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独禁法19条、一般指定12項
東京地方裁判所民事第8部
令和05年(行ク)第5003号
令和6年1月9日
熊本市西区中原町656番地
申立人 熊本県漁業協同組合連合会
同代表者代表理事 ≪X1≫
同代理人弁護士 平山賢太郎
東京都千代田区霞が関1丁目1番1号
相手方 公正取引委員会
同代表者委員長 古谷一之
同指定代理人 山口正行
同 近藤智士
同 岩下生知
同 高取勇介
同 堤 優子
同 並木 悠
同 奥村正和
同 藤山晶子
同 柴田修輔
同 小倉一真
同 織田佳哲
同 九谷福弥
同 久野慎介
同 深澤尚人
同 町田星哉
同 柳井美暁
令和5年(行ク)第5003号 仮の差止め申立事件
(本案事件:令和5年(行ウ)第5011号 排除措置命令差止請求事件)
決 定
主 文
1 本件申立てを却下する。
2 申立費用は申立人の負担とする。
理 由
第1 申立ての趣旨
相手方は、申立人に対し、本案事件の第一審判決言渡しまで、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)20条1項に基づいて別紙1記載の内容の排除措置命令(以下「本件排除措置命令」という。)をしてはならない。
第2 事案の概要
本件は、熊本市内に主たる事務所を置く漁業協同組合連合会である申立人が、相手方から、独禁法20条1項に基づいて本件排除措置命令を発令する予定であるとして、独禁法49条及び50条に基づき意見聴取を行う旨の通知を受けたことについて、本件排除措置命令の差止めの訴えを提起した上で、これを本案事件として、本件排除措置命令が発令されてしまうと、申立人には償うことのできない損害が発生し、これを避けるための緊急の必要があるなどと主張して、その仮の差止め(行政事件訴訟法37条の5第2項)を求める事案である。
1 前提事実(後掲の各疎明資料及び審尋の全趣旨により容易に認めることができる事実)
⑴ 申立人は、昭和24年に水産業協同組合法に基づいて設立された漁業協同組合連合会であり、肩書住所地に主たる事務所を置き、熊本県内において、所属員の漁獲物その他の生産物の運搬、加工、保管又は販売等の事業を行っている。
⑵ 相手方は、令和5年11月28日付けの書面によって、申立人に対し、独禁法49条及び50条に基づき意見聴取を行う旨の通知をした。同書面には、申立人が、その会員である漁業協同組合を介して、同漁業協同組合の管轄区域内の海苔生産者による乾海苔の系統外出荷を制限しており、これは、申立人が当該海苔生産者の事業活動を不当に拘束する条件を付けて当該海苔生産者と取引を行う拘束条件付取引に当たり、不公正な取引方法(独禁法2条9項6号ニ、一般指定12項)に該当することから、独禁法19条に違反している旨、そのため、申立人に対し、独禁法20条1項に基づいて本件排除措置命令を行う予定である旨などが記載されていた。また、意見聴取の期日は、同年12月21日に指定された。(甲10、11)
⑶ 申立人は、令和5年12月14日、当裁判所に対し、本件排除措置命令の差止めの訴えを提起した。
⑷ 相手方は、上記⑵の意見聴取の期日を令和6年1月16日に変更し、申立人に対して、令和5年12月15日付けの書面によりその旨を通知した。(甲11)
2 争点
⑴ 償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるか(争点1)
⑵ 本案について理由があるとみえるときに当たるか(争点2)
⑶ 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるか(争点3)
⑷ 適法な差止めの訴えがあったといえるか(争点4)
3 当事者の主張
争点に関する申立人の主張は、別紙2「仮の差止め申立書」(令和5年12月14日付け)、別紙3「第1準備書面」(同月18日付け)、別紙4「申立書の訂正申立書⑵」(同月20日付け)及び別紙5「第2準備書面」(同月25日付け)記載のとおりであり、本件申立てに対する相手方の意見(争点1・4に関する相手方の主張)は、別紙6「意見書」(同月21日付け)記載のとおりである。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるか)について
⑴ 行政事件訴訟法37条の5第2項は、仮の差止めの要件として、「処分又は裁決がされることにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があることを規定している。このように、同項が、仮の差止めの要件として、本案の差止めの要件である「処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合」(同法37条の4第1項)や、執行停止の要件である「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(同法25条2項)よりも加重された要件を定めていることに照らすと、仮の差止めの要件を満たすと認められるためには、処分後の執行停止や損害賠償等の事後的な手段によるのではその救済が著しく困難又は不相当であることが一応認められる必要があると解される。
⑵ 上記⑴の観点から、申立人の主張について検討する。
ア 申立人は、本件排除措置命令の効力が発生すると、申立人において、真実に反して、独禁法に違反する行為を行っていたことや、これを取りやめたことを決議した上で、海苔生産者及び指定商社に対し、その旨を通知しなければならなくなり、違反行為の自認を内容とする意思表示を強制されることになると主張する。
