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ASP Japan合同会社による仮の差止め申立事件

独禁法19条、一般指定10項
東京地方裁判所民事第8部

令和6年(行ク)第5008号

決定

令和6年5月27日

東京都港区港南2丁目15番2号
申立人        ASP Japan合同会社
同代表者代表社員   ≪X1≫
同代表社員職務執行者 ≪X2≫
同代理人弁護士    舟木 健
同          平山 賢太郎
同復代理人弁護士   山本 陽介
東京都千代田区霞が関1丁目1番1号
相手方        公正取引委員会
同代表者委員長    古谷 一之
同指定代理人     岩下 生知
同          石井 崇史
同          高橋 佑美子
同          高取 勇介
同          堤 優子
同          並木 悠
同          奥村 正和
同          柴田 修輔
同          阿部 憲明
同          安藤 香織
同          九谷 福弥
同          深澤 尚人
同          門木 貴史
同          田邊 節子
同          千田 史皓

令和6年(行ク)第5008号仮の差止め申立事件
(本案事件:令和6年(行ウ)第5002号排除措置命令差止請求事件)
決定
主文
1 本件申立てを却下する。
2 申立費用は申立人の負担とする。
理由
第1 申立ての趣旨
相手方は、申立人に対し、本案事件の第一審判決言渡しまで、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)20条1項に基づいて別紙2記載の内容の排除措置命令(以下「本件排除措置命令」という。)をしてはならない。
第2 事案の概要
本件は、内視鏡洗浄消毒器及び消毒剤の販売等の事業を営む合同会社である申立人が、相手方から、独禁法20条1項に基づき本件排除措置命令を発令する予定であるとして、独禁法49条及び50条に基づく意見聴取を行う旨の通知を受けたところ、本件排除措置命令の差止めの訴えを提起した上で、これを本案事件として、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)37条の5第2項に基づき、その仮の差止めを求める事案である。
1 前提事実(後掲各疎明資料及び審尋の全趣旨により容易に認めることができる事実。以下、疎明資料の番号の表記は枝番を含むものとする。)
⑴ 申立人について(甲1)
申立人は、平成30年9月に設立された、医薬品、医療用機械器具、医療用品の製造、売買等を目的とする合同会社である。
申立人は、平成31年4月1日、≪A≫株式会社(以下≪A≫という。)の事業部門を独立させる形で、同社から、吸収分割により、フタラール製剤の販売及びフタラール製剤を用いる内視鏡洗浄消毒器の販売に係る事業を承継した。
⑵ 内視鏡洗浄消毒器及びフタラール製剤等について(甲1、9、12、15)
ア 内視鏡洗浄消毒器
内視鏡洗浄消毒器とは、消化器内視鏡を洗浄及び消毒するための医療機器である。
イ フタラール製剤
フタラール製剤とは、フタラール0.55w/v%を含有する医療用医薬品であって、消化器内視鏡等の高水準消毒(3段階に分かれる消毒に関する分類の中で殺菌する微生物の種類の範囲が最も広い消毒をいう。)を行うために内視鏡洗浄消毒器に投入するなどして使用される消毒剤である。
ウ 申立人の販売する内視鏡洗浄消毒器及びフタラール製剤
申立人は、株式会社≪B≫(以下≪B≫という。)から、同社がOEM製品として製造した内視鏡洗浄消毒器(新型の商品名は、販売開始時期に応じて異なっており、「エンドクレンズNeo」、「エンドクレンズNeo-D Advanced」及び「エンドクレンズNeo—S Advanced」がある。以下、これらを指して「本件内視鏡洗浄消毒器」という。)の供給を受けて、これを販売するとともに、フタラール製剤(商品名は「ディスオーパ」である。以下「本件製剤」という。)の販売を行っている。
本件内視鏡洗浄消毒器で使用できる消毒剤は、フタラール製剤だけである。
⑶ 本件排除措置命令に関する事実経過の概要(甲1)
ア 相手方は、令和6年4月12日付けの書面により、申立人に対し、独禁法49条及び50条に基づく意見聴取を同年5月28日に実施する旨を通知した。
