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㈱MCデータプラスによる執行停止申立事件

独禁法19条、一般指定14項
東京地方裁判所民事第8部

令和6年(行ク)第5021号

決定

令和7年3月27日

東京都渋谷区恵比寿一丁目18番14号
申立人  株式会社MCデータプラス
同代表者代表取締役  ≪X1≫
同代理人弁護士    中藤 力
同          川合竜太
同          佐川聡洋
同          池原元宏
同          水沼利朗
同          宮國尚介
同          大澤 涼
東京都千代田区霞が関一丁目1番1号
相手方        公正取引委員会
同代表者委員長    古谷一之
同指定代理人     岩下生知
同          石井崇史
同          吉兼彰彦
同          堤 優子
同          高取勇介
同          山本浩平
同          石原健司
同          山田裕司
同          五江渕晋也
同          川端龍徳
同          池田宏祥
同          飯塚健太郎
同          荻野祥平
同          門木貴史
同          山中康平
同          深澤尚人
同          天笠裕介
同          菅野美穂
同          田川涼乃
同          廣政瑠里
同          戸﨑聖也

当事者の表示 別紙1当事者目録記載のとおり
主文
1 相手方が令和6年12月24日付けでした排除措置命令(令和6年(措)第20号)のうち、同命令主文第1項記載のユーザーが登録した作業員情報がその後他のユーザーにより変更されている項目に係る部分は、本案事件の判決確定までその効力を停止する。
2 申立人のその余の申立てを却下する.
3 申立費用はこれを2分し、その1を相手方の負担とし、その余を申立人の負担とする。
理由
第1 申立ての趣旨
相手方が令和6年12月24日付けでした排除措置命令(令和6年(措)第20号)は、本案事件の判決確定までその効力を停止する。
第2 事案の概要
1 相手方は、令和6年12月24日、申立人が、労務安全サービスの取引において、「グリーンサイト」と称する労務安全サービス(以下「本件サイト」という。)のユーザーに他社の労務安全サービスへの切替えをしないようにさせていることが不公正な取引方法(昭和57年公正取引委員会告示第15号)14項に該当し、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)19条に違反する行為を行ったとして、申立人に対し、別紙2のとおり、本件サイトを提供するに当たり、別紙3記載の項目の作業員情報を提供するよう要請を受けた場合に、合理的な理由なく、ユーザー自らが登録した当該作業員情報を、当該ユーザーが求める形式で当該ユーザーに提供することに応じない行為を取りやめること等を命ずる排除措置命令(令和6年(措)第20号。以下「本件命令」という。)を行った。
本件は、申立人が、本件命令の取消訴訟を本案として、本件命令により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があると主張して、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)25条2項本文に基づき、本案判決の確定まで本件命令の効力の停止を求める事案である。
2 前提事実(後掲各疎明資料及び審尋の全趣旨により容易に認められる事実。以下、疎明資料の番号の表記は枝番を含むものとする。)
⑴ 申立人
申立人は、平成27年4月に設立された、工業所有権・著作権等の無体財産権、ノウハウ、各種システム・エンジニアリング、その他ソフトウェアの取得、企画開発、保守、販売及びサービス提供に関する事業等を目的とする株式会社である。