本件排除措置命令の内容は、別紙1記載のとおりであり、確かに、申立人に対して、ⓐ海苔生産者に対し、漁業協同組合を介して、申立人が運営する乾海苔の共販の利用を認める条件として、乾海苔の全量について特定の系統出荷を求めること及び申立人が実施する入札に付したものの応札されなかった乾海苔(無札品)について申立人に処分の一任を求めることにより、乾海苔の系統外出荷を行わないようにさせる行為、並びに、ⓑ指定商社に対し、浜買い(系統外の買付け)を行わないよう求めたり、申立人が無札品の乾海苔を処分することの確認を求める行為を取りやめるとともに、その旨や今後同様の行為を行わない旨を決議し、そのために採った措置を海苔生産者及び指定商社等に通知することなどを命ずるものである。
しかし、本件排除措置命令は、申立人に対し、上記ⓐⓑの各行為を行わないこと等を命ずるものであり、申立人において当該行為が独禁法に違反することを自認することまで求めるものではなく、当該命令を発する主体である相手方自身も同旨の認識を示しているところである(別紙6「意見書」4頁)。このことに加えて、申立人は、海苔生産者及び指定商社に対して上記通知を行うに際しては、それが相手方による本件排除措置命令を受けて行うものである旨や、同命令に対しては取消訴訟等を提起してその適法性を争っている旨など、同命令に対する自らの立場や見解等について説明することも可能であることに照らすと、本件排除措置命令の内容を履行することが違反行為を自認することになり、これにより申立人に償うことのできない損害が生ずるとは認められない。
イ 申立人は、相手方は発令された排除措置命令の内容の周知を図っているところ、申立人が本件排除措置命令を受けた事実が相手方による公表又は日刊新聞等により広く報道されてしまうと、一般消費者や関係者からの信頼・信用を失い、企業イメージに重きを置かれる贈答品の代表的商品たる乾海苔の売上は著しく減少し、その結果、収益のほぼ全てを海苔養殖に依存する申立人の存続自体が危機に陥るほか、申立人が漁業者のために行う様々な事業も滞り、申立人のみならず、全ての漁業者の経営にも危機が生ずると主張する。
しかし、申立人の客観的な経営状況や財務状況は本件記録上明らかではなく、申立人が本件排除措置命令を受けることによってその経営基盤に深刻な影響が生ずることを疎明するに足りる資料はない。かえって、①申立人は本件排除措置命令を受けても乾海苔の受託販売等の事業を継続することは可能であるから、収入が一切絶たれるわけではなく、本件排除措置命令の内容も、申立人の販売する乾海苔の品質それ自体の問題を指摘するものではないこと、②相手方が本件排除措置命令を行う方針を固めた旨は、既に全国的に報道されていること(別紙2「仮の差止め申立書」11頁)のほか、今後、実際にその発令がされたとしても、申立人としては、取消訴訟等を提起してその適法性を争っている旨など、同命令に対する自らの立場や見解等について公表するなどの対応を講ずることも可能であることに照らすと、本件排除措置命令によって生ずる信用等の毀損の程度はかなり限定的といえること、以上の点を指摘することができる。これらの点も考慮すれば、本件排除措置命令によって、申立人に損害賠償等の事後的な手段ではその救済が著しく困難又は不相当といえるほどの経済的損失が生ずるとまでは認められない。
ウ 申立人は、熊本産有明海苔の品質向上及び安全性の確保に長年取り組んできたものであるが、ようやくその努力が実り、小売業者や一般消費者からの高い評価を獲得し、ブランド価値を築くに至ったものの、本件排除措置命令は、入札会で応札されなかった低品質の乾海苔をあえて市場で流通させるものであり、その場合には、低品質の乾海苔を購入した一般消費者らの失望を招き、熊本産有明海苔に対する風評を拡大させ、申立人が築いてきた高い評価やブランド価値を一瞬で破壊することになると主張する。
しかし、①申立人の実施する入札会で応札されなかった乾海苔(無札品)であったとしても、その乾海苔は、申立人ないしは漁業協同組合により混入物の排除のための品質検査等が行われた上で上記入札会に出品されたものであり、食用に適さないといったものではなく、およそ市場で流通することが不適当な品質のものではないこと(甲1(枝番を含む。)、甲6及び審尋の全趣旨)、②申立人が高品質と認める乾海苔については、そうでない(低品質の)商品と区別して販売・宣伝を行うなど、販売方法や宣伝方法の工夫によって訴求力の維持を図る余地もあり得ることからすれば、本件排除措置命令に伴い、無札品の乾海苔が市場で流通するようになったとしても、そのことから直ちに上記入札会で応札された乾海苔ないしは熊本産有明海苔全体に対する評価が著しく毀損されることになるとはいえず、損害賠償等の事後的な手段ではその救済が著しく困難又は不相当であると認めることはできない。
⑶ その他、本件において「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があることを疎明するに足りる資料はない。
2 結論
以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、本件申立ては、仮の差止めの要件を欠くことから、これを却下することとして、主文のとおり決定する。
令和6年1月9日
裁判長裁判官 笹本哲朗
裁判官 足立拓人
裁判官 松井馨太朗