生し、同店の店舗及び倉庫内の在庫商品が滅失し又は毀損した(査580)。
イ 原告のバイヤーは、≪A3≫の指示に基づき、各商品部ごとに、火災滅失毀損商品の納入業者60社ほどを原告本社の会議室に集めて説明会を開催し、原告が物流損害保険に加入していないことや、納入業者自身の損害保険を利用する場合に必要となる罹災証明書や火災現場の写真があることを説明した上で、火災関連金の提供により、火災滅失毀損商品についての原告の損害を負担することを依頼した。
その後、各バイヤーは、納入業者に対し、当該納入業者の朝倉店の在庫商品及び納入価格を記載した一覧表を交付し、損失補填の可否についての回答の期限を付して、火災関連金の提供を依頼し、さらに、期限までに回答がない納入業者に対しては、再度連絡をして、火災関連金の提供を依頼した。
(以上につき、査584、査585、査589ないし査591)
ウ ≪A3≫は、平成23年7月13日、納入業者から提供された火災関連金を商品部別に集計し、原告の財務課に対して報告した(査581の1及び2)。
エ 原告が特定納入業者(計43社)から受けた本件火災関連金の提供の状況は、別紙Dの「本件各行為」の「火災関連金(円)」欄記載のとおりである(前記前提となる事実(5)イ(イ))。
オ なお、原告は、≪納入業者(48)≫から火災関連金の提供を受けたことはない旨主張し、同社の従業員≪F≫も、そのような火災関連金の提供については、会社として前例がないため、応じていない旨供述する(審52)。
しかしながら、≪A3≫は、前記ウの報告の中で、≪納入業者(48)≫から「朝倉店補填金額」として35万0125円の値引きを受けた旨報告していたことが認められるほか(査581の2)、原告は、被告に提出した報告書(査607の2)においても、≪納入業者(48)≫から「朝倉店協賛」との名目で「火災による損害補償」を使途とする同額の金銭の提供を受けた旨回答していることが認められる。この点について、原告の担当者≪A4≫は、上記報告書の記載内容に関し、付き合いの長い≪納入業者(48)≫の原告社内での評価を高めるため、≪納入業者(48)≫との間で既に合意ができていた別の在庫補償に関する値引き分を朝倉店の火災に伴う損失補填の名目で処理した旨供述する(審74)が、同供述を裏付けるに足りる証拠はなく、実際に同人のいう別の在庫補償が実際にあったものとは認め難い。
上記報告書の記載等に加え、上記の供述内容に照らせば、≪納入業者(48)≫の担当者においては、原告から火災関連金の提供の要請を受けたものの、火災関連金を理由とする補填に応じることはできなかったため、原告との間では火災関連金の負担を甘受する一方で、≪納入業者(48)≫内部の処理としては、在庫補償に関する値引きの名目で対応したものと考えるのが自然である。そうであれば、原告は、≪納入業者(48)≫から、火災関連金として35万0125円の提供を受けたものと認められるから、原告の上記主張は採用することができない。
(6) 特定納入業者が本件各行為に至る経緯及びそれに向けた原告の対応等
ア 本件従業員等派遣に係る事情
(ア) 原告による納入業者への従業員等の派遣の依頼は、平成21年6月28日から平成23年4月頃までの間はバイヤーが行い、同月頃以降は各商品部の情報課担当者が行っていた(前記前提となる事実(4)ウ)。
(イ) 原告の担当者は、各納入業者に対し、口頭で又は電子メールを送付して、開店前準備作業への従業員等の派遣を依頼していたが、その依頼の際には、派遣先の店舗及び作業日時を連絡していたにとどまり、作業の具体的な内容や作業時間のほか、これらの費用(人件費、交通費、宿泊費等)の負担等派遣に係る条件については、一切伝えていなかった(査94、査104、査110、査120、査124)。
(ウ) 原告は、新店改装準備室において、商品部の担当者からの報告により、納入業者に派遣を依頼する際の連絡先等を把握していたことから、原告の担当者において、納入業者に対し、従業員等の派遣を依頼する際、回答期限を定め、期限の厳守を求めるなどして派遣の有無や人数を確認しており、原告の担当者の中には、納入業者に対して送信する電子メールについて、他の納入業者の派遣人数の過去の実績及び今後の派遣予定が分かる資料を添付する者や、期限内に回答を求める旨の記載について文字のフォントを拡大して強調する者もいた。
そして、原告は、あらかじめ開店前準備作業のため手配すべき人数が不足すると見込まれるような場合には、上記派遣の依頼に対して回答がない納入業者や、その依頼を断った納入業者に対し、再度、派遣を依頼することがあったほか、納入業者において派遣させる従業員等が足りないときには、当該納入業者に対し、増員の要請をすることがあった。さらに、原告は、納入業者において派遣依頼に応じることができないときであっても、当該納入業者に対し、他の納入業者と調整するよう求めることがあり、こうした要請を受けた納入業者の中には、他社から余分に手伝いに来てもらうなどして人員を補填する者もいた。
他方で、原告の担当者の中には、派遣の依頼をすれば納入業者は基本的に依頼に応じることや、これまでの派遣状況により、当該納入業者が依頼に応じて派遣する従業員等の人数が分かっていたため、納入業者に対し、従業員の派遣の依頼であることを明示せず、人数等の連絡も求めることなく、単に新規開店等の日程のみを連絡していた者もいたが、そうした場合であっても、納入業者においては、従前の経緯から、そのような連絡が開店前準備作業への従業員等派遣を依頼する趣旨でされていることを理解し、派遣に応じられない場合でない限り、これに応じていた。
(以上につき、査94、査110、査141、査144、査207)
(エ) 原告は、平成22年7月29日の滑石店の新規開店以降、開店前準備作業の当日、派遣された納入業者の従業員等に対し、作業前に実施する朝礼において、作業内容を口頭で説明するとともに、説明内容を理解して作業に従事することに承諾する旨の承諾書への署名を求めるようにし、また、原告に日当を請求することができる旨を口頭で説明するようにした。
(オ) 原告においては、他の小売業者が納入業者に従業員等の派遣をさせていたことが優越的地位の濫用として問題となったことを受けて、平成22年8月以降、取締役や部課長らが出席する社内会議において、原告の代表取締役副社長であった≪A1≫(以下「≪A1≫」という。)から、従業員等派遣が独占禁止法に抵触しないよう、従業員等の派遣を強要しないことや、納入業者に日当を支払う意思がある旨を伝える必要があることなどが周知された(査166、査171)。
(カ) さらに、原告は、従業員等派遣について、独占禁止法違反に問われないようにするため、代表取締役社長の指示により、平成24年3月頃以降、開店前準備作業の開始前に、派遣された納入業者の従業員等に対し、当日の作業内容等及び日当を請求することができる旨を記載した文書を一読させ、承諾する場合には承諾書への署名を求め、承諾することができない場合には作業に従事せず退店してもよい旨を説明するようにした(査162、査163)。
(キ) 本件期間中に、派遣された納入業者の従業員等が上記各承諾書への署名を拒否した例や日当を請求した例はなかった。原告においても、前記(カ)の措置を講じた後も、実際には、日当の請求方法や支払基準を具体的に決めておらず、納入業者に対し、日当、交通費等の派遣のために必要な費用を負担したこともなかった。(査97)
イ 本件協賛金の提供に係る事情
(ア) 原告のバイヤーは、本件期間中、通常は閉店セール実施前に、納入業者に対し、電子メール又は口頭により、具体的な在庫商品の数量を伝えることなく、閉店セールを行う店舗及びその実施日を連絡するなどして、閉店セール協賛金の提供を依頼していた(査396、査398)。
(イ) その上で、原告のバイヤーは、閉店セール実施後に、納入業者に対し、電子メールにより、閉店セールにおいて割引販売した商品の販売実績、割引額等の資料を送付し、割引分の負担を依頼していた。その際の納入業者に対する割引分の負担の依頼方法は、バイヤーによって異なっており、値引き処理をすることを前提として単に添付資料の確認を求めるもの、減額処理をする月を記載した上で「ご協力の程、宜しくお願いします。」などと依頼するもの、「どうしても不可能な場合」には期限内に相談するよう求め、相談がなければ提示のとおり減額処理する旨を記載するもの、期限内に協力する額の提出を求め、応答がなければ提示のとおり割引額を負担させる旨の記載をするもの等があった。(査398、査404、査409ないし査412)