申立人は、平成27年7月1日以降、「建設サイト・シリーズ」と称する建設業向けクラウドサービス(以下「建設サイト・シリーズ」という。)をユーザーに提供しており、建設サイト・シリーズを構成する主なサービスとして、本件サイトを提供している。申立人は、平成31年4月以降、労務安全サービスに係る売上高において第1位の地位を占めており、また、令和5年12月時点における登録企業数、登録作業員数、契約元請会社数及び契約企業数において第1位の地位を占めている。(甲1、2の1、審尋の全趣旨)
⑵ 労務安全サービス
建設業法においては、元請会社は、一定の要件を満たす場合、工事現場ごとに施工体制台帳及び施工体系図を作成することが義務付けられており、また、その下請負人に当たる各協力会社は、それぞれ再下請通知書を作成し元請会社に提出しなければならないとされている(同法24条の8第1項、2項、4項)。さらに、労働安全衛生法上の特定元方事業者としての元請会社の義務(同法29条1項、2項、30条)を履行するため、各協力会社は、当該工事現揚の工事に関与する自社の作業員に関する名簿(以下「作業員名簿」といい、再下請通知書と併せて「労務安全書類」という。)を作成し、これが最終的に元請会社に提出されている。
元請会社に作成が義務付けられている施工体制台帳や施工体系図は、協力会社から提出される再下請通知書等の労務安全書類を基に作成されるため、これらの協力会社が作成する労務安全書類は、基本的に建設工事の施工が開始される前に作成されている必要がある。
労務安全サービスは、建設工事の現場において、元請となるユーザーと下請となるユーザーとの間での労務安全書類のやり取りをインターネット上で行うことにより業務効率化を可能とするものであり、建設工事の現場において各種関連業務の効率化を実現するためには、元請となるユーザー及び下請となるユーザーが、同一の労務安全サービスを利用する必要がある。(以上につき、甲1、3の1、乙11、審尋の全趣旨)
⑶ 本件サイトの利用に当たり登録する情報等
ア 本件サイトのユーザーには、元請会社と協力会社が存在し、本件サイトにはそれぞれに対応して、元請会社用のアカウント(オーナー企業アカウント)と協力会社用アカウントが存在する。(甲3の1)
イ 申立人は、本件サイトの提供に当たり、ユーザーに対し、「「建設サイト・シリーズ」サービス利用約款」(以下「サービス利用約款」という。)への同意を求めている。ユーザーは、サービス利用約款の内容に同意しなければ、本件サイトを利用できない。(甲1、2、7の6)
サービス利用約款には、以下の規定が設けられていた。(甲2の1)
40条
1項 申立人は、「サービス」に登録された個人情報を、本条各項のとおり取り扱います。「申込者」は、本条各項で記載された個人情報の取扱いについて、あらかじめ本人に通知し同意を得るものとします。
2項 申立人は、「サービス」に登録された個人情報を、以下の利用目的の範囲内で、目的の達成に必要な限りにおいて利用します。
⑴ 「建設サイト・シリーズ」のサービス提供を行うため。
⑵ 「サービス」の利用料等の請求及びそれに附随する連絡等のため。
⑶ 「サービス」の運営に関する各種通知や連絡のため。
⑷ 申立人が提供又は提携する商品・サービス等に関する各種お知らせ等の配信・送付のため。
⑸ 商品・サービス等の企画、開発等のための情報収集を目的とした調査を実施するため。
⑹ 第3項に規定される「共同利用の目的」に記載の目的
⑺ 第4項に規定される「提供目的」に記載の目的
⑻ 第5項に規定される「提供目的」に記載の目的
3項 申立人は、以下の各号のとおり個人情報の共同利用を行っています。「申込者」は、個人情報の共同利用について、個人情報保護法その他の法令・ガイドラインの定めに従い、共同利用の内容を、あらかじめ本人に通知し、又は本人が容易に知り得る状態に置くものとします。また、「申込者」は、共同利用される個人情報を、個人情報の保護に関する法律その他の法令及びガイドラインを遵守して、適切に取り扱うものとします。
⑴ 「建設サイト・シリーズ」で提供する全ての「サービス」における個人情報の共同利用について
① 共同利用の範囲
・申立人
・「オーナー企業」が企画組成し、該当個人情報が登録される「プロジェクト」に参加する「申込者」
② 共同利用の目的
(ア) 「建設サイト・シリーズ」の「利用者」の個人認証をするため。
