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熊本県漁業協同組合連合会による排除措置命令差止請求事件

独禁法19条、一般指定12項
東京地方裁判所民事第8部

令和05年(行ウ)第5011号

判決

令和6年5月9日

熊本市西区中原町656番地
 原 告        熊本県漁業協同組合連合会
 同代表者代表理事   ≪X1≫
 同訴訟代理人弁護士  平山賢太郎
 同訴訟復代理人弁護士 山本陽介
 同          堀 隆聖
東京都千代田区霞が関1丁目1番1号
 被 告      公正取引委員会
 同代表者委員長  古谷一之
 同指定代理人   岩下生知
 同        石井崇史
 同        岡田博己
 同        高取勇介
 同        堤 優子
 同        並木 悠
 同        奥村正和
 同        藤山晶子
 同        柴田修輔
 同        小倉一真
 同        織田佳哲
 同        九谷福弥
 同        久野慎介
 同        田邊節子
 同        深澤尚人
 同        徳永壮亮
 同        柳井美暁

令和6年5月9日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和5年(行ウ)第5011号 排除措置命令差止請求事件
口頭弁論終結日 令和6年4月12日
判 決
主 文
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は、原告に対し、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)20条1項に基づいて別紙記載の内容の排除措置命令(以下「本件排除措置命令」という。)をしてはならない。