(ウ) これらの割引分の負担額は、バイヤーによって異なっていたが、食品部門、衣料品インテリア部門、ペット用品、家庭用品、レジャー用品、DIY、スポーツ用品及び玩具では、割引分全額の負担を依頼し、文房具、メディア及びカメラ関連については、割引額の85%の負担を依頼するなどしていた(査395、査416)。
ウ 本件火災関連金の提供に係る事情
(ア) 原告は、サンドラッグの子会社となる前は、保管中の商品が火災等により破損した場合について、その損害を補償する損害保険(物流損害保険)に加入していたが、平成22年1月以降は、親会社となったサンドラッグの方針により、同種の損害保険に加入していなかったことから、火災滅失毀損商品に関して損害保険による補償を受けることができなかった。
そこで、原告は、朝倉店の火災があった日の翌日である平成23年5月5日、取締役等が出席する経営会議を開催し、火災滅失毀損商品の仕入価格総額約5800万円のうち、約7割に相当する約4000万円を、返品処理等によりこれらの仕入先である納入業者に負担してもらうとの方針を決定した。原告は、この方針を親会社であるサンドラッグに報告し、同社から残り約1800万円は原告の特別損失として計上するよう指示を受けた。
(以上につき、査577ないし査580)
(イ) ≪A1≫は、前記(ア)の方針に基づき、平成23年5月5日、≪A3≫及び各商品部の副部長らに対し、返品処理や見舞金等の支払を納入業者に依頼するよう指示した。≪A3≫は、同月11日、各商品部のバイヤーに対し、火災滅失毀損商品につき、返品、値引きとして相殺処理をすることにより火災滅失毀損商品の仕入価格に相当する金額を支払うか、又は無償納入品として取扱うかのいずれかの対応を納入業者に対して依頼するよう指示した。≪A3≫は、その際、このような依頼は飽くまでも原告からの「お願い」として行うものであることを強調した。(査576ないし査578、査582ないし査584)
3 争点①(原告の取引上の地位が特定納入業者(69社)に優越していたといえるか否か(優越的地位の意義、優越的地位の判断基準等))について
(1) 優越的地位の濫用行為を規制する意義
独占禁止法は、不公正な取引方法等を禁止し、事業活動の不当な拘束を排除することにより、公正かつ自由な競争を促進するなどし、もって、一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とし(同法1条)、同法19条は、「事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。」と定め、同法2条9項5号ロは、不公正な取引方法のうち「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること」について、当該行為の一として、「継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。)に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること」を定める。これは、自己の取引上の地位が相手方に優越している一方の当事者が、取引の相手方に対しその地位を利用して正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることは、当該取引の相手方の自由かつ自主的な判断による取引を阻害するとともに、当該取引の相手方はその競争者との関係において競争上不利となる一方で、行為者はその競争者との関係において競争上有利となるおそれがあり、このような行為は公正な競争を阻害するおそれがあるということができるからであると解される(ガイドライン第1の1参照)。
(2) 優越的地位該当性についての判断基準
ア 前記(1)に記載した独占禁止法の趣旨に照らせば、例えば、乙の甲に対する取引依存度が大きい場合には、乙は甲と取引を行う必要性が高くなるため、乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すことになりやすく(ガイドライン第2の2(1)参照)、甲の市場におけるシェアが大きい場合又はその順位が高い場合には、甲と取引することで乙の取引数量や取引額の増加を期待することができ、乙は甲と取引を行う必要性が高くなるため、乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すことになりやすく(同(2)参照)、乙が他の事業者との取引を開始し若しくは拡大することが困難である場合又は甲との取引に関連して多額の投資を行っている場合には、乙は甲と取引を行う必要性が高くなるため、乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すことになりやすく(同(3)参照)、また、甲との取引の額が大きく、甲の事業規模が拡大しており、甲と取引することで乙の取り扱う商品又は役務の信用が向上し、又は甲の事業規模が乙のそれよりも著しく大きい場合には、乙は甲と取引を行う必要性が高くなるため、乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すことになりやすいものということができる(同(4)参照)。
イ このような事情を考慮すると、独占禁止法2条9項5号所定の「自己の取引上の地位が相手方に優越していること」(優越的地位)に関し、行為者につき取引の相手方に対してその取引上の地位が優越しているというためには、行為者が市場支配的な地位又はそれに準ずる絶対的に優越した地位にある必要はなく、取引の相手方との関係で相対的に優越した地位にあれば足りるものと解され、また、優越した地位にあるとは、取引の相手方にとって行為者との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、行為者が取引の相手方にとって著しく不利益な要請等を行っても、取引の相手方がこれを受け入れざるを得ないような場合をいうものと解される(ガイドライン第2の1参照)。
ウ そして、これらの観点から優越的地位の該当性についての判断をするに当たっては、①行為者の市場における地位、②当該取引の相手方の行為者に対する取引依存度、③当該取引の相手方にとっての取引先変更の可能性、④その他行為者と取引することの必要性、重要性を示す具体的な事実(行為者との取引額、行為者の今後の成長可能性、取引の対象となる商品・役務を取り扱うことの重要性、事業規模の相違等)を総合的に考慮するのが相当である。
なお、取引関係にある当事者間の取引を巡る具体的な経緯や態様には、当事者間の相対的な力関係が如実に反映されることが少なくないから、実際に取引の相手方が行為者による客観的に不利益な行為を受け入れている場合には、これを受け入れるに至った経緯や態様等を総合的に勘案して、行為者の優越的地位該当性を判断することが合理的であるといえる。
(3) 原告の取引上の地位が特定納入業者(69社)に優越していたといえるか
ア ≪納入業者(3)≫、≪納入業者(4)≫、≪納入業者(10)≫、≪納入業者(13)≫、≪納入業者(14)≫、≪納入業者(15)≫、≪納入業者(18)≫、≪納入業者(19)≫、≪納入業者(20)≫、≪納入業者(22)≫、≪納入業者(23)≫、≪納入業者(25)≫、≪納入業者(26)≫、≪納入業者(27)≫、≪納入業者(29)≫、≪納入業者(30)≫、≪納入業者(32)≫、≪納入業者(38)≫、≪納入業者(39)≫、≪納入業者(40)≫、≪納入業者(43)≫、≪納入業者(47)≫、≪納入業者(49)≫、≪納入業者(50)≫、≪納入業者(52)≫、≪納入業者(53)≫、≪納入業者(54)≫、≪納入業者(55)≫、≪納入業者(56)≫、≪納入業者(59)≫、≪納入業者(61)≫、≪納入業者(62)≫、≪納入業者(65)≫、≪納入業者(66)≫、≪納入業者(69)≫、≪納入業者(70)≫、≪納入業者(71)≫、≪納入業者(72)≫、≪納入業者(74)≫、≪納入業者(77)≫(以下、これらの40社を併せて「第1類型納入業者」という。)について