上記書面には、申立人は、医療機関に対し、本件製剤の容器に、本件内視鏡洗浄消毒器の洗浄消毒機能を作動させるために必要な情報が含まれている二次元コードを貼付して本件製剤を販売するなどしているところ、これにより、本件内視鏡洗浄消毒器を購入した医療機関は、ディスオーパの後発医療用医薬品である後発フタラール製剤(以下「本件後発製剤」という。)ではなく、本件製剤を購入することを余儀なくされており、また、本件後発製剤の製造販売業者4社は、医療機関に対し、本件内視鏡洗浄消毒器に用いられる消毒剤として自社が製造販売する本件後発製剤を販売することができていない旨、これは、申立人が、医療機関に対し、不当に、本件内視鏡洗浄消毒器の供給に併せて本件製剤を自己から購入させているものであり、抱き合わせ販売等(独禁法2条9項6号ハ、一般指定10項)に当たり、不公正な取引方法に該当することから、独禁法19条に違反している旨、そのため、申立人に対し、独禁法20条1項に基づき、本件排除措置命令を行う予定である旨などが記載されていた。
イ 申立人は、令和6年5月13日、当裁判所に対し、本件排除措置命令の差止めの訴え(本案事件)を提起した。
2 争点
⑴ 「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」(行訴法37条の5第2項)があるか(争点1)
⑵ 「本案について理由があるとみえるとき」(行訴法37条の5第2項)に当たるか(争点2)
3 当事者の主張
争点についての申立人の主張は、別紙3「仮の差止め申立書」(令和6年5月13日付け)、別紙4「主張書面1」(同月21日付け)及び別紙5「主張書面2」(同月23日付け)記載のとおりであり、相手方の意見は、別紙6「意見書」(同月21日付け)記載のとおりである。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があるか)について
⑴ 行訴法37条の5第2項は、仮の差止めの要件として、「処分又は裁決がされることにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があることを規定している。このように、同項が、仮の差止めの要件として、本案の差止めの要件である「処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合」(行訴法37条の4第1項)や、執行停止の要件である「処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(行訴法25条2項)よりも加重された要件を定めていることに照らすと、仮の差止めの要件を満たすと認められるためには、処分後の執行停止や損害賠償等の事後的な手段によるのではその救済が著しく困難又は不相当であることが一応認められる必要があるものと解される。
⑵ 上記⑴の観点から、申立人の主張について検討する。
ア 申立人は、本件内視鏡洗浄消毒器及び本件製剤の売上高は、申立人の消毒事業の総売上高の大きな割合を占めており、その収益に大きく依存しているところ、相手方が本件排除措置命令を行う方針を固めた旨の報道がされただけで本件内視鏡洗浄消毒器の注文をキャンセルした医療機関が現れているように、仮に本件排除措置命令が発令された場合には、本件内視鏡洗浄消毒器及び本件製剤の売上高が大幅に減少し、消毒事業の継続が困難になる旨を主張する。そして、申立人の代表社員の職務執行者(以下、単に「職務執行者」という。)は、相手方が申立人に開示した証拠には全ての医療機関が本件製剤から本件後発製剤に切り替えるとの予想が記載されていること(甲8)や、我が国の後発医薬品の使用率の全国平均が約80%であること(甲14)を根拠として、仮に本年(令和6年)6月に本件排除措置命令が発令された場合には、本件製剤の売上高の80%が直ちに本件後発製剤に取って代わられるなどし、本件内視鏡洗浄消毒器及び本件製剤の年間売上高は、過去3年間(令和3年から令和5年まで)の平均が、それぞれ、約1億4372万円、約23億1526万円であったものが、令和7年には、それぞれ0円、約4億8865万円と著しく減少することとなり、同年には営業損失を出すことが予測される旨を陳述する(甲12〔19~20項〕、甲13)。