(イ) 「建設サイト・シリーズ」として提供される、建設工事に係る業務の効率化を目的としたサービス(例えば、施工体制台帳・再下請負通知書・作業員名簿等の作成・管理、建設現場への入退場の記録・管理、作業日報・安全日報・安全巡視記録等の作成・管理、独自資格保有者の入退場記録の集計及び報告書の作成・管理等)の利用のため。
(ウ) 「建設サイト・シリーズ」で作成される各種書類(データを含む)の法に基づく公的機関への提出のため。
(エ) 「建設サイト・シリーズ」に関する各種通知や連絡のため。
(オ) 「建設サイト・シリーズ」の運営や改善のため。
(カ) 「建設サイト・シリーズ」の新規サービス開発及びそれに附随する調査等のため。
(キ) 「建設サイト・シリーズ」に関するお問合せ・依頼等に対応するため。
③ 共同利用される個人情報の項目
(ア) 以下の項目
・氏名、性別、住所、電話番号、電子メールアドレス、生年月日、国籍、顔写真、申立人が情報管理を行うために発番するID等の記号等の属性情報
・会社名、会社住所、部署名、役職、職種、取得資格、経験年数等の職歴情報
・健康診断受診日、社会保険加入状況、血液型、血圧、じん肺管理区分等の労働安全衛生管理のための情報
(イ) 「建設サイト・シリーズ」の利用に際して、「申込者」又は「利用者」が申立人に提出した情報
⑵ 《省略》
ウ 協力会社は、作業員名簿を作成する前提として、自らが雇用している作業員に係る別紙3記載の項目の作業員情報(以下、単に「作業員情報」という。)を本件サイトのシステムに入力し、この情報はシステム上「従業員マスターデータ」として登録される。(甲3の1・12頁~18頁)
本件サイトでは、工事現場ごとに施工体制台帳の作成、管理に関するサービスが提供されるところ、協力会社は、本件サイト上で個別の工事現場に関して作業員名簿を作成する際に、当該現場に関わる作業員に関わる作業員情報を従業員マスターデータから抽出して作業員名簿を作成し、上位の協力会社に提出する。(甲3の1・10頁、31頁~37頁)
ユーザーが本件サイトに登録した自社の作業員情報等は、労務安全書類の作成等に利用され、ユーザーは、必要に応じて、その登録した作業員情報等をPDFファイルとして出力することができる。(甲1)
エ 代行登録
各協力会社の従業員マスターデータには、原則として当該協力会社が雇用する作業員の作業員情報が登録されるが、例外として、本件サイトに設けられている「代行登録」という仕組みを用いる場合には、協力会社の代わりに、より上位の協力会社によって自らが雇用していない作業員の作業貝情報が登録される楊合がある。(甲3の2・22頁)
⑷ 本件命令
相手方は、令和6年12月24日、申立人に対し、別紙2の内容を主文とする本件命令を行った。(甲1)
⑸ 本案訴訟の提起及び本件申立て
申立人は、令和6年12月24日、相手方に対し、本件命令の取消しを求める訴訟(本案事件)を提起するとともに、本件命令の効力の停止を求める本件申立てを行った。(顕著な事実)
3 争点及び当事者の主張
本件の主な争点は、「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(行訴法25条2項)に当たるか否かである。
申立人の主張は、別紙4(令6年12月24日付け執行停止申立書)、別紙5(令和7年1月24日付け意見書)、別紙6(同年2月25日付け意見書⑵)、別紙7(同月27日付け意見書⑶)及び別紙8(同年3月7日付け意見書⑷)記載のとおりであり、相手方の主張は、別紙9(同年1月10日付け意見書)、別紙10(同月15日付け訂正申立書(意見書について))、別紙11(同年2月7日付け意見書2)及び別紙12(同月27日付け意見書3)記載のとおりである。
第3 当裁判所の判断
1 本件命令の主文が表す意味内容について