第1類型納入業者については、原告の市場における地位が前記2(1)のとおりであったことのほか、別紙D記載の各事実、とりわけ、第1類型納入業者の原告に対する取引依存度がいずれも大きい(大きいものでは本件期間内の直近3か月の平均で87.0%、小さいものでも本件期間内のいずれか1期において10.0%を超えている。)ことが認められる。また、第1類型納入業者においては、別紙Dの「取引継続必要性」欄記載のとおり、本件報告書等において、取引継続必要性が高いかとの設問に対していずれもこれを肯定する回答をし、このうち、≪納入業者(19)≫、≪納入業者(22)≫、≪納入業者(26)≫、≪納入業者(27)≫、≪納入業者(38)≫、≪納入業者(69)≫、≪納入業者(70)≫、≪納入業者(72)≫の8社を除く32社にあっては、その理由として、新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性を選択しており、取引先の変更が困難であると認識していたものと認められるほか、上記8社についても、取引先の変更が困難ではなかったといえるような客観的事情は見当たらない。
加えて、第1類型納入業者については、別紙Dの「本件各行為」欄記載のとおり、いずれも本件各行為の全部又は一部を受け入れていた事実が認められるところ、その本件従業員等派遣の規模並びに閉店セール協賛金及び火災関連金の額は決して僅少なものとはいえないこと、その内容や特定納入業者が本件各行為に至る経緯及びそれに向けた原告の対応が前記2(3)から(6)まで記載のとおりであったことからすれば、本件各行為は、原告によるいわゆるバイイングパワーが発揮されやすい取引上の関係を背景とし、多数の納入業者に対して、原告の利益を確保することなどを目的として、役員等の指揮ないし関与の下、組織的かつ計画的に一連のものとして行われたものであると認められ、これらの事情を総合考慮すれば、第1類型納入業者においては、原告との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、原告が著しく不利益な要請等を行っても、これを受け入れざるを得ないような場合にあったということができ、原告の取引上の地位は、第1類型納入業者に対して優越していたものと認めることができる。
イ ≪納入業者(5)≫、≪納入業者(6)≫、≪納入業者(8)≫、≪納入業者(9)≫、≪納入業者(12)≫、≪納入業者(16)≫、≪納入業者(17)≫、≪納入業者(21)≫、≪納入業者(28)≫、≪納入業者(33)≫、≪納入業者(35)≫、≪納入業者(36)≫、≪納入業者(37)≫、≪納入業者(44)≫、≪納入業者(45)≫、≪納入業者(48)≫、≪納入業者(57)≫、≪納入業者(58)≫、≪納入業者(60)≫、≪納入業者(64)≫、≪納入業者(67)≫、≪納入業者(68)≫、≪納入業者(75)≫、≪納入業者(76)≫(以下、これらの24社を併せて「第2類型納入業者」という。)について
第2類型納入業者については、原告の市場における地位が前記2(1)のとおりであったことのほか、別紙D記載の各事実、とりわけ、第2類型納入業者の取引先別の売上高の順位における原告の順位がいずれも高い(すなわち、本件期間中における期の中で最も高い順位は、≪納入業者(5)≫で6位、≪納入業者(6)≫で3位、≪納入業者(8)≫で1位、≪納入業者(9)≫で2位、≪納入業者(12)≫で3位、≪納入業者(16)≫及び≪納入業者(17)≫で8位(≪納入業者(17)≫は、平成23年9月21日、会社分割により≪納入業者(16)≫の原告との取引を含む≪略≫支店及び≪略≫支店における事業を承継した会社であり、承継の前後において、原告との取引条件等は同一である(査21の2及び3、審9)。)、≪納入業者(21)≫で4位、≪納入業者(28)≫で2位、≪納入業者(33)≫で4位、≪納入業者(35)≫で3位、≪納入業者(36)≫で3位、≪納入業者(37)≫で2位、≪納入業者(44)≫で1位、≪納入業者(45)≫で4位、≪納入業者(48)≫で6位、≪納入業者(57)≫で5位、≪納入業者(58)≫で2位、≪納入業者(60)≫で2位、≪納入業者(64)≫で3位、≪納入業者(67)≫で5位、≪納入業者(68)≫で2位、≪納入業者(75)≫で6位、≪納入業者(76)≫で4位であった。)ことが認められる。また、第2類型納入業者においては、別紙Dの「取引継続必要性」欄記載のとおり、本件報告書等において、取引継続必要性が高いかとの設問に対していずれもこれを肯定する回答をし、このうち、≪納入業者(5)≫、≪納入業者(12)≫、≪納入業者(16)≫及び≪納入業者(17)≫、≪納入業者(33)≫、≪納入業者(58)≫の6社(実質的には5社)を除く18社にあっては、その理由として、新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性を選択しており、取引先の変更が困難であると認識していたものと認められるほか、上記6社(実質的には5社)についても、取引先の変更が困難ではなかったといえるような客観的事情は見当たらない。
そうであれば、第2類型納入業者については、前記アに説示した第1類型納入業者のように原告に対する取引依存度が相対的に大きいとまではいえないものの、第2類型納入業者にとっては、取引先別の原告に対する売上高の順位からして、原告は比較的安定した売上げを確実に期待することができる取引先であり、かつ、前記2(1)のとおりその事業が拡大基調にあって今後の取引の拡大を期待できる取引先であって、今後の成長可能性も見据えて取引を継続することが重要な取引先であったということができる。
加えて、第2類型納入業者については、別紙Dの「本件各行為」欄記載のとおり、本件各行為の全部又は一部を受け入れていた事実が認められるところ、その本件従業員等派遣の規模並びに閉店セール協賛金及び火災関連金の額は決して僅少なものとはいえないこと、その内容や特定納入業者が本件各行為に至る経緯及びそれに向けた原告の対応が前記2(3)から(6)まで記載のとおりであったことからすると、本件各行為は、取引上の関係を背景とし、原告の利益を確保することなどを目的として、役員等の指揮ないし関与の下、組織的かつ計画的に一連のものとして行われたものであると認められ、これらの事情を総合考慮すれば、第2類型納入業者においては、原告との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、原告が著しく不利益な要請等を行っても、これを受け入れざるを得ないような場合にあったということができ、原告の取引上の地位は、第2類型納入業者に対して優越していたものと認めることができる。
ウ ≪納入業者(34)≫、≪納入業者(41)≫、≪納入業者(46)≫、≪納入業者(51)≫(以下、これらの4社を併せて「第3類型納入業者」という。)について
第3類型納入業者については、原告の市場における地位が前記2(1)のとおりであったことが認められるほか、第1類型納入業者及び第2類型納入業者にみられたような事情(取引依存度や取引先別売上高における原告の順位)は見当たらないものの、別紙D記載の各資本金額(≪納入業者(34)≫が≪金額≫円、≪納入業者(41)≫が≪金額≫円、≪納入業者(46)≫が≪金額≫円、≪納入業者(51)≫が≪金額≫円。)及び年間総売上高(本件期間中における期の中で最も高い売上高は、≪納入業者(34)≫が約≪金額≫円、≪納入業者(41)≫が約≪金額≫円、≪納入業者(46)≫が約≪金額≫円、≪納入業者(51)≫が約≪金額≫円)に照らせば、その事業規模が原告に比して著しく小さいということができる。そして、これら小規模な納入業者にとってみれば、一般的に新たな取引の開始や取引の拡大につながるような情報や機会も限定されると考えられるから、原告との取引に代えて、新たな取引先と取引を開始し、あるいは既存の取引先との取引を拡大することは、必ずしも容易なことではないと推察される。
