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佐賀県有明海漁業協同組合による裁決取消等請求事件(福岡地裁令和6年(行ウ)第13号、第54号)

独禁法47条、審査規則22条1項
福岡地方裁判所第1民事部

令和6年(行ウ)第13号、第54号

判決

令和7年3月26日

当事者の表示 別紙1当事者目録記載のとおり

主文
1 本件訴えのうち、報告命令の取消しを求める部分を却下する。
2 その余の訴えに係る原告の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
1 公正取引委員会が九州地区漁連乾海苔共販協議会(以下「共販協議会」という。)に対して令和5年6月29日付けでした報告命令(以下「本件報告命令」という。)を取り消す(以下、この請求に係る訴えを「本件報告命令取消しの訴え」という。)。
2 公正取引委員会が原告に対して令和5年9月20日付けでした異議の申立てを却下する旨の決定(公官総第555号。以下「本件却下決定」という。)を取り消す(以下、この請求に係る訴えを「本件却下決定取消しの訴え」という。)。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
公正取引委員会審査官(以下、単に「審査官」という。)は、共販協議会(原告も共販協議会の会員である。)に対し、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)47条1項1号に基づき、原告及び熊本県漁業協同組合連合会(以下「熊本漁連」という。)に対する独禁法に基づく事件調査のために必要があるとして、共販協議会内の会議の議事録等の資料の提出等を求める報告命令(本件報告命令)をした。
原告が、公正取引委員会に対し、本件報告命令に係る異議の申立て(以下「本件異議申立て」という。)をしたところ、公正取引委員会は、原告が本件報告命令の名宛人ではなく、かつ、異議申立期限を徒過しているなどとして、本件異議申立てを却下する旨の決定(本件却下決定)をした。
本件は、原告が、被告を相手に、本件報告命令及び本件却下決定の取消しを求める事案である。
2 関係法令の定め
別紙2「関係法令の定め」のとおり(以後、別紙で定義した略称は、特に断りなく使用する。)
3 前提事実(当事者間に争いがないか、掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実。なお、証拠番号は、特記しない限り枝番を含む。)
⑴ 当事者等
ア 原告は、水産資源の管理及び水産動植物の増殖、水産に関する経営及び技術の向上に関する指導、組合員の事業又は生活に必要な物資の供給等を事業とする漁業協同組合である。
イ 共販協議会は、乾海苔の共販事業を行う九州地区内の漁協やその連合会の連携を強化するなどして、海苔生産の適正化等に取り組むことにより、乾海苔共販事業の発展を期すること等を目的として、九州地区で乾海苔の販売事業を行う漁連等で組織される法人格なき社団である。共販協議会の代表者(会長)は、原告代表者である《B1》(以下、共販協議会の会長としての立場を意味する場合は「共販協議会会長」という。)であり、共販協議会の所在地は、原告の所在地と同一であった(乙3)。
福岡有明海漁業協同組合連合会(以下「福岡漁連」という。)、原告及び熊本漁連は共販協議会の正会員であり、全国漁業協同組合連合会(以下「全漁連」といい、福岡漁連、熊本漁連及び原告と併せて「4漁連」という。)は共販協議会の准会員であり、共販協議会は、4漁連が実施する入札の共通の条件を定めること等を業として行っている。
⑵ 共販協議会に対する報告命令
ア 公正取引委員会は、原告に対する令和4年(査)第5号事件(以下「本件審査事件」という。本件審査事件における被疑事実は、原告らが海苔生産者との取引において拘束条件を付し、不正に公正競争を阻害したというものであった。)の審査を進め、同年6月7日、原告に対する立入検査(以下「本件立入検査」という。)を行った。
イ 審査官は、共販協議会に対し、令和5年6月29日付けで、原告及び熊本漁連に対する独禁法に基づく調査のために必要があるとして、独禁法47条1項に基づき、同年7月27日までに、次の①及び②の事項について記載した報告書を提出し、当該報告書に次の③及び④の資料を添付するよう求める旨の命令(本件報告命令。乙1)をし、同年6月30日、本件報告命令が共販協議会(共販協議会会長)に送達された。(乙1、2)
① 共販協議会の組織概要(会員構成、役員構成、従業員数、組織の沿革等)