本件排除措置命令の内容は、別紙1のとおりであり、申立人に対し、ⓐ本件内視鏡洗浄消毒器を使用している医療機関に対し、本件内視鏡洗浄消毒器と併せて本件製剤を購入させている行為を取りやめること、ⓑそのために採った措置を本件後発製剤の製造販売業者等に通知するとともに、本件内視鏡洗浄消毒器を購入した医療機関に周知すること、ⓒ今後、医療機関に対し、フタラール製剤を用いる内視鏡洗浄消毒器の供給に併せて自社の販売するフタラール製剤を購入させる行為を行わないことなどを命ずるものである。このような本件排除措置命令の内容に加え、申立人の過去3年間(令和3年から令和5年まで)における年間売上高の平均は、消毒事業の総売上高が全事業の総売上高の約35%を占め、そのうち、本件内視鏡洗浄消毒器及び本件製剤の売上高が消毒事業の総売上高の約66%を占めており(甲12〔18項〕、甲13、16)、申立人は本件内視鏡洗浄消毒器及び本件製剤の売上げに相当程度依存しているといえること、本件後発製剤の販売価格は、本件製剤の販売価格よりもおおむね安価であること(甲1〔5頁〕、甲12〔19項〕)、相手方が本件排除措置命令を出す意向を固めた旨の報道がされた直後には、現に本件内視鏡洗浄消毒器の注文をキャンセルした医療機関があったこと(甲12〔31~32項〕、甲18、19)などの事情に照らすと、確かに、本件排除措置命令が発令された場合には、本件内視鏡洗浄消毒器で使用するフタラール製剤を本件製剤から本件後発製剤に切り替える医療機関が現れるなどして、本件内視鏡洗浄消毒器及び本件製剤の売上げが一定程度減少し、申立人が事業を遂行する上での経済的な打撃となることが一応認められる。
しかし、本件排除措置命令によって本件製剤の売上高の80%が直ちに本件後発製剤に取って代わられるなどし、それにより本件内視鏡洗浄消毒器及び本件製剤の売上高が著しく減少し、その発令の翌年には営業損失を計上することが予測される旨をいう上記陳述を的確に裏付けるに足りる疎明資料はない(我が国の後発医薬品の使用率の全国平均が約80%であること(甲14)が、直ちに上記陳述の根拠になるとは解し難いし、また、申立人が提出する疎明資料(甲8(相手方から開示を受けた証拠を閲覧した申立代理人作成の報告書))は、その内容に照らし、上記陳述を裏付けるものと認めることはできない。)。加えて、①本件製剤は平成13年11月に販売が開始されたものであり(甲1〔4頁〕、甲9)、長年の販売実績があることや、内視鏡洗浄消毒器と消毒剤とを同じ供給者から購入することを重視する医療機関も一定数存在すると予想されること(甲12〔3~4頁〕参照)などからすれば、本件排除措置命令の発令後においても、本件後発製剤ではなく本件製剤を選択する医療機関もそれなりに存在すると解されること、②疎明資料(甲1〔5、9頁〕、甲15)及び審尋の全趣旨によれば、本件製剤については、≪A≫のグループ企業が保有していたフラタール製剤に関する特許権が平成25年4月頃に消滅し、平成26年10月頃からは既に本件後発製剤の製造販売が開始されていたこと、本件内視鏡洗浄消毒器の旧型に当たる内視鏡洗浄消毒器(以下「旧型内視鏡洗浄消毒器」という。旧型内視鏡洗浄消毒器には、本件排除措置命令の理由中で指摘されている二次元コード(前提事実⑶ア)の読み取り機能は取り付けられていなかった。なお、旧型内視鏡洗浄消毒器と本件内視鏡洗浄消毒器はいずれも消毒剤としてフタラール製剤を投入して消化器内視鏡を自動的に洗浄・消毒する仕組みを有することは共通している。)を購入した医療機関の中には、実際に、当該内視鏡洗浄消毒器の消毒剤として、本件後発製剤を使用するものが存在していたこと、その後、≪A≫は、上記読み取り機能が取り付けられた新型(旧型内視鏡洗浄消毒器の後継機種)である本件内視鏡洗浄消毒器の販売を平成29年3月から開始したこと、本件後発製剤の販売が開始された平成26年10月頃から本件内視鏡洗浄消毒器の販売が開始された平成29年3月までの間において、本件後発製剤が流通する中でも、本件製剤及びこれを用いる旧型内視鏡洗浄消毒器の販売は継続して行われていたことが一応認められる(他方で、上記の間において、本件後発製剤の流通を原因として、本件製剤や旧型内視鏡洗浄消毒器の売上げが大幅に減少したといった事実の疎明はない。)ことにも照らすと、上記陳述をもって、本件排除措置命令の発令により、直ちに申立人の消毒事業において営業損失を出すほどの著しい本件内視鏡洗浄消毒器及び本件製剤の売上高の減少が生ずることを疎明するには足りず、執行停止等の事後的な手段ではその救済が著しく困難又は不相当といえるほどの経済的損失が生ずるとの疎明がされたとはいえない。