他方、原告は、前記2(1)のとおり、その事業が拡大基調にあって、上記のような小規模の納入業者にとっては、今後の取引の拡大を期待することができる取引先であり、自らの事業活動の拡大や安定的な継続のためには、そのような既存の取引先である原告との取引が必要かつ重要であるものと認められる。こうした状況の下で、別紙Dのとおり、第3類型納入業者の原告に対する売上高は、本件期間中においても事業規模に比して相当な額に達しており、特に、≪納入業者(34)≫及び≪納入業者(46)≫においては、原告に対する取引依存度を年々増加させていたことから、原告との取引の重要性が相対的に高まっていたということができる。また、≪納入業者(46)≫において原告との取引を主に担当している≪略≫支店は、全社的にみても売上高が高く(全社の売上高約≪金額≫円ないし≪金額≫円に対し、約≪金額≫円ないし≪金額≫円)、同社の営業上重要な拠点といえるところ、同支店における原告に対する取引依存度は平成21年6月期の5.9%から平成23年6月期の10.4%にまで伸びてきており、大きくなっている(査51の9)。
実際、第3類型納入業者においては、別紙Dの「取引継続必要性」欄記載のとおり、本件報告書等において取引継続必要性が高いとの回答をしており、これらのうち、≪納入業者(46)≫を除く3社にあっては、その理由として、新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性を選択しているほか、≪納入業者(46)≫についても、取引先変更が困難ではなかったといえるような客観的事情は見当たらない。
加えて、第3類型納入業者についても、別紙Dの「本件各行為」欄記載のとおり、本件各行為の全部又は一部を受け入れていた事実が認められるところ、当該本件従業員等派遣の規模並びに閉店セール協賛金及び火災関連金の額は決して僅少なものとはいえないこと、その内容や特定納入業者が本件各行為に至る経緯及びそれに向けた原告の対応が前記2(3)から(6)までのとおりであったことからすると、本件各行為は、取引上の関係を背景とし、原告の利益を確保することなどを目的として、役員等の指揮ないし関与の下、組織的かつ計画的に一連のものとして行われたものであると認められ、これらの事情を総合考慮すれば、第3類型納入業者においては、原告との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、原告が著しく不利益な要請等を行っても、これを受け入れざるを得ないような場合にあったということができ、原告の取引上の地位は、第3類型納入業者に対して優越していたものと認めることができる。
エ ≪納入業者(73)≫について
≪納入業者(73)≫については、原告の市場における地位が前記2(1)のとおりであったことが認められるものの、第1類型納入業者、第2類型納入業者及び第3類型納入業者にみられたような事情(取引依存度、取引先別売上高における原告の順位、納入業者が小規模であること)は見当たらない。しかしながら、証拠(査78の10及び12)によれば、≪納入業者(73)≫において原告との取引を主に担当している≪略≫地区の営業拠点である≪営業拠点略≫における取引先別の売上高の順位における原告の順位が高いこと(取引先数≪取引先数≫中2位ないし3位)等の事実が認められ、さらに、≪営業拠点略≫については、全社的に見た売上高の割合が高く(全社の総売上高が約≪金額≫円前後であるのに対し、≪営業拠点略≫のそれが約≪金額≫円ないし≪金額≫円)、営業上重要な営業拠点であるということができ、≪納入業者(73)≫にとっては、原告との取引の継続が≪略≫区域内における事業収益を左右するといっても過言でない状況であることが認められる。
また、≪納入業者(73)≫においては、別紙Dの「取引継続必要性」欄記載のとおり、本件報告書において、取引継続必要性が高いとの回答をし、その理由として、新規取引開始困難性及び取引額転嫁困難性を選択しており、取引先の変更が困難であると認識していたものと認められる。
加えて、≪納入業者(73)≫についても、別紙Dの「本件各行為」欄記載のとおり、本件各行為の全部を受け入れていた事実が認められるところ、当該本件従業員等派遣の規模並びに閉店セール協賛金及び火災関連金の額は決して僅少なものとはいえないこと、その内容や特定納入業者が本件各行為に至る経緯及びそれに向けた原告の対応が前記2(3)から(6)まで記載のとおりであったことからすると、本件各行為は、取引上の関係を背景とし、原告の利益を確保することなどを目的として、役員等の指揮ないし関与の下、組織的かつ計画的に一連のものとして行われたものであると認められ、これらの事情を総合考慮すれば、≪納入業者(73)≫においては、原告との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、原告が著しく不利益な要請等を行っても、これを受け入れざるを得ないような場合にあったということができ、原告の取引上の地位は、≪納入業者(73)≫に対して優越していたものと認めることができる。
(4) 原告の主張に対する判断
これに対し、原告は、別表1主張整理表の第1及び第2の各「原告」の「主張」欄に記載のとおり主張するところ、これに対する当裁判所の判断は、同表の第1及び第2の各「当裁判所の判断」欄に記載したとおりである。
(5) 小括
以上によれば、特定納入業者(69社)については、いずれも、本件期間中、原告との取引の継続が困難となることがその事業経営上大きな支障を来すため、原告が当該納入業者にとって著しく不利益な要請等を行っても、これを受け入れざるを得ないような場合にあったものと認めるのが相当であり、したがって、原告の取引上の地位が特定納入業者に対して優越していたものと認めることができる。
4 争点②(本件各行為(本件従業員等派遣、本件協賛金の提供及び本件火災関連金の提供を受けた行為)は、原告が「正常な商慣習に照らして不当に」独占禁止法2条9項5号ロ所定の行為(不利益行為)をしたものといえるか否か)
(1) 不利益行為該当性について
独占禁止法2条9項5号ロは、同法19条により禁止される「不公正な取引方法」の一つとして、「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して正常な商慣習に照らして不当に」「継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること」を定めるところ、こうした行為が不公正な取引方法とされたのは、このような行為は、当該取引の相手方の自由かつ自主的な判断による取引を阻害することになる上、当該取引の相手方又は行為者においては、それぞれの競争者との関係で競争上不利又は有利となるおそれがあり、公正な競争秩序に悪影響を及ぼすおそれがあるからであると解される(前記3(1)参照)。
このような趣旨を踏まえれば、同号ロ所定の行為(以下「不利益行為」という。)とは、①例えば、従業員等の派遣要請に関して、従業員等を派遣する条件等が不明確で、相手方にあらかじめ計算することができない不利益を与える場合はもとより、従業員等を派遣する条件等があらかじめ明確であっても、その派遣等を通じて相手方が得る直接の利益等を勘案して合理的と認められる範囲を超えた負担となり、相手方に不利益を与えることとなる場合、また、②例えば、協賛金等の支払要請に関して、協賛金等の負担額、算出根拠、使途等が不明確であって、相手方にあらかじめ損益の計算ができない不利益を与えることとなる場合のほか、協賛金等の負担の条件があらかじめ明確であっても、相手方が得る直接の利益等を勘案して合理的と認められる範囲を超えた負担となり、相手方に不利益を与えることとなる場合等を指すものと解するのが相当である。
(2) 本件従業員等派遣について
ア 一般的な買取取引においては、売主は、当該買取商品を契約の内容に沿って買主に引き渡すことで義務の履行は完了するはずのものであるから、契約上の権利義務や一般的な商慣習等がない限り、小売業者である買主の新規店舗の開設、既存店舗の改装及びこれらの店舗での開店セール等の際に、買取取引で仕入れた商品を他の陳列棚から移動させ、又は新たに若しくは補充として店舗の陳列棚へ並べるなどの作業は、本来買主において行うべきものということができる。そうであれば、買主の要請によって売主が自社の従業員等を派遣して上記のような作業に当たらせることは、売主としては当該従業員等による労務をその派遣の期間逸失することになるほか、交通費等派遣に必要となる費用が発生した場合には当該費用を負担することになることから、売主にとって通常は何ら合理性のないことであり、そのような合理性のない行為は、原則として不利益行為に当たるものと解するのが相当である。