② 甲種指定商社(4漁連が九州地区において実施する全ての乾海苔の入札に参加できる資格を与えられた商社を指す。)の数、事業者名等
③ 令和4年6月8日から報告書作成日までにおける、福岡漁連、熊本漁連及び原告の各代表者又は担当者が出席した会議において配布された資料及び当該会議の議事録の写し
④ 4漁連が直近の5事業年度に甲種指定商社との間で締結した契約書の写し
⑶ 共販協議会の本件報告命令に対する報告書の提出等
ア 共販協議会は、審査官に対し、令和5年8月9日、本件報告命令に対する報告書(以下「本件報告書」という。乙3)を提出した。
本件報告書には、連絡担当者として《C》弁護士(以下「《C》弁護士」という。)の氏名の記載があるほか、添付資料として、①令和4年11月14日に実施された共販協議会の会議の議事録、同会議で配布された資料(乙3の2)、②令和5年3月7日に実施された共販協議会の会議の議事録(乙3の3)が添付されていた(以下、上記①及び②の資料を併せて「本件議事録等」という。)。
本件議事録等には、このうち4漁連の役員等及び《C》弁護士の発言内容が記載された部分の一部や会議の配布資料の一部につき、マスキング処理が施されていた(以下、マスキング処理がされている部分を「本件非開示部分」という。)。(乙3の2及び3)
イ 審査官は、共販協議会及び原告職員の《D》に宛てて、令和5年8月10日、㋐本件報告書に代理人として氏名が記載されている《C》弁護士に係る委任状について「至急御送付いただきますようお願いいたします。」、㋑マスキング処理をしていない本件議事録等について「令和5年8月18日(金)までにご提出ください。」との記載があるメール(以下「本件メール①」という。乙4の1)を送信した。
ウ 審査官は、共販協議会及び原告職員の《D》に宛てて、令和5年8月22日、本件メール①を引用した上で、《C》弁護士に係る委任状及びマスキング処理をしていない本件議事録等につき「委任状につきましては速やかに、黒塗り処理をしていない会議の配布資料等については8月18日(金)までにご提出をお願いしておりましたので、いずれも直ちに御対応いただきますようお願いいたします。もし提出が遅れるご事情等ございましたら、その旨を御連絡いただきますようお願いいたします。」との記載があるメール(以下「本件メール②」といい、本件メール②での依頼内容を「本件要請」という。乙4の2)を送信した。
⑷ 原告による本件報告命令に係る異議申立てと本件却下決定
ア 原告は、公正取引委員会に対し、令和5年8月29日、本件報告命令が独禁法47条に違反して申立人の利益を害するものであるなどとして、公正取引委員会の審査に関する規則(以下、単に「規則」という。)22条1項の規定に基づく異議の申立て(本件異議申立て)をした。(甲3、乙5)
イ 公正取引委員会は、令和5年9月20日、本件異議申立てを却下する旨の決定(本件却下決定。甲4)をした。その理由の要旨は次の①~④のとおりであった。
① 本件報告命令の名宛人は共販協議会(共販協議会会長)であり、原告は規則22条1項の「処分を受けた者」に該当しない。
② 本件異議申立ては、処分(本件報告命令)を受けた日から1週間以内に申し立てられておらず、規則22条1項の異議申立ての期間を徒過している。
③ 本件要請は規則22条1項の「処分」に該当しないから、本件要請が行われた日を異議申立期間の起算点として本件異議申立ての適否を検討する余地はない。
④ 本件報告命令は、所要の手続に則って、本件審査事件の被疑事実に関連する調査に必要な事項について、独禁法47条1項及び2項の規定に基づいて行われたものであって、違法性や不当性は認められない。
⑸ 本件却下決定取消しの訴えの提起
原告は、令和6年2月20日、本件却下決定取消しの訴えを提起した。(顕著な事実)
⑹ 排除措置命令
公正取引委員会は、原告に対し、令和6年5月15日付けで、排除措置命令(以下「本件排除措置命令」という。)をし、同月16日、本件排除措置命令が原告に送達された。(乙6、7)
⑺ 訴えの追加的変更
原告は、令和6年8月20日、本件報告命令の取消しを求める旨の請求の追加的併合の申立てをした。(顕著な事実)
4 争点
本件の争点は、次の⑴~⑶であり、これに関する当事者の主張は、別紙3「争点に関する当事者の主張」のとおりである。
⑴ 本件訴えの適法性(本案前の争点)
⑵ 本件報告命令の適法性
⑶ 本件却下決定の適法性
第3 当裁判所の判断
1 争点⑴(本件訴えの適法性(本案前の争点))について
⑴ 本件報告命令取消しの訴えの原告適格について
ア 判断枠組み
