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独禁法3条後段、独禁法7条2項1号
東京高等裁判所第3特別部
令和6年(行コ)第216号
令和7年5月15日
東京都新宿区西新宿1丁目25番1号
控訴人 大成建設株式会社
(以下「控訴人大成建設」という。)
同代表者代表取締役 ≪X1≫
同訴訟代理人弁護士 木目田 裕
同 多田敏明
同 平尾 覚
同 沼田知之
同 村上 亮
同 木下郁弥
東京都港区元赤坂1丁目3番1号
控訴人 鹿島建設株式会社
(以下「控訴人鹿島建設」という。)
同代表者代表取締役 ≪X2≫
同訴訟代理人弁護士 中藤 力
同 佐川聡洋
同 外崎友隆
同 藤井健一
同 海藤忠大
東京都千代田区霞が関一丁目1番1号
被控訴人 公正取引委員会
同代表者委員長 古谷一之
同指定代理人 岩下生知
同 石井崇史
同 遠藤 光
同 堤 優子
同 高取勇介
同 山本浩平
同 神村泰輝
同 池田宏祥
同 飯塚健太郎
同 荻野祥平
同 山中康平
同 深澤尚人
同 橋本桃彦
同 野津沙織
同 上野千夏
同 片野多惠
同 中島菜子
同 篠原早紀
令和7年5月15日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
令和6年(行コ)第216号各排除措置命令取消請求控訴事件(原審・東京地方裁判所令和3年(行ウ)第83号、同第241号)
口頭弁論終結日 令和7年1月23日
判決
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
主文
1 本件各控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 控訴人大成建設
⑴ 原判決中、控訴人大成建設関係部分を取り消す。
⑵ 被控訴人が、株式会社大林組、清水建設株式会社、控訴人鹿島建設及び控訴人大成建設に対して令和2年12月22日付けでした排除措置命令(公正取引委員会令和2年(措)第10号)のうち、控訴人大成建設に対して排除措置を命ずる部分を取り消す。
2 控訴人鹿島建設
⑴ 原判決中、控訴人鹿島建設関係部分を取り消す。
⑵ 被控訴人が、株式会社大林組、清水建設株式会社、控訴人鹿島建設及び控訴人大成建設に対して令和2年12月22日付けでした排除措置命令(公正取引委員会令和2年(措)第10号)のうち、控訴人鹿島建設に対して排除措置を命ずる部分を取り消す。
第2 事案の概要(略称は、別に定めるもののほか、原判決のものを用いる。)
1 本件は、被控訴人が、大林組、清水建設、控訴人鹿島建設及び控訴人大成建設の4社において、JR東海が発注する、リニア中央新幹線に係る地下開削工法による品川駅及び名古屋駅の新設工事(本件ターミナル駅新設工事)につき、受注予定者を決定し、受注予定者以外の者は受注予定者が受注できるようにする旨の合意(本件合意)をすることにより、公共の利益に反して、本件ターミナル駅新設工事の取引分野における競争を実質的に制限しており(本件違反行為)、これが独禁法2条6項の不当な取引制限に該当し、独禁法3条(私的独占・不当な取引制限の禁止)に違反するとして、令和2年12月22日、4社に対し、独禁法7条2項1号に基づく排除措置命令(本件排除措置命令)をしたのに対し、控訴人らが、4社の行為は独禁法2条6項の不当な取引制限に該当しないなどと主張して、それぞれ、被控訴人に対し、本件排除措置命令のうち、各控訴人に対して排除措置を命ずる部分の取消しを求める事案である。
原審は、本件排除措置命令は適法であるとして、控訴人らの請求をいずれも棄却したところ、これを不服として控訴人らがそれぞれ控訴した。
2 前提事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり補正し、後記3のとおり当審における当事者の補充的主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要等」の1ないし3に記載のとおりであるから、これを引用する。なお、引用に係る前提事実を単に「前提事実」という。
⑴ 原判決11頁21行目の「不当な」から同22行目の「否か」まで、及び、同16頁19行目の「不当な」から同20行目の「否か」までをいずれも「独禁法2条6項における「競争を実質的に制限」が前提とする「競争」の意義及び本件における存否」に改める。
⑵ 原判決17頁24行目末尾に改行して次のとおり加える。
「 控訴人らが主張する、発注者であるJR東海が、事前に技術的検討を行わせていた建設会社に発注する意向を有していたこと、事前に技術的検討を行った建設会社でなければ、当該工事を施行することが不可能であったことは否認する。」
⑶ 原判決17頁26行目の「独禁法上の競争が存在すると認められるためには、」を「独禁法2条6項における「競争を実質的に制限する」ことが認められる前提として、独禁法2条4項でいう競争が存在することが必要である。そして、その競争が存在すると認められるためには、①発注者が事前に発注業者を決定していなかったことが必要であるほか、②」と改め、同18頁8行目の冒頭に「①」を、同10行目の「有していたところ、」の次に「②」をそれぞれ加える。
3 当審における当事者の補充的主張
⑴ 本件合意の成否(争点1)
ア 控訴人大成建設
4社の間で、本件ターミナル駅新設工事に関する見積価格等の情報交換が行われていたのは事実であるが、これは、以下のような本件での特殊事情による。すなわち、事前の技術的検討を行っていない建設会社は、実際の施工を見据えた見積りや技術提案等を作成することは現実的に可能ではなかったところ、JR東海が意中の建設会社との価格交渉材料とすべく、意中の建設会社ではない建設会社の見積りを「当て馬」として用いることが懸念される状況にあった。そのため、意中の建設会社の担当者は、JR東海から当て馬の建設会社の見積価格を交渉材料として、不合理に見積価格の引下げを要求してくるのを回避したいと考え、他方、意中の建設会社ではない建設会社は、JR東海との関係性の悪化を懸念して指名競争見積手続に参加せざるを得ないものの、受注を希望しておらず、見積りも施工する意思も能力もない工事について、第一順位の価格協議先に選定される可能性を回避したいと考え、見積価格等の情報交換を行っていたものである。
したがって、本件において、見積価格の情報交換が行われていた事実は、本件合意を推認させるものではない。
イ 控訴人鹿島建設
大林組の≪C1≫、≪C2≫、清水達設の≪D1≫の各供述は、東京地検特搜部による捜査の際、身柄拘束を回避するために、検察官の想定するストーリーに迎合した可能性があり、その信用性は慎重に判断される必要がある。
≪C1≫及び≪C2≫の供述は、希望工区一覧表が、実際にはJR東海の従業員であった≪F5≫又はJR東海の情報や考えに基づいて作成されたものであるのに、希望工区一覧表によって各社の受注希望工区を取りまとめていた旨を述べる点で客観的証拠に整合しない。また、≪D1≫の供述は、≪D1≫作成の引継用メモの控訴人鹿島建設に関する記載が「≪D4≫専務談。」とだけ記載されており、3社会合に出席していた≪B1≫の名前が全く記載されていないことや、「約束」ではなく「談」と記載されていることから、3社による受注調整がなかったことを示すものであるのに、3社会合で受注調整を行い、そこに清水建設も加わった旨を述べる点で客観的証拠に整合しない。
以上のとおり、≪C1≫、≪C2≫、≪D1≫の各供述は、供述の核心ともいえる部分が客観的証拠と整合していないから、その信用性はいずれも否定されるべきである。
3社会合は、リニア中央新幹線関連工事の発注方式の打合せや情報収集を行うことを目的として開催されていたもので、≪B1≫は、積算担当者の苦境を救うとともに、控訴人鹿島建設が交渉権者に選定されるという状況を回避したいという動機から、他社から見積りを受領したものにすぎず、本件では受注調整は存在しない。
ウ 被控訴人