したがって、例えば、新規店舗開設等作業のための従業員等派遣については、①従業員等の業務内容、労働時間及び派遣期間等の派遣の条件について、あらかじめ相手方と合意し、かつ、派遣される従業員等の人件費、交通費、宿泊費等の派遣のために通常必要な費用を買主が負担する場合、②従業員等が自社の納入商品のみの販売業務に従事するものなどであって、従業員等の派遣による相手方の負担が従業員等の派遣を通じて相手方が得ることとなる直接の利益等を勘案して合理的な範囲内のものである場合等、上記の不合理性を払拭するような特段の事情(以下、このような事情を「従業員等派遣例外事由」という。)がない限り、相手方において自由かつ自主的な判断に基づいてこれを受け入れたということはできず、不利益行為に当たるものと認めるのが相当である。
イ これを本件についてみると、別紙Dの「本件各行為」の「従業員等の派遣」欄記載のとおり本件期間中に特定納入業者が本件従業員等派遣を行ったことは前記認定のとおり(前記前提となる事実(5)ア、前記2(3)エ)であるところ、原告の店舗の新規開店等に当たり行われる開店前準備作業は、本来、原告が納入業者から買い取った商品を当該店舗で販売するためにその費用で行うべきものであるから、それにもかかわらず、原告が特定納入業者に対してこのような作業を行わせるために、その従業員等の派遣をさせた本件従業員等派遣に係る行為は、従業員等派遣例外事由がない限り、特定納入業者に対する不利益行為に当たるものというべきである。
ウ そして、本件従業員等派遣の具体的内容は前記2(3)のとおりであるところ、特定納入業者が本件従業員等派遣に至る経緯及びそれに向けた原告の対応等の事情は前記2(6)アに記載のとおりであり、原告は、特定納入業者との間で、派遣に係る従業員等の業務内容や業務時間、これらの費用負担等の条件について、あらかじめ契約書等で合意をしておらず、従業員等の派遣を依頼する際にも、個別的にこのような合意をしていなかったことから、原告と特定納入業者との間で、いかなる条件で従業員等を派遣するかについて、あらかじめ合意がされていたとは認められないこと、原告は、本件期間中に、開店前準備作業の当日の朝、派遣された納入業者の従業員等に対し、作業内容等が記載された承諾書への署名を求めるようになったものの、これらは当日の作業の指示事項や注意事項への承諾を求めるものにすぎず、日当についても、当該承諾書には原告に対して請求することができる旨が記載されていたにとどまり、具体的な請求の方法や金額については定めていなかったこと等の事実が認められるから、納入業者との間であらかじめ派遣に係る条件についての合意があったとは認め難く、また、本件期間中、原告が、納入業者に対し、派遣に係る従業員等の人件費、交通費、宿泊費等の費用を負担していたとも認められない。
その他、本件全証拠によるも、本件従業員等派遣に関し、特定納入業者について従業員等派遣例外事由に当たる事情があったものとは認められない。
エ 以上によれば、本件従業員等派遣については、原告がした特定納入業者に対する不利益行為に当たるものと認めるのが相当である。
(3) 本件協賛金の提供について
ア 買取取引において、契約上の権利義務や一般的な商慣習等がない限り、売主が小売業者である買主に対し協賛金等の名目で買主のために本来提供する必要のない金銭を提供することは、売主にとって何ら合理性のないものであり、そのような行為は、原則として不利益行為に当たるというべきである。
もっとも、例えば、協賛金等の名目で提供した金銭について、その負担額、算出根拠、使途等について、あらかじめ買主が売主に対して明らかにし、かつ、当該金銭の提供による売主の負担が、その提供を通じて売主が得ることとなる直接の利益等を勘案して合理的な範囲内のものであり、相手方の同意の上で行われる場合等は、そのような金銭の提供行為であっても不利益行為には当たらないという場合もあり得ると解される。そうすると、売主が相手方に本来提供する必要のない金銭を提供させる行為については、その不合理性を払拭するような特段の事情(以下、このような事情を「金銭提供例外事由」という。)がない限り、不利益行為に当たるものと認めるのが相当である。
イ これを本件についてみると、別紙Dの「本件各行為」の「閉店セール協賛金」欄記載のとおり本件期間中に特定納入業者のうち計58社が本件協賛金の提供を行ったことは前記認定(前記前提となる事実(5)イ(ア)、前記2(4)エ)のとおりであるところ、このような本件協賛金の提供は、当該特定納入業者にとっては、本来無用のものであり、単に原告の運営に係る店舗の閉店及びそれに伴う在庫商品の処分の必要性という原告の事情により、既に納入した商品の代金を事後的に減額される結果となるものであって、経済的な不合理性は極めて大きいというべきであるから、金銭提供例外事由がない限り、不利益行為に当たるものということができる。
ウ そして、本件協賛金の提供の具体的内容は前記2(4)のとおりであるところ、特定納入業者が本件協賛金の提供に至る経緯及びそれに向けた原告の対応等の事情は前記2(6)イのとおりであり、原告は、特定納入業者との間で、閉店セール協賛金に関する合意はしておらず、また、原告のバイヤーは、納入業者に対し、閉店セール前に、閉店セールを行う店舗及び日程についての通知はしたものの、在庫商品の数量について連絡はしていなかったこと、原告における閉店セール協賛金の算定方法は、原告の予算上の粗利を確保することができる金額以上の金額というものであって、専ら原告の損失を転嫁するという観点によるものであり、原告のバイヤーにおいては、特定納入業者に対し、閉店セール実施後に割引額の通知はしていたものの、閉店セール協賛金の負担額、算出根拠、使途等をあらかじめ具体的に明らかにしていたとの事情も見当たらないことからすれば、本件協賛金の提供について金銭提供例外事由があったとは認められない。
エ 以上によれば、本件協賛金の提供については、原告がした特定納入業者58社に対する不利益行為に当たるものと認めるのが相当である。
(4) 本件火災関連金の提供について
ア 火災により毀損した商品の損失補填を目的とする金銭の提供は、買取取引において、売主が買主のために本来提供する必要のない金銭を提供する行為であり、売主にとっては通常は何ら合理性のないものであること は、本件協賛金の提供の場合と何ら異なることはないというべきであるから、買主がそのような名目で金銭を売主に提供させる行為は、金銭提供例外事由がない限り、不利益行為に当たるものと認めるのが相当である。
イ これを本件についてみると、別紙Dの「本件各行為」の「火災関連金(円)」欄記載のとおり本件期間中に特定納入業者のうち計43社が本件協賛金の提供を行ったことは前記認定(前記前提となる事実(5)イ(イ)、前記2(5)エ)のとおりであるところ、このような本件火災関連金の提供は、当該火災の発生について帰責性のない特定納入業者にとっては、本来無用のものであり、店舗内の商品を目的とする損害保険を付保しないという原告の事情により、既に納入した商品の代金を事後的に減額される結果となるものであって、経済的な不合理性は極めて大きいというべきであるから、金銭提供例外事由がない限り、不利益行為に当たるものということができる。
ウ そして、本件火災関連金の提供の具体的内容は前記2(5)のとおりであるところ、特定納入業者が本件火災関連金の提供に至る経緯及びそれに向けた原告の対応等の事情は前記2(6)ウのとおりであり、原告は、納入業者との間で、火災関連金に関する合意をしておらず、また、説明会を開催するなどして、原告が納入業者それぞれの火災滅失毀損商品の納入額を上限としてその負担額を明示し、その使途が火災による損失の補填であることを明示していたなどの事情により、当該納入業者にとって本件火災関連金の提供によって受ける不利益があらかじめ計算することができないものではなかったとしても、その後、原告が本件火災関連金の提供をした特定納入業者に対して見返りを与えることがあったなどの事情は見当たらず、その他特定納入業者が本件火災関連金の提供をしたことによって原告から直接的な利益を受けたとの事情もうかがわれないことからすれば、本件火災関連金の提供について金銭提供例外事由があったとは認め難い。