行政事件訴訟法9条は、取消訴訟の原告適格について規定するが、同条1項にいう当該処分の取消しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうのであり、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益を専ら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、このような利益もここにいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を有するものというべきである。
そして、処分の相手方以外の者について上記の法律上保護された利益の有無を判断するに当たっては、当該処分の根拠となる法令の規定の文言のみによることなく、当該法令の趣旨及び目的並びに当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮し、この場合において、当該法令の趣旨及び目的を考慮するに当たっては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときはその趣旨及び目的をも参酌し、当該利益の内容及び性質を考慮するに当たっては、当該処分がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることとなる利益の内容及び性質並びにこれが害される態様及び程度をも勘案すべきものである(同条2項、最高裁平成16年(行ヒ)第114号同17年12月7日大法廷判決・民集59巻10号2645頁参照)。
イ 当てはめ
上記の見地に立って、原告が本件報告命令の取消しを求める原告適格を有するか否かについて検討する。
(ア) 独禁法は、私的独占、不当な取引制限等の一切の事業活動の不当な拘束を排除することにより、公正且つ自由な競争を促進すること等を目的とし(1条)、要旨次の①~⑥のように規定する。
① 公正取引委員会は、事件について必要な調査をするため、「事件関係者又は参考人・・・から意見若しくは報告を徴する」との処分(以下「報告命令」という。)をすることができ(47条1項1号)、公正取引委員会が相当と認めるときは、政令で定めるところにより、その職員を審査官に指定し、報告命令をさせることができる(同条2項)。
② 報告命令に違反して報告をしなかった者は、1年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処する(94条1号)。
③ 公正取引委員会は、その内部規律、事件の処理手続及び届出、認可又は承認の申請その他の事項に関する必要な手続について規則を定めることができる(76条1項)。
④ 独禁法第8章第2節の規定による認定、決定その他の処分(同法47条2項の規定によって審査官がする処分及び同節の規定によって指定職員がする処分を含む。)については、行政手続法第2章及び第3章の規定は、適用しない(70条の11)。
⑤ ④に掲げる処分又はその不作為については、審査請求をすることができない(70条の12)。
⑥ 公正取引委員会は、㋐排除措置命令をしようとするときは、当該排除措置命令の名宛人となるべき者について、意見聴取を行わなければならず(49条)、㋑その意見聴取を行うに当たっては、意見聴取を行うべき期日までに相当な期間をおいて、排除措置命令の名宛人となるべき者に対し、所定の事項を書面により通知しなければならず(50条1項)、㋒排除措置命令に係る議決をするときは、58条1項に規定する調書(これには、ⓐ意見聴取の期日における当事者による意見陳述等の経過、ⓑ予定される排除措置命令の内容並びにⓒ公正取引委員会の認定した事実及びこれに対する法令の適用に対する当事者の陳述の要旨が記載される。)及び同条4項に規定する報告書の内容を十分に参酌してしなければならない(60条)。他方、当事者は、㋐意見聴取の期日に出頭して、意見を述べ、及び証拠を提出し、並びに指定職員の許可を得て審査官等に対し質問を発することができ(54条2項)、㋑当該通知があった時から意見聴取が終結する時までの間、公正取引委員会に対し、当該意見聴取に係る事件について公正取引委員会の認定した事実を立証する証拠の閲覧又は謄写(謄写については、当該証拠のうち、当該当事者若しくはその従業員が提出したもの又は当該当事者若しくはその従業員の供述を録取したものとして公正取引委員会規則で定めるものの謄写に限る。)を求めることができ、この場合において、公正取引委員会は、第三者の利益を害するおそれがあるときその他正当な理由があるときでなければ、その閲覧又は謄写を拒むことができない(52条1項)。