控訴人大成建設の主張は、事前の技術的検討を行っていない建設会社は本件ターミナル駅新設工事を施工することができないこと、JR東海が予め受注事業者を決定していたことを前提とするものであるが、そのような事実は認められないから、同主張は前提において誤っている。
大林組の≪C1≫と≪C2≫、清水建設の≪D1≫の各供述は、いずれも本件合意につながる話合いなどの違法行為に係る具体的事実を詳細に述べるものであり、内容も互いによく整合し、虚偽の供述をする動機も見当たらず、高い信用性が認められる。希望工区一覧表は、形式面からも内容面からも、3社が受注を希望する工区を整理するために用いられたことは明らかであり、控訴人鹿島建設の主張はそもそも理由がない。また、≪D1≫作成の引継用メモに「≪D4≫専務談。」と記載されていることについては、≪D1≫自身が、別の要件で≪D4≫に会い、同人から控訴人鹿島建設が受注を希望する工事を聞いた時の話を記載したと供述しており、3社会合における受注調整の内容を記載したものではないことが明らかであるほか、≪D1≫が、≪B1≫の名前を記載しなかった理由は、≪D1≫が、控訴人大成建設の≪A1≫及び大林組の≪C1≫とは直接会って具体的な交渉をするなどしていたのに対し、控訴人鹿島建設との関係では、≪D4≫専務の話などによって、希望工区を把握していたためであるから、引継用メモにおける上記記載の違いは、4社による本件合意と何ら矛盾するものではないし、上記以外の記載部分が、≪C1≫、≪C2≫及び≪D1≫の各供述と整合することは明らかである。
⑵ 独禁法2条6項における「競争を実質的に制限」が前提とずる「競争」の意義及び本件における存否(争点2)
ア 控訴人大成建設
独禁法2条6項の「競争を実質的に制限」が前提とする「競争」は、独禁法2条4項の「競争」であって、それは実質的な競争関係を指し、少なくとも2以上の事業者に実質的・現実的な供給可能性が認められることが必要であるところ、原判決は、各社の基本的な施工実績、各社が提出期限内に技術提案等を提出しているといった形式的・外形的事実のみから、事前の技術的検討を行っていない建設会社であっても、本件ターミナル駅新設工事の供給可能性が認められると判断し、実際の工事を前提とした客観的かつ技術的な議論からは目を背けた。しかし、実質的な供給可能性があるといえるためには、具体的な工事を前提として、実際に工期内に安全かつ確実な施工を行うことが現実的に可能であったかどうかを検討する必要があるところ、①本件ターミナル駅新設工事は前代未聞の難工事であって、人命に関わるものである以上、極めて高度の安全性・確実性が求められたこと、②JR東海が特定の建設会社に対して技術的検討を行わせ、かつ当該技術的検討は検討依頼禁止通知の発出以降も出件の直前まで継続していたこと、③本件ターミナル駅新設工事を安全かつ確実に施工するための技術的検討には数年単位での検討を要すること、④JR東海が設定した条件及び提供した情報が不十分であること、⑤事前の技術的検討を行った建設会社のみに蓄積した技術的情報が多数存在すること、⑥事前の技術的検討を行っていない建設会社の施工計画が実際の施工を前提としたものとは評価できないこと等の間接事実を総合考慮すれば、事前の技術的検討を行っていない建設会社には、工期内に安全かつ確実に最低限の水準を満たす施工を行う現実的・実質的な可能性が認められず、また、3か月以内に、最低限の水準を満たす役務供給を前提とした見積り、施工計画、技術提案等を作成する現実的・実質的な可能性も認められない。
原判決が、4社の供給可能性を基礎付ける事実として認定している事実 は、いずれも上記のような供給可能性を推認させるものではない。
イ 控訴人鹿島建設
独禁法2条6項の「競争を実質的に制限」が前提とする「競争」は、独禁法2条4項に規定する「競争」であって、それがあると認められるためには、少なくとも2以上の事業者に実質的な供給可能性があると認められることが必要であるところ、仮に4社のうち、2以上の事業者に実質的な供給可能性があると認められたとしても、控訴人鹿島建設自身に、実質的な供給可能性があったことが認定されなければ、控訴人鹿島建設は「競争」に参加していないことになり、仮に、意思の連絡があったとしても、それにより「競争を実質的に制限する」(独禁法2条6項)の要件を満たすことはないため、控訴人鹿島建設に不当な敢引制限が成立することはない。
そして、控訴人鹿島建設に、本件各工事の実質的な供給可能性があったといえるためには、事業規模や施工実績などの一般的な能力的な条件(いわば必要条件)の存在だけでなく、出件の段階で存在しなければ現実に施工を行うことができないという条件(いわば十分条件)の双方が存在したといえなくてはならないが、本件各工事はいずれも非常に大規模で過去に例のない難工事であり、事前に何らの情報も準備の機会も与えられない状況において、突然指名を受け、3か月で現実に施工が可能な技術を開発し、施工計画を立て、見積りを行うことは、たとえスーバーゼネコンであっても不可能であった。本件では、4社のうち、大林組は、品川駅工事の出件の5年以上前から、9億円以上の費用をかけて、品川駅工事について検討を重ね、出件直前までJR東海からの技術的な相談に応じ続け、出件前の段階で既に詳細な施工計画を策定できるまでになっており、清水建設は、遅くとも品川駅工事の出件の約1年前の平成25年12月頃までに、JR東海から図面を入手するなどした上で、施工手順に関する資料を作成し、社内で共有するなどしていたほか、遅くとも同年5月頃から、品川駅工事に関する技術的検討も行っていた。また、控訴人大成建設は、名古屋駅中央工区工事の出件の約7年前から、6億円以上の費用をかけて検討を重ね、出件直前までJR東海からの技術的な相談に応じ続けていたものであるところ、控訴人鹿島建設は、本件各工事のいずれについても、事前に情報を得る機会を与えられずに、いきなり指名を受けたものであるから、十分条件に欠け、実質的な供給可能性はなかった。
ウ 被控訴人
独禁法1条の目的及び不当な取引制限の規制の趣旨に照らすと、独禁法2条6項にいう「不当な取引制限」の「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」とは、ある商品・役務に係る一定の取引分野、すなわち、当該商品・役務の取引に係る市場が有する競争機能を損なうことを指し、本件における被控訴人の立証の対象は、本件違反行為によって、本件ターミナル駅新設工事の取引に係る市場が有する競争機能が損なわれているか否かという点にあり、本件ターミナル駅新設工事を構成する個別の工事ごとに独禁法2条4項にいう「競争」が「実質的に制限」されているか否かではない。本件において、4社の間で、受注予定者を決定し、受注予定者以外の者がこれに協力する旨の合意(本件合意)をした場合には、その時点で、本件ターミナル駅新設工事の取引に係る市場が有する競争機能が損なわれたことが明らかである。
そして、ある役務を供給する複数の供給者に関して、独禁法2条4項の「競争」関係があるというためには、同項が規定するとおり、複数の事業者が、同種又は類似の役務について、同一の需要者に供給することができる状態にあること(供給可能性)がいえれば十分であり、その判断の前提として、土木工事に関する専門的知見やそれに基づく評価が必要となるものではないから、細かな技術論に立ち入る必要はない。
仮に、控訴人らが主張するとおり、ある工事の指名競争見積手続において、複数の事業者が競争参加者として発往者から指名を受けているにもかかわらず、事前の検討や発注者からの情報提供によって、当該工事を現実に施工できる事業者が事実上特定の事業者に限定されていたとしても、市場の競争機能は有効に機能する。すなわち、当該特定の事業者は、見積価格等を検討した上で手続に参加する必要があるところ、他の事業者との間で何らの取り決めもなければ他の事業者が入札するであろうと予測する価格より低い見積価格、より精度の高い施工計画書(技術評価書)を提示することに努めるはずであるからである。
