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エムシーディースリー㈱による執行停止決定に対する抗告事件

独禁法19条、一般指定14項
東京高等裁判所第19民事部

令和7年(行ス)第55号

決定

令和7年10月17日

東京都渋谷区恵比寿一丁目18番14号
抗告人兼相手方   旧商号 株式会社MCデータプラス
          エムシーディースリー株式会社
          (以下「原審申立人」という。)
同代表者代表取締役 ≪X1≫
同代理人弁護士   中藤 力
          川合竜太
          佐川聡洋
          池原元宏
          水沼利朗
          宮國尚介
          大澤 涼
東京都千代田区霞が関一丁目1番1号
相手方兼抗告人   公正取引委員会
(以下「原審相手方」という。)
同代表者委員長   茶谷栄治
同指定代理人    中島菜子
          石井崇史
          吉兼彰彦
          堤 優子
          高取勇介
          杉浦未来
          五江渕晋也
          池田宏祥
          飯塚健太郎
          菅野美穂
          天笠裕介
          廣政瑠里
          原田 郁
          古川博一
          水野康明
          髙橋さつき
          並木 悠
          來山歩美

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
主 文
1 原審申立人の本件抗告を棄却する。
2 原審相手方の本件抗告に基づき、原決定主文第1項(執行停止申立て認容部分)を取り消す。
3 上記取消部分に係る原審申立人の本件申立てを却下する。
4 手続費用は、原審及び当審を通じて、原審申立人の負担とする。
理 由
(前注:略語は原決定の例による。)
第1 抗告の趣旨
1 原審申立人
(1) 原決定を次のとおり変更する。
(2) 原審相手方が令和6年12月24日付けでした原審申立人に対する排除措置命令(令和6年(措)第20号。本件命令)は、本案事件の判決確定までその効力を停止する。
2 原審相手方
主文第2項及び第3項同旨
第2 事案の概要
1 原審申立人は、建設業向けクラウドサービスである「グリーンサイト」と称する労務安全サービス(元請と下請との間で建設工事の現場における作業員名簿等の労務安全書類のやりとりをインターネット上で行うことを可能とする役務のこと。本件サイト)を提供する株式会社(当審係属中の令和7年7月1日に商号変更)である。
原審相手方は、令和6年12月24日、原審申立人が本件サイトのユーザーに他社の労務安全サービスへの切替えをしないようにさせていることが不公正な取引方法(昭和57年公正取引委員会告示第15号)14項に該当し、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独禁法)19条に違反するとして、原審申立人に対し、原決定別紙2及び3のとおり、合理的な理由なく、ユーザーが登録した作業員情報を当該ユーザーが求める形式で当該ユーザーに提供することに応じない行為を取りやめること等を命ずる排除措置命令(本件命令)を行った。
本件は、原審申立人が、本件命令の取消訴訟を本案とし、本件命令により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があると主張して、行政事件訴訟法(行訴法)25条2項本文に基づき、本案事件の判決確定まで本件命令の効力の停止を求める事案である。
原審が、本件命令のうち、本件命令主文第1項記載のユーザーが登録した作業員情報がその後他のユーザーにより変更されている項目に係る部分についてはこれにより生ずる「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に当たるとして本案事件の判決確定までその効力を停止し、その余の部分(同情報がその後他のユーザーにより変更されていない項目に係る部分)については上記の要件該当性の疎明がないとして原審申立人の申立てを却下する旨の決定をしたことから、原審申立人及び原審相手方の双方が即時抗告を提起した。
2 原審申立人の主張は、別紙抗告理由書、令和7年7月10日付け意見書及び同年8月25日付け意見書(2)(各写し)に記載のとおりであり、原審相手方の主張は、別紙即時抗告理由書及び同年7月31日付け意見書(各写し)に記載のとおりである。
3 前提事実、争点及び原審における当事者の主張は、原決定「理由」第2の2及び3に記載のとおりであるから、これを引用する。
第3 当裁判所の判断