そして、③の規定を受けて、規則22条は、独禁法47条2項に基づいて審査官がした報告命令等の処分を受けた者は、当該処分に不服のあるときは、処分を受けた日から1週間以内に、その理由を記載した文書をもって、公正取引委員会に異議の申立てをすることができる旨を規定する。
(イ) これらの独禁法等の規定を通覧すれば、報告命令の制度(前記(ア)①)は、独禁法の前記目的を達成するため、公正取引委員会が事件について必要な調査を行うためのものであるが、その強制が罰則による間接強制にとどまるものであり、報告命令が事件の調査における付随的手続にとどまることから、同法70条の12は、報告命令に対して、審査請求をすることを許さないこととし、他方、規則22条は、審査官がした報告命令等の処分につき、その処分を受けた者を対象として、簡易な手続による特別の不服申立手続を規定したものと解される。
もっとも、審査官が事件関係人又は参考人から報告命令により徴した報告については、事件について必要な調査を遂げて事件の審査が終了したときに、その結果が公正取引委員会に報告され(規則23条参照)、公正取引委員会は、独禁法所定の規定に違反する行為があるときは、所定の手続に従い、事業者に対し、当該行為の差止め、事業の一部の譲渡その他これらの規定に違反する行為を排除するために必要な措置を命ずること(排除措置命令。独禁法7条等)等ができるのである。公正取引委員会(及び審査官)は、当該事件の処理手続の適正の確保を図ることが求められており(同法76条2項参照)、特に当該排除措置命令の名宛人となるべき者に対しては、前記⑥に掲げたその者の防御権の行使を実質的に保障するための諸手続が定められた意見聴取を行わなければならず(同法50条)、排除措置命令に係る議決をするときは、当事者による意見陳述の内容を十分に参酌してしなければならない(60条)として、その者に防御の機会を提供して適正手続の保障を図り、適正な行政の運営を確保することとしているところ、排除措置命令の名宛人となるべき者である当該違反行為に係る事件において当該違反行為をしたとされる事業者は、仮に、審査官がした当該報告命令が違法であるときは、手続の違法を含む違法事由を主張して排除措置命令の取消しを求めることを余儀なくされるおそれがあるといえる。
(ウ) 以上のような報告命令及び事件の調査等に関する仕組み及び内容、これに係る独禁法の趣旨及び目的等を総合考慮すると、独禁法は、報告命令の名宛人ではない当該違反行為に係る事件において当該違反行為をしたとされる事業者についても、当該事件の調査手続の適正に関する利益を個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当である。
(エ) 前提事実によれば、原告は、公正取引委員会から原告に対する本件審査事件の審査を受けていたところ(前提事実⑵ア)、審査官が、本件審査事件に関して、原告が正会員である共販協議会(前提事実⑴イ)に対し、本件報告命令をした(前提事実⑵イ)というのであり、原告は、本件審査事件において当該違反行為をしたとされる事業者であるから、本件報告命令の取消しを求める原告適格を有するものということができる。
ウ 被告の主張について
これに対し、被告は、別紙3「争点に関する当事者の主張」1(被告の主張)⑴のとおり主張する。
しかしながら、以上に説示したところに照らし、被告の前記主張は、採用することができない。
⑵ 本件報告命令取消しの訴えの出訴期間について
ア 判断枠組み
行政事件訴訟法14条1項本文は、取消訴訟について、処分があったことを知った日から6か月を経過したときは、提起することができない旨を規定するところ、行政事件訴訟法14条1項本文にいう「処分があったことを知った日」とは、その者が処分のあったことを現実に知った日のことをいい(最高裁昭和26年(オ)第392号同27年11月20日第一小法廷判決・民集6巻10号1038頁、最高裁平成12年(行ヒ)第174号同14年10月24日第一小法廷判決・民集56巻8号1903頁参照)、当該処分の内容の詳細や不利益性等の認識までを要するものではないと解される。
また、審査請求が不適法なものである場合には、これに対する裁決がされたとしても、当該裁決は、行政事件訴訟法14条3項にいう「裁決」には当たらないと解される。
イ 当てはめ
これを本件についてみると、前提事実によれば、次のとおり指摘することができる。
(ア) 本件報告命令は、共販協議会に対し、令和5年6月29日に発令され、同月30日、共販協議会(共販協議会会長)に送達された(前提事実⑵イ)。本件報告命令の内容は、前提事実⑵イのとおりであり、審査官が共販協議会に報告を求めた内容は明確であったといえる。