⑴ 本件命令は、「違反行為を排除し、又は違反行為が排除されたことを確保するために必要な措置」(独禁法61条1項)の結論的な内容を本件命令に係る排除措置命令書(以下「本件命令書」という。)に「主文」として記載しているとみられるところ、その主文第1項で、申立人は、ユーザーに対し、本件サイトを提供するに当たり、別紙3記載の項目の作業員情報を提供するよう要請を受けた場合に、合理的な理由なく、「ユーザー自らが登録した当該作業員情報」を、当該ユーザーが求める形式で当該ユーザーに提供することに応じない行為をやめなければならない、と命じている。この主文の文言からは、本件命令で申立人が上記ユーザー(以下「提供先ユーザー」という。)に対し提供に応じなければならないとされる「当該作業員情報」は、当該ユーザー(提供先ユーザー)自らが登録した情報としか読みようがなく、当該ユーザー以外のユーザー(他のユーザー)が登録した情報もその対象となっているとは解することができない。
これに対し、相手方は、本件命令主文第1項の「ユーザー自らが登録した当該作業員情報」には、それぞれの作業員について、ユーザー自身が登録した項目に係る作業員情報のうち、後から他のユーザーが変更登録した作業員情報も含まれると主張し、その理由として、❶排除措置命令書の記載が特定されているか否かは、排除措置命令書の記載を全体として見た上で、当該排除措置命令書の趣旨・目的に照らし、社会通念に従って合理的に解釈すべきである(東京高判令和5年1月25日金融商事判例1681号2頁、東京高判平成28年5月25日公正取引委員会審決・命令集69巻254頁等参照)ところ、本件命令書の記載についてそのように解釈すれば、❷本件命令が排除しようとしている違反行為は、申立人が本件サイトのユーザーをして他社の労務安全サービスへの切替えをしないようにさせる行為であることが読み取れるから、❸上記「ユーザー自らが登録した当該作業員情報」という文言は、「ユーザー自らが登録した項目に係る作業員情報」の意味であると解釈できるなどと主張する。
しかしながら、本件命令書の主文第1項においては、「当該作業員情報の登録主体について、「ユーザーが」と明示しているのみならず、「ユーザー自らが」と、提供先ユーザー自身であることを強調して記載しているのであって、これについて「当該ユーザー以外のユーザー」が含まれるという相手方の解釈は、明確にその文理に反し、無理があるというほかはない。
上記❶については、(ⅰ)排除措置命令書の主文の文言が、その文理上、何を指しているのかについて解釈の余地が残されている楊合に、その記載が直ちに不特定であるということにはならず、当該命令書の記載全体からその趣旨・目的に照らして合理的に解釈すべきであるというのはそのとおりであるとしても、(ⅱ)主文に明確に記載されている文言について、その文理に反する解釈をすベきであるということはできない。相手方が援用する裁判例は、いずれも(ⅰ)のケースに係るものであるのに対し、本件は、主文に「当該ユーザー自らが」登録した情報と明確に記載されていて、その文理上、当該ユーザーでない者が登録した情報と解釈する余地がないもの((ⅱ)のケース)であるから、事案を異にする。
上記❷については、確かに、本件命令の趣旨・目的自体はそのとおりであると解され、変更登録があった場合には、最新の作業員情報を提供することがその趣旨・目的に適うように思われるが、本件では実際のところそれを本件命令書の主文に的確に表現できていないものであって、文理上の限界を超えてよい理由にはならない。さらに、本件で問題となっている個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」という。)との関係では、申立人がユーザーに対し、当該ユーザー自らが登録した情報を「戻すだけ」の提供をすることの方が、他のユーザーが登録した情報を提供することよりも問題が少ないとの見方があり得ること(甲18、乙8参照)から、変更登録がされている場合にも変更前のユーザー自身が登録した情報の提供を命ずるということが絶対にないとはいい切れないことなどをも考慮すると、ますます、文理に反して他のユーザーが変更登録した情報の提供を命ずるものとは解釈できない。