第2 事案の概要
本件は、熊本市内に主たる事務所を置く漁業協同組合連合会である原告が、被告から、独禁法20条1項に基づいて本件排除措置命令を発令する予定であるとして、独禁法49条及び50条に基づき意見聴取を行う旨の通知を受けたところ、被告が本件排除措置命令を発令することは、「その裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき」に当たり、その発令により原告に「重大な損害を生ずるおそれがある」旨を主張して、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)37条の4に基づき、本件排除措置命令を発令することの差止めを求める事案である。
1 前提事実(以下の事実は、後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めることができる。)
⑴ 原告は、昭和24年に水産業協同組合法に基づいて設立された漁業協同組合連合会であり、肩書住所地に主たる事務所を置き、熊本県内において、所属員の漁獲物その他の生産物の運搬、加工、保管又は販売等の事業を行っている。
⑵ 被告は、令和5年11月28日付けで、原告に対し、独禁法49条及び50条に基づき意見聴取を行う旨の通知をした。この際に送付された書面には、原告が、その会員である複数の漁業協同組合を介して、地区内の海苔生産者による乾海苔の系統外出荷(海苔生産者が、自ら生産した乾海苔を、原告が運営する共販を利用せずに販売することをいう。)を制限しており、これは、原告が当該海苔生産者の事業活動を不当に拘束する条件をつけて当該海苔生産者と取引を行う拘束条件付取引に当たり、不公正な取引方法(独禁法2条9項6号二、一般指定12項)に該当することから、独禁法19条に違反している旨、そのため、原告に対し、独禁法20条1項に基づいて本件排除措置命令を行う予定である旨などが記載されていた。(甲10)
⑶ 上記⑵の意見聴取の期日は、令和6年1月16日、同年2月7日、同月20日及び同年3月14日に行われた。(甲11、弁論の全趣旨)
2 争点
⑴ 本案前の争点
ア 「重大な損害を生ずるおそれ」(行訴法37条の4第1項本文)があるか否か(争点1)
イ 「その損害を避けるため他に適当な方法がある」(行訴法37条の4第1項ただし書)か否か(争点2)
⑵ 本案の争点
本件排除措置命令の発令が「その裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき」(行訴法37条の4第5項)に当たるか否か(争点3)
第3 当事者の主張
1 争点1(「重大な損害を生ずるおそれ」があるか否か)について
(原告の主張)
次の⑴から⑷の事情からすると、本件排除措置命令によって原告に重大な損害を生ずるおそれがあるといえる。
⑴ 本件排除措置命令の効力が発生すると、原告は、真実に反して、原告が独禁法に違反する行為を行っていたことや、これを取りやめたことを決議した上で、海苔生産者及び指定商社(原告の実施する乾海苔の入札への参加資格を有する海苔製品の製造業者及び販売業者等)に対し、その旨を通知しなければならなくなり、違反行為の自認を内容とする意思表示を強制されることになる。このような意思表示はそれを行った時点で完了してしまうことから、事後的な原状回復は不可能である。
⑵ 被告は、排除措置命令を発令する場合にはその内容の周知を図ることにしているところ、原告が本件排除措置命令を受けた事実が被告による公表又は日刊新聞等により広く報道されてしまうと、地方の小規模な漁業関連団体に過ぎない原告は、これらに対抗する情報を広く伝達する術を有していないこともあって、一般消費者や関係者からの信頼・信用を失うことになり、商品選択に当たって企業イメージ等が重視される贈答品分野の代表的商品たる乾海苔の売上は著しく減少すると考えられる。
そのため、ひとたび本件排除措置命令が発令されてしまうと、収益のほぼ全てを海苔養殖に依存し、しかも営利団体ではなく財務基盤のぜい弱な原告は、事業存続の危機に陥ることになる。さらに、これに伴い、原告が漁業者のために行う様々な事業も滞ることとなるから、海苔生産者のみならず、全ての漁業者の経営についても危機が生ずることになる。
これらの損害は事後的な金銭賠償によっては償うことのできないものである。
⑶ 原告は、熊本産有明海苔の品質向上及び安全性の確保に長年取り組んできており、ようやくその努力が実って小売業者や一般消費者からの高い評価を獲得し、ブランド価値を築くに至った。本件排除措置命令の発令は、入札会で応札されなかった低品質の乾海苔を市場で流通させる事態を招くものであり、当該乾海苔を購入した一般消費者らを失望させ、熊本産有明海苔に対する風評を拡大させることで、原告が築いてきた高い評価やブランド価値を一瞬で破壊することになる。この損害も事後的な金銭賠償によっては償うことのできないものである。
⑷ 原告は、被告がその調査の過程で原告からの提出を受けて留め置いている留置物について、これを本件訴訟で用いるために、被告に対し、公正取引委員会の審査に関する規則17条2項に基づいて仮の還付を請求したところ、被告は合理的な理由がないのにこれを拒んでいる。このように、被告は原告が本件訴訟で十分な防御を尽くすことができない中で本件排除措置命令を発令しようとしており、原告に重大な損害が生ずる一層切迫した状況となっている。
(被告の主張)
次の⑴から⑶のとおり、本件排除措置命令によって原告に重大な損害を生ずるおそれがあるとはいえない。