共販協議会会長は、原告の代表者であったから(前提事実⑴イ)、原告は、令和5年6月30日、前記のような本件報告命令があったことを知ったものといわざるを得ない。
(イ) ところが、原告は、令和6年2月20日、本件却下決定取消しの訴えを提起し(前提事実⑸)、同年8月20日、本件報告命令の取消しを求める請求の追加的併合の申立てをした(前提事実⑺)。これにより、出訴期間の遵守については、本件報告命令取消しの訴えは、本件却下決定取消しの訴えを提起した時(同年2月20日)に提起されたものとみなされる(行政事件訴訟法20条参照)が、同日は、原告が本件報告命令を知った日から6箇月(同法14条1項)を経過していたものである。
(ウ) 審査官は、共販協議会及び原告職員に対し、令和5年8月10日に本件報告命令に関して委任状の提出や本件非開示部分の対応を求める旨の本件メール①を、同月22日に同趣旨の本件メール②を送信した(前提事実⑶イ・ウ)が、原告は、前記(ア)のとおり、これ以前に本件報告命令があったことを知っていたのであり、本件メール①及び本件メール②は、本件報告命令の履行を催告するものにとどまること等に照らすと、以上の判断を妨げるものとはいえない。
他に、本件報告命令取消しの訴えが出訴期間を経過した後に提起されたことにつき、行政事件訴訟法14条1項ただし書の「正当な理由」があるというべき事情は見当たらない。
(エ) また、後記3で説示するところによれば、原告がした本件異議申立ては、不適法であり、本件却下決定がされたのであるから、本件報告命令取消しの訴えの出訴期間については、原告が本件異議申立てをしたことをもって、行政事件訴訟法14条3項を適用することはできない。
(オ) 以上によれば、本件報告命令取消しの訴えは、不適法な訴えであるといわざるを得ない。
ウ 原告の主張について
これに対し、原告は、別紙3「争点に関する当事者の主張」1(原告の主張)⑵のとおり主張する。
しかしながら、本件報告命令に基づく書面提出義務の範囲が本件メール②によって教示されたこと等をもって、原告において本件報告命令があったことを知った日を令和5年8月22日とし、又は行政事件訴訟法14条1項ただし書の「正当な理由」があるとすることができないことは、前記イ(ア)~(ウ)で説示したとおりである。
本件報告命令取消しの訴えの出訴期間については、原告が本件異議申立てをしたことをもって、行政事件訴訟法14条3項を適用することができないことは、前記イ(エ)で説示したとおりである。
したがって、原告の前記主張は、採用することができない。
⑶ 本件訴えに係る訴えの利益について
前提事実及び前記⑴イで説示した報告命令及び事件の調査等に関する仕組み及び内容等を踏まえると、本件報告命令は、共販協議会に対し、独禁法47条1項に基づき、所定の事項について報告を求めるものであり、共販協議会をして当該事項についての報告義務を負わせ、これを怠った場合には罰則(同法94条1号)を適用され得るという法的効果を有するものであるから、本件排除措置命令が発令されたことのみをもって、本件報告命令の有する前記の法的効果は消滅するとはいえない。そして、本件却下決定は、前記のような法的効果を有する本件報告命令に係る異議申立てについての公正取引委員会の判断を示したものである。
そうすると、本件排除措置命令が発令されたことのみをもって、本件却下決定取消しの訴えは、その利益を欠くに至るとはいえない。
⑷ 小括
以上によれば、本件訴えのうち、本件報告命令取消しの訴えは、不適法であり却下を免れない。
2 争点⑵(本件報告命令の適法性)について
なお、所論に鑑み、念のため、争点⑵(本件報告命令の適法性)についても検討する。
原告は、別紙3「争点に関する当事者の主張」2(原告の主張)のとおり、本件非開示部分の開示を求める本件報告命令には、独禁法47条1項の解釈を誤り、比例原則及び権限濫用禁止に違反する瑕疵があるなどと主張する。