イ 申立人は、競合他社との価格競争から、本件内視鏡洗浄消毒器の販売価格やそのメンテナンス価格を低く抑え、これを赤字で提供する一方、ユーザーである医療機関に、本件内視鏡洗浄消毒器の耐用年数にわたって本件製剤を購入してもらうことで、その赤字を補塡するというビジネスモデルを採用していたところ、仮に本件排除措置命令が発令されて、本件製剤の売上高が大幅に減少するとなると、上記の赤字を補塡するのに十分な利益を確保することができなくなってしまう旨、そのため、申立人としては、ビジネスモデルの変更を余儀なくされ、本件内視鏡洗浄消毒器の販売価格やメンテナンス価格について、確保のできなくなった利益分や、新製品の開発費用等の経費を上乗せした価格に値上げをせざるを得なくなる旨、しかし、そのようなことをすれば、競合他社の内視鏡洗浄消毒器よりもはるかに高額な販売価格となってしまうなど、競合他社との競争力が決定的に失われ、その結果、本件内視鏡洗浄消毒器ひいては本件製剤の売上高が著しく減少し、令和7年には営業損失を出すことが予測される旨を主張し、職務執行者は同旨の陳述をする(甲12〔12、21~28項〕、甲13)。
しかし、上記アのとおり、本件排除措置命令が発令された場合に、直ちに本件製剤の売上高の80%が本件後発製剤に取って代わられることになる旨の職務執行者の陳述を裏付けるに足りる資料はない。そうすると、本件排除措置命令が発令された場合に、本件製剤の売上高がどれほど減少し、これによりどの程度の本件内視鏡洗浄消毒器の販売価格及びメンテナンス価格の値上げを要することになり、その結果、本件内視鏡洗浄消毒器等の売上高がどの程度減少することになるのかについては、結局のところ定かではないといわざるを得ない。加えて、本件後発製剤の販売が開始された平成26年10月頃から本件内視鏡洗浄消毒器の販売が開始された平成29年3月までの間に、本件後発製剤が流通する中で、旧型内視鏡洗浄消毒器の販売価格やそのメンテナンス価格が大きく引き上げられたこと(ビジネスモデルの変更を余儀なくされたこと)を窺わせる資料もないことにも照らすと、上記陳述をもって、申立人に執行停止等の事後的な手段ではその救済が著しく困難又は不相当といえるほどの経済的損失が生ずるとの疎明がされたとはいえない。
ウ 申立人は、主要取引銀行である≪C≫銀行の担当者から、本件排除措置命令が発令された場合には申立人との取引関係を解消する可能性がある旨を伝えられており、仮に本件排除措置命令が発令された場合には、同行に設けた当座預金口座が閉鎖されるなどして、申立人は深刻な資金流動性の問題に直面することになる旨を主張する。そして、職務執行者は、申立人は、相手方が本件排除措置命令を出す意向を固めたとの報道がされた翌日には、同行の担当者から、本件排除措置命令が申立人に与える影響について相談したい旨の連絡を受け、その際、当該担当者は、過去にコンプライアンス上の理由で他の顧客との取引を終了させた事例に言及しつつ、「コンプライアンス上の問題」があれば申立人との金融取引を終了させることを明言した旨、これは本件排除措置命令が申立人と同行との取引継続に影響を及ぼす可能性があることを示している旨を陳述し(甲12〔33項〕)、疎明資料(甲20)によれば、申立人の担当者は、≪C≫銀行の担当者から、年次レビューとして審査部に報告する必要があるとして、本件排除措置命令の案が出されたことに伴い、申立人の損益計算書及び今後の業績に関わる可能性のある事柄等について確認をしたい旨のメールを受領したことが一応認められる。
しかし、職務執行者が陳述するように、そもそも本件排除措置命令が出されたとしても、そのことが≪C≫銀行との取引継続に影響を及ぼす「可能性」があるにすぎず、上記年次レビューの結果についても未だ流動的である。≪C≫銀行の担当者が述べた「コンプライアンス上の問題」というのも含みのある表現であり、具体的にどのような問題があれば、どの時点で申立人との取引が打ち切られることになるのか、必ずしも明らかであるとはいえない。また、仮に本件排除措置命令が発令されたとしても、申立人としては、取消訴訟等を提起してその適法性を争うことや、同行に対して本件排除措置命令に対する自らの立場や見解等について説明する余地があることをも考慮すれば、本件排除措置命令が出された場合に直ちに申立人との取引が打ち切られる蓋然性が高いとはいえない。そうすると、上記疎明資料(甲12、20)をもって、本件排除措置命令の発令により申立人に償うことのできない損害が生ずることを疎明するには足りない。
エ 申立人は、本件排除措置命令の内容は、同命令によって申立人が採った措置を医療機関等に対して通知又は周知することなどを命ずるものであるところ、このような通知等をしてしまうと、真実ではないにもかかわらず、申立人が独禁法に違反する行為を行ったことなどを認めたと理解されかねないこと、また、本件排除措置命令が発令された事実は、一般に公表・報道されてしまうことからすると、申立人がこれまで築いてきた信用や評判が大きく毀損されることになる旨を主張し、職務執行者は同旨の陳述をする(甲12〔36項〕)ところ、確かに、疎明資料(甲17)によれば、相手方が本件排除措置命令を出す方針を固めたとの報道が出された後、申立人は、当該報道の詳細や現状等について複数の医療機関及び販売業者から問い合わせを受けたことが一応認められる。