また、控訴人らは、工事が出件される前から、各社間で各社の受注意欲等の情報交換を重ねていたのであるから、そのような情報交換をしていなかった場合と比較して、自社が受注を希望しない工事について、事前にJR東海に対して積極的に営業活動をして情報を取得したり、競争上の優位性を確保するために人的物的資源を投入して検討を進めたり、工事の出件後には見積書や技術提案書の作成に相応の労力を割くといったインセンティブが生じないことは容易に推察されるから、受注予定者ではない事業者が提出した技術提案書の内容について、控訴人らから見て不十分、不合理な内容が含まれているとしても、そのような事情のみをもって、事前の技術的検討を進めていない事業者の供給可能性が否定されることにはならない。
⑶ 「相互にその事業活動を拘束」(独禁法2条6項)といえるが(争点4)
ア 控訴人鹿島建設
「相互に」の要件は、一方的な認識・認容とは区別されるものであり、共通の認識に従う他の当事者の行動が伴わなくとも、自らはそれに従って行動したであろうと説明できる場合には、「相互に」の要件を満たさない。
品川駅工事と名古屋駅中央工区工事については、JR東海がこれを控訴人鹿島建設に受注させる意思を有していないことが自明だったため、控訴人鹿島建設は、かねてより、これらの工事を目標工事候補として取り上げる方針はなく、その方針は一貫して維持されていた。
そのため、仮に本件合意が認められたとしても、本件合意により控訴人鹿島建設の事業活動が影響を受けたことはないから、「相互に」の要件を満たさない。
イ 被控訴人
「相互にその事業活動を拘束」とは、本来自由であるべき各事業者の事業活動を相互に制約することを指し、事業活動が事実上相互に制約されていることで足り、予め事業者内部において受注しないことを決めていたとしても、「相互にその事業活動を拘束」の要件が否定されることにはならない。また、事業活動が事実上相互に制約されることで足りる以上、本件合意によって、事業者の方針が変更されることやその合意に基づいて実際に何らかの意思決定をすることが要件になるわけではない。
控訴人鹿島建設は、名古屋駅新設工事のうち東側工区の受注を希望していたもので、控訴人鹿島建設は本件合意に関して十分な動機を有しており、本件合意の結果、受注予定者が受注できるように協力するという拘束を受けることになり、各社の事業活動が事実上拘束されていることは明らかであるから、「相互にその事業活動を拘束」との要件を充足することは明らかである。
⑷ 本件排除措置命令が独禁法7条2項の「特に必要があると認めるとき」の要件を充足するか否か(争点6)
ア 控訴人鹿島建設
「特に必要があると認めるとき」とは、独禁法3条に違反する行為が繰り返されるおそれがある場合や、同違反行為の結果が残存しており競争秩序の回復が不十分である場合などをいうとされている。
本件各工事は、1回限りの工事であり、既に請負契約が締結済みとなっていることから、違反行為の結果が残存しているということはなく、違反、行為が繰り返されるおそれもない。
それにもかかわらず、本件排除措置命令では「特に必要があると認めるとき」の要件の充足の有無を検討するに際して、上記の点が全く考慮されていないから、考慮逸脱の瑕疵があり、漫然と「特に必要があると認めるとき」の要件を充足するとの判断を示した原判決には誤りがある。
イ 被控訴人
本件ターミナル駅新設工事全体につき、今後、JR東海が競争的な手続により工事を発往する可能性がないことを認めるに足りる証拠がないこと、違反行為が2年以上にわたること、違反行為の取りやめは自発的なものでないこと等の諸事情を総合的に勘案すれば、被控訴人が、本件排除措置命令をすることにつき「特に必要がある」と認めたことについて合理的理由を欠くとはいえず、被控訴人の裁量権の逸脱・濫用があったとはいえないとの原判決の判示は正当である。
そのほか、本件が受注調整事件であること、4社には強固な協調関係が認められること、控訴人鹿島建設は過去に独禁法違反行為を幾度も繰り返していることからすれば、「特に必要があると認めるとき」に該当することは明らかである。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も、本件排除措置命令は適法であり、控訴人らの請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は、以下のとおり原判決を補正し、後記2のとおり、当審における当事者の補充的主張に対する判断を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。なお、引用に係る補正後の認定事実を「補正後認定事実」といい、引用に係る補正後の説示を「補正後原判決説示」という。
⑴ 原判決29頁11行目の「自動で」から同12行目の「システム」までを「多数のジャッキを統合管理して高精度な変位制御をする仕組み」に改める。
⑵ 原判決35頁24行目冒頭から同36頁4行目末尾までを次のとおり改める。
「 JR東海が、本件ターミナル駅新設工事の各出件時に応社各社に提供した発注図書(設計図、標準図、参考図等が含まれる。)には、前記(イ)の概略設計の成果物が反映されたほか、事前検討におけるやり取りで控訴人大成建設及び大林組が提供した図面等の相当部分も反映された。(甲A3〔83、84頁〕、甲A18〔1頁、5~8頁、23頁〕、甲A25〔45~47頁、54頁、183頁、185頁、271頁〕、甲A29〔2頁〕、甲A117、弁論の全趣旨)」
⑶ 原判決39頁2行目の「検討された。」の次に「なお、これに先立ち、遅くとも平成26年春頃までには、清水建設から、2工区に分けて出件するよう営業があり、大林組からは、1工区で出件するべきであるとの営業があった。」を、同9行目から同10行目にかけての「分ける案」の次に「(具体的には、建物として独立している「プレミール棟」と「A棟」の間を工区の境界とし、南工区を担当する事業者に全体の工事桁を担当させる第4案。乙7〔資料①〕)」を、同22行目の「以上につき、」の次に「甲A26〔26、27頁〕、甲A27〔6~9頁〕、」を、同23行目の「13頁」の次に「、資料①」をそれぞれ加える。
⑷ 原判決40頁3行目の「国道交通大臣」を「国土交通大臣」に改める。
⑸ 原判決46頁22行目冒頭から同23行目の「迷惑がかかる」までを「「清水建設はいろんな工区において単独で営業をしている」「迷惑だ」」に改める。
⑹ 原判決48頁13行目の「清水建設、」から同16行目末尾までを「清水建設が受注できるよう協力する代わりに、清水建設も他の3社の受注に協力することを合意したことなどを伝えた。(甲A21〔82頁〕、甲A26〔38頁〕、乙24、乙29〔13~14頁〕、乙31[19~20頁〕)」に改める。
⑺ 原判決49頁8行目の「引継書面」の次に「(以下「引継用メモ」という。)」を加える。
⑻ 原判決51頁20行目の「説明した。」の次に「≪A3≫が、≪A1≫に対し、「さすがにまずいんじゃないですか。」と言ったところ、≪A1≫は、「決まっているから、やってくれ」と答えた。」を加え、同21行目の「5~11頁」を「5~12頁」に改める。
⑼ 原判決53頁20行目、同68頁4行目、同74頁12行目の各「≪M≫」をいずれも「≪M≫」に改める。
⑽ 原判決54頁24行目の「その内容は」から同25行目末尾までを「いずれもその内容につき、後記技術評価委員会において、品質、安全性が確保できない等の問題点を指摘されたものはなかった。」に改める。
⑾ 原判決56頁15行目の「開催」の次に「し、4社が提出した各技術提案書の審査を」を加える。
⑿ 原判決60頁26行目の「≪F3≫」を「≪F3≫」に改める。
⒀ 原判決82頁1行目末尾に改行の上、次のとおり加える。
「サ JR東海は、平成30年12月、大成建設、≪R≫及び≪S≫からなるJVと、名古屋駅、中央東工区の第2期工事について、特命随意契約を締結した。」(甲A3〔120、121頁〕、甲A70〔14頁〕)