当裁判所は、原審と異なり、本件命令については、本件命令主文第1項記載のユーザーが登録した作業員情報がその後他のユーザーにより変更されているか否かにかかわらず、原審申立人がこれにより生ずる「重大な損害を避けるため緊急の必要がある」(行訴法25条2項本文)とは認められないから、原審申立人の本件申立てを全部却下すべきであると判断する。その理由は、以下のとおりである。
1 本件命令主文第1項の内容
(1) 本件命令主文第1項は、「原審申立人は、ユーザーに対し、本件サイトを提供するに当たり、原決定別紙3記載の項目の作業員情報(作業員情報)を提供するよう要請を受けた場合に、合理的な理由なく、ユーザー自らが登録した当該作業員情報を、当該ユーザーが求める形式で当該ユーザーに提供することに応じない行為を取りやめなければならない。」としている。原審申立人は、上記「ユーザー自らが登録した当該作業員情報」には、ユーザーの登録後に他のユーザーにより変更された作業員情報は含まれないと主張するから、以下、この点について検討する。
(2) 前提事実に加え、疎明資料(甲1、3~5、7の1、乙1、3、8、16)及び審尋の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア ユーザーが本件サイトを利用する際には、原決定別紙3記載の項目の作業員情報(作業員情報)を登録する必要があるところ、登録のために入力が必要となる作業員情報は、作業員一人につき最大100項目を超えることがあるため、多くの作業員を抱えるユーザーにとって作業員情報の登録は大きな負担となる。本件サイトに登録する作業員情報は、原審申立人の競業事業者である≪B≫株式会社及び株式会社≪A≫が提供する労務安全サービスの利用に当たって登録する作業員情報とおおむね同じである。
イ ユーザーが本件サイトに登録した作業員情報は、健康診断の数値等、その時々の計測で変わる情報が多々含まれており、時点で変化することが当然に予定されている。また、ユーザーである協力会社が本件サイトのシステムに入力した情報は「従業員マスターデータ」として登録され、原則として当該ユーザーのみが登録された情報を編集することができるが、元請と下請(協力会社)が共に本件サイトを利用することが前提とされており(前提事実(2))、本件サイトの「代行登録」という仕組み(前提事実(3)エ)を用いた場合やユーザー間で共同利用の同意をしている場合は、登録をしたユーザーとは別のユーザーも情報を入力・変更し、登録された情報を更新することができ、実際にも、あるユーザーによる登録後に他のユーザーによる変更がされることは往々にして存する主要なパターン(類型)である。
ウ ユーザーは、本件サイトに登録した作業員情報について、PDFファイルとして出力することはできるが(前提事実(3)ウ)、電磁的記録として直接出力することはできない。それだけではなく、原審申立人は、ユーザーが本件サイトから出力した帳票及びそれを印刷したもの(本件命令主文第2項(2)参照)を他社に提供することを一律に禁止している。そのため、ユーザーの中には、原審申立人に対し、当該ユーザーが求める他社の労務安全サービスに移行可能な形式で、原決定別紙3記載の項目の作業員情報の提供を要請する者がいたが、原審申立人は、当該要請があった場合に、個人情報の保護を理由にするなどして当該作業員情報の提供を拒んでいた。これにより、本件サイトのユーザーの中には、他社の労務安全サービスへの切替えを断念した者がいたほか、切替えを実施した者は、当該ユーザーの下請となる事業者の作業員情報の移行に電磁的記録が利用できなかったため、相当の時間及び費用をかけて作業員情報を手作業で再度入力するなどの大きな負担を負った。
エ そこで、原審相手方は、上記ア~ウを踏まえ、原審申立人が、労務安全サービスの取引において、本件サイトのユーザーに他社の労務安全サービスへの切替えをしないようにさせていると認め、原審申立人によるこの行為が不公正な取引方法14項に該当し、独禁法19条に違反するとして、本件命令を行った。
オ 原審相手方が、原審申立人に対し、本件命令に先立って本件命令主文第1項と同内容の排除措置命令書の案を示して複数回意見聴取の手続を行った際、原審申立人は、原審相手方に対し、その案文中の「ユーザー自らが登録した当該作業員情報」に、あるユーザーの登録後に他のユーザーにより変更された作業員情報も含まれるとの解釈を前提とした質問等をしており、このような解釈に特段の異論を述べていなかった。
(3) 上記(2)によれば、本件命令は、原審申立人が本件サイトのユーザーをして他社の労務安全サービスへの切替えをしないようにさせる行為を違反行為とし、これを排除して競争秩序を回復するために必要な措置を命じたものであることが明らかである。