エ 以上によれば、本件火災関連金の提供については、原告がした特定納入業者43社に対する不利益行為に当たるものと認めるのが相当である。
(5) 原告の主張に対する判断
これに対し、原告は、別表1主張整理表の第3の「原告」の「主張」欄に記載のとおり主張するところ、これに対する当裁判所の判断は、同表の第3の「当裁判所の判断」欄に記載したとおりである。
(6) 小括
以上によれば、原告が行った本件各行為は、いずれも不利益行為に該当するものと認められる。
5 争点③(本件各行為は、優越的地位を「利用して」されたものといえるか否か(因果関係の有無))について
(1) 行為者について、取引の相手方に対してその取引上の地位が優越しているものと認められる場合には、行為者が当該相手方に不利益行為を行えば、通常は、行為者は自己の取引上の地位が相手方に対して優越していることを「利用して」(独占禁止法2条9項5号柱書)これを行ったものと認めるのが相当というべきである。
そして、原告については、前記3のとおり、その取引上の地位が特定納入業者(69社)に対して優越するものと認められるところ、原告は、前記4のとおり、特定納入業者に対して不利益行為を行っていたこと(本件従業員等派遣について69社、本件協賛金の提供について58社、本件火災関連金の提供について43社)が認められる。他方、本件において、原告が本件各行為を行ったことについて、自己の取引上の地位が特定納入業者に対して優越していることを「利用して」行われたものであるとはいい難いものとみるべき事情は見当たらない。
そうであれば、原告が特定納入業者に対して本件各行為を行ったことについては、原告において、自己の取引上の地位が特定納入業者に対して優越していることを「利用して」これを行ったものとみるのが相当である。
(2) これに対し、原告は、別表1主張整理表の第4の「原告」の「主張」欄に記載のとおり主張するところ、これに対する当裁判所の判断は、同表の第4の「当裁判所の判断」欄に記載したとおりである。
6 争点①から③までに関する特定納入業者の個別事情に基づく原告の主張について
(1) 特定納入業者30社(実質的には29社)に関する原告の主張について
原告は、別表2-1納入業者別主張整理表(第1から第17まで)及び別表2-2納入業者別主張整理表(第1から第12まで)の各「原告」の「主張」欄に記載のとおり主張するところ、これに対する当裁判所の判断は、同各表の各「当裁判所の判断」欄に記載したとおりである。
(2) 前記(1)の30社(実質的には29社)を除くその余の特定納入業者に関する原告の主張について
原告は、前記(1)の30社(実質的には29社)を除くその余の特定納入業者についても、別紙E1から別紙E4までに各記載の事情を考慮すべきであり、これらを正しく考慮すれば、当該特定納入業者について原告による優越的地位の濫用行為があった旨の被告の認定判断はその根拠となる実質的証拠を欠くものである旨主張する。
ア しかしながら、第1類型納入業者については、原告の市場における地位、取引依存度、原告との取引継続必要性等についての認識、本件各行為の規模やその内容、特定納入業者が本件各行為に至る経緯及びそれに向けた原告の対応等の事情を総合考慮し、第2類型納入業者については、原告の市場における地位や成長可能性、第2類型納入業者における取引先別の原告に対する売上高の順位からみた売上げの確実性、原告との取引継続必要性についての認識、本件各行為の規模やその内容、特定納入業者が本件各行為に至る経緯及びそれに向けた原告の対応等の事情を総合考慮し、第3類型納入業者については、原告の市場における地位や成長可能性、企業規模の明らかな差異、売上高の推移等からみた取引の重要性、原告との取引継続必要性についての認識、本件各行為の規模やその内容、特定納入業者が本件各行為に至る経緯及びそれに向けた原告の対応等の事情を総合考慮し、≪納入業者(73)≫については、原告との取引を主に担当している営業拠点での取引先別の売上高の順位における原告の順位及び当該営業拠点の全社からみた重要性、原告との取引継続必要性についての認識、本件各行為の規模やその内容、特定納入業者が本件各行為に至る経緯及びそれに向けた原告の対応等の事情を総合考慮すれば、原告の取引上の地位については、いずれも第1類型納入業者、第2類型納入業者、第3類型納入業者及び≪納入業者(73)≫(特定納入業者)に対して優越していたものと認められることは、前記3において認定説示したとおりである。
この点について、原告は、別紙E1のとおり特定納入業者における個別事情を考慮すべきである旨主張するが、原告の主張に係る納入業者の認識それ自体が具体性を欠くものであること、特定納入業者については、原告との取引が終了して売上げの減少を招くことによって、仮にその回復可能性があったとしても、そのためには相当の労力を要するものと推察され、事業経営の影響がないとはいえないこと、原告が主張する納入業者との取引継続が必要であるという事情の多くは、当該納入業者の対応や商品の質及び価格の点で相対的に優れているものがあるというにすぎず、原告が上記各納入業者との取引を打ち切ることがないとはいえないこと、納入価格に関する交渉において自由かつ自主的な判断に基づき対等な交渉が行われてさえいれば優越的地位の濫用行為には当たらない旨の原告の主張は採用することができないことなどからすれば、原告の主張する考慮事情を踏まえても、上記認定説示は左右されないものというべきである。
イ また、本件従業員等派遣に係る行為については、従業員等派遣例外事由に当たるなどの特段の事情がない限り、特定納入業者に対する不利益行為に当たるものというべきであることは、前記4(2)及び(5)において説示したとおりである。
この点について、原告は、別紙E2のとおり特定納入業者における個別事情を考慮すべきである旨主張するが、本件従業員等派遣において派遣された納入業者の従業員等は、原告の棚割表に基づいて他社の商品の開梱、陳列作業を行っていたものと認められること、本来従業員等派遣に係る行為は買取取引における売主にとって不合理というべきものであり、納入業者において積極的に原告の要請に応じる営業方針を有していたとしても、そこで見込まれるメリットや利益はいずれも副次的なものであり、それらをもって納入業者が当該行為の要請に応じることが、直接の利益等を勘案して合理的な範囲の負担とはいえないこと等は、前記(1)(別表2-1及び別表2-2の各「当裁判所の判断」欄)において説示したところと同様であって、原告主張の事情が従業員等派遣例外事由に当たるものと認めることは困難というべきであるから、原告の主張する考慮事情を踏まえても、上記認定説示は左右されないものというべきである。
ウ さらに、本件協賛金の提供に係る行為については、金銭提供例外事由に当たるなどの特段の事情がない限り、特定納入業者に対する不利益行為に当たるものというべきであることは、前記4(3)及び(5)において説示したとおりである。
この点について、原告は、別紙E3のとおり特定納入業者における個別事情を考慮すべきである旨主張するが、買取取引において、契約上の権利義務や一般的な商慣習等がない限り、売主が小売業者である買主に対し協賛金等の名目で本来提供する必要のない金銭を提供することは、売主にとって通常は何ら合理性のないものであること、事後的にメーカーから閉店セール協賛金の全部又は一部が納入業者に補填されたとしても、特定納入業者においてそのような補填を受けなければならなかった状況自体が不利益行為の結果であるといえることなどからすれば、原告の主張する考慮事情を踏まえても、上記認定説示は左右されないものというべきである。
エ 加えて、本件火災関連金の提供に係る行為については、金銭提供例外事由に当たるなどの特段の事情がない限り、特定納入業者に対する不利益行為に当たるものというべきであることは、前記4(4)及び(5)において説示したとおりである。