上記❸については、「項目に係る」という文言は、相手方が、本件執行停止申立事件の審理において主文の記載の問題を指摘されてから、意見書において後付けで付加したものであるが、この文言の有無によって、命ずる行為の外延が変わることは明らかであるところ、もともと本件命令の主文第1項が「・・・項目に係る・・・」という意味だったのであれば、本件命令を発する際にそのように記載しておくことは可能かつ容易であった。そうであるにもかかわらず、相手方がそうしなかったのは、本件サイトにおいて、あるユーザーの登録後に他のユーザーによる変更登録がされるということは往々にして存する主要なパターン(類型)である(甲4、7の1、乙3、審尋の全趣旨)のに、相手方がそのことを踏まえず、もっぱら変更登録がない単純なパターンを念頭に置いて主文の記載をしたことによるものとうかがわれる。本件命令書における主文の記載について、表現の仕方に係る検討が十分でなかった結果、自らが企図するところと齟齬を来すようになったときに、事実上「項目に係る」といった文言を補うことで修正するようなことはできない。
⑵ 以上によれば、本件命令の主文第1項は、提供先ユーザーの登録後に他のユーザーによる変更登録があった項目についてはその変更前の(提供先ユーザー自身が登録した)作業員情報の提供を求めるものと解され、また、提供先ユーザーの登録後に他のユーザーにより他の項目について登録があった場合における当該項目は対象としていないものと解される。
そして、木件命令の主文第2項以下は、主文第1項を前提とするものであることから、以上と同様の解釈を採るべきこととなる。
2 提供先ユーザーの登録後に他のユーザーによる変更登録がされている項目について
⑴ 前記1で説示したところによれば、提供先ユーザーが登録した作業員情報がその後他のユーザーにより変更されている項目について、本件命令は、その変更前の提供先ユーザー自らが登録した情報の提供を命じているものと解するほかないところ、疎明資料(甲23)及び審尋の全趣旨によれば、このような項目について、変更前のデー夕内容を抽出して提供先ユーザーに提供できる形にするには、ユーザーの作業員1名ずつについて、当該作業員の情報に関するログを特定して表示し、その内容を1つ1つ確認し、最新の作業員情報と対照しながら当該ユーザーが入力した情報のみを復元するという作業が必要となることが一応認められ、申立人に極めて困難な作業を強いることになる。しかも、前記1⑴のとおり、最新の作業員情報が提供されることが本件命令の趣旨・目的に適い、過去の作業員情報が提供されることはその行政目的に照らして意味が乏しいとみられるところ、上記作業の負担は、それに比して多大な負担を生じさせるものといえる。
そうすると、上記については、本件命令に従うと、申立人は重大な損害を受けるものというべきであり、処分の執行等による行政目的の達成の必要性を一時的に犠牲にしてもなおこれを停止して申立人を救済しなければならない緊急の必要性があると一応認められるから、重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(行訴法25条2項)に当たるというべきである。
⑵ そして、一件記録に照らすと、「本案について理由がないとみえるとき」(行訴法25条4項)に当たるとはいえないから、本件命令のうち、提供先ユーザーが登録した作業員情報がその後他のユーザーにより変更されている項目に係る部分については、執行停止を認めるベきである。
3 提供先ユーザーの登録後に他のユーザーによる変更がされていない項目について
⑴ 個人情報保護法27条1項違反について
申立人は、ユーザーが作業員情報を利用できる目的は、申立人のサービスにおける利用に限定されているから、本件命令(主文第1項)により、本人の事前の同意を得ないまま作業員情報を提供することが避けられないこととなり、個人情報保護法27条1項に違反する行為を強制されると主張する。
しかしながら、前提事実⑵のとおり、関係法令上、元請会社に作成が義務付けられている施工体制台帳や施工体系図は、協力会社から提出される再下請通知書等の労務安全書類を基に作成されるものであり、各協力会社は、当該工事現場の工事に関与する自社の作業員に関する名簿(作業員名簿)を作成し、元請会社に提出しているものであることからすれば、別紙3記載の項目に係る情報については、作業員からユーザーの労務管理一般のために提供されることが想定されているものであるといえる。