しかしながら、前提事実によれば、①公正取引委員会は、本件審査事件の審査を進め、原告に対し、令和4年6月7日、本件立入検査を行ったところ、本件審査事件における被疑事実は、原告らが海苔生産者との取引において拘束条件を付し、不正に公正競争を阻害したというものであり(前提事実⑵ア)、②本件非開示部分は、共販協議会が審査官に提出した本件議事録等(令和4年11月14日又は令和5年3月7日に実施された共販協議会の会議に関するもの)のうち、4漁連の役員等及び《C》弁護士の発言内容が記載された部分の一部や会議の配布資料の一部であった(前提事実⑶ア)というのである。そして、仮に、本件非開示部分には、本件審査事件への対応方針等に関する法的相談及び法的助言の内容が記載されていたとしても、このことは、共販協議会が本件非開示部分について本件報告命令による報告を拒む正当な理由に当たり得るにすぎないというべきである。本件立入検査後の共販協議会の会議でのやり取りに関する本件議事録等の内容は、原告の被疑事実に係る事実関係を調査・解明する上で、これを確認する必要性がないとまではいえず、審査官が本件報告命令を発令する時点で本件議事録等に前記内容が記載されていることを認識していたというべき的確な証拠もない。そうすると、本件報告命令は、原告の指摘する点をもって、共販協議会に対して事件審査に必要な限度を超えた報告を求めるものであったとはいえない。
したがって、本件報告命令は、原告指摘の点をもって直ちに違法であるとはいえず、原告の前記主張は、採用することができない。
3 争点⑶(本件却下決定の適法性)について
⑴ 判断枠組み
前記1⑴イで説示したところによれば、規則22条は、審査官がした報告命令等の処分につき、その処分を受けた者を対象として、簡易な手続による特別の不服申立手続を規定したものと解される。したがって、規則22条1項の異議申立てをすることができる者は、独禁法47条2項に基づいて審査官がした報告命令等の処分を受けた者であると解すべきである。
⑵ 当てはめ
これを本件についてみると、前提事実によれば、本件報告命令は、令和5年6月29日、その名宛人を共販協議会としてされ、同月30日、本件報告命令が原告代表者でもある共販協議会会長に送達されたものであり(前提事実⑴イ、⑵イ)、本件異議申立ては、同年8月29日、本件報告命令の名宛人ではない原告によってされたものである(前提事実⑷ア)。また、原告が同年6月30日に本件報告命令があったことを知ったことは、前記1⑵イで説示したとおりである。
したがって、原告は、規則22条1項にいう独禁法47条2項に基づいて審査官がした報告命令等の処分を受けた者に該当せず、かつ、本件異議申立ては、処分を受けた日(及び原告において本件報告命令があったことを知った日)である令和5年6月30日から1週間以上経過した同年8月29日にされたから、原告がした本件異議申立ては、規則22条1項の要件(①独禁法47条2項の規定に基づいて審査官がした同条第1項各号に規定する処分を受けた者、②処分を受けた日から1週間以内)を満たさず、不適法であるといわざるを得ない。
そうすると、本件異議申立てを不適法として却下した本件却下決定(前提事実⑷イ)は、適法であるといえる。
⑶ 原告の主張について
これに対し、原告は、別紙3「争点に関する当事者の主張」3(原告の主張)のとおり規則22条1項にいう「処分を受けた者」は、報告命令に係る命令書の名宛人として掲げられた者に限定されず、当該処分に係る審査事件について排除措置命令等の名宛人となるべき関係人も含むと解すべきであり、本件異議申立ては、規則22条1項の申立期限内に行われたなどと主張する。
しかしながら、以上に説示したところに照らせば、いずれも独自の見解を述べるものにすぎず、原告の前記主張は、採用することができない。
第4 結論
よって、本件訴えのうち本件報告命令取消しの訴えは、不適法であるから却下し、その余の訴えに係る原告の請求は、理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

令和7年3月26日

福岡地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官  林  史高
裁判官     住田 知也
裁判官     増崎 浩司

(別紙1)当事者目録
佐賀市西与賀町大字厘外821番地4
原告          佐賀県有明海漁業協同組合
同代表者代表理事    ≪B1≫
同訴訟代理人弁護士   平山賢太郎
同           山本 陽介
同           堀  隆聖

東京都千代田区霞が関一丁目1番1号
被告          国
同代表者法務大臣    鈴木 馨祐
処分行政庁       公正取引委員会
同委員会代表者委員長  古谷 一之
同指定代理人      窪田 大輔
同           田中 義一
同           渡口  真
同           下川 琴江
同           永峰加容子
同           福重 有紀
同           細波  涼
同           西川 康一
同           榎本 勤也
同           齋藤みずえ
同           岩丸 華子

(別紙2 関係法令の定め:省略)