⒁ 原判決83頁15行目の「大林組」から同17行目の「考え難い。」までを「大林組及び清水建設の関係者の供述は、自らが独禁法に違反する合意や価格連絡をし、違法行為に積極的に関与したことを認めるものであって、同人らが課徴金減免申請を行って独禁法違反を認めた会社の方針に従って行動すると一般的に考えられるとしても、ありもしない違法行為を供述するとは考え難い。」に改め、同20行目の「状況において」の次に「(例えば、大林組の≪C1≫は、代表取締役副社長を辞任している。甲A26〔3頁〕)」を加え、同25行目の「引継書面」を「引継用メモ」に改める。
⒂ 原判決84頁26行目冒頭から同85頁20行目末尾までを次のとおり改める。
「3 独禁法2条6項における「競争を実質的に制限」が前提とする「競争」の意義及び本件における存否(争点2)
⑴ 控訴人らは、独禁法2条6項における「競争を実質的に制限」に該当するためには、前提として独禁法2条4項にいう「競争」の存在が必要であって、「競争」の存在があると認められるためには、少なくとも2以上の事業者に実質的・現実的な供給可能性が認められることが必要であるとした上で、控訴人大成建設においては、発注者が定めた提出期限内に、最低限の水準を満たす役務供給を前提とした見積り及び施工計画・技術提案等を作成する現実的・実質的な可能性が認められ、工期内に安全かつ確実に最低限の水準を満たす施工を行う現実的・実質的可能性が必要であると主張し、控訴人鹿島建設においては、本件ターミナル駅新設工事は、事前準備をしていないゼネコンがこれを施工することは現実的に不可能であるから、競争がない旨主張する。
ここで、確かに、独禁法2条4項は「競争」の定義規定であって、独禁法2条6項における「競争を実質的に制限」するか否かを判断するためには、独禁法2条4項の競争の定義を踏まえて判断すべきであるから、少なくとも2以上の事業者に実質的な供給可能性が認められることが必要であると解される。もっとも、「独禁法は、公正かつ自由な競争を促進し、事業者の創意を発揮させて事業活動を盛んにすることなどによって、一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的(1条)とし、事業者の競争的行動を制限する人為的制約の除去と事業者の自由な活動の保障を旨とするもの」(最高裁判所平成21年(行ヒ)第348号同22年12月17日第二小法廷判決・民集64巻8号2067頁)であるから、「「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」とは、当該取引に係る市場が有する競争機能を損なうことをい」(最高裁判所平成22年(行ヒ)第278号同24年2月20日第一小法廷判決・民集66巻2号796頁)うものであって、独禁法2条6項の保護の対象は、一定の取引分野における、市場が有する競争機能である。そうすると、ここで、実質的な供給可能性が認められるためには、本件で問題となる一定の取引分野のうち、個別の工事について事業者が具体的・現実的に供給可能である必要はなく、そのうち、一部であってもその供給がされないことで一定の取引分野全体の競争機能を害し得る程度に実質的な供給可能性が認められれば足りるというべきである。また、ここでいう実質的な供給可能性の有無についての判断は、本件合意が競争を実質的に制限するか否かを判断するためのものであるから、実質的な供給可能性の有無の判断にあたって、受注調整、すなわち本件合意ないしそれに先立つ3社会合の結果として生じた状況をそのまま前提とするのではなく、これらがなかった場合に一定の取引分野において競争があったか否かという観点からの判断が必要であるというべきであって、当該判断は、必然的に仮定の上での議論とならざるを得ず、そういった意味である程度抽象的にならざるを得ない。そのように解したとき、そもそも、控訴人らの主張する点は、①本件で問題となる一定の取引分野のうち、相当程度重要な部分ではあるものの、一部の工事の現実的な供給を問題とするものにすぎないから、その部分の工事についての現実的な供給が危ぶまれたとき、本件で問題となる一定の取引分野の競争機能が否定されるものとは解し難く、②供給可能性を否定する根拠の内容も、事業者が提供する商品の質の問題であって、市場原理において淘汰され得るものとも解され、③本件合意やそれに先立つ3社会合がなされていなかったことを前提としたときにまで、実質的な供給可能性が否定されるものとは解し難く、上記の意味での競争機能の存在を否定するものとなり得ないと解される(すなわち、例えば、本件合意や3社会合がなければ、1回目にJR東海が提示した条件を前提とすれば、他に指名競争見積りに対応することができる事業者がおらず、指名競争見積りに参加したのが1事業者だけであったとしても、JR東海としては、その際その1事業者から提示された見積額も踏まえ、自由競争の観点から、その1事業者と価格交渉をするなどして契約条件を交渉することも、それを不調として、工区や工期などの契約条件を変えたり、契約の方法を特命随意契約としたりして、その相手方を他の事業者とするかも含め、新たな契約を目指すかを検討し、選択することができ(現に、本件合意や3社会合があった本件においてでさえ参加事業者全員の見積額が高額であるときは、そのような経過を辿っている。補正後認定事実⑷、⑸)、他方、参加した1事業者も、JR東海において上記の選択の余地もあることを想定していれば、見積段階で、条件次第で将来的に他の事業者との競争となる可能性も考慮して、見積りを提示することとなる。そうすると、その意味で市場に競争機能はある。)。
なお、独禁法2条6項でいうところの「競争」の意義について控訴人らが主張する見解を踏まえ、個別の工事についてある程度現実的な供給可能性が必要であるとの見解を採ったとしても、以下のとおり、本件においては、その意味での「競争」も認められる。
⑵ 前提事実及び認定事実等によれば、本件における工事の供給可能性に関し、次の諸点を指摘することができる。」
⒃ 原判決87頁13行目の「その内容は」から同14行目の「達するものであり、」までを削り、同15行目の「問題があったものとはされずに」を「その内容に品質・安全性の問題がある等の指摘はされずに」に改める。
⒄ 原判決88頁22行目の「本件の証拠(」の次に「甲A5〔139頁〕、」を加える。
⒅ 原判決89頁18行目の「大成建設」の次に「及び大林組」を加え、同19行目の「約63%」を「相当部分」に改める。
⒆ 原判決94頁16行目の「「そろそろ」から同17行目の「迷惑がかかる」」までを「「清水建設はいろんな工区において単独で営業をしている」「迷惑だ」」に改める。
⒇ 原判決96頁4行目から同5行目にかけての「≪A3≫も、」の次に「見積金額の連絡をすることは、さすがにまずいのではないかとの疑問を≪A1≫に伝えているほか(補正後認定事実⑷イ(ア))、」を加える。
(21) 原判決96頁24行目の「4社の評価点」の次に「(ただし、名古屋駅新設工事については2社の評価点)」を加える。
(22) 原判決98頁22行目、同25行目の各「現実的・実質的な可能性」をいずれも「実質的な可能性」に改める。
(23) 原判決109頁26行目の「4社には」の次に「、本件ターミナル駅新設工事という一定の取引分野についての」を加える。
(24) 原判決110頁11行目末尾に改行の上、次のとおり加える。
「⑵ これに対し、控訴人鹿島建設は、品川駅新設工事と名古屋駅新設工事は、いずれもJR東海を取引先とする1回限りの工事で、地域的な広がりや時間的な継続性のない取引であり、駅工事であること以外に質的な共通点は全く存在せず、これらについて「一定の取引分野」が成立すると解することはできないと主張する。
しかし、品川駅新設工事と名古屋駅新設工事は、いずれもJR東海が発注するリニア中央新幹線の駅新設工事という点が共通しているのみならず、出件時期も近く(平成26年12月25日と平成27年4月24日)、その工事内容も、アンダーピニング、地中連続壁等の複数の極めて高難度の工事が必要とされている点で共通しているものであり、その規模の大きさ(工区が分けられるなどして複数の工事が見込まれている。)に照らしても「一定の取引分野」が成立していると認められるから、控訴人鹿島建設の主張は採用できない。」
