公正取引委員会審決等データベース

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熊本県漁業協同組合連合会による仮の義務付け申立事件

独禁法19条、一般指定12項
福岡地方裁判所第1民事部

令和6年(行ク)第2号

決定

令和6年3月13日

熊本県熊本市西区中原町656番地
 申立人(本案原告) 熊本県漁業協同組合連合会
 同代表者代表理事  ≪X1≫
 同訴訟代理人弁護士 平山賢太郎
           山本陽介
           堀 隆聖
東京都千代田区霞が関1-1-1
 相手方(本案被告) 国
 同代表者      法務大臣
           小泉龍司
 処分行政庁     公正取引委員会
 同代表者委員長   古谷一之
 相手方指定代理人  久保幸子
           開田 智
           比嘉舞子
           下川琴江
           岩下生知
           近藤智士
           岡田博己
           高取勇介
           堤 優子
           並木 悠
           奥村正和
           藤山晶子
           柴田修輔
           小倉一真
           織田佳哲
           九谷福弥
           久野慎介
           深澤尚人
           徳永壮亮
           柳井美暁

令和6年(行ク)第2号 仮の義務付け申立事件
(本案 福岡地方裁判所令和6年(行ウ)第4号 留置物仮還付義務付け等請求事件)
決 定
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
主 文
1 本件申立てを却下する。
2 申立費用は申立人の負担とする。
理 由
第1 申立ての趣旨
公正取引委員会は、申立人に対し、別紙証拠品目録記載の証拠のうち申立人が所有者又は差出人である留置物を仮に仮還付せよ。
第2 事案の概要
相手方は、令和4年6月7日、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和22年法律第54号。以下「独占禁止法」という。)47条1項4号に基づき、申立人の事業所への立入検査を行い、申立人に対し、同項3号に基づき、物件の提出を命じ、これを留置した。
本件は、申立人が、相手方が留置した物件の一部(別紙証拠品目録記載の各証拠のうち申立人が所有者又は差出人であるもの。以下、これらの物件を「本件物件」といい、同証拠品目録を「本件物件目録」という。)について、公正取引委員会の審査に関する規則(平成17年公正取引委員会規則第5号。)17条2項に基づく仮還付を行うことの義務付けを求める訴え(以下「本件義務付けの訴え」という。)を提起した上、行政事件訴訟法37条の5第1項に基づき、本件物件の仮還付の仮の義務付けを求める事案である。
1 関係法令の定め
別紙「関係法令」記載のとおり。
2 前提事実
一件記録によれば、次の事実が一応認められる。
⑴ 当事者
申立人は、水産資源の管理及び水産動植物の増殖、水産に関する経営及び技術の向上に関する指導、所属員の事業に必要な物資の供給等を行うことを事業とする、漁業協同組合である。
⑵ 仮還付の申請
ア 処分行政庁は、申立人の行為が独占禁止法19条に違反する疑いがあるとして、令和4年6月7日、同法47条1項4号に基づき、申立人の事業所への立入検査を行うとともに、同項3号に基づき、申立人に対して本件物件の提出を命じ、これを留置した(疎乙1の1)。
処分行政庁は、上記の際、申立人に対し、「立入検査の翌日以降、提出物件(留置物)を閲覧•謄写することができる」旨の記載がある「事業者等向け説明資料」(疎乙1の2)を交付した。
イ 処分行政庁は、事件の審査を進め、令和5年11月28日付けで、申立人に対し、申立人に対して独占禁止法20条1項に基づき行う予定の排除措置命令(以下「本件排除措置命令」という。)に係る意見聴取を行う旨を記載した、意見聴取通知書(疎甲1の2)を送付した。同通知書には、相手方の認定した事実を立証する「排除措置命令書案に係る証拠品目録(本件物件目録。疎甲1の4)が添付されていたほか、本件物件目録記載の証拠については、意見聴取が終結するときまでの間、独占禁止法52条に基づく閲覧又は謄写を求めることができる旨が記載され、証拠の閲覧・謄写申請書等の書式(疎甲1の6)も併せて送付された。なお、このうち、「証拠の閲覧・謄写申請書」と題する書面には、「本申請書による証拠の閲覧・謄写の目的は、意見聴取手続又は排除措置命令等の取消訴訟の準備のためであり、その他の目的のためには利用いたしません。」との文言が記載されていた。
ウ 申立人は、意見聴取の通知(上記イ)を受け、令和5年12月14日、東京地方裁判所に対し、本件排除措置命令の差止めの訴え(以下「本件差止訴訟」という。)を提起するとともに、本件排除措置命令の仮の差止めの申立て(以下「本件仮の差止め申立て」という。)をした(疎甲5、乙疎2)。
エ 申立人は、令和5年12月28日付けで、処分行政庁に対し、審査規則17条2項に基づき、処分行政庁が留置する本件物件を仮還付するよう請求した。(疎甲2)
オ 東京地方裁判所は、令和6年1月9日、本件仮の差止め申立てについて、仮の差止めの要件である「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」(行政事件訴訟法37条の5第2項)がないことを理由に、これを却下する旨の決定をした(疎乙2)。
カ 申立人は、令和6年1月23日、本件義務付けの訴えを提起するとともに、本件申立てをした。
3 当事者の主張
申立人の主張は、別紙1「申立書」、別紙2「準備書面1」、別紙3「準備書面2」記載のとおりであり、相手方の主張は、別紙4「意見書」記載のとおりである。