この点について、原告は、別紙E4のとおり特定納入業者における個別事情を考慮すべきである旨主張するが、火災により毀損した商品の損失補填を目的とする金銭の提供は、買取取引において、売主が買主のために本来提供する必要のない金銭を提供する行為であり、売主にとっては通常は何ら合理性のないものであること、火災関連金の全部又は一部につき事後にメーカー等から補填されたとしても、特定納入業者においてそのような補填を受けなければならなかった状況自体が不利益行為の結果であって、不利益行為がなかったことになるものではないことなどからすれば、原告の主張する考慮事情を踏まえても、上記認定説示は左右されないものというべきである。
7 優越的地位の濫用についてのまとめ
以上のとおり、原告が特定納入業者に対して本件期間中に行った本件各行為については、いずれも、原告において、自己の取引上の地位が対象納入業者である特定納入業者に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に独占禁止法2条9項5号ロに該当する行為(優越的地位の濫用行為)をしたものと認められる。
したがって、特定納入業者について原告による優越的地位の濫用行為があったとした本件審決における被告の認定判断について、実質的証拠を欠くものである旨の原告の主張は採用することができない。
8 争点④(課徴金算定に係る独占禁止法20条の6の解釈適用の相当性(課徴金算定の基礎))について
(1) 本件排除措置命令について
原告は、本件期間中、自己の取引上の地位が相手方に優越していることを 利用して、継続して取引する相手方に対し、自己のために金銭又は役務を提供させていたものであり、これらの行為が独占禁止法2条9項5号ロに該当するものであることは前記3から7までに説示したとおりであって、これら は、同法19条の規定に違反するものと認められる。
そして、排除措置命令(独占禁止法20条)は、違反行為を排除し、当該違反行為によってもたらされた違法状態を除去し、競争秩序の回復を図るとともに、当該行為の再発を防止することを目的として、作為又は不作為を命じる行政処分であり、そのため、被告においては、違反行為そのものについて排除措置を命じ得るだけではなく、これと同種又は類似の違反行為の行われるおそれがあって、上記目的を達するために現にその必要性のある限り、これらの事実についても相当の措置を命じることができる(同法7条2項参照)。
原告は、平成24年12月17日以降、本件各行為を行っていないが(前記前提となる事実(6))、本件各行為がされた期間(本件期間)、前記2(2)に認定した原告と特定取引業者との市場における関係、前記2(3)から(5)までにおいて認定した本件各行為の内容や規模及び前記2(6)において認定した特定納入業者が本件各行為に至る経緯及びそれに向けた原告の対応等(とりわけ、本件各行為における原告の対応が組織的、主導的であること)の諸事情を考慮すれば、原告については、排除措置命令をするについて「特に必要がある」と認めるのが相当であるから、本件排除措置命令(本件審決後において、なお効力を有するもの)は、独占禁止法20条2項、7条2項1号に反するとはいえず、その他、本件記録上、本件排除措置命令の適法性を疑わせるような事情は見当たらない。
したがって、本件排除措置命令について本件審決に独占禁止法82条1項各号所定の取消事由がある旨の原告の主張は採用することができない。
(2) 本件課徴金納付命令について
ア 独占禁止法20条の6は、事業者が、同法19条の規定に違反する行為(同法2条9項5号に該当するものであって、継続してするものに限る。)をしたときは、被告は、当該事業者に対し、「当該行為をした日から当該行為がなくなる日までの期間」における「当該行為の相手方との間における政令で定める方法により算定した売上額(当該行為の相手方が複数ある場合は当該行為のそれぞれの相手方との間における政令で定める方法により算定した売上額又は購入額の合計額とする。)に百分の一を乗じて得た額に相当する額」の課徴金の納付を命じなければならないと定める。
そこで、本件のように相手方が複数ある場合、違反行為期間である「当該行為をした日から当該行為がなくなる日までの期間」の意義が問題となる。
この点について、独占禁止法の定めるいわゆるカルテル行為をした事業者に対する課徴金制度(同法7条の2)は、昭和52年法律第63号による改正により、カルテルの摘発に伴う不利益を増大させてその経済的誘因を小さくし、カルテルの予防効果を強化することを目的として、既存の刑事罰の定めやカルテルによる損害を回復するための損害賠償制度に加えて設けられたものであって、カルテル禁止の実効性確保のための行政上の措置として機動的に発動することができるようにしたものであるところ、課徴金の額の算定方式については、実行期間のカルテル対象商品又は役務の売上額に一定率を乗ずる方式を採っているが、これは、課徴金制度が行政上の措置であるため、算定基準も明確なものであることが望ましく、また、制度の積極的かつ効率的な運営により抑止効果を確保するためには算定が容易であることが必要であるからであって、個々の事案ごとに経済的利益を算定することは適切ではないとして、そのような算定方式が採用され、維持されているものと解され、そうであれば、課徴金の額はカルテルによって実際に得られた不当な利得の額と一致しなければならないものではないものと解される(最高裁平成17年9月13日第三小法廷判決・民集59巻7号1950頁参照)ところ、この趣旨は、独占禁止法20条の6に基づく優越的地位の濫用に係る課徴金制度についても、同様に妥当するものと解することができる。すなわち、優越的地位の濫用に係る課徴金についても、その摘発に伴う不利益を増大させてその経済的誘因を小さくし、その予防効果を強化することを目的として設けられたものであり、優越的地位の濫用禁止の実効性確保のための行政上の措置として機動的に発動できるようにしたものであって、課徴金の額の算定方式についても、算定基準も明確なものであることが望ましく、また、制度の積極的かつ効率的な運営により抑止効果を確保するためには算定が容易であることが必要であって、個々の事案ごとに経済的利益を算定することは適切ではないということができる。
このような制度趣旨に鑑みれば、事業者の1個の違反行為(優越的地位の濫用行為)につき相手方が複数ある場合における違反行為期間については、始期である「当該行為をした日」とは、複数の相手方のうちいずれかの相手方に対して最初の当該行為をした日をいい、違反行為期間の終期である「当該行為がなくなる日」とは、複数の相手方の全ての相手方に対して当該行為が行われなくなった日をいうものと一律に解するのが相当である。
イ さらに、上記説示した課徴金制度の趣旨に照らせば、同種の優越的地位の濫用行為が複数の相手方に対して行われた場合のみならず、異なる種類の優越的地位の濫用行為が複数の相手方に対して行われた場合についても、それが、組織的かつ計画的に一連のものとして実行されたものと認められるなど、事業者の優越的地位の濫用行為として一体のものであると評価することができる場合には、全体として1個の違反行為がされたものとして、独占禁止法の規定を適用し、一律に違反行為期間を認めるのが相当というべきである。
これを本件についてみると、本件各行為がされた期間(本件期間)、前記2(2)において認定した原告と特定取引業者との市場における関係、前記2(3)から(5)までにおいて認定した本件各行為の内容や規模、前記2(6)において認定した特定納入業者が本件各行為に至る経緯及びそれに向けた原告の対応等の諸事情に照らせば、原告は、自らの利益を確保することなどを目的として、役員等の指揮ないし関与の下、組織的かつ計画的に一連のものとして本件各行為を行ったものと認めることができるから、これらは、事業者の優越的地位の濫用行為として一体ものであると評価することができる場合に該当し、全体として1個の違反行為がされたものとして、独占禁止法の規定の適用を受けるものというべきである。