(25) 原判決110頁12行目の「⑵」を「⑶」に改める。
2 当審における当事者の補充的主張に対する判断
⑴ 4社における本件合意の成否(争点1)について
ア 控訴人大成建設は、本件ターミナル駅新設工事については、事前の技術的検討を行っていない建設会社が、実際の施工を見据えた見積り等を作成することは現実的に可能ではなく、JR東海が意中の建設会社との価格交渉材料とすべく、意中ではない建設会社の見積りを当て馬として用いることが懸念されていたという特殊な事情があったとし、そのような状況下で、意中の建設会社の担当者は、JR東海から不合理に見積価格の引下げを要求されることを回避したいと考え、意中ではない建設会社の担当者は、JR東海との関係性から指名競争見積手続には参加せざるを得ないが、第一順位の価格協議先に選定される可能性を回避したいと考え、それぞれ見積価格の情報交換を行っていたものであるから、見積価格の情報交換が行われていた事実は、本件合意を推認させるものではないと主張し、控訴人鹿島建設も、担当者は、積算担当者の苦境を救うとともに、控訴人鹿島建設が交渉権者に選定されるという状況を回避したいという動機から、他社から見積りを受領していたにすぎず、受注調整は存在しないと主張する。
しかし、事前の技術的検討を行っていなかった建設会社が、実際の施工を見据えた見積り等を作成することができなかったといえないことは、原判決説示3⑵エ、後記⑵のとおりである。また、事前の技術的検討を行っていない建設会社において、仮に自社が第一順位の価格協議先に選定されるのを避けようと考えるのであれば、できるだけ高い見積価格を提出すれば足りるのであるから、見積価格そのものに関する情報を他社との間でやり取りする合理的な理由にはならない(なお、見積価格そのものに関する情報を他社との間でやり取りすることは、少なくともコンプライアンスに違反する行為であると考えちれる。補正後認定事実⑷イ(ア)参照)。そして、品川駅北工区工事(条件変更の前後を問わない。以下同じ)については清水建設の≪D2≫が、品川駅南工区工事については大林組の≪C2≫が、名古屋駅中央工区工事(工事分割後のものも含む。)については控訴人大成建設の≪A1≫ないし≪A3≫が、それぞれ他社に対し、自社の見積予定額を伝えた上で、これを上回る価格の見積書を提出するよう依頼し、依頼された他社の担当者がこれを了承し、実際にそのような見積書等を提出するなどしていること(補正後認定事実⑷イ(ウ)(エ)、ク、ケ、シ、ス、⑸エないしカ、ス、ソ)は、見積価格の連絡が、単なる情報交換(なお、見積価格の情報交換自体も問題であることは上記のとおり。)ではなく、受注予定者が確実に受注できるようにするためのやり取りであったことを示すものであること、鹿島建設の≪B1≫は、名古屋駅中央西工区工事につき大林組と大成建設が指名競争見積手続に参加することになった際の3社会合において、大林組の≪C2≫に対し、「そういえば、大林さんは辞退しないんですか。」「まあ、ちゃんとお願いしますよ。」と述べたり(補正後認定事実⑸シ)、同工事を大林組が請け負うことが決まった後の3社会合において、≪C2≫に対し、「うちのときは頼みますよ。」と述べたりして(補正後認定事実⑸ト)、受注予定者が受注できるよう協力するよう念押ししていること等の事実を考慮すると、受注調整は存在しない旨の控訴人らの主張は採用できない。
イ 控訴人鹿島建設は、大林組の≪C1≫、≪C2≫、清水建設の≪D1≫の各供述は、東京地検特捜部による搜査の際、身柄拘束を回避するために、検察官の想定するストーリーに迎合した可能性があり、その信用性は慎重に判断する必要があるところ、≪C1≫及び≪C2≫の供述は希望工区一覧表、≪D1≫の供述は、同人作成の引継用メモという客観的証拠に整合しないから、信用性は否定されるべきであると主張する。
この点につき、品川駅新設工事が2工区に分かれて記載されているなどのことから、希望工区一覧表①の作成に当たってJR東海の元従業員であった≪F5≫が関与していたと認められるとしても、3社会合の際に≪A1≫がこれを配布し、後日、大林組の受注希望工区が記載された希望工区一覧表②が作成されて≪A1≫及び≪B1≫に配布され、その後、これを反映させた希望工区一覧表③が作成、配布されたことは補正後認定事実⑶イ(ア)ないし(ウ)のとおりであり、各希望工区一覧表は、控訴人大成建設、控訴人鹿島建設及び大林組の受注希望の整理に相応の効果を有していたと認められるから、≪C1≫及び≪C2≫の供述が、各希望工区一覧表という客観的証拠に整合しないということはできない。
また、≪D1≫作成の引継用メモにおいて、控訴人大成建設の≪A1≫と大林組の≪C1≫に関しては、「約束」と記載されているのに、控訴人鹿島建設に関しては、3社会合に出席していた≪B1≫の名前が記載されずに、「≪D4≫専務談」と記載されていることについては、≪D1≫が、≪A1≫及び≪C1≫とはそれぞれ直接面談して、相互の希望工区に関する具体的な受注調整の約束をしていた(補正後認定事実⑶ウ(ア)(イ)(エ))一方、控訴人鹿島建設との関係では、別の要件で≪D4≫専務と会った際に、控訴人鹿島建設の受注希望工区の話を聞いたのみで、具体的な受注調整の話まではしておらず、≪B1≫とは会ったことがなかった(甲A27〔53~55頁〕、乙35〔6~13頁〕)ことによる記載の違いであると認められ、≪D1≫の供述は引継用メモの記載とむしろよく整合しているものであって、客観的証拠と整合していないとは評価されないところである。
よって、≪C1≫、≪C2≫及び≪D1≫の各供述が客観的証拠と整合せずに信用できない旨の控訴人鹿島建設の主張は採用できない。
⑵ 独禁法2条6項における「競争を実質的に制限」が前提とする「競争」の意義及び本件における存否(争点2)について
ア 独禁法2条6項で前提とされている競争の意義は、補正後原判決説示3⑴記載のとおりであり、本件において競争が存在したと認められることは補正後原判決説示3⑵ないし⑷記載のとおりである。
控訴人らの当審での主張を踏まえて、この点をさらに付言するに、独禁法が、私的独占、不自な取引制限及び不公正な取引方法を禁止して公正かつ自由な競争を促進することを目的としており、かつ、実質的な供給可能性の有無の判断は、事業者の行為が競争を実質的に制限しているか否かを判断するためのものであるから、実質的な供給可能性の有無を判断するにあたっては、受注調整、すなわち本件合意ないしそれに先立つ3社会合の結果として生じた状況をそのまま前提とするのではなく、これらがなかった場合に一定の取引分野において競争があったかという観点からの判断が必要であるというべきである。そうすると、判断の対象は一定の取引分野の個別の工事一つ一つの供給可能性ではなく、その取引分野全体に対するものであり、かつ、当該判断は、必然的に受注調整がない場合の仮定の上での議論とならざるを得ないことから、実質的な供給可能性の立証も、ある程度は抽象的なものとならざるを得ない。
これを前提に、以下、検討する。
イ 控訴人大成建設の主張について
(ア) 控訴人大成建設は、実質的な供給可能性があるといえるためには、具体的な工事を前提として、実際に工期内に安全かつ確実な施工を行うことが現実的に可能であったかどうかを検討する必要があるところ、①本件ターミナル駅新設工事が前代未聞の難工事である上、極めて高度の安全性・確実性が求められたこと、②JR東海が特定の建設会社に対して技術的検討を行わせ、検討依頼禁止通知の発出後も出件直前まで継続していたこと、③技術的検討には数年単位での検討を要すること、④JR東海が設定した条件及び提供した情報が不十分であること、⑤事前の技術的検討を行った建設会社のみに蓄積した技術的情報が多数存在すること、⑥事前の技術的検討を行っていない建設会社の施工計画が実際の施工を前提としたものとは評価できないこと等の間接事実を総合考慮すれば、事前の技術的検討を行っていない建設会社には、工期内に安全かつ確実に最低限の水準を満たす施工を行う現実的・実質的な可能性も、出件の際に定められた3か月以内に、最低限の水準を満たす役務提供を前提とした見積り、施工計画、技術提案等を作成する現実的・実質的な可能性も認められないとし、原判決が、これらを考慮せず、各社の基本的な施工実績や各社が提出期限内に技術提案等を提出しているといった形式的・外形的事実のみから、本件ターミナル駅新設工事の供給可能性が認められると判断したのは不当であると主張する。