⑴ 被告が本件排除措置命令によって命じようとしているのは、その対象となる行為を取りやめること等であって、原告に対して当該行為が違反であることの自認を求めるものではない。また、原告としては、指定商社及び海苔生産者に対し、本件排除措置命令に係る違反行為は存在しないと考えていることや、取消訴訟を提起してその適法性を争っていることを説明することも可能であるから、本件排除措置命令の定める措置が履行されたとしても、原告が違反行為を自認したとか、違反行為を行ったものと指定商社及び海苔生産者に受け取られるとはいえない。
⑵ 本件排除措置命令は、熊本産乾海苔の品質等について何ら問題を指摘するものではないから、ー般消費者の信用・信頼を失わせるものではないし、そのような事態が生ずる根拠は何ら示されていない。原告としては、本件排除措置命令の取消訴訟を提起し、その事実をウェブサイト等で公表したりすることもできるのであるから、本件排除措置命令が発令されたとしても、現在既に報道がされている以上の熊本産乾海苔又は原告についての信用毀損が生ずるとはいえない。
⑶ 入札会において応札されなかった乾海苔であっても、一般消費者に販売されることを想定し、検査を通過して入札会に出品された乾海苔であり、一定の品質が担保されたものである。そうであるのに、このような乾海苔の系統外出荷がされると熊本産乾海苔に対する評判が破壊される旨をいう原告の主張には矛盾がある。本件排除措置命令の内容は、出品されたが応札されなかった乾海苔を系統外出荷するかどうかについて、海苔生産者による自由かつ自主的な判断に委ねさせようとするものであり、流通させるに足る品質を欠く乾海苔の系統外出荷を促進しようとするものではない。
2 争点2(「その損害を避けるため他に適当な方法がある」か否か)について
(被告の主張)
前記1(被告の主張)のとおり、本件排除措置命令の発令によっても原告主張のような重大な損害が生ずるとはいえないし、仮に損害が生ずるとしても、差止訴訟によらず、本件排除措置命令の発令後に取消訴訟を提起して執行停止の申立てを行うことで容易にこれを回避することはできる。したがって、その差止めを求めること以外にも、「その損害を避けるため他に適当な方法がある」といえる。
(原告の主張)
前記1(原告の主張)のとおり、本件排除措置命令の発令により原告は不可逆的な重大な損害を負うことになるから、その差止めを求めること以外に「その損害を避けるため他に適当な方法がある」とはいえない。
3 争点3(本件排除措置命令の発令が「その裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき」に当たるか否か)について
(原告の主張)
①原告の用いている誓約書及び覚書は、その内容及び運用状況からして、提出地区内の海苔生産者に対して乾海苔の系統外出荷を制限するものではなく、原告は、その事業活動を不当に拘束する条件をつけて取引を行う拘束条件付取引(独禁法2条9項6号ニ、一般指定12項)に該当する行為をしておらず、また、②原告は、本件排除措置命令で取りやめの対象となっている行為(指定商社による浜買い(系統外の買付け)を行わないよう要請する行為等)をそもそもしていない上、指定商社との契約を令和5年中に更新すること等により、当該行為をしていないことを一層明確にしている。加えて、③実際の調達状況からして指定商社による乾海苔の調達が阻害された状況にあるとはいえないから、公正な競争を阻害するおそれがあるとはいえないし、排除措置命令書案に は、公正競争阻害性があると認めた理由等につき十分な記載が欠けていることから、理由不備の違法がある。
これらの事情があるにもかかわらず、被告が本件排除措置命令を発令することは、「その裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき」に当たる。
(被告の主張)
争う。
第4 当裁判所の判断
1 争点1(「重大な損害を生ずるおそれ」があるか否か)についての判断
⑴ 行訴法37条の4第1項は、差止めの訴えの訴訟要件として、一定の処分又は裁決がされることにより「重大な損害を生ずるおそれ」があることが必要であると規定し、同条第2項は、その有無の判断に当たっては、損害の回復の困難の程度を考慮するものとし、損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するものと規定している。
これは、差止めの訴えが、行政庁による処分等がされる前に、裁判所がその適法性を判断して差止めを命ずるよう求める訴訟類型であることに鑑み、このような事前救済を行わなければならないだけの救済の必要性があることをその訴訟要件として定めることにより、司法と行政の権能の適切な均衡を図りつつ、国民の権利利益の実効的な救済を図る趣旨にあると解される。
したがって、差止めの訴えの訴訟要件として、上記「重大な損害を生ずるおそれ」があると認められるためには、処分がされることにより生ずるおそれのある損害が、処分がされた後に取消訴訟等を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではなく、処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものであることを要すると解するのが相当である(最高裁平成23年(行ツ)第177号、第178号、同年(行ヒ)第182号同24年2月9日第一小法廷判決・民集66巻2号183頁参照)。
⑵ 上記⑴の観点から、原告の主張について検討する。
ア 原告は、本件排除措置命令が発令されてしまうと、原告において、真実に反して、違反行為の自認を内容とする意思表示を強制されることになる旨を主張する。