ウ 以上によれば、原告については、特定納入業者のうちいずれかに対して最初に本件各行為をした日を違反行為期間の始期である「当該行為をした日」と認め、全ての特定納入業者に対して本件各行為が行われなくなった日を違反行為期間の終期である「当該行為がなくなる日」と認めるべきこととなるところ、前記イのとおり、原告は、役員等の指揮ないし関与の下、組織的かつ計画的に一連のものとして本件各行為を行ったものと認められるから、これらは「継続してするもの」(独占禁止法20条の6)に当たるというべきであるとともに、「当該行為をした日」については、平成21年6月28日(有家店(別紙B番号1)における同日の開店前準備作業のための従業員等派遣を行った日(査126の「通し番号」欄25))と認めるのが相当であり、また、原告が、平成24年12月5日の被告による立入検査を受けて、同月6日、原告の代表取締役から、商品部のバイヤー及び本社の課長級以上の者に対し、「今後、公正取引委員会に疑念を持たれるような行為が発生しないよう対策 を講じること」等を説明し、同月17日、独占禁止法違反の疑いのある行為を取りやめていることや、独占禁止法に違反する疑いのある行為がないように社内に周知徹底した旨を記載した文書を、対象納入業者を含む各取引先に電子メールで送信し、通知したこと(査599、査600)が認められることからすれば、同日の前日である同月16日をもって「当該行為がなくなる日」と認めるのが相当である。
エ そうであれば、違反行為があったとされる実際の期間は、平成21年6月28日から平成24年12月16日まで(本件期間)であるが、その期間が3年を超えるため、独占禁止法20条の6の規定を形式的に適用すれば、当該違反行為に係る同条に規定する期間の始期は当該違反行為の終期から遡って3年となる平成21年12月17日からとなる。もっとも、同条が適用されるのは、平成21年改正法の施行日である平成22年1月1日以降であるから(同法附則第5条)、その始期は同日と なり、課徴金の算定の基礎となる原告の特定納入業者(69社)からの購入額の算定の期間は、同日から平成24年12月16日まで(本件違反期間)であって、施行令30条2項に基づき算出された本件違反期間における売上額(購入額)は、合計1192億2187万2931円(別紙Aの特定納入業者からの購入額)と一致する。
したがって、原告が国庫に納付しなければならない課徴金の額は、独占禁止法20条の6の規定により、上記1192億2187万2931円に100分の1を乗じて得た額から同法20条の7において準用する同法7条の2第23項の規定により1万円未満の端数を切り捨てた額である11億9221万円と算出される。
オ 以上によれば、これと同額の課徴金の支払を命じた本件課徴金納付命令(本件審決後において、なお効力を有するもの)は、独占禁止法20条の6に反するものとはいえず、その他、本件記録上、本件課徴金納付命令の適法性を疑わせるような事情は見当たらない。
(3) 原告の主張に対する判断
これに対し、原告は、別表1主張整理表の第5の「原告」の「主張」欄に記載のとおり主張するところ、これに対する当裁判所の判断は、同表の第5の「当裁判所の判断」欄に記載したとおりである。
(4) まとめ
したがって、本件各命令(本件審決後において、なお効力を有するもの)はいずれも適法であり、本件審決に独占禁止法82条1項各号所定の取消事由があるとは認められないから、当該事由がある旨の原告の主張は採用することができない。
9 争点⑥(本件審決の判断が原告にとって不意打ちであり、原告の防御権を侵害するか)について
(1) 原告の主張に対する判断
原告は、別表1主張整理表の第6の「原告」の「主張」欄に記載のとおり主張するところ、これに対する当裁判所の判断は、同表の第6の「当裁判所の判断」欄に記載したとおりである。
(2) 本件各陳述書の取調べの要否について
独占禁止法81条1項においては、当事者は、裁判所に対し、当該事件に関係のある新たな証拠の申出をすることができる旨、ただし、被告が認定した事実に関する証拠の申出については、被告が正当な理由がなく当該証拠を採用しなかつた場合(同項1号)、又は被告の審判に際して当該証拠を提出することができず、かつ、これを提出できなかったことについて重大な過失がなかつた場合(同項2号)のいずれかに該当することを理由とするものであることを要する旨が規定され、また、同条3項においては、裁判所は、同条1項ただし書に規定する証拠の申出に理由があり、当該証拠を取り調べる必要があると認めるときは、被告に対し、当該事件を差し戻し、当該証拠を取り調べた上適当な措置をとるべきことを命じなければならない旨が規定されている。
原告は、本件審判事件において被告が審理を再開してその取調べをしなかった本件各陳述書について、同条1項1号及び2号に基づき、当裁判所に対し、その取調べを求めて証拠の申出をしたところ、本件各陳述書が被告において認定した事実に関する証拠であることは、当事者間に争いがない。
しかしながら、本件各陳述書は、特定納入業者のうちいずれも第2類型納入業者に属する9社の担当者において、それぞれ仮に原告との取引が終了しその売上げがなくなったとした場合の当該特定納入業者に係る見通しを述べたものであるが、いずれもその内容が具体性を欠くものであるほか、かえって原告との取引がなくなった場合には会社経営上少なからぬ影響が出ることを前提とする内容のものも散見され、むしろ、審決案における審判官の判断を補強するものと評価することもできる内容を含んでおり、これらを取り調べることによって、審決案において審判官のした原告の取引上の地位が上記9社に対して優越するとの事実認定が変更される可能性があったものとはいえないから、本件審判事件の手続において、被告においてこれを取り調べることを要しないとの判断に至ったことが、独占禁止法59条1項に反する違法・不当なものであったとは認め難いというべきことは、前記(1)(別表1の第6の「当裁判所の判断」欄)において説示したとおりである。そうであれば、本件審判事件において、被告が、審理の手続終結後に原告が求めた審理の再開をせず、本件各陳述書の取調べ(採用)をしなかったことに、正当な理由がないとはいえない。
他方、本件記録から認められる本件審判事件の審理の経過に照らせば、原告が本件各陳述書を証拠として提出できなかったことについて、重大な過失があったとまで認めるに足りる事情は見当たらないから、原告が当裁判所に対してした本件各陳述書の証拠の申出については、本件審判事件に際して本件各陳述書を提出することができず、かつ、これを提出できなかったことについて重大な過失がなかった場合に当たるということができる。もっとも、本件各陳述書の内容をみれば、本件各陳述書を取り調べることによって、本件審判において被告のした原告の取引上の地位が上記9社に対して優越するとの事実認定が変更される可能性があるものとはいえないことは、上記に説示したところと同様であるから、本件において、本件各陳述書を新たな証拠として取り調べる必要があるものと認めることはできない。
以上によれば、結局、本件各陳述書については、被告に対し、本件を差し戻し、これらを取り調べた上適当な措置をとるべきことを命じるべき必要性は認め難いというべきであるから、これらを証拠として採用しないこととするのが相当と認める。
10 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

令和5年5月26日

東京高等裁判所第3特別部
裁判長裁判官 相 澤   哲
裁判官    内 田 めぐみ
裁判官    宇田川 公 輔
裁判官本多哲哉及び同加藤聡は、いずれも転補のため、署名押印することができない。
裁判長裁判官 相 澤   哲



























































































































































































































注釈 《 》部分は、公正取引委員会事務総局において原文に匿名化等の処理をしたものである。

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