しかしながら、原判決が、各社の基本的な施工実績や各社が提出期限内に技術提案等を提出していることのみを理由に、本件ターミナル駅新設工事の実質的な供給可能性を認めたものではないことは、補正後原判決説示3⑵ないし⑷のとおりである。
また、JR東海がリニア新幹線事業の建設主体及び営業主体に指定されたのは平成23年であり(前提事実⑴ウ)、4社はいずれも豊富な施工実績、高い技術力、充実した組織力及び十分な資金力を有するスーパーゼネコンと呼ばれる大手総合建設業者として(前提事実⑴エ)、遅くともこの頃には、リニア新幹線事業に係る工事を受注するために、それぞれの立場で予め検討を始めていたと認められるのであって(なお、控訴人鹿島建設が、控訴人大成建設とともに、JR東海から、遅くとも平成20年頃までの間に、リニア新幹線のルートの一部を開示されていたことは補正後認定事実⑴ウ⑺のとおりである。)このことは、品川駅新設工事につき、事前の技術的検討(ここにいう事前の技術的検討とは、≪E≫ないしJR東海からの資料提供等を受けながらの技術的検討のことである。以下同じ。)を行っていない清水建設が、平成25年以前から、品川駅新設工事に関する技術的検討を始め、同年11月には、JR東海に対し、自社の技術を説明するプレゼンテーションを行ったり、品川駅新設工事の施工技術について検討可能である旨を申し入れたりするなどの営業活動を実施していること(補正後認定事実⑴エ)や、名古屋駅新設工事につき、事前の技術的検討を行っていない控訴人鹿島建設の≪B1≫が、平成25年6月14日、同社の≪B2≫に対し、控訴人鹿島建設は名古屋駅東部分の受注を希望している、名古屋駅全体を控訴人大成建設が検討しているが何とか(自社も)技術検討したい、要素技術のPRは(JR東海に)既に実施しているといった内容のメールを送信し(補正後認定事実⑶ア(イ))、控訴人鹿島建設内で平成26年3月に実施された中央新幹線第4回連絡会議において、名古屋駅東工区工事を目標工事に挙げていること(甲A19〔19、26~28頁〕)からも裏付けられる。さらに、品川駅新設工事について事前の技術的検討を行っていない控訴人大成建設の東京支店は、平成26年7月頃、品川駅新設工事等の受注を目指すためのリニアプロジェクトと呼ばれるプロジェクトチームを立ち上げ、出件前から、品川駅南工区工事及び北工区工事の大まかな工程や特に困難が予想される工事の工法の検討を始め、頭上に新幹線の品川駅や駅ビルといった構造物があるという条件下で使用することができる特殊な掘削機械の開発や施工方法の検討を行い(乙43〔1~6頁〕)、品川駅新設工事のうち、特に北工区を「傾注案件」として、真剣に受注に向けた取り組みをしていたこと(乙42〔5、6頁〕、乙45〔5頁〕、乙63〔5頁〕)も認められる。
そうすると、本件ターミナル駅新設工事が前代未聞の難工事であり(①)、JR東海が特定の建設会社に対して技術的検討を行わせていて(②)、当該特定の建設会社に蓄積した技術的情報が多数存在する(③)としても、当該特定の建設会社ではない建設会社が、事前の技術的検討をしていない以上本件ターミナル駅新設工事の施工は不可能であるとして、同工事の受注を諦めるという状況ではなかったことは明らかであり、各社は、それぞれ、工事の出件前から、人的物的資源を投入して、情報を集め、工事の工程や工法等の検討をしながら、工事の出件に備えてできる限りの準備をしていたものであり、仮に本件合意ないしそれに先立つ3社会合がなければ、その準備ないし検討を継続し、出件後も、提供された資料を検討し、仮に情報に不足があると考えるのであれば、適宜確認して情報を取得し(実際、品川駅新設工事については700件、名古屋駅中央工区工事については600件を超える質問等がされたことは補正後認定事実⑷ウ及び⑸ア(イ)のとおりである。)、見積書や技術提案書の作成に相応の労力を割いて、受注に向けた作業を行っていたはずであるといえる。実際に、本件では、事前の技術的検討を行っていない建設会社も含めた4社が、それぞれ技術提案晝を独力で作成し、JR東海の定めた期限内に見積書・技術提案書を提出した(補正後原判決説示3⑵ウ)ほか、現に、条件変更後の品川駅北工区工事については清水建設、名古屋駅中央西工区工事については大林組という、いずれも事前の技術的検討を行っていなかった会社が受注し、問題なく施工している(補正後原判決説示3⑵エ)のであるから、これらのことを考慮すれば、本件において、事前の技術的検討を行っていない建設会社であっても、本件ターミナル駅新設工事につき、工期内に安全かつ確実に最低限の水準を満たす施工を行う実質的な可能性があったものと認めるのが相当である。
(イ) これに対し、控訴人大成建設は、品川駅北工区工事と南工区工事では、北工区工事の方が規模、難易度ともに劣っており、しかも、条件変更後の品川駅北工区工事は、条件変更前の同工事に含まれていた各工事のうち地中連結壁工事のみを対象とするものであったから、清水建設が条件変更後の品川駅北工区工事を受注・施工していることは、品川駅新設工事について、事前の技術的検討を行っていない建設会社に実質的な供給可能性があることを推認させるものではないし、名古屋駅中央西工区工事は、JR東海が、大林組に受注・施工させるために、工期を8か月後ろ倒しとし、大林組が施工困難であると説明した工事を除外して出件したものであるから、大林組が名古屋駅中央西工区工事を受注・施工していることは、名古屋駅中央工区工事について、事前の技術的検討を行っていない建設会社に実質的な供給可能性があることを推認させるものではないと主張する。
しかしながら、品川駅新設工事についていえば、4社はいずれも、条件変更前の品川駅北工区工事及び南工区工事につき、それぞれ技術提案書、見積書を作成しているのであって、その後、各工区につき、さらに工程が分けられたのは、各社の提出した見積価格がJR東海の設定していた予算額を大幅に上回ったことを受けてのJR東海の判断にすぎないから、清水建設が条件変更後の品川駅北工区工事を問題なく施工している事実は、条件変更前の品川駅北工区工事を施工できたであろうことを推認させる間接事実であるということができる。また、控訴人大成建設は、品川駅新設工事においては、例えば自動でジャッキ調整を行う変位システム等の技術開発や専用の機械が必要であるが、控訴人大成建設らはこのような技術開発や専用の機械の開発等をしていなかったから、品川駅新設工事は、事前の技術的検討をする中でこれらの開発をしていた大林組にしか施工ができなかったとも主張するところ、確かに品川駅新設工事において、アンダーピニングにあたり、多数のジャッキを統合管理して高精度な変位制御をする仕組みが必要であったことは補正後認定事実⑴ア認定のとおりであるものの、その仕組みは必ずしも大林組が開発していた自動でジャッキ調整を行う変位システムでなければならないものではなく、大林組の≪C1≫は、刑事裁判において、大林組が開発した技術や機械がないと品川駅南工区工事が絶対に施工できないというわけではないと証言し(甲A21〔125頁〕)、同≪C2≫も、刑事裁判において、(事前に技術的な検討を行っていない他社が3か月間で技術提案を行うのは)たやすいことではないかもしれないが、スーパーゼネコンと呼ばれる建設会社は、技術力を評価してもらう部分については死に物狂いで作ってくると思っているし、鹿島建設の≪B1≫からは、技術提案は頑張る、技術力は評価してもらうという話を聞いた旨証言している(甲A12〔125、126頁〕)ところである。そして、本件ターミナル駅新設工事に関し、4社がそれぞれ、人的物的資源を投入して、情報を集め、工事の工程や工法等の検討をしながら、工事の出件に備えてできる限りの準備をしていたものであること、本件合意ないしそれに先立つ3社会合がなければ、その準備ないし検討を継続していたと思われること(上記(ア))、工事のための機械等は、技術提案時までに完成していなければいけないものではなく、施工上必要となる時期までに準備できればいいものであるところ、工事はまず準備工事から始まり、施工上必要となる時期までには年単位での時間的余裕があったと考えられること(甲A21〔130頁〕)等を考慮すれば、事前の技術的検討を行っていなかった建設会社においても、品川駅新設工事の施工ができた実質的な可能性は認められるというべきである。