現に、元請会社の中には、協力会社及び各作業員から、工事施工に関して取得する個人情報があり、それについては、施工監理、安全管理の遂行、連絡及び建設業法、労働安全衛生法等の関係法令の要望事項を履行するために利用することなどを公表している事業者が見受けられる(乙4、5、11)。そして、申立人の営業担当部長も、ユーザーは社会通念上、自社の作業員から雇用契約等で自社の事業活動のために作業員の個人情報を利用することについて同意を得ていると考えられると述べているところである(甲27の6・7頁、乙13・5頁)。以上の事情を総合すると、提供先ユーザーが登録した作業員情報については、当該作業員は、自身の安全や仕事の遂行に関わる個人情報である当該情報を、自らに対する労務安全管理のために必要であることから、自己の雇用主等に提供(伝達)していることが一応認められ、当該作業員は、その提供(伝達)の際、提供先ユーザーが、当該作業員の労務安全管理のために、当該情報を取得及び利用することに黙示的に同意しているものと一応推認される。そして、当該作業員が、本件サイトにおける利用のためだけに限定して当該情報を提供(伝達)した事実は認められず、上記推認を覆すに足りる疎明資料はない。
したがって、本件命令主文第1項の申立人から提供先ユーザーの当該情報の提供については、本人の同意があると一応認められ、申立人が本件命令に従っても個人情報保護法27条1項に違反することにはならず、申立人の上記主張は採用することができない。
なお、申立人がるる主張する点は、以上の判断を覆すものではない。
⑵ 個人情報保護法19条違反について
申立人は、本件命令(主文第1項)により、提供先ユーザーに第三者・提供を行おうとする際に、提供先ユーザーが他社サービスの運営事業者に対して個人情報保護法27条1項に違反して個人情報データの提供を行うことが予見できるにもかかわらず当該提供先ユーザーに個人情報データを提供することとなり、個人情報保護法19条に違反する行為を強制されると主張する。
しかしながら、前記⑴で説示したところによれば、①実務上、労務管理一般のために作業員情報が提供されることが求められており、作業員も、自身の労務安全管理のために、当該作業員情報が利用されることに黙示的に同意しているものと一応推認され、これが本件サイトにおける利用のみに限定された同意であるとは認め難い。このほか、②申立人の競争事業者である株式会社≪A≫及び≪B≫株式会杜も、それぞれの利用規約において個人情報を適切に取り扱うことを規定しているところ(乙9、10)、一件記録に照らしても、申立人の運営する本件サイトと、申立人の競争事業者が運営するクラウドサービスは、いずれも作業員の労務安全管理のためのツールを提供するものであるところ、両者について、作業員が、前者で利用されることには同意するが後者で利用されることには同意しないと区別しているとみるべき事情はうかがわれないこと、③もとより、ユーザーは、⑴作業員情報が記載されたPDF形式の帳票(作業員名簿)を自ら本件サイトから出力することにより当該作業員情報の提供を受けることができる上、⑵その内容を他社サービスの利用のために用いること(そのファイル形式をOCR技術の利用や手作業によりPDFファイルからCSVファイル等に適宜修正した上で、当該作業員情報を申立人に競争事業者に提供すること)もできるところ、申立人も、上記⑴を個人情報保護法違反とはしていないし、上記⑵を禁止してもいないこと(前提事実⑶ウ、審尋の全趣旨)をも総合すると、作業員は、自己の作業員情報を本件サイトに登録した提供先ユーザーが、当該作業員に対する労務安全管理のために他社サービスにおいて利用すべく、申立人から当該作業員情報を取得することについても、黙示的に同意している蓋然性が相当程度あるといえる。そうすると、申立人が本件命令に従って提供先ユーザーに作業員情報を提供することが、提供先ユーザーが他社サービスの運営事業者に対して個人情報保護法27条1項に違反して個人情報の提供を行うことが予見できるにもかかわらず当該提供先ユーザーに個人情報を提供することにはならず、違法又は不当な行為を助長又は誘発するおそれがあるとは認められないというべきである。