第3 当裁判所の判断
1 「義務付けの訴えに係る処分又は裁決がされないことにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」(行政事件訴訟法37条の5第1項)があるか否かについて
⑴ 行政事件訴訟法37条の5第1項は、仮の義務付けの要件として、「義務付けの訴えに係る処分又は裁決がされないことにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があることを規定する。このような同項の趣旨、目的及び文言に照らすと、この要件を充足するためには、義務付けの訴えに係る処分等がされないことによって生ずる損害につき、損害の回復の困難の程度を考慮し、かつ、損害の性質及び程度並びに処分等の内容及び性質を勘案しても、損害賠償等の事後的な手段によるのではその救済が著しく困難又は不相当であることを要すると解するのが相当である。
⑵ これを本件についてみると、次の事情を指摘することができる。
ア 申立人は、処分行政庁から交付を受けた「証拠の閲覧・謄写申請書」と題する書面(前提事実⑵イ)によれば、本件物件を本件仮の差止め申立てや本件申立ての証拠として利用するための閲覧・謄写をすることができないなどとして、処分行政庁に対し、審査規則17条2項に基づき、処分行政庁が留置する本件物件を仮還付するよう請求した(前提事実⑵エ)。
イ しかし、申立人は、処分行政庁によって本件物件を留置する際、「立入検査の翌日以降、提出物件(留置物)を閲覧・謄写することができる」旨の記載がある「事業者等向け説明資料」(疎乙1の2)の交付を受けたところ(前提事実⑵ア)、審査規則18条1項は、処分行政庁の調査において、帳簿その他の物件の提出を命じられた者は、当該物件を閲覧し、又は謄写することができる(事件の審査に特に支障を生ずることとなる場合を除く)旨を規定しており、同項は、その使用目的を制限していない。
そうすると、申立人は、本件差止訴訟や本件仮の差止め申立てに係る手続において、証拠に基づき主張立証を尽くすために、審査規則18条1項に基づき、本件物件の閲覧・謄写を行う機会を有していたといえる。
ウ また、申立人は、本件物件目録記載の証拠につき、意見聴取が終結するときまでの間、独占禁止法52条に基づく閲覧又は謄写を求めることができたところ、処分行政庁が申立人に交付した「証拠の閲覧・謄写申請書」と題する書面には、「本申請書による証拠の閲覧・謄写の目的は、意見聴取手続又は排除措置命令等の取消訴訟の準備のためであり、その他の目的のためには利用いたしません。」との文言が記載されていた(前提事実⑵イ)が、当該書面は書式の1つにすぎない上、処分行政庁も、上記書面における「取消訴訟」との文言は、排除措置命令等に対する抗告訴訟の典型例を挙げているにすぎず、その他の類型の抗告訴訟や抗告訴訟に付随する仮の救済手続の申立て等の準備のための使用を殊更排除する趣旨ではないと自認している(相手方の別紙4「意見書」7頁参照)。
そうすると、申立人は、処分行政庁から「証拠の閲覧・謄写申請書」と題する書面を交付されたことのみをもって、本件物件目録記載の証拠につき、独占禁止法52条に基づく閲覧又は謄写を妨げられていたということもできない。
エ そして、①審査規則17条1項に基づく仮還付請求と②審査規則18条1項又は③独占禁止法52条1項に基づく閲覧謄写請求は、独占禁止法及び審査規則上、選択的に用いることができると解されるから、訴訟において主張立証を尽くすための資料を得る機会という観点からみれば、申立人は、いずれかの請求をすることにより本件物件又はその写しを得ることができるのであり、審査規則17条1項に基づく仮還付請求でなければ、その目的を達成することができないものとはいえない。他に、本件物件について仮還付を受けなければ、申立人の防御権の行使の機会が喪失すると認めるに足りる事情は認められない。
⑶ 以上の事情に照らすと、本件物件の仮還付を受けないことによって被るとして申立人が主張する損害は、他の手段によって、その発生を回避すること自体ができるものであり、損害賠償等の事後的な手段によるのではその救済が著しく困難又は不相当であるものとはいえない。
したがって、本件において、行政事件訴訟法37条の5第2項にいう「義務付けの訴えに係る処分又は裁決がされないことにより生ずる償うことのできない損害を避けるための緊急の必要」があるとは認められない。
⑷ これに対し、申立人は、①本件仮の差止め申立てに係る手続(即時抗告も含む。)において証拠に基づいて主張を尽くすという防御権行使の機会を侵害されており、本件物件の仮還付が行われない事態が継続すれば、本件差止訴訟においても、証拠に基づいて主張を尽くすという防御権行使の機会を完全に奪われることとなる、②審査規則17条1項に基づく仮還付請求と、審査規則18条1項又は独占禁止法52条1項に基づく閲覧謄写請求は、いずれも選択的に用いることができる制度であるから、本件物件について仮還付請求が認められることは明らかであるとして、本件物件の仮還付を受けることにより、本件差止訴訟手続において証拠に基づく防御の機会を与えられることには、償うことのできない損害を避けるための申立人にとって緊急の必要がある旨を主張する(申立書6〜7頁)。
しかし、上記⑵・⑶で説示したところに照らし、申立人の上記主張は、採用することができない。
2 結論
よって、本件申立ては、本案訴訟の適法性を措くとしても、その余の点を検討するまでもなく、不適法であるからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

令和6年3月13日

裁判長裁判官 林史高
裁判官 柴田啓介
裁判官 本城伶奈

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