同様のことは、名古屋駅新設工事についてもいえるところ、刑事裁判において、大林組の≪C1≫は、名古屋駅新設工事につき、事前の技術的検討を行っていなかったからといって、これを大林組が受注することは困難であるとは考えていなかった旨(甲A21〔55頁〕)、≪C2≫は、3か月間で技術提案を仕上げることは、たやすいことではないと思うが、技術力を認めてもらうところに関しては、プライドもあるので、死に物狂いでやったと思う旨(甲A12〔126頁〕)をそれぞれ証言し、控訴人大成建設の≪A5≫は、名古屋駅中央工区工事で予定されている様々な工事について、他の建設会社が施工できないような種類の工事はない旨を証言していること(甲A51〔40、41頁〕)が認められる。そして、本件合意ないしそれに先立つ3社会合がなかった場合、各社はできる限りの準備や検討をしていたはずであることも考慮すれば、事前の技術的検討を行っていなかった建設会社においても、名古屋駅新設工事の施工ができた実質的な可能性は認められるというべきである。
(ウ) 控訴人大成建設は、事前の技術的検討をしていなかった建設会社は、出件の際に定められた3か月以内に、最低限の水準を満たす役務提供を前提とした見積り、施工計画、技術提案等を作成することができなかったと主張し、事前の技術的検討をしていない建設会社は、JR東海との関係悪化を避けるために手続に参加しただけであって、各社が正規の見積書、技術提案書等をJR東海に提出したという事実は、当該工事についてそれらの内容に沿った施工をすることができることを前提とする意思表示を正式に行ったことを意味するものではないと主張する。
しかしながら、4社はいずれもスーパーゼネコンと呼ばれる高い技術力、充実した組織力を有する建設会社であり、施工が不可能と認識しながら、施工計画や見積書等を提出するなどということは、たやすく認めることができない(大林組の≪C2≫が、3か月という期間で技術提案書や見積書を作成するのはたやすいことではないが、各社は、技術力を評価してもらうためにも死に物狂いで技術提案書や見積書を作成すると思うと証言していることは上記(イ)のとおりである。)。そして、事前の技術的検討をしていない建設会社においても、本件ターミナル駅新設工事の施工についての実質的な供給可能性が認められることは上記(ア)及び(イ)のとおりであり、そうである以上、その施工計画、技術提案、見積り等を定められた約3か月の期間内に作成する実質的な可能性も認められるというべきである。
これに対し、控訴人大成建設は、名古屋駅中央工区工事につき、清水建設がJVを組成せずに単独で手続に参加していることは、清水建設が、JR東海との付き合いのために手続に参加していたにすぎず、実際には同工事を施工する意思も能力もなかったことを示している、控訴人鹿島建設が提出した技術提案等は、実際の施工を前提とした提案とは評価できないものであるところ、控訴人鹿島建設は、名古屋駅東工区工事の受注を目指す関係上、名古屋駅中央工区工事についての技術提案書の作成に力を入れていたのに、上記のような技術提案・施工計画しか作成できなかったことは、事前の技術的検討を行っていなかった建設会社が同工事を施工することが不可能であったことを示しているなどとも主張する。確かに、名古屋駅中央工区工事という大規模な工事につき、清水建設がJVを組成しないで参加したという事実からすると、当時、清水建設が同工事の受注を本気で目指していなかったことがうかがわれるところであるが、本件合意があった以上、その理由は本件合意の存在にあったと考えるのが自然であって、清水建設に同工事の施工能力がなかったことや、見積書等を期間内に作成する能力がなかったことの裏付けになるわけではない。また、仮に、控訴人大成建設が主張するように、控訴入鹿島建設の提出した技術提案書等の内容に、実際の施工を前提とするには不十分と感じられる部分があったとしても、それは、本件合意ないしそれに先立つ3社会合によって、名古屋駅中央工区工事の受注予定者とはならなかった控訴人鹿島建設が、以後、これらの工事について、積極的に情報を取得し、準備や検討をすることをやめてしまったための準備不足が影響していることを否定できないところであり、このことは、控訴人鹿島建設が、名古屋駅中央工区工事の出件後に、技術提案等の作成に力を入れた事実があるとしても異なるものではない。
(エ) その他、控訴人大成建設が、実質的な供給可能性がないことについて当審において種々述べるところは、いずれも、本件合意ないしそれに先立つ3社会合がなかったと仮定した場合にどうであったかという観点からの視点を欠くものであるか、事前の技術的検討を行っていた建設会社の方がより安全かつ高品質の施工をすることができることを述べるものというべきであって、実質的な供給可能性があったとの判断を左右するものではない。
(オ) 以上のとおり、事前の技術的検討をしていない建設会社には、本件ターミナル駅新設工事の実質的な供給可能性がなかったから、本件において「競争」が存在しなかった旨の控訴人大成建設の主張は採用できない。
ウ 控訴人鹿島建設の主張について
(ア) 控訴人鹿島建設は、仮に4社のうち、2以上の事業者に実質的な供給可能性があると認められたとしても、控訴人鹿島達設に、本件各工事についての実質的な供給可能性があったと認定されなければ、控訴人鹿島建設は「競争」に参加していないことになるところ、本件のような非常に大規模で過去に例のない難工事において、事前に何らの情報も準備の機会も与えられずに突然指名を受けた場合に、3か月で現実に施工が可能な技術を開発し、施工計画を立て、見積りを行うことはたとえスーバーゼネコンでも不可能であるとした上で、控訴人鹿島建設は、本件各工事のいずれについても事前に情報を得る機会を与えられずにいきなり指名を受けたものであるから、実質的な供給可能性があったといえるための必要条件と十分条件のうち、十分条件に欠けていたと主張する。
しかしながら、控訴人鹿島建設を含む4社が、遅くともJR東海がリニア新幹線事業の建設主体及び営業主体に指定された平成23年頃には、リニア新幹線事業に係る工事を受注するための検討を始めていたこと、控訴人鹿島建設は、遅くとも平成20年頃までの間に、リニア新幹線のルートの一部をJR東海から開示されていたこと、控訴人鹿島建設は、本件ターミナル駅新設工事のうち名古屋駅東部分の受注を希望し、平成25年6月よりも前の時点で、JR東海に要素技術のPRをしたり、技術検討の方法を探ったりしていたほか、平成26年3月に行われた中央新幹線第4回連絡会議において名古屋駅東工区工事を目標工事に挙げていたことは前記イ(ア)で述べたとおりであって、控訴人鹿島建設が、事前に何らの情報も準備の機会も与えられずに、本件ターミナル駅新設工事について突然指名を受けたとは認められない(なお、名古屋駅新設工事の担当部長であったJR東海の≪F4≫の刑事裁判における証言によれば、JR東海は、名古屋駅中央工区工事の出件前に、事前の技術的検討を行っていない控訴人鹿島建設と清水建設に対し、名古屋駅中央工区の施工手順等を説明する機会を設けたことも認められる(甲A29〔8頁~10頁〕)から、控訴人鹿島建設の主張は前提を欠く。