さらにいえば、申立人の競争事業者が運営するサービスにおける利用について作業員の同意があるならば、申立人がいう個人情報保護法19条違反は問題にならないというだけでなく、仮に同意がないのであれば、その同意を提供先ユーザー又は当該競争事業者が取得すればよいのであって、申立人は、そのようにするよう提供先ユーザーに注意喚起することもできる。そうした場合に、申立人が個人情報保護法19条違反に問われることは、ますます考え難い。
以上によれば、申立人が本件命令に従っても個人情報保護法19条に違反することにはならず、申立人の上記主張は採用することができない。
なお、申立人がるる主張する点は、以上の判断を覆すものではない。
⑶ 小括
以上によれば、申立人が、本件命令に従うことにより、個人情報保護法に違反することとなって、重大な損害を受けるものとは認めることができない。実質的にみても、提供先ユーザー自身が登録した作業員情報で、かつ、申立人からPDFで受け取れることとなっている情報について、労務安全管理の一環として、当該ユーザー自身が同じ内容をCSV等の形式で受け取ることについて、作業員の意思や利益に反するとはいい難く、申立人に重大な損害が生ずるとはいい難いところである。
そうすると、本件命令のうち、提供先ユーザーが登録した作業員情報がその後他のユーザーにより変更登録されていない項目に係る部分については、処分の執行等による行政目的の達成の必要性を一時的に犠牲にしてもなおこれを停止して申立人を救済しなければならない緊急の必要性があるとはいい難く、「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」こと(行訴法25条2項)の疎明がされているとはいうことができない。
4 結論
以上の次第で、本件申立ては、本件命令のうち、提供先ユーザーが登録した作業員情報がその後他のユーザーにより変更されている項目に係る部分については理由があるからこれを認容し、その余の申立てについては理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

令和7年3月27日

裁判長裁判官  笹本哲朗     
裁判官     柴田義人     
裁判官     伊藤圭子

(別紙2)
本件命令の主文の内容
1 申立人(株式会社MCデータプラス)は、ユーザーに対し、「グリーンサイト」と称する労務安全サービス(本件サイト)を提供するに当たり、別紙3記載の項目の作業員情報を提供するよう要請を受けた場合に、合理的な理由なく、ユーザー自らが登録した当該作業員情報を、当該ユーザーが求める形式で当該ユーザーに提供することに応じない行為を取りやめなければならない。
2 申立人は、次の事項を取締役会において決議しなければならない。
⑴ 前項の行為を取りやめること
⑵ 本件サイトのユーザーに対し、本件サイトから出力した電磁的記録である帳票(以下「帳票」という。)及び当該帳票を印刷した文書を他社に提供する行為等を一律に禁止する行為を既に行っていないことを確認すること
⑶ 今後、前項及び本項⑵の行為と同様の行為を行わないこと
3 申立人は、前2項に基づいて採った措置を、本件サイトのユーザー、≪B≫株式会社及び株式会社≪A≫に通知し、かつ、自社の従業員に周知徹底しなければならない。これらの通知及び周知徹底の方法については、あらかじめ、相手方(公正取引委員会)の承認を受けなければならない。
4 申立人は、今後、第1項及び第2項⑵の行為と同様の行為を行ってはならない。
5 申立人は、次の事項を行うために必要な措置を講じなければならない。この措置の内容については、前項で命じた措置が遵守されるために十分なものでなければならず、かつ、あらかじめ、相手方の承認を受けなければならない。
⑴ 建設業向けクラウドサービス事業に関する独禁法の遵守についての行動指針の改定並びに自社の役員及び従業員に対する周知徹底
⑵ 建設業向けクラウドサービス事業に関する独禁法の遵守についての、自社の役員及び従業員に対する定期的な研修並びに法務担当者及び第三者による定期的な監査
⑶ 申立人は、第1項から第3項まで及び前項に基づいて採った措置を速やかに相手方に報告しなければならない。

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