本件排除措置命令で問題とされている原告の行為は、別紙記載のとおりであり、具体的には、海苔生産者に対し、漁業協同組合を介する形で、①原告が運営する共版を利用するための条件として、乾海苔の全量について特定の系統出荷を求め、これにより系統外出荷を行わないようにさせている行為、②①と同じ手法で無札品である乾海苔につき原告への処分の一任を求め、これにより系統外出荷を行わないようにさせている行為、このほか、指定商社に対し、③浜買い(系統外の買付け)を行わないよう求めている行為、④原告が無礼品の乾海苔を処分することの確認を求めている行為である。
本件排除措置命令の内容は、原告に対し、上記①から④の行為を取りやめることを命ずるだけでなく、これらの行為を取りやめた旨及び今後同様の行為を行わない旨を原告の理事会で決議することを命じ、原告の採った措置を海苔生産者及び指定商社等に通知することなどを命ずるというものではあるが、原告においてこれらの行為が独禁法に違反することを自認することまで求めるものではなく、同命令を発する主体である被告自身も同旨の認識を示しているところである。このことに加えて、原告は、海苔生産者及び指定商社に対して上記通知を行うに際しては、それが被告による本件排除措置命令を受けて行うものである旨や、同命令に対しては取消訴訟等を提起してその適法性を争っている旨など、同命令に対する自らの立場や見解等について説明することも可能であることも指摘できる。
そうすると、本件排除措置命令の内容を履行することが違反行為を自認等することになり、これにより原告に当該処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難となるような損害が生ずるとは認められない。
イ 原告は、本件排除措置命令が発令されてしまうと、その事実が広く報道されるなどして、一般消費者らの信頼・信用を失い、乾海苔の売上は著しく減少し、原告の事業存続の危機が生ずるとともに、これに派生して漁業者の経営の危機が生ずる旨を主張する。
しかし、原告の客観的な経営状況や財務状況は明らかではない上、原告が本件排除措置命令を受けることによってその経営基盤に深刻な影響が生ずることについての具体的な立証はない。かえって、原告は本件排除措置命令を受けても乾海苔の受託販売等の事業を継続することは可能であるから、収入が絶たれるわけではない。さらに、本件排除措置命令の内容は、原告の販売する乾海苔の品質それ自体の問題を指摘するものではなく、また、被告が本件排除措置命令を行う方針を固めた旨は、既に全国的に報道されており(弁論の全趣旨)、今後、実際にその発令がされたとしても、原告としては、取消訴訟等を提起してその適法性を争っている旨など、同命令に対する自らの立場や見解等について公表するなどの対応を講ずることも可能であるから、本件排除措置命令によって生ずる信用等の毀損の程度はかなり限定的といえる。
そうすると、本件排除措置命令によって、原告に損害賠償等の事後的な手段では容易に救済を受けることができず、当該処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難であるといえるほどの経済的損失が生ずるとまで認めることはできない。
ウ 原告は、本件排除措置命令の発令は、入札会で応札されなかった低品質の乾海苔を市場で流通させる事態を招くものであり、当該乾海苔を購入した一般消費者らを失望させ、熊本産有明海苔に対する風評を拡大させることで、原告が築いてきた高い評価やブランド価値を一瞬で破壊することになる旨を主張する。
しかし、原告の実施する入札会で応札されなかった乾海苔(無札品)であったとしても、原告ないしは漁業協同組合により混入物の排除のための品質検査等が行われた上で上記入札会に出品されたものであるから、食用に適さず、市場で流通することが不適当といえる品質のものではない(甲1(枝番を含む。)、甲6及び弁論の全趣旨)。また、原告が高品質と認める乾海苔については、そうでない(低品質の)商品と区別して販売・宣伝を行うなど、販売方法や宣伝方法の工夫によって訴求力の維持を図る余地もあり得ることからすれば、本件排除措置命令に伴い、無札品の乾海苔が市場で流通するようになったとしても、そのことから直ちに上記入札会で応札された乾海苔ないしは熊本産有明海苔全体に対する評価が著しく毀損されることになるとはいえず、損害賠償等の事後的な手段では容易に救済を受けることができず、当該処分がされる前に差止めを命ずる方法によるのでなければ救済を受けることが困難であると認めることはできない。
エ 原告は、被告は合理的な理由なく本件訴訟で用いるための留置物の仮の還付を拒んでおり、原告が十分な防御を尽くすことができない中で本件排除措置命令を発令しようとしており、原告に重大な損害が生ずるおそれが一層切迫した状況となっている旨を主張する。
しかし、本件排除措置命令の発令前の手続面に関して原告が指摘する上記事情は、同命令が発令された場合にそれにより原告に重大な損害を生ずることを根拠付けるものであるとはいえない。
オ 他に、本件排除措置命令が発令されることにより原告に「重大な損害を生ずるおそれ」があると認めるに足りる事情の主張立証はない。
⑶ 以上によれば、本件排除措置命令が発令されることにより原告に「重大な損害を生ずるおそれ」(行訴法37条の4第1項本文)があるとは認められない。
2 結論
よって、その余の争点について判断するまでもなく、本件訴えは、不適法であるから、これを却下することとして、主文のとおり判決する。

令和6年5月9日

裁判長裁判官 笹本哲朗
裁判官 寺戸憲司
裁判官 松井馨太朗

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