(別紙3)争点に関する当事者の主張
1 争点⑴ 本件訴えの適法性(本案前の争点)
(原告の主張)
⑴ 本件報告命令取消しの訴えの原告適格について
独禁法47条1項は、公正取引委員会に対し、「事件について必要な調査をするため」に限って報告命令を行う権限を付与しており、「必要な調査」の範囲を逸脱する報告命令には、権限の逸脱・濫用として違法となる。したがって、独禁法47条1項に基づく報告命令に関し、名宛人その他の関連当事者は、事件審査に必要な限度を超えた報告が公正取引委員会に対して行われないという法律上保護された利益を有する。
原告は、本件非開示部分の開示を求める本件報告命令によって上記利益を侵害されているから、本件報告命令の名宛人でないとしても、本件報告命令の取消しを求めることにつき「法律上の利益」を有する。
⑵ 本件報告命令取消しの訴えの出訴期間について
次のア~ウのとおり、原告は、出訴期間を徒過していない。
ア 原告は、令和5年8月22日の本件メール②により、本件報告命令に基づく書面提出義務の範囲を了知しており、本件報告命令取消しの訴えを提起したとみなされる日(以下、単に「訴え提起日」という。)である令和6年2月16日の時点では、原告が「処分があったことを知った日」から6か月は経過していない。したがって、本件報告命令取消しの訴えは、行政事件訴訟法14条1項本文の出訴期間内に提起されたものである。
イ 仮に、原告が「処分があったことを知った日」が本件報告命令の共販協議会会長への送達日である令和5年6月30日であるとしても、本件報告命令に基づく書面提出義務の範囲が、本件メール②によって初めて教示されたという経緯に照らすと、原告が、行政事件訴訟法14条1項本文の出訴期間を遵守できなかったことについては正当な理由(行政事件訴訟法14条1項ただし書)がある。
ウ 原告は、本件報告命令に対する異議申立てを行い、令和5年9月20日に本件却下決定がなされているところ、訴え提起日である令和6年2月16日の時点では、原告が「裁決があったことを知った日」から6か月は経過していない。したがって、本件報告命令取消しの訴えは、行政事件訴訟法14条3項本文の出訴期間内に提起されたものである。
⑶ 本件訴えに係る訴えの利益について
本件報告命令及び本件却下決定については、原告に対し、固有の違法性に関して裁判所の審理及び判決を受けることができる機会を保障する必要があるから、本件訴えに係る訴えの利益は、排除措置命令の発令によって消滅しないと解すべきである。
(被告の主張)
⑴ 本件報告命令取消しの訴えの原告適格について
本件報告命令の名宛人は、共販協議会であって、原告ではない。また、仮に、本件非開示部分に、原告と代理人弁護士との間で行われた法的相談やこれに対する弁護士からの法的助言の内容が記載されていたとしても、これらを明らかにされないことが具体的な権利又は法的利益として保護されると解すべき法的根拠はない。したがって、原告は、本件報告命令により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者とはいえないから、本件報告命令の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者(行政事件訴訟法9条1項)には該当しない。
⑵ 本件報告命令取消しの訴えの出訴期間について
ア 本件報告命令の取消しの訴えは、本件却下決定の原処分である本件報告命令の取消しを求めるものであるところ、原告による本件却下決定取消しの訴えとの関係では、行政事件訴訟法13条4号の関連請求に係る訴訟に当たる。そして、原告は、本件却下決定取消しの訴えにおいて、行政事件訴訟法19条1項前段の規定に基づき、関連請求に係る訴訟に当たる本件報告命令取消しの訴えを併合提起したものと解されるところ、本件報告命令取消しの訴えは、行政事件訴訟法20条の規定により、本件却下決定取消しの訴えが提起された令和6年2月20日に提起されたものとみなされる。
本件報告命令は、共販協議会を名宛人として、令和5年6月29日にされたものであり、同月30日にその命令書が共販協議会に送達されているところ、当時、共販協議会の代表者及び所在地は、原告と同一であったことからすれば、原告は、共販協議会に対して本件報告命令がされたことを同日に了知したと考えられる。そして、本件報告命令取消しの訴えが提起されたとみなされる日は令和6年2月20日であるところ、この時点で、原告が本件報告命令という処分が知った日から6か月を既に経過していた。本件メール②は、本件報告命令によって既に明確にされていた報告事項の一部に共販協議会が応じなかったことから、その状態の是正を求めたものにすぎず、これをもって、本件報告命令があったことを知った日を令和5年8月22日とすることはできない。