このような本件命令の趣旨及び目的を踏まえ、かつ、上記(2)イのとおり本件サイトにおいて作業員情報が複数のユーザー間で共有され他のユーザーによっても変更され得ることが当然の前提とされていることに照らし、本件命令主文第1項を社会通念に従って合理的に解釈すると、同項において合理的な理由なく提供することに応じない行為を取りやめなければならないとされている「ユーザー自らが登録した当該作業員情報」とは、ユーザーが原審申立人に対して作業員情報の提供を要請した時点で登録されている作業員情報を意味し、あるユーザーの登録後に他のユーザーにより変更された作業員情報も当然に含まれるものというべきである。このような解釈は、ユーザーが作業員情報をPDFファイルとして出力する際、他のユーザーにより変更がされた情報か否かを区別することなく、その時点で登録されている最新の作業員情報を出力することが想定されていることにも沿うものといえる。
(4) 本件命令主文第1項の「ユーザー自らが登録した」の「自ら」との文言を殊更に強調して見れば、なるほど、あるユーザーによる登録後に他のユーザーにより変更された場合のように複数のユーザーが作業員情報の登録に関与した場合にどの範囲の情報を指すかにつき疑義が生ずるといえなくもない(その意味では、原決定の「その趣旨・目的に適うように思われるが・・それを本件命令書の主文に的確に表現できていない」との指摘(同10頁1~2行目)や「本件命令書における主文の記載について、表現の仕方に係る検討が十分でなかった」との指摘(同頁25~26行目)にも一理あり、原審相手方において謙虚に受け止める必要があるといえる。)。
しかし、ここにいう「ユーザー」は、「当該ユーザー」とはされておらず、文言上、本件サイトを利用するユーザーを総体として指すものと解するのが自然であるし、本件命令の趣旨及び目的に照らせば、ここの「自ら」というのは、「作業員情報」が元々、原審申立人のためのものではなく、本件サイトのユーザーのためのユーザーによって登録されたユーザー由来の情報であるということ(いわば作業員情報が元来有する属性)を強調するために挿入された文言と見ることも十分にできる。
しかも、仮に、原審申立人が主張するとおり、本件命令主文第1項の「ユーザー自らが登録した当該作業員情報」には、提供先ユーザーの登録後に他のユーザーにより変更された作業員情報は含まれないと解すると、提供先ユーザーから作業員情報の提供を要請された原審申立人においては、登録された作業員情報につき、作業員1名ずつ、提供先ユーザーとは別のユーザーにより変更された情報か否かを確認し、それがあればそれを選り分けて変更前の情報を復元するとの作業が必要となるところ、本件命令の趣旨及び目的に照らすと、そのような作業を強いることはこの上なく不合理であり、かつ、その意味も乏しいことが明らかである(実際にも、ユーザーがPDFファイルとして出力する際、原審申立人において上記のような作業をしていることがうかがえる資料はない。)から、原審申立人の上記主張のように解することが合理的であるとは到底いい難い。
そうすると、複数のユーザーが作業員情報の登録に関与したときであっても、どのユーザーによって登録又は変更がされたものかの区別はされていないというべきであり、これらの点からしても、本件命令主文第1項は上記(3)のように解釈すべきものということができる。
(5) 以上のとおり、本件命令主文第1項の「ユーザー自らが登録した当該作業員情報」には、あるユーザーの登録後に他のユーザーにより変更された作業員情報も含まれるものというべきであるから、これに反する原審申立人の主張は採用することができない。
2 個人情報保護法との関係
原審申立人は、本件命令に従うことにより個人情報保護法27条1項又は19条に違反すると種々主張するが、この主張を採用することができないことは原決定「理由」第3の3(1)及び(2)に記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、原決定14頁24行目の「申立人に競争事業者」を「原審申立人の競争事業者」に改める。
3 小括
以上によれば、本件命令主文第1項につき、本件サイトのユーザーが登録した作業員情報がその後他のユーザーにより変更されているか否かにかかわらず、原審申立人が本件命令に従うことにより「重大な損害」が生ずるともそれ「を避けるため緊急の必要がある」とも認められない。
第4 結論
よって、原審申立人の本件抗告は理由がないから、これを棄却し、原審相手方の本件抗告は理由があるから、原決定中執行停止申立て認容部分を取り消し、同取消部分に係る原審申立人の本件申立てを却下することとして、主文のとおり決定する。

令和7年10月17日

裁判長裁判官 萩本 修
裁判官    山城 司
裁判官    福田 敦

当事者目録以外の別紙は省略

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