しかし、①仮に本件排除措置命令が発令されたとしても、申立人としては、上記アⓑの履行に際して、通知先又は周知先である医療機関等に対し、本件排除措置命令に対しては取消訴訟等を提起してその適法性を争っている旨など、同命令に対する自らの立場や見解等について直接説明することができるほか、その旨を社会一般に対しても公表するなどの対応を講ずることも可能であること、②本件排除措置命令の内容は、申立人が販売する本件内視鏡洗浄消毒器や本件製剤の品質それ自体については何ら問題を指摘するものではなく、本件排除措置命令の発令を知って問い合わせをしてきた医療機関等に対しても、その旨の説明をすることが可能であること等に照らすと、仮に本件排除措置命令が発令されたとしても、その履行に際して、申立人が独禁法に違反する行為を行ったと自認することになるとか、そのように受け止められることになるとはいえず、また、申立人の信用・評判が著しく毀損されて、申立人に償うことのできない損害が生ずるとまで認めることはできない。
オ 申立人は、高水準消毒剤は、有効成分が同じであっても、商品によって添加物や配合が異なるため、精密機械である内視鏡洗浄消毒器との適合性や有効性が検証されていない商品を用いると、消毒が不十分となって感染を引き起こすなど、患者の健康や安全を脅かす可能性がある旨、申立人は、本件製剤が本件内視鏡洗浄消毒器で安全かつ効果的に機能することを厳格な試験を通じて確保してきたのみならず、消毒剤の濃度を必要なレベルに維持するため、消毒剤を使用期限を過ぎて使用しないことや、消毒剤を一定のサイクルを超えて再使用しないことを確実に確保するべく、本件内視鏡洗浄消毒器に取り付けたバーコードリーダによって投入後の本件製剤の使用期限と洗浄サイクルを自動的に読み取って監視をする機能を設けた旨、それにもかかわらず、本件排除措置命令が発令されてしまうと、安全性及び有効性が未検証の消毒剤(本件後発製剤)が使用されることに繋がり、これは患者の健康や安全を危険にさらす可能性がある旨、一たび医療事故が発生してしまうと、申立人において原因調査等を行うことを余儀なくされるほか、申立人の信用が毀損されることにもなり、安全性及び有効性の確保のために従前費やしてきた努力やコストが無駄になってしまう旨を主張し、職務執行者は同旨の陳述をする(甲12〔38~42項〕)。
しかし、①本件後発製剤の製造販売業者は、本件後発製剤の販売に際して、本件内視鏡洗浄消毒器の受託製造業者である≪B≫から、自己の費用負担により、本件内視鏡洗浄消毒器との適合性及び有効性の試験を受けた上でその承認を得るよう求められており、申立人を含む関係者の協力により、そのような試験を行うことが可能であるとみられること(甲10〔8~9頁〕、審尋の全趣旨)、②本件内視鏡洗浄消毒器及び本件後発製剤の使用者は医療機関であり、その使用に際しては、投入する消毒剤の使用期限や再使用回数の限度を遵守することを含め、その用法が遵守されることが通常期待できる上に、本件内視鏡洗浄消毒器の販売業者である申立人や本件後発製剤の製造販売業者等において、これを遵守するよう注意喚起するといった対応をとることも可能であること、③本件後発製剤の販売が開始された平成26年10月頃から本件内視鏡洗浄消毒器の販売が開始された平成29年3月までの間に、旧型内視鏡洗浄消毒器への本件後発製剤の使用によって、安全性に開する重大な問題が生じたことを窺わせる資料もないこと等に照らすと、安全性・有効性が未検証の消毒剤の使用が可能になると患者の健康や安全を危険にさらす可能性がある旨などをいう上記陳述をもって、本件排除措置命令が発令されることにより医療事故が発生する蓋然性が高まることを疎明するには足りず、申立人に償うことのできない損害が生ずるおそれがあるとの疎明がされたとはいえない。
⑶ その他、本件において「償うことのできない損害を避けるため緊急の必要」があることを疎明するに足りる資料はない。
2 結論
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件申立ては、仮の差止めの要件を欠くことから、これを却下することとして、主文のとおり決定する。

令和6年5月27日

裁判長裁判官  笹本哲朗     
裁判官  柴田義人     
裁判官  松井馨太朗

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