よって、本件報告命令取消しの訴えは、行政事件訴訟法14条1項本文が規定する出訴期間経過後に提起されたものであり、不適法である。
⑶ 本件訴えに係る訴えの利益について
本件却下決定は、行政調査の一環としての行政処分であるが、独立して取消訴訟の対象となるものである(行政事件訴訟法3条3項)。また、本件審査事件に係る審査は、排除措置命令が発令されたとしても、これが訴訟等を経て取り消されないものが確定した時に初めてその終結に至るものであり、排除措置命令の発令によって、本件報告命令の法的効果が消滅したともいえない。したがって、本件却下決定は、終局的な行政処分である排除措置命令が発令されたことによる影響を受けるものではない。
仮に、排除措置命令の発令によって本件報告命令の法的効果が消滅したとしても、本件却下決定取消しの訴えに係る受訴裁判所としては、あくまでもその適否のみを判断すべきであること等からすると、本件却下決定につき、原告がその取消しによって回復すべき法律上の利益(行政事件訴訟法9条1項)を有しないとはいえない。
したがって、本件却下決定取消しの訴えに係る訴えの利益がないとはいえない。
2 争点⑵ 本件報告命令の適法性
(被告の主張)
公正取引委員会の審査官は、独禁法47条1項に基づき、令和5年6月29日付けで、共販協議会に対し、原告に対する独禁法に基づく調査のために必要があるとして、本件報告命令をし、同年6月30日、本件報告命令が共販協議会(共販協議会会長)に送達された。
原告の主張は、争う。
(原告の主張)
本件審査事件における被疑事実は、原告らが海苔生産者との取引において拘束条件を付し、不正に公正競争を阻害したというものである。取引条件その他の事実関係を調査し解明するために必要なのは、海苔生産者との取引に関する取引条件その他の事実関係について過去に作成された資料を精査することで足り、本件立入検査後に審査対応方針について弁護士との間で行われた法的相談及びこれに対する法的助言の内容が記載された本件非開示部分の内容を精査する必要はない。
したがって、本件非開示部分の開示を求める本件報告命令には、独禁法47条1項の解釈を誤り、比例原則及び権限濫用禁止に違反する瑕疵があり、取り消されるべきである。
3 争点⑶ 本件却下決定の適法性
(被告の主張)
本件異議申立ては、次のとおり不適法であり、これを却下した本件却下決定は、適法である。
⑴ 本件報告命令の名宛人は共販協議会であり、原告は規則22条1項の「処分を受けた者」に該当しない。よって、本件異議申立ては、「異議の申立てをすることができる」「処分を受けた者」に当たらない原告によってされたものであり、不適法である。
⑵ 本件異議申立ては、本件報告命令という「処分を受けた者」である共販協議会が「処分を受けた日」である令和5年6月30日から1週間以内に申し立てたものではないから、この点でも規則22条1項に反し、不適法である。
(原告の主張)
本件異議申立てが次のとおり適法であるにもかかわらず、これを却下した本件却下決定は、違法である。
⑴ 独禁法76条1項は、規則について、排除措置命令の名宛人となるべき者が自己の主張を陳述し、及び立証するための機会が十分に確保されること等当該手続の適正の確保が図られるよう留意しなければならない旨を定めていることからすれば、規則22条1項にいう「処分を受けた者」は、報告命令に係る命令書の名宛人として掲げられた者に限定されず、当該処分に係る審査事件について排除措置命令等の名宛人となるべき関係人も含むと解すべきである。したがって、原告は、規則22条1項の「処分を受けた者」に該当し、原告による本件異議申立ては適法である。
⑵ 前記1「原告の主張」⑵のとおり、原告は、令和5年8月22日の本件メール②により、本件報告命令に基づく書面提出義務の範囲を了知したのであるから、本件要請は、本件報告命令と一体のものとして、単一の本件報告命令を構成するといえる。したがって、本件報告命令が行われた日は同日と解すべきであり、原告の本件異議申立て(申立日は令和5年8月29日である。)は、規則22条1項の申立期限内に行われたものである。
⑶ よって、本件異議申立てが不適法であるとして却下した本件却下決定は、独禁法47条1項及び規則22条1項に違反し、取り消されるべきといえる。
以上


注釈 《 》部分は、公正取引委員会事務総局において原文に匿名化等の処理をしたものである。

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