(イ) また、控訴人鹿島建設は、同社が提出した施工計画は外見を整えただけのものであり、品川駅工事、名古屋駅工事のいずれの施工計画についても現実に施工可能なものではなかったと主張するが、多数の者が関与する社内手続を経て作成され、会社として正式に手続に参加して提出された技術提案書等が、実際の施工を前提としない形だけのものであったとの主張がたやすく認められないことは補正後原判決説示3⑷ウ(イ)のとおりである。なお、補正後認定事実⑶イ及びウのとおり、控訴人鹿島建設は、平成26年4月以降、控訴人大成建設、大林組と3社会合を継続し、品川駅新設工事については大林組あるいは大林組と清水建設が、名古屋駅新設工事については中央工区工事を控訴人大成建設が、東工区工事を控訴人鹿島建設が受注することを話し合い、遅くとも平成27年2月には4社の間で本件合意が成立したことが認められるところ、3社会合及び本件合意により、品川駅新設工事及び、名古屋駅中央工区工事を受注しないことになった控訴人鹿島建設が、これらの工事について積極的に情報収集や検討を行うことをやめた結果、各工事出件時点での準備が不足しており、出件から約3か月で技術提案書や見積書を作成することが困難となったという状況はあり得るところであるが、競争の前提となる実質的な施工可能性を判断するにあたっては、本件合意及びそれに先立つ3社会合があったために生じた上記のような状況を前提とするべきではなく、これらがなかった場合にどうであったかという観点からの検討が必要であることは前記アのとおりである。
(ウ) 上記に対し、控訴人鹿島建設は、JR東海は、当初から、本件ターミナル駅新設工事の情報を控訴人鹿島建設に提供する意思はなかったから、控訴人鹿島建設が出件前に事前検討をしようとしてもできなかったのであり、受注調整が存在したから情報が入手できなかったとすることは明らかに誤りであると主張する。しかしながら、JR東海が、4社のうち、控訴人鹿島建設に対してだけ、本件ターミナル駅新設工事の情報を一切開示しようとしなかったと認めるに足りる証拠はない。また、前記イ(ア)のとおり、控訴人大成建設の東京支店は、事前の技術的検討をしていない品川駅新設工事について、その受注等を目指すためのプロジュクトチームを立ち上げ、特に北工区を「傾注案件」として真剣に受注に向けた取り組みをしていたものであるところ、控訴人鹿島建設の主張によっても、控訴人大成建設が、清水建設のように高額の報酬を支払ってフィクサーのような人物を使った特殊なトップ営業を行って情報を取得したということはなく、むしろ、控訴人鹿島建設と同様、JR東海からは一切情報の提供を受けていなかったはずであるところ、控訴人大成建設が、真剣に受注に向けた取り組みができていることは、控訴人鹿島建設においてもそのような取り組みができたはずであることを裏付けているといえる。そして、このことは名古屋駅新設工事についても同様であるから、控訴人鹿島建設が、本件夕ーミナル駅新設工事に関し、出件までの間に、何らかの事前の検討をしようにも行うことができなかった旨をいう控訴人鹿島建設の主張は採用できない。
(エ) その他、控訴人鹿島建設が、実質的な供給可能性がないことについて当審において種々述べるところは、いずれも、本件合意ないしそれに先立つ3社会合がなく、控訴人鹿島建設が人的物的資源を投入して情報取得や事前の準備、検討を十分行ったと仮定した場合にどうであったかという観点からの視点を欠くものであり、控訴人鹿島建設に実質的な供給可能性があったとの判断を左右するものではない。
(オ) 以上のとおり、控訴人鹿島建設には、本件ターミナル駅新設工事についての実質的な供給可能性がなかったから、少なくとも控訴人鹿島建設の関係では「競争」が存在しない旨の控訴人鹿島建設の主張は採用できない。
⑶ 「相互にその事業活動を拘束」(独禁法2条6項)といえるか(争点4)について
控訴人鹿島建設は、もともと品川駅工事と名古屋駅中央工区工事については目標工事候補としても取り上げる方針はなかったから、仮に本件合意が認められるとしても、それにより控訴人鹿島建設の事業活動が影響を受けたことはないため、独禁法2条6項の「相互にその事業活動を拘束し」のうちの「相互に」の要件を満たさないと主張する。
上記主張は、要するに、本件合意の有無にかかわらず、控訴人鹿島建設は、品川駅北工区工事、同南工区工事及び名古屋駅中央工区工事を受注する予定はなかったから、控訴人鹿島建設は、本件合意によって事業活動を拘束されていないということを述べるものと解されるが、本件合意の内容は、本件ターミナル駅新設工事について、受注予定者を決定し、受注予定者以外の者は受注予定者が受注できるようにするという取決めであり、受注予定者を決定することだけが本件合意の内容ではない。そして、4社は、品川駅北工区工事、同南工区工事及び名古屋駅中央工区工事の各競争見積手続における参考見積り、再度の参考見積り、正式見積り等の各段階において、他社と連絡を取り合い、見積価格に関する情報等をやり取りして、受注予定者が最も安値の価格となるように各社の見積価格を決定の上、これを提出している(補正後認定事実⑷、⑸)のであるから、4社の事業活動は、控訴人鹿島建設を含め、本件合意によって互いに拘束ないし制約されていたものと認められるのであって、このことは、控訴人鹿島建設が、本件ターミナル駅新設工事のうち、名古屋駅東工区工事を目標工事としていて、品川駅新設工事や名古屋駅中央工区工事については目標工事に挙げていなかったとしても左右されない(なお、本件ターミナル駅新設工事の工事は、既に出件された条件変更後の品川駅北工区工事、同南工区工事、名古屋駅中央西工区工事だけではなく、本件合意当時、控訴人鹿島建設が目標工事としていた名古屋駅東工区工事も含め、なお、後続工事が予定されていたものである。)。
よって、控訴人鹿島建殺の主張は採用できない。
⑷ 本件排除措置命令が独禁法7条2項の「特に必要があると認めるとき」の要件を充足するか否か(争点6)について
控訴人鹿島建設は、本件各工事が1回限りの工事であり、既に請負契約が締結済みとなっていることから、違反行為の結果が残存しているということはなく、違反行為が繰り返されるおそれもないのに、これらを考慮しないで「特に必要があると認めるとき」の要件を充足するとの判断を示した原判決には誤りがある旨主張する。
しかしながら、原判決は、独禁法7条2項の「特に必要があると認めるとき」の要件に該当するか否かの判断については、我が国における独禁法の運用機関として競争政策について専門的な知見を有する被控訴人の裁量が認められるべきものであり、本件で、被控訴人が、控訴人らに対して排除措置を命ずることが「特に必要があると認めるとき」と認めたことにつき、合理性を欠き、被控訴人の裁量権を超え又はその濫用があったと認めることはできないとした上で、控訴人鹿島建設の上記主張についても検討し、本件ターミナル駅新設工事全体につき、今後、JR東海が競争的な手続により工事を発注する可能性がないことを認めるに足りる証拠はないことなどから、上記主張は、被控訴人の裁量権の逸脱や濫用を基礎付けるに足りないと判断しているのであって(なお、前記⑶においても触れたが、本件ターミナル駅新設工事の工事は、既に出件された条件変更後の品川駅北工区工事、同南工区工事、名古屋駅中央西工区工事だけではなく、本件排除措置命令当時、なお、後続工事が予定されていたものである。)、原判決が、控訴人鹿島建設の主張を考慮しないで「特に必要があると認めるとき」の要件を充足すると判断した旨の主張は採用できない。
3 以上のとおり、控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、控訴人らの控訴はいずれも理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
令和7年5月15日
裁判長裁判官 水野有子
裁判官 三輪恭子
裁判官 日置朋弘